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 落ち着かない。落ち着いていられないと言う方が正しいだろうか。王になるために育てられてきた。だから、今迫りくる未来は用意されたものであって必然だ。何も不安になることはない。

 そう思っていた。


「脅迫状……?」

「王位継承式の日に王子を暗殺する、と……。いかがなさいますか?」

「国民を遠ざけ非公開に執り行いましょう」


 背に嫌な汗が伝う。幾度となく通り抜けてきた道であるはずなのに、怖い。無性に怖い。自らが王になろうとしている今、死ぬことが怖い。死自体を恐れているわけではなく、志を果たすこともできずに死ぬことが、恐ろしい。


「いや、予定通り決行しよう」

「テルツォ国王代理、正気でございますか!?」

「叔父上……」


 鮮やかなオレンジの髪をした青年は、普段の数倍弱々しい顔を、国王代理である叔父のテルツォに向けるしかなかった。テルツォはいつもの柔和な笑みを称える。ざわめいた心が、少しばかり落ち着いていく気がした。


「心配はいらんよ、ジェラルド。貴殿が王を継ぐことを快く思わぬ民はいない」

「誠でしょうか?」

「しかし、万が一と言うこともある。……兄上、貴殿の父上と親交があった自警団を呼ぶこととしよう」


 父と親交のあった者たち。民のために短い生涯を駆け抜けた父の横顔が浮かぶ。会ってみたい。父の話を聞いてみたい。


「ジェラルド、今この状況下で最も信頼が置けるのは、我がプリマヴェーラ王国の警察でも軍隊でもないことは理解していただきたい」


 真剣な眼だった。緊張が戻ってくる。テルツォの言うとおり、今は自分たちに忠誠を誓ってくれた自国の民すら信頼できないのだ。それも、自分の命惜しさに。自覚したくなかった何とも言えない悲しみが込み上げてくる。自分の無力を嫌と言うほど自覚させられた。それでもジェラルドは飲みこむようにぐっと堪え、正面に向き直った。


「自警団、とは……?」

「隣国の田舎町、アウローザを束ねる自警組織。と言えば聞こえはいいが、実際はマフィアだ」

「マフィア……、その者たちの、名前は?」


 国王であった父とマフィアに親交があったなんて。ジェラルドは少なからず衝撃を受けた。父は、国民からの信頼も厚く、ジェラルドが人生で関わったどの人物より尊敬する相手であった。それは今も変わらない。そんな偉大な父の、知らない一面……。しかし、絶大な信頼をおいているらしく、ジェラルドの目に映ったテルツォは、不敵に微笑んでいた。


「“ヴェレーノ・ファミリー”」




Barzelleta エーデルワイスに捧ぐ




「……ガチの宮殿じゃねぇか」


 自らが置かれた状況を飲みこめず、テトラは溜息をついた。春のような穏やかな風が心地よい。

 訳が分からない。任務内容は護衛だったはずだ。今までの護衛対象といえば、一流企業(実情は犯罪シンジケート)の要人だったり、政治家(裏の世界に多大な金を流している、黒い噂が絶えない者)だったりと、胡散臭い者ばかりであった。しかし自分たちは今、どういうわけかとてつもなく立派な宮殿の前にいる。


「すごいね、おとぎ話みたいだ。絵本で見た世界が目の前にある気分だね」

「高いぞー!でかいぞー!!テトラー!!」

「こんなの都会の遊園地でも見られないわよ!」

「立派なお城、現実にあったんだ……」


 無駄にはしゃいでいるジエルと、女子3人。テンションの高い順にノライ、セレン、そして一番静かなメルカ。その隣で全く興味が無さそうなクロムの視線は手元の小型ゲーム機に向いている。何故連れてこられたのか本人達も分かっていない陰気な薬売り兼医者(これはテトラが勝手に決めつけているイメージだ。単細胞型正義漢のテトラには薬で金を儲けることの神経が理解できなかった)のシスルと会計および事務担当のリコルは何を話すでもなく建物を眺めている。その後ろで幹部候補生(実力はあるのに度胸がない。今も幹部に囲まれて縮こまっている。なんだかとても惜しい)のフェニはただ立ち尽くしていた。

