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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第10話(第1次抗争編) ~過去編・屋神・塩田他メイン~
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    10-1




 お昼休み。

 ご飯を食べ終えラウンジでぼんやりしていたら、端末が可愛らしいメロディーを奏で出した。

「……はい」

「理事会・秘書課ですが、雪野優さんでいらっしゃいますか」

 柔らかな、耳障りのいい女性の声。

「ええ、私がそうですけど」

 理事会・秘書課?

 初めて聞いたな、そんな部署。

 というか、理事会ってこの間のあれも理事だ。

「突然のご連絡で、申し訳ございません。明日の午後は、ご予定がおありでしょうか」

「授業があります」

 そう答えると、微かな笑い声が聞こえた。

「済みませんでした。もしご都合がつくなら、授業をキャンセルしてこちらへ来ていただきたいのですが」

「休むのはいいんですけど、私にどんな用があるんです」

 若干警戒しつつ、彼女の言葉を待つ。

「今まで色々誤解を招いた行為がありますので、それを弁明する機会を設けさせて頂きたいのです」

「誤解、ですか」

「ええ。お分かりですよね、その辺りは」

 今度は彼女が、私の言葉を待っている。

 あまりいい気持はしないけど、話くらいは聞いてもいいだろう。

 しかし、意外と単刀直入だな。

「ええ、いいですよ。具体的には、どうすればいいんですか」

「折り返し、端末の方へ時間等の詳しい情報をお送り致します」

「はい、分かりました」

「ありがとうございます。それでは、失礼致します」

 用件を済ませ、通話を終える彼女。

 人当たりも良くて、そつがない。

 大人の女性、とでも言ったらいいんだろうか。

 それはともかく、理事会ね。

 さて、どうしよう。


「私に聞かれても」

 肩をすくめるモトちゃん。 

 そうなんだけど、人の意見も聞いてみたいじゃない。

 彼女の部屋に意見を聞きに来たものの、これといった事は言ってくれない。

「お父さんから、何か聞いてない?」

「一応調べてるらしいわ。ただあの人は教務監査官で、学校経営やそこでの内紛は管轄外なの」

「困ったな」

 カーペットに転がり、モトちゃんの足を揉む。

 別に、意味はない。

「くすぐったい。話を聞くだけなんでしょ」

「うん。でも、どうして急にそうなったのかって思うと」

「考え出したらきりがないって。まさかいきなり退学なんて事もないだろうし、気楽にしてれば」

 あくまでも気楽なモトちゃん。

 言っている事は分かるけど、本当に安心していていいんだろうか。

 何と言っても退学や、ガーディアンの脱退を仕掛けてきたのは学校なんだから。

 とにかく、明日だ……。     



 お昼ご飯を食べ終え、軽く身だしなみを整える。

 いつも通りの制服で、特に変わった事はしていない。

 それは隣にいるサトミも同様だ。

 コロンの香りも、髪の艶も。

 いつも通り綺麗で、凛としている。

 どうしたら、こう変わらないのかな。

 私は体型が、数年間変わってないけれど……。

「俺達呼び出して、何するんだ」

 イタリア製のスーツの前を合わせ、首を廻しているショウ。

 制服ではないけれど、普段のラフな物とは違う格好だ。

 何にしろ似合っているので、問題はない。

 というか、どんな服装でも格好良いから。

「眠いよ、俺は」

 パーカーにとジーンズという、相変わらずのケイ。

 私やサトミは制服だからいいようなものの、この人は何だろう。

 かしこまる、という言葉を知ってるんだろうか。

「あなた、その格好で行くつもり?」

「いけませんか、遠野さん」

「どうでもいいわ」

 素っ気なく答え、サトミは襟のリボンを結び直した。

 たしなめるのではなく、確認のために聞いただけのようだ。

 諦めているのかも知れない。

「フォーマルとは言わないけど、もう少し普通のを着たらどうだ」

「指定があれば、そうする」

 あくびをして、背もたれへ崩れるケイ。

 ショウは完全に呆れて、大きく首を振った。

 私は最初から相手にしない。

 どうせ格好にこだわらないのなら、裸で行けばいいのに。

 でもこの人なら、場合によってはやりやねない……。



 下らない事を考える間もなく、特別教棟へとやってきた私達。

 玄関には迎えの人がいて、丁寧な態度で中へ通してくれた。

 今まで彼等がしてきた事とのギャップを考えれば、かなりの違和感を覚える。

 エレベーターを下りてしばらく行くと、ここまで連れてきた男性が大きなドアを手で示した。

