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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第7話
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エピソード(外伝) 7-2 ~名雲祐蔵視点~




     本当の事



     後編





「また、揉めたんだって」

「困ったものね」

「今度は、どうなるんだろ」 

 興味津々といった言葉を交わし合う女の子達。

「私も見たわよ、ねえ」

「ああ。叩かれるのが好きみたいだ」

「結構、熱い男なのね」

 ふざけた言葉を交わし合う女の子達。

 片方は雪野と遠野、もう一つは舞地と池上だ。

 矢田の一件で、何やら話し合っているらしい。

 俺はそれ程関心がないため、英語2のレポートをやっている。

「名雲さん。そんなのいいから、ちょっと」

「あのな、雪野。俺達は学生で……」

「聞き飽きました」

 全く聞く耳を持たず、遠野が自分の前にある席を指差す。

 こいつら、何をそうむきになってるんだ。     

「舞地も言ってただろ。放っておけばいいって」

「私は今でも、そう思ってる。ただ、みんながうるさくて」

 上座の位置に座っている舞地が、ため息を付いた。

 それがどこまで本当なのかは、かなり疑わしい。

 ちなみにここは雪野達のオフィスで、俺はわざわざ連れてこられた訳でもある。

「いいから。私が聞いてきた情報によると、旧クラブハウスで悪い連中を殴って廻ってるらしいわね。勿論被害届は出ていないけど、おそらく相当な件数に上がってるわ」

「関係者からの情報は、こうです」

 池上の話を受け、端末まで起動させて説明を始める遠野。

 下らないが目の前でやっているため、どうしても頭に入ってくる。


  一通り進んだ話を俺なりにまとめてみるとこうなる。

 矢田とその女、藤岡ふじおかは中学校の同級生。

 ガーディアン組織の事務部門にいた矢田と、現場にいた藤岡。

 お互いは協力しあって、荒れていた中学校の治安回復に務めていた。

 足りない部分を補い、力を合わせ、頑張っていた。

 しかし治安はなかなか回復せず、悪い連中からの復讐を恐れた一般生徒が彼女から遠ざかり始める。

 治安にも、藤岡の孤立にも有効な手を打てない矢田。

 やがて彼女はガーディアンとしての職務を放棄し、逆に治安を乱す側に回る。 

 時期を同じくして、学内の治安が少しずつではあるが回復し始める。

 そしてガーディアンの事務を仕切っていた一人である矢田は、一般生徒からの称賛を受ける事となった。

 守っていた生徒に見放された藤岡。

 その生徒達から称賛を浴びた、現場には立っていない矢田。

 彼女の心中は、察するにあまりある。

 またそれを分かっていながら、何も出来なかった矢田の気持も。


 当時の業績と手腕を買われた矢田は、学内からの招請で草薙高校に編入した。

 藤岡はおそらく、一般入試で編入してきたのだろう。

 奨学金、学内の待遇、今後の進路。 

 ここでもお互いに、差は付いている。

 そして矢田は自警局長となり、藤岡は治安を乱す側に回ったまま。

 恨みの一つも言いたくなるだろう。

 それを言い換えなさい矢田の気持も、また分かる。


「だから、二人を会わせればいいのよ」

「どうやって」

 子供のように尋ねた雪野へ、遠野がすっと指を差す。

 それをじっと見つめる女の子。

 分かってるのか。

「矢田局長は私達が呼んでくるから、あなたは彼女を捕まえてきて」

「えー」

「別に、ユウが局長を連れてきてもいいのよ」

「えー」

 同じ答えをする雪野。

 どうも矢田と相性が悪いらしい。

「気が進まないけど、まだ藤岡さんの方がましかな。ショウ、お願い」

「ああ」

 玲阿は素直に返事を返し、手首を軽く動かし始めた。

 言われなくても行く気だったろうし、端から見ていてもそういう間柄だ。

 ただもう少し進展があってもいいと、多分みんなが思っているだろう。

「名雲、行ってくれ」

「え、俺も?」

「女同士だと、何かと揉める」

 もっともな事を言う舞地。 

 面倒だから自分は行かない、という顔にも見えるが。

「モトちゃんは」

「まだ仕事中よ、あの子は」

「ちっ。使えないな。沙紀ちゃんもいないし」

「愚痴らないの。ほら、早く」

 まるで、幼稚園児をせき立てるように手を叩く遠野。

 この辺りは付き合いの長さと、お互いの親しさを感じさせる。

 雪野が睨み返しているのは、ともかくとして。

「じゃあ、柳君は」

「あいつも仕事中だ、多分」

「さっき、柔道部で見たけど」

 苦笑する玲阿。

 見たという事は、こいつもその場にいたのだろう。  

「すると何。私とショウと、名雲さんだけ?」

「いいじゃない。素敵な男の子に囲まれて」

「そういう問題じゃないような」

 とはいえ、雪野もまんざらでもない顔をする。 

 ただ玲阿はともかく、俺はそれ程「素敵」ではない。 

