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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第10話(第1次抗争編) ~過去編・屋神・塩田他メイン~
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10-11






     10-11




 林と清水が学校の教務課へ忍び込んだ翌日。

 正確には、当日に当たるのだが。

 彼等の目にした情報をある程度は掴んでいるのか、不審転校者の排除は確実に進んでいた。

 明らかに粗暴な態度のあった彼等に対しては一般生徒の反感も強く、それはむしろ賞賛と共に受け入れられていた。

 平穏を維持し続ける学内。

 それをごく当たり前の事と甘受する生徒達。

 学校運営という職務に没頭する日々。

 生徒の自治は確実に守られていく。

 生徒会と予算編成局の確執は表面化し始めていたものの、全ては順調に進んでいた。



「塩田が怒ってるらしいな。これじゃ、管理案と何が違うのかって」

「大山君が言ってました。大局を見てないと」

「近くを見過ぎてる、か。でもその視点が間違ってると、誰が言い切れる?」

 苦笑して書類を机の端へ置く屋神。

 胸元に「総務局」とかかれたIDを下げている中川は、それをまとめて封筒に入れた。

「杉下さんに届ければいいんですね」

「ああ。俺が行くと、あいつ嫌な顔するんだ」

「私が行っても同じですよ」

 寂しげな、悲しげな微笑み。

 屋神は肩をすくめ、端末を手に取った。

「俺だ。ああ、局長室に来てくれ」

「誰を呼ぶんですか」

「お前の護衛だ。馬鹿連中が片付いたとはいえ、生徒会と予算編成局が揉めてるんじゃな。どちらにも籍があるお前は、危うい立場にいる」


 ドアがスライドして、長髪の男が入ってくる。

「伊達君」

「こいつはどこにも属してないから、文句を言う奴もいない。それに高い金払ってるんだ。こういう時こそ、役だってもらわないと」

「お金を払ってるのは、予算編成局ですよ」

「雇い主は俺だ。いいから、行って来い」



 予算編成局前。

 やはり行く手を塞ぐガーディアン達。

 ただ中川の顔は見知っているらしく、IDのチェックだけで中に通してくれる。

 うろんげな視線が伊達に向かうのは、仕方ないだろう。

「三島さんも口が重いけど、あなたも負けてないわね」

 封筒を両手で抱えながら、彼を見上げる中川。

 精悍さと涼しさの入り交じった、不思議な横顔。

 言うならば、風をイメージ出来る。

 そこにいるのかいないのか、意識もしないような。

「……ここよ。インターフォンお願い」

 無言のままボタンを押す伊達。

 カメラがあるので声を掛ける必要はないが、一声あってもいい場面だろう。


 局長室に通されても、やはり口は開かない。 

 ドアの横に背を持たれ、その視線を長い前髪で隠している。

「来年度の概算要求か。受け取ってはおくけど、申請は今まで通り毎月出して貰うから」

「ええ、屋神さんに伝えておきます」

「総務局長に、だ。今は、友達同士の会話じゃない」

「杉下さん……」 

 訴えかけるような中川の視線を、冷たい眼差しで跳ね返す杉下。

 その口元は、微かにも緩まない。

「予算編成局は、ある意味生徒会の監視機構でもある。その事を忘れないように」

「生徒同士でいがみ合う必要はないですよ。それに私達は、仲間じゃないですか」

「君がどう思おうと勝手だけど、今の生徒会はエリート組織とも言える程の権力と身分を保障されている。中等部とは比べ物にならない、本当の力を持ってるんだ」

「だからって、最初から構えなくても。話し合いをすればいいでしょう。夏休みに私達がしたように、とことん議論を尽くせば」

 切ない表情で一生懸命伝えようとする中川。

 しかし杉下の態度は変わらない。

 二人の間にある机は、そのお互いの距離を示しているのか。

 それとも別な道を歩む、異なる立場を示しているのか。 

 全ては沈黙の中にある。


「生徒会が独走するようなら、こちらも予算案の停止を掛ける」

「先月も、そうだったじゃないですか。それが原因で、生徒会ガーディアンズとフォースが揉めているは杉下さんも知ってるでしょ」

「金だけで生徒会を抑えられるとは、俺も思ってはいない。実力で押し切られないための、フォースだよ」

「ガーディアンを分割したのは、このためですか?あなたが思い通りに、学校の意図のままに」

「俺は自分の意志で行動している。誰から命ぜられているかはともかく」

 冷静な、感情を交えない受け答え。

 あまりにも対照的な両者。

 中川が近付こうとすればするほど、杉下は遠ざかる。

 その意志を固くする。

 もう昔とは違う、とでも言うかのように。

「とにかく概算要求は受け取った。帰ってもいいよ」

「私は、私はこの予算編成局の人間です」

「今は、生徒会総務局の人間だ。籍があるとはいえ、君の所属は生徒会なんだよ」

「予算編成局の仕事もしていますっ」

 突然叩かれるテーブル。

 鈍い音と共に破れる指先。

 しかし興奮のせいか、彼女の表情に苦痛はない。


「血を拭くんだ」

「杉下さんっ」

「医療部に連絡しておく。早く戻れ」

「……分かりました。伊達君、行こう」

 顔を伏せ、ドアを出ていく中川。

 テーブルに付いた血を、杉下はティッシュで丁寧に拭き出した。

「遠ざけているのか」

「つきまとわれるのは、苦手でね」

「相手を思い、あえて距離を置く人間もいる。俺が言う事ではないが」

 小さくささやかれる、自嘲気味な言葉。 

 それが杉下に届いたかどうかは分からない。

 ドアが閉まり、局長室は彼一人となる。

 そこから聞こえるのは、先程より大きな鈍い音だけだった……。




 特別教棟、SDC本部内会議室。

 居並ぶ格闘技系クラブ部長。 

 その背後には、エースクラスの部員が数名ずつ控えている。

 気の弱い者なら逃げ出してしまいそうな雰囲気。

そんな彼等を前にしても、涼代はごく自然な表情を浮かべている。

「という訳で。トラブルを起こしている各ガーディアン組織へは、今まで通り不介入。学内に流入している不審者へも、原則としては不干渉を貫いて下さい。勿論こちらへ危害を加えるような場合は、対抗処置を認めます」

 静かな、落ち着いた口調。

「揉めてるのを、黙って見ていろというのか?」

「そうだ。一般生徒も、不満を感じ始めてるんだぞ」

「我々が介入すれば、今度はSDC対ガーディアンという図式になります。それが一層の混乱を招くのは、みなさんもお分かりでしょう」

「まあ、そうだけどよ」

 あちこちから上がる不満げな声。

 ささやきや、馬鹿にした笑い声も聞こえてくる。

「言っておきますが、これは提案ではなく決定です。異議がある方は、挙手の上発言して下さい」

 一気に静まりかえる室内。

 だが完全にささやきが消えた訳でもない。

 あえて発言する程でも無いと思っているのだろう。


「文句があるなら言えばいいでしょうっ。こそこそしてないで、手を上げて言いなさいよっ」

 突然机を叩き、怒鳴りつける涼代。

 目を丸くして口を開けるSDC執行部。

「ケンカがやりたければ、学校の外でやりなさい。SDCじゃなくて、あなた達個人として。それとも何?肩書きや後ろ盾がないと、ケンカ出来ないっていうの?そんなに自分達の力を誇示したい訳?」

