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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第1話   1年編
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     1-5




「……ん」

 小さな呻き声に気づいて振り向くと、眠り姫が目を覚ましていた。

「お目覚めかしら」

「ええ。おかげさまで」

 私に突かれた鳩尾を押さえ、警戒気味の笑みを見せる自警局長直属ガーディアン隊長。

 彼女は床に敷いていた毛布の上から体を起こし、後ろにたなびく長いポニーテールへ触れた。

「……ここはあなた達のオフィスみたいだけど、私の仲間は?」

「帰ってもらったわ。あなたの事よろしくって言ってた」

「介抱までしてもらって申し訳ないけど、何が目的?私の身柄を抑えても自警局、……生徒会の対応は変わらないわよ。それに何も喋る気はないから、そのつもりで」

 隙のない凛々しい表情。

 顔立ちが精悍なだけに、何とも迫力がある。

「じゃあ、その体に色々聞いてみようか。その強情がどこまで続くか、見物だわい」

 奇怪な言葉使いのケイにひるむ隊長。

 すかさずショウが、ケイの頭をはたく。

「こいつは気にしなくていいから。別に君をどうしようという訳じゃない。ただ体に差し障りがあるといけないと思って、少し様子を見させてもらっただけだよ」

 爽やかな笑みを浮かべ、隊長を見つめるショウ。

 顔がいいだけに、その仕草は何とも様になっている。

 さすがにこれには、隊長さんも少し動揺しているようだ。

「あんた、何すんだよ」

「それは俺の台詞だ。悪代官じゃあるまいし、何が体に聞くだ」

「軽い冗談だろ。お前は顔がいいからって、すぐそうやって人を騙して……」

「いい加減にしなさいっ」

 怒鳴る私を見て、肩をすくめる二人。

 もう、恥ずかしいんだから。

「ごめんなさい。ただあなたと少し話がしたかったから、看させてもらったんだけど。体の調子がいいなら帰っていいわよ」

「……いえ、少しくらいならかまわないけど」

「そ、そう。ありがとう」

「こ、こちらこそ」

 照れくさそうに笑う隊長。

 彼女の精悍な顔がちょっと和らぐ。

 そしてはにかみ気味のその笑顔は、私の心にも確かに届いていた。


 私達はケイがいれた紅茶を前にして、お互いの事などを語り合っていた。

 彼女も中等部からの繰り上がり組だが、北地区出身との事。 

 中等部はそうして南・北に分かれていて、高校で一つに統合されている。

 あちこちに分校があるらしいが、私には縁の無い話だ。

「でも、生徒会ってそんなにいいかな」

「所属してみれば分かるわよ。装備品や補助金は勿論、学校内での強い地位、他大学への推薦枠、就職の斡旋……。その影響力は卒業してからも通用するんだから」

「それだけ恨みも買うけどね」

 ぽつりと呟くケイ。

「それを補ってあまりあるのが、生徒会なのよ。知ってるでしょ」

 丹下たんげさんは落ち着いた仕草で、紅茶を一口含んだ。

 ちなみに下の名は、沙紀さきちゃんだって。

「だから、その生徒会に逆らうあなた達は相当なものね。みんな噂してるわよ。とんでもない連中がいるって」

「俺達にはピンとこないけどな」

「実を言うと、あなた達の事は前から知ってるの。中等部からすごかったものね。同い年でこんな人達がいるのかって、いつも思ってたわ」

「丹下さんも1年?随分、落ち着いてるね。サトミもそうだけどさ」