 最近は大人しくしているので、そういう印象を受けるのだろう。

 勿論俺も、悪い気はしないが。



 何でもその藤岡は、旧クラブハウスなる場所に出没するらしい。

 らしいというのは、そこ以外で見かけた例がないからだ。

 また旧クラブハウスは一般生徒が滅多に立ち入らない場所なので、彼女の存在自体曖昧になっている。

 例外なのが、矢田を怒鳴りつけている場面。

 矢田は旧クラブハウスへなどへ行かないので、藤岡が出張してきてるはずだ。

 つまり、わざわざ怒鳴りつけに。

 正直、顔も見たくない相手だろう。

 だがそれでも、会わずにはいられない。

 そこに、どんな意味が含まれているのか。

 好感情が持って余ってなら、まだいいが。

 あまり、想像したくはない。


 そんな事を考えながら歩いていると、前にいた雪野が声を上げた。

「あ、こんにちは」

 彼女にしてはやや固い声。

 だが、それなりの親しみも込められている。

「ああ」

 返ってきたのは、錆を含んだ低い声。

 俺でも見上げそうな巨漢で、相当バランスの取れた体型。 

 顔付きもそれにふさわしい、男っぽい物だ。

 確かSDC(運動部部長親睦会)の代表代行で……。

「久し振りです、三島さん」

「玲阿、敬語はいい」

 重いながらも、若干の照れが交じった口調。

 そういえば、以前この二人がやりあったという話を聞いた。

 去年この高校で巻き起こった、生徒同士の抗争が間接的に絡んでいるらしいが。

 それはともかく、よくこんな男に勝てた物だ

 正直俺には、わずかな勝機すら見いだせない。

 例の忍者といい、この学校にはこの手の連中が相当いたのだろう。

 さすがは、草薙高校といったところか。


「この先は、旧クラブハウスしかないが」

「ええ。そこにちょっと用事があって」

 怪訝な顔をする熊に、やや緊張気味に説明をする雪野。

 熊は失礼だが、他校ではそういう噂が広がっていたので取りあえず。

「なるほど。ただあそこは、あまり安全じゃない」

「じゃあ、自分はどこから来たんだよ」

「……旧クラブハウスだ」

 間を置いた答えに、思わず苦笑する玲阿。

 確かにこいつなら、どこだろうとお構いなしだろう。

「連絡するから、行くのはその後にしろ」

「え、誰に」

 熊の顔が、微かに緩んだは気のせいか。

 端末が取り出され、重い声が再び響く。

「……ああ。……例の後輩。……そうだ。……今から行くらしい。……悪いが、頼む。……ああ、また」

「相手は誰だったの」

「屋神だ」

 淀みない答えを返し、端末をしまう熊。 

 屋神といえば、熊とコンビで他校にその名をとどろかせていた男。

 熊達を裏切って学校側に付いたという話だが、今の感じからして少々事情があるのだろう。 

 少なくとも当人達は、まだその絆を断っていない。

「お前達が仕掛けない限り、中の連中は屋神が抑えている」

「済みません」

「ありがとうございます」

 律儀に頭を下げる玲阿達。

 熊は照れくさいのか、曖昧に頷いた。


「……さすが。草薙高校の要は違う」

「君は」

「名雲祐蔵」

「ワイルドギースの一人。以前この学校に来た、伊達の知り合いだな」

「まあね」

 今度は俺が曖昧に頷く。

「伊達は、何をしている。塩田とは、顔を合わせたと聞いたが」 

「俺が聞きたいくらいさ。何せ、風みたいな奴だからな」

「ああ」

 親しみのこもった同意の応え。

 伊達を知る者なら、分かってくれるだろう。

「今日は雪野のお供で、別に他意は無い」

「分かっている。それに俺はもう、屋神同様抗争とは関係ない人間だ」

「なるほど」

 一瞬俺達の間に、探るような視線がかわされる。

「何の話」

 すると雪野が、不安げに俺達の中に割って入った。

 こいつのこういう顔は、正直辛い。

「何でもない。ちょっとした、昔話さ」

 俺は努めて明るい笑顔を見せ、先に歩き出した。

 熊の隣を通り過ぎる時、やや腰を落としつま先立ちにする。

 仕掛けてこない相手だとは分かっていても、万が一を考える癖が付いている。

 何せ過去が過去だ。 

 俺だけでなく、この男も。

「考える事は、同じか」

 苦笑気味の声が、背中に掛けられる。

 俺は前を向いたまま手を振り、奴の言葉に応えた。

 こういった緊張感も、たまには悪くないと思いながら。



「……やっぱり汚い」

 露骨に顔をしかめ、訳の分からない布きれをまたぐ雪野。

 俺は別に気にしないが、女の子にとってはまた違うのだろう。

「ほら」

「あ、ありがとう」 

 はにかみつつ、差し出された玲阿の手を取っている。 

 つま先立ちで歩いているのを見かねたらしい。

 ここで照れるのが、まだ甘いというか可愛いというか。 

 それは雪野だけでなく、玲阿にも言える。

「遠巻きには見てるけど、襲っては来ないな」

「二人がいるもんね」

「だってさ、先輩」

 俺は仲良く手をつないでいる二人に、鼻で笑った。

 特に意味はなく、緊張感の無さのせいだ。