「こちらが、理事長室です」

「え?」

「どうぞ、中へ」

 静かにスライドする、大きなドア。

 中の明かりが、廊下へとこぼれ出す。


「失礼します」

 一応頭を下げ、足を踏み入れる私達。

 理事長室と言うだけあり、調度品や内装はやはりそれなりの物。

 派手さはない物の、その価値や格調は素人の私でも分かるくらいだ。

「よく、来てくれたわね」

 全面ガラス張りの壁際に立っていたスーツ姿の若い女性が、こちらを振り向く。

 30前後、だろう。

 落ち着いた大人の女性の雰囲気と、それ相応の艶。

 スタイルもそれなりで、街を歩けば男性が自然と目を向けても不思議はない程。

 浮かぶ笑顔は自信とゆとりに満ちあふれ、その綺麗な顔によく似合っている。

「理事長の高嶋たかしまよ。どうぞ、よろしく」

「こ、こちらこそ」

 何となく慌てて頭を下げる。

 まさかとは思っていたけど、彼女が理事長なのか。

 どう見てもまだ若いのに。

「父の後を引き継いで、数年前から理事長の職に就いているの」

 私の疑問を読みとったかのように、自分から話す理事長。 

 その外観や年齢から、直接質問される機会も多いのだと思う。

「お茶を用意するから、そこへ掛けて」



 紅茶のいい香りを前にして、色々と考えていた。

 確かにここへ来るまで、カードキーを使うドアをいくつか通った。 

 それほど重要な場所だとは気付いていて、理事でも上の方の人に会うのだとも思っていた。 

 ただそれが、トップの理事長だとは。

 しかも周りに秘書も誰もいなく、お茶を運んでくれた男性の姿もない。

「ここは執務室というより、私のプライベートルームに近い部屋なの。だから、もっとリラックスして頂戴」

 鷹揚な笑顔と、気さくな態度。

 しかし理事長相手にそう砕けた態度を取る訳にも行かず、取りあえず返事だけをする。

「秘書から、何か聞いてる?」

「誤解を招いた行為を、弁明したいと仰ってました」

 完全に固まっている私の代わりに答えてくれるサトミ。

 彼女が後込みするなんて事はあり得ないので、ここは任せておこう。

「そう。退学や、ガーディアンだった?それの除名だか脱退だかを策略したらしいわね。理事や職員達が」

「理事長御自身は、関与なさってないと」

「ないとは言わないけれど、私が指示を出していた訳じゃないから。高校生は多少やんちゃな方が、可愛げがあるわよ」

 朗らかに笑う理事長。

 サトミも、薄く笑ってみせる。

 爪を研ぎ澄ます猫科の獣を思わせる顔で。


「……私達の先輩が、昨年学校と対立したと聞いていますが」

「あったわね、そんな事も。一部の生徒に度を過ぎた行為がみられたのよ。それに退学は自主的な物で、その後はフォローしてあるわ」

 さらりと答えた理事長は、赤いマニキュアの塗られた指先を細い顎へと添えた。

「退学や各組織の役職を解任させられた人達は、確かにいる。でもそれは、本人達も同意の上よ」

「あくまでも、生徒側の暴走だと」

「今言った通り、学校を思う気持ちが行き過ぎたの。だから彼等への処分は、学内で済ませているわ」

「そうですか」

 声のトーンを落とし、顎を引き気味に腕を組むサトミ。

 言いくるめられたという雰囲気ではないけれど、これといった敵意も見せていない。


「この程度の説明では、納得出来ないかしら」

「私達に、様々な事を仕掛けられた事実がありますので」

「去年生徒達と揉めた時の理事や職員は、多少根に持っていてね。彼等とあなた達を、仲間だと思ってるのよ」

 大人だけが持ちうる、ゆとりある態度。

 自分への嫌疑や私達の疑念を十分理解しながら、動揺や焦りは見られない。

 それを信じるという訳ではないけれど、こうしていると彼女の言い分も多少は受け入れられる気がする。

 少なくとも塩田さん達が一方的に善で、学校が悪だという考えは無くなりつつある。

 勿論、退学やガーディアンの除名や脱退への仕掛けを忘れはしないが。

「出来ればあなた達に、その先輩との橋渡しをしてほしいとも思ってる。お互い、憎み合うだけでは何も解決しないでしょ」

「それは構いませんが、話し合う余地はあるんですか」

「去年からの問題だから、いきなり解決するとは私も思ってない。ただ何事も、まずは一歩前へと進まないと」

 理事長の言葉が、何となく話を聞いていた私の胸に届く。

 一歩前へ進む。

 確かに、その通りだ。


「学校が悪いとか生徒が悪いとか、そんな事を言うつもりはない。まずは話し合いましょうという事よ」

「去年の時点で、そうは出来なかったんですか」

「一部のヒートアップした人達が、勝手に盛り上がったの。生徒達は退学や停学者が何人も出たし、理事や職員でも役職を解任された人がいる。その状態で話し合いを持つのは、不可能でしょ」

