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俺達はその穴を滑るように降りてみた。
所どころ叩いて固めてあったから、非常に降り易かった。
自國衛守大隊にでも勧誘したらいいんじゃないのかな?
窓から中に入る。
中は案外暗くなかった。実際今は昼間だし外は雪が降っているとはいえ、陽の光も感じたのだけど。ここにもその恩恵が来ているなんて思わなかった。
雪に埋もれているコンビニは外のガラス窓も雪で埋もれているけれど、光の乱反射のせいで薄く白く光っていて、月の夜ぐらいには明るかった。
その中に人がいた。
ピンクのワンピースを着た少女。
俺とお兄さんの気配を察知してクルリと振り返る。
黒い長い髪がふわりと揺れて、真っ直ぐな黒い瞳がこっちを見た。
ワンピースに隠されていてもスタイルの良さは分かるし、何より肌の色が真っ白で人形かと思ったくらいだ。
美少女っているんだな。
しかも正統派の美少女。テレビでは見た事あるけれど現実に見てしまうと、呼吸って止まるんだな。
「心配したんだぞ」
「うん。お腹空いたからコンビニの中で食べてた。ごめんね、お兄ちゃん」
涼しげな声でそう答えている少女を、俺はぼんやりと見ている。
いや、いけない。呼吸しなきゃ。
パンを片手に俺を見た妹さんが首を傾げる。
そのパン大丈夫かなあって思ったけど、もう食べてしまっているから仕方ないよな。
放射能の影響が少ないと良いんだけど、ばっちりだろうなあ。
俺みたいに、何でもない訳じゃないだろうし。
そんなぼんやりとした感想を思っていた俺に、少女はいきなり刃のような言葉を突き付けてきた。
「…あなた、死神?」
俺の身体が急速に緊張する。
この子、いま、なんて言った?
鎌を出すかどうか考えるが、仮にも探していた妹に会えた真田さんの前で、当の本人との戦闘は避けたい。だけど、何故わかる?
「…あなた、死神よね?」
続けて俺に質問をしている少女に、真田さんが戸惑ったような声で聞く。
「何を言ってるんだ?女過?」
待ったあーーーーーーーーーーーーーーーーー!?
俺がガクリと膝を着いて四つん這いになってしまった事に、真田さんが驚いている。
でもね、俺の驚きの方が大きいから。
なに、その名前。
どうしてそんな名前をしているの?
ご両親の趣味なの?そうなの?違うの?
人間の女の子に、そんな名前を付けるのが流行ってるの?違うの?
「だ、大丈夫か、シロ?どこか悪いのか?」
おろおろとした声で真田さんが聞いてくるけれど。
具合が悪いのは心臓の中にある心です。多分。
「どうしたの?死神?」
「……女過って……」
「ああ。私を知っているの?」
やっぱり本人ですかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
知ってるのかって。知ってるのかって!?
知ってますよ!!当たり前でしょう!!!
外つ国の神界のトップ!!国生みの女神!!
知らない訳がないでしょう!?何でここに居るんだよっ!?
俺が、疲れ切って見えるだろう顔を上げると、俺の前に屈み込んで俺を見ていた女神とばっちり目があった。それからにっこりと笑われる。
「面白いねえ、死神」
「……面白くはないです」
疲れ切った俺の声に、兄弟は顔を見合わせて困った様子になる。
思案の末、女神が俺にパンを差し出してきた。
違うよ!?お腹が空いている訳じゃないよ!?
ああ!
猛烈に煙草が吸いたい!
「俺、外で煙草吸ってくるよ」
そう言って、素早く勇気ある撤退をする俺を誰も責めないでくれ。
「…うまい」
…マジか。
何で女神が居るんだよ。
しかも超弩級じゃないですか。
煙草を吸いながら、少し落ち着いた俺は前に聞いた事を思い出してみる。
確か、女過は伏犠と対になる神で、人を生み出した女神だ。泥をこねて人を作った後に、縄に泥を付けてぶん巻いて、もっと多くの人を作った。起こった洪水もヒョウタンで乗り越えて天とか大地とかを修復したりした、まさに万能の女神な訳で。
…この状況を何の苦もなく、解決したりできません?
ボケーっと雪が降る空を見上げながら、煙草を吸っている俺の足元の穴から、二人がひょっこり出て来た。
妹の手を引っ張って穴から出し地面に立たせた真田さんは、すぐ傍の俺にしかめ面をする。
「シロ、煙い」
「ええ?外なのに言われるのは心外だなあ」
しかし、喫煙者は肩身が狭いのだ。
いわれのない攻撃にも強く反論は出来ずに、ちょっと離れる。
出入り口近くで吸っていたのは、失敗だったかなって思わない訳でもない。
二人は俺が離れた後、何回か深呼吸した。
まあ雪で密閉されているから、窓が一つ解放されているとはいえ狭いコンビニの中にずっといると酸素が足りない気はするよな。
まだ煙草を吸いながら二人を眺めていると、妹女神が俺をじっと見てきた。
俺と妹を交互に見た後でお兄ちゃんの目が幾分座っているのは無視しよう。
「…なに?」
「何で死神が現世にいるの?」
「その質問、そっくり返してもいい?何で女神が現世に居るの?」
「私か?転生をしたから」
「…は?」
てんせい?って、転生ですか?
女神が?人間に転生?
「だから」
女神は自嘲気味に笑ってから、言葉を続けた。
「今の私に、国を変える力などない。ただ自分が他からの影響を受けない身体を持っているぐらいなの」
俺が何を考えていたかなんて知っているわよという風に、彼女は言ってのけた。
…そうかあ…。
都合よく救世主なんて出て来る訳じゃないのか。
そうだよなあ、漫画じゃあるまいし。
「失望した?死神?」
「その死神ってやめて。俺には黄泉坂四緑って名前があるんだから」
「…シロ」
女神まで、そう呼ぶ?