「そ、そういう訳じゃ」

「ここはSDC。その名の通り、親睦会なのよ。ケンカやトラブルをなくすために作られた会でしょう。どうなのっ」

 響き渡る絶叫。

 返ってくるのは伏せられた視線と沈黙。

 そして涼代の荒い息づかいが、室内に響く。

「みんなの気持ちは、涼代さんも分かっている。ただ、少し冷静になってくれと言っているんだ」

「三島君」

「そうではなくて、ただケンカをしたいだけという意見の者は。……俺が相手になる」

 凍り付く空気。

 微かな反論の雰囲気すら、その場から消えていく。

「本日の会合はこれで解散。お疲れ様でした……」 

 室内にいる誰よりも疲れ切った声を出し、涼代は頭を下げた。



「喉が痛い」

 顔をしかめ、ハチミツ入りのジュースを飲む涼代。

 彼女の前では、三島がほうじ茶をすすっている。

「脅してどうするの」

「君を真似ただけだ」

「人聞きの悪い。ただ、少し声を張り上げただけじゃない」

「それを世間では、脅しと言う」

 普段より、ややトーンの高い声。

 涼代はくすりと笑い、ジュースの入ったペットボトルをテーブルへ置いた。

「飲む?」

「私はいいわ」

「水よりは美味しいわよ」

「甘いのは苦手なの」

 澄んだ鈴の音のような声。

 新妻はペットボトルを、三島の前へ置く。

 そして三島は、涼代の前へ。

「量が多い……」

 文句を言いつつ飲む涼代。

 後で飲むという考え方を、あまりしないらしい。


「SDCは介入しないのね」

「トラブルの元を増やす事は無いもの。休みに入ればおかしな人達もいなくなる訳だし、それまでの辛抱よ」

「私も、そう思う」

 共感めいた表情を浮かべる二人。

「それで、どうかしたの?」

「年末に学内でバザーをやるんだけれど、その会場設営に人を貸して欲しくて」

「いいわよ。ただ私はSDCの人達に評判が悪いから、三島君を通してね」

「頭が上がらないだけだ。俺も含めて」

 珍しく冗談めいた事を言う三島。

 それを聞いた涼代が、微かに口元を緩める。

「どうした」

「いえ。あなたも、人間だなと思って」

「当たり前だ。俺は、熊じゃない」

「ごめん。そういう意味じゃなくて、結構喜怒哀楽があるのよね。人によっては、それがよく分かるわ」

 意味ありげな言葉に、三島の顔付きが変わる。

 とはいえ変化に乏しい顔なので、判別は難しいが。

 そして急に立ち上がり、紙コップを持ったまま人混みへと消えていった。

「とにかく三島君なら相当の人間を動員出来るから。観貴ちゃんは、彼を頼ってちょうだい」

「ええ、そうするわ」

 柔らかな、透き通った微笑み。

 照明が彼女の黒髪を輝かせ、かき上げた耳元で微かな燐光を散らす。

 消えていく燐光、そして漂うコンディショナーの香り。

 全ては夢のようで、だけど現実の事。

 彼女がそこにいるのも、笑っていられるのも。


「中等部の頃は、こうして学校に毎日来れるなんて思ってもみなかった」

「観貴ちゃん」

「時々家へ来る茜の話を聞いて、たまにほんの少しだけ学校に行く毎日だった。頭の中でこうだろう、ああだろうってずっと想像してた。自分ならこうする、ここはこうしてみたい。こんな事がやりたいって」