 淀みない、落ち着いた受け答え。

 サトミのやや鋭い口調にも、怒りや焦りを見せる事はない。

 少なくとも、私が普段接している高校生とは全く違うようだ。

「勿論あなた達が被った精神的な苦痛や実際的な損害については、学校や草薙グループが全面的に補償する。分かってるだろうけど、懐柔だなんて気はないから」

「ええ。すると、私達に仕掛けてきた人達への処分は」

「最低限口頭では注意する。それと同じ内容の文章を、あなた達へも見てもらうわ。何か問題があれば解任や、刑事告訴もするつもりよ」

「そうですか」

 自分から言う事は無いという雰囲気で、間を置くサトミ。

 ショウは話を聞いているだけの顔、私も似たような物だ。

 彼女のペースと言ってもいい状況である。


「他に疑問や意見はないかしら。浦田君」

「どうして、俺を名指しなんです」

「遠野さんの優秀さは、誰しもが認めるわ。学年及び、学内トップの才媛なんだから。でもあなただって、中等部からの特待入学でしょ」

「サトミのように、学校から乞われて入学した人間とは違います。俺はあくまでも、自分で試験を受けて入ったんですから」

 普段と変わらない、冷静な口調。

 理事長という学校の最高責任者の前においても、彼はいつものままだ。

「玲阿君や雪野さんがスポーツ面で、遠野さんもその明晰さで高い評価を得ている。あなたも彼等と一緒でなければ、今以上のポジションにいられるんじゃなくて」

「誉めていただくのは結構ですけど、去年の抗争も俺達へ仕掛けられた事へも興味がないので。そういう事は直接、塩田さん達にして下さい」

「退学になっても平気なの」

 苦笑気味な理事長の言葉に、ケイは小さく肩をすくめた。

「確かにここはいい学校だけど、他にも高校はあります。下らない圧力を受けるくらいなら、転校した方がましって考え方もある」

「素っ気ない子ね。友達や、好きな女の子と別れても平気?」

「情に流されて自分を見失う程、純粋な人間ではないので」

 どちらかといえば熱を帯びていたサトミとは違い、どこまでも醒めきっているケイ。

 しかしそれでも、理事長の態度に変化はない。

 大人びた表情で、そんな彼の様子を微笑ましそうに見つめている。


「生徒会除名2回は伊達じゃないのね。それとも、体制にはいつも批判的なのかしら」

「捉え方の違いでしょう。多数派が常に正しくて、少数派が過ちだとは限らないように。批判が批判ではなく、正鵠を射ているという場合だってある」

「面白いわよ、そういう考え方。仕方ない事だけど、私の周りにはイエスマンが多いから。そう言ってくれる人がいるのは新鮮だし、面白いわ」

 婉曲な誉め言葉とれる台詞。

 ケイは照れたり喜ぶ素振りもなく、冷静な態度を崩さない。

 そして理事長も、落ち着いた佇まいのまま。

「将来はどうするつもり?就職先に、草薙グループを希望はしていないの」  

「入れないでしょう。生徒会二度除名、停学も数回。成績もそれほど良くないし、教員の受けも悪い。高校からの推薦は受けられませんから」

「あなたさえ望めば、私が推薦してもいいわ」

 唐突とも言える申し出。 

 思わず私とショウが彼の顔を見る。

「さっき御自身で仰った、懐柔策ですか」

「そう思ってもかまわない。あなた自身にそのつもりがあれば、門戸は開いているというだけの話よ」 

「即答出来る問題ではないですけど、話としては嬉しく思ってます」

 微かにケイの口元が緩む。

 そして理事長のそれも。

「彼だけではなくて、あなた達も同様だと思って。勿論それぞれが得意分野とするセクションへ、という意味でね」

「私は、大学院に進むつもりですので」

 素っ気ないサトミの答えに、理事長は笑顔で手を振った。

「あなたは、研究者志望だったわね。彼氏やお兄さんと一緒で。心理学や社会学だった?」

「ええ」

「家庭の事情も、多少は聞いてる。奨学金だけで、やっていける?」

 さりげない、ただサトミにとっては辛い質問。

 しかし彼女は、平然とした態度で頷いた。


「生活していく分には、問題ありません」

「それじゃ駄目よ。調べた限りでは、奨学金もそうは貰ってない。高校では上限規定があるから仕方ないんだけど、あなたの才能に対する評価としてはなってないわ」

「そういう決まりですから。今言ったように、生活は出来てますし」

「よかったら、私が個人でやってる基金を使う?資格要件は厳しいけれど、あなたなら満たしてると思う」

 突然テーブルの上に、疑似ディスプレイが現れた。

 そこには今彼女が言った基金の名称と、運用実績や主な支給先、そして資格要件などが表示されている。

