10-12
10-12
熱気と活気に溢れる講堂内。
正面のステージではオークションも催されており、そのテンションはいやがおうにも高まっていく。
売り手と買い手の興奮は周りにいる者へも伝わり、高揚した雰囲気が講堂全体を包み込む。
「邪魔だな」
「だってよ」
蹴り倒される陳列棚。
綺麗に並べられていた木彫りの人形が、音を立てて辺りへ散らばる。
「あ……」
口元を抑え、慌てて拾い出す女の子。
それを蹴り倒した男達は侮蔑気味な一瞥をくれ、歩き出した。
「何をしている」
彼等を囲む、プロテクター姿のガーディアン。
しかし男達に、動揺の素振りは見られない。
「少し早いが、やるか」
「ああ」
耳打ちする彼等に、ガーディアンが警棒を構える。
「馬鹿が。おまえら程度に……」
最後まで言い終わる前に床へ倒れる男。
「馬鹿はお前だろ」
前蹴りを引きつつ、塩田が鼻を鳴らす。
彼の隣には、にやついている屋神の姿もある。
「お、お前っ」
「知り合いか、塩田」
「見たような、見た事無いような……」
立ち上がりながら燃え盛る視線を送る男を、じっと見つめる塩田。
どうも、よく分からないらしい。
「取りあえず捕まえて、放り出す?」
「ああ。三島、お前もやれ」
「分かった」
いつの間にか男達の背後に回っていた三島は、彼等の腕を取って歩き出した。
関節と指を極められているらしく、呻き声は上がっても身動きはとれていない。
「そっちは、塩田だ」
「屋神さんは、何するんだよ」
「俺は指示を出す」
「またそんな事言って」
笑いつつ、床に倒れている男に指錠をする塩田。
男は多少の抵抗を見せたが、屋神に顎を蹴られ気を失った。
「あんた、何すんの」
「手伝いだよ、手伝い。おい、大丈夫か」
「は、はい。済みませんでした」
草薙高校の制服を身に付けた大人しそうな女の子は、恐縮気味に頭を下げた。
その間に屋神は木彫りの人形を全て拾い終え、棚へと並べ直している。
「あ。す、済みません」
「気にするな。何かあったら、その辺のガーディアン呼べよ」
「は、はい」
「じゃ、頑張れ」
ワイルドな笑みを浮かべ、その場を立ち去る屋神。
後ろに三島と塩田と悪党を従えて。
そんな姿がよく似合う男であった。
「さすが屋神さん。格が違う」
「あれが、凄腕なんですか?随分あっさり捕まりましたけど」
「最初からマークしてたからな。それに、ケンカが強いのと頭が切れるのとは別な話だ」
「確かに。何もか兼ね備えている人なんて、いませんからね」
冷静に指摘する小泉。
峰山は鼻で笑い、画面を切り替えていく。
「学校もこいつらは、陽動程度にしか考えてないだろう。雇っている人間の量を考えれば、一人や二人捕まっても問題ない」
「本当に、それで大丈夫なんですか」
「それは学校が考える事だ。自分達の生徒を傷つけるという意味を」
「だけど。ここで、こうして見てるだけで」
続かない小泉の言葉。
しかし視線は下がらず、切り替わってくモニターへ注がれている。
「さっき言った通り、被害を減らす努力はする。後は、屋神さん達の頑張り次第だろう。上手く行けば、多少の混乱だけで乗り切る事も可能だ。それだけの人材も、あの人の元には揃っている」
「杉下さんは?彼は、学校側に付いてるんですよね」
「その辺りも含めて、見学するしかない。学校が荷担した証拠を握って、交渉する事も可能だしな」
「峰山さん」
「冗談だ。ただ、そういう手もあるにはある。そのために、俺はここにいる」
真意の読みとりにくい、平坦な表情。
小泉は膝の上に置いている拳を固く握りしめ、モニターを見つめ続けた。
「杉下さん」
テーブルを叩き、彼に詰め寄る中川。
しかし杉下は卓上端末の画面に見入ったまま、動こうとしない。
「このバザーには、予算編成局も関わってるんですよ。私達も、早く新妻さん達の所へ行かないと」
「君一人で行けばいい。交渉や段取りに、俺は関わっていないんだし」
「でもあなたは、予算編成局の責任者じゃないですか」
「だから仕事もたまっている。このめどが付くまでは、どうにもならない」
執務用の机に置かれたDDと書類の山。
端末内に送り込まれてくるネットワークからの案件を含めれば、その仕事量は一日で終わるものではない。
「私も、後で手伝いますから。それにみんな、杉下さんの事誤解してるんです。その……」
「学校と内通してるっていうんだろ。もう慣れたし、否定する気もない」
「杉下さん……」
「俺みたいな裏切り者と一緒にいたら、君まで疑われる。ほら、早く新妻さん達の所へ行って」
モニターを見たまま手を振る杉下。
