第十四話
アストラ島防空圏から約二キロの海域。連邦軍が臨時で作った海上プラントの機士整備場で、アキはようやく完成した新型機士を前に武者震いを隠せなかった。
「とうとう本当の凱仙が完成したのね…!!」
「おうよ。アストラメタルの量が足りなくて完成に時間が掛かったが、それでも何とかあるだけかき集めた。そんでも加工の仕方がわかったおかげでフレームや装甲だけじゃなく、燃料も考えなくて良くなったって寸法よ」
「うんうん!色も赤いし、見るからに強そうじゃん」
早速コックピットに乗り込み、あちこち弄って操縦性を確かめる。本当なら屋外で思いっきり動かしてみたいところだが、冷戦の時代と違って必要以上に敵に情報を与える訳にもいかず、こんな狭い場所で最小限のテストをするしかないのだ。
それでも、この機士の性能は今までの機士とは比べ物にならない物であることは十分理解できた。
「おやっさん!次の出撃はいつ!?早く動かしたいよ!!」
「それくらいお前が知らねえでどうするんだ?」
呆れ声のおやっさんに思わず口を尖らせるアキ。その時、プラント全域に緊急放送が流れる。
「フラストワーズ少尉!!至急、作戦司令室まで出頭せよ!!」
「ありゃ?呼び出し?」
「今度は何やらかしたんだ?」
「知らないよ。ってか、やらかした前提で喋んないでよ」
猫みたいなしなやかさで凱仙のコックピットから飛び降りつつ、アキは心の中で司令の勲章を落とした挙句踏みつけた一昨日の記憶を思い出して冷や汗をかいていることを隠して歩き出す。
やがて呼び出されすぎて馴染み深く感じつつある司令室の前にたどり着き、せめてノックだけして精一杯の愛想笑いを貼り付けて入っていく。
「し、失礼しまーす…」
「…その愛想笑いはやめろ。別に何かやらかした訳でもないんだろう?」
はい、やらかしてますとは口に出来るわけもなく、取り敢えずはバレてないと確信したアキはホッとしていつもの態度に戻る。
「で、何かあったんですか?まさか、アストラル攻略をやめるなんて言わないですよね?」
「それはない。うちのお偉いさんも、連合のお偉いさんも未だに例の機士の鹵獲にこだわっている。正直言ってこれ以上は無駄な気もするが、君はそうは思っていないようだな」
「ええ。で、ならなんで全館放送なんかで呼び出すんですか?」
「普通に読んでも来んだろう。まあいい。実は、連合の領地で独立活動が動き出している。アストラルに触発されたのだろう」
ほーと興味なさげに返すアキ。司令は一瞬殴りつけたい気持ちになるが、それをグッと堪えて話を進める。
「で、その独立活動を始めたのが、君の大好きなヴァルキュリアの故郷らしい」
「マジで?」
一気に興味を持ったのか身を乗り出してくるのを手持ちのファイルで押し返す。アキは他人との距離感がやたら近い。そのせいで時折勘違いした男が好意を寄せ、そして一日と経たずに失望していくのがテンプレだったりする。
「どうやら連合は彼女を怪しんでいるらしい。故郷の為、新型を奪って反逆するんじゃあないかとな」
「バカじゃないんですか?」
「そうだな。だが、今回はそれだけじゃあない。どうやらその独立軍が、アストラルに救援を要請しているらしい。アストラルがそれを受けるかどうかは不明だが、私は受けると踏んでいる」
「でも、そんなことしたらあそこの防衛力はボロボロじゃないですか」
最初こそお粗末だったが、現在はそれなりに戦える程にまで成長したアストラル防衛部隊。しかし、それでも七人小隊と例の機士で島の防衛がやっと出来ているかどうかと言った有様。ここで他の救援に出せる戦力はあるはずがない。
「恐らくだが、例の赤い機士が救援に行くのではないか、と思ってな。我々や連合軍の視線が例の機士に釘付けなのくらいは向こうも分かっているはず。ならば島への侵攻の手を緩めさせるためにも、一度あれを島の外に出すだろう」
