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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第9話
86/596

エピソード(外伝) 9 ~ユウ視点~





     真夜中の学校




 テーブルに手を付いて、私は激しく抗議した。

「冗談じゃないわよっ。そんな事、絶対にやらないからねっ」

 その剣幕に押され、ドアまで一気に下がる自警局の男の子。

 ああ、怯えるがいいさ。

 でも、そんなの私の気持ちに比べれば半分もいってない。

「ガーディアンの仕事は生徒を守る事で、夜間の警備は守衛さんの仕事でしょ」

「そ、そうなんだけど。今警備会社がストに入って、他の警備会社も忙しくて」

「だからって、どうして私達が夜中の学校に泊まらないと行けないのっ」 

 机が変な音を立てたけど、気にせず拳で突きまくる。

 脅してでも何でもいいから、とにかくこの場を乗り切らないと。

「自警局長の指示なんだ。どうしても、君達にやってくれって」

「人の資格を停止させたと思ったら、今度は夜間警備?ちょっと、行ってくるっ」

「落ち着いて、ユウ」

 あくまでも冷静に、人をたしなめるサトミ。

「彼女の言う通り、理不尽な命令には従えません。そう、自警局長にお伝え下さい」

「それが、その。今回の資格回復する条件に、これが含まれていて。従わないなら、もうしばらく資格失効になるとか」

「そうですか……。追って返答しますので、ここはお引き取り下さい」

 これ以上いると、私が何かすると思ったのだろう。

 サトミは気が弱そうな男の子を帰らせて、私に向き直った。

 ため息は付かないが、多少呆れ気味だ。

 それはまた、いつもの事とも言える……。



「もう少し、冷静に話し合ったら。確かに面白くない話だけど、学校に泊まった事は何度もあるでしょ」

「パトロールはしてない。そんなの、絶対嫌。というか、出来ない」

 背後に気配を感じて、素早く裏拳を持っていく。

「おおっ?」

 鼻先に裏拳を突きつけられたケイは、手にしていた書類を落として私を睨み付けてきた。

「あ、あのさ」

「後ろに立たないで。今度は、当てるわよ」

「はいはい。お化けに裏拳が通じるかどうか、試してみれば」 

 とんでもない事を言って、書類を拾っていく男の子。

 完全に、人の心を見切ってるな。 

 誰でも分かってるとは思うけど。

「とにかく、私はやらない。絶対に。そんな事するくらいなら、学校を辞める」

「無茶言わないの。ショウ」

「俺、駄目だ。その日は、実家で用事がある」

 申し訳なさそうに手を振るショウ。

 この人がいないなら、本当にどうしようもない。

 サトミもヒカルの論文で手伝いがあって、そんな事をしている暇はない。

 仕方ない。

 溺れる者は、藁をも掴むと言うから。

「俺?俺もやらない」

「ど、どうして」

「丹下に、レポート作るよう頼まれてるから。先約だし、その色々世話になったし……」

 珍しく口ごもるケイ。

 入院中は沙紀ちゃんに助けてもらったから、彼なりの恩返しといったところか。 

 さすがに、それを止めさせる訳にはいかない。     

 じゃあ、決まった。

「断るわよ。また資格停止になってもいいじゃない。本当に、私はもう」

「私達はかまわないけど、報酬はどうするの」

「報酬?何それ」 

 端末を持ったまま、適当な感じで尋ねてみる。

「現金は難しいらしいわ。ただ、それに代わる分の商品ならいいんですって」

「どんな物でも?」

「車とか、無茶を言わない限りはね。服を一式揃えるくらいは問題ないって、モトが言ってた」

 服を一式か。

 フグを一席でもいい。

「どう?」

「迷う。でも私一人では、とても」

「助っ人がいるわ」

 誰だ。

 舞地さん達かな。


「木之本君が、手伝ってくれるって」

「へえ。あの子と一緒なら、ケイなんていらない」

 陰険な視線を受け流し、ファッション雑誌を手に取る。

 ストール、ブーツ、帽子、アクセサリーでもいい。

 あー、何か一気に楽しくなってきた。

「この学校って……。何でもない」

 言いかけて、口をつぐむショウ。

 一番止めてほしい行為だ。

 特に、今は。

「最後まで言ってよ」

「いいのか」

 こくりと頷き、姿勢を正す。

