8-6
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旅行の最終日。
地元への帰り道にあるクワハウスへと、私達は立ち寄っていた。
水着を着て入る温泉施設で、ようは温水プールのようなもの。
これなら男女一緒に入っても問題ないし、さすがにひなびた温泉だけでは物足りない。
「わ、わっ」
引きつった顔で、大して高くない滑り台を滑り降りてくるサトミ。
しかも何故か最後にバランスを崩し、顔から水面に滑り込んでいった。
「……面白くない」
前髪を顔に垂らし、プールサイドへと這い上がってきた。
シチュエーションが良ければ水の精と例えたいけど、今のを見た後ではいかんともしがたい。
「私は、面白かった」
ビデオを廻していたモトちゃんが、くすくすと笑う。
しかしいいね、スタイルのいい者同士は。
サトミ程のプロポーションはないけど、身長が高いのでモトちゃんも格好良い。
白のワンピースから長い足がすらりと伸びるその様は、もうなんて言うのか。
サトミは、どうでもいい。
赤のワンピースだろうが何着てようが、似合うんだから。
私は青のワンピースだけど、なんか小学生みたいだ。
今目の前を駆けていった子供の方が、スタイル良かったりもする。
遠目に沙紀ちゃんが見えたけど、気のせいにしよう。
タンクトップが外れるんじゃないの、その内。
「ソフトクリーム食べたい」
「子供みたいな事言わないで」
「ソフトクリーム」
ぺたりとモトちゃんにしがみつき、真顔で見上げる。
しっとりとした肌が気持ちよくて、つい頬も寄せる。
「止めて」
「じゃあ、ソフト」
「おなかこわしても知らないから。サトミは?」
「ユウのを少し分けてもらうわ。どうせその子、全部は食べられないもの」
経済的かつ、論理的な答え。
夏場ならともかく、温泉に入ったくらいでは確かに無理がある。
さすがサトミ。
もしくは、底の浅い私……。
ソフトクリームを食べて言われた通り冷えてきたので、私はプールへ戻らずラウンジで一休みしていた。
街中にあるためか家族連れや友人同士らしい姿が目立ち、昨日までいた旅館とはまた別な雰囲気だ。
またこういうのも、私は結構好きな方。
笑顔と楽しげな会話、暖かな雰囲気。
一人きりとは違う、人といるから感じられる楽しみ。
この間柳君や沙紀ちゃんの言っていた「自分の居場所」
そんな言葉が思い浮かぶような光景。
すると彼等を眺めていた私の視界に、一人の女の子が映った。
白のパーカーで、下には黒のビキニが見えている。
背筋は真っ直ぐと伸び、歩く様も凛々しいの一言。
「沙紀ちゃん、何してるの」
「一休み」
コーラが入っているらしい紙コップを持って、私の隣に座った。
ただ彼女の髪は濡れていなく、どうやらプールや温泉には入っていないようだ。
「プール、入ってないの?」
そんな質問に、沙紀ちゃんはやや困惑した表情を浮かべる。
何か、まずい事でも聞いたのだろうか。
「その、浦田も入ってないじゃない」
「ああ……」
思わず自分の迂闊さに呆れる。
あれだけの怪我なら傷痕も相当で、人目にはさらしたくないだろう。
「ごめん。優ちゃんにも気を遣わせちゃって」
「それはいいんだけど、そんなにひどいの?」
「浦田本人は何も気にしてないわ。ただ、ここは私達以外の人もいるじゃない」
苦笑する沙紀ちゃんに、私も同意を込めて頷く。
「後彼が気にしてるのは、自分の怪我より優ちゃん達の事だと思う」
「私達の」
「自分の傷はその内治るけど、遠野ちゃん達が受けたショックはそう簡単に癒えないから」
「大内さんとか前自警局長を、怒ってないの?」
ケイには聞かなかった質問を、遠慮気味に尋ねる。
本人はすぐはぐらかすので、最近ずっと傍にいた沙紀ちゃんならと思ったのだ。
「それ無いと思う。斬った男と、殴った男に対してはともかく」
「相変わらず、訳が分からないのね」
「浦田的な倫理観だから」
楽しそうに笑う沙紀ちゃん。
確かに、ケイの怪我はその内治るだろう。
でも彼自身が言っていた通り、心の傷はどうなのだろう。
「うなされたり、しなかったのかな」
「それで目が醒めて、思わず笑うらしいわ。B級ホラー映画を見た気分だって」
そう言って、再び笑う沙紀ちゃん。
冗談や私達を気遣ってる訳ではなく、それは彼の本心なのだろう。
取り越し苦労とは言わないけど、でも少し安心した。
そのついでという訳で。
「病院は二人きりで、色々楽しかったんじゃない?」
「さあ」
曖昧な返事と、それとなく逸らされる視線。
さらに突っ込もうとしたら、猫背の男の子がやってきた。
「泳がないの」
「自分こそ」
素っ気なく切り返した浦田君は、パーカーの袖をまくりながら私達の前に腰を下ろした。
「体中痛い。治ってるところがかゆい」
「うるさいな。病人みたいな事言わないで」
「優ちゃん、いくら何でもそれは」
