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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第2話
9/596

2-1






     2-1




 気がつけば、目の前に人が倒れている。

「こ、この野郎っ」

 目を三角にして怒っている人が、その側にいる。

 私と言えば、きょとんとして彼等を見つめている。

「きゅ、急に前に出てくるから」

 振り上げた足を戻しながらでは、我ながら説得力が無い気もするが……。


 話しは少しさかのぼる。

 私達はガーディアンとしての義務である定時パトロールを、4人全員でやっていた。

 普段なら二人くらいでやる仕事。

 ただ今日は生徒会ガーディアンズの丹下沙紀たんげ さきちゃんが遊びに来ていて、だったらみんなで行こうという話になったのだ。

 沙紀ちゃんとは例の一件以来仲良くなって、今ではよくお互いのオフィスを行き来している。

 彼女は私達を倒せなかった責任をとらされ、自警局長直属班の隊長を解任。

 私達のいる、I棟Dブロックの隊長に降格となった。

 というのは表向きの理由。

 前回の一件で私達に脅威を感じた生徒会が、仲の良くなった沙紀ちゃんを調整役にと考えたらしい。

 ただこれは、全部サトミの受け売り。

 ちなみに前いたDブロックの隊長は、本当に降格させられたという話だ。

 かわいそうというか、自業自得というか。

 私には何一つ関係ないし、それはみんなも同じ考えだ。 


 私達はたわいもない話をしながら、自分達の管轄であるD-3ブロックのパトロールをしていた。

 私も沙紀ちゃんも学校内の治安を守るガーディアンであるのだけど、肩の辺りに付けているガーディアンとしてのIDは少し違う。

 私達のIDは、GU(Guardian Union:ガーディアン連合)というロゴ入り。

 沙紀ちゃんのはSG(Student Council Guardians :生徒会ガーディアンズ)である。

 これはガーディアンとしての資格を示す大事な物で、その管理は非常に厳重。

 また偽ガーディアンなんて連中が出現しないよう、偽造対策も施されている。

 服に付けっぱなしで洗濯するなんて、もっての他なのだ。


 D-3ブロックの端っこまで行ったのでオフィスに引き返していくと、教室のドアから数人の生徒が飛び出てきた。

 全員、手には武器を持っている。

 しかも、その中の一人が私に飛びかかってきた。

 そうなれば、自然と足が伸びる。

 何もしないままでは、こっちが危ないからね。


「……いきなり蹴るか?」

 倒れている奴を指差して、深いため息を付くショウ。

「ち、違うって。いきなり襲いかかってきたから。見てなかったの?」

 全員同時に頷いた。

 嘘を付くな。

 怒鳴りつけたくなるのを堪え、足を踏みならしてせめてもの抗議をする。

 私、雪野優ゆきの ゆう

 体は小さいし胸も無いけれど、格闘技の腕ならそれなりの自信がある。

 あと顔は丸いんじゃなくて、少し茶色掛かったショートカットのせいでそう見えるだけだ。

 ちょっと下り気味の瞳だけど、可愛いって言ってくれる人も本当にいるんだって。

 確かに、自分でも子供みたいだなと思う時はあるけどさ……。

 などと多少内省的だけど、立ち直るのも早い。

 それが私の良い所。

 悪い所という人もいるが、そんなのは気にしない。

「それにしても、あなた達物騒ね」

 沙紀ちゃんの、少しハスキーな声が彼等に向けられる。

 私より二まわりは大きい体格と、それにふさわしいナイスなボディ。

 ハイネックシャツの胸元のファスナーを少し開けてるのは、胸が苦しいからじゃないかと勘ぐりたくなるくらい。

 そして引き締まった、凛々しい顔立ち。

 後ろに下がるポニーテールが、その雰囲気を際だたせる。

 女の私から見ても、相当に格好良い。

 さらに彼女は1年生にして、大勢の部下を抱えるDブロック隊長。

 天はどうやら、二物も三物も与えるらしい。

「お、お前らエアリアルガーディアンズだろっ」

「そのようね」

 沙紀ちゃんが、私を見てくすっと笑う。

 少なくとも彼女は違うので。

「怨みはないが、覚悟してもらうぜ」

 この手の連中は、いつまで経ってもいなくならない。

 名前を上げたいのなら、校門で名刺を配るかビラでもまいてればいいんだ。

「言ってて恥ずかしくないか」

 ショウこと、玲阿四葉れいあ しようその人が前に出た。

 彼は、前大戦におけるターニングポイント・北陸防衛戦の英雄を父に持つ。

 ちなみに母方の祖母がイタリア系のクォーター。

 その血のためか、見た目はとにかく格好良い。

 精悍で彫りの深い顔立ちに長い髪、見上げる程の身長に均整の取れたスタイル。

 二重の大きな瞳が印象的だ。

 綿のジャケットを脱ぎかける姿なんかは、映画のワンシーンみたい。

 ただ服脱いだだけなんだけどね。

 通りすぎの女の子が、よくポワーッとしてるのも頷ける。

 しかも、いいのは顔だけじゃない。

 格闘技でショウと互角にやり合える人は、この学校に5人といないだろう。

 それが目の前の5人でないのは確かだ。

 あ、私が一人のしちゃったから4人か。

「記録録るから、少し待ってて」

 胸元に取り付けられた、小型カメラの位置を直すサトミ。

 相手は武器を身構えているというのに、全く気にする様子がない。

 中等部の3年間、学内学年トップの頭脳を持つ美少女、遠野聡美とおの さとみ

 女性らしい、程良い丸みを帯びた絶妙のスタイル。

 常にクールさを崩さない、モデル顔負けの端正な面差し。

 髪は艶やかな黒髪で、腰の辺りまで伸びている。

 切れ長の瞳はまるで、人の心を映すかのように澄み切っている。

 だけどその心の奥は、いつも激しく燃えている。

 見た目にだまされちゃいけないよ、男の子。

 本当に私と同じ人間かと思っちゃう時が、よくある。

 たまに、ではない。

 今でも私と同じ制服を着ているんだけど、彼女のだけブランド物に見えてくるくらい。

 この人の場合も、天は二物も三物も与えたようだ。

 一つくらい、私にも分けて欲しい。


「玲阿君が出るまでもないわ。ここは私に任せて」

 ショウを笑顔で制して、沙紀ちゃんが前に出る。

「女だからって容赦しないぜ」

 武装グループの一人がにやりと笑う。

 しかし、相手の力量も分からないようじゃどうしようもないね。

「だったら私も、生徒会ガーディアンズの誇りにかけて……」