「この人とは較べものにならないわよ。3年間学年トップで、この容姿。私みたいに、体が大きいだけの女なんて全然」

 ポニーテールの頭を軽く撫でる丹下さん。

 その口調といい仕草といい、結構親しみやすい感じだ。

「そこそこって感じじゃなかったけど、ユウとやり合ったところを見ていたら」

「本当。これ見て、風圧で切れたんだよ」

 ばっさりと裂けたボレロを見せると、サトミとケイが驚いた顔をした。

 ただショウは、目を輝かせているが。

 本当、格闘馬鹿なんだから。

「こりゃ俺がやればよかったか。男でもこれだけやれる奴はそういないからな」

「残念だけど、もうあなた達とやる気はないわ。命令が来ても、適当にごまかすから安心して」

 明るく笑う丹下さん。

 さっぱりしてるな、この人。

 私が彼女と同じ立場だったら、もっと落ち込んだりするだろう。

 どうも、人間としての器が違うらしい。

 体型は、比べるべくもない……。

「さてと、そろそろ戻るわ。みんなを心配させたままだし。お茶、ご馳走様」

「どういたしまして。何が入ってるかも知らずに、がぶ飲みしてたけど」

「えっ?」

 慌ててマグカップを見る丹下さん。

 私もすぐにティーポットを覗き込む。

「冗談。ハーブティだよ」

 そう言って、袋を投げてくるケイ。

 ラベルには、効能:疲労回復とある。

「……本当に変わってるわね。あなた達」

「変わってるのはこの人だけよ。私達はいたって普通だから」

「そうかもしれない」

 くすくす笑う、サトミと丹下さん。

 私は大笑いして、彼を指差す。

 嫌な目で睨んできたけど、全然気にしない。

「じゃ、今度は私達のオフィスにでも来て。それと、今の話は内緒にね」

 立ち上がった丹下さんは顔の前に手をやり、軽く頭を下げた。

 身長はケイと同じくらいで、結構ナイスバディでもある。

 うらやましい……。

 だけど、それをこらえるのも女よ。

 よく分かんないけど。

「ええ。あ、仲間の子に謝っておいて。やりすぎてごめんなさいって」

「分かったわ。それとこの事は……、何でもない」

 何かを言いかけ、口ごもる丹下さん。

 彼女はすぐに素敵な笑顔で手を振り、オフィスを後にした。



「なんか格好いい人だったね。それに強いし」

「だから1年なのに、部下を率いてるんだろ。俺達で部下がいるのはユウだけだし」

「部下ね……」

 ショウと言葉に促されるようにして、みんなの顔を見渡してみる。

 確かに一応リーダーなんだけど、みんな私よりすごいのでどうも実感が湧かない。

 格闘技の実力じゃショウにかなわないし、交渉事や会議はサトミやケイに頼り切っている。

 私が彼らに勝るものは、果たしてあるのだろうか。

「仲間を率いるのは力や頭だけじゃないよ。人を惹き付ける魅力も、資質の一つさ」

 嬉しい事を言ってくれるケイ。

 根はいいんだ、この人も。

「あ、ありが……」

「だからユウも頑張って、そういう魅力を身につけよう。性格は申し分ないけど、身体的な方はあれだもん」

「ははっ、それ面白い。確かに、見た目で人を惹き付けるのも重要だからな」

「な、なにっ」

 思わずいきりたってスティックを構えた。

 すると二人は口を開け、呆然と私を見つめてくる。

 最初は私の剣幕に驚いたのかと思ったけど、どうも様子がおかしい。

「あ、あなた達っ。後ろ向きなさいっ」

 突然叫ぶサトミ。

 二人は弾かれたように後ろを向く。

「どうしたの?お尻でも叩こうっていうの?」

「……違うわよ。とりあえず下向いてみて」

「え?」

 視線をすっと落としていく。

 すると胸元辺りが、何かひらひらしている。

 何これ?

 いや?

 え?