 流れていく言葉。

 周りの喧騒も、笑い声も。

 その全てを通り過ぎて。

「今でこそ運営企画局局長なんて立場にいるけれど、本当はただの空想癖がある人間なのよ。それがたまたま、上手くいってるだけで」

「どうしたの、急に」

「こうして毎日楽しいけれど、それはいつまで続くのかと思って。また昔のように、ベッドの上で天井を見つめ続ける日が来たらって考えるの」

 消えていく言葉。

 さざめきに、足音に。

 その中に、飲み込まれて。

「ごめんなさい。変な話して」

 頭を下げる新妻。

 涼代はその肩にそっと手を置き、自分の額を彼女の額へと合わせた。

「もう、大丈夫?」

「ええ。気が楽になった」

「嶺奈ちゃんには、辛い話だものね。私でよかったら、いつでも聞くから」

「頼りに、してるわ」

 暖かで、朗らかな微笑み。

 澄んだ眼差しも、醒めた表情も彼女だろう。

 だけど今の笑顔も、紛れもなく彼女である。

 それへ向けられる、優しげな笑顔。

 人の悩みを聞くのは、むしろ当人以上に辛い時もある。

 それでも涼代の笑顔は、いつもと変わらない。

 人を包み込み、励まし、労る。

 お互いが浮かべる笑顔は、親友だからこその微笑みでもあった……。




「本当に、これでいいのかね」 

 風に流される塩田の呟き。

 琵琶湖の水面は、その冷たい風にたなびいている。

 彼の後ろに停められてある、大型の赤いバイク。

 その隣にも、一回り小さい青のバイクが停まっている。

 赤には「CBR1200XX」のロゴ、青には「CBR600RR」のロゴが書き込まれてある。

「近江牛でも食べたいな。それとも、鮒寿司かな。せっかく琵琶湖まで来たんだし」

「好きにしろ」

「愛想無いな、相変わらず」

 伊達は風になびく前髪を横へ流し、対岸のかすむ湖面を見つめている。

 日差しを浴びて輝く、無数のきらめき。 

 細められるその眼差しは、一体何を捉えているのか。


「大体、お前が行こうって言ったんだろ。こんな寒いのに」

「付いてきたのは、お前だ」

「何だ、それ。とにかく、昼飯はお前のおごりだからな。ウナギだ、ウナギ」

「若狭まで行けば、イカ丼がある」 

 湖畔沿いのドライブインへ足を向けていた塩田の足が止まる。

「イカ丼?」

「取れたてのイカに秘伝のタレを掛けて、その上にウズラの卵を落とす。後はかき混ぜて、一気に掻き込む」

「お、美味しい?」

「言うまでもない」

 断言する伊達。

 塩田は満面の笑みを浮かべ、バイクへまたがった。

「ここから、どのくらい掛かる」

「俺なら、1時間もあれば着く」

「じゃあ、俺が負けたらおごってやるよ」

「バイクは排気量だけではないと、教えてやる」

 微かに響く排気音。

 塩田の投げた小石が宙を舞い、道路の上へと落ちてくる。

 高く跳ね返る小石。

 同時にスタートするバイク。

 風となった二台の鉄の騎馬は、薄雲のたれ込める峠へと消えていった。




 翌日。

「塩田は」

「風邪を引いたそうですよ。雪に降られたとか」

「お前も一緒に行ったんだろ」

 顔を上げ、視線だけ屋神に向ける伊達。

 しかし壁にもたれている彼は、至って健康に見える。

「馬鹿は風邪引かないって言うけど、あれは嘘だな。まあいい。それでバザーの会場警備に、何人出せばいい」

「冬休みですからね。帰省してる人もいるでしょうし、とにかく出られる人は全員お願いします」

「分かった。で、天満。お前の親分はどうした」

「定期検診に行ってます。さっき連絡があって、今回も問題無しとか」

 端末の着信履歴を、嬉しそうに見せびらかす天満。

 屋神は適当に頷いて、卓上端末の画面を彼女へと向けた。

「生徒会ガーディアンズがこれだけで、フォースとガーディアン連合はこれだけ。ただこいつらも都合があるだろうから、この半分と見た方がいいな」

「構いませんよ。SDCからも来ますし、屋神さんと三島さん。それに、伊達君もいますから」

「おい、俺は」

「いいからいいから。どうせ暇なんでしょ」

 ころころと笑う天満。

 伊達はその仏頂面で、彼女を見据える。

「特別報酬として、もれなく全員にケーキをプレゼント」

「どうして」

「クリスマスバザーだから、売れ残りのケーキが毎年残るんだって。大丈夫、美味しいらしいから。よかったね、伊達君」

 さらに笑う天満と、ため息を付く伊達。

 どうやら、ペースを乱されているようだ。


「屋神さん、俺の契約は」

