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第十三話

「随分慕われているじゃあないか。存外、悪い気はしていないんじゃあないか?」

「そりゃあ、無視されるよりかはマシですよ…」

「今この島に住む人間で君を無視できる人間なんかいないさ…良くも悪くも、な…」

 気分転換替わりと言ってはなんだが、少しでも気が晴れるよう、車をあえて人気のない遠回りの道を走らせるツバサ。一応外から見えないようカバーはかかっているが、万が一今この車にイルアが乗っていることを悟られれば、たちまちさっきのような連中に囲まれるだろう。それもさっきまでとは比べ物にならないほどの数が。

「あの人たち、なんであんなことするんでしょうね…」

「さて、本人たちの言う通り、君を信奉しているのかそれとも…」

「万一裏切らないかってプレッシャーかけてるかってことですか?」

「分かってるならわざわざ聞いて暗くなることもないだろう。余計なストレスは脳に悪影響しか与えん」

「先生みたいに、自由に生きれる人なんてあんまり居ませんよ…」

 ふん、と鼻で笑うと片手で運転しながら器用にタバコを咥え火をつける。既にタバコの臭いが充満していて新しく火が付いたからといって車内が変わらないのが恐ろしい。せいぜい煙で視界が歪む程度だが、車内のエアコンの風はそんな細い煙など一蹴してしまう。

「ま、あまり気負うな。一度島の外で羽を伸ばしてみるのも悪くないぞ?」

「アストラル・ゼロの島外派遣かぁ…誰と一緒に行くんだろう」

  三日前の会議で決定した、イルアとアストラル・ゼロを島から一度離れさせ、同じ境遇であるガリバラーに援軍として送る新計画。最近の、島民たちからの強烈な視線からイルアを守ることが難しいと感じたカルマが、二大国の島への視線を逸らすためという口実で決定したのだ。

「言っておくが私じゃあないぞ。防衛部隊の機士を完璧に直せるのは私だけだからな。最もまだ決まっていないと言うのが真実だが」

 うまそうにタバコの煙を吐きながらそう言うツバサ。まるで他人事みたいだけど、今のイルアにとってこの人との距離間は心地よかった。必要以上には立ち入らず、しかしその一方で出来る範囲で親身に対応してくれる。ヘラやレノアだとちょっとズケズケと立ち入りすぎると思う瞬間がある。

「さて、そろそろ着くぞ。帽子とメガネくらいは掛けといたほうがいい」

 あんまり効果は無いが、それでも顔を隠すくらいはしておかないと街中を歩くことも出来ない。まるでアイドルだなぁと最初は思えたが、今ではそれすらも生易しく思えてしまう。

「おや?安心しなさい。今日は誰もいないぞ」

 ツバサに言われてシートを起こすと、既に目視できる程の距離に家があった。人影は見当たらない。多い時には二十人くらいの島民が待ち構えていることもあるから、今日みたいにすんなり帰れる日は珍しかった。

「なんだって帰るたびにビクビクしなきゃいけないのか…」

「運命と思って諦めな。逆らう事なんてできやしないよ。それにしても、一人もいないのは初めてだね。なんかイベントでもあったかね?」

 誰もいないの家の手前の道端に車を止め、タバコを携帯灰皿に入れたツバサが不思議そうに周りを見渡す。すると玄関の扉が開き、カルマが顔を見せた。

「ああツバサさんか。イルアを送ってきてくれたのか?」

「なる程。アンタがいりゃあ連中もビビって逃げ出すわな」

 流石に島の司令官の目の前で息子を出待ちする勇気はあの連中にはなかったらしい。

「ただいま、父さん。今日は早いんだな」

「ああ。老人会のほうが思ったより早く終わってな。それよりもツバサさん。いつも済まないな。今夜も遅いし、夕食くらい食ってくかい?」

「いいや、遠慮しとくよ。これでも結構忙しいんだ。それじゃあ」

 ツバサはそう言うと再び車に乗り込み、自宅がある方角に向かって行ってしまった。

「振られたね」

「そんなつもりじゃあないさ…本当だぞ?」

 目線が揺れまくってるのを見て、呆れたようにため息をつくイルア。色々とやかましく言い訳を口にするカルマをおいて家に入ると、ちょうどガシャンと皿が割れる音が聞こえてきた。

