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俺はすたすたと上がるが、すでに疲労困憊の彼らは休み休みしか昇って来れない。エレベーターもまだ動いているようだが、あれは案外大きな音を出す。この場所にゾンビを呼び込みたくないと俺が言って階段を使ってもらっている。


残っている同僚の為に二人も同意して上ってくれてはいるが、薄板さんは少し不満そうだ。そんなに男前なんだから、ふてくされちゃ駄目だぜ?

俺はようやく薄板さんが看板アナウンサーだったことを思い出す。

そう言えばテレビでよく見る人だな、この人。


桃香さんもよく見る。

売れっ子二人が他人のためにここに残って放送を続けていたという訳か。

もっとも、逃げ場なんてなかっただろうが。


やっと着いた屋上の扉には鍵がかかっていたので、俺は鎌でチョイと撫でて鍵を壊すと扉を開ける。

二人が目を丸くしたのでどうしたのかと思って見たら、桃香さんがそっと鎌を指さした。


「それは物理的な力もあるの?」

「これですか?ええ、ありますよ。ビルぐらいなら切れますけど」


ちょっと謙遜していったのに、二人とも青い顔をした。

いやいや、攻撃しないから安心して欲しい。

此処にはゾンビが居ない事を確認してから鎌をしまう。


「どうしたんだ?何故しまう?」


怯えたような薄板さんの声が響く。

桃香さんも不思議そうな顔で俺を見ている。

やっぱり女性の方が度胸がありそうだ。


「二人抱えるのに邪魔だから」

「抱えるってどうするの?シロ君?」


いちいち説明するのは面倒くさい。

俺は二人を腰抱きに片腕ずつで抱えると、一気に柵目掛けて走り込んだ。


「落ちるっ!?」


情けない声をあげたのはやはり薄板さんの方だった。

足を上げて柵をガッツリ飛び越える。

空中に身を躍らせて、千代田区を目指した。


二人とも俺の腕にガチガチにしがみ付いてはいるが、目を開けて下を見られるのはさすが報道魂と言うべきか。


「飛んでいるのか」


そうですよ。


「…さっきまでの騒ぎが嘘みたいね」


確かにこの空中では、ゾンビたちのうめき声や物が破壊される音など聞こえやしない。

ただ風切り音がするだけだ。

今のところ、空飛ぶゾンビは見ていないから戦う必要もない。


けれどこの事態が何か月も続いたとしたら、進化する奴も出て来るだろう。

映画でもそうだったしな。


国会議事堂はさすがに上から見ても分かった。

結構特徴的な形をしているからだ。


俺はゆっくりと降下する。

万が一、部隊が全滅していたら嫌だからだ。

少しずつ視界に人の動きが見えて来て、恐ろしい数のゾンビが周りを埋め尽くしているのが見えた。


「…あそこに降りるのか」


薄板さんが呟く。


「そうですよ。なにせ、呼ばれていますから、俺」

「シロ君が必要なのよね?」

「…多分」


桃香さんがそう言って笑うから、長い言葉が言えなかった。

美人を腕に抱えるなんて今までなかったから、ここに来て緊張してしまったのだ。

やばい。顔が赤くなるのを見られている。

両手がふさがっているから隠しも出来ない。

何の拷問?これ。


下の方から、怒鳴り声がする。


「上空への構えは解け!!あれは味方だ!!」


うわあ。撃たないでほしい。

俺は平気だけど、二人が死んじゃう。


ゆっくりと仲間の居る場所に降り立つと、少将が近づいてきた。


「民間人の救出ご苦労」

「嫌みですか」

「十分ほどの遅れには目をつぶってやろう」

「え、二時間ぐらいって言いましたよね?ぐらいって」


聞こえませんみたいな顔をして、少将がそっぽを向く。

この、くそじじい。


「この二人を中に。」

「はい」


少将が命じて、控えていた士官が二人を連れて行く。

俺に頭を下げる薄板さんには同じように頭を下げた。

桃香さんは何だか涙ぐんでいて、俺はどうしようって思う。


「ありがとうシロ君。命の恩人だわ」

「…まだですけどね」

「え?」

「事はまだ始まったばかりですから。今は取り敢えず何か食べて休んでください。一日緊張していたでしょうから」


俺が言う事に何も口を出さないで同じように二人を見送った少将が、二人が中に入ると同時に渋い声で言ってきた。


「事態は深刻だぞ、准尉」

「でしょうね」

「何故こんな事態になっているのかは、今のところ見当がつかない」


俺は身長の高い白髪の少将を見上げて、片眉を上げる。


「うちの情報網に引っかからずに、こんな事態になるなんて有り得るんですか?」

「…どうだろうなあ」


曖昧な言葉で俺を見降ろしてくる。

ふうん。そういう事か。

つまりは、内部の誰かが一枚か二枚か噛んでいるって事だ。


「面倒だなあ」

「ああ、全く同意だよ准尉」


俺は再び鎌を出すと、肩に引っ掛ける。


「じゃあ、ちょっと近所を掃除してきます」

「頼んだぞ」

「はーい」


元気のない声で俺が返事をすると、少将も気のないように手を振った。

やっぱりみんな疲れているよなあ。


「そこをどけ!俺が行くからお前たちは下がっていろ!」


俺が怒鳴ると、一斉に人垣が左右に分かれた。

見ると銃弾を撃ち込んでも、どれも動きを止めずに入ってこようとしている。

それはそうだ。

何せ生きている人間がこんなに固まっているのだから、奴らにとっては最高級レストランにでも見えるのだろう。


「下がれ!俺の鎌の範囲にいたら容赦なくお前たちでも刈り取る!!」


本当は生きた人間の魂の方が美味しいしね。

だけどそれは非人道的というものだ。死神がいう事じゃないけど。


避けていく兵士を巻き込まないように範囲を視線で固定する。

一振りするだけで、閉じていた門の柵の前に群がっていたゾンビたちが倒れ込む。


「俺の視界に入るな!」


まだ銃で応戦している奴らに怒鳴ると、右から袈裟懸け、逆袈裟とクロスするように間断なく鎌を振るう。


ゾンビたちは俺が魂を抜いた多くの抜け殻の上を容赦なく踏みしめて乗り越えて来ようとする。一体此処にどれだけのゾンビが集まっているっていうんだよ。


ああ。

不味さで吐きそう。

これって俺がこの不味さにどれだけ耐えられるかっていう耐久レースだよね。

周りの掃除がひと段落着いたら、誰か美味しいものくれないかなあ。


出来れば、豆大福とか。






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