「何だ、予定でもあるのか。彼女に会うとか」

「そうじゃなくて。契約外の仕事を」

「気にするな。ケーキが嫌なら、鶏持って帰れ。去年食べた奴は、結構美味しかったぞ」

 必死に笑いを堪える屋神。 

 伊達の顔はさらに曇っていく。

「何なら、彼女でも呼べよ。いるんだろ、お前」

「どうして、そんな事が言える」

「そういう顔だ。置いてきた彼女が気になるっていう、な」

「勝手に言っていればいい」

 伊達は二人に背を向け、足早に総務局長室を出ていった。

「怒ったんでしょうか。どうでもいいけど」

「ひどいな、お前も。しかし学外の人間も入ってくるんだろ。警戒が必要だな」

「その辺りは、屋神さんに任せます。私はバザーそのものの企画と運営担当ですから」

「役割分担って?先輩をこき使いやがって」

「まあまあ。そんな屋神さんには、出店する他校の女の子を紹介という事で」

 机の上に身を乗り出す屋神と、余裕の笑みを浮かべる天満。

「天満。お前、話が分かるな」

「取りあえず出店者のプロフィールを置いていきますから、希望者を提出して下さいね。その間だけは、取り持ちますから」

「ああ。後は任せろ」

「何を任せるんですか」

 どっと笑う二人。

 するとドアが開き、バインダーを抱えた大山が入ってきた。


「済みません。インターフォンが動かなかったので」

「構うな、天満だ」 

「私は構います」

 またもや笑う二人の前に、大山がそのバインダーを差し出した。

「生徒から集めた出品リストです。回収には厚生、運営、学内活動、学外活動などの各委員会も動員します」

「分かった。って、こういうのは間に持って行けよ。それか、新妻に」

「今回のバザーの責任者は、天満さんですから」

「あ、そうなの」

 軽く頷き、屋神は出店リストをチェックし始めた。

 中におかしな物を見つけたらしく、一人で笑っている。


「塩田君、風邪引いたんだって」

「聞きました」

「お見舞いに行かないの」

 悲しげな、上目遣い。

 大山は視線を逸らし、その顎に手を当てた。

「嫌な思いをさせるだけですよ」

「最近二人がぎくしゃくしてるのは、私も知ってる。でも、友達じゃない。だったら……」

 不意に口を閉ざす天満。

「ごめん。私が言う事じゃなかったね。二人の問題だもんね」

「いえ。私が悪いんです。天満さんは、気にしないで下さい」

「うん……」

 かすれる声、下がる顔。

 天満は机の上に置かれたバインダーを抱え、ドアへと歩いていった。

「私は……。ううん、何でもない」

 ドアの向こうから振られる手。

 それはすぐに消え、室内に静寂が訪れる。

「まだ揉めてるのか、お前ら。ケンカする程仲がいいとは言うけどな」

「いいんですよ。塩田が怒るのも当然ですから」

「だけどお前の言った通りにしなかったら学内は相当に揉めた。正しいのはどちらかなんて、決められる事じゃない」

「そうなんですけどね。だから余計に、難しいんでしょう」

 他人事のような呟き。

 遠い視線。

 その心は、断片すら理解出来ない。


「確かにこれは、お前達の問題だ。でも、俺達の問題でもある」

「え?」

「仲間同士の揉め事って意味さ」

 苦笑する屋神。

 その太い指先が、机の上にあるフォトスタンドへと向けられる。

「だから杉下の事も、俺はそう思っている。仲間同士の揉め事だって」

「屋神さん」

「お前もたまには羽目外して遊べ。例えば、今度のバザーに彼女を誘うとか」

「いませんよ、そんな人」

「だったら、作れ。話は終わりだ。ほら、お前も戻れ」




 生徒会長執務室。

 書類の山を前に、頭を抱える間。

「まだあるの?」

「生徒会長ですからね。全ての決済は、あなたを通さないと」

「大山君。俺は、君程優秀じゃないんだよ」

「分かりましたから、どんどんお願いします」

 有無を言わさずペンを持たせる大山。

 間は短くため息を付き、筆記体でサインを書いていく。

「大分、慣れましたね」

「毎日こればっかりやってるんだ。後は各局の苦情を聞いて、仲裁をして。SDCや文化系クラブの文句を聞いて。一般生徒からの相談も聞いて。生徒会長って、何」

「我々の代表ですよ。それで間さんに、一つお願いがあるんですけど」

「今日は夜まで、予定が詰まってる。陳情は、もう受け付けない」

 そう言っている間にも、一般生徒からのメールが卓上端末に溜まっていく。

「陳情というか、個人的なお願いです。バザーに関して何ですが」