 駄目だ、話の通じそうな奴がいない。テトラは再び溜息をついた。優しく吹き続ける風は、彼の鮮やかなオレンジの髪を慰めるように撫ぜた。


「ようこそ、お越しくださいました」


 扉を開けた初老の執事が恭しく頭を下げた。その隣から、やたら着飾った背の低い小柄な男が現れる。テトラが一番嫌いそうなタイプだね、と、テトラの耳元でジエルがおどけてみせる。じっとしてろと、テトラは何も答えなかった。


「隣国から出向いてくださったこと、深く感謝いたします。このような場所でお待たせするのも不躾というもの。さあ、中へお入りください」


 城の中も豪華絢爛。あまりに場違いである気がして、歩くことすら気が引ける。住む世界が違うというのはまさにこのことだ。そもそもこういった公の場に自分たちがいること自体、信じられない。早くアウローザに帰りたい、この場の何人がそう思うことだろうか。


「ねーシスル!私たち結婚したらこんな場所で式挙げたいと思わない?」

「はいはい」

「この調度品の相場は……」

「リコルさん、何の計算式ですか?ゼロがいっぱいです……」

「メルカちゃんまでみんなに合わせてスーツ着る必要なかったのに。ドレスの方が似合いそうだね」

「え!?……でも、確かに、お姫様の恰好って憧れますよね」

「それよりメルカはいつになったら裸エプロンしてくれるの?」

「クロムさん!?」

「テトラー、お腹すいた。お菓子よこせ」


 テトラは全員の顔を見渡し、考えるのをやめた。そうだ、こういう連中だった。考え込むと頭が痛くなりそうだ。雑念を振り払い、要求通りノライにミントのガムを渡すとものすごく嫌そうな顔で返された。反抗期だろうか?

 応接間に入ると、着飾った小柄な男は人払いを執事に申しつけた。テトラはクロムと、露骨に嫌がるジエルを座らせ、自らは後ろに控える。他は話が聞こえる程度の場所に、適当に散る。


「自己紹介が遅れました。私はテルツォ、本国の国王代理を仰せつかっております」

「代理?」


 テトラの声にジエルが呆れたように振り返る。


「テトラ、資料見てこなかったの?プリマヴェーラ王国は、前国王が亡くなって以来、王子が成人するまで王座を空けておくためにテルツォ国王代理が政治を執行しているんだよ」

「へぇ……」


 話の内容が頭に入っているのかどうか。ジエルは苦笑しながらテトラを見る。真面目な彼のことだ。資料には目を通していたことだろう。しかし他国のごたごたなどテトラにとっては二の次、三の次で。普段の仕事に集中し、きっと忘れている。


「その王子、ジェラルドが明日、王位を正式に継承することになっておるのですが……」

「脅迫状が届いた。で、国民が信用できないから、直接的な利害関係が全くないヴェレーノを呼んだ」

「……誠にお恥ずかしいことです。護衛役だけを呼ぶとかえって怪しまれると思い、皆さまにお越しいただいたのです。このことを知っているのは私とジェラルド、そして先ほどの執事のみ。他の者たちには、隣国のロイヤル・ファミリーを招待したと聞かせてあります」


 テルツォは肩を竦めてみせた。ロイヤル・ファミリーの響きにジエルは噴き出すのを堪え、テトラは呆然とした。どう努力してもそんな大層な格式高い連中には見えない。と言うより、どう見ても自分たちは胡散臭い田舎マフィアにしか見えない。ロイヤルってなんだ、うまいのかと、ノライがメルカに訊ねている。帰ったらもう少し社会常識を教えようと、テトラは心に決めた。テトラが教えられるとは誰も思わないだろうが。