「出るらしい」

「何が」

 分かっていつつ、聞く。

 少なくとも、金銀財宝では無いだろう。

「そりゃ勿論、お化けや幽霊が。見た奴も、結構いるらしい」

「またまた。見間違い、見間違い。ほら、泊まってる人が多いから。それをちょっと、何となく」

 サトミの手を握り、明るく笑い飛ばす。

 やっぱりか。 

 彼等はいるのか。

 でも私は霊感なんて無いし、今まで見た事もない。 

 だから大丈夫。 

 多分、大丈夫だと思う。 

 というか、そう思いたい……。



 翌日。 

 日のとっぷり落ちたグラウンドを眺めつつ、笑顔で振り向く。

「い、いないよね」

「うん。僕も、見た事無い」

 優しく答えてくれる木之本君。

 やっぱりこの人はいいね。

 ケイみたいに変な事言わないし、親切で。

 あの子の代わりに、ずっといてほしいくらいだ。

「でも、ショウがいるって言ってた」

「学校に、その手の話は付き物だよ。夜は人がいないし、これだけ無機質な造りだと気持の方で勝手にお化けを見るんじゃないの」

「そう、そうだよね」

 自分に言い聞かせるように、何度もそう口にする。

「ただ」

 ぽそりと呟く木之本君。

 私はTVのリモコンを置き、彼をじっと見つめた。

「戦争中この辺りは、空襲で死んだ人が大勢いる。だから、その手の噂は多いかもしれない」

「空襲なんてあったの?」

「戦争中といっても、第2次大戦。軍需工場が、すぐ近くにあったんだ。ほら、小さな祠があるあそこ」

 声のトーンが落ち、彼の表情もやや曇る。

 私は怖がるのも忘れ、椅子に腰掛けた。

「戦おうと思って死んだ訳じゃなくて、気付いたら死んでた人達。勿論どっちの人も、やりたい事や大切な人がいたんだと思う。でも何もかも……」

「やりきれないね。そういう人達が、ここに出てくるの?」

「いや、違うと思う。彼等が僕らを恨む理由なんて一つもないし、そんな人達じゃないよ。むしろ僕達を見守ってくれてるじゃないの。平和になった、今の世の中を含めて」

 穏やかな表情で、訥々と語る木之本君。

 彼らしい、優しい解釈。

 そして私も、それには心から頷く事が出来た。

 彼等の冥福を祈る気持と共に。



 TVを消し、セーターの上にジャケットを着込む。

 廊下はすでに暖房が落ち、建物中とはいえ冷え込み始めているから。

 しかし、やっぱりパトロールはしないと駄目か。

「雪野さん、準備いい?」

「よくないけど、行く」

「そう」

 苦笑して、先に出ていく木之本君。

 静まりかえった教室に、一人残される私。

 カーテンの隙間から見える、暗い窓の外。

 壁の染みや、見慣れぬ人形。

 自分達のオフィスではなく、ここは入った事もないJ棟の簡易宿泊施設。

 夜間泊まる生徒のためにあるんだけど、いまいち馴染めない。

 勿論利用は男女別で、今回はパトロールする私達の貸し切りだ。

 どちらにしろ、あまり楽しくはない。

 もう振り向く気にもなれず、スティックを背中のアタッチメントに付けて部屋を飛び出す。

 そして端末で明かりを消し、ドアを閉める。


「慌てて、どうしたの」

「だ、だって」

「大丈夫、数値に変化はないから」

 突然、訳の分からない事を言う男の子。

 そんな彼の手には、端末とは違う小さな計器がある。

「簡単なアナライザー。音波、光源、電磁波、温度、放射能、大気中の成分。一応、一通りの検査は出来る」

「何に使うの」

「幽霊は実体が無いから、数値で調べようと思って。勿論、お遊びだけど」

 屈託無く笑う木之本君。

 私も、付き合って笑う。

 何もおかしくない。

「普通、磁気や温度の変化があるって言われてる。でも映像で捉えられない物が、本当に存在するのかどうか。疑わしいね」

「そう、そうよ。いない、いない。お化けや幽霊なんて」

 つい張り上げた声が、照明の消えた廊下を駆け抜けていく。 

 どこまでも反射する、私の声。

 まるで、闇の奥から届いてくるかのように。

「き、木之本君っ。数値は」

「変化無し。雪野さんの体温が、ちょっと上がったくらい」

 真顔で言われた。

「わ、私の事はどうでもいいの。何かあったら、すぐ教えてよ」

「お化け、嫌いじゃなかったの」

「そ、そうだけど。知らないよりは知ってた方がいいじゃない」

 軽く頷き、トコトコと歩き出す木之本君。