「売り子はやらないよ」

「生徒会長はそんな事しなくて結構です。そうではなく、あなたのコレクションを少し……」

 一心不乱にペンを走らせる間。

 それにかまわず、大山は話を続ける。

「プレミアの付いてる、変な古い人形を集めてましたよね。天満さんが、もう一つ目玉が欲しいと言いまして」

「屋神君と三島君の試合でも組めばいい。生徒会が胴元になれば、テラ銭だけで相当の儲けになる」

「面白そうですけど、そんな事は出来ません。事後承諾になりますが、寮に天満さんが行ってますから」

 端末を取り出し画面を見ていた間の顔が、一気に強ばる。

 セキュリティが解除されたとの表示はあるが、何か細工をされたらしく警察や学内の守衛に通報は入ってない。

「……鬼だね、君は」

「あなたの献身的な援助が、多くの人の助けになるんです。いい話じゃないですか」

「杉下に頼んで、同じ物を買って貰おうかな」

「横領ですよ、それは」

 笑いもせず指摘する大山。

 その怜悧な眼差しは、端末に見入っている間へと向けられる。


「大体、杉下さんからの連絡はあるんですか」

「週に1度は顔も合わせてる。生徒会長と、予算編成局長としてね」

「完全に学校側へ付いたのか、夏休みと同じで何かを企んでいるのか」

「詮索は君達に任せる。俺は、何があっても杉下を信じてるから」

 はっきりと言い切る間。

 大山の怜悧な視線など何の意味もなさない程の、気楽な口調。

 友を信じる気持ちと、その絶対的な信頼感。

 根拠も何もない。

 しかし、間の自信に揺らぎはない。

「親友だから、ですか」

「仲間だからだよ。杉下も、君も」

「私はただ、傍観しているだけですよ」

「それでもだ」

 くだけた、軽ささえ感じる笑顔。

 大山は口元で何かを呟き、上目遣いで彼を見つめた。

「この先、あなたはどうするつもりです」

「学校のために頑張るよ。みんなを巻き込んだ手前もあるし、最低限その責任は取る」

「責任」

「ああ。俺はみんな程の力はない。だけど、俺にも出来る事がある。それを頑張らせて貰うよ」

「そうですか……」

 いつになく頼りない表情。

 間は労りの言葉も励ます素振りも見せず、サインを書き始める。

「あなたという人間が、たまに分からなくなりますよ」

「君は頭がいいからね。勝手に考え過ぎてるだけさ。俺は本当に単純な、平凡な人間なんだよ」

「平凡、ですか」

「そんな普通の人間で作られてるのが、この世の中だよ。ただ一つ俺が君に勝っているのは、そういった事を少しは理解している点かな。平凡な人間としてね」

 屈託のない明るい笑い声。

 対照的に、視線を落とし目を閉じる大山。

「……とにかく、人形は頂いていきます」

「ケーキくらい、差し入れしてよ」

「分かりました。バザーの終了後にでも、持ってきます」

「期待してる。それじゃ、頑張って」

 気さくな朗らかな表情。

 そして大山は視線を伏せたまま、生徒会長室を後にした……。




「バザー?」

「ああ。清水さんも、何か出して」

「どうして私が」

「草薙高校の生徒として、そのくらいは当然だろ」

 いつもの高級マンション。

 こたつにはまっている林は、部屋の隅にある清水の大きなバッグを指さした。

「クラスの子がうるさくってさ。まさか、警棒やスタンガンを出す訳にも行かないし」

「私も、クラスでカンパを出した」

「物だよ、物。ほら、小泉君も頼んで」

 話を振られた小泉は、訳の分からない顔で頭を下げた。

「お、お願いします」

「どうして君まで頼む……。ナショナルホテルの、アメニティセットならあるけど」

「それ、そういうの。やっぱり持つべき者は友達だね」

「いいから」

 淡いピンクのケースを投げつける清水。

 林は人差し指と中指でそれを受け止め、手首を返してテーブルの上に置いた。

「これで俺も、売り子をやらなくて済む」

「そんなの、断ればいいでしょ」

「クラスの和が乱れるような真似は出来ないの。友達だからね」

「下らない」

「清水さんは、仲のいいクラスメートはいないんですか」 

 不安そうな眼差しを送る小泉。

 清水は軽く咳払いをして、赤らんだ顔を背けた。

「い、一応学校内に溶け込むよう言われているから、何人かはいる」

「そうですか。安心しました」

「私が、一人浮いた存在だとでも思っていたの?」

「ちょっとだけ」

 小泉は嬉しそうに頭を下げ、「そうか、よかった」と何度も繰り返している。