 それ程屋神の統制が、この旧クラブハウスでは徹底しているのだろう。 

 これなら俺が付いてくる必要も無かったな。


 階段を上りフロアを上がっていくと、床もかなり綺麗になってきた。

 人がいないのと、多少は掃除をしているらしい。

 相変わらず玲阿達は手をつないでいるが、それを指摘する程無粋ではない。

「どこにいるんだろう。その、藤岡さん」

「え、お前知らないの?」

「知り合いじゃないもん。ねえ」

「いや、俺に振られてもね」

 明るく笑う玲阿と雪野。

 脳天気は結構だが、大丈夫か。 

「おい、屋神……さんに連絡取れ。捜してもらえ」

「アドレス知らない」

「俺も」

 ……そうだな。

 こいつらは、そういうのに向いてない連中だった。 

 遠野か池上を連れてくるべきだったのに、どうして俺は気付かなかっのか。

「どうしたんだよ、名雲さん」

「い、いや。ちょっと、自分の浅はかさに」

「ふーん。名雲さんでも、悩みがあるんだね」

 また笑う二人。

 いいよお前達は、幸せで……。


 周りの連中は遠巻きに見ているだけで、話を聞こうとしても逃げていく。

 仕方ないので俺は生徒会のネットワークを通じて、全生徒に配信出来る特殊なアドレスを使用した。

 ここにいるのは悪い連中ばかりだが、端末くらいは持っている。

 当然彼等も草薙高校の生徒なので、俺からのメールも受信する。 

 後は向こうが来るのを待つだけだ。

 その屋神も俺達への手出しを止めるより、藤岡の居場所を教えてくれればいいのに。

 しかし、一人で愚痴ってもしょうがない。

 屋神からのお達しは藤岡も聞いてるだろうし、俺のメールにも即座に反応するだろう。

 遠野に浦田は、いつもこういう苦労をしてるんだろうな。

「何ため息ついてるんだ」

「いや、ちょっと。最近、ストレスが」

「肩、揉もうか」

 コロコロ笑う雪野。

 それでもこの間の落ち込みからは、多少回復したようだ。 

 浦田がやられた後はかなりショックを受けていたから、少し心配していたんだが。

 こいつはこいつなりに、立ち直る努力をしているんだろう。

 それに玲阿や遠野、元野さん達のような仲間にも恵まれている。

 その中心にいる人物が雪野なだけに、こいつの精神状態は他の連中にも影響を与える。

 ただその立ち直りが、俺にとって本当にいいのかどうか。 

 いや、いいに決まっている。

 俺達の行動がどうなろうと、こいつ達の気持を裏切ろうと。

 俺自身は、玲阿達を大事な後輩だと思い続けたい。

 身勝手なのは、分かっているにしろ。


 気楽な会話を交わす二人の後を付いていくと、廊下の一角に人影が現れた。

 階段への通路がある辺り。

 人数は10名程、全員が女性のシルエット。

 武器の携帯が想定出来るが、身のこなしはさほどでもない。

 中央にいる、綺麗だが冷たい目をした女を除いては。

「お出ましだ」

「真ん中の女か。こないだ、矢田を叩いてるのを見た」

「俺も一度しか見てないけど、多分」

「分かった。雪野は取りあえず下がれ」

「はい」

 素直に下がるのを確認して、俺と玲阿で前に出る。

 ここまでする必要は無いんだが、一応は警戒したい。

「生徒会の呼び出しを受ける覚えはないんだけど」

 ショートカットを金髪にした、やや大柄な女が睨んでくる。

 俺が配布したメールについて、言っているのだろう。

 しかし「覚えがない」割にはこうしてやってくるのだから、結構可愛げがある。  

「あのメールは冗談だ。ここの主からお達しがあっただろ。今日変な連中が来るから、手出しするなって」

「それが、あなた達って訳」

「まあな。で、藤岡ってのは」

 俺達の推測通り、中央にいた切れ長の瞳の女へ視線が集まる。

 綺麗だが、感情のない表情。 

 押し殺している、と言えなくもない。


「愛想無いな、お前」

 こちらは愛想よく笑いかけてた見たものの、返事がない。

 それでも話は聞いているらしく、冷たい眼差しが送られてくる。

 敵意だけではないな、これは。

 屈辱、悔しさ、反発……。

 負の感情を全て抱え込んだような。

 久し振りというか、何というか。

 昔は、こういうのをよく見た物だ。

「……どうするんだよ」

「あ、なにが」

「だから。彼女を呼びだしたはいいけど、どうやって連れ出すんだ」

 心配げな顔を寄せてくる玲阿。

 力尽く、という概念が薄いらしい。

 それはこいつの良さなのか、それともウィークポイントなのか。

「ちょっと、何こそこそしてるの」

 セミロングとロングヘアの、小柄な女の子達が睨んできた。

 そうだ、今考える事じゃない。

「ああ、ごめん」

 そう言って玲阿が、はにかみながら頭を下げる。

 これには彼女達も、言葉がなかったらしい。

 みんな頬が赤くなり、玲阿以上にはにかみ気味だ。

 気持は分からないでもない。

 これだけ格好いい男が、素直に頭を下げて来たのだから。

「さすがだな」

「な、何が」

 慌てる玲阿。

 自分がどう見られているか分かっていて、それを照れる男でもある。

 そこがまた、女の子達にはたまらないのだろう。