 腰を下ろして半身に構える沙紀ちゃん。

 右手が胸元に位置した途端、彼女は戦士に変わる。

 全身から溢れる闘気が、形となって目に見えるかのようだ。

 正直いって、二度とは戦いたくない相手である。

「構えだけは一人前だな」

 だがそれを見て、平気であざ笑う武装グループ。

 その程度の目しか無くて、よく私達に突っかかってきたものだ。

 ただ度胸はすごい。

 度胸だけね。

「浦田、お願い」

「ああ」

 壁にもたれて様子を窺っていたケイが、静かに近づいてくる。

「はっ、こんな貧弱な奴が手助けか。エアリアルガーディアンズも大した事無いな」

「兄ちゃん、膝が震えてんじゃないか」

「そ、そんな事ないよっ」

 声を裏返すケイ。

 当然、武装グループから失笑が漏れる。

 浦田珪うらた けい

 どこにでもいそうな、限りなく地味な見た目。

 今日も変わらない、パーカーに紺のGパン。

 でもある一面においては、サトミすら凌ぐ冴えを見せる男の子。

 彼等の目が、そんなケイに向く。

 いかにも勇ましい沙紀ちゃんよりは組みやすしと判断したのだろう。

 早速、彼の術中にはまってる。

「行けっ」

 武装グループのリーダーが声を上げる。

 結果が分かっている私達は、のんきに見学だ。


 警棒を持った二人が、ケイに迫る。

 背中を見せ逃げるケイ。

 相手はさらに踏み込んでくる。

 だがそこは、沙紀ちゃんの射程圏内。

 槍を思わせる鋭い正拳が、彼等の鳩尾に食い込む。

 あっというまに崩れ去る二人。

 残った二人の顔が真っ青になる。

 予想だにしなかった突然の出来事に、呆気に取られている様子だ。

 早さはまだしも、あの重さはガードすら無意味だろう。

「ヒュアーッ」

 意味不明の絶叫を上げて突っ込んでくる、残りの二人。

 スチールスティックを振りかぶり、彼女の頭と喉を狙う。

 するとケイは沙紀ちゃんと彼等の間に割って入り、素早く腰を屈めた。

 そして手を伸ばし、下から手首を叩いてスチールスティックを叩き落とす。

 その頭上を、沙紀ちゃんの左足が過ぎていく。

 左廻し蹴りをしたたか喰らった二人は、これまたあっけなく倒れてしまった。 

 ケイは立ち上がって、倒れている連中に冷たい視線を送っている。

「さすがね」

 沙紀ちゃんは満足げな笑みを浮かべ、そんなケイの肩に触れた。

 彼も珍しく表情を和らげ、彼女に怪我がないか聞いている。

「何も言ってないのに、私が動いて欲しい通りにやってくれるんだもの」

「たまたまさ。弱いから逃げただけで」

「そんなの、誰も信用しないわよ」

「どうも、いい印象もたれてないな」

 声を揃えて笑う二人。

 先程から親密な雰囲気にある彼等だけど、お互い相手が異性だとは特に気にしていない様子だ。

「何か面白いね」

「よろしいんじゃないですか」

「そうそう」

 笑っている私達の所へ、その二人が戻ってくる。

「じゃ、そろそろ戻ろうか」

 私の言葉に、全員が笑顔で頷く。

 うめき声がどこかから聞こえてくるが、私達は気にもせずわいわい騒ぎながらその場を去っていった。

 襲ってきた相手を気遣う程、人間は出来てないので。



 それから数日後。

 オフィスには、私とショウの二人だけ。

 ショウは気を養うとかいって、壁際で変な構えをしている。

 彼の実家である玲阿流のやり方らしくて、確かに気分は落ち着く。

 あまり人前では、したくない格好ではあるけど。

「こんにちは……」

「開いてるよ」

 ノックされたドアが開き、沙紀ちゃんが入ってきた。

「よう」

 そのショウが手を挙げて挨拶する。

 私は振り向いたところでゲームオーバー。

 物悲しい音楽がテレビから流れてくる。

「あ。ごめん、優ちゃん」

「いいって。私はケイ程、ゲームにはまってないから」

 明るく笑って見せたんだけど、どうも反応が弱い。

 私が小首を傾げると、彼女は気まずそうな顔でこちらを見つめてきた。 

「あ、あのね」

「何?」

「あの、あ、あの私見ちゃったの。浦田と遠野ちゃんが楽しそうに歩いているところを。そ、それも……、手をつないで」

 大きな目を、さらに見開くショウ。

 さして大きくない私は、代わりに口を開ける。

「浦田は優しそうな目で遠野ちゃんを見てたし、遠野ちゃんも安心しきった顔してたわ」

 困惑した顔付きで話す沙紀ちゃん。

 だが私とショウは、即座に笑顔へと変わった。

「そのケイは、どんな服着てた」

「え?オレンジっぽいシャツに、茶系のスラックスかな」

 はっきりと頷き合う私達。

 推測だった考えを、確信に変えて。

「それはケイじゃないよ。あの子、そんな明るい服着ないもの。それにジーンズ以外なんて、滅多にはかないし」

「雰囲気も違っただろ。こう何か、明るい感じがしなかったか」

「そういえば」

 考え込む沙紀ちゃんだが、その顔にはまだ疑念の色が残っている。


 その時、ドアが突然開けられる。

「こんにちは」

 そのケイが、明るい調子で入ってきた。

 または、脳天気とも言える勢いで。

 沙紀ちゃんは一瞬たじろいで、すぐに訝しげな顔付きになる。

「つまり、こいつがその偽物」

「それを言うなら、珪の方が偽物だよ。僕が兄貴なんだから」

「え、ええ?」

 口許を抑え、驚く沙紀ちゃん。

 ケイと同じ顔をした男の子は丁寧に頭を下げ、人のいい笑顔を浮かべた。

「あ、僕、珪の兄で浦田光うらた ひかるといいます。珪とは双子で、顔が似てるんですよ」

「は、初めまして。私、丹下沙紀です」

 深々と頭を下げ合う両者。

 そこまでかしこまらなくてもいいと思うが、良しとしよう。

「遠くで見ると間違えるけど、近くだとすぐ分かる。見た目は一緒でも、雰囲気が全然違うからな」

 確かにヒカルは穏やかな雰囲気で、近くにいるだけでほっと安らいだ気持になる。

 ケイが側にいたら、ジメッとするもんね。

「でも双子なら、同級生じゃないの」

「このお方は俺達とは出来が違いましてね。今や大学院生なんだよ」

「僕の話はいいよ」

 かなり恥ずかしがるヒカルだが、私はかまわず話を続けた。

「それに、私達エアリアルガーディアンズの初代リーダーでもあった人なの。つまり先代」

「……ああ。だからあなた達をデータベースで検索すると、メンバーの人数が違うのね」

「その通り。こいつは愛しいサトミをおいて、飛び級で一人大学に行ったけどな。サトミは高校に行きたいからって、飛び級を断ったんだ。それが普通さ」

「僕はどうしても、勉強がしたくって……」

