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また短めで、申し訳ありません。
そこでよく考えてみる。
あの笹原中尉が自分の彼女の行動を何も知らずにいるかどうか。
答えはノーだろう。
あの人に掛かっては自國衛守大隊だって赤子の手をひねるよりも簡単に機密が漏れてしまうだろうと少将に言わしめたほどの人だ。
自分の彼女が何かを企んでいたとしても、全てお見通しだろう。
という事は。
あの人は敵だという事になる。
ショックは無いが厄介な敵だと思わざるを得ない。
内部事情も知っているし、緑川医官程ではないが俺の事だってある程度は知っているはずだ。出来れば敵に回したくない相手だったが、敵じゃない方がおかしいぐらいなのだから仕方ないだろう。
溜め息が漏れる。
そんな俺に女神が微笑みかけてきた。
「大丈夫よシロ君」
「…何がですか?」
「私はここからあなたと行動を共にする為に来たのだから」
そう言って微笑む女性を見て、俺はまた軽く溜め息が出た。
味方が増えるのはありがたいが、戦力的にどうなのだろうか。
「あら。何か疑っている?」
「別に何も疑ってはいませんよ。ただ」
「ただ?」
薄桃色の瞳がクルリと動いた。
今のこの人は残滓とも見て取れる、実態を持たない存在で。
その人が本領を発揮できるのかが凄く怪しい。出来るのであれば戦乙女なんて肩書を持つ女神が参戦してくれるのだから、心強いけど。
「時間の流れを止めているから、この姿なのよ」
俺の目線で何かを感じ取ったのだろう女神が説明しだした。
「時間を戻せば、肉体が来るから大丈夫よ?」
「来るんですか?ここに?」
「ええ、外で待機中だから」
ええと、どういう事か分からないけど。
分かった事は。
「あなたも受肉しているんですか?」
「ほら、だってシロ君たちゴールデンエイジがあんなに成功しているんだから、私達にもできるって思っちゃったのよねえ、主神が」
…オーディンさま。素直すぎます。
「何人もトライして、成功したのはほんのわずかだけど」
大丈夫か、アスガルド。
ヴァルキュリユルがほとんど寝た状態になってしまって、回っているのか。
「失敗した時のことはあまり考えなかったみたいで」
けらけらと笑っているが、神にとって深刻な問題ではないのか?
受肉というのは一種の賭けであって、成功すれば人の身体がもらえるが失敗すれば千年の眠りにつく。その間に神界の異変が起きたとしても貢献も出来ず保身も出来ない。
ただ寝ている神なんて、どう料理されようが抵抗できないんだから。
だからそんな賭けに出るのは、俺達死神か酔狂な変わった神ぐらいしかいなかったのに。
「ほらゴールデンエイジの殆んどが受肉に成功したじゃない?いろんなところで挑戦してみようって神様がいたみたいよ?」
「…何してんだよ…」
俺が頭を抱えると、更にケラケラと笑われた。
「それにしてもすごいわよねえ、シロ君たちは誰も失敗しなかったんでしょ?」
「…たまたまです。俺達だってその後の奴は失敗してますから」
「だからゴールデンエイジなんじゃない」
「…その名称やめませんか、恥ずかしい…」
ふふ、と含み笑いをしてから、女神が真面目な顔になった。
「とにかく、この事態を解決するのは簡単ではないわ」
「はい」
「ウイルスの駆除や放射能の除去、死んだ人間の管理。あなたの管轄でもあるけど」
俺は肯いて見せる。
今頃冥界は大変な事になっているだろう。
何せ魂魄が来るだけきて、それを生まれ変わらせる土壌が無くなってしまっているのだから。大賑わいに違いない。
「たとえウイルスを駆除できても、ゾンビになってしまった人は元には戻りませんよね」
「そうね、多分。寿命が来て終わるだけだと思うわよ」
…真田さんが朽ちていくのを妹女神に見せるのは嫌だなあと思った。
単なる感傷なのだけれど。
「…ウイルスの駆除は可能でしょうか?」
「それは作った人に聞かなくては分からないけど、除去剤、或は抵抗薬なりを開発してからでないとウイルスをばら撒かないでしょうね」
「自分の身の安全が確保されてからって事ですか」
「当たり前じゃない。自分までゾンビになるつもりなんて無いでしょう?」
それはそうだ。
ゾンビになって全てを忘れて誰かに殺されるためだけに、ウイルスを作る奴なんていない。自分は高みの見物が出来る準備をしてから世界を破滅へと導くウイルスをばら撒いた。他の人が犠牲になるのを笑って見ている、そういう立場がお望みなのだろう。
「…許せないな」
「そうね。私も嫌いだわ」
女神も俺も苦々しい顔をしていた。