 まさか……。

 身震いした拍子にひらひらがゆっくりと動き出し、一瞬胸元が露わになった。


「シャ、シャツまで裂けたっ?」

 胸元を押さえ、真っ赤になってその場にうずくまる私。

 痛くはないから肌にまでは達してないようだけど、もう恥ずかしいったら。 

 するとサトミが自分のボレロを脱ぎ、私に掛けてくれた。

「すぐに寮へ戻りましょ。これでは、いくら何でもまずいわ」

「そ、そうする」

 サトミのボレロで胸元を覆い、ドアを開ける。

 するとケイの言葉が聞こえてきた。

「でもよかったよ、シャツが裂けただけで。もしユウにもっと身体的魅力があったら、大変だった」

「なにそれ?」

 足を止めて、つい聞いてしまう。

 ケイは笑うだけで、答えようとしない。

 身体的魅力って……。

 大変って……。

 分かった。

「む、胸が無いのが、そんなによかったのっ?」 

「さっきの丹下さんだったら、胸まで切られてたかも。それを考えればね」

「ひ、貧弱でよかったってっ?」

 怒りのオーラをまとった私を見て、ケイは慌てて逃げていく。

「落ち着けよ。胸がなくてもいいだろ。何にせよユウは助かったんだし」

 優しく革ジャンを肩に掛けてくれるショウ。

 助かったのは事実だが、胸はあった方がいい。

「下らない事言ってないで、とにかく行きましょ」

「うん……」

 下らなくはないんだけどと思いつつ、そしてサトミの大きな胸を横目に捉えつつ私は歩き出した。


 廊下に出て周囲を気にしながら歩いていく。

 隣ではサトミとショウががっちりと脇を固めている。

 それでケイはと思ったら、私を追い越してその前を歩き出した。

 絶えず周囲に目を配り、おかしな人が近寄ってこないようにしてくれている。

 いつもご苦労を掛けます、みなさん。

 という訳で、私はそんな仲間達に守られて寮へと戻っていった。



 サトミが予測した通り。

 自警局直属のガーディアン達を抑えた翌日から、私達のいるD-3ブロックはかなり静かになった。

 助けを求めるガーディアンは相変わらずだけど、ブロック内で暴れる馬鹿連中はめっきり減った。

 そして今までと少し違うのが、生徒会やフォースから命令を受けてない連中が私達を襲うようになってきた事。

 私達が少し有名になったから、倒して名をあげようとしているらしい。

 救いはその数が2、3日に一人という少なさだけか。 

「それにしても、妙に人が多いね」

 以前も結構人がいたが、このところさらに数を増している。

 時には、廊下を歩くのもままならないくらいに。

「他のブロックからは「中立地帯」って呼ばれてるらしいわよ」

「なにそれ?」

「ここは生徒会もフォースもオフィスないから、その影響が及ばないでしょ。で、その代わり、どこにも属さない私達が警備しているじゃない」

「だから両者とも、ここでは戦わないのが暗黙のルールになってるらしい」

「ふーん」

 それで生徒会っぽい連中とフォースみたいな子達が一緒になって、楽しそうに話してるのか。

 今までどうも疑問だったけど、ようやく謎が解けた。

 話は聞いてみるものである。

「そういう訳で前と違ってここは平和だから、人が大勢集まる。つまりそれだけ他は荒れてるんだ」

「こんなの早く終わればいいんだけどな」

 しみじみと呟くショウ。

 あれだけ強くて、なおかつこういう発想を出来る子なんだ。

 本当に人がいいというか、奥ゆかしいというか。

「だけどある意図を持つ者にとっては、またとないチャンスかな」

「チャンス?」

「今一般生徒が求めているのは、治安の維持。彼等はこの状況を改善してくれる者がいたら、無条件で支持する」

 興奮してきたのか、手を顔の前に突き出すケイ。

 普段冷静な彼も、こうなったら語る。

 ただ興奮しているのは見た目だけで、内面は全く変わらないと思う。

 だからこそこうして、理路整然と語れる訳だ。

「今暴れてるのは末端のガーディアンだから、ある程度の力があれば対抗するのは訳ない。そうやって一般生徒の支持を取り付けていって、各ブロックを解放していく」

 熱心に語るケイをサトミがじっと見つめている。

「ある程度の勢力になったところで、生徒会とフォースを弾劾。一般生徒はこっちの味方だから、両者とも強くは出られない。そこで一気に学校と交渉して、混乱をもたらした張本人である両者の処罰を求める」

