9-2
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授業も終わり、例によって自分達のオフィスでのんびりと過ごす。
やる事は今までと変わらないけれど、気構えは違ってきている。
気合いの入り方というか、姿勢が。
絶対に、何が何でもという意識が薄れている。
仕事をこなす気はある。
でも、限界を越えてまでとは思わない。
思えないし、出来ないから。
自分の能力の範囲内で、気楽にやっていればいい。
「暑い」
「エアコン、弱くすればいいじゃない」
「一番、弱くなってる」
「ええ?」
リモコンを手に取り、自分も確認するサトミ。
小さなディスプレイには、最弱の設定が表示されているだろう。
「この間、メンテナンスしてもらったんでしょ」
「さあ」
耐えきれなくなり、ウールのベストを脱ぎ捨てる。
ついでにシャツの袖をまくり、その辺にあったバインダーで扇ぎ出す。
夏じゃないんだからさ。
「ユウ。窓開けるわよ」
「いいけど、そうすると寒いのよね」
「暑いよりは……」
窓を開けた途端、即座に閉めるサトミ。
寒いどころか、凍えたらしい。
「電源を切ればいいんじゃないかしら」
「それが、人間の言う事聞いてくれないの」
「コンピューターの反乱?あなたも、随分時代錯誤ね」
しかしどれだけ操作しても、電源は落ちない。
それどころか、熱風の度合がました気すらしてくる。
「お、怒ったのかしら」
「さあ。私、機械とは会話出来ないから」
机に伏せて、舌を出しながらバインダーで扇ぐ。
しかし生ぬるい風がやってくるだけで、気休めにすらならない。
「ユウ、スティック貸して」
「何するの」
「壊せばいいのよ」
さらりと言ってのける、学校成績トップの美少女。
どこをどう辿ってその結論を出したのかは知らないけど、それには賛成だ。
私の場合は簡単で、暑いから。
それだけで、もう理由は十分だと思う。
「後で、怒られない?」
「装備課に?」
「エアコンに」
「機械が怒る訳……」
サトミがスティックを振り上げると、エアコンがものすごい音で唸りだした。
まるで彼女の動きを見てたかのように。
そして私達の会話を、聞いていたかのように。
「ぐ、偶然だわ」
「た、祟りじゃないの」
「相手は機械よ。それとも、グレムリンでも住んでるのかしら」
何だ、それ。
「お化け?」
「ええ。昔、戦闘機のエンジンに住んでるって言われていたの。原因不明の故障の時とかにね」
ふーん。そうすると、いつから住んでるのかな。
エアコンは元々備え付けられていたので、向こうの方が先か。
でも部屋代を払ってるのは私達だから、怒られる筋合いではない。
「グレムリンでもクレムリンでもいいから、早く壊してよ」
「よくはないけど、そうね」
体勢を立て直したサトミが、再びエアコンへ向き合う。
すると今度は、焦げ臭い匂いが漂ってきた。
煙も見える。
「お、怒ってない?」
「そうじゃなくて。火事よ」
ああ、そうか。
エアコンが怒る訳無いよね。
と、冷静に構えている場合でもない。
「ますます危ないじゃない」
「分かってる。こうなったら、有無を言わさず……」
スティックを大きく振りかぶったサトミは、腰にためを作り一気にそれを……。
「な、何してんだ」
「え?」
不意を付かれ、その体勢のままつんのめるサトミ。
警棒はエアコンを外し、勢いよく空を切り裂いた。
「きゃっ」
叫ぶサトミの前へ回り込み、素早く体を抱きとめる。
体格では負けるけど、このまま後ろへ放り投げるくらいは出来る。
勿論、やらないけど。
「きゅ、急に声掛けないで」
「だったら、スティック振り回すなよ」
呆れた顔で、サトミが持っているスティックを指さすショウ。
「だって、エアコンが壊れたから」
「それで、壊すって?どういう発想だ」
「説明しても、あなたには分からないわ」
しかし、多分サトミ本人も分かってないだろう。
暑さのせい以外でも顔の赤い彼女にため息を付き、ショウはジャケットを脱ぎ捨てた。
「なんか、暑くないか」
「壊れてるって言ったでしょ」
「ああ、そう」
エアコンを見る彼の目が、何となく険しい。
別に理由はないのだろう。
でも、苛立ちは隠せない様子だ。
「リモコンは」
「ご自由に」
結果は同じ。
違うのは、彼の苛立ちが高まった事くらい。
「この間、直したんだろ」
「グレムリンが住んでるんだって」
「グレムリンでもクレムリンでもいいから、どうにかしてくれ」
私と同じ事を言う男の子。
すでにトレーナーも脱ぎ、Tシャツ姿になっている。
「……壊すか」
「だから、言ってるじゃない」
「スティック貸してくれ」