「ば、馬鹿馬鹿しい」

「呼び名なんて、気になるよね。なあ、小泉君」

「あ、そうですね」

 激しくお茶を蒸せ返す清水。

「ホァンちゃん?」

「あ?」

「だって、あきらだから。それとも、ホァンホァンだったりして」

「コウちゃんよっ。……そ、その、日本の音読みだと」

 一応は抵抗を試みている。

「そ、そうですか。でも晃って、いい名前ですよね」

 フォローしているのかしていないのか全く分からない小泉。

 ますます赤くなる清水の顔。

「確かに、ね。それにしても、バザーか。学外にも解放するとなると、揉める原因だな」

 そんな彼女を気遣ってか、さりげなく話題を変える林。

 小泉は知って知らずか、大きく頷いた。

「ガーディアンと格闘技系のクラブで、警備体制を取るそうです。一応僕も、責任者の一人ですけど」

「いくら人間を配置しても、パニックが起きればそれまでだ。連絡を密にとって、せいぜい気を付けるんだね」

「あ、はい。林さんは、その時何を」

「バザーを楽しませて貰うよ。心配しなくても、俺達が混乱の主になる事はない」

 冗談めいて小泉の肩を抱く林。

 しかし彼の表情は勝れない。

 今の忠告と、自分自身の抱いていた不安が重なったのだろう。


「それに、判断の分かれ目でもある」

「え?」

「混乱に乗じて誰がどう行動するか。すでに役者は揃っていて、後はシナリオがどう進むかだけさ。誰のシナリオかという疑問もあるがね」

「学校が傭兵を動かして、管理案を施行しやすいようにするという事じゃないんですか」

 訝しげな小泉に、林は薄く笑った。

「大局的に見ればそうだ。力関係を考えても、学校の方が強いのは誰の目にも明らかだから」

「でも屋神さん達は、それを阻止するために頑張ってます。それは無駄だっていうんですか」

「どうかな。シナリオは一つでも、演出次第でどうにでも変わる。その結末すら。そして、個々の人間には意志がある。俺の予想では、学校側が相当有利だけどね」

「だったら、僕はどうすれば……」

 そこで止まる小泉の言葉。

 その答えを誰が持っているのか。

 目の前にいる冷静で視野の広い男。

 熱い心を秘めた、凛々しい少女。

 そして。


「峰山君に相談するんだね。君が納得出来る話をしてくれるかはともかく」

「だけど」

「判断するのは、その後でも遅くない。それに彼は、君の一番の理解者なんだろ」

「え、ええ」

「なら、そうすればいい。俺に言えるのは、そのくらいだ」

 突き放すような口調を取る林。

 小泉の視線は、自然と清水へ向けられる。

「君の行く道だ。自分で決めろ」

「でも、僕は」

「迷うなら、行動しなければいい。全てが終わるまでじっとしていれば。それを責める資格のある者は、どこにもいない」

「僕には何かをする力もないし、期待もされてないっていう意味ですか」

 寂しげな小泉の顔を、清水は黙って受け止める。

 漂う沈黙。

 それでも二人は、言葉を発しない。

 重い時間が流れていく……。



 草薙高校男子寮。

 峰山の部屋を訪れた小泉は、林達との会話を彼に説明した。

「僕は、どうすればいいんですか。それと、峰山さんはどうするつもりですか」

「俺は自分のしたいようにする。お前も、そうすればいい」

 突きつけられる選択。

 選べない、選びきれない答え。

「そんなに僕は、頼りにならないんですか。付いてこいと言われる価値も無いんですか」

 切なく苦しげな表情。

 すがるような視線に、峰山は鼻を鳴らしてソファーに横たわった。

「峰山さんっ」

「怒鳴らなくても聞こえてる」

「僕は、僕は……」

 言葉にならない気持ち。

 伝えられない思い。

 そして、自分。

 力無き者が味わう必然。

 でも。

 だからこそ、力強き者がいる。


「小泉」

「はい……」

「最近、よく眠れるか」 

 唐突な質問。

 小泉は顔を伏せたまま頷いた。

「夜。俺の所にこなくなったな」

「そ、それは」

「責めてる訳じゃない。お前がそれでいいなら、俺が言う事は何もない」

「峰山さん」

 顔を上げる小泉。

 峰山はソファーに寝ころんだまま、ファッション雑誌を読んでいる。

「俺には俺の道がある。お前にもお前の道がある。だからどの道を行くのも、お前の自由だ。それを阻む権利も、巻き込む権利も俺にはない」

「え?」

「付いてこようと離れていこうと、好きにしろ」

「……は、はいっ」