「もー!!そんなに持てるわけ無いって言ったじゃない!!」

「ご、ごめん!!」

 リビングに入れば呆れ顔のヘラと涙目のレノアが粉々になった皿を拾っていた。後ろにいるカルマも苦笑いを浮かべる。

「ただいま…ってまた?レノア、そろそろ割った皿が二桁にいくんじゃない?」

「あらイルア。ダメよそんなこと言っちゃ…おばさんがそんな程度じゃないって怒鳴り込んでくるわよ」

「そんなことないわよ!!…多分…」

 二か月でこの家の日常になってきたレノアの手際の悪さを笑いつつ、ささっと手を洗いヘラの手伝いに回る。レノアは既にヘラにキッチンの出入り禁止が言い渡されてしまっていて、すごすごとテーブルをタオルで拭いていた。

 やがて五分と経たずに調理が終わり、リビングのテーブルの上には四人分のカレーが置かれる。サイドメニューのサラダと合わせて、ヘラが疲れきった顔なのが不思議なくらい簡単な料理だった。

「そう言えばさ、イルアがどこかに行くって聞いたけど、どこに誰と行くの?」

 食事の途中でレノアが思い出したかのように唐突に口を開いた。

 突然のことで一瞬三人とも戸惑うが、やがてカルマが咳払いして話し始める。

「誰と行くかはまだ決まっていないが、行く場所は決まっている。大西洋の島国、ガリバラー諸島だ。独自の軍事力を持っていて、特に中古の軍艦を改造した物を使う海軍が強力で、連合軍も苦戦しているらしい。連邦軍が援助を申し出ているらしいが、二大国に尻尾を振る気はないらしい」

 一応歴史を紐解けば、このアストラ島と同じように二大国間で振り回されてきた歴史があること、特に冷戦勃発前の前大戦で壊滅的被害を受けたことなどが有名ではある。アストラ島と違い、特出した輸出品があるわけでもなかった為、前線基地としての機能以外求められず、いたずらに戦火が拡大していったとのことだ。

「ねえ父さん、やっぱり私がついていくのはダメなの?」

「お前は島の防衛部隊のリーダーだろう。それに、アストラル・ゼロ以外で二大国のトップエースと戦えるのはお前だけなんだ」

「姉さん、心配してくれるのは嬉しいけどさ。そうも過保護にされるのは正直言って怖いぞ」

「ガーン!!」

 ショックを受けて倒れこむヘラ。カレーを食べるスプーンを置き、体操座りでいじけ始める。

「ううっ…だって心配なんだもん…イルアって、知らない人でも優しい顔されたらホイホイついて行っちゃいそうだし…」

「流石にそこまでバカじゃないよ。子供じゃないんだから」

「何よ!!お姉ちゃんのことなんかもう要らないのね!?そういうことなのね!?」

「あーもうしつこいなぁ…大丈夫、姉さんのことはいつまでも大好きだからさ」

「あうあう…」

 ブラコンとシスコンの漫才を呆れた顔で見守るカルマ。しかし、いつもならここでツッコミを入れるはずのレノアが黙り込んでいたせいで、二人のイチャイチャがいつまでも続いてしまっていた。

