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振るっても振るっても無限に湧いてくるゾンビたち。

いい加減に腕が疲れてきた。


けれどそんな事よりも疑問に思う事がある。

何故この場所を目指してくるのか。


何処からこいつらが湧いてくるのかなんてことは後回しだ。

それぞれの場所で発生していると仮定して。その場所の人間を全部喰らったら暫くはその場所をうろつくだろう。

それから獲物が完全に無いと知ると、他の場所に移動するだろう。

それは分かる。

生命体の狩猟本能だろう。


けれどそこから先がおかしい。

どうしてランダムじゃなくて、ここを目掛けてくるのか。

上空に行って観察したけれど、どう見ても真っ直ぐにこの場所を狙っている気がする。


息が上がってきている事も気になるが、俺としては煙草が吸いたい。

禁断症状が出そう。

すごいイライラしちゃうよ?

もうね。ルール無用でやっちゃうよ?

そうなる前に胸元についている無線で連絡を取ってみる。


「少将。ちょっと休んで良い?」

『どうした、准尉?体力の限界か?』

「ニコチン切れ」


はあっと無線の向こう側で溜め息を吐かれた。


『だから、禁煙しろと言っただろう?』

「いやだ」

『状況を説明しろ』

「…現在上空から見ていますけど、千代田区内はほとんどいない様子。ただ他から集まっているので二時間後ぐらいにはまた前の状況に戻るかもしれません」

『じゃあ、一時間休憩を許可する』


じゃあって言ったよ、この人。


「有難うございます」

『…降りて来い、話もある』


ああ。そういう事ね。

のびのび休ませてくれる訳がないか。


俺は議事堂前に降りると、俺を恐れて離れていく兵士たちの横を通り過ぎて、玄関わきに作られているテントの下に入る。

ほら、中の喫煙所なんて背広来たおじさん達がいっぱいいるでしょう?

ああいう人たちとお友達になりたくないんだよ、俺。


背負っていたリュックから煙草を出して火をつける。

はああ。美味いなあ。

何時間も吸えなかったから、格別に旨い。

水筒のコーヒーは少し冷えているけど、それでも喉に浸みる。


さすがに俺も疲れているみたいだ。

ゾンビの魂は不味いから、刈り取っても高揚感もなく不快感しかない。

嫌な作業を切りもなく続けるのは精神的にも堪える。


ちょっと渋い顔で煙草を吸っている俺の眼の前に、湯気を上げているコーヒーが差し出された。差し出している手の持ち主を見上げると、見慣れた顔が有った。


「笹原中尉、来てたんだ」


俺の言葉に中尉の後ろにいる塚本一曹が眉を上げた。


「またお前は。上官に向かってその様な口を利くな」

「ええー」


俺が抗議の声をあげると、笹原中尉は塚本一曹を困った顔でたしなめた。


「…君もね塚本。シロ君は准尉なんだよ?」

「俺を名前で呼んでいる段階で、威厳はありませんけどね?笹原中尉?」

「そうだね。コーヒーいるかい?シロ君?」

「喜んでもらいますよ。あったかい方が好きだから」


俺が両手で受け取ると、笹原中尉は目を細めてみている。

この人、俺の事を完全にレトリバーだとかそういう犬と同じだと思っているようで、物凄い困るのだが。


「塚本、少し席をはずしてくれないか?」

「しかし中尉、今は厳戒態勢で護衛が必要では」

「ふふ。大丈夫だよ、シロ君がいるからね」

「……分かりました」


すっごい睨まれたけど。

俺が言ったわけじゃないだろう?中尉だろう?


塚本一曹が離れていくと、笹原中尉は俺が座っている木のベンチに同じように腰掛けて、俺の顔を屈み込んで見てくる。


「…シロ君。この事態はどうすれば収まると思う?」


囁き声でそんな事を聞いて来た。

至近距離の笹本中尉の眼を見る。何時も通り日本人にしては薄い茶色の黒目が俺を見ている。別段その眼に揺らぎはない。

ただこの人は嘘つきだから、この目線が本当なのかも怪しい。


諜報部の中央に居る人に、何か勝てるなんて思ってもいないが。

今はどの人物も怪しいのだから、もともと怪しいこの人を全面的に信用するのは危険だと思う。


「俺が全力でやれば、東京ぐらいは明日中に片が付くと思う」

「そうか。けれど、これが日本中だったらどうする?」


それも考えなかった訳じゃない。

考えたくはなかったけれど。


「47都道府県×二日。94日で終わるよ」

「…世界中だったら?」


俺はさすがに笹本中尉の眼を強く見返す。

口角が上がったままのその表情に、何一つ変化はない。


「…ちょっと待ってくれ。それは考え付かなかったな」


俺は眼前の顔をグイっと押しやって、煙草を咥えた。

まだ微笑んだままの中尉は立ち上がる事もなく、俺を見ている。

つまりはさっきの答えが欲しいのだろう。


俺は自分が持っているカードをこの人に見せる気はない。

いずれは見せるかも知れないが、今はまだ手のうちにある切り札は見せるべきではないだろう。敵か味方か判断しかねるこの状況では。


「一年以上かかるんじゃないですか?」


俺が少し投げやりな言葉で答えると、中尉はクスッと笑った。


「君が一人でやるならそうだろうね」

「他にやれる人がいるとでも?」


俺が言うと中尉は微笑んで肯いた。

え、嘘だろ?


「ハイスペックな彼女は持っておくべきものだよね?」

「いや、待て中尉」


俺が低い声で答えたのにも関わらず微笑んでいるのは、魔神級の精神力かもしれない。死神が怒った声って人間には恐怖以外の何物でもないはずなのだから。


「あの女を使う気か?」

「ひどいなあ、シロ君。他人の彼女を「あの女」扱いは無いと思うよ?」

「止めておけ。余計な混乱を招くだけだ」

「…でも、もう家から飛び出しちゃったんだよねえ」


マジか。


俺はベンチの背もたれに寄りかかり、新しい煙草を咥えた。

中尉は立ち上がり誰かに頭を下げて議事堂の中に入っていった。

中尉が頭を下げたのは誰かと思って視線をちらと投げると、やっぱり予想通りの白髪が立っていた。


「…聞いたようだな」


少将が俺の隣に座る。


「マジですか」

「まじだ」


うわあ。

こんな混乱が起きている日本にあれを放つってどういう神経をしているんだか。


「検体に不自由しないとかそういう事?」

「…言わないでくれ」

「あのマッド。核でも使うってこと?」

「…言わないでくれ」


本当に泣きそうな声で少将が呟いた。

だけど俺には黙る義務はない。

あんなものを外に出して、生き残っている人類が滅亡してしまったら、俺だって死活問題だ。


「…自分の孫に責任持てよ、じいちゃん」

「面目ない」


情けない声で呟く老人の横で、俺はでかい溜め息を吐いた。





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