 まだ続く説明。

 それには誰も、口を挟まない。

「学校は一定の懲罰を科し、両者の立場は低下。逆にこっちは混乱を抑えた組織として、新たな治安維持組織としての地位を確立できる。すなわち、学校の支配。勿論ある一面での支配にしか過ぎないけど、それなりの権力は確立出来る」

「支配?!権力?」

 思わず目が丸くなった。

 ショウも私同様、驚いた顔をしてる。

「そう。そして今このブロックに集まっている人達は、俺達に治安の維持を求めている。つまり俺達には、それが出来るチャンスでもある。どう?やってみる?」

 細い小さな目を光らせるケイ。

 悪魔の誘惑さながらに。

「や、やる訳ない。そんな事やる気もないし」

「学校を支配出来るとしても?」

「やらないの。人の弱みにつけ込むような事しても、後悔するだけよ。私は、そんな事するためにガーディアンをやってる訳じゃないもの」

 思わずテーブルを叩いてしまった。

 気付いたら、席も立っていた。

「だろうね。そう言うと思った」

 一転静かな口調に戻るケイ。

 先程までの興奮はどこへやら。

 お茶なんかすすってる。

「へ?」

「この人の話は聞いちゃ駄目よ。自分でもやる気がないくせに、変な事ばっかり考えてるんだから」

 サトミは隣で呆れている。

 ショウはといえば、私同様疲れ切った表情。

 というか、興奮してるのは私だけか……。

「あ、あのな。冗談も程々にしとけ」

「冗談じゃないさ。今のような内容を考えてる奴は、絶対いるんだって。ただ俺達はやらないけど、そいつらは実行に移すかもしれない」

「まさか」

「だから聞いちゃ駄目。空想どころか夢想よ、ケイの話は」

 咎めるような視線を送るサトミ。

 ケイは知らん顔をして、ゲームの電源を入れた。

「今の話はともかく、この混乱を利用する奴はどこかにいるよ。それが大それた計画か、せこい企みかは別として」

「俺には考えも付かないけどな」

「私も」

 頷き合う私とショウ。

「あなた達は人を信じるタイプだから、そうでしょうね」

「別に俺だって、信用しない訳じゃない。ただ、あらゆる可能性を否定しないだけ」

「分かってる」

 なだめるような声を出すサトミ。

 全く困った人だと思った私であったが、それが間違いだと悟る時がすぐにやってきた。



 数日後。オフィスでサトミとたわいもない話しで盛り上がっていた時だった。

 ショウは黙々とゲームをやっている。

 この人も結構ゲーム好きだ。

「参った」

 ため息混じりに入ってくるケイ。

 いつになく、元気のない雰囲気。

 元々じめじめした人だけど、それとは少し違うようだ。

「ゲームの発売日でも延びたの」

「いや、それくらいならまだましさ」

 珍しく真剣な顔をしているので、こちらも姿勢を正して彼の言葉を待つ。

「フォースと生徒会が和解した」

「え?」

 同時に同じ言葉を発する、私とショウ。。

 サトミも隣で、端正な眉をひそめている。

「やられたよ。前からおかしいと思ってたんだ」

 腰を下ろした彼は、悔しそうに机を指で叩く。

「やられたって。あれだけの騒ぎを起こして、知らない間に和解ってのは釈然としないけど。でも騒ぎ自体は収まるんだし、いい事じゃないの」

「連合も分裂状態が解消するし、生徒会やフォースから来た連中も引き上げるだろ。そうすれば塩田さんが復帰するだろうし、俺達も連合へ戻れるんじゃないのか」

 するとケイは首を振り、だるそうに机へもたれかかった。

「そんなに甘くない。和解ってのは極端に言えば、どちらが悪かったかの結論を出さずに解決するって意味。つまり、今回の真相は闇に葬られる」

「でも、いつまでも騒ぎが続くよりましでしょ。どちらも大きな被害を出して、得をしなかったんだし」

 体を起こすケイ。

 端末にコードが接続され、TVの端子に繋がれる。

「本当にだれも得をしなかったと思う?まず予算編成局、……フォース」

 タブレットにペンを走らせ、解読不能な文字を書く。

 一方TVには、補正された字が表示されている。

 フォースと。

「外部勢力を大幅に増強したフォース。確かに外部勢力は和解後にそれぞれの学校に戻っていく。だけど今回の一件でコネクションが出来た彼等は、いつでも外部勢力を学内に呼ぶことが可能になった。それに連合のガーディアンもかなり吸収した」