「はいはい。あなたが勉強好きなのは知ってるから。でもねえ」

 そこに、コンビニの袋を下げたサトミが戻ってきた。

 ごたつき気味な雰囲気を察したらしく、端正な顔が微かに曇る。

「どうしたの?」

「いや、こいつが恋人に冷たいって話」

「何よ、それ」

 その恋人であるサトミが、ヒカルを睨み……付けない。

 二人は意味ありげに見つめ合って、急に笑い出した。

 もう、見てられないな。

 私達の視線を悟ったのか、軽く咳払いしてヒカルが口を開いた。

「それより、珪は?」

「マンガ買いに、わざわざ名駅まで。あなたお兄さんなんだから、少し注意してよ」

「そんな簡単に、僕の言う事聞くと思う?」

「無理だな。あいつは一生あのままだ」

 少なくとも褒めてはいない、ショウのコメント。

 サトミはともかくまだ付き合いの浅い沙紀ちゃんでさえ、納得という感じで頷いている。

 私も勿論頷いて、厄介な弟を持ったお兄さんに話を振った。

「何か用事でもあったの」

「うん、塩田さんに呼び出されたんだ。一応は高校にも籍があるんだから、たまには顔を出せって」

「塩田さんって、確か」

 思案の表情を見せる沙紀ちゃん。

「ほら、私達が所属してるガーディアン連合の代表」

 塩田さんとは中等部入学当初からの知り合いで、私がガーディアンを志すきっかけとなった人でもある。

 またこの人のお陰で、絶えず問題を起こす私達は様々な処分を免れている。

「クビ切られた人だよ。目つきが悪くて、ちょっと背の高い男」

「……クビになって悪かったな。大体もう復帰したぞ」

「おおっ?」

 背後を取られ慌てるショウ。

 そこには塩田さんが。

 ただ突っ立ているだけにも見えるが、ショウの背後をたやすく取れる人はこの学校にそうはいない。

 大体ドアが開いた音もしなかったし、気配すら感じなかった。

 格闘技の腕においてはショウの方が上だけど、この手の隠業を使わせたら今の通りだ。

 塩田さんはショウの頭を軽くはたき、私達を見渡した。

「今日は大勢いるな。えーっと、君は確か」

「先日I棟Dブロックの担当責任者に配属されました、丹下沙紀と申します」

 礼儀正しく会釈する沙紀ちゃん。

 塩田さんは大きく頷いて、再び室内を見渡す。

「一人いない気もするが、よく似たのがいるからいいか」

「いっそあいつを大学院に送り込んで、お前は高校に来るか?」

「悪くないよ、それ」

 笑うショウとヒカル。

 またそうしても、誰も気付かないだろう。

 見た目もそうだし、ケイも理系以外ならヒカルと同レベルだから。

「よし、飯食いに行くぞ」

「塩田さんのおごりですか?」

「当然だよ」

 真っ直ぐ彼を指差す、ショウとヒカル。

「年長者ですから」

「ご馳走様です」

 頭を下げるサトミと私。

「ったく。分かったよ」

 まさに割れんばかりの拍手する一同。

 塩田さんも、ヒカルを呼んだ時点でそのつもりだろうしね。

 それにガーディアン連合の代表の報酬があるし、他にも色々な学内の役職を兼務しているから結構お金持ちなのである。

 勿論使途は明らかにする必要があるけど、後輩との食事は交際費として認められている。

 と言いたいところだけど、塩田さんは偉い分他にも色々出費が必要で、私達におごるのも結構大変なのだ。


「じゃ、私は帰るから」 

 すると沙紀ちゃんがドアに向かいかけた。

「え、一緒に行こうよ。ねえ、塩田さん」

「ああ」

「でも、せっかくみんなが集まってるところに部外者の私が混ざっても」

 なおも帰ろうとするのを見て、塩田さんが軽く手招きをする。

「俺達に気を遣うな。君も、俺にとっては後輩の一人なんだから」

 大きく包み込むような、優しい笑顔。

 沙紀ちゃんもそれには何か感じるものがあったらしく、はにかみ気味に頷いた。

「でしたら、私もごちそうになります」

「そうそう。破産するくらい食べちゃおうよ」

「馬鹿言わないの」

 笑う一同。

 ただ、沙紀ちゃんだけはちょっと表情が勝れない。

「浦田はどうします?端末に連絡するか、メモでも残しましょうか」

「大丈夫だ。あいつは鋭いから、すぐに来る」

「さ、行こ行こ」

 私達は何一つ気にせず、オフィスを出ていった。

 なおも困惑気味な彼女を伴って。


 行き着いた先は、学校近くのこじんまりとしたレストラン。

 値段の割には量を出すという、学内でも評判のお店である。

 今日は飲み放題食べ放題の、リーズナブルコース。

 高い物は頼めないけど、出てくる料理の味はどれも値段以上の価値がある。

 そしてテーブルには、各々が注文した料理が所狭しと並べられている。

 いい眺めだ。

 こうしているだけで、満足するくらいに。

 取りあえず、ビデオに撮ろう……。

「こんなに食えるのか?」

「大丈夫だって。それに食べられなかったら、持って帰れば」 

 所帯じみた発言したら、みんなに笑われた。

 いいじゃない。

 お店でくれるランチボックスに入る量なら、持ち帰っていいんだから。

 食欲はともかく、食べられる量は体の大きさに正比例する。

「でも、みんなと食事なんて久しぶりだな」

 感慨深げな表情のヒカル。

 きっと私達も同じ顔をしているのだろう。

「話は後だ。グラス持てー」

 間抜けな声を出す塩田さん。

 それを合図に、全員がグラスを持つ。

 ヒカルはケイと違い、アルコールがOKである。

 一卵性だと思うから遺伝子は同じはずなのに、少しおかしい。

「今日は浦田兄と再会した事と……」

「人をのけ者にしてお祝いですか」

 隠滅とした声が突如聞こえてくる。

 明るく微笑んでいるお兄さんと同じ顔。

 しかしすぐに違うと分かる、独特の陰を持つ雰囲気。

「遅かったな。済みません、椅子一つ追加。あと、ビールも」

 気にせず笑う塩田さん。

 ケイは肩をすくめ、こっちにやってきた。

「これでも、早く来たつもりですよ」

「場所がよく分かったね」

 弟に向かって、笑い掛けるヒカル。

 ケイは一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐに元の無表情に戻った。

「光が来て、塩田さんも顔を出す。そうするとみんなでどこかに食べに行く。俺に連絡しないって事は、俺が知っている場所。それも、これだけの人数が食べられる所」

 淡々と話し始めるケイ。

「バイクや車は寮にあったから、酒を飲むだろう。近場で酒が出る店はいくつかあるけど、光の好きな酒が飲み放題であるのはここだけ。しかも塩田さんの交際費として落とせる範囲の金額の店でもある」

