10-1
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お昼休み。
ご飯を食べ終えラウンジでぼんやりしていたら、端末が可愛らしいメロディーを奏で出した。
「……はい」
「理事会・秘書課ですが、雪野優さんでいらっしゃいますか」
柔らかな、耳障りのいい女性の声。
「ええ、私がそうですけど」
理事会・秘書課?
初めて聞いたな、そんな部署。
というか、理事会ってこの間のあれも理事だ。
「突然のご連絡で、申し訳ございません。明日の午後は、ご予定がおありでしょうか」
「授業があります」
そう答えると、微かな笑い声が聞こえた。
「済みませんでした。もしご都合がつくなら、授業をキャンセルしてこちらへ来ていただきたいのですが」
「休むのはいいんですけど、私にどんな用があるんです」
若干警戒しつつ、彼女の言葉を待つ。
「今まで色々誤解を招いた行為がありますので、それを弁明する機会を設けさせて頂きたいのです」
「誤解、ですか」
「ええ。お分かりですよね、その辺りは」
今度は彼女が、私の言葉を待っている。
あまりいい気持はしないけど、話くらいは聞いてもいいだろう。
しかし、意外と単刀直入だな。
「ええ、いいですよ。具体的には、どうすればいいんですか」
「折り返し、端末の方へ時間等の詳しい情報をお送り致します」
「はい、分かりました」
「ありがとうございます。それでは、失礼致します」
用件を済ませ、通話を終える彼女。
人当たりも良くて、そつがない。
大人の女性、とでも言ったらいいんだろうか。
それはともかく、理事会ね。
さて、どうしよう。
「私に聞かれても」
肩をすくめるモトちゃん。
そうなんだけど、人の意見も聞いてみたいじゃない。
彼女の部屋に意見を聞きに来たものの、これといった事は言ってくれない。
「お父さんから、何か聞いてない?」
「一応調べてるらしいわ。ただあの人は教務監査官で、学校経営やそこでの内紛は管轄外なの」
「困ったな」
カーペットに転がり、モトちゃんの足を揉む。
別に、意味はない。
「くすぐったい。話を聞くだけなんでしょ」
「うん。でも、どうして急にそうなったのかって思うと」
「考え出したらきりがないって。まさかいきなり退学なんて事もないだろうし、気楽にしてれば」
あくまでも気楽なモトちゃん。
言っている事は分かるけど、本当に安心していていいんだろうか。
何と言っても退学や、ガーディアンの脱退を仕掛けてきたのは学校なんだから。
とにかく、明日だ……。
お昼ご飯を食べ終え、軽く身だしなみを整える。
いつも通りの制服で、特に変わった事はしていない。
それは隣にいるサトミも同様だ。
コロンの香りも、髪の艶も。
いつも通り綺麗で、凛としている。
どうしたら、こう変わらないのかな。
私は体型が、数年間変わってないけれど……。
「俺達呼び出して、何するんだ」
イタリア製のスーツの前を合わせ、首を廻しているショウ。
制服ではないけれど、普段のラフな物とは違う格好だ。
何にしろ似合っているので、問題はない。
というか、どんな服装でも格好良いから。
「眠いよ、俺は」
パーカーにとジーンズという、相変わらずのケイ。
私やサトミは制服だからいいようなものの、この人は何だろう。
かしこまる、という言葉を知ってるんだろうか。
「あなた、その格好で行くつもり?」
「いけませんか、遠野さん」
「どうでもいいわ」
素っ気なく答え、サトミは襟のリボンを結び直した。
たしなめるのではなく、確認のために聞いただけのようだ。
諦めているのかも知れない。
「フォーマルとは言わないけど、もう少し普通のを着たらどうだ」
「指定があれば、そうする」
あくびをして、背もたれへ崩れるケイ。
ショウは完全に呆れて、大きく首を振った。
私は最初から相手にしない。
どうせ格好にこだわらないのなら、裸で行けばいいのに。
でもこの人なら、場合によってはやりやねない……。
下らない事を考える間もなく、特別教棟へとやってきた私達。
玄関には迎えの人がいて、丁寧な態度で中へ通してくれた。
今まで彼等がしてきた事とのギャップを考えれば、かなりの違和感を覚える。
エレベーターを下りてしばらく行くと、ここまで連れてきた男性が大きなドアを手で示した。
「こちらが、理事長室です」
「え?」
「どうぞ、中へ」
静かにスライドする、大きなドア。
中の明かりが、廊下へとこぼれ出す。
「失礼します」
一応頭を下げ、足を踏み入れる私達。
理事長室と言うだけあり、調度品や内装はやはりそれなりの物。
派手さはない物の、その価値や格調は素人の私でも分かるくらいだ。
「よく、来てくれたわね」
全面ガラス張りの壁際に立っていたスーツ姿の若い女性が、こちらを振り向く。
30前後、だろう。
落ち着いた大人の女性の雰囲気と、それ相応の艶。