「大学院まで進学するなら、返済は無いのと同様。利子もないし、悪くないでしょ」

「ええ、確かに」

「これを元に、あなたを管理しようとは思ってないわ。優秀な人の手助けをしたい、ただそれだけよ」

「ありがとうございます」

 微かに頭を下げ、横目でケイを捉えるサトミ。

「彼は若干成績面で及ばないけど、それは別な条件をクリアする事で何とかなるわ。浦田君も、お金が無いのよね」

「怪我の一時見舞い金は下りましたよ。退院寸前に」

「ごめんなさい。それも職員の誰かが、支給を遅らせてたらしくて」

「いいんですけどね、結局はもらえましたから」

 鼻で笑うケイ。

 理事長も、苦笑気味に笑っている。 



 二人は私達と違って、親からの援助を一切受けていない。

 そのため生活は意外ときつく、決して楽とは言えない。

 だからこの提案は、本当に悪くない話だ。

 懐柔という考え方もあるけれど、サトミ達はそれも分かっているだろう。

 それに二人が今より楽な生活を送れるのなら、ここはもらっておくべきだ。

 お金に使い方や、相手の名前は書いてないんだし。

「手続きがあるから、別室で待ってて。すぐに、係の者を呼ぶから」

「はい」 

 席を立ち、ドアへと向かう二人。

 そろそろ潮時と見て私達も立ち上がる。

「あら、帰るの」

「ええ。話は大体伺いましたし」

「そう。何か疑問があったら、また来て。いつでもという訳にはいかないけど、都合を付けて会う時間を設けるから」 

 書類の束を整理しながら、私達を見送る理事長。 

 会釈してドアをくぐろうとしたら、壁際にある大きな本棚が視界に映った。

 その中には本の代わりに、可愛らしいタッチの絵が何枚か飾られている。

「これは」

「小等部の子達が描いた絵よ。学内でコンクールを行って、気に入ったのを並べてあるの」

 屈託のない、明るい笑顔。 

 私もそれに合わせて笑おうとした。

 でも、笑顔は浮かんでこなかった。


「こちらのは、何ですか」

「ああ、それは関係ない。私もさっき気付いたけど、職員が持って帰るのを忘れてるのね。後で、言っておかないと」 

 今までと変わらない、落ち着いた態度。

 私は腰を屈め、震える手を動かした。

 無造作に床へ置かれ、ほこりを被った画用紙の束。

 裏を見れば、拙いながらも一生懸命書いた絵が描かれている。

「……いらないんですか、これは」

「私の物じゃないから」

 何気ない口調。

 そこには疑問や考える間はまるでなかった。

 思った事を口にした。 

 ただその意志だけが感じ取られた。

「私が持って帰っていいですか」

「構わないけど。どうするの」

 屈託のない笑い声を背中に受けながら、私はドアをくぐった。


 廊下には、理事のIDを胸に付けている年輩の男性が立っていた。

「あ、あの」

「なんだね」

 冷たい視線。

 私は画用紙を彼の前へ差し出した。

「この絵は、これだけですか」

「捨てたよ」

「え?」

「邪魔になるから、捨てた。どうせ理事長もいらないんだし、構わないだろう」 

 当然だと言わんばかりの表情。

 それを悔いたり申し訳なく気持ちは、微かにも見られない。

「終わったのなら、早く帰りたまえ。ここは、生徒が立ち入る場所じゃない」

「じゃあ、誰が……」

 一歩前に出るショウを制して、私は歩き出した。


 画用紙を抱え、廊下を行く。

 さっきまでの出来事を、思い出さないようにしながら。

「私達、ここに行くよう言われたから」

 事務室風のドアを指さすサトミ。

 ケイもその壁際に、背をもたれている。

「分かった」

 顔を伏せ、二人の前を通り過ぎる。

 呼び止める声は掛からず、追ってくる足音もない。 

 今二人には、もっと大切な事がある。

 私の下らない感慨に付き合ってる暇はない。



 エレベーターに乗り込んだ途端、床に涙が落ちた。

 手で押さえても、我慢しても。

 頬を涙が伝っていく。

 さっきの出来事。

 この絵を描いた子供達の気持。

 様々な思いが、胸の中を掻き回していく。 

 今まで感じた事もない強い衝動。  

 絵の束を抱え、私は泣き続けていた。

 悔しいのか何なのか。

 とにかく涙は止まらない。

「……こんなの、こんなのひど過ぎる」

 肩が優しく抱かれる。

 私は彼の胸に顔を埋めた。

「どうして、こんな事。私、私……」

 もう言葉にはならなかった。

 ただ涙が溢れ、悲しむだけで。

 彼の胸に顔を埋めたまま、私は泣き続けた。


「……ユウ、もう泣くな」

 優しさと強さの重なったショウの声。