「明日、城内の広場にて継承式を執り行います。その演説の瞬間、ジェラルドは全くの丸腰になる」

「普段お城から出ない王子を暗殺するには絶好の機会だよね」

「絶好ってお前な……、まあ、でも、確かに」


 あまりにベタな話ではあるが、よくあることだ。

 実際、テトラも過去に暗殺部隊に所属していた頃、同じような経験をしたことを思いだす。屈強なSPや軍隊、警察がいくら張り付いていようと、登壇するのは要人ただ一人のみ。どこから銃口が向いていようが逃げ場はないだろう。そして腕利きのスナイパーであるほど、標的を狙っていることすら気づかせない。的がその場から動かないのだから、任務成功率はほぼほぼ100%だ。

 テトラが暗殺の現役を退き幹部となった後、今日はアウローザで留守番をしているパウロがその役を仰せつかっている。テトラよりもさらに優秀であるというから、その腕はかつて白い死神と謳われた狙撃の名手と同等だろうか。誰が呼んだか、パウロは“アウローザの弾丸”と称されている。昔、テトラがその名を欲しいままにしていたのは、まだパウロは知らないことだろう。

 テトラはそこまで考えを巡らせて、パウロを連れてこなかったことを後悔する。アウローザで唯一まともな話をできる相手だというのに。いや、だからこそ自分の留守の間、常識が破綻している連中をまとめることを頼んだのだが。


「皆さまにはジェラルドを護衛すると共に、どうか暗殺を企てる輩を捕り押さえていただきたいのです。しかし民に何かあっては困ります故、捕縛は失敗しても構いません」

「失敗はないよ」

「一番動く気ねぇ奴がなんか言ってるぞ……」


 構いません、の言葉にかぶせるようにクロムが口を挟む。もういい、聞き飽きたと言わんばかりの冷たい瞳だ。ゲーム機をテーブルに置き、それでもボタンを押しながらクロムは続ける。


「配置はこっちが勝手にしていいね。ジエルとテトラは王子の見張り」

「見張りってなんだよ、護衛って言えよ」


 テトラの鋭い、しかし正論すぎる突っ込みが即座に入る。クロムは少しだけ顔を上げると首を傾げた。嫌な予感が止まらない。ああ、また始まるぞとリコルは耳を塞いだ。彼らのやり取りは、いつもうるさい。


「勝手に動いたら即射殺。そういう話じゃなかった?」

「お前は何を聞いてたんだ!?」

「……後は適当に、以上」

「イジョウなのはお前の頭だろうが、あ?」


 今にも掴みかからん勢いのテトラを、ジエルがまあまあと抑える。テトラがクロムに対してブチ切れるのは日常茶飯事であり(と言うよりもテトラは誰に対してもすぐにブチ切れる短気だ)、誰もが見慣れた光景だ。手綱を引くジエル以外は呆れたように見守るだけで何もしない。さすがにテルツォは身構えているようだが。


「実際護衛なんてあんまり人数いても統率取れないし。俺とテトラで丁度いいじゃない」

「そういうこと。じゃ、よろしく」


 クロムは視線を再びゲーム機に落とした。もう何も言うことはないらしい。長い、女性のように綺麗な人差し指でまるでピアノの鍵盤を叩くようにボタンを叩き続け、そのまま完全に自分(と、ゲームの中のバーチャルな彼女と二人きり)の世界に閉じこもってしまった。こうなるともう口は出せない。このひどい有り様を見て、誰が彼をヴェレーノ・ファミリーのボスだと思うだろうか。テトラは苛立ちを、溜息をつくことで治めようとした。そうして本日何度目かの溜息をついたテトラの手が、低い位置から引っ張られる。ノライだ。見下ろすと、透き通るように青い双眸が楽しげに輝いているようだった。嫌な予感がする、とテトラは身構える。