 置いて行かれる訳にはいかないので、すぐ隣へと張り付く。



 非常灯は点いているものの、あまりにも薄暗い廊下。

 どこまでも変わらない、ドアと窓の続く同じ光景。

 迷宮に迷いこみ、堂々巡りをしてるんじゃないかと思わせるくらいの。

 サーチライトで照らす教室番号が、かろうじてその不安を和らげる。

「J棟3階担当、木之本です。現在の所、異状無し」

 定時連絡を入れた彼が、不意に足を止めた。 

 当然私も、足を止める。

「ど、どうしたの」

「暗くて、見にくい。良かったら、これ使う?」

 彼が差し出したのは、幅の広いサングラス。 

「ノクトビジョンだよ。色彩補正機能も付いてる」

 暗視装置か。

 取りあえず受け取り、掛けてみる。

 ……見える。

 やや荒い画像だけど、曇りの日と同じくらいの眺め。

 真夜中の学校とは思えないくらいだ。

 でも、待てよ。

「もしかしてこれをしてると、今まで見えなかった所も見えるとか」

「そうだね。サーチライトで照らせない場所。照らしても、暗くて見えない窓の外」

 淡々とした彼の説明を聞いて、背筋に悪寒が走る。

「それって、今まで見過ごしていた何かを見てしまう可能性があるって事?」

「うん。本当の、夜の世界を見られるんだよ。闇の向こうには、果たして何がいるのか。興味あるね」

 好奇心に満ちあふれた、子供のような笑顔。

 私はサングラスを外し、彼へ押し付けた。

 そんなの、見たくない。

 いても、見たくない。

「いいの?」

「どうぞ。私は、暗闇から目を背けて生きていくから」

「大丈夫だよ。これを掛けたからといって、お化けや幽霊が見える訳でも……」

 そこで言葉を止める木之本君。

 彼の視線は、私には見えない廊下の行く手へ向けられている。

「す、数値はっ」

「足音に近い空気振動を拾ってる。足があるから、幽霊じゃない。そうなると、お化けかな」

「あ、ああ?」

「いや、違う。男の人、ここの制服を着てる」

 最初から、それを言ってよ。

 でも怖いので、彼の後ろに身を隠す。


 やがて足音が、そしてその姿が私にも見え始める。

「……副会長?」

 そう声を掛けると、向こうも軽く手を上げた。 

 サーチライトも何も無しで、ずっとこの暗闇を歩いていたのか。 

 前から思ってたけど、結構変わった人だな。

「雪野さん、木之本君。パトロールですか」

「ええ、まあ」

 この間病院で叫んだ事を思い出し、やや遠慮気味に答える。 

 しかし副会長は特に気にした雰囲気もなく、貴族的な顔立ちを少し緩めた。

「ご苦労様です。生徒会の方で、何らかの手当を支給するようにしておきますから」

「僕達はすでに自警局と報酬の契約を済ましていて、それには及びませんけど」

「生真面目ですね、君は。貰える物は病気でも貰えと言います」

「はあ」

 曖昧に頷く木之本君。

 私は喜んで頷いた。

「しかし、教棟の夜間警備とは。ガーディアンの仕事ではないですね」

「好きでやってるんじゃないんです」

「報酬、それとも肝試しですか」

 怖い事を言う人だな。

「勿論、報酬です。それ以外の理由は、何一つありません」

「雪野さん。恥ずかしいから……」

 暗闇の中でも分かるくらいに赤くなる、木之本君の顔。

 こっちは平気なので、胸を張るくらいだ。

 塩田さんにはまだ気の引ける部分があるけれど、副会長にはさほど感じない。

 ひょうひょうとした彼の態度と、付き合いの短さもあるだろう。

 それだけ塩田さんには、色々な思いを抱いていたから。


「……出るんですよね」

「はい?」

「夜になると、出てくるんです」

 真顔で語る副会長。

 冗談で言っているのではないようだ。

「書類の位置が変わっていたり、いきなり明かりが消えたり。誰もいないのにノックされたり」

「記憶違いや、無意識化の幻覚とか」

「複数の体験者がいますから、それはありません」

 即座に木之本君の推測は否定される。

 でも、まさか。

「そ、それって、幽霊とかお化け?」

「いえ」

 ゆっりと首を振り、長い間が置かれる。

 固唾を飲んで次の言葉を待つ私達。

 副会長は視線をやや落とし、おもむろに呟いた。

「正体は」

「正体は?」

「塩田でした」

 ……なんだ、それ。

「何と言っても彼は、忍者の末裔。私をからかって、遊んでいたようです」

「あの人らしいですね」