「なる程…じゃあ、私は何すればいいの?言っとくけど、あれと戦えるのは…」
「そう。お前だけだ。だからこそ、先んじて凱仙と共にガリバラーに飛んで欲しい。上層部はガリバラーへの遠征を決定した。そこに例の機士が行けば、恐らく主戦場はここからあそこに変わるだろう。それより先に、少しでも足場を固めて欲しい」
差し出された辞令を受け取りつつ、アキは思わず目の前の司令の慧眼に舌を巻く。いつもいつも雑に扱ってごめんなさい。でも、そんな有能な人とは知らなかったんです。
「分かりました。じゃあ、すぐに出発します」
「ああ。無事に帰ってきた暁には、変な形に歪んでいた勲章のことでも話そうじゃないか」
にっこり笑う司令。アキは震える手で敬礼すると、スタコラサッサと逃げるように格納庫まで向かうのだった。
「防空レーダーに反応アリ!!連合軍です!!」
「防衛部隊、出撃準備!アストラル・ゼロの出発準備は!?」
「大体終わった!!」
司令室のモニターの片隅に映る学校地下のツバサ専用の秘密基地で、二つのカバンを持って手を振るイルアが見える。
「念のため確認しておくが、あくまでお前たちは善意の協力者だ。少しでもまずいと感じたらすぐに戻ってこい」
「分かってるよ。俺たち二人共、見慣れない場所でのたれ死にする気はないって」
「分かってるなら、それでいい。作戦開始は後五分程だ。出発のタイミングはこっちで指示する。それまでは待機だ」
司令官として、この場で言えることはそれだけだった。だけど父親としては、もっと言うことがあったんじゃないだろうか。
だが今ではもう手遅れだ。ならせめて、司令官として徹しよう。
「防衛部隊、全機出撃!!空戦部隊は遠距離から牽制!陸戦部隊と隊長は後方の援軍を警戒しつつ、C島で迎撃態勢を整えろ!!」
「連合軍機士部隊、合計十四機が防空圏内に侵入!戦艦は圏外で待機中です!!」
「連邦軍はどうだ!?動きはあるか!?」
「動きありません!!」
「好都合だな…射程範囲に入ると同時に攻撃開始!その後、アストラル・ゼロを出発させる!!」
カルマの号令を受け、司令室は一気に静まり返る。嵐の前の静けさだった。
戦闘機形態の連合軍機士を空戦遠距離型に乗るケインが狙撃し、一気にアストラ島全域が喧騒に包まれていく。そんな中、空席だった隣の副官席にオズマが座った。
「意外だな。彼女の同行を許すとは」
正直言ってオズマが断って、そのまま諦めてもらう予定だったのだが。だがオズマはフンと不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「お前の許可があってはな。司令官が認めたのに、副官が個人的感情で認めないわけにもいかないだろう」
「許可…?何の話だ?」
一瞬で凍りつく二人。それを知ってか知らずか、モニターの向こうでツバサがちゃっちゃと作業を終えて通信を送ってくる。
「戦闘開始と同時に出発だったね?そろそろ出すよ?」
「ま、待て!レノア!?許可は取ったと言ったのは嘘か!?おい!!」
「ごめんね父さん。そう言わなきゃ納得しないと思ってさ」
「ふざけるな!!おいとめろ!!もう一度話を…」
「ごめんねー!!じゃ、そういうことだから、しゅっぱーつ!!」
「待てぇぇぇぇ!!」
学校のプールの底が開き水が抜けていく。ぽっかり開いた穴から太陽光が降り注ぎ、イルアとレノアは外から面倒くさそうに手を振るツバサを見る。
「行ってきます先生。色々、ありがとうございました!!」
「今生の別れみたいなこと言うんじゃない。ま、私はここでワンダバワンダバ言ってるからさっさと行きな」
ツバサがスイッチを押し、アストラル・ゼロの足元の床がせり上がって行く。機械の駆動音が響く中、アストラル・ゼロは学校のプールだった場所に姿を現す。
「赤いのが出ました!!本島の学校です!!」
「馬鹿な!?想定より早いぞ!?」
