第九話
アストラメタルはまだ発見されて半年も経っていない新鉱石だ。どの物質よりも固く、衝撃や熱も遮断し、挙句の果てにはある程度の条件を揃えれば無限にエネルギーを発生させる、まさに夢の鉱石。
しかしその固く熱に強い性質の為に、現状では細かい加工がほぼ不可能なはずだった。一応島の防衛部隊が乗るサンドラは、ツバサが見つけた加工技術によってフレームや表面装甲とジェネレーターとして使われているが、それでも関節部分など細かいパーツには未だ加工出来ておらず、現に前回はそこを狙われて全滅の憂き目に遭っていたのだから。
「さらにもう一つ。コイツは推測に近いんだが、どうも私が作った物とは比べ物にならないほどの高性能な重力軽減装置が組み込まれているようだ。と言うかむしろ名称も重力軽減装置、じゃなくて反重力装置と言ったほうが正確かもしれないけどね」
「そんな馬鹿な…本当にあれは機士なのか?」
「さあねぇ…元々この島は落っこちてきた隕石から出来たってんだろう?案外、そんときに一緒に宇宙から来たなんてこともあるんじゃないか?」
どこか不機嫌な口ぶりで言い放つツバサ。やはりあの機士の存在は、天才技術者として色々釈然としないものがあるのかもしれない。
「あの子が色々と教えてくれりゃあ言うことないんだがねぇ。ま、本人が覚えてないってんじゃあどーしようもないわね」
「後で私が直接話を聞くさ。その時、少しでも思い出してくれている事を願おう」
そうこうしている間に二人は第三格納庫のアストラル・ゼロの足元に到着していた。
足元から見上げる形ではあるが、それでも赤く輝く機体は強烈な威圧感を発している。
「コックピットハッチがないな」
「あんなのはただの飾りです…と言えば良いのかな?二人の言い分を素直に聞くなら、乗り込むときは自動的に中の操縦室に転送されるそうだ。実際出てきた時も気が付いたら出てきていたしね」
「つくづく常識はずれの機体だな。まあできる限りは解析を勧めておいてくれ。ただし、サンドラの修理が先だ。コイツをいじくりまわすのはそれが終わってからだ」
「ま、仕方ないねぇ。ヘラの機体なんか丸々全部パーツそう取っ替えさ。人手がいくつあったって足りゃしない…あの子に会いにいくんなら、ついでにヘラにも一言言っといとくれよ?」
それだけ言ってサンドラの修理作業に戻っていくツバサを見送るカルマ。もう一度だけアストラル・ゼロを見上げると、イルアとヘラが待つ医務室に向かう。
前の戦いで一番ダメージを負ったヘラは、ついさっきようやく意識が戻ったばかりだった。幸いなことに残るような傷は無く、二・三日安静にしていれば退院出来るとのことだった。まあそれが分かったからカルマも会議に出席出来たわけだけれども。
そして肝心のイルアは、ツバサの事情聴取を受けた後はずっとヘラの傍から離れようとしない。オズマが事情聴取の名目でレノアと引き離したことで、精神的に不安定になってしまったのかもしれない。
「ヘラ、イルア、入るぞ」
一応ノックしてから医務室に入る。そしてカルマは静止した。
医務室の中では、ちょうどヘラがイルアをベッドに押し倒すようにして抱きしめていた。しかもヘラは巻いている包帯が見えるくらいに病院服をはだけさせており、どう見ても姉が弟を性的に襲っているようにしか見えない光景だった。
「ヘラ…何をやっている…」
「あ、あはは…お父さん?な、なんでこんなタイミングで…」
だらだらと冷や汗を流しながらもイルアを抱きしめる手を離そうとはしない。イルアも、不安げな表情を浮かべたままじっとされるがままの様子だった。
「ち、違うんだよ?これはね、イルアが怯え始めたから落ち着かせようとしただけで別に可愛くて襲いかかったわけじゃ…」
「で、どうだ?少しは落ち着いたか?」
できる限り優しく声をかけてみるが、イルアは顔色が優れないままだった。あれでも一応精神安定剤替わりをやっていたヘラを半ば無理やり引き剥がしたせいかもしれない。まあ、だからといって床に正座の罰はもうしばらく続けてもらうが。
「全然。むしろ、どんどん怖くなってるんだ。なんだってあんな…」
「コンバットハイが切れた、という事か」
ベッドの上で震えるイルアの目つきは、あのアストラル・ゼロから降りてきたときと比べてもまるで別人のようだった。
「分からんでもない。あれだけ暴れまわったんだ。むしろ怖くないと言い出していれば、こっちも色々対策を練らねばならなくなるところだった」
「対策?」
「まあ気にするな。過ぎたことだ」
ポンポンと頭を撫でる。それを見てうーうー唸るヘラが恨めしげに睨んで来た。この島の防衛部隊隊長なんだからもう少し落ち着いて欲しいんだが、イルア絡みになると一気に冷静さを失う癖は中々治りそうにない。
だが、今はむしろ好都合だった。
「あの機士は封印したほうがいいと思う。この独立戦争は俺たち大人の戦いだ。お前がわざわざ怖い思いをしてまであの機士で戦うことはないさ」
そう。これは大人たちの遅すぎた反抗期であって、子供を巻き込むわけにはいかないのだから。
「ヘラ、傷を治したら訓練を進めるんだ。サンドラの性能ならそれなりに戦えることはわかったんだ。後は、どうやって二大国のエースパイロットたちを抑えるかだ」
「分かってるわよ。だから、イルアはあんなこともうしなくていいから、ね?」