 私をそっと引き寄せ、抱きしめてくれる。

「……う、うん」

 必死に我慢して、涙を堪える。

 それでも嗚咽は漏れ、やはり涙は出てしまう。

「ほら、顔上げて」

 彼のハンカチが、私の目元を拭っていく。

 頬へ、そして顎へと。

「ご、ごめん」

 袖で顔を拭き、彼を見上げる。

 そこにある暖かな、優しい笑顔。

「大丈夫だ、俺に任せろ」

「でも……」

「いいから。行こう」

 ショウは私の手を引いて、エレベーターのドアをくぐる。

「行くって、どこに」

「絵を取り戻しに行くのさ」



 私の手を引いたまま、学内を駆けていくショウ。

 普段あまり通らない教棟の裏側を、私達は走っていた。

 この先は、学校の裏手に当たる。

 ショウはその間に清掃センターへ連絡して、ゴミの引き取りを止めるように頼んでいた。

「……コンテナを探しに行くの?」

「ああ。話から言って、捨てられたのは昨日か今日だ。今なら、まだ間に合う」

 彼の足が早くなる。

 私の手を握る力も強くなる……。


 コンテナの集積場所に着くと、ちょうどそれを運び出すトレーラーが出発するところだった。

「ユウは、ここで待ってろ」

 私の髪を撫で、トレーラーへと走っていくショウ。

「おーい」

 その前に出て、手を振る。

 当然トレーラーは止まり、運転手が降りてきた。

 後ろに並んでいたトレーラーも、止まっている。

「なんだー?」

 体格のいい男性が数人。

 後ろの方でも、ショウと彼等の様子を何人かが見ている。

「悪い。それ運ぶの待ってくれ。中に、大事な物が入ってるんだ」

「急いでんだよ、こっちは。そういう事は、学校かセンターへ連絡してくれ」

「連絡済みだ。確認してくれれば分かるから」

 しかし男性達は、鼻で笑っただけだ。

「ガキの遊びに付き合ってる暇なんて無い。探したいなら、センターへ運んだ後にしてくれ」

「処分された後じゃ遅いんだ。頼むよ」

「うるさいな。忙しいって言ってるだろ」

 全く聞く耳を持たず、トレーラーに乗り込む男性。

 周りの人達は、ニヤニヤと笑っている。

 エンジン音が微かに聞こえ、運転席から男性が顔を出す。


「止めたければ、これ事止めてみろ」

 そう言っている間にもトレーラーは動き出し、その前に立っているショウへと近づいていく。

「頼むよ」

 頭を下げるショウ。

 何もしない。

 運転手を引きずり降ろしたり、トレーラーを力尽くで壊したり。

 ただ頭を下げている。

 近づいていくトレーラーの音が、彼にも聞こえているはずだ。

 でもショウは動かない。 

 頭を下げ続けている。

 これ以上はもう危ない。

 そんな無茶しなくていい。

 私の事なんかどうでもいいから。

 もう泣かないから。

 だから、早く逃げて……。



 祈るような気持ちで手を握り締めていると、エンジンの音が消えた。

 惰性で進むトレーラーは、ショウからほんの少し前の所でゆっくりと止まる。

 その間は1mもない。

「お前、馬鹿か」 

 苛立った顔で降りてきた運転手は、力尽くでショウを突き飛ばした。

 あっけなく彼は、地面に崩れる。

「何度も言うけどな。俺達は遊んでる暇はないんだよ」

 地面が蹴られ、湿った土が彼の体へ掛かる。

「俺も、冗談でやってる訳じゃないんだ。頼む」

 座り直し、頭を下げる。

 深く地面に頭を付けて。

「……土下座すればいいってもんじゃないんだ。こっちは、仕事なんだから」

「分かってる。俺に出来る事なら、何でもする。だから、それを運ぶのは待ってくれ」

「子供のお前に、何が出来るんだ。俺達は、金のためにやってるんだからよ」

「済まない。悪いと思ってる。でも……」

 勿論ショウも、彼等の言っている事は分かってる。

 自分の行為がいかに身勝手で、相手の迷惑を考えていないかを。

 でも、それを承知で彼は頭を下げている。


「飯食いに行くぞ」

 すると精悍な顔立ちをした大柄の男性が、周りにいた仲間に声を掛けた。

「へっ。甘いな、相変わらず」

「早くしないと、今日中には着かないぜ」

「だったら、夜通し走るだけだ」

「一人で格好付けて。まったく、最初からそう言えばいいのに」

 場を収めてくれた男性が、ショウの腕を取って立ち上がらせる。

「あ、ありがとうございます」

「俺達は、飯を食いにいくだけだ。礼を言われる筋合いじゃない」

「そういうのを、格好付けるって言うんだ」

 どっと笑う仲間の人達。

「俺からもセンターへ連絡を入れるから、好きなだけ探してくれ。何なら明日や明後日まで掛かってもいいからな」