中川は拳を固め、それを体に押し付けた。
「もう、駄目なんですか?あの頃みたいに、みんなで笑えないんですか」
「道は一人一人違う。俺はこちらに、君達はそちらに。そのうち、交わる事もあるだろ」
「今だって同じですよ。同じ道を、私達は歩いてます」
「そう思ってるだけさ。……中川さんの気持ちは嬉しいけど、俺にその気はない」
近付いてきた中川の体を、杉下はそっと押し戻した。
口元を抑え、後ずさる中川。
キーを叩く音が、室内にこだまする。
「私は、ずっと……」
「そういう目で君を見た事はない。とにかく今忙しいんだ。まだ何かあるなら、明日にしてくれないかな」
「それが、答えなんですか」
「前からずっと言ってきただろ。俺にその気はないって」
駆けていく足音は、ドアの閉まる音に吸い込まれていく。
室内には再び、キーの音だけが聞こえる。
「甘いんだよ」
自嘲気味に笑う杉下。
その手が、伏せられているフォトスタンドへと触れる。
「どいつもこいつも。馬鹿ばかりだ」
小さな淡々とした口調。
フォトスタンドは机の引き出しにしまわれ、そのまま鍵が掛けられる。
そしてキーを叩く音がする。
血の滲む拳は、キーを叩き続ける……。
「峰山情報によると、傭兵を3人捕まえたって」
「あの馬鹿達を?誰が」
「ほら、屋神さんと熊さん。後は忍者君。あいつらも腕は立つけど、格が違うようだ」
「ああ」
紙コップをゴミ箱へ捨て、口元を舐め取る清水。
彼女の隣にしゃがんでいる林は、顔をしかめて飲んでいる。
「甘いな、これは」
「砂糖を入れ過ぎたんだ。ホットミルクなんだから、何も入れなくていいのに」
「甘いのが好きでね」
ややムキになった口調で言い返す林。
彼等の座っている椅子の隣には「厳選・北海道直送生乳」と書かれたのぼりが立っている。
威勢のいい男女のかけ声に、彼等同様ホットミルクで暖を取る者も多い。
「序盤は屋神陣営。しかし、学校側は痛くもない」
「人数が多いから。それで、君はどうする」
「監視に徹するよ。清水さんもだろ」
「ああ」
素っ気ない答え。
林は紙コップをゴミ箱へ投げ入れ、立ち上がりながら伸びをした。
「とにかく、まだ動く場面じゃない」
「自分を高く売ろうというのか。それとも、勝ち馬に乗るのか」
「清水さんこそ、どうなんだ」
「私は、自分のしたいようにする。君と同じように」
淡々とした、しかし決意の秘められた言葉。
目の前を通り過ぎていく人の流れ。
それを通り越すような、遠い眼差し。
時刻は、ようやく昼を過ぎようとしていた。
「……トラブルが増えてきたわね。警備本部へ連絡、SDCと協力して応援を出すようにと」
「了解」
新妻の指示を受け、連絡を取る運営企画局の局員。
「天満さんは、どこ行ったんですか」
「デートじゃないの」
「あの子が?ふーん、意外というかうらやましいというか」
かしましい運営企画局臨時詰め所。
新妻はインカムで指示を送りながら、学内の見取り図を広げている。
「局長はどう思います?」
「さあ。私、そういう事には疎いから」
「上手いですね、逃げるのが」
「いいから、コンサートの準備急いで」
「はい」
笑いながら連絡を取り合う局員達。
その間にも新妻は、見取り図を見続けている。
「コンサート開始20分前。会場閉鎖します」
「ガーディアン配置完了。現在の所、異状無し」
「出演者移動中。同じく、異状無し」
飛び交う情報と、それに対する指示。
しかしその中に、全員の注目を引く連絡があった。
「会場周辺警備担当者から連絡。入場出来なかった人達が、若干名暴れているそうです」
「グラウンド売店スペースで、客同士のケンカが複数発生。周囲に混乱が広がってます」
それに続いて入る緊迫した状況。
漂う不安げな雰囲気。
そして彼等の視線は、ある一人へと向けられる。
「……企画課課長を呼び戻して。それと、警備本部へ連絡。現状への対策を、至急講じるようにと」
「了解」
「局長っ」
インカムを外し、新妻へ詰め寄る局員。
「予算編成局のガーディアンが……。え、えとフォースが、引き上げ始めてますっ」
「理由は」
「学外の警備に回るとか。非公式ですが、予算編成局からの指示だそうです」
「分かった。現時刻をもって、通信回線を非常回線に切り替え。生徒会各局と各委員会、警備本部及びSDCにその旨を連絡」
「は、はい」
指示を出す間も、新妻は見取り図から目を離さない。
「ど、どうなってるんでしょうか」
「なんか、怖いです」
「嫌な予感が……」
浮き足出す彼女達。
表情には不安の色が浮かび、指示や連絡もままならなくなっている。