連合軍が見るからに動揺し始め、既に戦闘空域に入っていた機体が撃ち落とされ始める。
アストラル侵攻を任された連合軍第三艦隊は、侵攻を機士部隊に任せ後方で待機するのがいつものパターンだった。最初の侵攻の時に、アストラル・ゼロに艦隊ごと全滅させられたことがトラウマになっただけではなく、艦隊ごと行けば連邦軍の奇襲を受けた時にアストラルと連邦軍で挟み撃ちにされてしまうからだった。
「だが出てきたのなら好都合!!総力を結集し、赤いのを捕縛せよ!!」
司令官の指示を受け、一斉にアストラル・ゼロめがけて飛ぶ連合軍機士部隊。イルアはそれを確認し、拳を握り締めた。
(接近警報。まあ別に驚異はあまりないが、片付けるのがミッションだったな)
「そうさ…だから、今日で最後にしてくれ!グランドッ!!ブレークッ!!」
両手を掲げ、高重力のエネルギーの球体を作り出す。そしてイルアの声を音声認証が認識すると同時にエネルギー球は炸裂し、連合軍機士部隊は次々と操縦する機体ごと上下左右を見失い混乱していく。しかし実際にはそれどころではなく、機士部隊はひとつ残らず小さな重力場に囚われて身動きがとれなくなっていた。
上下左右が一切掴めない特殊な重力場の中に閉じ込められている状態は、搭乗者にかなりの負担を与える。その為、誰ひとりとして機体が重力場ごと移動していることに気づくものはいなかった。
「キャッチ・アンド・リリースってね!」
そのまま高速で連合軍第三艦隊が待機する海域まで移動し、突然のことに唖然とする司令官たちのことなど知ったこっちゃなく捕まえていた連合軍機士部隊を艦隊に向けて投げつけた。取り敢えず、当たる部分に人はいないことは確認済みである。
「に、逃げろーっ!!赤いのが本気でこっちを潰しにかかって来たぞーっ!!」
「ははは!!さっさと逃げないと全部踏み潰すぞ!!」
「なんか変なテンション入ってるよ?」
「そうか?」
レノアに指摘され、僅かに口元が緩んでいることに気づく。いけないいけない。いつもとは別の変な扉が開きそうになってしまった。
「だけどこれで、暫くは連合軍は引いてくれるはずだ。後は俺たちが、ガリバラーでどれだけ敵の目を引きつけられるかだな」
撤退していく連合軍艦隊を見送りつつ、感慨深い思いで呟くイルア。レノアはそんなイルアの手をそっと掴む。
「これから、島を離れるんだね…アタシたち…」
振り返れば静かに佇むアストラ島。目が覚めてからの十年を過ごしてきたあの島を、隣のレノアと一緒に離れる。
最近特に色々あったけど、あの島で暮らした十年だけがイルアの人生の全てだった。なら例え離れても、この島だけが帰る場所なんだ。
「行こう。ここで立ち止まってちゃ帰るに帰れないよ」
「そうだね…」
たった二人、広すぎる世界に投げ出された瞬間だった。
(ガリバラーに向け、自動操縦で出発する。予測経過時間はおよそ五分だ)
「早っ!?地球をほぼ半周するんじゃないの!?」
(その程度、光の速さと比べれば止まっているのとほぼ同じだ)
「比較対象がおかしいのよ!!」
「そんな早く移動して、舌噛まないかな…」
イルアが半分冗談めかして言ってみる。すると、レノアがちょっと考え込んで黙り込んだ。どうやら本気にしてしまったらしい。
(どうやら黙らせることが出来たらしい。感謝するぞ)
「いやあ、別に狙ったわけじゃ…でも良かったみたいだな」
「ちょっと!?」
相変わらず中々いいリアクションを取ってくれるレノア。そんなことに満足していると、アストラル・ゼロは高速移動を開始する。
一気に巨大な機士が、それも空気抵抗などその他諸々の航空力学を無視した形状の物体が高速で移動を始めたことで強烈な衝撃波が発生し、アストラ島の司令室からでも見えるほど巨大な水柱が立った。
「行ってきます…父さん、姉さん…すぐに帰ってくるから…!!」
感想待ってます。