「済みません」

「ったく。死ぬほど大切な物でも入ってるのか?」

「い、いえそれは」

「それとも。死んでもいい程、大切な人のためか?」

 一瞬男性の視線が、私に向いたようにも見える。

「……まあいい。これがマスターキーだから、箱は全部これで開く。何かあったら、すぐ俺達を呼べよ」

「は、はい」

「今度からは、トレーラーとケンカしようなんて思うな。轢かれて後悔しても遅いぞ。それに、残されて泣くのは結構辛いからな」

 彼等の視線が、私とはっきり向けられる。

 今度は間違いなく、私自身感じられる程に。

「じゃあな」

 ショウの肩を軽く叩き、教棟の方へ歩いていく男性。

 他の人達は、彼を冷やかしながらその後に続いていく。 


「ショウ……」

 私は彼の側に寄って、目元を拭った。

「ごめん、また泣いちゃった」

「いいさ。俺とユウしかいないんだから、少しくらいは」

「うん」

 もう一度目元を拭い、笑ってみる。

「それに、さっき私止めに入らなくて。ごめん」

「俺に任せろって言ったから、それをユウは守ってくれたんだろ」

「どうして分かるの?」

「そのくらいは、な」

 はにかんだ笑顔。

 私は彼の手を自分から取った。

「ありがとう……」

「い、いや」

 はにかむショウと、顔を伏せる私。

 昼下がりの日差しの中で、私達はしばらくそのままでいた……。



 トレーラーは10台あまり。

 1台に対して、ゴミの入っているコンテナは3つか4つ。

 コンテナ一つが3トンか4トン。

 その壁は4面とも地面に倒され、ゴミが辺りに散乱している。

 不燃物だから匂いはないけれど、その量はどれほどかも分からない。

「見つからないな」

 ゴミに埋もれていたショウが、額の汗を拭ってため息を付く。

 探し出せた絵はまだ100枚あまり。

 全部で何枚捨てられたのかも分からないし、どこにあるのかはもっと分からない。

 しかもコンテナはまだ一つ目。

 残りの量を考えると、正直気が遠くなってくる。

「こんな大きいやつ、初めて動かしたぜ」

 苦笑して、トレーラーに触れるショウ。 

 彼はそれを操作する免許を持っているけれど、確かに運転する機会がある車種ではない。

 コンテナを開けたのも地面へ下ろしたのも、全て彼の操作によるものだ。

 その間、私はただ見ているだけで。


「ごめん。私のせいで……」

「気にするな。俺だって、同じ気持ちさ」

「でも私、何も出来ない。ショウにばかり色々してもらって、結局は何も……」

 汚れた彼の顔と、指先。

 再びこみ上げてくる涙。

 私はそれを手の甲で拭い、一枚の絵を手に取った。

 友達同士が、公園で遊んでいる。

 子供らしい、明るく快活な雰囲気。

 技巧やセンスは足りないのかもしれない。

 だけどその絵には、私の胸を打つ何かがあった。

 普段なら見過ごしていただろう。 

 ひたむきさと、健気さ。

 一生懸命、自分を出し切ったその頑張り。 

 私にはない、気持……。



「自分こそ、そこまでやる必要ないだろ」

「え?」

 そっと私の手を握るショウ。

 彼の手に、血が滲んでいる。

「ショウ、血が出てる」

「俺じゃない」

「え」

「ユウのだよ」

 ハンカチが手の平に巻かれ、それが赤く染まる。

 間違いなく、私の血だ。

 いつのまに。

「制服も」

「あ」

 汚れだけではなく、何かを引っかけたのかスカートの裾が裂けている。

「手袋しろって言っただろ」

「そうだった?」

「聞いてないんだからな」

 トレーラーにもたれ、ゴミの山を見つめるショウ。

 私も手の平を押さえ、彼の隣へ収まった。

 昼下がり。

 日暮れはまだ遠く、淡い日差しが差している。

 風もない、穏やかな気候。

 今の心とは裏腹に。


「気持ちは分かるけど、少しは落ち着けよ」

「私には何も出来ないもん。だから、せめてこれくらいは」

「したいようにしろって、ケイなら言うかも知れない。でも俺は、止める。怪我をしてまで、ユウにそんな事をしてほしくはない」

 いつになく強い口調。

 私が思わず顔を見つめても、彼は厳しい表情を変えようとしない。

「前も言ったように、俺は何も出来ない。だからその代わりに、ユウを守る」

「それは嬉しいけど。私はもう、前とは違うから」

 こみ上げる気持を押さえ、かろうじてそう呟く。

「自分の力で、何でも出来ると思ってた。みんなを守れると思ってた。だけど実際は、何一つ出来なかった。みんなを守る事も、自分自身を維持する事も。結局、こうして落ち込む事くらいしか」