焦りと緊張感が辺りに漂い、外部からの連絡だけが室内に響いていく。
「たかが子供のケンカよ」
軽い、小馬鹿にした口調。
全員が手を止め、口を開ける。
「ほら。遊んでないで仕事して」
笑いながら手を叩く新妻。
「は、はい」
気を抜かれた表情から一転して、引き締まった顔付きで作業に戻る局員達。
先程までの緊張感ではなく、集中といっていい適度に張りつめた雰囲気。
突然の混乱に困惑しうろたえる者は、もういない。
「少し出かけるから、その間は企画課課長の指示を仰いで」
「了解」
「今日は、長い一日になりそうね」
口元でそうささやいた新妻は、厚手のコートを羽織って詰め所を後にした。
予算編成局、局長執務室。
机ではいつも通り神経質な表情を浮かべる杉下の姿がある。
中川が去った後も、その仕事振りは変わっていない。
「どうしてガーディアンを引き上げさせたの。屋神君の許可は得ているの」
「俺に言われてもね。フォースは今、予算編成局の指揮下にはない」
「予算や事務関係の人員は、予算編成局で賄っているはずよ。その指揮系統は依然として、あなたが頂点でしょ」
「さあね。とにかく、今は忙しいんだ」
叩き落とされる書類。
杉下は微かに口元を歪め、それを拾い上げた。
「あなたが学校に付くのはかまわない。それを止める権利も、私にはない。だけど、他の人へ危害を及ぼすような真似はしないで」
「中で暴れてる連中がいるのは、俺も聞いた。でも、外で暴れ出しそうな連中もいるんだ」
「学外の警備は、ガーディアンではなく外部委託している警備会社の仕事よ。現に今日も、普段以上の人間を派遣してもらっている」
机を叩き、杉下を見下ろす新妻。
しかし呼吸が続かないのか、胸元を押さえ歯を食いしばる。
「新妻さん」
「息が切れただけよ。とにかく、今日の事は覚えておくわ」
「好きにすればいい。俺は俺の道を行くだけだから」
「そう。凪さんが悲しまなければ、私は構わない」
微かに変わる杉下の表情。
新妻はそんな彼を、厳しい眼差しで捉え続ける。
「あなたが何を考えているのか、どうしたいのか。それは私にもよく分からない。でも今日の行動は、決して理解出来ないわ」
「そうしてもらうつもりもない。俺は、俺のために生きている」
「そのために、誰かが傷付いてもいいというの」
「沢君が言っていたけど、幸せは相対的な物だ。全員が同時に幸せになるなんて、不可能なんだよ」
絞り出されるような、重い口調。
それでも新妻の鋭い眼差しは変わらない。
「あなたの信念は分かったわ。ただ私も、この企画の関係者として防御策はとるから」
「俺が混乱を仕掛けた訳じゃない」
「増長させているのは確かよ。……もう、昔のように笑い合えないのかしら」
「中川さんにも、同じ事を言われた。でも俺は、昔も今もこのままさ」
「そう」
素っ気なく呟き、背を向ける新妻。
ドアを出て行くその瞬間まで、彼女が振り返る事はなかった。
そして、拳を壁に叩き付けた杉下が呼び止める事も……。
「取りあえず、今騒いでる連中は抑え込みました。それ以外で兆候が見られる者も、監視体制にあります」
「ありがとう。屋神君達はこっちにいるから、何かあったら連絡を」
「分かりました」
通信を終え、インカムを外す峰山。
その間にも運営企画局からの別な連絡や、警備中のガーディアンと格闘技クラブ関係者からの情報が入ってくる。
「杉下さんは、完全に裏切りか」
「でも、どうしてあの人はそんな事を」
「学校に付いた方が、メリットは大きい。子供のお遊びに付き合う程人がよくないんだろ」
「そうでしょうか」
やや不満げな小泉。
峰山は画面を切り替え、コンサート会場内部を映し出した。
ステージ上ではインディーズのバンドが、画面越しに伝わるような熱い演奏を繰り広げている。
「さすがに、この中で騒ぎを起こす奴はいないようだな。ファンに殺される」
「すると、この外で騒いだのも陽動」
「全部が全部陽動さ。ただそれを抑えられなければ、陽動は暴動へ変わる。そこは、屋神さん達の力量次第だ」
「そこまで分かっていて……」
言葉に詰まる小泉をよそに、峰山は小さく伸びをした。
「所詮俺達は外野に過ぎない。勿論参加するのは、可能だけどな」
「本当に、これでいいんですか」
「いいも悪いもない。爆発5秒前の爆弾を取りに行くのは、まともな人間のやる事じゃない」
「でも、爆発はするんですよ」
小声でささやく小泉。
だがそれはあまりにも自信がなさげで、頼りないものだった。
結局この場から、一歩も動かない者としての……。
運営企画局詰め所の一室。
