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「ところでシロ君はどうしてこの建物に入ったの?」
「…知り合いの生存確認のために入ったんです」
「知り合い?死神?」
「いえ。人間です」
俺が言うと、女神は何とも複雑そうな顔で頷いた。
そうだろうな。
あの一階のゾンビの数を見れば嫌だって結果は見えているのだけれど。それでも確認をしたいのは我が儘なのは分かっている。
喰われて跡形もないなんて結末も、考えてはいるけど。
いまだ放射能の雪の中、地下深くで耐えている桃香さんの為にも、そして置いて来てしまった自分の罪を確認するためにも、俺は行かなければならない。
ゾンビだけならば生き残っていたかもしれない。
そんなどうしようもない事を考えた俺を、女神が優しげに撫でた。
いや、本当は触れあえないので撫でられた気がするだけなのだけれど。
「シロ君は人間が好きなのね」
「…人間が嫌いなら、死神なんて出来ませんよ」
「あら、そうなの?」
「ええ」
俺が肯くと、女神はぱちくりと瞬きをした。
死神は人間に寄り添って生きていく神だ。人間が寿命を持って消えうる時に傍に居て見守る。こらえきれない感情があるならばそれを聞き、笑っていけるならばそれを喜ぶ。そうやって人の幕引きを見守るべく生まれた神なのだから。
喜怒哀楽を共にする相手を好きにならないのは嘘だ。憧れない訳がない。
だから、こんなにも多くの死神が受肉をしてしまう。
…他の神様にそれが伝搬するとは思わなかったけれど。
「さて、シロ君。聞きたいことはもう、ないかしら?」
「はい。そろそろ時間を動かす時ですよね」
俺がそう言って立ち上がると、女神も頷いて立ち上がった。
「部屋で寝ている人たちを起して来なさい。この時間枠が解かれると結構大変だから」
「え?」
何が大変なのだろう。
女神が隣の部屋を指さした。ええ?マジですか?
「あのゾンビ消えてくれないんですか?」
「私達は時間を止めているだけだもの。ゾンビは消えません」
「ええ~…」
まあしかたないか。
こんな時間がもらえただけでも良しとしよう。
「じゃあ、起こして来ます」
「あなたたちが外に出たら、解けるようにしておくわ」
「はい。有難うございます。女神さま」
そう言うと、女神はプッと頬を膨らませてから俺の鼻先に人差し指を当てた。
いや、近いんですが。
「私はアルヴィト。呼びにくければルイで良いわよ」
「え、名前で呼ばないと駄目ですか?」
「だめ。人っぽくないでしょ?」
そんな理由ですか。
「…じゃあ、ルイさん。有難うございます」
「ええ。これからもよろしくねシロ君」
満足そうに微笑まれて、俺はちょっと不思議だった。
部屋の外に出て二人が寝ているはずの部屋に向かう。
鍵は掛かったままなので安心して入った。
二人ともまだぐっすり寝ていてほっとする。丸くなっているのは変わらず、二人で顔を寄せ合って寝ているのがとても可愛らしいなんて思ってしまった。
この兄妹は守っていかなければならないなあと思う。
今の状況で本当は一人で行動をしているはずだった俺に、言葉の安心と存在の安心をくれた二人だから。
ベッドの傍の椅子に腰かけて二人を見ている。
もっと長く見ていたいけど、時間が迫っているから仕方なく起こす事にした。
「二人とも起きて下さい」
俺が声を掛けると、真田さんが先に目を覚ました。隣の妹女神をしみじみと見てからゆっくりと身体を起す。
「おはようシロ」
「おはようございます」
そう挨拶をしていると、妹女神もむっくりと起き上がった。
目を擦りながら俺を見る。
「おはよシロ」
「うん。おはよう」
目を擦り擦り起き上がって、小さな洗面台で顔を洗うと妹女神はちょっとお腹を擦った。お腹が空いたのかな。でもこの部屋を出るともう時間が動いてしまうから、ご飯は無理なんだけど。
「さっきの部屋に行ける?シロ」
「ごめん。無理みたいだ」
「…そっか。我慢する」
それがあまりに子供みたいだったから、俺は自分のリュックから固形携帯食を出して渡す。
「これで我慢してくれるかな?」
「いいの?ありがと」
嬉しそうに食べているのを見て少しほっとしていると、隣の真田さんにわき腹を押された。
ちょっと痛いんですけど!?
「…本当に清いところからだからな?」
「はい?」
だから、何の話だか分かりませんって!?
扉を開けた瞬間に壁も部屋も何もかも消えて、フロアには何も遮るものが無くなってしまった。あまりの現象に後ろの二人も驚いている気配がする。
でも俺はそれに構ってはいられない。
俺達を察知したゾンビ犬が、とてもゾンビとは思えないスピードで走って来たからだ。
応戦するべく俺も走って近付き鎌を振るう。
犬の魂魄を扱うことは出来ないけれど、命あるものすべてを刈り取ることが出来るのが死神だから、俺の鎌に躊躇は無い。
遅れて近づいてきた大柄なゾンビも、難なく倒して一息つく。
このフロアに居たのは本当にこれだけだったのだろうか。
下の階に居たモノとは、段違いに弱かった気がするのだが。
「シロ君。そっちは終わったようね」
斜め前方から女性が近づいて来る。
この場所には相応しくない白衣にヒールという出で立ちだが、その手には立派な戦槍が握られていた。
「ルイさん」
「他のは片づけておいたわよ?」
ウインクと共にそう言われて、この場所の他のゾンビは彼女が倒してくれたのだと理解した。だけど。
「あの、ルイさんが倒したゾンビの魂魄って」
恐る恐る聞いた俺に、満面の笑みでルイさんが答えた。
「ヴァルハラに送ったわよ」
…いわゆる転職ですか。それ。