 少なくとも、目の前の彼女達はそういう顔だ。

「いいから、お前も下がってろ」

「あ、ああ」

 何となくむくれ気味な雪野の隣に戻し、俺は連中と向き合った。

「用事があるのは、お前だけだ」 

 指を差されても、何の反応も示さない藤岡。

 こちらを見つめ続けるだけだ。

 このままでは埒が開かないので、俺は彼女に歩み寄った。


 他の女の子達が行く手を遮ろうと、その前へ出てこようとする。

 表情こそ凛々しいが、あまり機敏ではない動き。

 無論どんな動きでも、関係ないが。

「……動くな」

 ただの一言。

 女の子達は蒼白い顔になって、歩みを止めた。

 手にしていた警棒を落とした子もいる。

 ちょっとやり過ぎたか。

 最近は穏やかな生活ばかりだったので、加減を忘れていた。

 「怖い顔しないで」と、池上によく怒られた事を。

 また、身に付いていたその雰囲気も。

 強い奴を探し、戦いを挑んでいた時の話。

 今となってみればドラマのような、馬鹿げた話。

 ただそれが、舞地達と出会うきっかけにもなった。

 これも、今考える事ではない。


「用事があるのは、そいつだけだ」

「だ、だからって」

「抵抗するなら好きにしろ。俺は玲阿と違って、甘くないからな」

 名前も有名らしく、さらに顔を赤くした女の子達が後ろへ視線を送る。

 色々な意味で、戦意喪失という雰囲気でもある。

「だから、どうしたというの」

 今までの経緯を意に介さない、低いトーン。

 冷たい眼差しもそのままだ。

「お前に会わせたい奴がいる」

「関係ないわ」

 ある程度は予想していたのだろう、即座に答えが返ってくる。 

 とはいえ、それを鵜呑みにする訳にも行かない。

 口約束でも、契約は契約だ。

 また受けた任務は必ず果たすのが、俺の心情でもある。

「力尽くでも、と言ったらどうする」

「勝手に……」

 言葉の途中で、鋭く前に出る藤岡。

 伸びのいいジャブが、無造作に立っていた俺の鼻先に迫る。


 続いて、ストレートからの前蹴り。

 さらには沈み込んでの足払い。

 つなぎ方も早さも悪くはない。

 威力もそれなりにあるだろう。

 当たれば、の話だが。

「くっ」

 屈辱に唇を噛みしめる藤岡。

 場所を動かず、その全てをかわした俺へ向けられる射殺すような視線。

 冷静なのはその外見だけで、結構感情が激しい。

 だからこそ、矢田を殴りつけたりするのだろう。

「今度は、俺が行くぜ」

 右足を浮かし、その反動を利用して左足を振り上げる。

 間近にいれば、分かるだろう。

 頬を打つ風圧と、空を切り裂く唸り声が。

 破壊の意志のみを持つ、その蹴りの威力と共に。


「……もういいだろ」

 右手一本で、それを止める玲阿。

 かなりの自信を持って放った一撃だが、こいつにとってはその程度なのだ。

 改めて、実力の差を思い知る瞬間。

 ただ俺だって、当てるつもりはさらさらなかった。

 人の見せ場を、あっさりと持っていきやがって。

「お前には負けるよ」

「え?」

「いいから、下がってろ」

「あ、ああ」

 まだ不安げな表情を残す玲阿を後ろへ戻し、真っ青な顔で震えている藤岡へ話しかける。

「続きだ。さあ、掛かってこい」

「や、止めてっ」

 構えを取った俺の前に飛び出してくる、藤岡の仲間達。

 自らの危険も省みず、ただ彼女のために。

 これに対しては色々考えさせられるのだが、今は素直に受け取ろう。

 俺にはない純粋さでもあるし。

理佳りか、言う事聞いた方がいいって」

「何かあったら、絶対私達が助けに行くから」

「ここは、大人しくしてようよ」

「……ごめん」

 小さな、それでも心のこもった言葉。

 それが藤岡の口から発せられたと分かったのは、しばらく経ってからだ。

 顔を伏せる彼女を、女の子達全員が励ましていく。

 やっている事はともかく、その絆は俺が考えていた以上に強いらしい。

「彼女は連れて行ってもいいけど、大丈夫でしょうね」

「人に会わせるだけだ。何なら、全員来てもいい」

 しかし事情は知っているのか、同意の声を上げる者はいない。

 そして藤岡が、それを頼む様子もない。

「玲阿は藤岡が戻るまで、ここにいろ」

「ええ?」

「人質代わりだ」

 一切反論を聞かず、先を急ぐ。

 雪野が何か言いたそうに睨み上げてくるが、それも無視する。

 たまには玲阿にも、いい思いをさせないとな。

 あいつがそれを望むかはともかくとして。

 それを、雪野が望まないとしても。



 恨みがましい視線を受けつつ、雪野達のオフィスに入る。

「置いてこなくても、よかったのに」

 低い声で抗議する雪野から離れ、室内を確認する。

 矢田は……、ここにはいないな。

「こんにちは」

 朗らかに挨拶する柳。

 連れてきた藤岡も、一応会釈する。

「ケンカした?」

「お前とは違う。話し合いで解決した」

「丸くなったね、名雲さん。全員入院させたかと思ってた」

 人聞きの悪い事を言ってきた。 

 ただそれはお互い様なので、笑って流す。