ただそこにいるのは局員ではなく、屋神達である。
「大山、どう思う」
「以前も言いましたが、混乱を起こしてそれを名目に我々の退陣を要求。続いて、管理案を施行するつもりでしょう。これだけの人混みで、誰が何者かを把握する術はありませんし」
「分かった。さて、どうするよ」
壁際にもたれ、室内にいる全員を見渡す屋神。
そして返ってくる一人一人の眼差しに、大きく頷く。
「よし。暴動を事前に鎮圧。それによって学校側への俺達の意思表示、ならびに示威行動とする。間、いいな」
「全て任せる」
相変わらずの台詞。
屋神は苦笑して、話を続けた。
「ガーディアン全体の指揮は、この後も峰山に任せる。あいつも腹に何か抱えてるが、ここでおかしな行動を取る人間じゃない」
「だったら、俺達は何するんだよ」
「個々に動く。その方が、やりやすいしな」
その視線を新妻へと向ける屋神。
新妻は小さく頷き、学校の見取り図を疑似ディスプレイで表示した。
「餌。つまり囮を使って、連中を一カ所へと集める。その間に一般客の誘導と避難。どうかしら」
「問題ない。全体の指揮は新妻、補佐に涼代。大山、天満、中川もだ。他の人間は、その指揮下に入る」
「俺は」
「お前は杉下の所へ行け」
室内に流れる複雑な空気。
それぞれの思惑が交差し、探るような眼差しも交わされる。
「じゃあ、行ってくる」
いつも通りの軽い調子。
みんなの重い雰囲気など、さして気に留めた様子もない。
そして間はそのまま、部屋を出ていった。
「相変わらずだな、あの人は。何考えてるんだか」
「この状況でも、あれだけ気楽なんだ。大物と言えば大物さ」
鼻で笑い、全員へ向き合う屋神。
「それで、動けるのは。俺、三島、塩田、伊達の4人か。もう少し、駒が欲しいな」
「連絡を取ってみるわ。……私です。ええ、誰か信用の置ける人をこちらへ」
「何だって」
「二人だけなら、何とかなるって。山下さんと阿川君」
プロフィールを画面に映し出す新妻。
中等部からの生徒会ガーディアンズ所属で、各評価も非常に高い。
男性の方はやや甘い顔立ち、女性の方は優しい雰囲気だ。
「そいつなら、悪くない。呼ぶように伝えてくれ」
「峰山君、連絡をお願い。ええ、詰め所まで」
通信が終わり、画面は学内全体の状況が映し出されていく。
現在は比較的落ち着いているが、険悪な雰囲気があちこちで見取れる。
「時間が惜しい。阿川達には、追って指示しろ」
「分かったわ。学校はずれの、旧クラブハウスへ行って。そこへ追い込むから」
「よし、行くぞ」
腕を組み、壁際にもたれる屋神。
その隣には、三島も同じような格好で収まっている。
「元気だな、あいつらは」
スパーリングを行う塩田と伊達を見て、屋神が苦笑する。
「しかし、新妻さんはどうやってここへ追い込む気だ」
「あいつにまかせるさ。そのくらいは、軽くやれる女だし」
「ああ」
珍しく微笑み気味に頷く三島。
「惚れてるとか」
「なに」
「冗談だ、冗談」
「それは、お前だろう」
軽いボディーブロー。
屋神は脇腹を押さえ、三島の足を蹴った。
「手加減しろ、この野郎。しかし、新妻のためにやってるのも事実だからな」
「それは否定しない」
「あいつ程学校に思い入れがあるかどうかは分からないが、その手助けは出来る」
「その通りだ」
拳を重ね合う二人。
笑顔が陽光に溶けていく。
「屋神さん。俺達に何か」
甘い顔立ちの男が、優しい雰囲気の女性を伴い彼の前に立つ。
「ちょっと、悪者退治をな。詳しい事は話せないが、協力してくれ」
「分かりました。私達に出来る事ならば、全力でやらせて頂きます」
女性は柔らかく微笑み、人差し指と中指を揃えこめかみに当てた。
「事情は、聞けないのかな。例えば、転校した先輩の事とか」
「巻き込まれて困るのは、お前達だ。手助けは、今回だけでいい」
「了解。しかし全員で6人。大丈夫ですか?」
「それだけのメンバーさ。勿論、お前達も含めてな。……いや。伊達、お前は戻れ。向こうもガーディアンはいるが、万が一という事がある」
「分かった」
その一言だけを残し、駆けていく伊達。
「これで、5人」
阿川はぽつりと漏らし、両挿しの警棒を抜いた。
警棒はバトンのように手の中で回り、再びフォルダーへと戻される。
「使えるのか、それ」
「ギミックですよ、勿論」
「お前の話も、当てにならないからな」
適当に笑い、その肩を叩く屋神。
「だけど、本当に私達だけで大丈夫なんですか」
「新妻も、全員を追い込む気じゃないだろ。その中でも俺達に抵抗するのは、限られてるはずだ」