じっと優しさのこもった目でイルアを見つめる二人。だけど、それに対してイルアは胸にモヤモヤが宿っていた。
「だけどさ。俺、嫌でもあれに乗らなきゃいけないって思うんだ。無くなっちゃった昔の記憶がそう言ってる気がする」
「昔の記憶が?だがな、具体的な理由も無く機士に乗せれる程この島に余裕があるわけじゃないんだ。これだけは父親としても、この島の司令官としても許可できない」
「そうだよ。今機士に乗るってことは、戦争をするってことなんだよ?あんな怖いこと、私はイルアにして欲しくないよ…」
「二人だってやってるじゃないか。それに、アストラル・ゼロの力ならこの島を守りきれるよ」
その一言で思わず黙り込むヘラ。確かに、ついさっきまで一方的に叩きのめされ、結果としてイルアが怖い思いをしながら戦い始めることになってしまったのはヘラ自身の弱さのせいだと思った。
そしてイルア自身も、ヘラたちの弱さを戦う意味にしてしまいかけていたのだ。
「例えそれでもだ。俺たちは勝ちたいんじゃない。お前たち子供を守りたいから戦っているんだ」
それが分かったからこそ、できる限り強い口調で言い切るカルマ。滅多なことでは怒ることの無いカルマだからこそ、ここぞと言うときはしっかりと言い聞かせることの重要性は理解している。ここでちゃんと言っておかないと、イルアはまたあの機士で戦おうとしてしまう気がした。
「…分かったよ…」
イルアは渋々と言った顔で頷いた。
レノアはずっとむすっとした顔で部屋に閉じこもっていた。アストラル・ゼロから降りてすぐ後、父親であるオズマに半ば無理やり家に連れ戻された挙句、外出まで禁じられて完全に頭にきたレノアは自分の部屋に立て篭ったのだった。
「レノア!いい加減できなさい!事情を聞くだけだ!」
鍵をかけ、そのうえ椅子と机で塞いだ扉の向こうでオズマが声を張り上げる。だけどレノアは無視を貫く。
いい加減父親を鬱陶しく感じ始めるお年頃ではあったけど、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れた。わざわざ見せつけるようにイルアから引き剥がされた瞬間の、イルアの不安げな目が頭から離れない。
前々からイルアと仲良くしているのが気に食わないらしいことを呟いていたらしいことは母親から聞いていたが、こんなあからさまにイルアが嫌がることをやる姿勢は、父親としてと言うより大人として尊敬できないし、家族とも思いたくない。
「もうやめな!あんな大人げないことしといて今更父親面出来ると思ってんじゃないよ」
「何を言う!私はただレノアを心配して…」
「だったら今はどっか行っといておくれよ。後はアタシがやっとくから、アンタは司令室に行って防空レーダーでも確認しといで!」
セレナが面倒くさそうにオズマを追い払い、しばらく無言のまま時間が過ぎる。やがて外から車のエンジン音が聞こえてきた。
「父さん、もう行った?」
「ああそうさ。全く、あの人と来たら…」
バリケードをどかして鍵を開け顔を見せるレノアを前に、二重の意味でため息をつくセレナ。
「だけどアンタもさ。なんやかんや言ったって、あの人はアンタが心配なのさ」
「だからって、あんなふうにイルアを毛嫌いすることなんかないじゃない。何がよそ者よ。ずっとアタシたちと一緒に暮らしてきたのに」
「アタシもそう思うけどねぇ…島の年寄り組合の中にゃ、この島で生まれてないってだけで信用できないって言ってるのも居るのさ」
このアストラルは、かつて国として認められていた頃は王国制を敷いていたが、同時に議会制も導入しており、基本的な王族の役割は議会の議長を務めることだった。しかし何しろ人口が少ないアストラルにおいて、議員の顔ぶれなど一度固定されてしまえば滅多なことでは変わることなどなく、政治を司るのは一部の家系で独占されていた。そしてカルマやヘラのジュデアス家は、アストラルの王家だった。
現在、独立の為に戦うアストラル司令室のメンバーは全員がその一族の現在の当主たちで構成されており、当主を引退した先代たちは後継者たちの活躍を見守りつつ、酒をあおって口々に愚痴ったり文句を言ったりしているのだ。
「ま、そのおかげであの子もカルマんとこに預けられたんだ。アンタにとっちゃいい事じゃあないか」
「そうだけどさ…でも、やっぱおかしいって!父さんも、爺ちゃんたちも…!!」
顔を合わせるたびにやれイルアとは会うなだの、最近おかしなことを言わなかったかなどと言ってくるせいですっかり疎遠になってしまった爺ちゃんの顔を思いうかべ、悔しげに歯噛みする。そんなレノアの心情を理解しているセレナも、口だけの味方になるわけにもいかず黙り込むしかない。
「でもだからって、何かあるたびに立て篭ったり家出したりするのは止めときな。そんなことしたってあの人たちはイルアへの評価を変えたりはしないよ」
口惜しげに呟くセレナを見て思わずため息をつくレノア。取り敢えず、もう父さんは居ないんだから立て篭りを続ける意味も無い。まずは何か食べて、その後イルアの様子を見に行こう。ヘラ姉がいるとは言え、あの人はちょっと危ない時があるし。
そう決意し、リビングに行こうと足を動かした瞬間、つい昨日聞いたばかりの緊急警報が島中に鳴り響いた。
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