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第二十五話

気が付けばレノアはアストラ島に立っていた。ただ、さっきまで居たはずの役場地下ではなく、いつものお気入りの、かつてイルアが見つけられた洞穴の中だった。

「レノア」

 いつもどおり、とはいかない。どこか厳かで、貫禄すら感じてしまう声。だけど、間違いなくイルアの声だった。

「ねえ、イルア…本当なの?」

「ああ。私は、いいや。俺はこの時代の人間じゃないんだ。今から十年以内に必ずやってくる人類の絶滅を回避するために、未来からやってきた未来人だったんだ」

 息を呑むレノア。当然だろう。今までずっと一緒にいたのに、結局俺は遠くの世界の人間だったんだから。

「驚いただろ?」

「ううん。例えイルアが未来人でも、私にとってはイルアはイルアなんだから!」

「ありがとう」

 そう言ってくれるだけでも十分嬉しいが、レノアの言葉が口だけではないことは伝わっている。

「でも、教えて?取り敢えず、まずは名前かな?」

「名前なんかないさ。生まれたときにはもう、俺以外の人間は絶滅していたんだ。だから、イルア・ジュデアスが俺の名前さ」

 あっさりと言い放つイルア。だが、それがどれだけ苦しいことであったかは想像もつかない。生まれたその時から、親に抱かれることすらなくあの地獄をたった一人で生き続けることが、どれだけの孤独と苦痛か。

「なら、年齢は?今から何年後に生まれるの?」

「多分五年後。だから正確な年齢は、九十五歳になるのかな?タイムスリップの影響で身体が子供に戻っちゃったから、肉体年齢は十六だと思うよ」

 どれもこれも、信じられないほどファンタジーだが、目の前で実際に起きていること。ならレノアにできることは、全てを受け入れ支えること。それだけが、イルアと一緒に居る為に出来る唯一のことだった。

(パイロット…いや、イルア。緊急事態だ。宇宙から奴らの反応が近づいてきている!)

「早いぞ!?まだ後五年は来ないはずなのに!!」

(歴史が変わり侵攻が前倒しになったようだ。だが今こそ、私たちの真の使命を果たす時が来たようだ)

 アストラル・ゼロのテレパシーと共に、世界中のレーダーに異常な波形が検出され始める。宇宙の彼方から迫り来る大量の影。五十メートルほどの大きさを誇る黄金色の人型が、まるで太陽系を埋め尽くさんばかりの数で地球へと侵攻する。

 連合・連邦の双方が対応を考える暇すら与えず、『奴ら』の内の一体が大気圏を突破し地球に侵入する。その姿は、まるで神の使いが地上に降り立つかのような神秘さすら持ち合わせていた。

 だが、彼が進む道の先に赤い機士が立ちふさがる。

「ここまでだ、侵略者!!俺たちが全ての人を守る!!」

 まるで値踏みするかのようにじっとこちらを見つめるばかりの敵を前に、イルアはプリズムセイバーを召喚する。

「プリズムセイバー!切り裂け!!」

 最高速で斬りかかり、敵はそれを躱すわけでもなく、ひと睨みするだけでアストラル・ゼロの動きを止めてみせた。

「なんだ!?動かない!?」

(金縛りだ…!!コントロールが効かない!!)

 まるで憐れむようにため息をつき、敵は動けないアストラル・ゼロを片手で軽く突き飛ばす。だが、アストラル・ゼロは一気に海まで叩き落とされ、そのまま海底まで叩きつけられた。

「なんだこれ…」

 圧倒的と呼ぶにもおこがましいほどの力の差。これまでの戦いでイルアが味わわせてきた絶望を、何百倍にして一気に返される。まさに天罰と呼ぶべき事態だった。

(想定よりこちらの出力が上がらない…イルア、これでは勝てないぞ)

「そ、そうか!まだ…やれるよな…!!」

 そうだ。この機士は全人類の希望。百年の祈りと絶望の果てにようやく手にした最後の切り札だ。それを託された俺が、使いこなせず負けることなどあってはならない。

 海底を蹴り、再び空に飛び上がる。

「ストロングバスター!!」

 そのままエネルギーロケットパンチを放つ。全身全霊を込めた攻撃は、敵に触れることすらなく跳ね返された。

 ゼロ・フィールドを展開する暇すらなくこちらに直撃するストロングバスター。今度はアストラ島に叩き落とされ、イルアはモロに直撃を受けたダメージに呻く。

「ダメだ…なんで、使いこなせないんだ…!!」

 こんなはずじゃない。頭ではわかっているのにうまく動けない。確かに未来で一度もフルパワーの実験をしたことがなく、どうやればフルパワーを出せるのかも分かっていない。だけど、フルパワーを出せばあの敵にも勝てるはずだった。未来で唯一の話し相手でもあったゼロのシュミレーションでは、あの敵をまとめて片付けることができるほどの性能があったはずなのに。

(イルア。立ち上がれ。奴が来る!)