「そういう状況でも抵抗する人達、か。ぞっとしないですね」
放たれるフリッカージャブ。
正方形の形を貫いたそれは、その形のまま屋神の髪を揺らした。
「お前は通信担当だ。阿川がそのフォロー」
「了解」
再び敬礼する山下。
阿川もにやりと笑い、塩田を相手にスパーリングを始めた。
「学校が雇ったのは、全員が傭兵という訳でもないんだな」
「傭兵なんて、そんなにいない。ある程度は街のチンピラや、ケンカ自慢の連中さ」
鼻を鳴らし、スラックスのポケットに手を入れる屋神。
三島は腕を組んだまま、彼を見据えている。
「そういう連中なら、ガーディアンだけで事足りる。つまりは、傭兵だけを相手にするという事か」
「基本的はな。勿論チンピラでもなんでも、ここに来たら覚悟して貰うが」
「分かった。細かい事を考えるのは、後でも出来る」
「ああ。年の終わりに、一暴れと行くか」
その言葉とは裏腹に、やるせないため息を付く屋神。
三島も、普段以上に素っ気ない表情を浮かべている。
冷たい風が吹き抜ける中、彼等は来る時を待っていた……。
それとほぼ同時刻。
「第1次配信完了。二次配信開始」
「来客者移動状況35%。最大移動人員予想まで、1時間弱」
「一部来客者に、行動変化発生。旧クラブハウスへ移動しています」
「……上手く行ったようね」
インカムを外し、新妻を振り返る涼代。
「普通の人を集める情報と、危険人物を呼び寄せる情報。両者の分離と、色分け。しかも、危険度の高い人間ほど向かいたくなる情報。仮に学校側の雇った人間が旧クラブハウスへ向かわなくても、その程度の人間はガーディアンだけで対処出来る」
「大した事じゃないわ。実際に連絡を取ったあなた達の手腕があってこそよ」
「指揮を執ったのは観貴ちゃんじゃない」
新妻は口元だけを緩め、インカムで指示を送り続ける。
「商品を倍額に。ええ、予算は大丈夫。時間があれば、コンサート出演者も動員して。許可は、私が取るわ」
「少し、休んだら」
「全体が落ち着くまでは無理よ。あなたも、そのつもりでしょ」
「体を気遣って言ってるの。同情と思われてもいいから、横になって。天満さん、ソファーに毛布敷いて」
「は、はい」
インカムで連絡を取りつつ、毛布を敷く天満。
涼代は足元のおぼつかない新妻をそこへ寝かせ、タオルケットを掛けた。
「ごめんなさい」
「いいのよ。勿論、少し休んだらまた指揮を執って貰うけれど」
「結局は休めないのね」
「そういう事。天満さん、現状維持のまま報告だけお願い」
「あ、はい」
端末を見入ったまま、涼代は彼女の前に腰を下ろす。
中川達はその間にも、連絡を繰り返している。
瞳を閉じ、深い呼吸を繰り返す新妻。
青白い、しかし満ち足りた表情。
そんな彼女を見守る涼代も、また。
突然ドアが開き、伊達が飛び込んでくる。
「この部屋以外に、人はいるか」
「え?他の局員は別の場所へ移動して貰ったけど」
キーを器用に操りながら質問に答える天満。
「緊急事態ですか」
大山は落ち着き払った態度で尋ね返す。
その手はすでに、全電源とネットワークを遮断出来るスイッチに触れられている。
「新妻さんの策に気付いた連中が、おそらくここを狙ってくる。ガーディアンだけでは厳しい」
「分かった。その子達には、局員の護衛に回って貰うわ」
素早く指示を出す涼代。
中川は席を立ち、窓から外の様子を眺めている。
「誰もいないけど」
「下がれ。いきなりレーザーで撃ち抜かれるぞ」
「えっ?」
「今日はそこまでしないだろうが」
それが冗談だと気付いた頃には、伊達は新妻の枕元に立っていた。
「疲労だけだな」
「ええ。移動するなら、すぐに」
「いや。外で迎え撃つ。俺に何かあったら、すぐ屋神さん達を呼び戻してくれ」
「分かった」
否定も何もない、たった一言。
それでも伊達は薄く笑い、胸元を拳で軽く叩いた。
「何、それは」
上体を起こそうとする新妻を支えがら、涼代が尋ねる。
「大した事じゃない。窓辺には立つな。それと大山は一応、警棒を出しておけ」
「ケンカは苦手なんですけどね」
「俺も事務仕事は苦手だ」
大山と軽く拳を合わせ、部屋を出ていく伊達。
その大山は言われた端から、窓辺に立っている。
「危ないわよ」
「ええ」
「誰か見える?」
「物騒な連中が、ぞろぞろと。楽しそうな顔をしてますよ」
苦い表情で語る大山。
涼代は新妻の手を強く握り締め、耳元でささやいた。
「最悪、窓から飛んで貰うわよ」
「ダイエット、しておくんだったわ」
「私もよ」
微かに笑う二人。
その手は、さらに強く握り締められる。
「だって」