 最高の笑みを添えて返される返事。

 峰山の顔には雑誌が掛かり、その表情は読みとれない。

「ぼ、僕は、何があっても付いていきます。絶対に」

「勝手にしろ」

「はい、勝手にします。風間さん達の分まで、頑張りますっ」

「馬鹿」

 はにかみ気味な呟きも、舞い上り気味な小泉には届かない。

「清水か。下らない忠告をする女だ」

「な、何か言いましたっ?」

「うるさいから、もう少し小さい声で喋れ」

「はいっ」

 小泉の絶叫に近い返事は、明け方まで続いた……。




 広い講堂内を埋め尽くす商品の数々。

 それはフリーマーケットに近い光景で、出店者はその陳列法やお釣りの用意に余念がない。

 校庭やグラウンドでは出店が並び、食べ物の屋台ではすでにいい香りが漂い始めている。

 ただ教棟内は出店者の準備用スペースとなっていて、立ち入り禁止の張り紙が張られている。

 学内のあちこちにあるインフォメーションと、ガイド役の生徒。

 そして目に付くのは、腰から警棒を下げた制服姿の者達。

 何も下げていない者もいるが、彼等の場合は拳がその武器となるだろう。

「正面から解放、放送お願いします。東西門も、どうぞ。北門は後5分待って下さい」

 インカムに手を当てて、静かな声で指示を出す天満。


 教棟内にある運営本部の一室。

 本部とはいえ教室のドアに張り紙がしてあるだけの、素っ気ない場所ではある。

「誘導は、右回りで。端末へ情報転送を開始。講堂でのコンサートは、予定通り13:00からで結構です。後は、各担当者の指示に従って下さい。今日一日、頑張りましょう」

「いいわよ」

 そっと彼女の肩に手を置く新妻。

 天満はインカムを外し、はにかみ気味に顔を上げた。

「私より、やっぱり先輩が」

「心配しなくても、交代はするから。ただ、今回の責任者はあなた。それは、覚えておいて」

「は、はいっ」

 姿勢を正し大きな声で返事をする天満に、周りから驚きの視線が集まる。

「わ、私の事はいいから、みんな仕事仕事。特に警備担当者とは、まめに連絡とってね」

「了解。と言ってる間に、ケンカ発生。ガーディアンが向かってるわ」

「空いた場所へは、すぐに補充を入れて」 

 すかさず指示を出す新妻。

 緩みかけていた空気が、一瞬にして引き締まる。

「さすが、先輩」

「感心しなくていいから、あなたも少し見回って来なさい」

「あ、はい。先輩は、どうするんです」

「いいから。それと、護衛も一応付けないと」



 楽しげな女子高生の集団を避け、出店を冷やかしていく天満。

「はは、これ面白い」

 スプリングに、猫の小さな首だけが付いた置物。

 かなり気味の悪い商品だが、彼女にとっては違うようだ。  

「買おう、買ってしまおう」

 すでに両手には袋が一杯で、背中のリュックも相当膨れている。

 営利目的の出店ではないため金額は安いのだが、量にもよる。

「そんなの、どうするつもりですか?」

「さあ、どうするんだろう」

「あの、もう少し考えて行動したら」

「考えないから面白いんじゃない。ねえ、伊達君」

 無言で大山を見つめる伊達。 

「私が、何か」

「彼女が言う事も一理ある」

「たまに口を開いたと思ったら、そう来ますか」

「はは、これも面白い」

 視線を交わし合っている二人を放っておいて、天満は液体となっているチョコの袋を手に取った。

「んー、またバザーに貢献してしまった」

「好きにして下さい」

「うん、好きにする」

 その怪しげな袋は、大山と伊達へ差し出される。

「はい。護衛の報酬」

「気持ちだけで結構ですから、全部伊達君へ」

「いや。お前の方が仕事で疲れてるだろう。だから、全部大山へ」

「二人とも、照れなくていいから」

 朗らかな笑みと共に無理矢理手渡す天満。

 彼等は「本心からだ」と言いたげな顔で、袋に付いているチューブからチョコをすすった。

「どう?」

「なんと言いますか、常識を越えた食べ物ですね」

「今まで全国を渡り歩いてきたが、未体験の味だ」

「ふーん、要はまずいんだ。よかった、食べなくて」

 満足げな表情を浮かべ歩いていく少女。

 残された二人の男の子は怪しげな袋を手にしたまま、しばしその背中を見つめていた……。




 一般教棟J棟。

 警備関係者用に割り振られた一角。

 各種通信機と、監視カメラやガーディアンの移動カメラから送られる映像。

 全体を統括する運営企画局とも連絡を取り合い、ガーディアンの配置や展開を調整している。

