ユウキレンサ
「あ、」
声をあげた視線の先。
そこにいるのは、知らない学校のオトコノコ。
「……へへ。今日も会えた」
今日はラッキーデーだ。
ささやかな幸せに自然と顔がにやける。
中学から憧れだった電車通学。
でも憧れは所詮、憧れだった。
正直、電車通学なんてめんどくさいだけだった。
朝早く、起きなきゃいけない。
電車に乗る時間、ひまでしょうがない。地下鉄だから、携帯使えないし。
人が多すぎて、嫌になる。通勤ラッシュとかだとぎゅうぎゅうづめでほんとに吐きそう。
そんな電車通学に嫌気がさしていた頃。
彼に、出会った。
知らない高校の、知らない子。
一目見たその瞬間。
彼の姿が忘れられなくなったなあんて乙女すぎるかな?
今では彼を電車で探すのが日課なんて、
そのくせ話すこともできずに見ているだけなんて、ストーカーに近いかな?
でも。
それでも。
いつのまにか顔しか知らない彼のことこんなに好きになってる。
帰りに会うのは、週に二、三回。それも全部バラバラだから、特定の時間はないらしい。
朝はたまーに見かけるくらいだ。
じっ。と気付かれないように彼を見つめる。
遠目からだから、きっと彼は気付いてないだろうと祈りながら。
短髪の黒髪は、いつものように寝癖ではねてて。
ずり落ちた眼鏡を、めんどくさそうにあげる仕草は癖らしい。
着崩すとまでいわなくても、シャツをだしてネクタイが緩いからきっとそこまで真面目じゃないんだろう。と勝手に推測している。
いつもなにを考えているのかな?
いつも聞いているイヤホンは、彼にどんな音楽を聞かせているのかな?
知りたいことはたくさん。
でも、なにも聞けないんだなあ、これが。
妄想するだけで、通学の時間が終わってしまう。
まわりの友達とかは、話かけなきゃ始まらないでしょ。と苦笑するようにいうけどさ。
いきなりどこぞの学校かもわからない人に話しかけられたらさ、ひかない?
なにこいつ? て思われない?
思うでしょ。ふつう。
なにか、きっかけさえあればな。
話すこと、できるのに。
それを待って、もう半年くらいたつけど。
「はあ」
好きだけど、前に進めない。
私はまず、彼の視界に入らなきゃいけない。
彼に、知ってもらうことから。
でもどうやって?
いきなり告白?
それは無理。恥ずかしすぎる。
じゃあベタにハンカチとか落としてみる?
いやいや、彼が拾う可能性って結構低いよね。
おはよう。とか話しかけてみる?
どんだけ馴れ馴れしいんだよ、て感じだよね。
待ってるだけじゃ、始まらないなんていうけど。
わかってるけど、どうしろっていうの。
悶々と悩んでいるうちに、自分が降りる駅についちゃって。
名残惜しげに彼を見つめながら、私は駅を降りた。
駅を降りてからも、どうしようかな。と悩んでいると。
「あ、あのっっっっ!!」
突然後ろから声をかけられた。
びくぅっと体が反応して、おそるおそる後ろを向く。
知らない制服の、知らない男の子だった。
だれ、この人……?
考えてみるが、思いあたらない。
……あ、そういえば夕方の電車でたまに見かける人だ。
彼を見ているとき、近くにいた気がする。
おぼろげだけども。
「おおおおれ、かささささぎこうこうの、にねねんで!!」
噛みすぎだ。なんかかわいくて、苦笑が漏れた。
しかも顔が真っ赤。
拳をぎゅっと握りしめていた。
なんだかその緊張が私にも伝わってくるようだった。
「ゆゆうがたの、でんしゃで、たたたまにみかける、きみのこと、ずっときになってしました」
……え?
まさか、これって……
一瞬で頭は、まっしろ。
「お、おれ、きみのこと――すき、です」
――――!?
自分でもわかるくらい顔が熱くなった。
どくん、どくんと心臓が小刻みに脈打つ。
「はなしたこともないやつに、こんなこといわれてびっくりしてるだろうけど、ひとめぼれで、」
緊張しているのか、途端に早口になってしまった名も知らないだれかさん。
そんな彼の気持ちがストレートに私の心に入ってきて、さらに心臓が脈打つ。
「よかったら、ともだちから、はじめて、ほしいん、だけど……」
どんどん消えていく語尾。
それに比例して火照っていく彼の顔。
――それに、自分が重なった。
私の想い人からすれば、彼は今の私みたいな心境になるのかな。
私がこんなことすれば、こんな気持ちになるのかな。
うれしいのか、申し訳ないのか、複雑な気持ち。
「……ごめん、なさい」
自然と落ちたのは、そんな言葉。
顔を強ばらせる彼。
彼の気持ちが痛いほどわかるからこそ、だめだ。
私は、今は彼の期待に応えられない。
今の私はどうしようもないほど、スキナヒトがいるから。
名前も声も学校も、何も知らないけど。
私はアノヒトが、好きだから。
「気持ちは、うれしいです。でも、ごめん、なさい。好きな人が、いるんです」
ぽつりぽつりと落とすと、彼の顔はあからさまに曇って。
泣いてしまうんじゃないかって思ったけど。
ぐっとこらえたように、私に笑顔を向けた。
優しいけど、切なげなそんな顔で。
「そう、ですか。だいじょうぶです。おれのきもち、知ってくれただけで満足です」
――強い人。
きっと私が気にしないように、そうしてくれて。
それだけでもう、優しい人なんだとわかる。
「好きなひとと、結ばれたらいいですね」
最後にはそんなことまでいってくれて。
「――はい。ありがとう、ございます」
私はただ、そういうしかできなかった。
……彼が去ってから、私はしばらく考えていた。
私と同じ境遇の人から告白された。
そこにいたるまでに、どれくらいの葛藤があったのかな。
きっと私と同じくらい、色々考えてた。
ううん。もしかしたらそれ以上かも。
それでも。
彼は、告白してくれた。
緊張しながら、震えながら、それでも精一杯気持ちをぶつけてくれた。
申し訳ない気持ちもあるけど、素直にうれしかった。
純粋に。
――私も、がんばってみようかな?
名も知らない彼が、私に告白してくれたみたいに。
私も勇気をふりしぼって、彼にぶつかってみようかな?
告白は、きっとできない。
でも話かけるくらいなら、してみたい。
今までは勇気が、なかった。でも、名も知らない彼に少しだけ勇気をもらったから。
――がんばってみよう、私も。
ありったけの勇気を全部ふりしぼって、この恋に全力をかけてみよう。
それでだめでも、後悔はしない。
このままでいるより、ずっといいから。
待っているだけじゃ、なにも始まらないもんね。
今度会えたら、そのときは。
緊張するだろうけど、恥ずかしいだろうけど、笑顔で話しかけてみよう。
「いつも、何の曲聞いてるんですか?」って。
fin.