「ねえおじさん。私、ついて行っていいかな?」

「え?なんだって?」

「だから、私がイルアと一緒にガリバラーに行くの。イルアの世話役ならこなせるし、島で私じゃなきゃ出来ない仕事なんか無いし」

 しっかりと意志の篭った目で見つめてくるレノア。隣でいちゃついていた二人も様子がおかしいことに気づいて黙り込む。

「それは俺が決めることじゃない。付いて行きたいのなら、まずはオズマたちに相談してきなさい。それが最低限の筋と言うやつだ」

 そう、これは俺が決めることじゃあない。強烈なプレッシャーを前にして逃げている自覚はあったが、それでもカルマはレノアの父親じゃないのだから。

「分かった…じゃあ、食べ終わったら話しつけてくる」

 それだけ言って再び無言でカレーを食べ始めたレノア。ヘラとイルアも、当事者にも関わらずピリピリしたレノアの雰囲気に当てられて迂闊に近づけない。

 やがて最後の一口を口にいれ、コップの水を飲み干すとレノアは勢いよく立ち上がった。

「ご馳走様。じゃあ、ちょっと行ってきます」

「レノア…」

 戸惑うイルアを見向きもせず、レノアはジュデアス家を出る。実家のサノレアース家は徒歩で一分くらいの場所にある。目と鼻の先に家出している自分にちょっと笑えてくるけど、今はそれどころじゃあない。

 玄関のドアを開け、汚れた靴が脱ぎ散らかされているのを確認してリビングに向かう。予想通り、一人で寂しく酒を飲んでいたオズマは突如現れた家出中の娘を前にどうリアクションを取ればいいか分からず凍りついた。

「話があるの。ちょっといい?」

「あ、ああ…」

 取り敢えず酒の入ったグラスを置き、空になったポテチの袋をゴミ箱に捨てる。

 まるで決闘を前にした西部劇のガンマンのように黙り込む二人。先に動いたのはもちろんレノアだった。

「次の襲撃の時、イルアがアストラル・ゼロに乗ってガリバラーに行くのは知ってるでしょ?アタシ、それに付いていくつもりだから」

「何を!?」

 思わず立ち上がるオズマ。話があると聞いたあたりで既にイルア絡みではあることは分かっていたが、まさかその話を持ち出してくるとは。

「駄目に決まっているだろう!!」

「なんで?理由を教えて」

「あそこは戦場なんだぞ!?この島とは違い、今も少なからず死人が出ている場所だ。そんな所に、娘を出してやれる親なぞいるか!!」

「でも、イルアは行くんだよ?一人ぼっちで、死ぬかも知れないところに」

 拳を握り締め、ズボンの裾にシワが寄る。イルアが戦っている間、何も出来ない自分自身への憤りは積もり積もっていた。せめて何か出来ることはないか探して、ようやく見つけたのがこれだった。

「私はダメで、イルアは死んでもいいの?」

 意地の悪いことを言っている自覚はあった。なんやかんやで、オズマはレノアを心配してくれていることくらい分かっている。だけど、その為にオズマはイルアを踏みつけることを厭わない。それが堪らなく悲しくて、辛いことだとわかって欲しかった。

「アイツはもう自分で生き死にを決められる奴だ。だからこそ協力者として戦ってくれているんだ」

 苦しい言い訳だった。まともにレノアの顔を見ようともしないのは、オズマにもその自覚があるからだろうか。

「ずっとそう。都合がいいときは子供で、悪ければ大人扱い。たまには自分で選ばさせてよ…」

 せめて、ちゃんと目を見て堂々と言って欲しい。嫌いなら嫌いと。気に入らないのなら気に入らないと。

 知らず知らずのうちに涙が溢れてきた。こんなにも、アタシの父親は器量の小さい男だったんだろうか。男なら、父親ならせめてハッキリと娘のボーイフレンドを嫌ってくれるくらいの親心を見せてくれてもいいじゃないか。なのに、なぜそれを下手に隠して卑劣な搦手を使うんだ。

 言葉を失い、まごつくオズマを前に溢れる涙を拭いしっかりと背筋を伸ばす。

「もう分かってると思うけど、アタシはイルアのことが好きだから。イルアを支えたいし、守りたい。その為にも、今度のガリバラー行きには絶対に付いていくつもり。一応言っとくと、カルマおじさんの許可は貰ってるから」

 半分嘘だが、カルマの許可のあたりでオズマの肩が震えた。

「そうか…」

 それだけ言ってオズマはソファに座り込む。結局その夜の間に返事を聞くことはできなかった。

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