額の汗を拭い、サトミからスティックを受け取る。
どうでもいいから、早くして。
「どこ叩けばいいんだ?」
「適当適当。どこでも壊れるから」
机に伏せたまま手を振るサトミ。
私はもう、口も開きたくない。
「恨むなよ……」
よく分からない事を言って、スティックを青眼に構えるショウ。
さすがに構えは様になっていて、わずかにも隙はない。
素手での実力は勿論、道具を使わせてもこの通り。
暑い中、つい見取れてしまうくらいの凛々しさである。
「構えなんてどうでもいいから、早く」
「あ、ああ」
全然分かってないサトミに怒られ、慌てて頷くショウ。
お祖父さんが見たら、泣くんじゃないの。
「それじゃ……」
スティックを振り上げる音が、室内の空気を一気に張りつめさせる。
これにはサトミも、余計な口を挟まない。
私はただ、見入っているだけだ。
そしてスティックの先端がぶれ……。
火花も煙も上がらない。
エアコンが壊れる音も。
それに代わって聞こえたのは。
「いてっ」
間抜けな声を上げるショウ。
スティックはエアコンの寸前で止められ、怪訝な顔で後ろを振り向いた。
「お前、何するんだ」
「エアコン壊そうとしてる奴に言われたくない」
鼻を鳴らし、パーカーを脱ぐケイ。
どうやら彼に、何かを投げつけられたようだ。
「暑いんだよ、この部屋が」
「設定温度を下げればいいだろ」
「壊れてるんだ」
さあどうだと言わんばかりの顔をするショウ。
しかしケイはあくびをして、ドアを指さした。
「外に行けば」
「あ、ああ」
「サトミ」
「知らない、私は何も知らない」
張本人のくせに、机に伏せたまますっとぼけてる。
「ユウ」
「暑くて、頭が動かないの」
「よく言うよ。いいから、外行こう」
窓が開け放たれ、身を切るような冷たい風が吹き込んできた。
最初は心地良いんだけど、すぐに足の方から凍えてきそうになる。
夏暑くて、冬寒い土地柄。
いつまで経っても慣れない、嫌な気候だ。
廊下へ出れば、そこはもう春のぬくもり。
壁一枚隔てて、この違い。
自分達の愚かさを悟らせる、厚い壁でもあった。
「何で壊れたんだろ」
「さあね」
全然興味無しという口調。
暑い中うだっていなかったので、それは当然だろう。
学校へ納入されている設備は殆どが、出資している企業からの寄付。
だからエアコンも、今はそのメーカーからサービスマンが来て直しているはずだ。
要は貰い物なので怒る筋合いではないんだけど、あの暑さを味わった後ではどんな理屈も通らない。
特に当てもないので、ラウンジへと歩いていく。
授業が終わって間もないためか、廊下や教室には生徒の姿が大勢見える。
彼等をトラブルから守るのが私達ガーディアンの仕事であり、その気持ちは今でも変わっていない。
意気込みという点では、比べるべくもないが。
それはもう、気にしないでおこう。
「混んでるね」
「暇なんだろ、みんな」
「授業が終わったのに?」
答えに詰まるショウ。
しかし私も分からないので、腕を組む。
委員会や生徒会に所属している人もいるだろうけど、それにしては多過ぎる。
ショウの言う通り、単純に暇をもてあましているだけなのかな。
確かに寮へ帰っても会うのは、ここにいる学校の生徒達。 それなら帰ろうと学校へ残ろうと、同じ事。
私がもしガーディアンをやっていなかったら、やはりこうして友達とおしゃべりに興じているのだろうか。
それとも部活にでも、精を出しているのだろうか。
何にしろ仮定の話なので、実際そうなってみないと分からない。
あり得ない話だけれど。
とりとめもない話をしながら廊下を歩いていると、前の方で揉めている雰囲気が見えた。
男の子が女の子に絡んでいる様子。
「ナンパかしら」
醒めた口調で、そう呟くサトミ。
ケイは全くの無関心だ。
「ショウ」
「ああ。行くか」
切羽詰まった状況には見えないので、彼もそれ程気合いは感じられない。
「はい、そこまで」
やや大きい声を掛けると、壁際に女の子を追い込んでいた男が振り返った。
幼さが残る、やや険のある顔立ち。
胸元に「visitor」のIDがあるので、編入を希望する中学生だろうか。
「何だ、お前ら」
横柄な、他人にはそう接するのが当たり前だという態度。
どこぞのおぼっちゃまだな、これは。
中等部からの編入は多額の寄付金がいるので、この手の輩は意外と多い。
ちなみにケイやサトミも中等部からの編入だけど、彼等は特待生なので逆にお金をもらっている立場だ。
「私達はガーディアンよ。あなたが誰だか知らないけど、相手の子が嫌がってるでしょ」
女の子はすでにサトミが、後ろへかばっている。