 人の良い感想を洩らす木之本君。

 私は言葉もなくて、よろよろと壁に背を持たれた。

 どうせお化け騒ぎなんて、そんな物だろう。

 そう安堵したのもつかの間、副会長が再び口を開く。


「しかし。塩田と一緒にいる時でも、明かりが消えたり物が無くなったりするんです」

「他の人の悪戯ではないんですね」

「ええ。それはさすがに、説明の付けようがありません」

 一気に重苦しくなる空気。

 風を受けて揺れた窓に、私はつい声を上げてしまった程だ。

「雪野さん、大丈夫?」

「う、うん。お、お化けとか幽霊なんですか、それ」

「さあ、私にも分かりません。ただそれ程迷惑でもないですし、一人でいる時は寂しさが紛れますよ」

 明るく笑い飛ばす副会長。

 どうも私とは、根本的な感覚が違っているようだ。

「席を共にするとまでは言いませんが、向こうも暇なんでしょう」

「副会長は、姿を見た事はおありですか」

「いえ。塩田のように研ぎ澄まされた感覚を持っていれば、また別でしょうけど」 

 それとない視線が、私へと向けられる。

 格闘技の有段者は、今言った通り普通の人には感じ取れない物を感じ取れる。

 例えば、気配という曖昧な概念も。

「わ、私は駄目。何も感じない、何も見えない」

「大丈夫です、雪野さん。仮に幽霊が出るにしても、あなたには何もしませんよ」

「で、でも」

「そのくらいの気は使ってくれるでしょう。勿論、いたらの話ですけどね」

 いないって。

「私は夜回りを続けますので」

「ああ。泊まって仕事をしてる人達の手伝い」

「家に帰ったらどうなんですか」

 木之本君の質問に、薄く微笑む副会長。

 しかし答えも返ってこない。

 ある意味、それも謎だな……。



 副会長も帰っていき、またもや二人きりとなった。

 薄闇に、ぽつんと佇む。

 相変わらず窓は風に揺れ、小さな音を立てている。

 気温は下がり、足元の方から冷え込んでくる。

「続けようか」

「う、うん。怖いけど」

「数値に変化はないよ。特に、おかしな物も見えない」

 不安を和らげるためか、いつになく明るい声で言ってくれる木之本君。

 それには私も、少し微笑む。

 例のノクトビジョンを掛け、木之本君が歩き出す。

 私も遅れないよう、その隣へと並ぶ。

「木之本君は、何貰うの?」

「新しい端末を申請してある。音質がクリアで、動画も早いんだ」

「もう何個も持ってるでしょ」

 彼はどちらかといえば理系で、その手の機材やソフトを扱うのに長けている。

 また端末以外にも、今手にしている変なアナライザーや超望遠ビデオカメラなんてのもたくさん持っている。

 でもケイみたいにおかしな方向には行っていなくて、少年の心を残していると例えた方がわかりやすい。

「私はサトミに、シャツくらい買ってあげようかな」

「喜ぶと思うよ、遠野さん」

「あの子には世話になってるし、このくらいはね」

 はにかみ気味に笑い、サーチライトを動かしていく。

 薄闇が明かりに照らされ、つかの間の光を帯びる。

 笑い声も、人の姿も、その気配すら無い光景。

 昼間とはあまりにも違う眺めに、感慨めいた気持すら抱いてしまう。

 怖いとか寂しいとかではなく、もっと切ない不思議な気持。

 これは今、この場にいなければ抱けないだろう。

 もしかして副会長が学校に泊まるのも、そんな気持を感じたいからではないだろうか。

 そう思わせるくらいの不思議な感覚に、私は浸っていた……。



「真面目だよね、木之本君」

「そうかな。自分では、これが普通だと思ってるけど」

 苦笑する彼。

 そこには微かな照れと、面はゆさが見て取れる。

「結局私達って、いい加減というか無茶な部分も多いじゃない。サトミはまだしも、ショウやケイなんて特に」

「僕には僕の、玲阿君達にもそれぞれの価値観がある。それだけだよ」

「でもそのせいで、モトちゃんや木之本君達に迷惑掛けてる気がして」

 暗がりに向かって、小さく呟く。

「元野さんも僕も、そうは考えてない。勿論雪野さん達の行動がいつも正しいとは言わない。ただ信念さえあれば、それで良いと思う」

「信念、か。前なら、多少なりともあったのかもしれないけど」

 闇に消えていく私の言葉。

 それは、木霊になって戻って来る事もない。

「ごめん。変な事言って」

「いいよ。聞くだけなら、僕にも出来るから。それでいいなら、ね」