「矢田は?」

「近くの教室にいるよ」

 耳元でささやかれた言葉に頷き、池上を呼び寄せる。

「様子はどうだ」

「落ちつきない。無理もないけど」

「さて、どうする」

 任せるという表情を受けて、少し考えてみる。

 ……考えるまでもないか。

「柳、連れて行ってくれ。それと一応、教室の外で監視を頼む」

「了解。藤岡さん、こっち」

 手招きする柳へ、案外素直に寄っていく藤岡。

「誰に会うかは、もう分かってるよね」  

「ええ」

「それじゃ、行こう」 

 ここは勢いが必要な場面。

 そして柳は判断する時間を与えず、即座にドアへ向かった。

 当然彼女も、後を追うしかない。 

「……今さら、話し合っても仕方ないのに」

 あきらめにも似たささやきを残し、部屋を出ていく藤岡。

 彼女自身、気持の整理は付いているらしい。

 ただわずかに残っている複雑な感情が、今までの行動に及んだ。

 それは俺の推測であって、実際は知らないが。


 後は待つ身で、やる事がない。

 かといって悶々と悩む立場でもないし、心配で見に行くような性格でもない。

 柳には悪いが、少し休ませてもらおう。

「寝ないでよ」

 険のある声が、机に伏せ掛けた俺へと飛んできた。

「ショウも柳君もみんな頑張ってるのに、その態度は何」

 小さいながらも、上から見下ろしてくる雪野。

 まだ気にしてたのか。

「大丈夫だ。そんなに心配なら、見に行けばいいだろ」

「べ、別に心配とかそういう訳じゃ。ただ、気になったから」

 子供っぽく顔を背け、口元で何やら呟いている。

「少しはあいつを信用してやれ。この程度で動揺してたら、この先大変だぞ」

「う、うるさいな。私は私なりの……。もういい、サトミー」

 とうとう俺から離れ、遠野に泣きついた。

 ちょっと言い過ぎた気もするが、このくらいはいいだろ。

「名雲さん。あまりユウをからかわないで下さい」

 雪野に寄り添いながら、睨みを利かす遠野。

 切れ長の瞳が、たじろぐほどの鋭さを宿す。

「この子はこの子なりに、色々考えてるんですから。もう少し、相手の気持ちを理解してもいいんじゃないですか」

「そうよ。これだから、ケンカ馬鹿は」

「女心が、分かってないんだ」

 言いたい放題だな。

 それに「ケンカ馬鹿」はともかく、「女心」ってなんだ。

「悪かった。俺が悪かったよ」

 そう言って頭を下げたが、効果無し。

 冷たい目線があちこちから飛んでくる。

 なんか、嫌な雰囲気だな。

「あの、なんだ。雪野、何食べたい?」

「……ミルクプリン」

 むっとしつつも、言う事は言ってきた。

「イチゴワッフルをお願いします」

「私は抹茶最中ね。それと、チリドッグ」

「ギョウザ、杏仁豆腐」

「おい。俺は雪野に聞いたんだ」

 全然人の話を聞かない連中は、輪になってメモを取り出した。

 もしかして、それを全部買ってこいって言うんじゃないだろうな……。



 思わず洩れるため息。

 耳が痛くなりそうな嬌声と、花のこぼれるような笑い声。

 高いテンションと甘い匂いが、店内を埋め尽くす。

 ショーウインドウまではまだまだ遠く、前に並んでいる女の子達の楽しげな会話が重なり合って聞こえてくる。

 そんな列に並んでいる男は、俺一人。

 カップルならいるが、一人っきりなのは俺だけだ。

 誰だよ、ミルフィーユ頼んだ奴は。

 身の置き場が無いというか、恥ずかしいというか。

「……甘い物、好きなんですか」

「え?」

 完全に気を抜いていた俺は、何の考えもなく後ろを振り向いた。

「あっ」

「こんばんは」

 驚く俺を見て、おかしそうに笑う元野さん。

「いや、その。雪野達に頼まれて」

「そうですよね。場違いですもんね。私もよく来るんですけど、変な人がいるなと思って」

 自分で言いながら、さらに笑っている。

「私はもう買い終わりましたから、そこで待ってます」

「はい」

 俺はそうとしか答えられず、女の子の嬌声の中さらに身を小さくした……。


 正直疲れた。

 だが、買う物は全部買った。

 もう俺は自由だ。

「……今から戻る」

 最後の申し送りをして、本当に全てが終わった。

 全く、どうしてこんな羽目に。

「大丈夫ですか」

 助手席に乗っている元野さんが、気遣うような顔を見せる。

 そんなに俺は、疲れきってるのか。

 ……バックミラーで見る限り、彼女の指摘は間違ってない。

「ユウもサトミも、仕方ないわね。私から、注意しておきますから」

「いいって。俺達も色々世話になってるし、たまには」

「そうですか。ありがとうございます」

 遠野達に代わって礼を言う元野さん。

 こういうを見ると、「お姉さん」とあいつらが呼ぶのもよく分かる。

 穏やかで、気が付いて、優しくて。

 とはいえ、締めるところは締める面も持っている。

 玲阿が物理的な要なのに対し、精神的な要が彼女なのだろう。  

 無論その中心にいるのが雪野なのは、間違いない。


「矢田君の方は、どうなったんです?」

「話し合いが付いたらしい。今度は、自分達の意志でもう一度会うってさ」