「うるさいな。ガーディアンだろうが何だろうが、俺に指図するな」
「外部の人間も、当然警備の対象になってるんだ。いいから、見学コースに戻れ」
丁寧に諭すショウに、男は陰険な視線で答えた。
「いい加減にしろ、お前ら。これ以上人の邪魔をするようなら、考えがあるぞ」
「どうするって言うのよ」
「力尽くと言いたいが、それは止めておいてやる」
どっちの台詞だと思いつつ、男の言葉を聞く。
「俺の親は、この学校の理事だ」
参ったかと言わんばかりの、勝ち誇った態度。
謝るなら今だぞと、露骨に歪んだその口元が物語っている。
「それと他人に迷惑を掛ける事と、関係ある訳?」
「聞こえなかったのか?俺の親は」
「理事だろ。それは分かったから、早く見学コースへ戻れ」
全く態度を変えない私達に、苛立ちとも焦りとも付かない表情になる男。
このままでは立場がないと思ったのか、その手が腰元へと伸びた。
「覚悟しろよ。どうなっても、知らないからな」
「分かったから、怪我しない内に帰れば」
「ちっ」
腰元の手が伸び、それが頭上へと振りかぶられる。
見えるのは警棒。
早さも切れもない、あるのは勢いだけ。
そして、それも。
「くっ」
腕を押さえ、その場へうずくまる男。
警棒は虚しい音を立て、廊下を滑っていく。
手加減した後ろ回し蹴りでそれを叩き落としたショウは、軽く息を整え構えを解いた。
「こ、この野郎。何するんだっ」
自分で仕掛けておいて、この台詞。
それには私もショウも返す言葉が無く、お互いに顔を見合わせた。
ろくでもない人間は世の中多いけど、これ程のケースは久し振りである。
これ以上相手にする気になれないし、しても無駄だろう。
そう思っていたら、周りにいた群衆を掻き分けて何人かがやってきた。
一人は矢田局長。
後は自警局の人間だろう。
それとも、もう一人。
「何してるの、あなた達」
金切り声を上げる、グレーのスーツを着た年輩の女性。
「……もしかして?」
「多分、その理事さんよ」
苦笑気味なサトミの眼差しが向けられるが、女性は男を介抱するのに必死で周りが見えていないようだ。
「大丈夫っ?」
「あ、ああ」
「誰、誰がこんな事をやったの」
ますます大声で叫ぶ女性。
男は恥ずかしさと屈辱で顔を赤くしつつ、それでもショウを指さした。
「あなたっ。一体どういうつもりで私の子に、こんな事をやったの」
「彼が警棒で殴りかかってきたので、それを叩き落としただけです。怪我はしていないと思いますが」
「そんな事、分かる訳無いでしょうっ」
しかしどう見ても男に怪我はなく、瞬間の痛みと驚きでうずくまっただけだ。
女性にとっては、それすら耐えられないようだけど。
「とにかくこの件に関しては、正式な調査をしてもらいますからね」
「女の子に絡んでいた自分の息子が、逆上して他人に殴りかかったって?是非、そうして下さい」
「何を言ってるの、あなたは」
「目撃者なら、周りに幾らでも」
鼻を鳴らし、私達を取り囲む群衆を指さすケイ。
それに対し、すぐさま同意の声が上がる。
「う、嘘だ。俺は、そんな事やってない」
平気でそう言い放った男に、女性は真剣な顔で頷いた。
「分かってる。私は誰が何と言おうと、あなたを信じてるわ」
「あ、ありがとう。母さん」
つい失笑を洩らすケイ。
それは他の人も同じらしく、何となく白けたムードが辺りに漂い始める。
「とにかく、今回の件は必ず調査しますからね」
「ご自由に。調査をされて、困るのはどっちか。今日家に帰って、よく考えて下さい」
「ちょっと、矢田さん。彼のこの態度は、どうなってるの」
話を振られた局長は、曖昧に頷いてケイへ体を向けた。
「浦田君。経緯は後で聞きますから、少し抑えて下さい」
「これでも、抑えてる。それとも、ご機嫌の一つでも伺えって?」
「そ、そういう意味ではなく」
「悪いのは誰で、処分されるのは誰か。矢田君こそ、それを分かってるかな」
逆質問に、顔を強ばらせる局長。
一瞬サトミとケイの顔も、硬くなる。
「おいおい。俺達に非があるって言いたいの」
「彼は外来の人間で、この高校の規則には詳しくありません。それにあなた達の行為にも、行き過ぎがあったと……」
「矢田。俺は、警棒で殴られそうになったからそれを叩き落としただけだ。そんなの規則以前の、当たり前の行動だろ」
局長はショウから目を逸らし、傍にいた自警局の仲間へ耳打ちをし出した。
大丈夫か、この人。
しかし何より驚いたのは、彼等が警棒を取り出そうとした事だ。
「理由はなんです、局長」
「見学者に対する、暴力行為です」
「今の、ショウの話を聞いていましたか」
「聞いていましたよ、遠野さん。これは誰でもなく、僕が判断した事です」
