エピソード(外伝) 8-6 ~ケイ視点~
エピソード8 あとがき
ケイをメインで書いてみましたが、やはり無茶苦茶な子でした。
付き添っている丹下さんが可哀想なくらいに。
しかも6パート分という、本編並の長さ。
やってくれます……。
それはともかく。
前自警局長を若干登場させました。
言動からいくと意外とまともな人間のようですが、果たして。
彼については今後書く、「生徒抗争編」において明らかになります。
勿論それ以外の「過去のごたごた」も。
全然内容を考えてないので、相当行き当たりばったりになりそうです・・・。
後はケイの妹、永理。
いい子ですね。
何だかんだといっても、お兄さん思いで。
設定としては中2なので、高校入学は2年後。
それを考えると、やはりゲスト扱いでしょう。
彼女を絡ませた話も、書きたいところです。
それとゲストとして、吉家さん。
小5。プリントを運んでいる最中に、学校の階段から転げました。
手術はしていないので、足は綺麗なまま。
読書が好きな、本当は少し大人しめの女の子です。
彼女を励ました男の子とのその後ですが、交友関係は続くかも知れません。
そして、なんといっても丹下さん。
健気というか、一生懸命というか。
毎日レバー料理を作ってやってくる様は、本当に頭を下がります。
誰のためといって、ケイのために。
しかも、楽しそうですし。
ちなみに料理は、お母さんに手伝ってもらっている場合もありました。
後、献立のアイディアはモトちゃん辺りから。
多分、ケイの好みなんて聞いてたんでしょう。
本当に、いい子なんです。
ケイの事は、書かなくても作中の通りです。
最後の最後まで、ああです。
何を考えてるんだか……。
また丹下さんを夢の中で助けてくれた、「大石進」君。
あのコデブちゃんで無いのは、確かです。
実在もします。
誰かといえばもう分かってるんですが、引っ張ります。
いつか書く、というか書きたい中等部編まで。
どうでもいいと言われそうですが……。
伝えたい事
退院前に、短時間の外出許可が下りた。
要は日常生活へ体を慣らすための、病院側からの配慮。
普段から出歩く方ではないが、これだけ同じ場所にいるとさすがに辛い。
だから街中を歩いているだけで、開放感というか自然と心が浮き立ってくる。
ただそれは場所により、苦痛を感じる場合だってある。
小綺麗な内装と、心休まるBGM。
店員の応対も暖かで、店側の雰囲気は申し分ない。
しかし俺は、何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
「甘いの嫌い?」
「そうじゃない」
目の前に置かれているミルフィーユを、細かい細工のされたフォークでつつく。
ついでに、テーブルへ敷かれたピンクっぽいテーブルクロスもつつく。
壁には可愛らしい人形やらタペストリーがかかってるし、他の客も女の子ばかりだし。
「元野さんが、よくここへ来るんだって。この間、教えてもらったの」
「あ、そう」
「一度、名雲さんも見かけたらしいわよ。優ちゃん達に頼まれて、そのミルフィーユ買いに来てたらしいわ」
おそらくあの人も、同じ気分を味わったんだろう。
一人で来た分、もっと辛い目に。
同情なんて言葉を、久し振りに思い出した。
「早く食べたら」
「え?」
柔らかい笑顔で見つめてくる丹下さん。
赤いジャケットを隣の椅子にかけ、今はいつものハイネックとミニという出で立ち。
俺はフォークを動かし、ミルフィーユを少し……。
「あれ」
表層の部分が横にずれ、クリームが溢れ出る。
何だ、これ。
再びフォークを……。
「ん」
今度は下の部分が、斜めになった。
面倒な食い物だな、これは。
「横に倒して、切ればいいでしょ」
くすっと笑い、丹下は器用に端から切り取り始めた。
多少はクリームが溢れるが、形は綺麗な物で中のフルーツもそのままだ。
ただ俺は横にしようが縦にしようが同じなので、どうしようもない。
「手で食べるのは?」
「マナー以前の事言わないで」
「済みません……」