 画面には勢力の増強と書かれている。

「一方生徒会は……」

 生徒会と表示される。

「自治権を盾に学校の介入を完璧に拒んだ。そして自力で和解にこぎつけ、学校内の紛争を解決する力を学校内に示した。これによって学校は自治権の強化を認めざろう得ないし、一般生徒はますます生徒会の力を思い知った事になる」

 自治権の強化と書かれる。

「細かい点を上げればもっとあるけど、大まかにはこう。つまり、誰が得をしたかといえば紛争当事者の両者。ちなみに損をしたのは、勝手に巻き込まれてぼろぼろになったガーディアン連合」

 画面に利害の一致と書かれる。


「すると、どちらか一方ではなく、両者が自作自演の芝居をしていたと」

 ケイに聞くと言うより、自分自身で確認する感じのサトミ。

「状況証拠ならいくつか押さえてる」

 画面が切り替わり、かなり前に私達が失禁させた連中の映像が映し出される。

「きっかけでもあったこいつらを調べればと思って情報を集めたんだけど、駄目。あの後すぐに、退学してた」

「調書は、自警局が保管しているはずよ。それに連合も」

「データを無くしたんだって。連合も」

 肩をすくめるケイ。

 無くしたという事を、信じていない顔で。

「かろうじて残ってた履歴を調べたけど、誰一人として共通した点がない。過去の学校、寮、実家の住所、クラブとかの交流……。ただ一つの共通点は、全員編入試験で補欠入学している事」

「編入なのに、補欠入学なんてどういう事」

「彼らを入学させるために、他の合格者を取りやめさせたんだろ。しかも今年度の補欠入学は、こいつら以外殆どいない」

 画面はさらに代わり、私が捕まえたサディストが写される。

「あれほど引き際が見事だったガーディアン襲撃犯が、何故かあの日に限って大量に拘束された。そして捕まった連中は、こういった隠密行動に不向きなタイプ。普通ならこんなやつ使う訳がない。だから、使った途端捕まったんだけど」

「私達に捕まえさせるために、こういった連中を使ったと」

 ケイの言葉を補う形でサトミがつなぐ。

「おそらくは。こいつが自白したアジトってのもおかしいんだ。あそこは確かに悪い連中のたまり場だけど、こんな事件を起こす度胸がある連中じゃない。それにユウはこいつの顔は殴っていないのに、映像では眼帯してる。多分力尽くで、偽証を強要されたんだ」

「でもディスクはそのアジトから見つかったんだろ。それも、こいつのおばあさんの名前が解読パスワードのが」

 首を振るケイ。

 先程から変わらない、気のない顔で。

「そんなの調べるくらい、生徒会には造作もない。大体襲った場所や襲う場所を記録して手元に置いとくなんて、おかしな話だよ。そんなの持ってたら、襲撃犯だってすぐにばれる。あれほど行動が読めなかった連中が取る行動とはとても思えない」