「本当に、どうなってるのかしら」
舌を鳴らしつつ、防犯用のスプレーを取り出す中川。
天満も、閃光用の小さなボールを手の中で転がしている。
「サングラス、しようか。新妻さん達もお願いします」
「私は似合わないんだけれど」
困惑気味な新妻が、フィルム製のサングラスをはめる。
自分で言う程似合わない事はなく、違和感があるのはむしろ天満の方だろう。
「伊達君一人で大丈夫なのかな」
「私達が行っても、足手まといになるだけよ」
中川は拳を固め、学内の状況を映し出すモニターを睨んでいる。
その一角に映る、学校の各門。
フォースのガーディアンがその付近に陣取り、何をするでも無く佇んでいる。
学外の警備は、警備会社の担当。
しかしフォース、予算編成局子飼いのガーディアンは学外で暇を持て余している。
「馬鹿馬鹿しい」
「え?凪ちゃん、何か言った」
「いえ」
「そう」
小さく呟き、それとなく画面を切り替える天満。
学外の様子は画面から消え、急遽催されたチケット番号による抽選会会場を映している。
企画立案は彼女で、全体の統括と指揮は新妻。
一般客を今回の混乱に巻き込まないための策である。
またここにはガーディアンとSDC関係者が多数配置され、それと分かるように腰の警棒へ手が掛かっている。
仮に暴動を発生させようとする者が流れこんで来ても、この状況で暴れる程馬鹿ではないだろう。
「後は、屋神さん達か」
「あの人達は、負けませんよ」
「そうね。そうだよね」
「問題は、その後だと私は思いますが」
小声でささやかれる大山の呟き。
天満と中川はそれが聞こえなかったかのように、彼の側から離れていく。
伏せられる全員の視線と、漂う重苦しい雰囲気。
戦いを人に預けているという後ろめたさではなく、今後への不安。
だが誰一人それに言及する事はなく、時は過ぎていった……。
旧クラブハウス前。
一人、また一人と集まってくる。
いかにも柄の悪そうな者もいれば、目立たないどこにでもいそうな者もいる。
だが彼等の目付きは一様に鋭く、殺気めいた物すら漂わせていた。
「30人くらいか。思ったより少ないな」
「多くても困るさ」
「まあ、そうだけど」
鼻で笑い、塩田は軽く首を回した。
三島は壁にもたれたまま。
阿川と山下も、少し下がったところで様子を見ている。
「俺達を呼んだのは、お前らか」
体格のいい革ジャン姿の男が、声を張り上げる。
屋神は手を挙げ、塩田の前に出た。
「見て分かっただろ、俺達が賞金首だって」
「確かにお前ら3人は、リストと顔が一致する。わざわざ、やられに来たのか」
「暴動を起こされたらまずいんでな」
直接的な答え。
傭兵達に微かな動揺が走る。
「おまえらがここへ来た時点で、それも失敗だ。向こうに残ってるのはせいぜい街のチンピラ程度で、組織的に動けない連中ばかり。もし暴れても、ガーディアンに鎮圧されて終わり。陽動にもならないさ」
「なるほど。俺達は、罠に掛かったって訳か」
「分かってて来たんだろ」
「草薙高校の屋神と三島。それに塩田。その名前を聞いて燃えない奴はいない」
一気に気配を濃くする傭兵達。
後ろの方では警棒やバトンを抜いている者もいる。
「本当に、いい餌だぜ」
「何か言ったか」
「いや。それで、どうする。学校に戻って暴動を起こすか。それとも、ここで俺達とやりあうか」
「愚問だな」
男は革ジャンを脱ぎ捨て、拳を顔の前で構えた。
「下らない仕事だと思ってたが、急に楽しくなった。それにお前達をやっても、金はもらえる」
「どうして暴動に荷担しようと思った。普通の人間の殴って、何が楽しい」
「一応、俺達同士で暴れるつもりだった。それに自分達が生きていくためには、感情なんて邪魔なだけだ。金になれば、なんでもやる」
「多少は後ろめたさがあるんだな。安心したぜ」
嬉しそうに笑い、同じく構えを取る屋神。
するとその傍らに、山下がやってきた。
「新妻さん達が、襲撃されています。さっきいた伊達という子が、それに応戦してるとか」
「女を殴りたがるクズ野郎も、世の中にはいる。勿論俺達も、大差は無いがな」
「ここへ来た時点で、俺はお前達を認めてるよ」
「敵に誉められても仕方ない」
苦笑する男。
全体に、その笑いは広がっていく。
共感、一体感。
言葉にはならない、同じ思い。
例え敵でも、拳を交える関係であっても。
気持ちは伝わる、思いは共有出来る。
分かり合えると。
「あっちは伊達一人だ。少し不安だったんだが」
「気になるなら、お前らも行けよ。やるのは、その後でもいい」
「ありがたい言葉だが、気になる事が……」
