第十六話
「例の、アストラル・ゼロの解析はどうだ?」
「それが全然ですよ。既存のシステムとは完全に独立してます。あんな無造作に置いとくわけですよ」
「そうか…明日から働いてもらわなきゃ困るからな。今日のところはこれくらいでやめておこう。カレン、君はもう休め。彼らもそろそろ眠るらしいしな」
ヘッドフォンの向こうでは、どちらのベッドで寝るかどうかで軽く揉める二人の喧騒が聞こえていた。
カレン・オートライトはそんな二人に思いを馳せながら部屋を出る。その顔には明らかな憔悴が浮かんでいることに気づいている者は、この島には誰ひとり居なかった。
翌朝、結局窓際のベッドで一緒に寝ることにした二人は突如聞こえてきた轟音に思わず飛び起きた。
「二人共大丈夫!?」
扉が開き、焦った顔のカレンが飛び込んでくる。昨日も薄化粧だったけど、今はそれすらしておらず完全に素顔だった。
「カレンさん?一体何です?」
「襲撃よ!連合軍がここに攻め込んできたの!だから、出撃して!!」
パジャマ姿のまま暫く呆然としていた二人。しかし、二発目の爆音で頭が目覚めた。
「ゼロ!聞こえてるんだろ!?」
(ああ。そっちに行けばいいんだな?)
「え?ちょっと、一体誰と…」
いきなりここに居ない誰かに話しかけるイルアに、まさか盗聴器がバレていたのかとドキッとするカレン。しかし、すぐに窓の外にアストラル・ゼロの赤い機体が降り立った。
「悪いけど、レノアのことお願いします!」
「イルア君!?」
窓を開け、アストラル・ゼロに向かって飛び出すイルア。傍目からすれば飛び下り自殺でもしているかのような光景だったが、アストラル・ゼロは飛び出したイルアを補足すると共に赤い光で包み込んだ。
「行ってきます!全部追っ払えばいいんでしょ?」
ふわりと重力を無視した飛び上がり方で飛ぶアストラル・ゼロ。呆然と見送るしかないカレン。
何もかもが常識ハズレだった。こんな物を相手に、バレルは何とか自分の物にしようと画策していると言うのか。それだけではない。あんな物を操るイルア自身が、あまりに無防備で、無邪気だった。
「こんな簡単に頼られても困るわよ…行きましょう。地下室は、いざという時用に核シェルターになっているから」
「え、あ…」
未練がましく外で叩くアストラル・ゼロを見るレノア。イルアが戦う姿を見たがっている訳ではなさそうだが、だからと言ってここに残すわけにもいかない。
強引にカレンに連れられていくレノアの姿を後方カメラで確認したイルアは、ようやく接近してくる連合軍機士部隊に意識を集中させる。
(数は二十程だが、後方にもっと多くの数が控えている。恐らく爆撃でここを更地にするつもりだろう)
「ガリバラー自慢の海軍は!?」
(動き出している。ただし、後方の援軍対策に向かっているのが主流のようだ)
「この島の防衛は俺に一任しようってこと?」
(そうらしい。頼られているようで何よりだ)
「嬉しくないなぁ!!取り敢えず、プリズムセイバー!!」
プリズムセイバーを召喚し、接近してくる機士部隊に向かってレーザービームを発射する。正確にコックピット以外を撃ち抜き、ついでに重力操作で戦闘区域外にまで誘導していく。それくらいやれば、相当運が悪くなければ生き残れるはずだ。
しかしその為に、連合軍の司令室にあらゆる意味でアストラル・ゼロの出現を示すレーダーの反応が現れていた。
「やはり来たか。やつを呼べ!!」
司令官の指示を受けて立ち上がる副官。十分もすれば予定通りの人物を連れて戻って来る。
パイロットスーツのまま逃亡防止用に、言葉だけでなく心拍数や脳波まで監視する機能を持つ小型爆弾付きチョーカー、通称ドッグボムを付けられたジーナ・オートライト。連合軍のヴァルキュリアとまで呼ばれる彼女は、その異名とはかけ離れた惨めな待遇を強要されていたのだった。
「例の赤い機士が現れた。お前はそれを撃退した後、あの島に住み着いた連中を始末してもらう」
「命令とあれば、こんなわざとらしいことをされなくても遂行する所存です」
「ふん。スパイは誰でもそういうものさ。改めて言っておくが、爆破のスイッチは私だけではなく連合軍の大佐以上の階級の者全員が持っている。変な気を起こせば即爆破だ」
「…分かっています…」
「なら行け。グズグズするんじゃあない。今回の働き如何では、スパイ容疑の取り下げも考えてやるぞ」
銃を突きつけられ、格納庫に向け歩き出すジーナ。その時考えていることは、アストラル・ゼロのことではなくガリバラーに居るであろう妹、カレンのことだけだった。
やがてジーナは支給されたばかりの新型『クイーン』に乗り込み、戦闘機形態のまま発進する。
「連邦軍も結構来てるわね…でも、赤いのを相手にしながら戦うなんて出来ないし…!!」
咄嗟に機体を回転させると、ちょうどついさっきまで進んでいた場所をレーザービームが突き進んでいく。アストラル・ゼロはそのままジーナ機に狙いを定め、レーザービームを連射していく。