スタイルもそれなりで、街を歩けば男性が自然と目を向けても不思議はない程。
浮かぶ笑顔は自信とゆとりに満ちあふれ、その綺麗な顔によく似合っている。
「理事長の高嶋よ。どうぞ、よろしく」
「こ、こちらこそ」
何となく慌てて頭を下げる。
まさかとは思っていたけど、彼女が理事長なのか。
どう見てもまだ若いのに。
「父の後を引き継いで、数年前から理事長の職に就いているの」
私の疑問を読みとったかのように、自分から話す理事長。
その外観や年齢から、直接質問される機会も多いのだと思う。
「お茶を用意するから、そこへ掛けて」
紅茶のいい香りを前にして、色々と考えていた。
確かにここへ来るまで、カードキーを使うドアをいくつか通った。
それほど重要な場所だとは気付いていて、理事でも上の方の人に会うのだとも思っていた。
ただそれが、トップの理事長だとは。
しかも周りに秘書も誰もいなく、お茶を運んでくれた男性の姿もない。
「ここは執務室というより、私のプライベートルームに近い部屋なの。だから、もっとリラックスして頂戴」
鷹揚な笑顔と、気さくな態度。
しかし理事長相手にそう砕けた態度を取る訳にも行かず、取りあえず返事だけをする。
「秘書から、何か聞いてる?」
「誤解を招いた行為を、弁明したいと仰ってました」
完全に固まっている私の代わりに答えてくれるサトミ。
彼女が後込みするなんて事はあり得ないので、ここは任せておこう。
「そう。退学や、ガーディアンだった?それの除名だか脱退だかを策略したらしいわね。理事や職員達が」
「理事長御自身は、関与なさってないと」
「ないとは言わないけれど、私が指示を出していた訳じゃないから。高校生は多少やんちゃな方が、可愛げがあるわよ」
朗らかに笑う理事長。
サトミも、薄く笑ってみせる。
爪を研ぎ澄ます猫科の獣を思わせる顔で。
「……私達の先輩が、昨年学校と対立したと聞いていますが」
「あったわね、そんな事も。一部の生徒に度を過ぎた行為がみられたのよ。それに退学は自主的な物で、その後はフォローしてあるわ」
さらりと答えた理事長は、赤いマニキュアの塗られた指先を細い顎へと添えた。
「退学や各組織の役職を解任させられた人達は、確かにいる。でもそれは、本人達も同意の上よ」
「あくまでも、生徒側の暴走だと」
「今言った通り、学校を思う気持ちが行き過ぎたの。だから彼等への処分は、学内で済ませているわ」
「そうですか」
声のトーンを落とし、顎を引き気味に腕を組むサトミ。
言いくるめられたという雰囲気ではないけれど、これといった敵意も見せていない。
「この程度の説明では、納得出来ないかしら」
「私達に、様々な事を仕掛けられた事実がありますので」
「去年生徒達と揉めた時の理事や職員は、多少根に持っていてね。彼等とあなた達を、仲間だと思ってるのよ」
大人だけが持ちうる、ゆとりある態度。
自分への嫌疑や私達の疑念を十分理解しながら、動揺や焦りは見られない。
それを信じるという訳ではないけれど、こうしていると彼女の言い分も多少は受け入れられる気がする。
少なくとも塩田さん達が一方的に善で、学校が悪だという考えは無くなりつつある。
勿論、退学やガーディアンの除名や脱退への仕掛けを忘れはしないが。
「出来ればあなた達に、その先輩との橋渡しをしてほしいとも思ってる。お互い、憎み合うだけでは何も解決しないでしょ」
「それは構いませんが、話し合う余地はあるんですか」
「去年からの問題だから、いきなり解決するとは私も思ってない。ただ何事も、まずは一歩前へと進まないと」
理事長の言葉が、何となく話を聞いていた私の胸に届く。
一歩前へ進む。
確かに、その通りだ。
「学校が悪いとか生徒が悪いとか、そんな事を言うつもりはない。まずは話し合いましょうという事よ」
「去年の時点で、そうは出来なかったんですか」
「一部のヒートアップした人達が、勝手に盛り上がったの。生徒達は退学や停学者が何人も出たし、理事や職員でも役職を解任された人がいる。その状態で話し合いを持つのは、不可能でしょ」
淀みない、落ち着いた受け答え。
サトミのやや鋭い口調にも、怒りや焦りを見せる事はない。
少なくとも、私が普段接している高校生とは全く違うようだ。
「勿論あなた達が被った精神的な苦痛や実際的な損害については、学校や草薙グループが全面的に補償する。分かってるだろうけど、懐柔だなんて気はないから」
「ええ。すると、私達に仕掛けてきた人達への処分は」
「最低限口頭では注意する。それと同じ内容の文章を、あなた達へも見てもらうわ。何か問題があれば解任や、刑事告訴もするつもりよ」
「そうですか」
自分から言う事は無いという雰囲気で、間を置くサトミ。
ショウは話を聞いているだけの顔、私も似たような物だ。
彼女のペースと言ってもいい状況である。
「他に疑問や意見はないかしら。浦田君」