「変わったか変わらないかは、俺は分からない。ただユウがどうだろうと、俺の考えも変わらない」

「ショウ」

「俺だって、そんな偉そうな事を言える人間じゃないけどさ」

 苦笑して、空を見上げるショウ。

 彼自身その弱さを、今まで何度指摘されただろう。 

 それでもショウは、自らを鍛え成長し続けている。

 負けていない、あきらめていない。

 何よりも、自分に。


「私は、そこまで強くなれない。もう、気持が付いていかない」

「だから、俺がいるんだろ」

「嬉しいけど。頼ってばかりなんて、私は」

 彼から目を逸らし、足元を見つめる。

 何もない、ゴミすらもない。

 私の小さな足があるだけだ。

 後は、汚れたスニーカーと裂けたスカートが。



 古い記憶が蘇った。 

 まるで昨日の事のように、その時の情景が思い浮かぶ。

 あの日も私は服を破き、泣いていた。

 全てを投げ捨て、逃げ出していた。 

 それを受け入れてくれたお母さん。

 励ましてくれたお父さん。

 二人は忘れているかも知れない。

 私がそうだったように。

 辛く、悲しい経験だった。

 でもそれは、今の私を作った大きなきっかけの一つ。

 あの日、お母さんが私を慰めてくれなかったら。

 お父さんが励ましてくれなかったら。

 今とは違う自分になっていただろう。

 その時とは状況も環境も違う。

 だけど、私を慰めてくれる人がいる。

 励ましてくれる人がいる。

 守ってくれる人も。

 そして私は、ただそれに身を任せていればいいのだろうか……。 



 日暮れまではまだしばらくありそうだが、日はかなり傾いてきた。  

 コンテナも相変わらず一つ目で、画用紙も枚数は増えていかない。

 疲労と無力感が絶え間なく襲い、堪えている涙が溢れそうになる。

 何度も目元を拭い、廃材や書類の束の間をかき分ける。

 汚れてしまった画用紙。 

 服や手は洗えば済む事だ。

 でもこれは、もう元には戻らない。 

 純粋な気持ちで、一生懸命描いたんだろう。

 誰かに見てもらいたくてという意識よりも、もっとひたむきな気持で。

 彼等の気持ちを聞いた訳ではない。

 だけどこの絵を見ていると、そんな思いが伝わってくる。

 汚れても、輝きを失ってはいない。

 拙くても、幼稚でも。

 絵はそこにある。

 描いた人の思いと共に。


「……あれ」

 不意に声を出すショウ。

 それに釣られ、彼が見ている方角へ視線を向ける。

「サトミ」

 手を振っている、黒いジャージ姿の彼女。 

 私も、小さく手を振り返す。

「ごめん。遅れて」

「手伝いに、来てくれたの?」

「当たり前でしょ」

 肩に掛けられるタオル。

 それとは別の濡れたタオルが、私の顔を優しく撫でていく。

「こんなに汚れて。それに、その手は」

「少し、切っただけ」

「破傷風の予防接種は受けてるわよね。とにかく、少し休んで」

「でも」

 サトミは私の手を掴み、半ば強引にゴミの中から引き出した。

「奨学金の方は、どうしたの」

「そんな事やってる場合じゃないでしょ、今は」

「ごめん……」  

 頭を下げかけた私を、いつもより強く抱きしめてくれる。

 そして私もその胸に、体を預けた。

 涙は流れなくて、心が暖かくなっていく。

 言葉も何もいらない。

 ただこうしているだけで、他には何も。

「モトや舞地さん達も呼んだから。みんなでやれば、すぐに済むわ」

「だけど」

「自分の意志で、ここにくるのよ。ユウが気にしなくてもいいから」

「うん」

 強く、彼女を抱きしめる。 

 今はこんな事しか出来ないけど。

 だからせめて、今出来る事をしたい。 

 自分なりに、精一杯に。


「俺も、いるんですけどね」

 無愛想な声と鼻を鳴らす音。

 サトミの胸から顔を上げると、やはりジャージ姿のケイがいた。

 手には端末と、書類やバインダーを持っている。

「捨てられた絵を探そうという、その心意気や良し。ですが雪野さん、玲阿君。全部を回収したと、どうやって判断するつもりでしょうか」

「そ、そこまでは考えてなかった」

 言い辛そうに答えるショウ。 

 ケイは肩をすくめ、書類の束をこちらへと見せてきた。

「その絵。正確には中央校の小等部で行われた、学内のコンクールへ出展した作品。それを提出した生徒のリストと、絵のサンプルデータ」

「なるほど。拾い集めた分を、それで照合するって事か」

「何を今さら。大体特別教棟の場所は分かってるんだから、コンテナも限られてくるんだよ。清掃センターの人に聞いたら、その辺のトレーラーは関係ない。それと、それだけ」

 私達が探していたコンテナと、その前後が指さされる。

 他のは、別な教棟のゴミを積んでいるらしい。

「ありがとう……」

 頭を下げたら、ケイは微かに頬を赤らめて視線を逸らした。 

 彼がお礼を言われるのに慣れていないのは知っている。

 でも今だけは、どうしても言っておきたかった。


「さて、早速始めましょうか。木之本君が絵の具の成分を判別するアナライザーを持ってるらしいから、すぐ回収出来るわ」

「俺は寝てる」

「じゃあ、寝てなさい」

 いきなり押し飛ばし、ゴミの中に放り込むサトミ。

 頭から突っ込みそうになったケイは、陰険な顔で彼女に手を伸ばした。

「あら。女の子にそういう事するの」

「そんな事は知らん」

「誰かー、助けてー」

「叫んだって、どうしようも……」 

 突然頭を押さえるケイ。

 私は何もしていない。

「何してるの、君は」

「この女を突き飛ばそうとしてました」

「理由は知らないけど、男の子は女の子を労りなさい」

 ため息を付き、サトミをひしと抱く池上さん。

 振り返ると、舞地さん達もこちらへやってきていた。

「ごめん、みんな。忙しいのに」

「気にしなくていい」

 優しげに微笑み、私の頭を撫でてくれる舞地さん。

 他のみんなは、何も言わずにゴミの中に入っていく。    

 それが嬉しくて、どうしようもなくて。

 私は目元を、もう一度だけ押さえた……。




 画用紙を全て回収したのは、それからすぐの事。

 人数が多いのと、木之本君のアナライザーが役に立ったのだ。

 彼がいいクリーニング法を知ってるとの事で、その後の処理も頼んである。

 私は包帯を巻いた手の平を握りしめ、視線を落とした。

 今いるのは、男子寮のイベントルーム。

 サークルや会合で使う場所で、今は私達の貸し切りにしてある。  