「うん。ありがとう」 

 ショウともケイとも違う優しさ。

 闇の中、小さく燃えている灯火のような。

 強さや明るさは無いかもしれない。

 だけどそれは、いつも同じ場所にある。

 ずっと私の目の届く所で灯り続けている。

 手をかざせば分かる、微かな温もりと共に……。



 どうにかパトロールを終え、さっきの部屋へ戻って来る。

 私は床へ転がり、毛布の上で大の字になった。

「終わった。もう行かない」

「パトロールは、一度だけだよ」

 苦笑して、端末と取り出す木之本君。

 そして早速、TVへとケーブルでつなげた。

「カメラも廻してたけど、何も撮れてないね」

「分かるの?」

「さっきのアナライザーとリンクさせてあるから、異変があれば先行して知らせてくれる。幽霊もお化けも、やっぱりいないよ」

 その言葉をどれだけ待っていた事か。

 後は支度を終えて、帰ればいい。

 この後は、また別な子達がパトロールをしてくれる。

 私の役目はここで、終了。 

 明日は昼まで寝よう。

「早く、交代の人達来ないかな」

「連絡してみるよ。……済みません、J棟3階担当の木之本です。……はい、ええ終わりました。……あ、はい。……はい、お願いします」

「来るって?」

 こくりと頷く木之本君。

「もうすぐそこにいるって」

 そう言った途端 、インターフォンが来客を告げた。

 端末をリンクさせると、ディスプレイには何名かの女の子が映り込んでいる。

「開いてますよ」

「失礼します」

 可愛らしい声と共に入ってくる女の子達。

 全員何故か制服で、少し薄着のようだ。

「交代の時間ですね」

 ロングヘアの綺麗な顔立ちの子が、優しく微笑んできた。

 私も笑顔でそれに応える。

「みんな、薄着ですね。よかったら、これ使って下さい」

 リュックから、使い捨てのカイロを取り出す木之本君。

 良い子だね、相変わらず。

「じゃあ、私もこれを」

 簡易加熱機能のあるペットボトルを、部屋の隅から持ってくる。

 持ってきたはいいけれど、飲むのを忘れていた。 

「あ、済みません」

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げてくる女の子達。

 私達も、それに倣って会釈を返す。


「……木之本君?」

「あ、何でもない。知り合いから、連絡が入ってたから」

 端末に見入っていた彼は、笑いながらそれをポケットへしまった。 

 警備が終わる時間を見計らって掛けてきたのかな。 

 まあいいや、詮索しても仕方ないし。

 こんな時間に女の子だったら、ちょっと興味はあるけど。

「お化けとか、出ませんでした?」

 おかっぱ並にセミロングの子が、屈託の無い笑顔で尋ねてくる。

 周りにいる子も、興味津々という様子だ。

「少なくとも私は見なかったです。出たかどうかは、知りませんけど」

「はは。面白いですね、それ」

 笑われた、それも全員に。

 いいけどさ。

 木之本君が引き継ぎのサインを終え、ドアの前にいる私の所へやってくる。

「いこうか」

「うん。それじゃ、頑張って下さい」

「はい。お疲れさまでした」



 J棟の正面玄関脇にある、小さなドアから外へと出る。

 いつの間にか風は止み、わずかながら星空も眺められる。

 開放感と安堵感。

 とにかく、気持ちがいい。

「後はもう、寝るだけ。はは」

「元気になったね」

「そりゃもう。彼女達には悪いけど、女の子が夜にやる事じゃないって」

 教棟を見上げ、さっきまで自分達がいた教室を探す。

 三階のどこかちょっと分からないけれど、いくつか灯っている窓の明かり。 

 きっとあの子達にとっては、楽しい時になっているんだろう。

 仲のいい友達と、普段とは違う場所で夜を過ごす。

 私は怖さの方が先に立ってしまったけれど、今思えばそれ程悪い気もしない。

 勿論、二度とはやらないが。

「どうしたの。また連絡?」

「うん。確認の」

 端末の画面を見入っている木之本君。

 私とは違ってガーディアン連合の運営にも参加しているし、その手の連絡かも知れない。

 どっちにしろ、ご苦労様だ。

「……あれ、何」

 伸びをしていたら、ゆらゆら揺れる光が見えた。

 暗くてはっきりは見えないけれど、位置としては花壇がある場所だと思う。 

 誰か、いるんだろうか。

 こんな、夜に?