「お見事。ほら、おまえも座れ」

「はいはい」

 パーカーを脱ぎ、ウエイターさんが置いていった椅子の所へ向かうケイ。

 そこは沙紀ちゃんの隣。

 彼女が、椅子をそこへ持ってくるよう頼んだのだ。

「今度こそ本当に。かつてのメンバーと再会した事に、そして……。ま、これはいいか。とにかく、乾杯っ」

「乾杯っ」

 グラスをあげ、一気にあおる一同。

 後はもう、楽しむだけだ。


 談笑をかわしながら、食事とお酒は進んでいく。

 私はめぼしい物を確保して、早々と用意したランチボックスに詰めていく……。

「ヒカル君を見て、驚いたわ」

「見た目は僕達、似てるから」

「私も、最初は驚いたわよ」

 ケイとヒカルを見比べる、サトミと沙紀ちゃん。 

 確かに改めて見ていると、作りは殆ど変わらない。

 いくら雰囲気が違うにしろ、少し不思議な気になるくらい。

「玲阿は姉さんがいたんだっけか?」

「ええ」

 塩田さんに聞かれ頷くショウ。

 その間も、食べている。

 何せ体が大きいから、どれだけでも入る。

 どこかに穴が開いてるんだと、思いたくなるくらい。

「私は一人っ子だけど、サトミはお兄さんがいて……。沙紀ちゃんは?」

「弟と妹が一人ずつ」

 たわいもない話で盛り上がる一行。

 ケイはその間にも、お皿を片づけたり空になったの瓶を一ヶ所に固めたりしている。

「浦田がいると楽でいいな。本当は俺の隣にいるともっといいんだが。すぐに酌してくれるから」

「俺はホストじゃないです」

 苦笑するケイ。

 そう言いつつ、沙紀ちゃんのグラスにビールを注いでいる。

「浦田は渡しませんからね」

 多少アルコールが回ってきたのか、上機嫌で彼の肩を抱く沙紀ちゃん。

「いるか、そんな偏屈君。何なら持って帰ってくれ」

「先輩がそんな事言って」

 塩田さんをわざとらしく睨み付けるケイ。

 隣では沙紀ちゃんも睨んでいる。

「悪い、失言だった」

 塩田さんも大げさに頭を下げる。

「さー、飲もう」

 そう言って、ワインのボトルを手に取った。

 ケイのグラスにそれが傾けられ、1/3程が満たされる。

「だから俺は飲めないって」

「このくらい平気だ。フランスじゃ、ワインは水代わりって言うだろ」

「ここは、日本です」

 露骨に顔をしかめ半透明の液体を睨むケイ。

 これを全部飲んだら、この人ぶっ倒れるだろうな。

「では、私が代わりに……」

 横から手を伸ばし、こくっこくっと飲んでいく沙紀ちゃん。

 飲み終えた彼女は頬をわずかに赤らめ、口許にそっと手を添えた。

 何というか、様になってる。

 色っぽいとも言う。

「あ、ありがとう」

 何故か礼を言う、珍しく照れくさそうなケイ。

 沙紀ちゃんは何も言わず、潤んだ瞳でケイを見つめた。

「いいな。まだ行けるか」

「いえ、これでも無理してますから……」

 今度は、沙紀ちゃんが恥ずかしそうにする。

 確かにすでに、ほろ酔い加減のよう。

 でも、それがまたそそるのよ。

「塩田さん。俺達にも注いで下さい」

「ああ。でも、おまえらは酔わないから、飲ませても面白みがないんだよな」

「じゃ、私に」

 そう言って、グラスをすっと差し出す私。

「よしよし」

 小気味いい音と共に、白ワインが注がれていく。

 どちらかといえば赤の方が好きだけど、たまには白も悪くない。

 この辛さがいいね。

「あなた達、肝臓がもうフォアグラになってるんじゃないの?」

 苦笑して、飲んだくれているショウとヒカルを指差すサトミ。

「私、食べてるんだけど……」

 フォークに刺さったフォアグラをサトミに突きつける。

「食欲が無くなったなら、もらうわよ」

 小さな口を開けてかじられそうになったので、慌てて手を引いた。

 人が少しずつ、惜しんで食べてたんだから。

「だ、駄目だって。これは私が食べるんだから」

 うん、この味。

 誰が考えたか知らないけど、昔の人は偉い。

「おいしいの?」

 沙紀ちゃんは、顔をしかめて私の口をじっと見ている。

「勿論、でなきゃ食べないって。でも、高級品ならもっとおいしいかな。何なら頼んでみる?」

「や、やめろって。俺もう金持ってないんだぞ」

 思わず叫ぶ塩田さん。

 それが真に迫っていたので、つい笑ってしまった。

 勿論みんなも笑っている。塩田さんもそれにつられて苦笑している。

 みんなの温かさが伝わってくるような、優しい笑い。

 こんな雰囲気が、私は好きだ……。



 その翌日。

 授業が終わった私達は、連れだってだらだらとオフィスを目指していた。

「最近、暖かい」

「もう初夏だもの。半袖でもいい位よ」

 サトミはシャツの袖をまくり、その白い肌をそっと撫でた。

「海でも行きたいな、こういい陽気だと。そう思わない?」

「悪くないけれど、週末は中等部のガーディアンの指導が入っているわよ。塩田さんが、絶対来いって吠えてたじゃない」

「……そうだね、行かなきゃね」

 潮騒が、カモメの鳴き声が遠ざかっていく。

 白い水飛沫も、潮の香りも、何もかも。

 青春って、一体なんだろう。

 若さってなんだろう。今を生きるって何だろう。

 ねえ、誰か教えて。

「……教えてよ」

「あ、何を」

 私の言葉に反応して、ショウが振り向く。

「な、何でもない。週末の天気はどうかなと思って」

「晴れだ、晴れ。暖かいどころか、暑いくらいだってさ」

「ふーん、どうでもいい」

「人に聞いておいて、それか」

 苦笑して何か言おうとしたショウだが、その視線が脇へずれていく。

「……どう思う」

 彼が指を差した階段の下辺り、薄暗くて周りからは死角となっている。 

 そう言われれば、人の声が聞こえてくるような。

「なんか気になる」

 すたすたと歩いていくショウ。

 私とサトミも、後に続く。

 ただケイだけは、足取りを変えずゆっくりと付いてくる。

 協調性に欠けている訳ではなく、罠の可能性を考えて一人離れているのだ。

 と思いたい。


「冷たいんだよ、このパン」

「誰が、こんなの買ってこいって言った?」

「そ、それ」

「言い訳すんなって」

 言葉が遮られ、鈍い音が聞こえてくる。

「何やってるのよ」

 いきなり飛び込んできた私達を、呆然と見つめる男の子達。

 そんな彼らに囲まれる形で、一人の男の子がうずくまっている。

「だ、誰だ、お前ら」 

 体格だけはショウに引けを取らない男の子が、おどおどと口を開く。

 しかし口調同様、態度もかなり引け気味だ。

「ガーディアンよ」

 肩口の辺りに付けられたIDを示すと、男の子達は一斉に顔を引きつらせて及び腰となった。

「こ、これは、そ、その。あの。ちょっとした冗談で」

「そ、そう。遊んでたんだよ、俺達。な、そうだよな」

 うずくまっている男の子に強要する彼ら。

 男の子は、あきらめきった表情で小さく頷いた。

「そ、そういう事だから。俺達はそろそろ」

「言い訳はないんだろ」

 逃げようとする男の子達の前に立ちはだかるショウ。

 軽く振ったショウの拳が、男の子達の鼻先を過ぎていく。 

 その拳圧に思わず後ずさる彼ら。

 そして、今にも泣き出しそうな顔でショウを見上げている。

「本来なら自警局に通告するところだけど、あなたはどうなの」

 被害者の男の子に話を振ったのだが、男の子は弱々しく首を振りそれを拒否した。

 今言ったように現行犯の場合は目撃者の私達に通告義務があるのだけど、いちいちそんな事してたらこの仕事は成り立たない。

「念のため、IDはチェックさせてもらうわ。はい、端から」

 手際よく彼らのIDを記録用の端末に通していくサトミ。

 実際は再生モードなので記録はしていないのだが、それに気づかない彼らにとってはそれなりの抑止力となる。

「行けよ」

 顎をしゃくるショウに激しく頷き、ばたばたと逃げ去っていく彼ら。

 本当に下らないけれど、この手の事件は無くならない。


 私はため息を付き、うずくまっている男の子のそばにしゃがみ込んだ。

「あなたもやり返せばいいのよ。でないと、いつまで経っても今のままよ」

 あまりいい意見とはいえないけれど、やられっぱなしよりは余程ましだ。

「いいんだよ。俺がどうやっても勝てる相手じゃないし、もうどうだって」

 投げやりな言葉を吐いて、膝を抱える男の子。

 諦めと絶望の表情で。

「どうだっていいって事はないだろ。自分の事なんだぞ」

 ショウが彼の肩を揺するが、男の子はやる気のない顔でいい加減に頷くだけだ。

 それとも揺すらせる振動で、首が振れているだけかもしれない。

「だからいいんだって。俺なんか、どうなったって。そう、いっそ死んだって」

 自殺志願?

