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何時もどうり、小さな音がする。

枕元に置いてあるスマホから、アラーム音がしている。

指で止めてからベッドの上に起き上がると、大きな欠伸が出た。


今日も退屈な日が始まるのだろう。

頭を掻きながらベッドを降りて、台所へ行きポットのスイッチを入れる。

前はやかんを使っていたが、電気ポットもなかなか便利だ。

特に一人分を沸かすには丁度良い。


換気扇を掛けて煙草を咥える。

煙を吹き出してから、辺りが静かな事に気付いた。



何時もなら通勤時間の電車や車の音、近所の小学生や中学生のおしゃべりが、換気扇の向こうから聞こえてくるのに、やけに静かだった。

一旦、換気扇を止めてみる。

耳をすましてみるが、何も聞こえない。

ポットが湧いたのでスイッチが切れる。その音がやけに大きく感じた。


しんとした部屋の中、俺の心臓の音だけがやけに響いている。


そう言えば隣から聞こえてくるテレビの音もしない。

…どうしたんだろう。

音量を下げてから恐る恐るテレビを付けてみる。

そこには引きつった顔をしたアナウンサーが映った。

瞳孔が大きく開いていて顔中汗でぎらついている。話す声も細くて震えていた。


『この放送を聞いている人間がいるのでしょうか。今東京はゾンビが支配しようとしています。自衛隊が頑張っていますが、人々は襲われるたびにゾンビになり増殖を続けています。いずれこの放送局もゾンビに襲われて私もゾンビになるでしょう。酷い映像をお見せしないためにも、もうすぐこの放送も打ち切りになります。どうか人間の皆さま無事に逃げ切って下さい!』


は?

ええと?


俺はコーヒーを入れながら、画面の向こうの人物の泣き出しそうな顔をポカンと眺めた。


ゾンビ?

ってあれでしょ?

映画に出て来る生ける屍。リビングデッド。

俺は自分の見ている放送局が決してドッキリなんてやらない元国営放送なのを確認してから、もう一度コーヒーを口にした。


そっかあ。

ゾンビねえ。

煙草を吸い終わってから、スマホを見てみる。

恐ろしいくらいの着信が入っていた。


こんなに着信を入れるのってヤンデレなのかしらん。

そう思って見ている間にもまた着信が入った。有名なRPGゲームの曲にしてあるから、早く出ろっていう催促加減が半端ない。

仕方なく出てみる。


「はーい」

『こら!今まで何をしていた!?』


耳がキーンとして痛い。


「寝てましたけど?」

『俺の電話に何故でない!?』

「寝る時は着拒にしてあるんで」


向こうでしばらく無言。きっと頭から湯気が出ているな。


『事態は分かっているな?大至急こちらに来い』

「…ええと」

『お前はこんな時の為に給料をもらっていたのだろう!?』


怒鳴る声が少し上ずっている。

本気で怒っているようだ。茶化さないで話をしようかな。


「…ゾンビですか」

『そうだ。お前はまだ襲われていないようだな』


俺は声に出してハハッと笑った。

また向こうは無言。怒り過ぎじゃないですかね?


「奴らにとっちゃ俺は天敵でしょ?襲いになんか来ませんよ」

『…そうか。ならば余計に早く来い。こちらは防戦するので精一杯なんだ』


疲れているような声音で少将殿がそう言った。

あんまり聞いた事のない声で、ちょっと驚く。

今まで、ごく潰しとかお荷物とか、そんな言葉しか聞いていなかったから。


「…まあ、テレビの人が可哀想だったから、行きますよ」

『テレビ?まだ放映していたのか』

「ええ。助けてからそっちへ行きます。…二時間ぐらいかなあ」

『待て。人命は大事だがこっちには総理や官邸の人がいるのだぞ?一般人は後で良い』


俺は煙草に火をつける。

ジッポの音が向こうにも聞こえたはずで、何だかいらだたし気な溜め息が聞こえた。


『…お前が俺の言う事なんて聞いた試しはなかったな』

「よくご存じで」


煙草を咥えながら笑うと、今度はでかいため息が聞こえる。

耳元でおっさんの溜め息を連発で聞く趣味は無いのだが。


『なるべく急いでくれ』

「…了解」


通話を切ってから、俺は何時もの通勤用リュックに買い置きの煙草を詰め込む。

コーヒーも入れたばかりなので、水筒に詰めてみた。

何時も通りの通勤スタイル。

電車が動いてなさそうだから、車かなあ。

そう思って外に出たら、やたらに人影が道路に居た。

ありゃ。車も無理かあ。

全部轢いて走るには、俺の軽では心もとない。

燃費が良いしハンドルが軽いのが魅力的なんだけど、サバイバルをするならやっぱりSUVだよなあ。


仕方ない。


俺は遅刻しそうな時にコッソリ使っている手段を選ぶ。

目の前にあるアパートの手すりに足をかけて、手すりの上に立った。それから手すりを思い切り蹴り上げる。


俺の身体は空中に浮かび、それからさらに上に向かって飛んで行った。


渋谷ってどっちだっけ。

全体像が見えるくらいまで上に昇ってから、下を見降ろす。

ええと、山の手があれだから、で、東京駅があれでしょ?って事はあっちか。


渋谷の放送局を目指して俺は身体の向きを変えた。

…間に合えばいいけど。





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