「ちょ、ちょと数値は」

「若干、磁気に変動がある。それと、人型の熱源だね」

「誰かいるって事でしょ」

「うん。……あれ、壊れちゃったかな」 

 ノクトビジョンを掛けていた木之本君は、首を傾げてそれを指でつついた。

 小さなアラーム音が何度か聞かれ、やがてそれもしなくなる。

 突然吹き付ける夜風が、私のショートカットを揺らす。


「ど、どうなってるの」

「試作品だから、動作が不安定なんだ。今の磁気で、中の超伝導コイルに影響があったのかも」

 その間にも例の光は、ゆらゆらと揺れ続ける。 

 まるで私達を誘っているかのように。

「な、何あれ」

「サーチライトにしては、熱源が低過ぎる。磁気を利用した、プラズマかな」

「そ、そんなライトあるの?」

「僕も持ってる。ただ、結構珍しい物なんだよね」

 あるにはあるのか。

 だったら、そう怖がる必要もない。

 まさか、火の玉だなんて。

 まして、人魂とでも言われたら……。

「今思ったんだけど」

「どうしたの、雪野さん」

「さっき、パトロールを交代した人達。出会った時から、違和感があったの」

 例のアナライザーから目を離し、私を見つめてくる木之本君。 

「おかしな事でもあった?」

「うん。制服来てたでしょ、彼女達。でもあれって、今は採用されてないタイプに思えてきて。昔のアルバムで、見た事があるの」

「どのくらい前?」

「少なくとも、戦前」

 風がなにやら生暖かくなり、その気温差に鳥肌が立つ。

 月は雲に隠れ、街灯が辺りの景色をおぼろげに浮かび上がらせる。

 言いたくはないが、嫌な雰囲気だ。

「どう、思う?」

「難しいね。たださっきは言わなかったけど、彼女達が入ってきた途端アナライザーの数値がいくつか変動した。偶然といえるくらいの変化とはいえ、ちょっと」

 風に流される彼の言葉。 

 その時、窓の開く音が上の方から聞こえてきた。


 顔を出したのは、数名の女の子。 

 さっきの彼女達だ。

 その中の一人が手を振ると、花壇の光がそれに合わせてゆらりと揺れた。 

 見間違いや偶然ではない。

 明らかに反応した動き。

「あ、あれ、あれ、あ、あれ」

「電磁波がかなり変動してる……。雪野さん、大丈夫?」

「だ、駄目。もう、耐えられない」

 腰を引き、這うようにその場を逃げ出す。

 こっちは暗闇の中にいるので見られてない。 

 そう言い聞かせて、逃げていく。

「雪野さん、サーチライト付けっぱなし」

「あっ」

 慌てて消して、自分の叫び声に自分で驚く。

 女の子達の視線が、明らかにこちらへと向けられる。

「み、見られた?」

「暗いから大丈夫だよ。幽霊でもない限りは」

 ぞっとしない意見を聞き流し、二人でこそこそと暗闇を歩いていく。

 前は見えないし、光は揺れてるし。 

 そして笑い声まで聞こえ出した。

 何を笑っているのかと思い、怖さを堪え後ろを振り向く。

 すると。


「わっ」

 女の子達のいる窓から、火柱が立ち上った。

 それは暗闇を引き裂いて、色を変えながらゆらゆらと進んでいく。

「ひ、人魂?」

 しかし木之本君は例の装置のモニターに忙しく、私の問いには答えてくれない。

 また答えられても困るので、とにかく先を急ぐ。

 一人だったら、泣いてるか気を失っているところだ。

「木之本君っ、早く」

「ああ、ごめん」

 ようやく端末をしまい、私の後を追ってくる。

 ただ怖がっている雰囲気はなく、しかし今を楽しんでいる様子もない。

 事実を見定めそれに基づいて判断するという、彼の本質は変わらない。

 そして、私が慌てふためくのも変わらない。

「とにかく、寮まで送るよ」

「お、お願い。お、追ってきてない?」

「今のところは」

 後ろをチェックする木之本君。

 そして私はもう振り返る事も出来ず、震える足で走り出した。 

 まるで水の中を進んでいるような、もどかしい気持で。

 肩に手を置かれる恐怖と戦いつつ。

 今日は、絶対悪い夢を見るだろうな……。




 とても一人で寝る勇気はなかったので、サトミの部屋へ泊まり込んだ。 

 さらにモトちゃんも呼んで、ようやく眠りに付く事が出来たのは夜明け前。

 それでも結局数時間と寝ていられず、お昼になってもまだ震えが止まらない。