 いくらなんでも、発想が短絡的過ぎる。

 今はこの人が興奮してるから、口には出さないけれど。

「死ねばもう悩まなくて済むし、苦しい思いをしなくて済む。そう、死ねばいいんだ」

 男の子は何かにとりつかれたような顔で、「死ねば、死ねば……」と繰り返してる。

 こういう考え方をする子は好きじゃないんだけど、まさか放っておく訳にもいかないし。

 全く、どうしたらいいんだか。


「俺が話す」

 さっきから壁際にもたれてこっちの様子を見ていたケイが、腕を組んだまま近づいてきた。

「何か良い考えでもあるの」

「まあね」

 表情一つ変えず、男の子を醒めた視線で見下ろしている。

 少し気になるけど、ここは取りあえず任してみよう。

「本当に死にたいのか?」

「ああ。もうこれ以上生きていてもしょうがない。今すぐにでも死にたいくらいだ」

「本当に?」

「しつこいな。死ぬと言ったら死ぬんだ。何なら証明して見せようか」

 彼は突然、窓辺に向かって走り出した。

 ここは4階、下は舗装された歩道である。

「慌てなくていい」

 そんな彼の首を、後ろから掴むケイ。

 男の子は顔を歪ませて、喉を押さえた。

「大体こんな所から飛び降りたら、後片付けが大変だ」

 訳の分からない事を言って、ケイは彼を引っ張っていく。

 それも首を掴んだままで。 

「ちょっと、どこ行くの?」

「いい所」


 行き着いた先は、6階にある男子トイレ。

 ここは普段あまり使われないフロアなので、人気が全くと言っていいほど無い。

「あのね、私達女の子よ」

「この人のためさ。な」

 ケイに肩を叩かれた男の子は「は、はあ」とか言ってる。

 分かってない、どっちも。

 するとケイは洗面台の排水口にふたをして、水を溜め出した。

 でもって、手を突っ込み一人頷く。

 パーカーをまくった肘の前まで、水が浸かったのを確認して。

「このくらいか」

 水道を止め、男の子を手招きする。

 不安げな面持ちで歩み寄り、その洗面台を見つめる彼。

 ケイはうっすらと微笑み、彼の肩に手を置いた。



 次の瞬間。

 彼の後頭部を押さえ、水が溜められた洗面台に彼の顔を沈め込む。

 両腕は極められ、両足の甲を踏まれているため、男の子は全く身動きが出来ていない。

「ちょ、ちょっとっ」

 慌ててケイを、後ろから抱え止める私達。

 ようやく顔を上げた男の子は、激しく水を吐いてうずくまってしまった。

「駄目だろ、せめて5分は付けないと」

「お前、それは殺人だろ」

「さっきの会話を記録してある。「死にたいっ」てやつを。だからこれは自殺ほう助。執行猶予で大丈夫」

 訳の分からない事を言って、再び彼を水につける。

 勿論私達も、もう一度彼を止めに掛かる。

「ひ、ひどい」

 床に手を付き、涙目でせき込む男の子。

 ケイはそれを見下ろし、鼻で笑った。

 同情も、憐憫すら見せずに。

「溺死は嫌か。なら、前言撤回。後片付けが大変だけど」

 男の子の背中側のベルトを掴んで、トイレの窓から放り投げようとする。

「これなら、間違いなく死ねる。頭からじゃないと、即死とは行かないけど。その辺は君の運次第だ」

 今度は自由になっている手足で必死に窓枠を押さえる男の子。

 三度私達に抑えられたケイは、急に関心を無くした様子で窓から外を見ている。

「言っておくけど、この事を誰かに話しても誰も無駄だから。さっき言った通り、「死にたいっ」ていう記録がこっちにある限り」

 窓の外を見つめ、背を向けたまま話すケイ。

 腰が抜けたのか、男の子はがちがちに硬直して4つんばいでトイレを出ていった。

 彼の顔は真っ青を通り越して、もう死人のそれだった。

 まるで、悪魔にでも出会ったかのように。



 その後オフィスに着いた私達は、何となくケイを気にしながら報告書を片付けていた。

「おまえ、あれはやり過ぎだ」

 ついに、ショウが強い口調でケイに話しかける。

 少なくとも、この二人の間に遠慮という言葉はない。

「本人の希望に添っただけだろ」

「だからって、お前がやる必要は無い。それを……」

 言葉を切って、ため息を付くショウ。

「本当に死にたいのなら、もっとひっそり死んでる。ああやって口に出すのは、みんなにかまって欲しかったからさ。勘違いした悲劇の主人公気取りだって」

 いつにも増して醒めた言葉。

 それまで怒っていたショウまでも、口をつぐんで彼の話に耳を傾ける。

「大体嫌なら、学校にこなければいいんだ。オンラインの授業もあるし、転校っていう手段もある」

「それはそうだけど」

「逃げて気が楽になるなら、逃げればいい。我慢するのも立派だけど、選択肢はそれだけじゃない。俺なら、間違いなく逃げるね」

 少しの間を置いて、ショウが口を開く。

「……俺は逃げないな。何があっても、自分からは逃げ出したくはない」

 静かに、はっきりと言い放つショウ。

 そう、彼は玲阿四葉だから。

「私も。逃げたら今までの自分を否定するみたいで、何か気が進まない」

 そう言って上目遣いにケイを見る。

 少しの不安を抱きながら。

「だろうね。でも、俺は二人ほど強くもないし、根性もない。それに誇り高くもない」

 ささやくように小さくなるケイの声。

 だがそれは、決して自分自身を卑下する口調ではない。

「サトミはどうなんだ?」

 無言で私達の話を聞いていたサトミに振るショウ。

 彼女は腕を組み、少しだけ視線を伏せた。

「そうね。その場になってみないと分からないけど、私も逃げないかも。だけど、逃げるのが駄目だと思っている訳じゃないの。逃げるのにも、それなりに覚悟がいるのだから」


 私とショウの考えと、ケイの考え。

 彼女は大抵、その中間に近い考えを持っている。

 今回もそれに沿った意見のようだ。

 するとケイは机に腕を付き、私達一人一人を見つめていった。


「みんなには相応しくないのかな、俺は」

 それはいつもの冗談ではなく、どことなく彼の本心を語っているように思えた。

 でも私は、そんな台詞聞きたくなかった。

「何言うのっ。ケイが相応しくないのなら、私なんてもっと駄目じゃないっ。考え方が違うからって、一緒にいちゃいけないなんておかしいわよっ」

 そう言い終え、両手でテーブルを派手に叩く。

 ケイは気を抜いていたらしく、後ろにのけぞって「うおっ?」とか叫んだ。

「お前は一人でもやっていける人間だけど、俺達はそうじゃない。その辺はどう考えてるんだ?」