突然背後へ目を向ける屋神。
すると草むらから数名の男が出てきて、一目散に走り出した。
「俺達が全員こっちへ来てるか確認したんだな。山下、新妻へ連絡。敵の数が増えるぞ」
「了解」
「少し、減らすか」
阿川は軽く呟き、警棒を両方抜いた。
そして右の警棒を上へ投げ、そのグリップを左の警棒で叩き付ける。
鈍い音を立てて飛んでいった警棒は、一人の男の首筋に辺りそのまま角度を変えて隣の男の足も払った。
「取りあえず、二人減った」
「何が、ギミックだ」
「使い方が、ギミックなんですよ」
ジャケットの袖から、新しい警棒を取り出す阿川。
「俺も、向こうに行きましょうか」
「頼めるか。山下も」
「ええ。連絡係は暇だと思ってたんです」
敬礼をして、風を切って走っていく二人。
その姿は、もう遙か彼方に消えている。
「ああいうのが普通にいるから、草薙高校は怖いんだ」
「あいつらも、特別な人間さ。で、誰からやる」
「俺からだ。相手は、お前で」
「掛かってこい」
膝が途中で角度を変え、ミドルからハイキックへと変化する。
壁に叩き付けられた男を乗り越え、数名の男が警棒を振りかざす。
水面蹴りでそれらを床へ叩き付け、鳩尾へかかとを落とす。
「万が一で、この数か」
廊下の左右から迫る何十人という人の数。
屋神達の予想とは違い、囮ではなく頭を潰しに来たようだ。
廊下には呻き声を上げる者が床を埋め尽くしているが、数は一向に減らない。
すでに頬と額を切り、ジャケットもあちこちが切り裂かれている。
ジャブ一本で5人を叩きのめし、後ろ回しからのかかと落としで3人を倒す。
微かに上がり出す息。
それでも伊達は、ドアの前から動かない。
壁やドアに刺さる数本のナイフ。
彼の二の腕にも、その形通りの穴が開いている。
「今なら、お前一人だけ逃がしてもいいんだぞ」
リーダー格風の男が、警棒を肩に担いで伊達に笑いかける。
侮蔑と勝利を確信した、甲高い笑い声。
伊達は壁に刺さっていたナイフを投げ、男の足元に縫い刺した。
「これが、答えか」
唾を吐き、突進してくる男。
空を裂き振り下ろされる警棒。
右に飛び、壁を蹴る。
その勢いのまま、3mはある左側の壁へ飛ぶ。
舞い上がる伊達の体。
空を切る警棒。
宙で身を翻し、天井を蹴り付ける伊達。
そのまま体が前に倒れ、男の肩口にかかとが振り下ろされる。
「グァッ」
骨の砕ける音が同時にして、男は泡を吹いて床に崩れた。
後ろに迫っていた男を裏拳ではじき飛ばし、伊達は軽く息を付いた。
「……なんだ、今のは」
「ムササビじゃないの」
呆れ気味の顔で駆け寄ってくる阿川と山下。
二人も制服には、汚れやほころびが目立つ。
「心配しないで。屋神さんの命令で来たの」
「俺は阿川、彼女は山下さん。生徒会ガーディアンズの人間だ」
「分かった」
素っ気なく答える伊達。
視線は油断無く、周囲に向けられている。
「外には、どれだけいた」
「まだまだこれからって感じだな。あくまでも死守するか、撤退するか。判断は君に任せる」
「新妻さんの体調が悪い」
「籠城か。中は、大丈夫なんだろうな」
「その前に、自分の心配をしろ」
迫り来る敵。
阿川は両差しの警棒を抜き、手の中でそれを回した。
山下も革製のグローブを付け、その感触を確かめている。
「これを付ければ衝撃は3倍、手へのショックは1/10。靴先の特殊シリコンも同じ」
「怖い子なんだよ」
「女の子だから、このくらいの装備は当然でしょ。セッ」
背後に迫っていたスキンヘッドの男は、ショートフックのトリプルで壁際に吹き飛ばされる。
「今日は体が軽い。事情は知らないけど、最後まで頑張れるわ」
「だってさ。俺は、適当にやるか」
阿川の振った警棒は二人の男を床に這わせ、その勢いのまま壁にめり込んだ。
「君は中で休んでろ。少しの間は、俺達で何とかする」
「任せる」
短く言い残し、伊達はドアの向こうへと消えた。
「格好付けて。二人だけで、大丈夫なの?」
「屋神さん達は、3人で30人以上を相手にしてる。今の彼も。ただ風間や土居さんでもいれば、助かるんだが」
「いないわよ。そういう特別な人達と一緒にしないで」
「まあね。でも俺達は、ガーディアンだから」
拳を差し出す阿川。
山下はそれに自分の拳を重ね、アップスタイルの構えを取った。
ガーディアンの使命は生徒を守る事。
そのためには拳も振るう、批判も甘んじて受ける。
それが、ガーディアンだから……。
「怪我が」
「大丈夫だ。それより、窓は」
「入ってこようとした人が、吹き飛んだ」
こわごわと窓の外を指さす天満。