「どうして、俺を名指しなんです」
「遠野さんの優秀さは、誰しもが認めるわ。学年及び、学内トップの才媛なんだから。でもあなただって、中等部からの特待入学でしょ」
「サトミのように、学校から乞われて入学した人間とは違います。俺はあくまでも、自分で試験を受けて入ったんですから」
普段と変わらない、冷静な口調。
理事長という学校の最高責任者の前においても、彼はいつものままだ。
「玲阿君や雪野さんがスポーツ面で、遠野さんもその明晰さで高い評価を得ている。あなたも彼等と一緒でなければ、今以上のポジションにいられるんじゃなくて」
「誉めていただくのは結構ですけど、去年の抗争も俺達へ仕掛けられた事へも興味がないので。そういう事は直接、塩田さん達にして下さい」
「退学になっても平気なの」
苦笑気味な理事長の言葉に、ケイは小さく肩をすくめた。
「確かにここはいい学校だけど、他にも高校はあります。下らない圧力を受けるくらいなら、転校した方がましって考え方もある」
「素っ気ない子ね。友達や、好きな女の子と別れても平気?」
「情に流されて自分を見失う程、純粋な人間ではないので」
どちらかといえば熱を帯びていたサトミとは違い、どこまでも醒めきっているケイ。
しかしそれでも、理事長の態度に変化はない。
大人びた表情で、そんな彼の様子を微笑ましそうに見つめている。
「生徒会除名2回は伊達じゃないのね。それとも、体制にはいつも批判的なのかしら」
「捉え方の違いでしょう。多数派が常に正しくて、少数派が過ちだとは限らないように。批判が批判ではなく、正鵠を射ているという場合だってある」
「面白いわよ、そういう考え方。仕方ない事だけど、私の周りにはイエスマンが多いから。そう言ってくれる人がいるのは新鮮だし、面白いわ」
婉曲な誉め言葉とれる台詞。
ケイは照れたり喜ぶ素振りもなく、冷静な態度を崩さない。
そして理事長も、落ち着いた佇まいのまま。
「将来はどうするつもり?就職先に、草薙グループを希望はしていないの」
「入れないでしょう。生徒会二度除名、停学も数回。成績もそれほど良くないし、教員の受けも悪い。高校からの推薦は受けられませんから」
「あなたさえ望めば、私が推薦してもいいわ」
唐突とも言える申し出。
思わず私とショウが彼の顔を見る。
「さっき御自身で仰った、懐柔策ですか」
「そう思ってもかまわない。あなた自身にそのつもりがあれば、門戸は開いているというだけの話よ」
「即答出来る問題ではないですけど、話としては嬉しく思ってます」
微かにケイの口元が緩む。
そして理事長のそれも。
「彼だけではなくて、あなた達も同様だと思って。勿論それぞれが得意分野とするセクションへ、という意味でね」
「私は、大学院に進むつもりですので」
素っ気ないサトミの答えに、理事長は笑顔で手を振った。
「あなたは、研究者志望だったわね。彼氏やお兄さんと一緒で。心理学や社会学だった?」
「ええ」
「家庭の事情も、多少は聞いてる。奨学金だけで、やっていける?」
さりげない、ただサトミにとっては辛い質問。
しかし彼女は、平然とした態度で頷いた。
「生活していく分には、問題ありません」
「それじゃ駄目よ。調べた限りでは、奨学金もそうは貰ってない。高校では上限規定があるから仕方ないんだけど、あなたの才能に対する評価としてはなってないわ」
「そういう決まりですから。今言ったように、生活は出来てますし」
「よかったら、私が個人でやってる基金を使う?資格要件は厳しいけれど、あなたなら満たしてると思う」
突然テーブルの上に、疑似ディスプレイが現れた。
そこには今彼女が言った基金の名称と、運用実績や主な支給先、そして資格要件などが表示されている。
「大学院まで進学するなら、返済は無いのと同様。利子もないし、悪くないでしょ」
「ええ、確かに」
「これを元に、あなたを管理しようとは思ってないわ。優秀な人の手助けをしたい、ただそれだけよ」
「ありがとうございます」
微かに頭を下げ、横目でケイを捉えるサトミ。
「彼は若干成績面で及ばないけど、それは別な条件をクリアする事で何とかなるわ。浦田君も、お金が無いのよね」
「怪我の一時見舞い金は下りましたよ。退院寸前に」
「ごめんなさい。それも職員の誰かが、支給を遅らせてたらしくて」
「いいんですけどね、結局はもらえましたから」
鼻で笑うケイ。
理事長も、苦笑気味に笑っている。
二人は私達と違って、親からの援助を一切受けていない。
そのため生活は意外ときつく、決して楽とは言えない。
だからこの提案は、本当に悪くない話だ。
懐柔という考え方もあるけれど、サトミ達はそれも分かっているだろう。
それに二人が今より楽な生活を送れるのなら、ここはもらっておくべきだ。
お金に使い方や、相手の名前は書いてないんだし。