力強く言い切る局長。
しかしそれに対するサトミの態度は。
「それはご立派ですね」
なじられるよりも屈辱的な、醒めた笑い。
普通の神経なら耐えられないくらいの、冷たさと厳しさ。
その例に漏れず局長も、顔を真っ赤にしてうなだれている。
「それで、どうやって俺達を捕まえるって?矢田自警局長」
「大人しく、僕の指示に従って下さい」
「従えないと言ったら」
「実力行使も、やもう得ません」
周りからどよめきが上がるが、ケイは全く動じない。
「そこまで言ったんだ。やってもらおうか」
「誰か……」
「人を頼むより、自分で来い」
言葉から丁寧さが消え、一気に怜悧な表情となる。
局長は顔色を変えるが、それでも掛かっては来ない。
しかし彼と視線があった自警局の連中もまた、警棒こそ出してはいるが動こうとはしない。
「命令に従うだけじゃなくて、自分で判断する能力を持つ。これこそ、ガーディアンさ」
「お前には、言われたくない」
「……どこかで見た顔だと思ったら、懐かしい。まだ、いたんだ」
鼻で笑われる、自警局の一人。
私も、彼には見覚えがある。
中等部では自警局の幹部にいた男だ。
彼を殴りさえしなければ、ケイはまだ生徒会にいただろう。
「矢田君。かまわず、応援を呼ぶんだ」
「そ、そうですが。それは……」
「そのための直属班だろう」
なるほど、そうくるか。
「……あ、矢田です。至急I棟Dブロックの第3ラウンジ前……。え、ええそうです。……わ、分かりました」
「すぐ来るって?」
「こ、断られました」
小さな声でささやく局長。
再び起きる失笑と、苛立つ自警局の男。
「忙しいから、自分で解決してくれと」
「局長の直属だろ、彼等は」
「それは、そうなんですが」
「だから、自分で来い」
白けきった顔で、手招きするケイ。
実力では敵わないと分かっているので、男は掛かっていかない。
ただ理事の息子にも劣らない、陰険な目で彼を睨み続ける。
「それなら、ここを管轄するガーディアンを呼ぶんだ。Dブロックだったな、ここは」
「は、はい。しかし、それも」
「いい。俺が連絡する」
煮え切らない局長に苛立ったのか、自分の端末で話し出す男。
何故彼がためらったのか、まるっきり分かってないようだ。
「……すぐ来るぞ。逃げられると思うなよ」
嫌みな笑みが幾つも向けられる。
自警局の男、理事、その息子。
我ながら、これを見てよく自制している。
落ち込み気味な気分も、たまには良い方へ作用するようだ。
男の言葉通り、直ぐさま人垣が割れプロテクターを付けたガーディアンが何人もやってきた。
その先頭にいるのは、このDブロックを管轄する隊長。
「生徒が、外来の方に危害を加えていると連絡を受けましたが」
走ってきたのか、乱れた前髪を横へ流しきびきびとした態度で尋ねる沙紀ちゃん。
その視線が私達、そして局長達へと向けられる。
「ああ。そいつらが、俺に殴りかかってきた」
「彼等、が」
「そうだ。丹下隊長、早く拘束しろ」
命令口調で促す男。
しかし沙紀ちゃんは、男に見向きもせず局長へと歩み寄った。
「状況を、詳しく説明してくれませんか」
「彼の言った通り、雪野さん達を拘束して下さい」
「本気で言ってます?」
「あ、ああ。これは、僕からの命令だ」
きっぱりと言い放つ局長。
それでも沙紀ちゃんの態度は変わらない。
「そのような、あやふやな説明では困ります。目撃者から、証言を取りますよ」
「その必要はない。丹下隊長、すぐに」
「うるさいな。誰だか知らないけど、私は局長に聞いてるの。少し、黙ってて」
面倒げに睨み付ける沙紀ちゃん。
男は顔を赤くして、言葉の出ない口を動かした。
「推測ですが、そこの女性と息子さんですか?彼等の圧力で、雪野さん達を拘束しろと命令したように思えるんですが」
「理由は先程も言った通りです。何度も言いますが、これは命令です」
「規則違反もはっきりしていないのに、拘束は出来ません。よって、その命令には従えません」
そうはっきりと答えた沙紀ちゃんは、局長へ背を向けて私達の傍へとやってきた。
「どうなってるの?」
「私が知りたいわよ」
首を振り、お互いにため息を付く私達。
すると局長は沙紀ちゃんへの説得を諦め、他の人へ視線を向けた。
「阿川さん。丹下さんの代わりに、あなたが命令を出して下さい」
「どうして、俺が」
「あなたは、Dブロックの副隊長です。隊長が欠けた場合には」
しかし2年の阿川さんは、鼻で笑い沙紀ちゃんを指さした。
甘い顔立ちの、面倒見のいい先輩である。
「丹下さんはそこにいるし、仮に矢田君の言う通りでもそれには従えないな」
「どうしてです」