 私ほど激しくはないが、熱意を込めて語りかけるショウ。

 婉曲に、だけど彼が必要だと。

「ですって。どうするの?」

 からかうようなサトミの口調。

 彼女にはもう、分かっているようだ。

「……分かった。クビにならない限りは、ここにいさせてもらう」

 苦笑混じりに呟くケイ。

 ショウも少し笑って、彼の顔を指差す。

 まったくタイプの違うこの二人。

 だけど、その絆は固く強い。


 その翌日。

 定時パトロールを終えた私達は、オフィスでぐだぐだとしていた。

 ケイは相変わらずゲーム。

 私とサトミは、一緒にファッション雑誌を眺めながらたわいもない話をしている。

「遅いな、ショウ」

 唸りながらリセットする男の子。

 下手なんだから、止めればいいのに。

「引っかけたな、ズボンに」

「は?」

「だからおしっこを。こう言い訳するかな「手洗おうとしたら、水かかった」って」

「そんなのはあなたくらいよ。でも、本当に遅いわね」

 あっさりと切り返し、時計に目をやるサトミ。

 ショウがトイレに行くといって出て行ってから、すでに1時間以上経つ。

 いくら何でも長過ぎる。

「分かった。力み過ぎて脳梗塞になったんだよ。意外とそれで死ぬ人もいるんだって」

「馬鹿……。とにかく、私ちょっと見てくる」

「私も行くわ。何だか気になるし」

「行ってらっしゃい。俺はお留守番してます」

 画面から目を離さない人を放っておいて、私とサトミは外へと出ていった。 


「……端末にも出ないね」

「でもトイレにいるのなら、自動的に受信保留へ切り替わるでしょ。そうならないのはおかしいわ」

「うーん、どうなんだろ」

「考えるより、少し捜した方がいいかしら」

「でもどこを?」

「そうね」

 さすがのサトミでも、すぐには分かるはずもない。

 知識を駆使し情報を分析して答えを導き出す事は出来ても、手がかり無しではどうしようもない。

 こういう全く訳の分からない場合はケイの方が向いてるんだけど、今はいない。

「仕方ないわ。一回戻りましょうか」

「うん、そうだけど」

 端正なサトミの顔が目の前に近づいてくる。

 私はそれをぼんやりと、見つめ返した。

「何?」

「そんな顔されたら困るなって思ったの」

「どんな顔してる?」

「もう少しだけ捜したいって顔。ほら、行きましょ」

「そ、そんな顔して」

 「無い」とは否定出来ない。

 何か、気になるのだ。

 ショウ自身が気になると言うよりは、彼が消えた事実に対して。

 その内戻ってくるのだろうけど、多少胸に引っかかりを覚えるのだ。

 彼は必ず、約束を守る人だと知っているから。



 私達は取りあえずDブロックを全部見て回り、彼がいない事を確認した。

「駄目ね。あれだけ目立つ人を見た人がいないのは、ここにいない証拠よ」

「うん。でもどこいったんだろ。トイレって、オフィスのすぐ近くなのに」

「生徒会ガーディアンズのオフィスに行ってみましょ。何か知ってるかもしれないわ」

「あそこか。沙紀ちゃんがいればいいんだけど」

 しかし、そうも言っていられない。

 私達は早足で、そのオフィスへと向かった。


「すいません」

 インターフォン越しに声を掛けてみる。 

 ここのはカメラが付いてて、他にも各種セキュリティがあるという話。

 それに少なくとも、手動のドアではない。

「はい……。あ、ど、どうぞ。今、今開けます」

 何だか、ものすごく慌てている。

 間違いなく、私達という存在に対して。

「これだから。何もしてないじゃないの、私は」

「それはあなたの主観。慌てたのも向こうの主観」

「知らないわよ、そんなの。私が言いたいのはね」

 両手を振り上げたらドアがすっと開いて、引きつった笑顔を浮かべた生徒会ガーディアンズの人達が並んでいた。

 言うならば、お出迎えだ。

「す、済みませんっ、遅くなりまして。い、一応相手を確認してから開けるようにしてますので」

「お、怒ってない怒ってない。本当、これはちょっと伸びしてただけだから」

「は、はい。とにかくどうぞ」

 私とサトミは妙にびくびくしている人達に頭を下げ、中へと入った。


 通されたのは当番の人がいる待機室で、奥には会議室や情報処理室なんてのもある。

 小さいながら隊長室もあるから、5部屋くらいあるんじゃないかな。

 ブロックの隊長がいるオフィスだから当然なんだろうけど、私達は一部屋だ。

「沙紀ちゃんいる?」

「ええ。報告書の整理をしています。お呼びしましょうか」

「いいわ。今日は彼女に用じゃなくて、ちょっと聞きたい事があったの」

「聞きたい事、ですか」

 あの、顔を強ばらせないで欲しい。

「この1、2時間の間なんだけど、どこかでトラブルはなかったかしら」

「ちょっと待って下さい」

 近くの卓上端末にアクセスして、手慣れた様子で検索を始める女の子。

 私達の所にもあるのだが、ここのは速度が段違いだし細かな検索が出来る。

 それは連合と、生徒会という違いから起きている。

 ボランティア的な意味合いが強いガーディアン連合と、学校内全体を統括する生徒会。

 資金力、情報量、施設、機材、人員規模。

 そのどれを取っても生徒会にはかなわない。

 こういう時は、それがまさに実感出来る。


「D-3周辺でいいですよね」

「ええ」

「それですと8件あり、ガーディアンが出動したのが2件。全ては処理済みです」

「これ、ちょっと見せて」

「あ、はい」

 サトミが指さした「402教室前・運動部関係者・退部トラブル」が表示される。


 「退部を申し出た下級生を強引に部室へ連れていこうとする上級生を、男子生徒が制止する。話し合いで解決。男子生徒はその後部員達と移動。氏名学年等は不明」


「怪しいね。402ってすぐ近くだし、何となくショウが絡みそうな話」

「ええ。何部か分かるかしら」

「空手部としか分かりません。流派まではちょっと」

 一概に空手部といっても流派別に分かれている物だから、実際は5、6部が存在している。

 つまり、絞り込む必要がある訳だ。

「ありがとう、それだけ教えてもらえばもう分かったわ」

「そうなんですか?」

 きょとんとした顔をする女の子。

 私もきっと、同じ顔をしているだろう。

「現在強引な勧誘や指導法で問題視されてる空手部は3つ。それで退部トラブルの時にその場で手を出さない手口を使うのは2つ。で一つは派手な行動で生徒会の勧告を受けている武極流。もう一つは、その証拠すら掴ませない英清館」