「手続きがあるから、別室で待ってて。すぐに、係の者を呼ぶから」
「はい」
席を立ち、ドアへと向かう二人。
そろそろ潮時と見て私達も立ち上がる。
「あら、帰るの」
「ええ。話は大体伺いましたし」
「そう。何か疑問があったら、また来て。いつでもという訳にはいかないけど、都合を付けて会う時間を設けるから」
書類の束を整理しながら、私達を見送る理事長。
会釈してドアをくぐろうとしたら、壁際にある大きな本棚が視界に映った。
その中には本の代わりに、可愛らしいタッチの絵が何枚か飾られている。
「これは」
「小等部の子達が描いた絵よ。学内でコンクールを行って、気に入ったのを並べてあるの」
屈託のない、明るい笑顔。
私もそれに合わせて笑おうとした。
でも、笑顔は浮かんでこなかった。
「こちらのは、何ですか」
「ああ、それは関係ない。私もさっき気付いたけど、職員が持って帰るのを忘れてるのね。後で、言っておかないと」
今までと変わらない、落ち着いた態度。
私は腰を屈め、震える手を動かした。
無造作に床へ置かれ、ほこりを被った画用紙の束。
裏を見れば、拙いながらも一生懸命書いた絵が描かれている。
「……いらないんですか、これは」
「私の物じゃないから」
何気ない口調。
そこには疑問や考える間はまるでなかった。
思った事を口にした。
ただその意志だけが感じ取られた。
「私が持って帰っていいですか」
「構わないけど。どうするの」
屈託のない笑い声を背中に受けながら、私はドアをくぐった。
廊下には、理事のIDを胸に付けている年輩の男性が立っていた。
「あ、あの」
「なんだね」
冷たい視線。
私は画用紙を彼の前へ差し出した。
「この絵は、これだけですか」
「捨てたよ」
「え?」
「邪魔になるから、捨てた。どうせ理事長もいらないんだし、構わないだろう」
当然だと言わんばかりの表情。
それを悔いたり申し訳なく気持ちは、微かにも見られない。
「終わったのなら、早く帰りたまえ。ここは、生徒が立ち入る場所じゃない」
「じゃあ、誰が……」
一歩前に出るショウを制して、私は歩き出した。
画用紙を抱え、廊下を行く。
さっきまでの出来事を、思い出さないようにしながら。
「私達、ここに行くよう言われたから」
事務室風のドアを指さすサトミ。
ケイもその壁際に、背をもたれている。
「分かった」
顔を伏せ、二人の前を通り過ぎる。
呼び止める声は掛からず、追ってくる足音もない。
今二人には、もっと大切な事がある。
私の下らない感慨に付き合ってる暇はない。
エレベーターに乗り込んだ途端、床に涙が落ちた。
手で押さえても、我慢しても。
頬を涙が伝っていく。
さっきの出来事。
この絵を描いた子供達の気持。
様々な思いが、胸の中を掻き回していく。
今まで感じた事もない強い衝動。
絵の束を抱え、私は泣き続けていた。
悔しいのか何なのか。
とにかく涙は止まらない。
「……こんなの、こんなのひど過ぎる」
肩が優しく抱かれる。
私は彼の胸に顔を埋めた。
「どうして、こんな事。私、私……」
もう言葉にはならなかった。
ただ涙が溢れ、悲しむだけで。
彼の胸に顔を埋めたまま、私は泣き続けた。
「……ユウ、もう泣くな」
優しさと強さの重なったショウの声。
私をそっと引き寄せ、抱きしめてくれる。
「……う、うん」
必死に我慢して、涙を堪える。
それでも嗚咽は漏れ、やはり涙は出てしまう。
「ほら、顔上げて」
彼のハンカチが、私の目元を拭っていく。
頬へ、そして顎へと。
「ご、ごめん」
袖で顔を拭き、彼を見上げる。
そこにある暖かな、優しい笑顔。
「大丈夫だ、俺に任せろ」
「でも……」
「いいから。行こう」
ショウは私の手を引いて、エレベーターのドアをくぐる。
「行くって、どこに」
「絵を取り戻しに行くのさ」
私の手を引いたまま、学内を駆けていくショウ。
普段あまり通らない教棟の裏側を、私達は走っていた。
この先は、学校の裏手に当たる。
ショウはその間に清掃センターへ連絡して、ゴミの引き取りを止めるように頼んでいた。
「……コンテナを探しに行くの?」
「ああ。話から言って、捨てられたのは昨日か今日だ。今なら、まだ間に合う」
彼の足が早くなる。
私の手を握る力も強くなる……。
コンテナの集積場所に着くと、ちょうどそれを運び出すトレーラーが出発するところだった。
「ユウは、ここで待ってろ」
私の髪を撫で、トレーラーへと走っていくショウ。
「おーい」
その前に出て、手を振る。
当然トレーラーは止まり、運転手が降りてきた。
後ろに並んでいたトレーラーも、止まっている。
「なんだー?」
体格のいい男性が数人。
後ろの方でも、ショウと彼等の様子を何人かが見ている。
「悪い。それ運ぶの待ってくれ。中に、大事な物が入ってるんだ」
「急いでんだよ、こっちは。そういう事は、学校かセンターへ連絡してくれ」