「でも、どれも怪しいと言うだけで、物的証拠ではないわね」

 髪を掻き上げ彼を見つめるサトミ。

 彼同様、気のない顔で。

「いや。一つだけある」

 そんな都合のいい物がどこに……。


「私達が録ってたディスクでしょっ。こいつを捕まえる時に録ってた」

「当たり。自警局に提出してあるから、今から行こう。あれにはあの時会話していたリーダー格の声が入ってる」

「おしっ」

 私は勢いよく席を立ち、みんなをせき立てるようにしてオフィスを出ていった。



 着いたのは特別教棟内にある、生徒会自警局。

 顔を覚たのか、今日は呼び止められる事もなかった。

「あの。先程連絡していたものですが」

「う、伺ってます。ど、どうぞ」

 私達と目を合わせようとせず、案内してくれる自警局の人。

 つまりは生徒会のメンバーで、エリートでもある。

「何、この人?」

 小声でサトミに尋ねる。

 分かってはいるが、そうは思いたくないから。

「やっぱり、生徒会とは相性が悪いみたい。色々あったでしょ」

「色々あったって、私達だけが悪い訳じゃないのに」

「噂だけで、人は判断したがるものよ」

 私達の会話が聞こえているのか、こちらを気にしながら案内してくれる。

 でも、目は合わせない。

「こ、こちらでお待ち下さい」

 私達を部屋に通して、逃げるように去っていってしまった。

 好きにしてよ、もう。


 狭っこい部屋で待たされていると、しばらくして自警局局長が入ってきた。

 間近で見ても落ち着きのある、さほど目立たない感じの人だ。

 とはいえ彼は生徒会の局長という大幹部であり、多少出来がいいくらいでは務まらない。

 それに今思ったが、この間の丹下さんの上司に当たる訳だ。

「言いたい事は色々あるが、とりあえずは確認してみよう」

「そうですね。全てはその後で」

 全員の目が、TVに注目する。

 画面に映し出される、こないだのシーン。

 私と隊長とが言い争う場面でも、彼はわずかにも表情を変えない。

 今は別問題と考えているのか、それとも別な考えがあるのか。

 どちらにしろ、この程度では動じないらしい。

 それから後、私達が待機する映像がしばらく続く。

「ここからです。姿は映ってませんが、声は録れてると思います」

 全員の注目がさらに高まる。



「ピ、ガガ、ギー、ピガガ」

「まだ一人……、ガーピ、・んだ。ピガガピガ」

「ピガガ、ピー、ガガガピ」

「ガガピ、すぐ済むガギー。ガーピギー、ガー、ピー」


「肝心な部分が、録れて無いじゃない」

「どうなってんだ」

 映像を巻き戻して、もう一度見てみる。

 でも結果は同じ、肝心の部分だけノイズ音が入り交じり会話が聞き取れない。

 画面も激しく乱れ、やがて完全にブラックアウトする。

「Dブロックの隊長にも話を聞いたが、はっきりしなくてな。廊下で何者かの会話があったのは知っていたそうだが、内容や声は覚えていないらしい。彼のDDにも録れていなかった」