「隊長の次は、副隊長じゃない。Dブロックには、隊長補佐がいるんだよ」
皮肉めいた笑顔をケイへ向ける阿川さん。
「俺は、クビになった人間ですけど」
「それでも浦田君は、俺達にとって隊長補佐なんだ。なあ」
一斉に同意の声を上げる、Dブロックの生徒会ガーディアンズ。
まさかケイがここまで慕われているとは思わなかったので、つい私まで嬉しくなる。
「補佐は臨時の役職だけど、俺より上の立場だ。隊長や補佐を差し置いてまで、指揮を執る勇気はないね」
「そ、そんな理屈が、通ると思っているのか」
「さっきからうるさいな、お前。お情けで自警局に復帰したんだから、少しは大人しくしてろ」
その指摘に、完全に言葉を無くす男。
「さて、どうする矢田君。まだ俺達を、拘束するって?」
「……浦田君。君は、人を馬鹿にして楽しいですか」
「自分こそ、理事に取り入って俺達をどうするつもりだ」
語気を強めて言い放つケイ。
ただそれは私達も同感なので、彼を制止する気はない。
「なんて事を言う子なの。矢田さん、どうなってるんですか」
「は、はい」
女性に睨まれた局長は頷くだけで、何をする訳でもない。
また出来る訳もない。
埒が開かないと思ったのか、彼に変わって私達の前に出てくる女性。
「あなたは、人をそういう否定的な捉え方しか出来ないんですか」
「ここにいる全員が、そう思ってます」
「もし理事の権限を乱用するおつもりなら、私達にも覚悟があります」
低く呟くサトミ。
当然理事は、訝しむ顔で彼女を見つめる。
「私を解任するとでも言うつもり?ドラマまがいな事ばかり言って。この子達は、どうしたというの」
「そ、その。彼等の影響力や能力があれば、決して不可能ではありません」
「冗談言わないで」
同意を求めて笑った女性の顔が、真剣さを帯びて私達へと向けられる。
局長の沈痛な面持ちに、それが真実だと悟ったからだ。
勿論そんな事はしないけど。
「矢田。どちらにしろ、今のお前には従えない」
「でしたら、ガーディアンの資格を停止します」
「おい、本気で言ってるのか」
さすがのショウも、呆れ気味に彼を睨み付ける。
局長は視線をすぐに逸らし、口元で何やら呟いた。
聞こえないし、聞く気もない。
「上級職への反抗、暴行行為。停学処分にも当たる行為ですが、その申請は止めておきます」
「そうすると、俺達はガーディアンじゃないって事だ。ますます従う理由が無くなる」
鼻で笑い、局長へ歩み寄るケイ。
それを見て慌てて身構える局長。
「殴るか。帰るだけだ」
「暴力行為の聴取を受けてから、帰って下さい」
ケイは見もしようとせず、その横を通り過ぎようとする。
その時、彼の右腕へ誰かが抱きついた。
「くっ」
脇腹を押さえ、床へ転がるケイ。
彼へしがみついたのは、誰でもない例の自警局幹部だった男だ。
「は、はは。弱いな、お前」
ケイは答えられるはずもなく、うずくまったまま動かない。
それを見て拘束用の指錠を取り出す男。
「止めろ」
ショウが男の腕を握りしめ、素早く床へ組み伏せる。
叫び声が上がり、もがく手足が床を激しく叩く。
とはいえ関節を取っただけで、ケイの苦痛に比べたらなんて事はない。
「大丈夫?」
「あ、ああ。息が、少し詰まっただけだから」
「そう」
ケイを助け起こした沙紀ちゃんは、安堵のため息を付いて体の埃を払っている。
そして私は、局長の前に立っていた。
「まだ、拘束する気」
「……ええ」
「何が目的か知らないけど、いい加減にしてよ。ケイがああなった以上、ただで済むとは思ってないでしょうね」
背中のスティックを抜き、即座にそれを伸ばす。
手首を返しさえすれば、人の骨を折るくらいは簡単だ。
「彼は、浦田君の怪我を知らなくて」
「解釈は任せる。ショウの濡れ衣についても。ただしまだ何かするなら、退学覚悟で動くからね」
「私も、ユウと同意見です。特に、そこの男は覚えておきなさい」
男に一瞥をくれ、ケイの元へ駆けていくサトミ。
私もスティックを戻し、舌を鳴らした。
「前を塞いだら、冗談じゃ済まさないわよ」
「雪野さん、僕の話を……」
「聞く気はないし、聞きたくない」
ショウに肩を借りているケイを視界に収め、局長の隣を駆け抜ける。
その途端、彼が私の行く手に飛び出てきた。
頭の中で怒りの感情が爆発しそうになる。
しかしそれをどうにか押しとどめ、せめて平手打ちで済まそうと右手を伸ばす。
「……矢田君、待つんだ」
低い良く通る声が、私の手をも止めさせる。
振り向くとそこには、制服姿の生徒会長が立っていた。
「会長。どうして、ここに」
「騒ぎが大きくなって、私の所へも連絡が来た」
「しかしこれは、僕の……」