小声で呟き、フォークを置く。
こんなの食べなくても、人間は生きていける。
「日本人なら、和菓子食ってればいいんだ」
「良いから。ほら、食べて」
「いじめだな、これは」
「どこがよ」
苦笑する丹下を睨み、崩れたパイ生地をフォークで刺す。
と思ったら、割れた。
仕方ないので、その片割れを刺す。
また割れた。
刺しては割れ、刺しては割れ。
気づけば皿の上には、粉とクリームの残骸が散らばっていた。
「最低」
「うるさいな。……粉っぽい」
「お店の人に失礼よ。食べ方も、感想も」
そんな事は、言われなくても分かってる。
ただ残すのはもっと失礼なので、その粉とクリームをどうにか口にした。
どうもこの子と一緒だと、食べ物で困らされる。
ティーポットから紅茶を注ぎ、立ち上る湯気を眺める。
白いその向こうに見える、凛々しく気高い顔。
俺のような冴えない男とは全く違う、人を惹きつける魅力を幾つも兼ね備えた女の子。
そんな丹下がしてくれた事。
ここ数週間の付き添いも、勿論そうだ。
また、俺の切れた血管をつないでくれた。
その後には、輸血までも。
感謝という一言では片付けられない行為。
何度もお礼は言ったけれど、向こうはそれほど気にしていない。
正直拍子抜けというか、何故気にしていないかが気になる。
彼女の性格なのか、また違う理由があるのか。
ただ深くは、考えないようにしている……。
「疲れたの?」
「ん、別に」
「そう」
屈託ない笑顔を浮かべている丹下。
それを見ていて思う事は、他にもある。
敢えて口には出せないが。
「笑ったわよね」
「何が」
「吉家さんの台詞」
その短い言葉すら、言いずらそうに話す丹下。
彼女は先日退院して、俺達もその見送りに付き合った。
これからはしばらく通院で、リハビリに励むらしい。
「彼女、何言うかと思ったら」
「いいよ、もう」
「浦田さんの事好きでした、ならまだよかったのに」
大笑いして俺の肩を叩く彼女。
いついないハイテンションだ。
「わ、私、浦田さんみたいになれるように頑張りますって……」
息が出来ないらしい。
吉家さんが何を言ったかはともかく、失礼な子だ。
「だ、駄目。耐えられない」
一人で言って、一人で笑っていれば世話がない。
正確に言うなら、俺を笑っているんだけど。
確かに「俺みたいになりたい」なんて人間を目の当たりにしたのだから、それも仕方ない。
本当、吉家さん思い直した方がいいよ……。
何となく居づらくなったので、喫茶店を後にする
平日の昼間だが、駅前はそれなりの活況を呈している。
暇そうな若者やカップルがその大半。
俺達も、他人から見ればそうなのだろう。
若者向けの店が並ぶ通りを歩いていくと、丹下が少し前の店頭を指差した。
何かのキャンペーンをやっているらしく、寒空の中ショートパンツの女性が、チラシを配っている。
特に用事もないので、その店先で足を止める。
やや歩道に張り出した、アーケード状のテント。
テーブルの上には大きな横に長い箱が置いてあり、そこには小さなお菓子が無数に入っている。
隣にいた親子連れを見ていると、店側の若い女性がプラスチックのスコップを彼女達に差し出した。
それでお菓子をすくっている、幼い男の子。
彼は母親が手にした袋にそれを入れ、満面の笑みを浮かべている。
おまけなのだろう、店の女性がスコップでさらにいくつかのお菓子を入れた。
「メーカーの販促キャンペーンか」
チラシやモニターを見て、適当に頷く。
早く、ここを立ち去りたいからだ。
「面白そうね」
聞こえない振りをして、テントから出る。
その途端に、呼び止められた。
「ただいま40周年キャンペーンで、当社のお菓子すくい取りを無料で行ってます。よろしかったら、どうぞ」
「あ、済みません」
嬉しそうにスコップを受け取る丹下。
俺は横目で、その様子を窺った。
「……っと」
器用にスコップへお菓子を乗せ、それを女性が出した袋へと入れていく。
さっきの男の子の、倍は入っただろう。
「そちらの方も、どうぞ」
「いや、俺は」
「やればいいじゃない」
渡されるスコップ。