 食欲は無いし、気は遠くなるし。

「幽霊なんていないわよ」

 軽く言い切るサトミ。

「あ、あなたは、見てないからそう言えるんだって。私はね、喋ったのよっ。火の玉も見たのよっ」

「幽霊、か」

 それで言葉を終わらせるモトちゃん。

「お、お祓いって神社?お寺?だ、誰か知り合いいないの?」

「大丈夫だって。何かされた訳でもないんだから。副会長の言う通り、暇を持て余して出てきたんでしょ」

「あ、あのねモトちゃん。あなたはその場にいなかったから分からないだろうけど、恐いのよっ」

「あ、そう」

 あくまでも素っ気ない女の子。

 サトミもさして関心がなさそうに、髪をブラッシングしている。

「ふ、二人とも、もっと真面目に人の話をっ」

「幽霊なんていないのっ」

 ……逆に怒れれた。

 何よ、もう。

 そんなに、きつく言わなくたっていいじゃない。

 うう。


「あのね、ユウ。私達も、霊魂の存在は否定しないわ。でもあなたが言うように実体化して出てくるのは、フィクションの話だけよ」

 そっと私の肩を抱いてくれるサトミ。

 モトちゃんも、優しい笑顔で私の手を握ってくれる。

「恐い思いをしたのは、私達も分かってる。だから少し落ち着いて、冷静になって考えて」

「そうなんだけど……」

 突然モトちゃんの端末が、音を立てた。

 今から鳴りますと前触れがあるはずはないけど、心境としては突然だったの。

「……あ、お早う。……うん。……はは。……うん、分かった。サトミの所にいるから。……そう、また後で」

「誰?」

「木之本君。昨日の事で、話があるって。ユウを捜してたわよ」

 端末は幽霊から連絡があったら恐いので、自室のクローゼットにしまってある。

 冗談じゃなくて、そのくらいしないと耐えられない。


 待つ事数分。

 白のシャツに茶の綿パンという、爽やかな出で立ちの木之本君がやってきた。

 私のように、恐怖におののいている様子はない。

「昨日の事なんだけど、いいかな」

「私達は、別に。ユウは?」

「お、お化けの話なら聞きたくない」

「大丈夫。彼女達は、幽霊でもお化けでもないから」

 あっさりと答え、端末がTVとリンクされる。

 そこに映ったのは、昨日私達とパトロールを交代した女の子達。

 日付も入っていて、今日の午前中になっている。

「身元を調べて、会ってきた。制服が古い物だったのは、彼女達のお母さんがここの卒業生だったからだよ。それを遊び感覚で、借りてきたらしい」

「ふーん。ユウの見た、火の玉だか人魂は」

「やっぱりプラズマで、後は花火。夜の学校って暗いから、そういうのに向いてるじゃない。羽目を外したお遊びというか、そんな所だね」

 何でも「火の玉さん」という、そいいう飛び方をする花火なんだとか。

 また外で揺れていたのも、彼女達の仲間らしい。

 ジャンケンで負けた子が、肝試しに近い事をやらされていたとの事。

 木之本君のアナライザーが反応したのは、やはりそういったプラズマライトや花火のせいだ。

 聞いてみれば何でもない、どこにでもあるような話。

 昨日の私にとっては、この世の終わりとも言いたい話だったけど。

 大体、「火の玉さん」って……。



「安心した、雪野さん?」

「う、うん。ありがとう」

「どういたしまして」 

 はにかんで会釈をしてくる木之本君。

 私が怖がっていると思って、色々調べてくれたんだろう。

 本当に、ありがとう。

「よかった、お化けがいなくて」 

 心底から安堵のため息を洩らし、ベッドに転がり込む。 

 安心したせいか、一気に眠気が襲ってきた。

「今寝たら、夜寝られないわよ」

「もういいもん。お化けがいないなら、夜起きてても」

「まだパトロールの募集はしてるって、自警局の人が言ってた。ユウが夜起きてるなら、頼んでこようか」

 寝たまま震える私を見て、みんなが笑い出す。

 でもそんなのは、どうでもいい事だ。

 昨日味わった、あの恐怖に比べれば。 

 本当に、よかった。

 そして助かった。

 そう思えばみんなの笑い声も背中を叩く手も、気にならない。


 ただ瞬間、ある考えが脳裏をよぎった。

 今、手の数は数えたくないなと……。





 次の週末。

 私と木之本君は、小さな祠の前に立っていた。

 大きな幹線に面した交差点で、私達が通う草薙高校は目と鼻の先。 