 目の前に現れた敵は、やはりあの憐れむような目でこちらを見下ろしていた。そして何の感情も見せず、こちらに向けて右手をかざす。

(ケタ外れのエネルギーが溜まっているぞ!逃げろ!!)

「けど…体が…!!」

 再びかけられた金縛りで動けず、目に見えるほどのエネルギーが目の前で溜まっていく。これが放たれれば、万が一よけられたとしてもアストラ島そのものを一瞬で消し去ることくらいできるだろう。

 思わず目を閉じかけたイルア。しかし、横合いから放たれた砲弾が敵の興味を引きつけた。

「私のイルアに何するのよ!!全機、攻撃開始!!あの黄金人間を金塊に変えなさい!!」

「了解!!」

「姉さん…!!」

 戦車形態に変形したヘラの指示を受け、アストラル防衛部隊のメンバーが敵に立ち向かう。しかもそれだけではなく、あちこちから新たな戦力がここに集結し始めていた。

「アンタと一緒に戦うの、これが最後かもね!!」

「最後でしょ?終わったら決着つけるんだから!!」

 アキ率いる連邦軍と、ジーナ率いる連合軍。地球を二分する二大国の軍が、共通の敵を得て手を取り合っていた。勿論、上の許可などとってはいない。全てそれぞれ個人の判断で、ここに集結し始めているのだ。

(これは…流石に戦争をしている場合ではないと察してくれたか!?)

「違う…そんなことじゃない!みんな、一緒に闘ってくれる。今はそれだけで十分なんだ!」

 これが最初で最後かもしれない。手を取り合うなど所詮は幻想で、あくまで地球の危機という最悪の事態を前にして一瞬だけ見せてくれた奇跡だとしても、この光景を前にしてようやくイルアは心が満たされる。

 これが、イルアが戦ったことで生まれた結果。イルアがここに居た理由にして証拠。もう、一人じゃない。地球に住む全員が、俺を見ているのだから。

「かっこよく決めようぜ!!ゼロ!!」

(いいだろう。プロテクト解除を確認!ファイターフォームへとトランスフォームする!!)

 アストラル・ゼロの機体が輝き、各部の装甲がより攻撃的で刺々しい形へと変わっていく。さらに丸腰だった両腕に巨大なビームガンが現れ、背中には巨大なバックユニットが出現する。

 いつか来る、『敵』と戦うために完成されたファイターフォームの初お披露目だ。

「みんな下がれ!!シューティングブラスター!!」

 左腕のビームガンから放たれた極太ビームが敵を貫く。先程までの無敵っぷりが嘘のようだった。

「まだだ!!軸線上の敵を全て消し去ってやる!!」

(最大出力で行くぞ!)

 右腕のビームガンも組み合わせ、二乗されたエネルギーが大気圏を突き抜けて敵の軍勢に風穴を開ける。そしてイルアはそのまま両腕を僅かに動かし、宇宙で陣取っていた無数の敵を抹消してみせた。

「やったぜ!!」

「すごい…!!」

「はあ、まったく。もともと勝てなかったのに、ありゃ余計勝てないわ…」

「当たり前ね。これから、どうするんだろう…」

 夕日に照らされるアストラル・ゼロを見つめ、ジーナとアキが息を呑む。しかしそんなことなどお構いなしに、レノアを連れたヘラがイルアの元へと駆け寄った。

「イルアー!!かっこよかったわよー!!」

「今日はもう終わりでしょ?早く帰って、ご飯にしようよ!!」

 いつもと変わらない二人。俺はこんなにも変わったのに。

「やっぱり、二人は俺のこと好きなんだな」

(おかしな事を言う。もう少し考えて口にしたほうがいいぞ)

「そうか?だけどこれで未来は…」

 その時、再び黄金の輝きが地上に降り立つ。ついさっき倒したはずの敵が、また新たに軍勢を連れて攻め込んできたのだ。

「馬鹿な!?早すぎる!!なんでだ!!」

 ビームガンを構えるイルア。敵は静かにこちらを見つめると、やがて地球人の女性と同じ姿に形を変えた。

「地球人よ。我らは『ユグドラシル』。宇宙の秩序を守る存在なり」

「なんだと!?」

「繰り返す。我らは『ユグドラシル』と呼ばれる存在である」

 ユグドラシルを名乗る女性はそう言い放つと、イルアの居るアストラル・ゼロのコックピットの中へとテレポートした。

「なっ!?」

 警戒するイルアをよそに、女性は何の感情も見せない顔で告げる。

「お前は未来からタイムスリップで時代を変えた。それは宇宙の法で禁止された行為だ」

「ふざけるな!!お前たちだって地球を滅ぼしたじゃないか!!何が秩序を守るものだ!!」

 思わず声を荒げるイルア。しかし女性は憐れむように首を横に振る。

「地球はすでに我らの粛清対象だ。我らの法には、この宇宙の秩序の為の間引きの義務がある」

「間引きだと!?」

「そうだ。宇宙のあらゆる文明は、ある一定以上の技術水準に達した段階で、文化水準が一定以上に達していないと判断された場合、我らにはその文明を滅ぼす義務があるのだ」

 納得のいく話ではない。だが、そう言ったところで彼女は相手にするはずがない。そもそも、自らの文明を守るために、他種族の繁栄をある程度コントロールすることは、人間だってやっていることだ。