「という事は、英清館ですか?」

「おそらくは」

「すごいですね」

 感心する女の子。

 怯えがちだった視線は、いつの間にか尊敬のそれに代わっている。

「さすがさすが。じゃ、ありがとう」

「い、いえ」

 私には、そういう目では見てくれないようだ。

 いいんだけどね、別に。


 沙紀ちゃんのオフィスを出た私達は、その英清館の部室がある教棟へたどり着いた。

 ここは私達がいるD-3ブロックとは別棟で、運動部の部室が殆どを占めている。

 要は、クラブハウスという訳。

「……どうやら、本当に当たったみたい」

 張りつめた空気に、鋭い笑顔で応えるサトミ。

 私も腰を落とし、気味に歩いていく。

 普段は生徒達がたむろしていて和やかな雰囲気なのだが、事が起きれば状況は一転する。

 この棟に関しては各ガーディアンや生徒会よりも運動部の方が優位なため、パトロールも行われていない。

 当然状況も掴みにくく、こういった事態になっていてもそれを知らせてくれる人はいない。

 場合によっては、ガーディアンの介入を防ぐ人間が出るくらいだ。

「私達二人で大丈夫かな」

「あなたがいれば問題ないわ。私はともかくとしてね」

「はいはい。私はどうせ格闘馬鹿です……、よっ」

 後ろ回し蹴りを繰り出し、後ろに構えられていた木刀をへし折る。

「悪いけど、後ろにも目があるの」

 肩越しに振り向いて、不敵に微笑む。

 その先には手首を押さえ、青ざめた顔で震える男の子が立っている。

 いつの間にか背後に迫っていた他の生徒達も、思わず数歩後ずさる。 

 本当に目がある訳ではないが、大人数相手の場合はブラフの使い方が重要だ。

 すると前のドアが一斉に開いて、武器を携えた生徒がわらわらと出てきた。

「女の子二人に、結構なお出迎えね。SDC(Sports Director Campfire:運動部部長親睦会)もその程度かしら」

 こちらはサトミ。

 相手のプライドを上手く利用するのも、手の一つ。

 そしてその思惑通り、生徒達に動揺が走る。

「用があるのは英清館だけよ。分かってるでしょ、あなた達も」

「ガーディアンは、SDCには慣習的に不介入のはずだ。例え公式な協定ではないにせよ、それは守ってもらいたい」


 人垣を割って、一人の生徒が出てきた。

 目を見張るような巨漢でありながら、その動きは機敏の一言。

 こうして正面に立っているだけで、押しつぶされそうな威圧感を放っている。

 確か拳法部の部長で、SDCの代表代行だったはずだ。

 体格だけで言うなら、ショウよりも大きいだろう。

 ちなみにSDCとは運動部の部長の集まりで、メンバー自体はさほど多くない。

 とはいえ各部の部員は当然部長に従う訳だから、実際は運動部全体に影響力を持つ組織である。

 SDCの設立目的は各部間の交流にあり、各種の問題には統一見解を持って事に当たる。

 それは裏を返せば、外部に対して強い結束を持つ可能性があるという事だ。


「私達は、仲間を連れ戻しにきただけ。それが済んだらすぐに帰るわ」

「彼は英清館の部則に異を唱えたので、こちらで処理させてもらう」

「処理って何よ。物みたいな言い方して」

 思わず口調がきつくなる。

 代表代行は、相変わらずの淡々とした雰囲気を崩さない。

 それでも彼は、頭を少し下げた。

 朴訥とした顔立ちなので分かりにくいが、謝ってくれたらしい。

「言い方が悪かった。我々の規則に従って、彼にはそれなりの処遇を受けてもらう」

「おそらく、退部しようとした生徒を私達の仲間がかばったのですね。私の記憶ではSDCに、退部を拒む規則はないはずです。それこそ逆に、規則違反ではないですか」

 私の前に出たサトミが、代表代行に目線を向ける。

 彼は鋭い視線を平然と受け止め、静かな物腰で頷いた。

「SDCの規則ではそうだ。しかし英清館の部則には……」

「部則より、SDCの規則が優先のはずです。各部の主張を尊重したいというお考えは理解出来ますが、無軌道な行動を助長しては何もなりません」

 峻烈な表情で代表代行を見上げるサトミ。

 圧倒的な威圧感を持って見下ろす代表代行に、全くひるむ事がない。

 水を打った静けさの中、代表代行がおもむろに口を開いた。

「分かった、今から英清館の部長を呼んでくる。誰か……」

「う、うわー」

 その低い声が、不意に遮られる。

 絶叫しながら駆けてきた、数名の男の子によって。

 男の子達は私達を取り囲む人垣に阻まれ、その場にへたり込んだ。

「た、助けてくれっあ、あいつが……」

 後ろを指さす男の子。

 前髪をかき乱し、荒い息吹のまま歩み寄るショウを。



「どうした。行き止まりか」

 ショウの拳が胸元に上がる。

 男の子達は人垣を強引にかき分け、脇目もふらず逃げていく。

「逃がすか」

 ジャンプして右側の壁を蹴る。

 軽やかに宙を舞い、人垣を飛び越えるショウの体。

 そして身をひねり、ようやく人垣を越えた男の子達の前に降り立った。

 彼の体の大きさを考えると驚きの一言だが、私は見慣れているのでどうという事はない。

 この状況はともかくとして。

「続きだ。かかってこい」

 あごを向けるショウ。

 男の子達は泣きそうな顔で、代表代行の後ろに逃げ込んだ。

「その辺りで許してもらえないか。理由はどうあれ、君が強いのはこいつらももう分かっただろう」

 代表代行が、今度は深く頭を下げる。

 それにどれほどの意味があるのか、周りにいる生徒達が息を飲む。

 ショウはゆっくりと拳を降ろし、荒い息を整えだした。

「……分かった、あんたに貸しだ」

「お、お前。その口のきき方はなんだっ。大体さっきから……」

 しかし声を張り上げた男は、未だ闘気をはらんだショウに睨まれすぐに口をつぐんだ。

 怒りを抑えつつある狼と対峙すれば、その気持はすぐに理解出来るだろう。