「連絡済みだ。確認してくれれば分かるから」
しかし男性達は、鼻で笑っただけだ。
「ガキの遊びに付き合ってる暇なんて無い。探したいなら、センターへ運んだ後にしてくれ」
「処分された後じゃ遅いんだ。頼むよ」
「うるさいな。忙しいって言ってるだろ」
全く聞く耳を持たず、トレーラーに乗り込む男性。
周りの人達は、ニヤニヤと笑っている。
エンジン音が微かに聞こえ、運転席から男性が顔を出す。
「止めたければ、これ事止めてみろ」
そう言っている間にもトレーラーは動き出し、その前に立っているショウへと近づいていく。
「頼むよ」
頭を下げるショウ。
何もしない。
運転手を引きずり降ろしたり、トレーラーを力尽くで壊したり。
ただ頭を下げている。
近づいていくトレーラーの音が、彼にも聞こえているはずだ。
でもショウは動かない。
頭を下げ続けている。
これ以上はもう危ない。
そんな無茶しなくていい。
私の事なんかどうでもいいから。
もう泣かないから。
だから、早く逃げて……。
祈るような気持ちで手を握り締めていると、エンジンの音が消えた。
惰性で進むトレーラーは、ショウからほんの少し前の所でゆっくりと止まる。
その間は1mもない。
「お前、馬鹿か」
苛立った顔で降りてきた運転手は、力尽くでショウを突き飛ばした。
あっけなく彼は、地面に崩れる。
「何度も言うけどな。俺達は遊んでる暇はないんだよ」
地面が蹴られ、湿った土が彼の体へ掛かる。
「俺も、冗談でやってる訳じゃないんだ。頼む」
座り直し、頭を下げる。
深く地面に頭を付けて。
「……土下座すればいいってもんじゃないんだ。こっちは、仕事なんだから」
「分かってる。俺に出来る事なら、何でもする。だから、それを運ぶのは待ってくれ」
「子供のお前に、何が出来るんだ。俺達は、金のためにやってるんだからよ」
「済まない。悪いと思ってる。でも……」
勿論ショウも、彼等の言っている事は分かってる。
自分の行為がいかに身勝手で、相手の迷惑を考えていないかを。
でも、それを承知で彼は頭を下げている。
「飯食いに行くぞ」
すると精悍な顔立ちをした大柄の男性が、周りにいた仲間に声を掛けた。
「へっ。甘いな、相変わらず」
「早くしないと、今日中には着かないぜ」
「だったら、夜通し走るだけだ」
「一人で格好付けて。まったく、最初からそう言えばいいのに」
場を収めてくれた男性が、ショウの腕を取って立ち上がらせる。
「あ、ありがとうございます」
「俺達は、飯を食いにいくだけだ。礼を言われる筋合いじゃない」
「そういうのを、格好付けるって言うんだ」
どっと笑う仲間の人達。
「俺からもセンターへ連絡を入れるから、好きなだけ探してくれ。何なら明日や明後日まで掛かってもいいからな」
「済みません」
「ったく。死ぬほど大切な物でも入ってるのか?」
「い、いえそれは」
「それとも。死んでもいい程、大切な人のためか?」
一瞬男性の視線が、私に向いたようにも見える。
「……まあいい。これがマスターキーだから、箱は全部これで開く。何かあったら、すぐ俺達を呼べよ」
「は、はい」
「今度からは、トレーラーとケンカしようなんて思うな。轢かれて後悔しても遅いぞ。それに、残されて泣くのは結構辛いからな」
彼等の視線が、私とはっきり向けられる。
今度は間違いなく、私自身感じられる程に。
「じゃあな」
ショウの肩を軽く叩き、教棟の方へ歩いていく男性。
他の人達は、彼を冷やかしながらその後に続いていく。
「ショウ……」
私は彼の側に寄って、目元を拭った。
「ごめん、また泣いちゃった」
「いいさ。俺とユウしかいないんだから、少しくらいは」
「うん」
もう一度目元を拭い、笑ってみる。
「それに、さっき私止めに入らなくて。ごめん」
「俺に任せろって言ったから、それをユウは守ってくれたんだろ」
「どうして分かるの?」
「そのくらいは、な」
はにかんだ笑顔。
私は彼の手を自分から取った。
「ありがとう……」
「い、いや」
はにかむショウと、顔を伏せる私。
昼下がりの日差しの中で、私達はしばらくそのままでいた……。
トレーラーは10台あまり。
1台に対して、ゴミの入っているコンテナは3つか4つ。
コンテナ一つが3トンか4トン。
その壁は4面とも地面に倒され、ゴミが辺りに散乱している。
不燃物だから匂いはないけれど、その量はどれほどかも分からない。
「見つからないな」
ゴミに埋もれていたショウが、額の汗を拭ってため息を付く。
探し出せた絵はまだ100枚あまり。
全部で何枚捨てられたのかも分からないし、どこにあるのかはもっと分からない。
しかもコンテナはまだ一つ目。
残りの量を考えると、正直気が遠くなってくる。
「こんな大きいやつ、初めて動かしたぜ」
苦笑して、トレーラーに触れるショウ。
彼はそれを操作する免許を持っているけれど、確かに運転する機会がある車種ではない。