「動きが一機だけいいな…もしかして、あのヴァルキュリア?」
(過去のデータと照合した。恐らく間違いないだろう)
「ならちょっと時間がかかっちまうな!!」
基本的に守りを固めているため必要以上に攻め込まないが、これ一機に時間をかけるわけにもいかない。既にだいたいは蹴散らしたのだから、ここは攻め込むのもいいかもしれない。
プリズムセイバーを構えると、ジーナ機目掛けて飛びかかる。ジーナも空中で人型に変形すると、新型に新しく装備された電磁剣を構えさせる。超強力な電磁場を発生させ敵機士の内部機構を破壊し、更に剣内部の機構に組み込まれたレールガンで切っ先を飛ばすことで破壊力を高めた対アストラル・ゼロ用に開発された新兵器で、一応シュミレーションではプリズムセイバーに三回までなら鍔迫り合い出来るらしい。要するにジーナはモルモットだった。
「ぐうっ…!!」
「捕まえられた!?」
(敵の進歩が想定より早いな。ただ、それほど長時間は耐えられないらしい)
ゼロの解析通り、電磁剣は既に溶解しかけておりジーナは咄嗟に後退する。
「何が『三回までなら耐えられる』よ…一回でもう断末魔の叫び声が聞こえるんですけど…」
再び接近してくるアストラル・ゼロを前に、ボロボロの電磁剣を再度構える。しかし、既に本来の性能を発揮できるほどのコンディションはない。せめて予備がもう一つあればと思うが、チラリと聞いた話では今年度の予算全てがこの一本に注ぎ込まれたらしい。
「来年度の予算はゼロか…来年度があればいいけど…!!」
プリズムセイバーの太刀筋を読み、紙一重で躱して機士のコックピットがあるはずの首筋に電磁剣を突き立て、ゼロ距離で切っ先レールガンをブチ込む。
「この距離ならバリアは!!」
が、電磁剣は無慈悲にも派手な音を立てただけで、無傷のアストラル・ゼロの無慈悲な一撃で剣はへし折られた。呆然とするジーナ。後方でジーナ機の映像を見ている開発部も同様だった。
「バリアは…?」
「要らないみたいだね」
へし折れた電磁剣をキャッチし、その性質を解析する。
(この武器なら、出力次第では役立つかもしれん。複製しようか?)
「できるのか?」
(できるさ。技名は何にする?)
「俺が決めるのか?」
(ああ。私にはいい考えはないからな)
だからと言ってイルアにいい考えがあるわけではないのだが、大体のイメージは頭に浮かんできた。雷っぽいエネルギーを周囲にぶつけるイメージ。
「だったら…スパークハリケーン!!」
プリズムセイバーを掲げて叫び、稲妻のエネルギーが周囲に広がっていく。咄嗟に戦闘機形態に変形して距離を取るジーナだが、それ以外の機士たちは軒並み内部機構を破壊され海に落ちていく。
「まさか、この短時間で電磁剣の機能を再現されるなんて…」
改めて化物を相手にしていることを思い知らされ、思わず撤退しそうになる。が、今のジーナには自分の判断で撤退する権利はない。ダメ元で聞いてみようかと通信機に手を伸ばす。
(オートライト!!聞こえるか!!連邦軍がここに攻め込んできた!!すぐに戻ってこいつらを始末しろ!!)
「りょ、了解!!」
司令官の上ずった声の後ろで銃声と爆音が聞こえる。あちらも地獄のようだが、こっちと比べればマシだ。
アストラル・ゼロが追ってこないことを祈りつつ、ジーナは全速力で基地に戻る。一瞬だけ妹のいるであろう島を振り返るが、迎えに行ける訳がなかった。
「今度は迎えに行くからね…カレン…!!」
飛び去っていくジーナ機を見送り、イルアはようやく肩の力を抜く。汗ビッショリの額を拭い、拠点に居るはずのレノアとカレンを思う。
「大丈夫かな。変なことに巻き込まれてたりは…」
(それはない。島に向かった部隊は全て片付けた。拠点内部の生命反応の数も昨日の時点と変わりない…おっと、通信が入ったか)
アストラル・ゼロに送られてきた通信は、基本的にゼロが対応することになっている。どうしても重要な連絡であればイルアも聞いたりすることはあるが、専門用語とかが多くて分からないことが多くなりがちな戦場の通信に首を突っ込んでいいことはない為だった。
(例の司令官からの連絡だ。このまま他の諸島の基地を潰して欲しいとのことだが、どうする?)
「行くしかないよな。変なことして敵対したくないし、レノアやカレンもあそこに居るんだし」
(…言いにくいが、例の司令官は信用出来るのか?ここにいる限りは指示に従うよう言われてはいるが…)
「信じちゃいないよ。何だか、あの人は怖いんだ。感覚だけで人を判断しちゃいけないってことは分かってるけどさ…」
(いざとなれば、ここの防衛部隊を相手取る覚悟は決めておいたほうがいいかもしれないな)
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