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「し、死神?」
怯えたような顔をして男たちが後ずさる。
いや。今のでゾンビは倒したのだから、味方だって分かって欲しいのだが。
「死神について行くのか?」
「いやなら良いですよ?ここでどれだけ持つかは知りませんけど」
まあ、俺が全部この中の奴は倒していくから、何日かは持つかもしれないけどね。
俺が待っていると、男たちは相談を始める。
のんびりしているんだな。
結果的には確かにいなくなっているけど、この周りは全部ゾンビだらけなんだぜ?話し合いなんてしている猶予はないって分からないのかな。
それとも軽い現実逃避だろうか。
「私はシロ君を信じる」
アナウンサーさんがそう言って俺の傍まで来た。
…うん。
もうさ、慣れてはいるんだよ、そう呼ばれるの。
小さい時から四緑とは呼びにくいらしくて「く」の部分を省略されるんだ。ましてや日本語には「君」なんて言葉があるからさ、大抵はシロ君と呼ばれるんだよ。分かっているさ。
でもな、犬みたいで好きじゃないの。俺は。
…うん。誰にも言った事がないけどね。無駄な抵抗だから。
「私は、姫宮桃香。これからよろしくねシロ君。」
「…一応、十八なので、「君」はどうかと…」
「十八じゃ「君」でも仕方ないわね」
そう言ってニコッと笑われた。
くそう。
美人には逆らえない。それが男のサガだ。
桃香さんが俺の傍に来た事で、スーツの男も決心がついたのか、俺の傍まで来る。
「君を信じてみよう。私は薄板豊という。よろしく頼む」
そう言って右手を出してきた。
握手をするとホッとした顔になった。体温がある事に安心したのだろう。
それは有るさ体温ぐらい。
俺はこっちで受肉しているんだから。
他の二人は不安そうにこっちを見ているだけで、動こうとはしなかった。
俺が見るとびくりと身を竦める。
「…お前が来ているんだから、自國衛守大隊が動いているんだろう?」
「おそらくは」
「ならそれを待つよ」
男達はそう言って頷き合った。
俺は肯き返してから傍の二人を見る。二人も俺を見返してきた。
「あなたたちは俺が守って送り届けます」
二人はまた肯き返してくる。
そのやり取りを見ていた二人の男のうち、一人がこちらに来ようとしたが隣の男が手を握って止めた。こちらと隣の男を交互に見てから、彼は泣きそうな顔で俺を見る。
薄情なようだが、自分の命の選択は自分でして欲しい。
やがて諦めたように俯くと、彼は座り込んでしまった。
「藤樫君、来たいのなら来ればいい」
薄板さんがそう言っても、首を横に振るだけで動こうとはしなかった。
「…いつまでも、扉を開けている訳にはいきません。行きます」
俺がそう言って二人を連れて出た後に、また閉まった扉の向こうからガタガタと音が聞こえた。なるべく倒していってはやるけど、次にはもう会えないかもしれないな。
あの場では言わなかったが、自國衛守大隊がここまで助けに来る保証はない。
すべてが終わったら来るかもしれないが、たとえそれまでにゾンビに襲われなかったとしても、閉じこもったままでは餓死をするだろう。
行動をしないで引き籠っていて、良い場所ではない。
デパートとかだったら出来るかも知れないが、保証はない。
俺がゾンビを消すと言う大前提がなければ、何処でも生き延びられはしないだろう。
少将だって早く行ってやらなきゃ、潰れちゃいそうだし。
大体さ。
何でこんな事になっちゃってんだよ。昨日眠るまでは何処のニュースでも、一言もそんな事言ってなかったはずなんだが。
俺が鎌を振るっている間は、俺の後ろに居て貰うようにしながら、俺達は少しずつ移動をしていく。全フロアを一応掃除していく気だから、ゆっくりなのは仕方ない。
「あの、桃香さん。質問があるのですが」
「なあに、シロ君」
固定か。その名前で固定なのか。
めげながらも質問は忘れない。軍人魂ってやつ?
「この事態になったのは、何時からなんですか?展開が早すぎる気がするのですが。以前から兆候はあったのですか?」
敬語なのは年上だから。
少将?気にしません。おじさんは別。
「いいえ。私達もそんな話は聞いていなかったの。でも、明け方にはもう街中がパニックを起こすぐらいにはゾンビが溢れていたわ。」
「我々は朝の番組の打ち合わせがあったから、早朝からここに詰めていたので被害には会わなかった」
二人の答えを頭の中で考えながら、また鎌を振るう。
不味い魂だが仕方ない。
俺が振るう先で何十体ものゾンビがばたりばたりと倒れていく。渋谷じゅうの人間がゾンビなら、キリが無いだろうなあ。
「深夜からその事態だったと、考えるべきですね」
「…私もそうだと思うのだけど、来るときには居なかったのよ」
桃香さんが言って眉根を寄せる。
不可解なのは二人も同じなのだろう。
これは早い事、少将の所に行った方が良いだろうな。
事態が分からないまま、不味い思いをし続けるなんて、割に合わない。
やっと三階まで降りてきた俺は、ガラス越しに見える光景に溜め息を吐いた。
隣に並んで外を見た二人は、息を飲んだ後に凍り付く。
ゾンビが街中を徘徊しているのは想像していたが、来た時よりも増えている気がした。
何処かに隠れていた人たちが、ごっそりと襲われたのだろう。
どう見ても制服姿が多くなっているから、どこかの学校で頑張って籠城していた生徒たちが襲われたのか、或は、修学旅行で観光に来たのがまとめて襲われたのかも知れない。
「…そう言えば、東京以外は大丈夫なんですか?」
「分からないわ。通信が途絶えてしまって確認が取れないの」
俺は自分のスマホを見る。
アンテナは立っているが、駄目なんだろうか。
「連絡を取ろうと思っても、混線していて繋がらないのよ」
俺がスマホを見ているのを知って、桃香さんが苦笑しながら言ってくる。
なるほど。
パニックに陥ったら、まず連絡を取ろうとするだろうから基地局がパンクしてしまったのだろうな。
俺は下を見降ろしながら、溜め息を吐いた。
仕方ない。
下二階は諦めるか。
「屋上まで行きます。ついて来て下さい。」
「え?」
「地上に降りていくのは大変そうだから、別の手段で行きます」
二人は戸惑う様に俺を見てきた。
俺は肯いてきびすを返す。あまり時間をかけたくない。
「あ、待ってシロ君」
「待ちなさい、シロ君」
え、あんたもそう呼ぶの?