コンテナを開けたのも地面へ下ろしたのも、全て彼の操作によるものだ。
その間、私はただ見ているだけで。
「ごめん。私のせいで……」
「気にするな。俺だって、同じ気持ちさ」
「でも私、何も出来ない。ショウにばかり色々してもらって、結局は何も……」
汚れた彼の顔と、指先。
再びこみ上げてくる涙。
私はそれを手の甲で拭い、一枚の絵を手に取った。
友達同士が、公園で遊んでいる。
子供らしい、明るく快活な雰囲気。
技巧やセンスは足りないのかもしれない。
だけどその絵には、私の胸を打つ何かがあった。
普段なら見過ごしていただろう。
ひたむきさと、健気さ。
一生懸命、自分を出し切ったその頑張り。
私にはない、気持……。
「自分こそ、そこまでやる必要ないだろ」
「え?」
そっと私の手を握るショウ。
彼の手に、血が滲んでいる。
「ショウ、血が出てる」
「俺じゃない」
「え」
「ユウのだよ」
ハンカチが手の平に巻かれ、それが赤く染まる。
間違いなく、私の血だ。
いつのまに。
「制服も」
「あ」
汚れだけではなく、何かを引っかけたのかスカートの裾が裂けている。
「手袋しろって言っただろ」
「そうだった?」
「聞いてないんだからな」
トレーラーにもたれ、ゴミの山を見つめるショウ。
私も手の平を押さえ、彼の隣へ収まった。
昼下がり。
日暮れはまだ遠く、淡い日差しが差している。
風もない、穏やかな気候。
今の心とは裏腹に。
「気持ちは分かるけど、少しは落ち着けよ」
「私には何も出来ないもん。だから、せめてこれくらいは」
「したいようにしろって、ケイなら言うかも知れない。でも俺は、止める。怪我をしてまで、ユウにそんな事をしてほしくはない」
いつになく強い口調。
私が思わず顔を見つめても、彼は厳しい表情を変えようとしない。
「前も言ったように、俺は何も出来ない。だからその代わりに、ユウを守る」
「それは嬉しいけど。私はもう、前とは違うから」
こみ上げる気持を押さえ、かろうじてそう呟く。
「自分の力で、何でも出来ると思ってた。みんなを守れると思ってた。だけど実際は、何一つ出来なかった。みんなを守る事も、自分自身を維持する事も。結局、こうして落ち込む事くらいしか」
「変わったか変わらないかは、俺は分からない。ただユウがどうだろうと、俺の考えも変わらない」
「ショウ」
「俺だって、そんな偉そうな事を言える人間じゃないけどさ」
苦笑して、空を見上げるショウ。
彼自身その弱さを、今まで何度指摘されただろう。
それでもショウは、自らを鍛え成長し続けている。
負けていない、あきらめていない。
何よりも、自分に。
「私は、そこまで強くなれない。もう、気持が付いていかない」
「だから、俺がいるんだろ」
「嬉しいけど。頼ってばかりなんて、私は」
彼から目を逸らし、足元を見つめる。
何もない、ゴミすらもない。
私の小さな足があるだけだ。
後は、汚れたスニーカーと裂けたスカートが。
古い記憶が蘇った。
まるで昨日の事のように、その時の情景が思い浮かぶ。
あの日も私は服を破き、泣いていた。
全てを投げ捨て、逃げ出していた。
それを受け入れてくれたお母さん。
励ましてくれたお父さん。
二人は忘れているかも知れない。
私がそうだったように。
辛く、悲しい経験だった。
でもそれは、今の私を作った大きなきっかけの一つ。
あの日、お母さんが私を慰めてくれなかったら。
お父さんが励ましてくれなかったら。
今とは違う自分になっていただろう。
その時とは状況も環境も違う。
だけど、私を慰めてくれる人がいる。
励ましてくれる人がいる。
守ってくれる人も。
そして私は、ただそれに身を任せていればいいのだろうか……。
日暮れまではまだしばらくありそうだが、日はかなり傾いてきた。
コンテナも相変わらず一つ目で、画用紙も枚数は増えていかない。
疲労と無力感が絶え間なく襲い、堪えている涙が溢れそうになる。
何度も目元を拭い、廃材や書類の束の間をかき分ける。
汚れてしまった画用紙。
服や手は洗えば済む事だ。
でもこれは、もう元には戻らない。
純粋な気持ちで、一生懸命描いたんだろう。
誰かに見てもらいたくてという意識よりも、もっとひたむきな気持で。
彼等の気持ちを聞いた訳ではない。
だけどこの絵を見ていると、そんな思いが伝わってくる。
汚れても、輝きを失ってはいない。
拙くても、幼稚でも。
絵はそこにある。
描いた人の思いと共に。
「……あれ」
不意に声を出すショウ。
それに釣られ、彼が見ている方角へ視線を向ける。
「サトミ」
手を振っている、黒いジャージ姿の彼女。
私も、小さく手を振り返す。
「ごめん。遅れて」
「手伝いに、来てくれたの?」
「当たり前でしょ」
肩に掛けられるタオル。
それとは別の濡れたタオルが、私の顔を優しく撫でていく。
「こんなに汚れて。それに、その手は」