「理事長達に会うのなら、一言声掛けろよ。俺と口を聞き辛いのは分かってるけど」

「でも……」

 上目遣いで、正面に座っている塩田さんを見上げる。

 彼は手にしていた書類をテーブルに置き、頭を押さえた。

「会って、どうだった」

「それは、その」

「確かにあの女は切れるし、話も分かる。ただ、厳しいんだよ。人にも、自分にも。それを受け止められないと、結構辛い」

「でも、絵は……」

「推測だが、捨てたのは理事長の判断じゃない。ほこりが被るまで、放っておいたのも。それはまた、別な奴がやった事さ」

 私以上に肩を落とす塩田さん。

 それは私が辛い目にあった事への気持か、それとも去年の出来事を思い出してなのか。


「さて、こうなると去年の事を話さなければならないと思いますが。聞く気はありますか」

 テーブルの上に指を組んでいた大山副会長が、私達をじっと見据えてくる。

 表情は笑っているが、その裏からは気圧されるような厳しい雰囲気が感じ取れる。

「聞いたからといって、何かある訳ではありません。ただ、決して楽しい話でもありません。あなた達にとってではなく、私達にとって」

「言ってみれば、私達の傷の部分よ。触れられたくない、過去。負い目っていうのかな」

 ため息を付く中川さんと、苦い顔をしている天満さん。

 沢さんとSDC代表代行の三島さんだけは、全く普段と変わらないが。


 ここ今いるメンバー。

 私達エアリアルガーディアンズの4名。

 モトちゃん、沙紀ちゃん、木之本君、七尾君。

 それと向かい合う形で座っているメンバーは。

 塩田さん、大山副会長、沢さん。

 中川予算編成局局次長、天満運営企画局局長。

 SDC代表代行三島さん。

 そして彼等と私達のはす向かいにいるのが、舞地さん達ワイルドギース。 

 それぞれの立場を表している位置関係でもある。  


「……少し、話すか。もうお前らは、巻き込まれてるんだし」

 頭を押さえたまま呟く塩田さん。 

 他の人も、同意の表情を見せる。

「最初は学校の生徒管理に対する、抵抗だった。一部の生徒は学校に付き、俺達はそれを反対する側に立った」

「管理って、なんです」

「若干規則を強化するだけだ。評価の高い生徒には、奨学金や進学就職の面で優遇するという条件付きで」

 面白く無さそうな顔をする塩田さんに代わり、副会長が姿勢を正す。

「逆に評価の低い生徒は、冷遇されます。つまり、学校側の意に沿わない生徒は」

「そのくらい当然でしょう。規則を守ればいい事もあるんだし、揉める必要はないと思いますけど」

「しかし浦田君。仮に卒業後も学校、草薙グループの管理下に置かれるとしたら?」

 薄く微笑む副会長。

 それを平然と見つめ返すケイ。

「やはり管理されている事も、表だっては分かりません。しかし草薙グループに有利な行動をするよう、それとなくアドバイスをされます」

「お金もらって、就職も斡旋してもらってるんです。下らない情実とはいえ、そのくらいは要求しますよ」

「草薙グループの卒業者は、企業のみならず官庁の中枢にも及びます。彼等が全員草薙グループのために行動したら、どうなると思いますか」

 あくまでも柔らかい物腰。

 それに対するケイも、素っ気ない態度を変えはしない。


「日本が草薙グループの意志で動かされるって?いいじゃないですか、そのくらいの野心はあっても。議会や首相とは別の、裏の権力。却って権力分散にもなります」

「草薙グループは、次期総選挙を睨んでいるようです。その際卒業生とその関係者を動かし、投票行動を操作するために。学校関係者が立候補する訳では無いようですが」

「遠大な計画ですね。嫌なら従わなければいいだけですよ。投票は監視出来ないし、まさか殺される訳でもない」

 鼻で笑うケイ。 

 しかし副会長は笑わない。

 塩田さん達も。

「確かに、殺されはしない。でも、様々な圧力は掛かってくるの。極秘のモデルケースとして、地方校でその管理案が執行されたのよ」

 抑え気味の声で話し出す中川さん。

 顔色は勝れず、いつもの覇気もない。


「効果は絶大で、生徒の大多数が学校の意向に従った。当たり前よね。簡単な規則を守っていれば、お金がもらえて就職先も有利になるんだから。でも従わない人も、当然いるの」

「どうぞ、続けて下さい」

「強制退学をさせられて、全国の高校に入学を拒否するよう通知が下ったわ。かろうじて、各自自体や中央政府の行っているオンライン授業は受けられた。だけど……」

 言葉はそれ以上つながらず、顔は完全に伏せられる。

 隣にいる天満さんも、同様だ。

「学校に、行きたくても行けない学生。勿論その後の進学や就職も同様だ。殺されるより、辛いかもな」

 ぽつりと洩らす塩田さん。

 たまらない程の静けさが、室内に覆い被さっていく。

「これでも浦田君は、平気だと。いえ君は平気でしょうけど、周りでそういうケースを見たらどう思います?」

「楽しくはないですけど、個人で行動しようとは思いません。その能力も、気概もありませんから」 

「俺達もそうだった。その噂を聞いても、退学した連中に会っても実感が湧かなかった。他人は他人。自分達は、どうにかなると思ってた」

 苦笑した塩田さんが、一枚の写真をテーブルの上に滑らせた。


 私の目の前で止まった写真。

 以前彼の執務室で見たものだ。

 いや、あれよりも人数が多い。

 塩田さん達が映っているスナップ写真。

 ここにいる先輩達と、見慣れない人が数名。

 また何故か、前自警局長が写っている。 

 その隣にいるのは、彼と一緒に退学処分を受けたフォースの幹部。

 確か……、フォース代表代行臨時補佐だ。

 前期にあった塩田さんの解任や、私達への直接的な攻撃を仕掛けて来た人達。

 それ自体は彼との共謀で、何か違う意味があったらしいけど。

 でもどうして、彼等がここに。


 私の疑問をよそに、塩田さんが鼻を鳴らす。

「真ん中にいる冴えない男が、俺達を集めたんだ。勉強は多少出来たけど、別に何か才能があった訳でもケンカが強い訳でもない」

「彼の人としての資質は、そういうものでは判断出来ません。ただ彼の良さが何かと聞かれると、私も困りますが」

 苦笑するしかないといった様子の塩田さんと副会長。

 他の先輩も、同じ様な表情だ。

「あの人に口説かれてメンバーが集まったのは、夏休みの前。それからさ、色々あったのは」  










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