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第六話

 その時レノアが赤い機士の中で目を覚ました。

「あれ…ここ…」

 何もない、とにかく見渡す限り真っ白な空間。普通の感性を持つ人間には耐え難い光景に、レノアは思わず身を縮める。

「どこよここ…?イルア…!!」

(彼に会いたいか?)

「ッ!?なに!?どこから聞こえてくるのよ!?」

 突然頭に響いた声にさらに恐怖心を掻き立てられる。耳を塞ぎ目を閉じて息を潜めるが、それでも声は消えなかった。

(私は『ゼロ』。この機士『アストラル・ゼロ』のサポートAIだ)

「ゼロ…?」

(今、パイロットは意識を失っている。君の声で、目を覚まさせて欲しい)

 ゼロがそう言うと共に、レノアの目の前に光の球体が現れる。その中をよく見れば、意識を失ったイルアが浮かんでいた。

「起こせばいいのね!?」

(ああそうだ。自律行動だけでは十分に戦えない)

「なら!!」

 思いっきり光の球体の中に飛び込み、眠るイルアの手を取って叫ぶ。

「起きろぉぉぉ!!」

「うお!?レノア…」

「もう!!イルアったら何でこんなことになっちゃってるのよ!?色々聞きたいことばっかりだし、元に戻ったなら説明してもらいからね!!」

 手を振り払うようなことはしないが、それでもちょっとだけの怒りを込めて睨みつけてみる。だけどイルアも戸惑うような表情を浮かべて周囲を見渡した。

「ここってどこなんだ?気が付いたらここに居たんだが…」

「はあ!?もう何言ってんのよ…あ、そう言えばここのサポート?って奴が…」

(アストラル・ゼロ、サポートAI。ゼロ。今ここで覚えてもらいたい)

 突然聞こえてきた声に思わずビクッとするイルア。突然姿もみせず直接脳内に話しかけられればそうもなるが、肝心のゼロはそんなこと関係なく機械的な声で続ける。

(パイロット。現在は今もなお戦闘中であり、正気に戻ったのであれば操縦に戻ることを提案する)

「ちょっと待て!取り敢えず説明を…」

(敵残存兵力、連合軍機士『試作第三世代型』一機と『第二世代型』三機。島近海十一時の方角に連合軍の空母も確認。島の防衛の為、速やかな敵の排除を進言する)

 一切話しを聞く気のない様子のゼロは一方的に告げるとイルアの脳内に直接外の光景を送り込む。確かに周囲には量産型っぽい機士三機とスペシャルっぽい一機がこちらを警戒して飛び回っている。

(敵機全て射程範囲外。武器を使用したほうがいい)

「いや、武器なんてどこにあるんだよ!?こいつ素手だろ!?」

(こいつではない。アストラル・ゼロだ。操縦方法は君の動きをトレースするだけだからそう難しくはない。それと武器は音声認証で召喚できる。私にもハッキリ聞こえるよう大声で叫ぶんだ)

 ゼロがそこまで言い切ったところでイルアの頭に幾つもの単語が湧いて出てきた。それがどんな武器で、どう使えばいいかもハッキリ分かる。

「音声認証か…ダイナミックみたいだな!レノア、下がっててくれ。あんまり近いと手とか当たるかも知れない」

「そ、そう?じゃあちょっとだけ離れとくね…」

 不安げなレノアが三歩くらい後ろに下がり、イルアは両腕を広げてレノアを巻き込まないか確かめる。

 しかし、アストラル・ゼロはその動きをもトレースして街の真ん中で、傍から見れば準備体操みたいな動きを始めていた。

「何やってるの?あれ…」

「さあ…?」

 ジーナが首をかしげ、アストラル司令室の全員がポカンと口を開ける。そんな状況など知る由もなく、アストラル・ゼロは屈伸にアキレス腱伸ばしと体育の授業前みたいな準備体操を進めていく。

 まるで挑発しているかのようでもあったが、ロボット工学にそれなりに詳しいジーナやカルマたちにしてみれば、こんな馬鹿げた動きができる機士など、この冷戦下であっても百年経とうが出来るかわからない代物だった。

 こんな物を作り上げる技術が、この地球上に存在するはずがない。だが目の前にそれが実在する。ならコイツは一体何だ?

 ジーナの頭に形容しがたい恐怖心が浮かんでくる。私は、連合帝国はこんな化け物を敵に回してしまったというのか?

「馬鹿にしてやがんのかコイツ!!」

「待て!迂闊に近づくな!!」

 そんなジーナの危機感を知らず、激昂した一機が静止を振り切ってアストラル・ゼロ目掛けて突っ込んでいく。それをゼロからの警告で察したイルアは、取り敢えず両腕を前に突き出し叫んだ。

「ゼロ・フィールド!!」

 両腕から放たれたエネルギーがアストラル・ゼロの正面で円形に固まり、連合軍機の撃った銃弾を運動エネルギーを吸収し優しく受け止める。アストラル・ゼロの足元に幾つもの銃弾が音を立てて落下していった。

「よし、じゃあ次は…こいつか!!」

 手応えを感じて軽く拳を握り締め、そのまま右こぶしを前につき出す。それを見たジーナが援護射撃をしながら危険を感じて咄嗟に指示を出す。

「二番機!!離れろ!!」

「へえっ!?」

「ストロング・バスターッ!!」

 右こぶしから強烈なエネルギー弾が放たれ、連合軍機は避けなければ、と考えるより早く右翼ユニットを吹き飛ばされていた。

 片翼を失い機体制御ができなくなった連合軍機が錐揉みしながら墜落し、アストラル・ゼロはそれを優しくキャッチすると海へと放り投げる。その光景をモニターで見ていたアストラル司令室のメンバーはあいた口がふさがらなかった。

