14
一日開いてすみません(^_^;)
ピラミッドの一階、自動ドア前まで行ってみる。
中ではうぞうぞとゾンビが蠢いている。正直俺でも中には入りたくない。
ちょっとだけ近づいてみると、自動ドアがスーッと開いた。その途端に物凄い唸り声が聞こえ、悪臭が漂ってきた。
しかし。
自動ドアの境からこっちにはゾンビは出て来ない。際までは手を伸ばしたり噛みつこうと首を伸ばしたりしても、けっして自動ドアのレールから外には出て来ない。
どんな理屈なんだ。
俺がそんな事を観察している間に入り口は押すな押すなの大盛況状態になっていた。バーゲンの時のお母さま方よりも大盛況だ。あれ、凄いよね。
右手をひらめかせて鎌を出す。
大鎌を構えると中の唸り声が凄まじいものになった。でもこの状態で大鎌を振るうのは戦いづらいだろう。
左手をクルリと動かして鎌を回転させる。
大鎌の刃がキシリと音を立てて、二つに分離する。死神の鎌の第二形態。
小振りになった二つの鎌を両手で構えて、俺は深呼吸をする。
「…ゾンビが空いてから、来て下さい」
「わかった」
真田さんの返事を背中で聞いて、俺は自動ドアの中に走り込んだ。
入った途端に十体近くのゾンビが襲い掛かってくる。
俺はそれをすべて鎌でなぎ払う。
鎌のサイズは小さいが、威力は変わらない。ゾンビは鎌に触れるたびに魂魄を刈り取られて倒れていく。
不味いけど文句を言ってる暇はない。
次々と襲い掛かってくるゾンビを鎌でなぎ払いながら、俺はこの行動に不信感しか湧いてこない。
最初、渋谷に来た時は俺が天敵と分かって、どのゾンビも俺を避けていた。
生きた人間がいる時だけ食欲に負けて襲い掛かって来た。今は俺の傍に人間はいない。それでもゾンビは俺を目掛けて向かってくる。
右の鎌で払い、倒れ込んでくるゾンビの抜け殻を足でけり倒し次のゾンビを切る。
鎌を押さえようと腕に噛みついてくるやつを、膝で蹴り上げて反動を付けながら逆手で切り下す。体液をまき散らしながらのけぞって倒れ込むゾンビの影から別のゾンビが掴みかかって来る。
それを躱しながらゾンビの動きが決まっている事に気付いて、俺の不信感はますます深まっていく。
俺を捕まえようとしている。
倒すのではなく、動きを止めようとしているみたいだ。
それにいったい何の意味がある?
掴みかかってくるゾンビの首を切りつけた時、ゾンビと目線があった。
濁った眼をしているゾンビたちも、物は見ているからきちんとした目線があって、以前は俺から目を逸らすこともあったけど。
今は俺を見ている。しっかりと俺の眼を見てくる。
でも、その視線はとても本人のものとは思えなくて。揺らぐ事のない強い視線は逆に何かに操られているんじゃないかって思わせるほど強固で。
嫌になる。
完全に死する事も出来ずに、魂の奥底では苦しんでいるであろう生命体に、何らかの強制を行っている誰か。
そいつが、この壊れた世界を作り出しているのか。
倒れたゾンビたちで足元が埋まってきた。
乗り越えて先に進もうとするが、二歩進んだだけでまたゾンビが殺到してくる。無限に湧き出してくる召喚物みたいだなあ。
このワンフロアで一体どれだけのゾンビがいるのだろう。
人間すべてがゾンビになった訳じゃないのは分かっているけど、街に居た殆んどの人が変わってしまっているのだろうって想像するのは、容易にできることで。
それを考えるだけで憂鬱になる。
何体ものゾンビが一斉にかかって来るのを、屈んだり跳ね上げたりしながら倒して一歩ずつ進んで行く。たかだか二十歩ぐらいを進むのにどれだけ時間が掛かっているのか見当もつかない。
この元放送局のピラミッドは巨大化しているから、一番下のフロアである一階は広々としているはずで。今はゾンビが多すぎて視界が効かないから見えないけど。
そこをこんな速度で進んでいて、大丈夫なのか俺。
後ろの自動ドアの外側で二人が待機していてくれることを願いながら、またゾンビを切り倒す。
腕が少し疲れてきたが、鎌を振るう速度を緩めるわけにはいかない。
何せまだまだ沢山いるのだから。
足元を狙ってきたゾンビの顎を踵で蹴り上げて、上へ持ち上げながらもう一体のゾンビにぶつける。二体まとめて鎌で切り下げて、返す刃で右後方から掴もうとしてきたゾンビを突き上げる。
本当は鎌の先にいるゾンビにまで影響させられる風を起こす方が何体も刈り取れて良いのだろうけれど、今は風を起こす隙が無い。
何せ鎌という武器は内側に刃がついているものだから接近戦になると、どうしても乱闘戦になってしまうのが難点だ。
ああ、体液がぬるぬるして気持ちが悪い。
けれどそれを拭う暇さえなく、俺はただ鎌を振って刈り取り続けるしかない。
こんな時だけは、両手剣の諸刃が羨ましい。
どっちでも切れるもんな、あれ。
フロア全体にいたゾンビをすべて切り倒した後に、腕時計を見るとピラミッドに入ってから六時間ほど経過していた。
見たくはなかったが、後ろを振り返ってみる。
だだっ広いだけで何の調度品も壁も無いフロアに、ゾンビとなり果てた人々の屍がうず高く累々と転がっている。
積み上げたのは俺だけど、後悔しか呼び起こさない光景だ。
そのゾンビたちを避けながら、真田さんと妹女神が近寄って来た。
右手を上げて答えたいけど、今は腕をあげるのもだるい。
息も上がっているから、言葉も言いたくない。
そんな俺を見て、二人は分かっているかのように微笑んだ。
俺の背後を見て、真田さんがげんなりしたように呟く。
「大きな階段だな」
「登り易くて良いと思うの」
妹女神の気楽さに、俺と真田さんは同時に苦笑した。