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放送局がどれだか分からない。
上から見ただけでは、ビルの形なんてどれも一緒に見えて。屋上に大きく名前でも書いていてくれればいいのになあ。
仕方なく地上に降りる。
案の定、渋谷はゾンビ天国になっていた。
何処を見ても、虚ろな目にふらつく歩き方の人影しかない。
聞こえてくるのは呻き声と低い唸り声。
上から降りてきた俺を見て一瞬飛びかかろうとするが、やっぱり近寄っては来ない。まあ、本能的な生命体だろうから危険察知は人間に比べて高いのだろう。
天敵かもしれない俺には寄っては来ないわな。
歩き出すと、ススッと道を開けるような動き。
おかげでいまだに戦闘にはならない。
消してしまってもいいのだけど、アナウンサーさんの安否確認が先だろう。
地上におりれば、有名どころの放送局だから矢印のついた看板が掲げてあって、迷わずに辿り着くことが出来た。
中にも、うじゃうじゃいる。
そばを通り過ぎても、触ってくるものすらいない。
何処となく俺を避けていく。
ちょっと全員に避けられるのが、だんだん悲しくなって来た。
こんなに人型が居るのに、誰もが視線を逸らしてつつっと避けていくって、無視のいじめみたいでつらい。
…階段を上る。
どのフロアを探してみても、人型しかいない。
現在お食事中なのは取り敢えず後回し。どうせ後で一掃するんだし。
最上階かなあって思っていた一つ下の階で、開かない扉が有った。バリケードでも敷いているのか、押しても開かない。もちろん引いても開かない。
仕方なく声を掛ける。
「誰か、生きていませんか?」
中から返事はない。
けれど生きている人間の気配がする。
「誰かいませんか?助けに来ました」
俺の声が聞こえてないのかな?
でも中でごくりとつばを飲む音が聞こえた。
ああ、普通はそんな音は聞こえないと思う。
けれど今は聴覚域を広げているから、聞こえてくるんだ。
「誰かいませんか?」
『あの、人間ですか?』
…どうしよう。困った質問が返ってきたぞ。
それには「うん」とは答えられない。俺、純粋には人間じゃないし。
でも、ゾンビではない。
「ゾンビではないです」
『…本当ですか?』
「本当です」
何か間抜けな質疑応答だな。
そもそもゾンビがまともに話なんて出来るものなのかね。っていうかこんな簡単な質問で相手の真偽なんて分かるものでは無いだろうに。
それでも中から何かをどかす音が聞こえた。
生きているのは一人じゃないな。何人かいるのか。
…連れて帰るの面倒だなあ。一人なら抱えて飛べばいいと思っていたのに。
がチャリと扉が開いた。
テレビで見たアナウンサーさんが顔を出してくる。
「…あの?」
聞いた通りの声でほっとする。
俺が中に滑り込むように入ると、周りの人たちが慌ててまた机やら椅子やらで扉にバリケードを作った。よくこんなもので持ちこたえていたものだ。
生きている人間は四人いた。
アナウンサーさんとスーツを着た男性。ラフな格好の男二人。
全員が疲弊していて、青い顔をしている。
「助けに来たって本当なのか?」
スーツの男が聞いて来た。
上から目線がいやらしいが、職業病かも知れないと思う事にする。
「本当ですよ」
「君が一人で?」
「はい」
男達が何だか不審そうな顔で俺を見ている。
そうだよなあ。若造が一人でこんな所に来ても、助かるなんて思えないか。
仕方ない、自己紹介しようか。
「申し遅れました。自分は、自國衛守大隊特殊部隊配属、黄泉坂四緑と言います。皆さんの安否を確認の上、救助しにまいりました」
「…自國衛守大隊の人か…」
スーツの男がほっと息を吐いた。
他の人も安心した顔でお互いを見ている。
いやあ、俺の勤め先って優秀なんだな。覚えておこう。
「テレビで放送を見たので、間に合うかと思いまして」
「君一人で来たのか?」
「…はい。他には無理でしょうから」
「そうなのか」
見た目より優秀なのかも知れないなんて、もう少し小さな声で話して欲しい。丸聞こえですけど。
そんな話をしている間に、外が騒がしくなって来た。
きっとゾンビたちが階を上がって来たのだろう。この階にはゾンビ少なかったからなあ。奴らもここまで登って来るのが面倒なのかもしれない。
「じゃあ、ここから出ましょう」
俺が言うと、四人がびくっと身を竦めた。
それを見てにっこりと微笑んでみせる。
「大丈夫ですよ、助けに来たんですから」
「でも外に来ている気がする」
男の一人がそう言うのと同時に、扉がガタガタと音を立てた。
立てかけてある机や椅子がばらばらと崩れていく。
「うわあっ」
「来たぞ!?」
男達から黄色い声が上がる。
気丈にもアナウンサーさんは声をあげない。
顔を見ると泣きだしそうではあったが、ギュッと口を結んで叫ばない様に我慢していた。こういう時は男よりも女性の方が胆が据わるのかも知れない。
俺は右手をひらりと動かした。
扉が開きゾンビが入ってこようとする。
その動きが止まった。
俺を見て悩んでいるかのように、たたらを踏んでいる。
それはそうだ。天敵だもんな。
けれど、俺の後ろには食料が居る。
生きた人間がいる。
その本能のせめぎあいが十数秒続いたのちに、ゾンビは俺に向かって歩いて来た。
どうやら食欲が恐怖に勝ったらしい。
「残念」
俺は既に握っていた鎌を一振りした。
それはゾンビの身体を切る事なく、透過するだけだけど。
後ろに居たゾンビになんて、透過もしていないけど。
ぱたりと倒れ込んだゾンビは、動かなくなった。
「…不味い」
取り込んではみたものの、人間ではなくなった生命体は不味い事この上ない。
こんなものを何千体、いや何億体と取り込まなければならないのかと思うと、先行きが思いやられた。
「…え?」
後ろの四人がポカンとした顔で俺を見ている。
俺は鎌を右肩に掛けて、一応の愛想笑いを浮かべた。
「さあ、行きましょう」
俺の言葉に、全員が二・三歩進んでくるが、どの足も止まってしまう。
「…どうしましたか?」
「君は何者なんだ?その、人間なのか?」
また、質問がえぐいな。
「見た通りですよ?」
俺が笑ったまま答えると、別の男が聞いてくる。
「その鎌は…」
ええい。五月蠅いな。見た目通りだって言っているだろう?
俺が真顔になったので、四人はびくりと身を竦めた。怖がらせたい訳じゃないが、根源的な恐怖を俺自身が払拭してやることは出来ない。
「見ての通り、死神です。さあ、行きましょう」