 モニターをチェックする者、インカムで連絡を取る者、学内の地図をモニターに移しガーディアンの配置を確認する者。

 各オペレーターがてきぱきと仕事を進める広い一室。

 その奥には「自警局長室(臨時)」と、手書きの張り紙が張ってある。


「何で、お前と一緒に」

「嫌なら、出て行け」

「ああ、言われなくても」

「や、屋神さん」 

 困惑気味な小泉の言葉に、端末で指示を送っていた屋神が席を立った。

 急ごしらえの「自警局長室」なので、机も彼の体に合わないような小さな物である。

「峰山、塩田。いいから、揉めるな」

「俺は現場にいた方が気楽なんだ。それに、こいつと一緒にいるなんて」

「そんなに屋神さんを取られたのが気に入らないのか」

「な、なにっ」

 机を隔てて睨み合う両者。

 その中間に座っている小泉は、いたたまれない顔で屋神へ救いの視線を向けた。


「塩田よ。お前どうして、そこまでこいつを嫌う。確かに愛想は悪いけど、何かされた訳でもないだろ」

「規則、規則、規則。こいつはそればっかりだ。少しの規則違反でも処罰して。誰も好きで違反してる訳じゃない。知らずにとか、どうしようもなくって時もあるんだ」

「だったら、切り裂かれた後にでもそう言うんだな」

 鼻で笑う峰山。

 塩田は舌を鳴らし、そのままドアへと向かう。

「おい、待てよ」

「待たない。それに俺は指揮を執るより、現場の方が合ってる」

 荒々しい音と共に閉まるドア。

 屋神はため息を付き、小さな背もたれへ体を預けた。

「大変ですね」

「うるさい、お前が言うな」

「失礼しました」

「あー。どうして俺が、こんな事やってんだ」

 画面を消そうとするが、ハード的にリセットが出来ないシステムになっているようだ。

「なんだ、これはっ。俺も外行くぞ。後は、お前らでやれ」

「本当に、いいんですか」 

 探るような上目遣い。

 屋神はニヒルに微笑み、彼を指さした。

「何か企みたいなら、好きにしろ。お前に出来るのならな」

「信用してるんですか、俺を」

「そんな所だ。と、保険を掛けておく」

 そして屋神も巨体を俊敏に動かし、部屋を後にした。

「相変わらず、そつがない」 

 薄く笑い、インカムを付ける峰山。

 彼の出す指示はどれも的確で、その口調にも淀みはない。

 その傍らでは小泉がそれ以外の状況を、随時指示している。

 本人の自覚はともかく、事務的な仕事ではかなり優秀なようだ。



「僕達こそ、何してるんでしょうね」

 一段落したところで、女の子が運んできたコーヒーを口にする小泉。

 峰山はインカムを外し、モニターを見たままマグカップを手に取る。

「仕事を押しつけられたともいうし、特等席とも言える」

「やっぱり、何か起きるんですか?」

「狙うには悪くない条件だ。大勢の人間、学外からの流入、チェック体勢の甘さ。後はパニックに持っていき、それを名目に現生徒会執行部の退陣。同時に管理案の施行だ」

「そんなに、上手くいきます?」

「だから学校は、傭兵を雇った。金と力があれば、大抵の事は出来る」

 インカムではなく、キーで指示を出す峰山。

 複数あるモニターは分割され、学内全体の大まかな動きが把握出来る状態になった。

「誰が、何をやるんです」

「屋神さん達は学校を守るために、学校はその権力を取り戻すために。そして俺は、ここでそれを見物だ。お前はどうする」

「ここにいます。今は……」

 小声になっていくその声。

 峰山はモニターから目を離さない。

「そろそろ、傭兵でも凄腕の連中が出てくるだろう。いや。前に一度来たが、塩田にやられたらしい。それも、相当派手に」

「無茶苦茶な人ですね」

「馬鹿なだけだ」

 一言で切って捨てられる塩田。 

 彼の姿も、モニターの片隅には映っている。

「怪我をする人も、出るんでしょうね」

「その数が減るようガーディアンを動かすくらいは、俺もする。ただそれは、大局的に見れば大した事ではない」

「分かりますけど、僕は」

「割り切る必要はない。お前は、その視点を忘れるな」

 口元でささやかれる言葉。

 顔を伏せている小泉に、それは届いたかどうか。

 モニターに映る人達は彼等の会話に気付く術もなく、一様に楽しげな表情を浮かべていた。    



 







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