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落ちびと

かたかたかた

冷たい風がガラス窓を揺らす

暖炉の火が 優しく部屋を照らしている


そして 火は鍵編み用の金の編み棒が紡ぐ小さい白い帽子を淡く光らせてみえる

来月には 末の娘に赤ちゃんが生まれる。

「お母さんの作ったのが一番なのよ ねぇお願いしていい?…白がいい」


年始の挨拶に来た娘は そう甘えてみせる

良いお家に嫁ぎ こんな素人の帽子より良い物を買う事なんて容易いだろうに…

フロールは そんな娘の優しい嘘を思い出しながら 微笑む


その横で 年代物のロッキングチェアーにゆっくり揺られながら 静かに煙草を咥え 読書を楽しむ旦那様


頭にだいぶ白いものが混じりはじめ 成りに老いが感じられる


もちろん…ひとの事ばかり言えない

フロールは 編みものをする自分の節だった張りのない手をみつめ 小さいため息をつく


出会った時の旦那さまは 手の届かない様な人だった

町娘で なんの取り柄も無かった フロールが ガリム国の英雄と呼ばれる旦那様にあったのは奇跡のような偶然でしかない


凱旋パレードで王都はお祭り騒ぎ

フロールは稼ぎ時だと張り切る父達の店の手伝いをしていた

食堂を営む父に 買い出しを頼まれ人混みに逆らいフロールは急いでいた

だから 目深に被った帽子が するっと頭から外れて 喧騒に紛れてしまっても 探しもせず 歩みを止め無かった


この国では 目立つ漆黒の髪をなびかせ フロールはパレードに背を向け 問屋街にむかう


その髪が 旦那様の目にとまり

今に至る…らしい

結婚した後聞いた話 嘘っぽすぎてフロールは未だ半信半疑


記憶の彼は、急に店に現れたところからはじまる。

店先で、フロールを凝視したまま 顔を歪ませうつむいたまま肩を震わした変な男に 声をかけるか思案していたら

常連客の大男のダンに、邪魔だと床に吹き飛ばされていた姿は本物に 情け無く 同情して 声をかけようとしたら

ダンを始めとした 常連達が放っとけと止めてかかる


困り一緒に店を手伝っていた 兄弟に視線を送れば、仕方なしに下の兄が男を店の外に放り投に行く


変な客だったわ


しかし次の日もその次もも毎日毎日現れた

まぁそれから 色々あってフロールの心を奪うようになった旦那さま

国の英雄だと知ったのは だいぶ後だったわね



思い出を懐かしんでると 帽子が完成していた

片手に収まる小さな帽子 どんな赤ちゃんが被ってくれるのかしら

ふと 旦那さまをみれば

ロッキングチェアーの揺れがとまり スーと寝息が聞こえてくる

あらあら フロールは帽子をテーブルに置き 旦那様に近づくとそっと覗き込む


やっぱり 寝てらっしゃるのね


「けいさん 風邪をひきますよ」


肩を少し揺らせど 旦那さまは身をよじるが 目を開けても下さらない


さぁ どうしたものかしら?


✳︎✳︎✳︎


落ちびと


日本の男子高生で それなりに充実した青春を送って楽しんでいたある日


まさに落ちた


学期末テストを終え 地元の駅て懐かしい中学のクラスメートに偶然会った

そのまま たわいも無い話をしながらまたなと 守られないだろう約束を交わしマンションの前で別れる

エントランスで管理会社のおっさんが おかえりっと声をかけてきたが 思春期らしく 軽く頷くだけで無愛想に立ち去る


エレベーターを上がり 17階の自宅に向かう


カードキーの解除音とともにドアがひらく むわっとした空気が暑さをものがたる

カバンを 玄関に置いてネクタイを緩めながらリビングに逃げ込む

朝から付けっ放しのクーラー

極楽極楽と、冷蔵庫からコーラを開け飲みながら ケツのポケットを探る

あれ スマホ?

…あぁ さっきカバンに入れたなぁ


ちっ とちった リスケからLINE来る予定やのに


ペットボトルを カウンターにおくと 涼しいリビングから うだる暑さの玄関に舞もどる


筈だった


ドアを開けたら 落ちた 速攻 落ちた

慌てて 掴もうと足掻くが 空をきる


すげぇGを感じながら 血が上る感覚

急激に意識がかすれていく


✳︎✳︎✳︎


再び意識を取り戻せば 異世界

厨二病から 抜け出せない クラスの一部の特殊組が好きそうな世界が広がる


…いや 選択ミスじゃねぇ


慶次郎けいじろうは どでかい宮殿の 中庭で ピンクの瞳にグリーングリーンな髪をたなびかせている チビに覗きこまれていた。


その後ろには 褐色の肌にオレンジの髪を逆立てた 青い瞳の人種?軍服らしきおっさん達が取り囲んでいた


立ち上がろうと動けば 武器らしき筒状の金属のものが一斉に自分に向けられる


ビクっと身体が 固まる

銃だよな

血の気が一気に下がるなか 視線だけで周りを伺う





ピンクのチビが 口をパクパクしている 他にもオレンジおっさんが口を動かしている

…どうやら 話でいるらしい 全然わからん

訳のわからない音が 何重層に重なり頭が割れそうに痛い


ピンクが 首をかしげると オレンジおっさんに耳打ちする


おっさんがインカムみたいなものを 口に当て 通信してるようにみえる


✳︎✳︎✳︎


「お前は何だ?」


黒いフード被った イカれた形をした男の手が 自分の頭にめり込んで混ぜくりまわされる感覚に胃がひっくり返る


…気がした が 生理現象さえマントの男に支配され自由にならす 意識の中だけで嘔吐を繰り返す地獄


誰何し続けるマントの男の声が聞こえた気がしたのを最後に 慶次郎の頭はシャットダウンした


再び目を覚ませば 檻の中だった

硬い床に寝かされていたから 身体が痛くてたまらない

耳を澄ましてみても 人の気配がない

静かに身体を起こし 壁にもたれて座る


恐々 頭に触れ 自分の手を見つめる

血のこべりつきはない


異世界=摩訶不思議


物理的に傷つけられはしてないみたいだ


良くはないが …良かった

慶次郎は 痛みに弱い 草食系の自覚がある


はぁーーー 長いため息をつき膝を抱えへたりこむ




「シャンテ様 この様な場所に来られては父上様に怒られます」


神経質そうな甲高い声が 上がる息で何かを窘めている


「うるさいわよ ナタ」

幼さの混じる少女の様な声が 高圧的に答える




ビクっと肩が跳ね上がる


カツカツカツ

だんだん近づく複数の足音


慶次郎は 格子に視線をあげる



格子の先には、さっきのピンクのチビが 仁王立ちして 笑ってる


「お前 『落ちびと』だそうだな。 我が国ガリムは勇者として歓迎するぞ!」


一気に 胃が動いた

もう吐くものなどない胃からは胃液が逆流し 再び慶次郎は意識を手放す


✳︎✳︎✳︎


ピンクのチビが 話した内容にも 言葉が理解できたことにも 慶次郎は吐いた

許容量オーバー

繊細な草食系には 勇者という言葉さえ 受け入れられなかった


再び目を覚ました慶次郎は 広いベッドで朝を迎え

望まぬ旅に出ることになる…


落ちびとは奴隷だ


慶次郎は 一月も経つ頃 森の中で叫ぶことになる

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