「ロケットパンチ?いや、ビームか!!どちらにせよ現実的な兵器ではない…!!」

「そんな程度の問題じゃありませんよ!?あれは一体なんなんです!?連合軍じゃないなら、連邦軍の新型ですか!?」

「こっちに味方してくれてるんじゃないのか!?」

「そうと決まったわけじゃないでしょ!?」

「ええい鬱陶しい!こっちに動かせる機体はもうないのか!?」

 想定外のことばかりで誰もが冷静さを失いまともな判断が出来なくなっている。自分自身もそうなんだろうと思いつつも、それでもカルマは島内のカメラや計測器に指示を送り少しでもあの赤い機士のことを探ろうとしていた。

 やがて集音マイクが起動し、気絶してしまっているヘラたち無線ではなく、外の音を直接司令室に送られるように設定を直した所で、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ミラージュ・スプラッシュ!!」

 確かに聞こえたイルアの声と共に赤い機士が左の手を、まるで手についた水を払うかのように勢いよく振ると、そこから無数に拡散されたレーザービームが一直線に突き進んでいく。最初に島に飛来し防衛部隊を壊滅させた一機を除き、残り二機の連合軍機が黒煙を上げながら海に墜落していく。しかし、そんなことを気にする大人は誰ひとりとしていなかった。

「なぜだ…なぜ、イルアの声が…」

 カルマの呟きに答えられる者など居なかった。

 そして全く同じ頃、ジーナもまた掠れた声でつぶやいていた。

「くっ…残ったのはもう私一人か…」

 たった一機でこれ以上の戦闘続行は不可能。あの赤い機士が何なのかはもう既に関係なく、この戦いは我々連合軍の敗北だ。

(オートライト少尉。聞こえるか?)

「こちらジーナ・オートライト!作戦失敗!正体不明機の攻撃を受け、僚機は全滅しました!撤退の指示を!!」

 母艦からの無線に思わず食いつくように答えるジーナ。しかし帰ってきた答えは無情だった。

(撤退は許可できない。今援軍を送った。到着まで五分間耐えろ)

「戦力の逐次投入ですよ!?そんなことをしたって…!?」

(命令だ!この際その正体不明機も撃破して構わん!反逆者どもをこれ以上調子づかせるな!!)

 上官のあまりにも現実離れした命令に思わず顔をしかめる。大方このままでは降って湧いて出た反乱者たちを鎮圧出来なかった無能の烙印を押されて出世できなくなるのを恐れてのことだろうが、その焦りで余計に無能さをひけらかしてしまっていては元も子もないだろうに。

 それでも命令は絶対。せめて距離を取ろうと機首を上げて上空に逃げる。まっすぐ光の速さで貫こうとしてくる無数の拡散レーザーを反射と勘で回避し、今度は高々度からの銃撃を試そうと空中で変形してみせる。

 推進剤の消費が激しい為、狙い撃ちできるタイミングは僅か五秒。正確に撃とうと意識を集中させるジーナと、ゼロからの助言でもう一度絶対防御バリア、ゼロ・フィールドを広範囲に展開するイルア。僅か五秒間の間、お互い全神経を集中させて狙いを絞る。

(来たぞ!)

 ゼロがそう告げるとほぼ同時にゼロ・フィールドに激しい銃弾の雨が降り注ぐ。ジーナ機の銃は戦闘機形態の時にも使える機銃タイプのマシンガンであり、スナイパーライフルなどでは無いのだが、それでもゼロ・フィールドに当たり続ける銃弾の雨は、誤差僅か二十センチ以下の狭い範囲に集中していた。

 ゼロ・フィールドが銃弾の運動エネルギーを吸収するも、次から次へと降り注ぐ銃弾が先に動きを止めた銃弾の火薬部分に着弾し小規模な爆発が起こる。さらにその上から今度は大量のミサイルまでもが降り注ぎ、街への被害を抑えるためにもイルアはゼロ・フィールドの維持と制御に集中せざるを得なくなる。

「このタイミングを待ってたわ!!」

 再び戦闘機形態に変形し直すと超高速で島本土まで降下し、残り少ない推進剤を贅沢に吹かして落下の勢いを殺す。そして上空に向けて手を掲げたまま動けないアストラル・ゼロの胴体に向けて残り少ない銃弾を打ち込もうと引き金を引いた。

「くっ…こうなったら飛べぇ!!」

 半ばヤケクソ気味にイルアが叫ぶと、アストラル・ゼロは変形もブースターも使わずにふわりと浮き上がり、そのまま止みつつあった銃弾とミサイルの雨を上空で防ぎきる。

「嘘…でしょ…?」

 思わずそう呟いたのはジーナだけではなく、この光景を見ていた全ての人々も全く同じ顔で同じ言葉を口にしていた。

「飛ぶって結構簡単だな…ゼロ、エネルギーはどうなってるんだ?」

(このアストラル・ゼロにエネルギーの問題は存在しない。この機体を構成するアストラメタルが無限のエネルギーを常に補給してくれている)

「それって最早インチキじゃ…」

 ボソッと呟くレノアの事は都合よく聞こえなかったことにして、イルアは再び呆然と立ちすくむジーナ機を見下ろす。

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