「なるほど」 

 何度も頷き、穏やかな顔をやや厳しくさせる。

「不満でも?」

「そこまではいいません。ただ、みんな世話を焼き過ぎだと思って」

「話がこじれてるから、人に背中を押されないと駄目なんだろ」

「ええ」

 意味ありげな苦笑。

 彼女の言いたい事はよく分かる。

 俺も、同じ意見なので。

「ユウ達は優しいですからね。矢田君のために、と思ってるんでしょうけど」

「本人のためにならないって?自分の事くらいは、自分で解決しろと」

「頼るなとは言いません。でも、全てを他人に委ねても欲しくないです」

 穏やかな横顔に、凛とした厳しさが宿る。

 ただ優しいだけではない、彼女の持つ一面。

 あまり普段は見せないが、この顔があるからこそみんなの信頼が生まれるのだろう。

「ちょっと、言い過ぎましたね」

 微かに笑い、窓を開ける元野さん。 

 秋の冷たい風が車の中に吹き込み、彼女の黒髪を小さく揺らす。


「……どうなるんでしょうね、これから」

 顔は窓の外へ向き、俺からは見られない。

 またその質問の意味も。

 矢田と藤岡の関係に対してなのか。

 それとも、違う意味でなのか。

 俺はそれ以上考えようとせず、アクセルを踏み込んだ……。



 何となく重い気持が、昨日の夜から続いている。

 たまには授業出ようと思い、リュックを抱えて直属班のオフィスを後にした。

 その途端、ドア越しに呼び止められる。

「どうせ暇なんだし、俺がいなくても大丈夫だろ」

「そうじゃないわよ。昨日の件で、問題が起きたの」

「それは任せる。矢田本人に解決させろ」

 投げやりに答えると、池上はわざわざ俺の前まで回り込んできた。

「今日、藤岡さんと会う予定だって知ってるでしょ」

「ああ」

「彼女、時間になってもこないらしいわ」

「遅れてるんだろ」

「待ち合わせの時間は、午前10時。今は、午後1時」

 すっぽかしか。

「そういう事もあるさ。元々こじれてた仲なんだし」

「名雲君は昨日いなかったから知らないけど、結構いい雰囲気になってたのよ」

「それなのに、藤岡は来なかった。気が変わったんじゃないか」

 あくまでも突き放す。

 しかし池上も諦めない。

「随分冷たいのね」

「自分の事は自分で解決する。そう思ってるだけだ」

「出来ない時は、周りが助けてあげないと。そうでしょ」

 綺麗な顔に、強い意志が重なる。

 何があろうと一歩も引かない、そう決意した女の子が昔いた。

 伏せた顔と、長い前髪、地味な服装。

 それが今、俺の前にいる。

 外見はすっかり変わったけれど、心はそのままに。

 そして俺も、あの時と同じように負けを悟った。

「……お前達には、やっぱり勝てないな」

「何の話?」

「別に。それで、矢田は」

「いつも通り、自警局の仕事してるわ。ただ聡美ちゃん達が、集まって話し合ってる」

 話し合い、ね。

 あまりいい予感はしないが、こうなったら俺も顔を出すしかないようだ。



 雪野達のオフィスに入ると、重い空気が伝わってきた。

「よう」

「あ、こんにちは」

 取りあえず挨拶を返してくる雪野。 

 他の連中も、気のない感じで頭を下げてくる。

「スティックなんて取り出して、何する気だ」

「藤岡さんに会ってくる」

「は?」

 つまりは、また旧クラブハウスに行くという事か。

 あそこはこの学校で、唯一と言っていい危険地帯だ。

「落ち着けよ、少し」

「嫌だ。結局私は、動いてないと気が済まないの」

「済みません、私も同意見です」

 警棒を腰のフォルダーに収め、髪をかき上げる遠野。

 こいつ冷静そうに見えて、意外と血の気が多いんだよな。

「困った子達ね。暴れればいいってものじゃないのよ」

「言っても無駄だ。映未だって、昔はそうだったろ」

「真理依もね」

 苦笑する池上達。

 どうでもいいけど、止めろよ。

「玲阿はどこ行った。柳も」

「ケイのお見舞い」

 そういえば、そんな奴もいたな。

 あいつがいれば、こういう時は楽なんだが。

「その兄貴は」

「先輩の所へ行っています」

 使えない兄弟だ。

「サトミ、行こう」

「ええ」

 用意を調え、脇目もふらず部屋を出ていく二人。

「名雲君、追いかけて」

「ほら、早く」

 そして、ドアを指差す二人。

 いいように使われてるな、俺……。



 昨日以上に、敵意に満ちた視線があちこちから飛んでくる旧クラブハウス。

 それとなく後を付けて来る奴もいる。

 ただ襲いかかっては来ないし、そういう素振りを見せる奴もいない。

 一応は、俺達がどういう人間か知っているのだろう。

「さて、どうやって藤岡を捜す」

「アドレスを昨日聞いたの。それを使う」

 硬い表情のまま、端末を取り出す雪野。

 しかし応答がないらしく、すぐにしまわれた。

「おかしいな。つながるけど、出てくれない」

「嫌な予感ね」

 そう呟いた遠野が、今度は端末を取り出した。

「……あ、はい。……え?……そうですか。……はい、分かりました……はい」

「誰?」