「テキトーにしていいんだな?じゃあわたしはテトラを守るぞ!」

「また面倒なこと言いだしたな……」

「そこの詐欺師からテトラのていそーを守るんだ!」

「へー、やってごらん?」

「誤解を生む表現はやめろ!ジエルも乗るな!!」


 どういうわけかノライとジエルはすぐにいがみ合う。特に何があったわけでもないだろうにと、テトラはいつも首を傾げるのだった。

 その隣で、紫のポニーテールを揺らしながらセレンは上機嫌だ。セレンはうきうきとシスルを見上げ明朗快活な笑顔を向けた。どんな場面においても彼に対するアピールは欠かせないらしい。


「時間までは自由にしていいってこと?」

「そのようですね」

「じゃあ買い物に行くわ。可愛いものたくさん見えたの!」

「……市街は気になりますね。君も行きますか?」

「え、僕も……、い、行きます!荷物持ちでもなんでもします!!」


 セレンとシスル(と、何故か抜擢されたフェニ)の間を割ることができず、街に出ることを諦めたメルカはどうしようかと手持ちぶさたになった。ジエルやテトラと共に護衛ができるわけがない。構ってほしいところではあるが、頼みのクロムはぼそぼそと独り言をつぶやきながらゲームに没頭している。とてもじゃないが声は掛けられない。と言うよりも、口を挟むタイミングを見誤れば、またいかがわしいゲームを強要される羽目になる。こういう時だけボス面する辺りが、理不尽だ。


「メルカちゃん、リコル、ちょっとお願いがあるんだ」


 メルカが考えあぐねているとジエルが近寄った。呼ばれたリコルは少し面倒くさげに顔を向ける。ジエルは申し訳なさげに眉を少しだけ下げた。仕事が貰える!メルカはにっこりと微笑んだ。


「はい?」

「ジエルさん、どうしたんですか?」

「悪いけど……」


 テトラの元に執事が近づく。王子の部屋に案内すると言われ、テトラは少しだけ姿勢が良くなった気がした。ノライを連れていいか確認すると、快く了承してもらえたので安堵する。もし承認されなければノライを引き剥がす手段をあれこれ思案しなければならないところだった。テトラは、いつの間にか移動しているジエルの肩を引っ張る。


「おいジエル、行くぞ」

「ああ、うん。今行くよ。……よろしくね、二人とも」


 ぱちっとウィンクをきめられると、大抵の女子は恋に落ちるだろうとメルカは思う。しかもジエルの場合、計算ではなく素でやっているのだ。十分に分かっているというのに、メルカは顔が熱くなった気がした。リコルはげんなりしながらジエルとテトラ、そしてノライを見送った。


「メルカ、行きましょう。使用人の方が案内してくれるようです」

「あ、はい。行きます行きます。置いてかれたら迷子になっちゃいますね」

「ええ、ちゃんとついてきてください」


 広すぎる応接間には、ゲームに没頭するクロムだけが残された。私はこれで、と掛けた声が聞こえているのかいないのか、そんなことは最早、テルツォにとってどうでもよかった。

 まったく末恐ろしい。これがヴェレーノ・ファミリーかと、テルツォは廊下に出ると胸を撫で下ろす。一見、烏合の衆かと思えばとんでもない。どいつもこいつも何かを探るような眼をしていた。田舎町を束ねるだけで精いっぱいなのかと思えば、どうやらそうではないらしい。しかし、王子のために遠くから護衛を招いた優しい叔父が、王子暗殺計画の首謀者であることを気づいたものは、残念ながら一人もいなかったようだ。


「テルツォ国王代理、ご苦労様でした。後は我々に任せてくだされば結構ですよ」


 テルツォに歩み寄ってきた男は、見た者の背筋を凍らせるような笑みを浮かべていた。血に飢えている、そんな顔だ。わざわざ護衛を引き受け田舎から出てきた彼らが、明日、その家を畳むことになろうとは思うまい。奴らの死に顔を拝むのが待ち遠しい。


「後は頼みましたよ。それにしても、よく働いてくれそうですね、ヴェレーノの皆さん……」


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