感じる幾つもの視線。
止めます、とはとても言いづらい状況。
さて。
最初から思っていたけど、これはまずい。
スコップはプラスチック、お菓子もビニールの袋で包装されている。
当たり前だが、よく滑る。
そして、俺は不器用。
出来れば、やりたくはなかった。
「……行きます」
呼吸を整え、スコップを滑り込ませる。
いくつか乗ったのを確認して、上へと上げる。
脇へいくつかこぼれ、残ったのは2つ。
さすがにこれでは失礼だろう。
「……それでは」
気を取り直し、再びスコップを滑り込ませる。
上げたそれに乗っていたのは、3つ。
さっきの男の子でも、5個は乗っていた。
しかし俺にとっては、限界とも言える数だ。
「はい」
お菓子を袋に入れ、スコップを女性に渡す。
すると彼女はそれをお菓子の中に差し入れ、俺の袋に入れてくれた。
さらに、もう一回。
丹下の時には無かった行為。
男の子にすら、1回。
そして俺には、2回。
「どうぞ」
暖かな、憐れみすら通り越した澄んだ表情。
幼稚園児を見守る保母さんが、多分こんな顔をするんだろう……。
お菓子の袋をリュックに入れ、トボトボと歩く。
実際にそんな音などしないが、心証的にだ。
「よかったじゃない。お菓子をたくさんもらえて」
慰めともからかいとも付かない、丹下の言葉。
さすがに返す言葉も見つからず、「はあ」とだけ答えた。
「怪我のせいにしておけば」
「そうですね……」
虚しく笑い、痛くもない腕をさする。
何でもない事だけど、あんな小さい子にすら負けたのはきつい。
生き方を考え直す時期に来てるんだろうか。
「現実は、辛いのよね」
「え?」
はにかみ気味に微笑む丹下の顔が、すぐそこにあった。
彼女と俺の距離が近くなったのではなく、そう見えただけだ。
心に焼き付いた、とでも表現するのだろうか。
「でも、辛いからこそ現実だって。楽しいばかりなんて、あり得ない。そうでしょ」
「さあ。そんな古い話は覚えて……」
すぐに言葉を切るが、丹下は口元をさらに緩めて俺を見つめた。
「私は、自分が見た夢の話を言ったんだけど」
「あ、ああ。夢、夢。丹下が勝手に思ってるだけで、そんな奴はいない」
「この話になると、ムキになるか無関心よね」
笑いながら、鋭い分析を聞かせてくれる。
隠す事は別にないが、言いたくない事はある。
そういう場合は、話題を逸らすに限る。
「丹下がユウ達に憧れてたのは、最近聞いたんだけど」
「憧れというか、目標よ。今でも、それに近い気持は持ってるわ」
「俺も昔、ある子を見た事がある」
これこそ、言いづらいのかな。
それでも俺は、話を続けた。
「北地区の中等部に、用事があって行った時」
「誰かに会ったの」
「人気のない教棟裏か、体育館裏かな。ガーディアンの規則とそのマニュアルを、熱心に読んでる子がいた」
丹下は黙って、俺を見つめている。
顔が赤い気もする。
「別な日に行ったら、またいた。延々と暗唱して、間違えたら腹筋や腕立てをやってた」
「そ、そう」
「行くたびに、間違いが減ってた。表情にも自信が出てきて、何て言うのかな格好良かったよ」
素直な気持。
その時のままの、あの時感じた思い。
憧れにも似た、遠い感覚。
「高校に進学したある日。その子が、仲間を引き連れて来た。頑張ってるんだなと思う間もなく、袋叩きにあった」
「あ、あれは命令で仕方なく……」
「分かってる。本当、不意な再会だった。丹下は知らないだろうし、俺も名前すら知らなかった」
真っ赤な顔をする彼女の肩にそっと触れ、微かに笑う。
「そうやって偶然出会う事もあるんだから、丹下が言う夢の男にも出会える日が来るかもいれない」
「いいわよ、もう。それで私の事、いつから知ってたの」
「だから、前期に殴られた時まで忘れてた。どこかで見た子だなと思って、後で考えたらその時の暗唱少女だった」
まさかそんな再会が待っているとは、予想すら出来なかった。
一方的に俺が尊敬していた彼女と、こうして一緒に歩く事になるなんて。
世の中には、そんな偶然も転がっている。
だから丹下も……。