「少し、切っただけ」
「破傷風の予防接種は受けてるわよね。とにかく、少し休んで」
「でも」
サトミは私の手を掴み、半ば強引にゴミの中から引き出した。
「奨学金の方は、どうしたの」
「そんな事やってる場合じゃないでしょ、今は」
「ごめん……」
頭を下げかけた私を、いつもより強く抱きしめてくれる。
そして私もその胸に、体を預けた。
涙は流れなくて、心が暖かくなっていく。
言葉も何もいらない。
ただこうしているだけで、他には何も。
「モトや舞地さん達も呼んだから。みんなでやれば、すぐに済むわ」
「だけど」
「自分の意志で、ここにくるのよ。ユウが気にしなくてもいいから」
「うん」
強く、彼女を抱きしめる。
今はこんな事しか出来ないけど。
だからせめて、今出来る事をしたい。
自分なりに、精一杯に。
「俺も、いるんですけどね」
無愛想な声と鼻を鳴らす音。
サトミの胸から顔を上げると、やはりジャージ姿のケイがいた。
手には端末と、書類やバインダーを持っている。
「捨てられた絵を探そうという、その心意気や良し。ですが雪野さん、玲阿君。全部を回収したと、どうやって判断するつもりでしょうか」
「そ、そこまでは考えてなかった」
言い辛そうに答えるショウ。
ケイは肩をすくめ、書類の束をこちらへと見せてきた。
「その絵。正確には中央校の小等部で行われた、学内のコンクールへ出展した作品。それを提出した生徒のリストと、絵のサンプルデータ」
「なるほど。拾い集めた分を、それで照合するって事か」
「何を今さら。大体特別教棟の場所は分かってるんだから、コンテナも限られてくるんだよ。清掃センターの人に聞いたら、その辺のトレーラーは関係ない。それと、それだけ」
私達が探していたコンテナと、その前後が指さされる。
他のは、別な教棟のゴミを積んでいるらしい。
「ありがとう……」
頭を下げたら、ケイは微かに頬を赤らめて視線を逸らした。
彼がお礼を言われるのに慣れていないのは知っている。
でも今だけは、どうしても言っておきたかった。
「さて、早速始めましょうか。木之本君が絵の具の成分を判別するアナライザーを持ってるらしいから、すぐ回収出来るわ」
「俺は寝てる」
「じゃあ、寝てなさい」
いきなり押し飛ばし、ゴミの中に放り込むサトミ。
頭から突っ込みそうになったケイは、陰険な顔で彼女に手を伸ばした。
「あら。女の子にそういう事するの」
「そんな事は知らん」
「誰かー、助けてー」
「叫んだって、どうしようも……」
突然頭を押さえるケイ。
私は何もしていない。
「何してるの、君は」
「この女を突き飛ばそうとしてました」
「理由は知らないけど、男の子は女の子を労りなさい」
ため息を付き、サトミをひしと抱く池上さん。
振り返ると、舞地さん達もこちらへやってきていた。
「ごめん、みんな。忙しいのに」
「気にしなくていい」
優しげに微笑み、私の頭を撫でてくれる舞地さん。
他のみんなは、何も言わずにゴミの中に入っていく。
それが嬉しくて、どうしようもなくて。
私は目元を、もう一度だけ押さえた……。
画用紙を全て回収したのは、それからすぐの事。
人数が多いのと、木之本君のアナライザーが役に立ったのだ。
彼がいいクリーニング法を知ってるとの事で、その後の処理も頼んである。
私は包帯を巻いた手の平を握りしめ、視線を落とした。
今いるのは、男子寮のイベントルーム。
サークルや会合で使う場所で、今は私達の貸し切りにしてある。
「理事長達に会うのなら、一言声掛けろよ。俺と口を聞き辛いのは分かってるけど」
「でも……」
上目遣いで、正面に座っている塩田さんを見上げる。
彼は手にしていた書類をテーブルに置き、頭を押さえた。
「会って、どうだった」
「それは、その」
「確かにあの女は切れるし、話も分かる。ただ、厳しいんだよ。人にも、自分にも。それを受け止められないと、結構辛い」
「でも、絵は……」
「推測だが、捨てたのは理事長の判断じゃない。ほこりが被るまで、放っておいたのも。それはまた、別な奴がやった事さ」
私以上に肩を落とす塩田さん。
それは私が辛い目にあった事への気持か、それとも去年の出来事を思い出してなのか。
「さて、こうなると去年の事を話さなければならないと思いますが。聞く気はありますか」
テーブルの上に指を組んでいた大山副会長が、私達をじっと見据えてくる。
表情は笑っているが、その裏からは気圧されるような厳しい雰囲気が感じ取れる。
「聞いたからといって、何かある訳ではありません。ただ、決して楽しい話でもありません。あなた達にとってではなく、私達にとって」
「言ってみれば、私達の傷の部分よ。触れられたくない、過去。負い目っていうのかな」
ため息を付く中川さんと、苦い顔をしている天満さん。
沢さんとSDC代表代行の三島さんだけは、全く普段と変わらないが。