「あんたらが部活やるのは勝手だ。ただ嫌がる生徒を無理矢理やらさせてるのなら、俺は何度でもここに来るぞ」

「そうなのか」

 背後に隠れている男の子達を振り返る代表代行。

 男の子達はさらに震えだし、激しく頷いた。

 その場のごまかしなど通用しないと、十分に理解しているようだ。

「今回の件については、SDCで議論させてもらう。彼らの処分については、こちらで行うがいいかな」

「好きにしてくれ。俺は、もう興味がない」

「そうか。色々迷惑を掛けたようだ。生徒会を通して、正式に謝罪しておく」

「い、いいわよ、そんなの。この人もやり過ぎたみたいだし。私達はもう帰るから」

 私はショウの腕を取って、幾重にも取り囲む人垣を越えていった。

 みんなはショウの気迫に押されてか、自然と道を空けていく。


「……あれが玲阿か」

「父親が、北陸防衛戦の英雄なんだろ」

「いや、父親は結構臆病者らしいぜ」

 その瞬間、ショウの体が消えた。


「他に言いたい事はあるか」 

 いつの間にか、話をしていた男達の首筋に指を突き立てているショウ。

 二人の顔は、みるみる赤から青へと変わっていく。

 止められているのは呼吸か血液か。

 分かっているのは、彼らの死期が近付いている事だ。

「お、俺はただ親に聞いた話をしただけで」

「軍人か、おまえの親父も」

「あ、ああ。軍でそういう噂があるって」

「なるほど。面白いな」

 低い声と共にショウの目がすっと細くなり、指が首にめり込んでいく。

「ショウ……」

 私は彼の腕を取り、ゆっくりと下げさせた。

 二人は気を失ったらしく、その場に崩れ落ちる。

「心配するな。加減くらいは知ってる」

「分かってるけど。ともかく、もう行こう」

 今度はサトミもショウの腕を取って、彼の動きを止めて歩き出す。

 さすがに周りの生徒は、もう口を開かない。

 いや、開けない。

 ショウの実力をかいま見た者は、誰しもがそうなるように。



「……ただいま」

 私はオフィスに入ると、近くの椅子にどかっと座り込んだ。

「お疲れみたいだね。行方不明者の身柄は?」

「確保したわ。さ、どうぞ」

「何言ってんだ」

 鼻を鳴らして、私の前に腰を下ろすショウ。

 怒りはまだ、収まっていない様子である。

「また揉めたんだろ。どうでもいいけど、やり過ぎるなよ」

「おまえに言われたくない。ったく」

 ぶっきらぼうに言い放ち、机を指で叩く。

「少し落ち着いて。怒るのもいいけど、相手を見てやりなさい」

「仕方ないだろ。あいつらが下らない事言うから、こっちだってつい口を……」

「手でしょ。あなたが出したのは」

 サトミの鋭い突っ込みに、「うっ」と唸るショウ。

 先程、あれだけの事をした人とは思えないギャップ。

 それだけサトミが怖いとも言える。

 精神的にね。

「とにかく、連合と自警局に話を通しておくから。この間は生徒会、今度はSDC。はっきり言って、無茶もいいところよ」

「悪気があった訳じゃないし、いいじゃない。ショウも反省してるから。ね」

「あ、ああ」

 私と目があったショウは素直に頷き、サトミに頭を下げた。

「悪かった。これからはよく考えてから動く」

「謝られると、私も困るんだけど。……嫌だ、自警局から連絡が入ってる」

 携帯端末のディスプレイを見て、顔をしかめるサトミ。

 するとケイがマグカップに紅茶を注ぎながら、説明をし出した。

「大丈夫。それは、俺が応対しておいたから。ショウはおとがめ無し。SDCの代表代行が、全面的に非を認めたって」

「ふーん。あの代表代行っていい人かな。ちょっと怖そうに見えたけど」

「話せば分かると、昔の人は言った。その後で、すぐ撃ち殺された」

 下らない事を言うケイ。

 それでも自警局との交渉をまとめてくれたので、それは言わないでおこう。

「ただこれからは自重してくれって言われたから、善処しますって答えといた」

「馬鹿」

 お役人じゃ無いんだから。

 大体私達、善処した試しが無いじゃない。

 してるつもりはあるんだけどね。


 問題のショウはといえば、まだサトミから説教を受けている。 同い年で説教というのも変な話だけど、彼女からなら素直に受け入れられる。

 その凛とした雰囲気もそうだし、正しい事しか言わないしね。

 それになんといっても、私達を想って言ってくれているから。


「もういいじゃない。、二人ともそのくらいにして」

「分かったわ。ショウ、ごめんなさい」

「いや。俺が軽はずみ過ぎただけだ。これからは、本当に気を付ける」

 素直に謝るショウ。 

 サトミは、何度それを聞いたかという顔をしてくすっと笑った。

「いいわよ。それより、早く用意しないと」

「なんだ、知ってるのか」

 顔をしかめてリュックを背負うショウ。

 サトミはわざとらしく頷いて、私とショウを交互に見た。

「と、父さん達がユウに会いたいっていうから、それでだ」

「いいから。もう時間過ぎてるんじゃないの。駅に着いてるわよ、きっと」

「大丈夫。少し遅れるって、さっき連絡しておいた」

 相変わらず、変なところでは気が利く人だ。

 何で普段から、こう出来ないかな。

「ほら、サトミもケイも用意して」

「私達は呼ばれてないわよ」

「それに俺、マンガを立ち読みに行かないと」

「うだうだ言ってないで、早く行くぞ」

 私とショウは、二人を強引に立たせてオフィスの外まで連れだした。

 このまま放っておいたら、何を言われるか分かったものじゃない。

 今日は嫌な事を忘れて、みんなで楽しもう。



 大事な事まで忘れるっている噂もあるけど、気にしない。

 人間は、忘れる事で生きていく生き物なのだ。

 本当にそうだったらどれだけいいかと、私はいつも思ってる……。










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