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俺達死神が魂魄を送る先は冥界と決まっている。
それはどの国にいても同じ場所に行くのだが、何となく同じ国の人は同じような場所に居たりする。歩いて移動もできるので、好奇心旺盛な魂魄の人は別の地域の人達がいる所へ行ったり、固まっているのが嫌な魂魄は離れていったりして、違う国に生まれるなんてことはよくある事だ。
それはでも、生まれの選択肢には何の関係も無い。
生まれてから何になるかなんて、魂魄が冥界に居る間には選択なんて出来ようはずがないのだけれど。
ルイさんが送った先の「ヴァルハラ」は、戦士になる事が約束された場所だ。
北欧の神々の聖戦の為に戦う戦士になる人がいく場所で。
日本のサラリーマンだったかもしれない人の魂魄が戦士になる事を決めつけられても。戦士に相応しいかどうかヴァルキュリヤが見定めてから送られる場所だったはずですけど。そんな無差別で良いのか、神々の戦士。
「心配そうね、シロ君」
「ええ、とても」
ルイさんの微笑みに少し引きながら答えていると、不意に背中に物凄い勢いで何かがぶつかって来た。
ゾンビの攻撃にしては、正面に居るルイさんが槍の先程も動かさないから違うのだろうけれど。凄い背中が痛いのですが。
振り返ると妹女神が背中に張り付いていた。
全力でぶつかって来たんですね。
「どうしたの?」
「…新しい女か、シロ?」
新しい女?どういう意味ですか?
「ああ、紹介してなかったね。彼女は北欧の女神のアルヴィトさん。さっきの空間を作ってくれた人だよ」
「…あの、ご飯の持ち主?」
「そう。美味しかったよね、サーモン」
「……うん」
あれ?歯切れが悪いな妹女神。
大好きなごはんの提供者なら、もっとはしゃぐかと思っていたのに?
「…二号なら許すの」
「え?なんの二号?」
戦隊ものですか?それとも有名な使徒の出て来るアニメ的な?
俺が振り向いたまま見ていると、妹女神がバチンと手の平で顔を叩いて来た。
痛いんですけど!?
「にぶ」
「え?なに?俺なにかした?」
妹女神の更に後ろに居た真田さんが、やけに大きな溜め息を吐いた。
「…シロ」
「はい」
「お前には修行が必要かもしれないなあ」
「え?何の修行ですか?」
苦笑したまま首を横に振られても分かりませんけど!?
「まあまあ、二人とも。シロ君はそういう子みたいだから。許してあげて?」
ルイさんが意味不明な事を言って、後ろの二人が頷くって。
なんだか虐められている気持ちになって来たのは、おかしいだろうか?
何で会ったばかりの人達の方が分かりあってるの!?
本当に訳が分からん。
もういいや。先に進もう。
この先に何がいるか分からない訳だし。戦力が増えたのは幸運だと思う事にしよう。妹女神を放置しても安心できるようになったのは心強い。
頭を何回か降った後に、俺は先に待っている階段へと向かう。
相変わらず意味不明に大きいこの階段は、何も出て来る気配がなくて安心なのだけれど、何でこういう造りにしたのかが分からない。
相手の意図が読めないままに歩いていくのは、いささか気分が悪い。
登り切った場所も一フロアだけの大きな部屋で。
相向かいに見える階段の手前には何かが座っていた。それは巨大な姿をした灰色の肌をしたもので。
一目で変異種ゾンビだと分かる。
ああ、やりにくそうだ。
俺は右手をひらめかせて大鎌を取り出しながら、後ろを気にせずに走りだした。
先手必勝!
鎌を振りかぶって風を起こす。
反応しきれていなかったゾンビに風が当たる。
が。
「…くそ、春留が乗っていたあれか」
思わず独り言が口から出てしまう。
大鎌の風を受けた後でも何ともないように、ゾンビは走って俺の傍まで来た。
魂魄のないゾンビの身体を持つ人造ゾンビ。
変異をしてから命が尽きたのだろう、このゾンビには六本の腕が生えていて。
「いやあねえ。へカトンケイルを思い出すわあ」
後ろの呟きは聞かなかったことにする。
それって北欧の神ですよね?それもかなり強いやつ。
俺的にはボールにしまい込める動物的な何かのアニメに、こんなのがいたなあなんて思っていたりしたのですけど。
一体ならまだしも、これが三体もいるとなると早く仕留めなければならない。
けれど、魂魄が無いとなればガチで戦闘なのは仕方が無くて。
俺はすぐに大鎌を双振りに変えると、一体の身体の内側に走り込む。
腕の付け根を狙うが、身長差で届かず胸を鎌先が掠めただけだった。返す刃で腹に切りつけるが固い筋肉に阻まれて掠り傷しか与えられない。
頭上から一対の腕が迫って来たので、相手の太ももを蹴って離れるが、先に動いていた他の腕に殴られて、頭がくらくらした。
立ってはいるものの、視界がぶれている。
勢いよく振り下ろされる腕を両腕でカバーしたけど、他の腕が拳で脇腹を殴りつけてきた。さらに後ろに引いて、人造ゾンビを見上げる。
やっかいだな、これは。