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「あのさ」


女性が、怒った顔をして前に立っている。

余りに怒った顔をしているので、困って下を向いた。

あれ?

自分を見て驚く。

着ている服が違う。前合わせが逆の真っ白な着物。これは死神の衣装だ。

足元も脚絆を履いている。


「ええと、夢じゃないって事かな?」

「一時的に戻した。話したいから」

「…何て強制的な…」


俺の前から動こうとしない彼女の顔を仕方なく眺める。

怒ってはいるが相変わらずアイドル系の可愛い顔だと思う。


「あのさ、四緑」

「うん」

「君は人間界できちんと生きる気があるのかい?」

「あります」


肯くとますます眉を顰められた。


「あのさ、四緑」

「うん」

「君が無茶をしているのは知っているよ。何だいその魂魄の数は。死神のままの状態だってそんなに体に入れるものではないよ?」

「すみません」


現世にいる間についてしまった癖で、謝っている気がする。


「四緑」

「?」


彼女がずいっと前に進んでくる。

俺の足一つ分まで進んできてから、かくりと肩を落とした。

悲しそうな顔になった彼女にどうやって声を掛けたらいいのか分からない。


「四緑」

「…うん」

「ボクは君が消えてしまうのは嫌なんだ。君は受肉をして現世に身を置いているけれど、それを繋ぎ合わせているのは本来の君の命で。それが解けてしまったら君は誰の手も届かない何処かへ消えてしまう。…そんなのは嫌なんだ」

「…うん」


泣きそうな顔にそっと触れると、彼女は俺の手を取り頬摺りをした。


「四緑」

「うん」

「…戻ってこないか」

「ごめん」

「…そうか」


謝った俺を見上げて、彼女は涙をこぼしながら笑った。


「仕方ない。君にこれをあげるよ」


俺の手の平に置かれたのは、小さな葉。


「これは?」

「ボクの宝物だ」

「…あのさ、摩鳴徒まなと

「ボクは君が心配なんだ、四緑」


そう言って彼女はまたハラハラと泣く。

俺が涙を拭っても、その涙が止まらない。


「俺も、もう大人なんだよ?」

「君はいつまでたっても、ボクの子供だよ」


そう言って笑う彼女は確かに、昔から変わらぬ笑顔で。

俺はこの死神すべての母親に、何も言えなくなる。

この世界に留まることを拒んで、人の世界に行きたいと我が儘を言ったのは自分だから。人に興味が湧いて同じ時間を生きてみたいと言ったのは自分だから。


死神は自由で、生きざまに干渉はしない。

それが暗黙のルールなのに、この「母親」は何故か俺には悪戯を仕掛けてくる。

今回のように。

それが人間の言う母親の愛情なのかもしれないと、今の俺は思う。


「四緑」

「うん」

「…気を付けて」





ズルッと自分の身体が床に付いたのが分かった。

気を失ったのは一瞬だったのだろう。柱に背を預けて俺は座り込んでいる。


魂魄の質量を増やし過ぎたが故の白昼夢かと思った。

いくら死神の祖だと言っても、つながりのある冥界に話をしないで現世と行き来するのは不可能な訳だし、冥界の女帝は酷く話しづらい相手だから、彼女の頼みを簡単に聞いてくれるとも思い難かった。


「だ、大丈夫ですか。准尉」

「ああ、大丈夫だ」


さっき声を掛けた士官が、青い顔で訊ねてくる。

俺が立ち上がるとほっとした顔で、部屋に案内すると言ってきた。聞いて来てくれたのだろう。有り難く後について行き部屋を教えて貰うと、俺は部屋の中に入ってすぐ様にベッドにダイブした。

お風呂はあとで。


服を脱ぐのももどかしくて、上だけ脱いで寝ようとして自分の胸の見慣れない物に気が付いた。心臓のやや上に一枚の葉が葉脈だけで描かれている。薄い緑色のそれはまさしく摩鳴徒が渡してきた物で。


確かに無くすなとは言われなかったなあ、と思いながらすぐさま眠りについた。


過保護ってこういう時に使う言葉だよな?