窓枠には小さな缶が幾つか取り付けられていて、わずかに開いた隙間からチューブを外へ出している。
催涙ガスを噴霧する装置のようだ。
「あなたに渡されたので、取り付けておきました」
「話が早くて助かる」
ジャケットを脱ぎ、腕の傷口に消毒スプレーを吹き付ける伊達。
表情は少しも変わらず、手慣れた手付きでハンカチを巻き付けていく。
「外の様子はどう?」
「阿川と山下と名乗る二人が守ってる」
「あの二人なら心配いらないわ。あなた程かどうかはともかく、腕も立つ」
眠りに付く新妻の髪を撫でつつ微笑む涼代。
追い込まれている状況にも関わらず、焦りや不安はみじんも感じられない。
そう振る舞っている素振りにも見えるが、それが他人へどれだけの安心感を生み出すのかは言うまでもない。
「あなたも少し休みなさい」
「そうもいかない」
「いいから、休むの。大山君、そっちのソファーに毛布を。それと、傷もちゃんと手当てしてあげて」
柔らかな、しかし強く明確な意志を含む姿勢。
苦笑する大山の手招きに、伊達はため息を付いてソファーに座った。
「学外で名の通ってるのは、屋神さんや三島さん達。しかし、それ以外にも色々いるようだな」
「私は小物ですけどね」
「向こうが大物過ぎるだけだ」
伊達は腕を伸ばしたままソファーへ横たわり、目を閉じた。
「5分経ったら、起こしてくれ」
「それで、十分ですか?」
「ああ」
「分かりました。よい夢を」
そう大山が言い終える間に、伊達の口元から寝息が聞こえる。
健やかな、安堵の表情。
つかの間の、戦士の休息であった……。
大山が手を伸ばす前に、伊達が素早く立ち上がる。
「きっかり5分です」
「外は」
「助けを求めてくる様子はありません」
早足で歩く伊達はそれを背中で受け、ドアを飛び出した。
「すごいな、なんか」
口を開け、そのドアを見つめる天満。
インカムは付けたままで、一般客の誘導指示や抽選会会場への連絡も行い続けている。
「凪ちゃん、どうかした?」
「いえ。私は、何の役にも立たないなと思って」
自嘲気味に微笑む中川。
キーを打つ手は緩やかで、インカムへの指示にも声に張りがない。
「分野が違うもん。私だって予算案を考えろとか、企業と交渉しろって言われたら困るわ」
「そうじゃなくて、いつもみんなの役に立ってないなって事。ただいるだけで、それ以外は何も……」
「凪ちゃん」
言葉に詰まる天満。
中川は顔を伏せたまま、低い声でインカムに指示を送っている。
「結局は杉下さんの事も止められないし、本当に何やってるんだろ」
「辛いなら、止めてもいいのよ」
澄んだ声で言い放つ涼代。
その隣ではようやく目を覚ました新妻が上体を起こしている。
「涼代さん、そういう言い方は」
「嶺奈ちゃんは黙ってて」
「は、はい」
「私達は全員間君に集められた。でもそれは、自分の意志で参加した。そうでしょ」
微かに頷く中川。
涼代は前髪をかき上げ、そのまま額を抑えた。
「私だって自分の無力さを感じてる」
「涼代さん」
「口に出せるだけ、あなたは偉いわよ。皮肉じゃなくてね」
微かに漏れる、中川と大差ない自嘲気味な笑い声。
しかし彼女の視線は伏せられない。
固く拳を握り締め、歯を食いしばり。
懸命に顔を上げている。
「それにあなたはまだ1年なんだから。少しは、私達を頼ってよね」
「は、はい」
「そういう事。ね、観貴ちゃん」
「さあ。私に振られても」
素っ気なく返し、インカムで指示を出し始める新妻。
そこには涼代の懸命さも、中川の無力さも、天満の健気さもない。
自ら出来る事をこなすという、態度の他には。
それが先輩として、後輩にしてあげられる事だとも言うかのように。
「病人に任しててもしょうがないから、二人とも頑張って」
「は、はい」
張りのある元気な声。
落ち込んでいる暇なと与えない、矢継ぎ早の指示。
室内には適度な緊張感と活気がみなぎってくる。
「なんだかんだと言って、みんな熱いですね」
涼代が語っている間、一人外部と連絡を取り合っていた大山が小さく呟く。
「大山君。遊んでないで、仕事して。ガーディアンの配置状況の再チェックと、来客者の分布状況。峰山君へ連絡の後、折り返し私へ報告」
「はい」
素直に答え、インカムの位置を直す大山。
屋神達や伊達達とは違う、もう一つの戦い。
誰にも気付かない、そして目立たない行為。
しかし彼等は全員が誇りと自信を持って、今の仕事に励んでいる。
今自分に出来る、最高の力を持って。
生徒や来客者のためだけではなく。
自分のために。
そして仲間のために。




