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駄菓子屋でのひと夏の偏愛  作者: テツヤ
18/33

吾郎の所有物

「はっ・・!」

 眠りから覚めた愛菜は、自分が椅子に座っていることに気付いた。

「ここは・・?」

 見回せば、見たこともない部屋の中。自分の部屋でもない、何度か居眠りした飯山商店の中でもない。こざっぱりした風な、アパートというよりはマンションの一室のような部屋。

「目が覚めた?」

 近くから吾郎の声。いつもと違う、不穏な感じの吾郎は薄ら笑いをして椅子に座っている。

「吾郎・・さん?」

 愛菜が少し震えた声で言うと、吾郎はニタリと笑う。性犯罪者の温かみの無い笑顔。

 愛菜はゾワリとした。その笑顔の吾郎が、まるで吾郎でないかのように思ったのだ。

 正しく言い直すとそれは、今の愛菜が幻想を求めている吾郎ではなく、この夏の再会に至るまでの愛菜が忌み、恐れ、記憶の奥底に封じこめてきた本当の吾郎。目の前の吾郎の顔は、小学5年生の少女、10歳の子供でしかない愛菜をたぶらかして、性的関係を持った犯罪者の顔だった。

「やっとふたりきりになれたね」

 吾郎から笑顔で、ふたりきりになれた、と言われた愛菜は”違う!”と思った。この夏に入ってからも愛菜は吾郎と何度もふたりきりになった。吾郎の目の前で眠りこけたことがあるし、わざとスキを作って誘ったりもした。

 でも、今の愛菜には恐怖しか無い。吾郎から逃げ出そうとしたが、腕が動かない。後ろ手に組まれている手首がロープか何かで椅子に固定されている。

「何コレ! 何でこんなこと!」

「眠ってる愛菜ちゃんとアレコレしてもよかったけどさ。やっぱ、ちゃんと起きてからしたいじゃないか」

 吾郎には理屈が通じる感じでは無かった。愛菜は泣き叫びそうになったが、それはこらえた。

「俺、愛菜ちゃんが俺んとこに戻ってきてくれてすごくうれしかったんだ。でも、やっぱり8年もっちゃうと愛菜ちゃんでも変わってしまうじゃないか」

「私が変わるとか変わらないとかより、腕のコレほどいてよ!」

「この夏が終わったら私は消える、って言ったよね、愛菜ちゃん? 秋が来ちゃったら無関係の他人なの?」

 数日前だが、愛菜は吾郎にそう言った。愛菜からすれば吾郎と一時的な遊びをしたかったわけだし、吾郎にもその遊びは喜ばれると考えてしまったのだ。

「言ったけど、そうじゃんか! 遊びは遊び! あなたと恋人同士になれっていうの!?」

 少々挑発的だが、それが愛菜の本音。吾郎から拘束などというルール違反をされたからあえて言うが、歳が離れたオヤジと恋人同士にまではなりたくない。

「あれだけイチャイチャしてくれて、恋人同士はイヤだとか言われるとやっぱりキツいぜ。でも、体裁を考えればそうだわな。俺らで恋とか無理なんだよ」

「・・だったら!」

「俺は、愛菜ちゃんを”所有”できればそれでいい」

 吾郎は自分のことを”所有”したいと言った。この状況で、この男に所有などと言われても不穏、不審、不信しかない。恋人になれ、よりもなお悪い。

所有しょゆうぅ?」

「俺は愛菜ちゃんの写真をたくさん撮ったじゃん。それも所有。愛菜ちゃんのことを思い出したときに、いつでも写真を取り出して眺めることができる」

 『きんもぉ・・!』と、愛菜は嫌悪する。でも、吾郎が少女の愛菜のことをたくさん撮ったということは、それが目的だということだ。子供の愛菜は喜んでそれに応じてしまった。

「それと、愛菜ちゃんは俺とエッチなことをしてるときに他の奴のことは全く考えなかっただろう?」

 愛菜はソレを思い出して赤面してしまう。吾郎の与えてくれる愛撫に夢中になってしまった幼い愛菜。頭の中には吾郎しかなかった。

「それはッ! そうだけど!それは、あくまで昔のことで!」

 ニタァ、と吾郎は笑う。腕が自由ならば愛菜はその顔をぶん殴っていた。

「そうだ、それは最高の”所有”なんだよ。そうして、二人がお互いに離れてるときでも君は俺のことを思い出すようになった」

「そんなこと・・!!」

 侮辱感で顔が真っ赤になる愛菜。縛られている腕がギチギチと鳴る。

 愛菜は怒っても『そんなことねーよッ!!』とは言えなかった。独りになったときでも、愛菜は吾郎のことを思い、心がいっぱいになった。そのことは、吾郎が言った通りなのだった。