「話は後で聞く。取りあえず、場所を変えよう」
いきなり現れ、勝手に私達を連れて行く生徒会長。
ただやってきたのは彼の執務室などではなく、自警局の局長室。
居合わせているのは今回の当事者だけで、野次馬は勿論秘書さん達の姿もない。
一通り話を聞き終えた生徒会長は理事とその息子に、引き取る促した。
「何度も言いますが、この件はしっかりとお願いしますよ」
「承りました」
壁際にいた生徒会長が、理事の息子へと目を向ける。
彼は嫌な目付きでそれを跳ね返して、舌を鳴らした。
「俺の肩は持たないっていうのか。新カリキュラムを受けた、仲間だろう」
「だったらその知識と才能で、今の状況を把握してくれないか」
「……俺にそう言った事、後悔するなよ」
意味深な台詞を吐き捨て、ドアへと歩いていく理事の息子。
それを見て女性も、即座に後を追う。
「と、とにかく。調査は必ず公正にして」
「承りましたから、お引き取りを」
「絶対ですからね」
ドアが閉まる寸前までお願いをして、女性とその息子はようやく姿を消した。
「さて、矢田君。どうするつもりだ」
「先程も言った通り、彼等の資格は停止させます」
「名目上とはいえ、各局は確かに生徒会長から独立した組織だ。だから君の決定は聞いておくが、それで本当にいいのか」
会長の静かな問い掛けに、ぎこちなく頷く局長。
例の元自警局幹部は、喜々とした顔でその様子を見入っている。
「理由を、もう一度聞いておこう」
「暴力行為と、上級職への反抗です」
「君の誤認だとしてもか。それとも私の所へは伝わっていない学校からの通達。それを受けた、君の出した結論かな」
「え、い、いや。その……」
露骨にうろたえる局長に、会長は軽く手を振って微笑んだ。
「無理に答えなくてもいい。君が裏交渉をしようと取引をしようと、私には関係ない。ただ、学校には一応抗議させてもらう」
「抗議とは」
「生徒会全体が、君と同意見に思われては心外だからな。学校の自治は生徒が維持する。それは先輩達が勝ち取った、何人たりとも揺るがしがたい権利なんだよ」
鋭く絡み合う両者の視線。
そこに、元自警局幹部が突然と口を挟んだ。
「会長。この件に関しては外部からの圧力ではなく、あくまでも自警局としての判断で行ったものです」
しかし会長は彼に一瞥もくれず、局長を見つめ続ける。
「会長、ですから……」
「理事からの推薦により、君の自警局への復帰は認めた。多少の能力があるのも、分かっている」
「た、多少。それはないで……」
「矢田君はどう考えているか知らないが、君程度の人間はいくらでもいる。あくまでも、理事のコネで入った事を忘れないように」
ようやく彼へ視線を向けた会長は、いつになく厳しい表情で男を睨み付けた。
「何なら君の代わりに、浦田君を自警局へ送り込んでもいい」
「じょ、冗談を」
「そのくらいの権限は、私にもある」
「……理事を、敵に廻す気ですか」
「敵でも味方でもない。学校の事は生徒が決める。ただ、それだけだ」
会長の強い眼差しが、男を貫くように向けられる。
威厳に満ちたその態度に返す言葉も見つからなかったのか、男は口元だけで呟いてドアへと歩き出した。
「俺も、この事は忘れませんよ……」
「短い高校生活だ、思い出は多い方がいい」
会長の言葉を最後まで聞かず、ドアが閉められる。
そして残ったのは、私達と局長という構図になった。
「それで、俺達の資格を停止するって?それは、お前の正式な判断なんだな」
「勿論です、玲阿君」
「なるほどね」
無造作に袖に付けられていたIDを外し、局長の大きなテーブルへ置くショウ。
叩き付けはしないが、その手は小刻みに震えていた。
「遠野さんも……」
「欲しければ、どうぞ」
言われる前から外していたらしく、IDが局長へ目掛けて放られる。
醒めた笑顔と冷たい態度はそのままで。
「ゆ、雪野さん」
「今渡すわよ」
机にIDを叩き付け、沸き上がる怒りを押さえつけつつ彼を睨み付ける。
しかし視線は合わず、向こうは必死に俯き続けている。
こんな人間に今まで従って来たかと思うと、自分が馬鹿に思えてくる。
偉い人に頭を下げるだけで、何が局長だ。
「う、浦田君も」
「持ってけ」
自分の足元へIDを落とすケイ。
局長の顔が真っ赤に染まるが、それを拾い上げようとはしない。
「……分かりました」
席を立った局長が、ケイの足元へかがみ込もうとする。
その途端ケイはIDを踏みつぶし、壁際へと蹴りつけた。
「いるんだろ、ID。取りに行けよ」
「は、はい」
赤い顔で、それでも壁へと向かう局長。
すると早足で追い越したケイが、一足先にIDを拾い上げた。
そして窓際へと立ち、窓を開け放った。