「ただ出会って幻滅するかもしれないから、会わない方がいいと思うけどね」
「あなたは、私に出会えて幻滅した?」
「いや。思ってた通りのイメージだった」
そう答えると丹下は、俺の腕に優しく抱きついてきた。
戸惑うこちらをかまう事無く、その口元が緩む。
「私もきっと、イメージ通りの人だと思う。無愛想で、素っ気なくて、冷静で。でも、頼りになる人だって」
「どうかな」
「いいの。私が勝手に、幻想を抱いてるだけなんだから」
腕に感じる温もりと、柔らかな笑い声。
大きな黒い瞳は、俺を捉えた途端恥ずかしそうに伏せられた。
俺は照れもせず、自分らしからぬ状況にただ戸惑っていただけだ。
大石進、か。
間違っても、この間の彼ではないのは分かっている。
じゃあ、誰か。
どうでもいい、そんな奴は。
どうせろくでもない、馬鹿な人間に決まってるんだから。
それに俺は、どうしても言わなければいけない事がある。
あまりにも遅いかも知れない。
だけど、今言わなければ後悔するのは分かっている。
「丹下……」
「なに」
いつにない真剣な俺を見て、彼女も表情を引き締める。
「ずっと、言おうと思ってたんだけど」
「な、何を」
瞳が不安げに揺れる。
俺は彼女の肩に手を置き、視線を伏せた。
「ど、どうしたの。ここ言わなくても、いいんじゃない?」
「あ、ああ」
近くの路地に入り、ビルの壁にもたれた彼女と向き合う。
微かな沈黙。
通りの雑踏や会話も、聞こえないくらいの。
早くなっていた息を整え、意を決する。
どうしても伝えなければと、ずっと思っていた。
それをためらい、抑えてきた。
言わないでおこうと、胸の中にしまっておこうと思っていたけれど。
だけど、もうこれ以上は……。
「丹下」
「は、はい」
かすれた声が返ってきた。
頬を赤らめ、じっと俺を見つめる丹下。
俺もその瞳を見つめ返す。
鼓動が早くなるのを感じつつ、微かに視線を伏せる。
そして俺は、自らの思いをぶつけた。
「あ、あの」
「は、はい」
「もう、レバー食べたくないんだ」
「は、はい?」
大きな目を見開き、ぎこちなく微笑む丹下。
俺はさらに頭を下げ、一言謝った。
「ごめん。毎日作ってくれて嬉しいし、美味しいよ。だけど、俺そんなにレバー好きじゃなくて」
「え、ええ?」
「もうすぐ退院だけど、その間だけでもレバー無しだと助かる」
やっと言えた。
この一言を言いたくて、どれだけ思い悩んだ事か。
作ってくれる彼女の気持ちを考えれば失礼な話だが、退院まではせめて心安らかな時を過ごしたい。
「勝手な事言ってごめん」
「そ、それはいいけど……」
遠い目をする丹下さん。
どうしたんだ、一体。
「風邪でも引いた?」
「え?そ、そうじゃない。ちょっと、気持の整理を」
「はあ」
額を抑え、しきりにため息を付いている。
やっぱり冷えたのかな。
「ジャケット貸そうか」
「ほ、本当に大丈夫。私が、その勘違い。い、いえなんでもない」
「大丈夫なら、いいけど」
取りあえずマフラーを外し、彼女の襟にかける。
「ちょっと」
「さっきから顔赤いし、本当に風邪引くよりはいいだろ」
「あなたがそう言うなら」
ようやく彼女の顔が和み、マフラーが襟元で器用に巻かれていく。
俺は自販機でコーヒーを買い、それも彼女に渡した。
「ほら」
「随分過保護なのね」
「今まで世話になったし、ささやかなお礼と思って」
「そういう事に、しておくわ」
丹下はキャップを開け、軽くペットボトルを傾けた。
「はい」
「え?」
「あなたも寒いでしょ」
手を添えて渡されるペットボトル。
それを受け取り、俺もコーヒーを飲んだ。
暖かな、甘い味を。
「寂しいな」
「え?」
「いや。いい年した男女がこんな所で、ペットボトルのコーヒーを廻し飲みなんて」
「いいじゃない、それで」
優しく微笑み、俺を支えるように腕を取る丹下。
ためらいや照れはない。
それが、自然である事のように。
そして、彼女に寄り添った俺も。
本当に伝えたい事を、胸にしまったまま。
いや、言える訳がない。
そんな事……。
終わり