大笑いする沙紀ちゃんと、仏頂面のケイ。
私もころころ笑って、彼の肩をそっと叩いた。
「痛いんだよ、体中が」
「かゆいと思って叩いてあげてるんじゃない」
「誰かー、この子供をどうにかしてくれ」
しかし沙紀ちゃんは何をするでもなく、長い髪を前に持ってきて撫でつけている。
鼻歌まで歌って。
この状況を楽しんでるな、私と一緒で。
と思っていたら、こっちへ歩いてきていた柳君が手を振っていた。
「浦田君、遊ぼう」
「あんた、近所の子供か」
「僕って、変?」
寂しげな顔で首を傾げる柳君。
周りにいた全然知らない人達までもが、思わず切なげな表情を浮かべる程の。
「柳君が変なら、俺はどうなる。それに標準っていうのは、絶対的でも相対的でもないの。自分がそれでいいと思えばいいんだって、それで」
「……真面目な事も言うんだ」
「俺はいつでも真面目だよ」
嘘付きな男の子は、席を立っていきなりパーカーを脱いだ。
そして胸元から背中にかけての傷口が、誰の目にも明らかとなる。
「変な子が向かえに来たし、泳ごうか」
「いいの?」
「ユウ達が気にしないなら」
冗談めいた、そして彼らしい言葉。
私は勿論頷いて、彼の背中を軽く叩いた。
「溺れても知らないわよ」
「怪我人は、労って欲しいんですけど」
「大丈夫、いざとなったら僕が助けるから。人工呼吸でもしようか?」
柳君の冗談に、声を上げて笑う私達。
みんな色々あって、私も心の重みが全て無くなった訳じゃない。
でも、だからといって楽しんでいけない訳でもない。
そんな時だからこそむしろ、笑っていたい。
脇腹をさするケイの背中に、そう思った。
すると私の視線に気付いてか、プールサイドにいた彼が不意に振り返る。
そして、笑っていた私と視線が合う。
「人の傷が、そんなに面白い?」
「ケイだから面白い」
「あ、そう……」
いきなり伸びてくる彼の手。
まるで、大内さんを押した時と同じように。
それは私の危険を防ぐためか、それとも彼のたわいもない冗談なのか。
でも私は、なんの心配もなくそれに身を委ねた。
プールに落ちていく視界の中、私が立っていた場所をビーチボールが通り過ぎていった。
それは前につんのめったケイの頭に当たり、そのまま彼もプールに落ちてくる。
時間を置いて派手に上がる二つの水しぶき。
私はケイの隣に泳いでいって、彼を睨み上げた。
「ビーチボールくらいで、プールに落とさないでよ」
「なんて言うのかな。俺も、旅行ではめ外したくて」
「いつも外してるじゃない」
「ユウもだろ」
顔を見合わせて笑い合う私達の周りに、ビーチボールを投げたサトミ達が飛び込んできた。
もう言葉なんて無くて、上がるのは楽しげな歓声だけ。
私に水を掛けようとするサトミの前に立ち、それを防いでくれる男の子。
「ユ、ユウ。掴まれると、俺動けないんだけど」
「水浴びるの得意じゃない」
「あの時も、それだけは止めろと言った」
「気にしない気にしない」
私が彼を掴んでいるのは本当にそっとで、動こうと思えばいつでも動けるくらい。
だけど、私の前で立っている。
それが浦田珪と言う子だから。
今日ばかりはショウではなく、彼に頼ろうと私は何となく思っていた。
決して大きくない、だけど頼もしいその猫背に。
第8話終わり
第8話 あとがき
ユウ葛藤編とでも言いましょうか。
今までの出来事を受けての、彼女の内面を書いてみました。
明るくて前向きな性格ですが、内向的な面も持ってます。
それを今回は、多少なりとも表現出来たのではないかと。
若干まだ引きずっている部分もあり、それについては第9話以降に繋がっていきます。
人間悩んで大きくなると言いますし、これもいい経験でしょう。
と他人事のように書いてみました。
また今回登場したヒカルについて、少し。
浦田珪の、双子の兄。浦田光。
サトミの彼氏で、現在大学院の修士課程に飛び級で進んでいます。
脳天気であり、いざという時には厳しい面を見せる人。
ある意味、弟のケイと共通している部分もあります。
本質としてはやっぱり夢の国の住人で、相当違うんですけどね。
彼は今後も、こういったゲスト扱いの登場が何度かあるかと。
ちなみにいつ書くのか分からない中等部編では、メインの一人になっています。
一段落したストーリーも、第9話以降で再び動き出します。
この世界での時間経過を一応説明しますと、第9話で年末年始になります。
今の予定では9-6がクリスマス、9-7が大晦日~正月になるかと。
第9、10、11話は1年編のクライマックス部分でもあり、ストーリーの核でもあります。
皆様のご期待に添える作品はなかなか書けませんが、出来れば今後ともお付き合い下さい。
それとエピソード8は、浦田君入院編です。
本編並に8-6まである予定。
あまり長いので、2ストーリーずつ公開します。
本当に、困った子なんですよ……。