彼の腕が振りかぶられ、IDはそのままどこかへと消えていく。
思わず声を上げる局長。
だがその他の人間は、誰も口を開かない。
咎めも、からかいも、笑いもしない。
「あ、あれは後で回収します」
「勝手にしろ」
「そ、それでオフィスは資格停止の間、使用禁止。自警局とガーディアン連合から貸し出してある装備品も返却。各種補助金も、その期間は支払いを停止します」
書類を見ながら、私達への処分内容を通達する局長。
しかし誰も聞く素振りすら見せない。
「と、取りあえず、今所持している装備品から返却して下さい」
たまたま持っていた小型のカメラを机の上に置き、全員で頷く。
「今俺達が持ってるのは、それだけだ。後は、オフィスに置いてある」
「警棒も、返却して下さい」
「あ?」
ショウが聞き返した途端、ドアが開き完全武装のガーディアンが入ってきた。
どうやらこうなるのを予測して、前もって待機させていたようだ。
ただ顔見知りはいないので、直属班ではないと思う。
「ぼ、僕もここは穏便に済ませたいんです。は、早く武器の……」
「これは、私達の私物です。自警局やガーディアン連合から支給された物とは別に、個人で購入した物です」
口にするのも下らないという口調で説明するサトミ。
しかし局長は舞い上がって分かっていないのか、隊長らしい人間へ目配せをした。
「あ、あの。本当にやるんですか」
「ぼ、僕の指示に従って下さい」
「で、でも今の話」
まだ彼等は冷静さがあり、戸惑い気味に私達と局長を見ている。
「や、やれないなら僕が……」
「動くな」
背中のスティックを抜き、その先端を局長の喉元へ突き付ける。
一斉にガーディアン達がどよめくが、彼等の前にはショウが立ちふさがっている。
「これは、私達の物なの。聞こえなかった」
「あ、ああ……」
「もし指一本でも触れたら、こうなる」
スティックを一瞬引き、即座に突き出す。
唸りを上げて局長の喉元を通り過ぎるスティック。
巨大な執務用の机を捉え、それを後ろへ大きく突き飛ばす。
鈍い音と、床に着く派手な傷。
局長が汗を拭き出してその場に崩れたが、もう誰もかまわない。
「帰ろう」
素早く割れるガーディアンの間を抜け、ドアを出ていく私達。
しかし胸には怒りと、それすら掻き消してしまうような虚しさしか残っていなかった。
通達を受けた自警局の人達によって封印札の貼られた、卓上端末やTV。
あまりなかった装備品も部屋の隅にまとめられ、やはり札が貼られている。
私物は一度で片付かず、貴重品以外は取りあえず廊下へ出してある。
沙紀ちゃんに頼んで、とりあえず預かってもらう事にはしたけど。
決して広くない、そしてお世辞にも設備が整っているとは言えないオフィス。
でも窓からは中庭が覗け、春には暖かな日差しが射し込んでいた。
約半年、ここで私達は過ごしてきた。
今日という日が来るまでは。
「取り消しではなくて停止だから、また戻ってこれられるわ」
独り言のように呟くサトミ。
彼女が大事に使っていたマグカップも、今は廊下の外だ。
私とお揃いで買った、子犬と仔猫の柄。
すっかり片付いてしまった室内を見ていると、それはずっと昔の出来事の様に思えてくる。
「それで、これからどうする」
「自分こそ」
「俺は、実家でトレーニングかな」
自嘲気味に笑い、ハンドグリップを握りしめるショウ。
聞いたサトミはため息を付いて、端末の画面を指差した。
「私は、あちこちから勧誘が来てるわ。生徒会、委員会、企業、予算編成局」
「引く手あまた、か。ユウはどうする」
「決めてない。何かやろうとは思ってるけど」
そう答えてはみたが、何をすればいいのか。
ガーディアン以外に、私が出来る事。
勿論、幾つもあるだろう。
でも、それが私のやるべき事なのか。
いや、ガーディアン自体私がやる事なのか。
幸い時間は幾らでもある。
ゆっくりと、考えよう。
「ケイは」
「寮でマンガ読む。ゲームもやる。資格停止万歳だ」
さっき局長室で見せた態度とは一転して、嬉しそうに笑っている。
ただそのどちらも彼の本心で、今がわざと振る舞っている訳ではないだろう。
それはそれで、嫌な話だが。
「しかし、矢田も見損なったな」
「私達個人を狙ったというより、多分理事や学校へ反抗する人間をチェックしてただけよ」
「それに、私達が引っ掛かったて言うの?」
こくりと頷き、艶やかな黒髪を撫で付けるサトミ。
「あの馬鹿息子が入学した時、そういう人間がいたら問題でしょ。だから」
「そんな勝手な都合で、俺達は資格停止になったって?冗談じゃないぞ」
「それが世の中なの。でも子を思うあのお母さんの気持ちは、ちょっと素敵だったわ。少なくとも、あれは認めてもいいと思う」