人間の世界で学んだ言葉をくすぐったく思いながらも、何だか暖かい気持ちで眠れたのは、何の僥倖だったのか。




或は、大きな厄災の前の小さな幸せだったのかも知れない。




ぐっすりと眠った俺がベッドから起きて時計を見ると、眠った時と時間があまり変わらない気がするのは、針が一回りしているからだろう。

何せ体の疲れはすっかりなくなっているし、気分も悪くない。


部屋に付いていたシャワーを浴びて、服を着てから外に出る。

食堂を聞こうと廊下を歩くが、人に会わない。

それなら玄関の横のテントに簡易食が有ったはずだと思い出し、玄関に向かうがいっこうに誰にも会わないので、俺は足を止める。


議事堂の中はしんとしていて人の気配がしない。

まてよ?

これってデジャブじゃないかな?


近くの扉を開けてみても人はいないが、誰かが居たような形跡は残されている。

血の跡はないが、慌ててここを出て行ったような乱れた感じがした。

近くのどの部屋を見ても同じような中身で、俺は戸惑うばかりだ。


ゾンビが襲いに来たわけじゃないなら、何があったのだろう。


二階や三階を見ても、誰もいない。

匿われているはずの議員や官僚の姿すらなかった。

おいおい、これはおかしくないか?

慌てて移動したような形跡はおじさん達が居た部屋にも、明白に残っていて。

俺は首を傾げながら、一階に降りて大きな議事堂の玄関の扉を開いた。



外は一面の雪景色だった。

俺は言葉もなく外に出る。

足元は積もった雪でサクサクと音を立てた。

雪の日は嫌いじゃないが、これは嫌だなと思った。


その景色が何時もと違うのは。

はっきりとした灰色の雪だった事。

その雪の向こう、庭を過ぎた議事堂の柵の門の向こうに大きな体をした巨人ともいうべきゾンビが立っていた事。

その肩に少女が座って、ニカニカと笑っていた事。


俺はその顔を見て溜め息を吐く。

両目は今にも飛び出しそうに大きく見開かれていて、血が流れていた。

お前、とうとう往っちまったんだな。


「あたしの世界だよ」


少女が笑いながら俺に言う。


「こんな世界が良かったのか。全てが沈黙する世界が」

「沈黙しないよ。生き残る奴もいるもん」


俺はもう一回溜め息を吐く。


「あたしの世界に、ようこそ死神」


黙って右手をひらめかせてから、俺は走り出していた。


鎌を振り上げてゾンビを狙うが、ばっと空中に身体を舞い上がらせた。

一発で進化型変異種だって分かる。

背中から蝙蝠の様な羽が生えていたから。

俺は柵に上がって蹴り上げる。まさかこんなに早く空中戦になるとは思っていなかった。


ゾンビは巧みに俺の鎌の範囲から逃げる。

もう少し近寄らなければ、あのゾンビを落とせない。


「死神だって、万能じゃないよ」


少女がキンキン声で叫んだ。


知ってるよ、そんな事。

鎌を振ろうとした俺の眼前に、瞬間移動でもしてきたかのような速さでゾンビが舞い込んでくる。


「しまっ」


首をぎゅっと握られた。

凄い握力で締め上げられていると、少女がゾンビの肩の上に乗ったまま俺の頭を撫でて来やがる。

触るんじゃねえよ、くそマッド。


「死んじゃえ、死神」


俺の鎌が触っているのに、ゾンビから魂魄がはがれることはない。

つまりこれは、完全なる死体で、ゾンビですらないって事だ。

ただの道具。

このマッドが人間を元に作り上げたものだろう。


ならば。


俺の首の骨がゴキリと音を立てて折れた。

少女が二カッと笑うのが見える。口から血は出たが鎌は振るえる。

掴まれたままなら裂けるだろう、この間から不味い魂魄が溜まっているし。

身体のでかい人型の腹に、鎌を突き立てて下から切り上げた。

腹がバックリと割れて、中身が出かかっている。


「ええ!?死神まだ生きてるの!?」


少女が大きな声で言いながら、人型と一緒に落ちていく。

追い掛けてとどめを刺そうとしたが、何処にそんな余力があったのか。人型は地上には落ちずに急上昇をして高い空へと逃げていってしまった。


あのスピードに俺は追いつけない。

溜め息を吐いて首を擦ってから、九十度傾いていた景色をごりっと治す。


くそっ。

面倒事を残しちまったな。







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