「映未さん。学校の外へ行こうとしたら、藤岡さんを見かけたって」

 顔を見合わせる二人。

「怪我してたらしいわよ。それも結構派手に」

「だったら、今日来なかったのはそれが原因?」

「かもしれない。大体、どうして怪我をしてるのかしら」

 顎に手を当て考え込む遠野。

 すでに結論は出ている様子だが、その再確認と行ったところだろう。

「取りあえず、彼女の仲間に会いましょうか」



 そっちのアドレスもあるらしく、昨日出会った女の子達がやってきた。

 旧クラブハウスでは何なので、一般教棟のラウンジに場所を移している。

「藤岡さん、怪我してるらしいわね」

 切れ長の鋭い眼差しが、彼女達を捉える。

 抗いを許さない厳しい視線に、女の子の一人が頷いた。

「もしかして、あなた達が殴ったの」

 対照的に、感情むき出して睨む雪野。

「ユウ。落ち着いて」

「だって。昨日絶対局長に会うって約束したじゃない。それなのに……」

「あ、あの。理佳の怪我は、自分でやったの」

「ええ?」

 席から立ち上がった雪野が、俺と遠野と交互に見る。    

「彼女達に謝りなさい」

「あ、はい。ご、ごめん。早とちりして、変な事言っちゃって」

 申し訳なさを全身からあふれ出させ、頭を下げた。

 これには女の子達もおかしかったらしく、硬かった表情や雰囲気が少し和らいだ。

「だったら、その自分で怪我をした理由を聞かせてもらえない?」

「矢田君だったったけ。今まで彼にした事を考えたら、このままじゃ気が済まないって」

「どこかのジムで、スパーリングしてきたらしいわ」

「あの子は確かに強いけど、続けて何時間もやったらしいの。その結果が、あの怪我よ」

 静かに語られる、重い内容。

 やはり、そこまで思い詰めてたか。

 ただ矢田へ敵意を抱いてるだけなら、あいつを殴って終わりだろう。

 藤岡の複雑な感情が、こういう形で表れるとは。

 予想していたとはいえ、あまりいい気分でもない。


「そうなの」

 遠野もそれは分かっていたらしく、淡々と頷いている。

「だからって、会う会わないは別じゃない」

 納得し難いという口調の雪野。

 それに対し、一人の女の子が視線を伏せた。

「今までの事を考えたら会う資格がないって、理佳は言ってた」

「今日学校に来たのは、転校手続きのためかしら」

「ええ。これ以上、彼に甘えられないって」

「そんな」

 絶句する雪野を遠野に任せ、俺は最後まで予想通りだった結末を噛みしめていた。

 矢田と藤岡のわだかまりが無くなれば、残るのは一つ。

 一方的に矢田を責め続けた藤岡の悔い。

 以前自分が一般生徒から疎外された状況も、矢田が悪いのではないと分かっている分余計。

 果たして、これでよかったのかどうか。

 もし和解しなかったら、少なくとも二人は顔を合わせ続けられた。

 しかし今はもう、藤岡はいない。

「……別に、死に別れた訳じゃないんだ。お前らも、そんな顔するな」

 明るい調子で、肩を落としている女の子達に声を掛ける。

「行き先くらいは聞いてるんだろ」

「え、ええ」

「じゃあ、週末にでも会いに行け。それに別れってのは、泣くような事じゃない」 

 俺は自分に言い聞かせるような言葉を残し、その場を離れた。



 どうも最近、気分が重い。

 矢田の一件を聞いて以来だ。

 別れ、か。

 俺自身何度も経験し、またこれからも幾度と無く起こる事。

 考えたくもないが、それが不意に訪れないとも限らない。

 どうも、弱気になってるな。

 この学校に長くい過ぎたようだ。

 玲阿達みたいな連中と出会ったのも、その一つだろう。

 居心地がいい分、また一緒にいる連中が楽しい分。

 別れの辛さはそれに比例する。

 何を今さらという気がしないでもないが。


「お疲れみたいですね」

 笑いを含んだ、優しい声。

 俺は首を廻しながら、情報端末から目を離した。

 今いるのは、図書センターの自習室。

 総合理科2のレポートを書くため、集中しようとここへ来たのだが。

 集中し過ぎて、関係ない事を考えてたようだ。

「元野さんは、どうしてここに」

「普段授業に出ないので、レポートを書き貯めしようと思いまして」

「なるほど」

 ガーディアン連合の仕事が忙しくて、授業どころではないと前言ってたな。

 似た者同士という訳か。

 彼女は開いていた隣の席に座り、椅子をこちらへと向けた。

 グループで利用している連中もいて、小声の会話くらいは問題ない。


「予想通りの結果でしたね」

「矢田か。まあね」

「結局彼は藤岡さんに怒られる事で、罪滅ぼしの気になってたんじゃないですか」

 冷静な指摘に、俺は特に口を挟まなかった。  

「そして藤岡さんが怒っている間は、彼女とも出会える。結論の先延ばしというか、遠回しな恋愛というか」

「辛辣だな、今日は」

「最後の最後まで、彼は何もしなかったんですから。引き留めも、見送りも、何も」

「男心、じゃないの」

 自分でも馬鹿馬鹿しいと思いつつ、口にする。

 当然元野さんは、苦笑気味に首を振っただけだ。