寂しげにささやく彼女の目元は、前髪に隠れている。
自分を省みなかった両親への思いを抑え込むように。
「どうでもいいし、俺は何の興味もない」
「あなたが殴った、あの男も?」
優しさを込め、ケイへ視線を向けるサトミ。
中1の終わり。
彼は何のために、あの元自警局幹部を殴ったのか。
それを分かっているからこそ、サトミは微笑んでいる。
「あんな奴もいたな、ってくらいさ」
「殴った理由は?」
「忘れた」
素っ気なく答え、その視線を避けるように立ち上がるケイ。
彼は決して、「サトミのために」なんて事は口にしない。
今もそうであったように、昔からそれは変わらない。
そういう子なんだ。
たくさんの荷物を抱えて廊下を歩いていると、遠くの方で手を振っているのが見えた。
「……天満さん」
「え?何が」
「手、振ってるじゃない」
「暗いし、何も見えないわよ」
嘘付きと言わんばかりに、私を見下ろすサトミ。
「じゃあ、賭ける?」
「ええ、いいわ。背中流し10回」
軽く乗ってきた。
そして答えは、すぐに出る。
「ちょうどよかった。今連絡聞いて、あなた達ガーディアン辞めたって聞いたから。本当、無茶は駄目よね。落ち着かないと」
「天満さんこそ落ち着いてよ。それと辞めたんじゃなくて、資格停止」
大差がない気もするけど、一応訂正する。
壁際に手を付いているサトミは、この際放っておく。
「あれ、遠野さんどうかした?」
「いえ、何でもないです……」
「あ、そう。それで、これからどうするか決めた?浦田君」
後ろで暇そうに腕を組んでいたケイが、微かに眉を動かす。
「寮でマンガ読んでます。後は、ゲーム」
「そういう下らない生き方はしなくていいから、企画局の仕事手伝って。今色々立て込んでて、猫の手でも借りたいの。ほら、枯れ木も山の賑わいって言うし」
「例えが変だし、俺は猫程も役立ちません。それに、生徒会をクビになった人間ですから」
素っ気なく答えるケイに、天満さんは大きく両手を振った。
「生徒会長から、許可は取ってあるの。アシスタントスタッフの形を取って、私が個人的に雇うならって条件で」
「報酬も、その個人的じゃないでしょうね」
「いい所に目を付ける。大丈夫、ガム一個なんて事はないから」
しかし、具体的な事は何も言おうとしない。
一つじゃなくて、三つなのかな。
「まず、このバザーなんだけど。出展者も参加者も少ないのよ。どう思う」
「どうって……。目玉が欲しいですよね。例えば美術部にでも頼んで、展覧会の入賞者に何か作ってもらうとか。それに参加者を生徒に絞るんじゃなくて、一般に開放すればいいんですよ」
手渡された書類を持って、両手を顔の前で振る男の子。
知らない内に、入り込んでいる。
自分では言わないけど、こういうのは得意だし好きなんだろう。
「なるほど、なるほど。それで、ペットの里親探しもちょっと行き詰まってるのよね」
「これは、この学校に出資してる企業を巻き込みましょう。社会奉仕の一環としてアピール出来るとなったら、向こうの方から飛びついてきます」
私達の事など完全に忘れ、天満さんと話し込むケイ。
でもそれはそれでいい事なので、このままにしておこう。
そう思って歩き出したら、サトミが端末を取り出した。
「……あ、はい。……そうですね、無担コール市場で一時的に。……はい、買いオペは予想出来ますし、なんとか。……その分はターム物にシフトして、資金決済額の圧縮を……」
どこかの企業だろうか。
しとやかに、でも滑らかに言葉を紡いでいくサトミ。
落ち着いた大人の笑顔が、時折浮かぶ。
彼女も、そっとしておいた方が良さそうだ。
教棟の外はもう暗くて、街灯が私とショウの影を薄く伸ばしている。
コート無しでは辛いくらいの、冷たい夜風。
振り返った教棟には、まだ幾つもの明かりが灯っている。
いつもなら私達も、その中の一つなのに。
「……よかったら、俺の実家で一緒にトレーニングするか」
優しく声を掛けてくれるショウ。
抱えている荷物に隠れて、彼の顔は見えにくい。
私はしばらくの間を置いて、小さく首を振った。
「もう少し考えてみる。いつまでも、みんなに頼ってても仕方ないし」
「そうか。暇になったら、来ればいいよ」
「うん、ありがとう」
離れていても感じる、彼の優しさ。暖かさ。
私を想ってくれるその気持ちが伝わってくる。
初秋の冷え込み。
そして、ガーディアンの資格を停止された悔しさや虚しさ。
それが少しは和らいだ気持になる。
みんなが別々の道を行く形にはなったけど。
でも、絆は消えない。
そう思えた一瞬だった。




