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世界はたった三日で終焉に近付いてしまった。

けれど俺はあきらめてはいない。


人類に生き残ってもらわなきゃ、死神に価値なんてない。

日長のんびり何もせず過ごすなんて、俺には向いていない感じがする。

…この間までそんな生活をしていた事は内緒だけど。


「…誰もいませんよね…?」


無人になっているコンビニに入って、それでも声を掛ける。

この町に人は、人間はほとんどいなくなってしまった。


あれからの一週間で、この東京という都市は変わってしまった。


俺はそこに並んでいるひなびたパンを手に取る。

これでも食べられるだろうけれど、自分の腹が心配だな。

諦めてカップラーメンと、スティックコーヒーを手に取る。

誰もいないレジに向かって頭を下げて、中に五百円を入れておいた。


生きている人間はこの町を歩かないから、無意味な事なんだけど。

なんとなく悪い気がするから。





灰色の雪はまだずっと降り続けている。


あの少将の孫。

伊佐木いさぎ春留はるるの手によって、この世界に在った最悪の兵器はすべて自爆するという結末になった。

各国の軍事倉庫に眠っていたそれらは、猛烈な勢いで大地を汚染し、地殻を変動させ。

分厚い雲をこの星の上に出現させて、降りやまぬ汚染された雪をまき散らし続けている。


この世界を歩いているのは、変質した怪物と。

多分、俺ぐらいだろう。


汚染されなかった地域でも、雪のせいで徐々に汚染が広がっているだろうし、直下の場所に居た人間は消えて無くなっているし。

いま、生き残っている人間は、大体が狭いシェルターの中でひっそりとやり過ごしているはずだ。


『あのねシロ君。分かっている事だけでも伝えるわね』


何故か要人たちとシェルターに避難していた桃香さんから、連絡が入ったのは今朝の事だ。


「はい、どうぞ」


自國衛守大隊は、各地の演習場地下に大きなシェルターを持っている。

その中に入っていると言うが、この場所からの距離と移動時間を考えると、都内からギリギリの場所にあるどれかに入っているのだろう。


部隊から支給されている通信機器の通常回線で話をしているのだから、関係者には丸聞こえだろうが仕方が無い。

今の俺は全くの情弱なのだ。少しでも情報が欲しい。


『まず、ゾンビ発生について。シロ君が言っていた通り、夜中の十二時以降にゾンビが目撃されていたわ。でも最初は映画のデモンストレーションかコスプレだと思って誰も何も気にしなかったらしいの。それが数時間後には何百倍に膨れ上がったみたいね』

「本当の最初に見つかった場所は何処ですか?」

『…晴海埠頭らしいわ』

「海沿いですか」


俺は顔を上げて考える。

それから入れておいたコーヒーを飲んだ。こんな時は甘くても良いかって気になる。

何時もはこんなに甘いのは飲まないのだけれど。

…今度、遠出したらインスタントコーヒーを確保しよう。決めた。


『それ以降は襲われた人たちの意見がほとんどないから、分からないのだけど』

「…見た人が全部ゾンビになってしまっているでしょうからね。生き残りはいたでしょうけれど、この事態ではほぼ全滅かと思います」

『そうね。それから核の脅威についてだけど、シロ君の想像でほぼ合っていたわ。伊佐木少将の孫が何らかの方法で全世界のネット深層部まで侵入して、一斉に兵器を操り自爆させた。…恐ろしい話だけどそれが一番正解に近い話だと思うの。…アメリカの情報網から拾った話でもそう言っていたし』

「…そうですか」


部隊が一緒に居るなら、通信網をジャックできる奴なんて沢山いるだろうし、大体、笹原中尉がいるしな。


『…あ、あのねシロ君』

「はい」


俺が答えた後に、桃香さんは返事をせずに通信機の向こうで沈黙を続けている。何を言い出したいかは分かってはいたが、彼女がその言葉を口にするのを待つ。


雪が俺の傘に当たって、さらさらと音を立てている。

今の世界に在るのはこの音ぐらいだ。


『あのね、シロ君』

「はい」

『もしも行くような事があれば、あの二人を見て来てほしいの。もしかしたら生きているかもしれないでしょう?』

「…可能性は低いですけど。それでも良ければ」

『……ええ。それでもいいの』


沈んだ声で桃香さんはそう言った。

あの二人とはもちろん、放送局に残った同僚の事だ。

俺も少し気になってはいたから、桃香さんが言いだすのは当然だと思った。


「じゃあまた」

『ええ。気を付けてねシロ君』


桃香さんとのやり取りが終わると、雪の音だけがあたりを支配する。

それにしても。

何も分からないままか。


海を渡ってきたゾンビが最初の物ならば、どこかの国から流れ着いたのか、海上の研究施設から脱走してきたのか。

憶測でしか思考が出来ないのが嫌になる。


取り敢えずは、放送局を目指してみようか。

今俺のいる横浜からはちょっと遠いけれど、歩いていってみようと思っている。

あたりを見て歩きたかったから。


とは言っても、殆んどが雪に埋もれているのだけれども。




雪の上をただひたすら歩く。動くものは何もない。

こんな放射線の強い雪の中で動けるものは、突然変異体しかいないだろうし。


歩き続けて二時間ぐらい過ぎただろうか。

そろそろニコチン休憩しようかなんて思って足を止めた俺の視界の先に、ゆっくりと移動をしている人影があった。


大きな体が雪に膝までめり込んでいる。肌の色は薄い黒。

明らかにゾンビの色だった。

そいつはふらふらと首を左右に動かしながらしっかりとした足取りで、雪の中を歩いている。ゾンビだってこの放射能の影響がない訳ではないだろうに。

良い方へ変化したのだろうか。勿論ゾンビにとって良い方向というのは刈り取る俺には手間が増えるという事なのだが。


彷徨わせていた視線が俺と合う。

俺を見て何度か瞬きをしたそのゾンビは、想像していなかった行動に出た。


「…なあ、あんた。俺の妹を見なかったか?」


俺に向かって話しかけてきたのだ。






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