「水準ってなんだ?どうすれば滅ぼされない?」

「簡単な話だ。外宇宙へと到達可能なレベルな技術を持った段階で、戦争の永久的な放棄が完了していればいい。惑星間戦争の火種になってもらっては困るからな」

(なる程。筋は通っているが、納得のいく話ではないな)

「だろうな。こうして宇宙で最も厳しく規制された法に違反するだけのことはある」

「待ってくれよ。そんなこと知りようがないじゃないか。予め教えてくれれば…」

「試験の内容を予め教える試験官が居るのか?」

 バッサリと切り捨てる彼女。一切の同情も感傷もない。あるのは法律違反者への通達義務のみ。

「ならどうすればいいんだ!?黙って滅ぼされろとでも言うのか!?」

「当初はその予定だった。だが、このロボットの性能を見て、ユグドラシルは考えを改めた」

「どういう事だ!?」

 彼女は静かに精神を集中させると、アストラル・ゼロのコックピットの内部風景が広大な宇宙へと変わった。

「私は『宣告者』。文明の終わりを宣告するもの。確かに滅びを一方的に宣言するのは不公平かもしれない。だが、現状それを実行したのは地球だけだ」

(つまり…我々に、宇宙中の星に警告しろということか?)

「そうだ。この宇宙には、少なく見積もって五億の同じ境遇の文明が存在する。地球だけが救われるのは不公平だ」

 途方もない話だ。このアストラル・ゼロの力を持ってしても、五億の文明に警告を与えるなんて出来るはずがない。出来たとしても何十年、何百年とかかるか分からない。

 脳裏に浮かぶ、大切な人たちの顔。旅立たなければ、みんな殺されてしまう。だけど、旅立てば恐らくもう二度と会えないだろう。

「選ぶがいい。どちらにしても、我々には関係のないことだ」

 そうだろうな。俺がみんなと一緒に死のうが、宇宙中を巡って一人になろうが、こいつらには一切関係無いだろう。

 宇宙を映す内部風景に、地球を取り囲むユグドラシルの軍勢が映る。さっき倒した奴らだけでなく、戦艦や巨大兵器まで見える。未来では見なかった兵器だ。恐らく、別格の戦闘力を持っているのだろう。

「…分かったよ。やればいいんだろ?」

(イルア…!!)

「ただし、ちょっとだけ待ってくれ。みんなに会ってから行きたいんだ」

「いいだろう。私は別に急ぐ気はない」

 それだけ告げて宣告者はテレポートでコックピットから姿を消す。再び現れた宣告者を前に警戒するヘラたちだが、イルアがアストラル・ゼロから降りてくるのを見てそちらに駆け寄った。

 誰しもが何があったか聞こうとするが、イルアはそれよりもまずレノアの元に急ぐ。

「レノア」

「イルア…大丈夫なの?」

 思わず駆け寄るレノアを抱きしめ、イルアは思わず涙を流す。

「お別れみたいだ。地球を、みんなを守るためには、一度あいつらと一緒に行かなきゃいけない」

「どういうこと!?」

「これからテレパシーで伝えるよ。ちょっとだけ待ってて」

 戸惑うレノアに額を付け、今起こったことをテレパシーで直接伝える。他の人間にはゼロがテレパシーで伝えているが、レノアにだけは直接伝えたかった。

「そんな…」

「ごめん。だけど、絶対にやりとげてみせるからさ…」

 涙を流し、縋り付くレノアをギュッと抱きしめる。

「だからさ…どれだけかかるか分からないけど、待っててくれるか?」

「馬鹿…」

 そんなことを言われて断れるほど子供じゃない。レノアはそんな自分が嫌になった。

 ほんとは行かないでと泣きたいはずなのに。この抱き着く手を放したくないはずなのに。

 だけど、レノアはそっと手を放す。

「待つわよ。ずっと。帰ってくるまで…」

「ありがとう…」

 体が光になって、ファイターフォームのアストラル・ゼロのコックピットへと吸い込まれていく。それを見届けることしかできないレノアの手に残されたのは、イルアがずっと持っていたペアリングのネックレスだけだった。

「必ず帰ろう。ここに…」

 光と共に天へと昇っていくアストラル・ゼロと宣告者。地球を覆うように配備されたユグドラシルの軍勢もまた、まるで宇宙に融けたかのように姿を消していた。

 もう二度と会えないかもしれない。だけど、約束してくれた。

「信じてる…」

 この声が、空の彼方、果てしない宇宙の果てまで届くように祈った。

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