 幅の広い歩道を行き交う人は少なく、そんな所に佇んでいる私達を怪訝に見返すくらい。

 祠に収まっているのは、長い年月で形も定かではなくなった石像。

 ただその前には花や季節の果物が、幾つも添えられている。

 私達も、持ってきた花をその傍らに並べた。

 胸に手を当て、黙祷を捧げる私達。

 第二次大戦の空襲で亡くなった人達の、慰霊のために作られたという祠。

 その由来を聞いた時、私は胸が締め付けられる思いに駆られた。

 これだけ近くにいて、今まで知らなかった事実。

 少し遅くなったけれど、来ずにはいられなかった。


「高校生の方、ですか?」

 柔らかな声に振り向くと、私達とさほど代わらない年代の女の子が微笑んでいた。

 私達が制服姿だったので、気に掛かったのだろう。

「ええ。すぐそこの、草薙高校の生徒です」

「制服、変わったんですね」

 遠い目で、私の制服を見つめる女の子。

 彼女は白いワンピースで、淡いピンクのカーティガンを羽織っている。

 少し、寒そうだ。

「サンダル、ですか?」

 私も抱いていた疑問を口にする木之本君。

 彼女は薄く微笑んで、さらさらとした黒髪に手を触れた。 

「ちょっと、靴が見つからなくて。近所ですし、いいんですけど」

 透き通るような、儚い表情。

 その視線が、一瞬青空を捉えた。

「学校、楽しいですか?」

「はい」

 素直に頷く私達。 

「そう。済みません、勝手に話し込んでしまって。それでは」

 彼女はにこやかに微笑んで、会釈した。

 その清楚な姿はコーナーを曲がり、やがて私達の前から見えなくなった。 

 何となく不思議な、でも綺麗な人だった。

「……木之本君?」

「い、いや。ちょっと」

 端末を見入る彼に、ふとした胸騒ぎを覚えた。

 でも、私は何も尋ねなかった。

 木之本君も、何も言わず端末をしまった。



 私達が誰に会ったのかは分からない。

 見知らぬ、近所の女の子。 

 それだけで、十分だ。

 空を見上げ、私はそう思った。

 きっと昔もそうだっただろう、澄んだ青空を。  













     エピソード9 あとがき




 よくある学校の怪談ネタですね。

 黒猫も定番なのですが、今回は止めました。 

 次回があるかどうかは、知りませんけど……。


 またストーリーの補足を、少し。

 第2次大戦による空襲でユウ達が通う草薙高校付近が大きな被害を受けたのは、事実に基づいています。

 草薙高校という高校はフィクションですが、その立地場所は実在する白鳥庭園。

 またそのすぐ傍には愛知機械という工場があり、かつては軍事工場でした。

 小さな祠も実在し、私も何度か前を通りかかった事があります。

 こうして書いたのに、献花どころか訪れてもいないのは申し訳ない話なんですが。

 それとラストに出てきた少女について。

 彼女がどんな存在かはともかく、何故サンダルかと言いますと。

 これは、伊勢湾台風に関するエピソードに基づいています。

 全てを水に飲み込まれた名古屋市南部。

 そして亡くなった子供達の靴が、たくさん流れ着いたといいます。

 その慰霊のために、靴塚という慰霊碑が建立されたとか。 

 私はそちらにも赴いてないのですが、今回のエピソードに入れさせていただきました。

 戦争も伊勢湾台風も数十年前の、過去の話です。

 ただ私としては思うところも多少はあり、こうして参考にしました。

 彼等の冥福を、心からお祈りいたします。



 それで、ストーリーに戻しまして。

 ようやく木之本君を、メインとして書きました。

 本当に普通の、理系な少年です。

 でもそれが私的には、結構好きでして。

 これからも目立った活躍はしないかも知れませんが、そういった彼の良さをご理解頂けると嬉しいです。

 ちなみに変なグッズを蒐集というのも、気に入ってます。


 もう少しインチキホラーにしようかとも思っていたんですが、結局はこうなりました。 

 まあ、幽霊なんていませんし。

 いても困りますし。

 と、こういう事を書いている間も後ろを振り向けません。

 いえ、いたら困るので。



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