「私は! でも、それは吾郎さんが・・!」

 父の死が原因で吾郎と縁が切れても、そして何年たっても身体が成長していっても、何度も何度も吾郎のことを思い出した。

 そして、それに疲れた愛菜は、吾郎との関係を忌まわしいものとして記憶の底に封印した。

 なんとも幸せそうな笑顔になっている吾郎。その笑顔に愛情などというものは感じられない。

「身体が離れていても、心はいつでも俺のことを思ってる。これ以上の”所有”なんてないじゃないか」

「”所有”なんて言い方すんなああああ!!」

 本気で怒った愛菜だが相変わらず身体は動かせない。長く苦しんでしまった自分の想いが最低な言い方で見下されてしまったことに、愛菜は激怒してしまった。

「あ、所有って言い方はダメだよね。じゃあ、”身も心も俺のモノだ”って言い方かな」

「ちっ・・くしょう」

 怒りと悲しみで震える愛菜。屈辱から『いっそ殺せ!』と思った。

「そんな愛菜ちゃんでも高校生になって別の恋をした。年下なんかにうつつを抜かし、俺のことを忘れてしまったのかと残念だった。でも、こうして君はやっと俺の所に戻ってきた。うれしいんだ、ひと夏だけの関係にはしたくない。わかるだろ?」

 吾郎が、椅子に縛られて動けない愛菜に手を伸ばしてきた。このまま、愛菜は無理やりに凌辱されて再び吾郎の所有物にされてしまのか。

「ひいっ! イヤだ、ちょっと待ってよ!」

「ん~?」

 制止の声を上げた愛菜に、粘っこい笑顔をした吾郎は一旦、手を止める。だが、吾郎は愛菜の言葉だけで手を引くような雰囲気でもない。

「縄をほどいてよ」

 少し考える風の吾郎。意外そうな顔をしている。

「それって・・」

「無理やりは絶対にイヤだ」

「わかった」

 ニッコリ笑って吾郎は愛菜の拘束を解く。凌辱一歩手前であっけなく拘束を解かれた愛菜だが、表情は放心した状態だった。つまりは、無理やりに凌辱され屈辱的な所有物になることよりも、自ら吾郎に身も心も捧げるということだった。

「愛菜ちゃんって、たまにおびえた顔するよね。その表情もけっこう好きなんだけどさ」

「そんなとこまで見てたんだ・・」

「俺に対して怖がることなんて何もないんだよ」

 吾郎は、今度こそという感じで愛菜の身体に手を伸ばしてきた。



「うわあっ・・!!」

 悪夢から目を覚ました愛菜は叫び声を上げた。目を覚ました夢、のあとに目を覚ますと今が夢の続きかと疑ってしまうときがあるが、今度こそ現実だ。

(なんちゅう夢を見てしまったんですかい! 私は!)

 普段、寝ている布団以外で目を覚ますと状況がわからない事がある。愛菜は我が身を確かめて、自分が電車の座席で居眠りをしてしまったのだと理解した。

 愛菜は悪夢の内容を思い出す。夢の中の吾郎から与えられた恐怖と屈辱と怒りとがないまぜなロクでもない夢だったのだが。

(最後ら辺の私のあれは・・)

 夢の中の自分が取った行動に驚いてはいる。粘っこい笑顔を止めない吾郎に身をまかせることを選んだ自分。夢の余韻で今でも心臓がバクバクいっているのだった。

「バカかよ・・」

 決して興奮したんじゃないし、と思ってつぶやくと、愛菜の隣から声がする。

「怖い夢でも見たの? 愛菜ちゃん」

 ビックリした愛菜が隣を見れば、座席の隣には吾郎が座っていた。

 吾郎と一緒に電車に乗っていることを思い出す。悪夢の中でさんざん屈辱を与えてくれた男が目覚めれば隣にいるという。愛菜は不信の視線を吾郎に送る。

「着いたら起こすから、また寝てもいいんだよ」

 夢の中とは違う優しい笑顔で吾郎が言うのだが、愛菜は首をブンブン振る。さっきの夢の続きなど見たくはない。

 愛菜は目の前の男、吾郎に恐怖の感情が蘇る。現実の吾郎と、夢の中に現れた吾郎は全く違うというわけではない。かつての吾郎は、自らの所有欲を満たすために小学生だった自分を撮影し、わいせつな行為をしたことは間違いのないことだった。

(あの夢は自分が自分に見せた警告なのだろうか?)

 愚かな火遊びをやめて引き返せばヤケドをすることもない。迷いが生まれた愛菜に吾郎は言う。

「愛菜ちゃんって、昔からたまにおびえた顔をするけどさ」

 吾郎に夢の中での台詞を言われて愛菜はビックリしてしまう。そんな顔もいい、などと言われるのはまっぴらだった。否定を言葉とゼスチャーでする。

「してない!してない!」

「あ、ごめん。やっぱ怖いよな俺」

 聞こえるかどうかの声でつぶやいた吾郎だった。

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