「心も大事ですけど、行動もまた同じように重要です。藤岡さんがその感情を、矢田君へぶつけ続けたように」

「まあな。ただ矢田は恋愛感情を持ってたみたいだけど、藤岡の方はどうだろう」

「私も、そこまでは分かりません。でも彼女は、動き続けた。何もしないで受け身になっているよりは、何倍もましです」

 あくまで厳しい態度を崩さない元野さん。

「黙っていたい時だってある。言えない事だって、あるだろ」

「本人はそうかもしれません。でも、周りの人間は違います。一言でいい、何かを伝えて欲しいです。自分は今どう思っているのか、どうするつもりなのか」

「それが出来れば、苦労しないさ」

 心を見透かすような彼女の視線を避け、端末の画面を眺める。


 いつの間にかすり替わった話題。

 彼女が言いたい事は、勿論分かっている。

 つまり、俺達はどうしたいのか。

 何をする気なのか。

 そう聞きたいのだろう。

 いや、俺が言うべきだと思ってる。

 誰もが聞かなかった質問。

 遠慮、気遣い、信頼、推測。

 考えはそれぞれあるにしても。

 ただ俺は、それに甘えて何も言わなかった。

 伝えようともしなかった。

 彼女達の好意を受け入れるだけで、それ以外は何も。

 自分にとって都合のいいように、振る舞う事しかせずに。

 そう、黙っていては何も分からない。

 この先彼女達に関わりかねない内容だけに、このままにはしておけない。

 彼女なら、それを聞かせるにふさわしい人間だ。

 みんなの不安を無くすためにも。

 そして俺の、この重い気持を無くすためにも。



「……謎の多い方が、魅力的だと思わないか?」

「そういう事言うと思ってました」

 俺の答えなど初めからお見通しだという、優しい笑顔。

 先程までの厳しい表情は、微かにも浮かばない。

「少しでも説明してくると、助かるんですが」

「事情が色々あってな」

「もし何かあったら、その時は私も色々考えますからね」

「覚えとくよ」

 苦笑して軽く伸びをしたら、首元で澄んだ音がした。

 例のネックレスが、胸元のボタンに当たったらしい。

「お父さんのですか」

「ああ。戦後、これだけ戻ってきた。この間親父を看取った人に聞いたら、間違いないって」

「名雲さんを縛り付ける鎖。それとも、頼るべき最後の拠り所でしょうか」

 皮肉めいた視線と言葉に、俺はIDを握りしめて首を振った。

「ただのアクセサリーさ。親父の背中を追う、好青年を演じるための道具だよ」

 そんなごまかしに、くすくす笑う元野さん。

 年下だが、彼女にすれば俺なんて子供のようにしか見えてないのだろう。

 それも、悪い気分ではないが。


「……少し、元気になったみたいですね」

 優しく見つめてくる彼女へ微笑み返し、その気遣いに心の中で感謝した。

「何て言うのかな。こうして元野さんに迷惑かけていれば、また叱ってもらえるだろ」

「矢田君みたいにですか?もしかして、私に惚れました?」

「だったらどうする」

「面白い冗談ですね」

 珍しく声を上げて笑う元野さん。

 冗談か、なるほど。



 確かに、本当の事を語る必要はない。

 いつ別れが来るかもしないのに、情を移すなんて。

 別れというのは、泣くくらいに悲しい。

 少なくとも、俺にとっては。

 だからこの関係も、来るべき別れの時を考えればそう悪い物じゃない。

 そんな事を考える自体、俺は追い込まれてるんだろう。

 色々な意味で。




 俺は胸元から下がるIDを握りしめ、すがるような思いを託してみた。

 当たり前だが、何の返事も返ってこない。

 そして親父の声なんて、気の利いた物も聞こえない。

 伝わってくるのは、歪んだIDの感触だけだ。

 身を挺して敵も味方も救った、親父の形見。

 「心ではなく行動で示す」

 さっきの元野さんの叱咤。

 今になってそれが親父の言葉に感じたのは、都合のいい思い込みだろうか。




                                    了














     エピソード7 あとがき




 ワイルドギースの要、名雲祐蔵君を書いてみました。

 大人びた視点を持ち、柔軟な考え方も出来る人。

 しかも文武両道で、外見も申し分なし。

 また自分でも認めている通り、戦死したお父さんへの思いは強いです。

 「目標は親父」、なんて言えるくらいに。

 この人も、色んな意味で格好いいんです。


 今回はそれと、矢田自警局長を少し絡めてみました。

 典型的なインテリ学生で、マニュアル重視の人。

 そのマニュアルで、各トラブルを無くそうと考える夢想家でもあります。

 頭で考える事が優先なため、現場に立つユウ達との対立は必然とも言えます。

 お互い、それは分かってるんでしょうが。

 彼は一応自警局長という肩書きがあるので、今後もそれなりに出番はあります。

 好きな子(藤岡さん)には、振られましたけどね。





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