ここ今いるメンバー。
私達エアリアルガーディアンズの4名。
モトちゃん、沙紀ちゃん、木之本君、七尾君。
それと向かい合う形で座っているメンバーは。
塩田さん、大山副会長、沢さん。
中川予算編成局局次長、天満運営企画局局長。
SDC代表代行三島さん。
そして彼等と私達のはす向かいにいるのが、舞地さん達ワイルドギース。
それぞれの立場を表している位置関係でもある。
「……少し、話すか。もうお前らは、巻き込まれてるんだし」
頭を押さえたまま呟く塩田さん。
他の人も、同意の表情を見せる。
「最初は学校の生徒管理に対する、抵抗だった。一部の生徒は学校に付き、俺達はそれを反対する側に立った」
「管理って、なんです」
「若干規則を強化するだけだ。評価の高い生徒には、奨学金や進学就職の面で優遇するという条件付きで」
面白く無さそうな顔をする塩田さんに代わり、副会長が姿勢を正す。
「逆に評価の低い生徒は、冷遇されます。つまり、学校側の意に沿わない生徒は」
「そのくらい当然でしょう。規則を守ればいい事もあるんだし、揉める必要はないと思いますけど」
「しかし浦田君。仮に卒業後も学校、草薙グループの管理下に置かれるとしたら?」
薄く微笑む副会長。
それを平然と見つめ返すケイ。
「やはり管理されている事も、表だっては分かりません。しかし草薙グループに有利な行動をするよう、それとなくアドバイスをされます」
「お金もらって、就職も斡旋してもらってるんです。下らない情実とはいえ、そのくらいは要求しますよ」
「草薙グループの卒業者は、企業のみならず官庁の中枢にも及びます。彼等が全員草薙グループのために行動したら、どうなると思いますか」
あくまでも柔らかい物腰。
それに対するケイも、素っ気ない態度を変えはしない。
「日本が草薙グループの意志で動かされるって?いいじゃないですか、そのくらいの野心はあっても。議会や首相とは別の、裏の権力。却って権力分散にもなります」
「草薙グループは、次期総選挙を睨んでいるようです。その際卒業生とその関係者を動かし、投票行動を操作するために。学校関係者が立候補する訳では無いようですが」
「遠大な計画ですね。嫌なら従わなければいいだけですよ。投票は監視出来ないし、まさか殺される訳でもない」
鼻で笑うケイ。
しかし副会長は笑わない。
塩田さん達も。
「確かに、殺されはしない。でも、様々な圧力は掛かってくるの。極秘のモデルケースとして、地方校でその管理案が執行されたのよ」
抑え気味の声で話し出す中川さん。
顔色は勝れず、いつもの覇気もない。
「効果は絶大で、生徒の大多数が学校の意向に従った。当たり前よね。簡単な規則を守っていれば、お金がもらえて就職先も有利になるんだから。でも従わない人も、当然いるの」
「どうぞ、続けて下さい」
「強制退学をさせられて、全国の高校に入学を拒否するよう通知が下ったわ。かろうじて、各自自体や中央政府の行っているオンライン授業は受けられた。だけど……」
言葉はそれ以上つながらず、顔は完全に伏せられる。
隣にいる天満さんも、同様だ。
「学校に、行きたくても行けない学生。勿論その後の進学や就職も同様だ。殺されるより、辛いかもな」
ぽつりと洩らす塩田さん。
たまらない程の静けさが、室内に覆い被さっていく。
「これでも浦田君は、平気だと。いえ君は平気でしょうけど、周りでそういうケースを見たらどう思います?」
「楽しくはないですけど、個人で行動しようとは思いません。その能力も、気概もありませんから」
「俺達もそうだった。その噂を聞いても、退学した連中に会っても実感が湧かなかった。他人は他人。自分達は、どうにかなると思ってた」
苦笑した塩田さんが、一枚の写真をテーブルの上に滑らせた。
私の目の前で止まった写真。
以前彼の執務室で見たものだ。
いや、あれよりも人数が多い。
塩田さん達が映っているスナップ写真。
ここにいる先輩達と、見慣れない人が数名。
また何故か、前自警局長が写っている。
その隣にいるのは、彼と一緒に退学処分を受けたフォースの幹部。
確か……、フォース代表代行臨時補佐だ。
前期にあった塩田さんの解任や、私達への直接的な攻撃を仕掛けて来た人達。
それ自体は彼との共謀で、何か違う意味があったらしいけど。
でもどうして、彼等がここに。
私の疑問をよそに、塩田さんが鼻を鳴らす。
「真ん中にいる冴えない男が、俺達を集めたんだ。勉強は多少出来たけど、別に何か才能があった訳でもケンカが強い訳でもない」
「彼の人としての資質は、そういうものでは判断出来ません。ただ彼の良さが何かと聞かれると、私も困りますが」
苦笑するしかないといった様子の塩田さんと副会長。
他の先輩も、同じ様な表情だ。
「あの人に口説かれてメンバーが集まったのは、夏休みの前。それからさ、色々あったのは」