「そうですか……」

 口許を抑えるケイ。

 だがその表情にはまだ余裕がある。

「これでは証拠になりようがない。我々もあの現場にいた者から聞き取り調査をして、さらに調べるつもりではあるが」

 残念そうにため息をつく局長。

 ただ何となく、演技めいても見える。

 当たり前だが私達の告発が自警局へも及ぶ事も、十分理解しているのだろう。


「でしたら、もう一つの証拠を聞きましょう」

「もう一つとは」

「俺が一緒に提出したテープです。今日はその再生用機械も持ってきました」

 小型のDDに似た箱が、テーブルの上に置かれる。

「それも資料室にあるはずですから、持ってきて下さい」

「分かった」

 局長は秘書さんに連絡して、ケイが提出した例のテープを持ってこさせた。


「じゃ、開けます」

 ケイは無造作に小さな箱を開け、古いオーディオテープを取り出した。

 特殊な防護が施してあるはずの箱は、単なるプラスチックケースに見える。

 どうやらあそこでの説明は、彼のブラフだったようだ。

「音質は悪いですが、聞き取れない程じゃないと思います」

 テープを機械に入れ再生ボタンを押す。

 すると再び、私と隊長の会話が始まった。


「音が小さいな」 

 局長は突然機械を手に取り、あちこちをいじり始めた。

 ケイが慌てて止めようとするが、局長はその手を邪険に払いのける。

「ちょっと待て。ボリュームはと……。ああ、これか」

 そう言った途端、音が止まった。

 ケイの表情も、瞬時に凍り付く。

「な、何するつもりですかっ?」

「それはこっちの台詞だっ。オラッ」

 手をはたかれ、血相を変えて怒る局長。

 ケイは強引に機械をひったくり、慌ててボタンを押した。

「い、今のは録音ボタンですよっ。あ、あなた、自分で何をしたか分かってますかっ」

「落ち着きたまえ。もう一度再生してみればいい」

 その言葉通り、一転して落ち着きを取り戻す局長。

 だけど再生して聞こえてくるのは今の局長とケイのやりとりで、肝心の部分はすっかりと上書きされていた。

 つまり、証拠は完全になくなったのだ。

「済まないな。それは君の所有物のようだし、持って帰って結構だよ。証拠としての価値は無くなった訳だから」

「そうさせてもらいますよ」 

 局長を睨み付けるケイ。

 それ以上、言葉も出ないといった様子で。

「色々とありがとうございました」

 サトミは冷ややかな視線を局長に注ぐ。

 彼は平然とそれを受け止め、わざわざドアまで開けてくる。

 席を立ち足早に部屋を出ていく彼等に、私とショウもすぐに続く。



「一体どうなってるの?」

 しばらく行ったところで、ようやくサトミに追いついた。

「見た通りよ。局長が証拠をもみ消したの」

「間違いじゃないのか?」

「まさか。局長の視線は、最初から録音ボタンに注がれていた」

「だったら戻って、あいつをとっちめないと」

 ケイは首を振り、不敵な笑みを浮かべた。

 先程までの焦りは、わずかにも感じられない。

「大丈夫。これも計算の内さ」

「悪魔だから、この人」

 サトミに指摘され、さらに笑う。

 本当、この人を敵に回すと大変だろうな。


 私達はオフィスには戻らず、文化系の部室がある教棟へと足を向けた。

 やがて、ある部屋の前で立ち止まる。

 表札には、音楽機材室とあるが。

「済みません。今から少し利用したいんですが」

「ああ、ガーディアンの方ですね。結構ですよ」

 受付の人に案内され、中に入っていく私達。

 ケイはその人が出ていったのを確認してから、例の機械を取り出した。

 それにオーディオケーブルをつなげ、室内の装置に接続する。

 幾つもの見慣れない機材が並んでいるが、今はそれに興味を向ける余裕はない。

「機械には弱いけど、これくらいなら……」

 ぶつぶつ言いながら操作していくケイ。

 すると先程上書きされた音声が、スピーカーから再生された。

「これじゃどうしようもないな。DDの方は完璧に消されてたし」

 ため息をつくショウ。

「いやいや。このテープの欠点は、何度も重ね録りをすると音質が落ちる事だったんだ。以前録った音が、小さいながらもいつまでも残ってね」

 壁に埋め込まれた幾つものモニターに、二本の線が描かれている。

 何やらデータめいた物も表示されいてるが、私には分からない。

 多分、操作しているケイも分かってないだろう。

「上の太い線が、さっき上書きされたもの。で、下のかすれてるのが例の会話部分」

 ケイがパネルを操作すると、上の線がどんどん細くなっていく。

「こうしてさっきの音を消して、今度は前の音を強くする」

 下の線がどんどん濃くなっていく。

「最新の機器と古い機械の融合。温故知新って言葉を思い出すね」 

 ケイがボタンを押すと、スピーカーから音が……


<名前を呼ぶな!オラッ!>


 音声を読み取った機材が、それを文章化してモニターに映し出す。

 間違いなく、あの場で聞いた言葉を。

「何か、聞き覚えがある声ね。前も思ったけど」

「うん」

「そこで、さっき上書きされた音を聞いてみる」



<な、何するつもりですか!?>

<それはこっちの台詞だ!オラ!?>


「こ、これって、自警局長の声?」

 ケイは小さく頷き、今の音を両方ともDDに録った。

 さらにそれを、何枚もダビングする。

 そしてその内の一枚を、私に渡してきた。

「さて、これをどうする?まさか、局長が主犯だったとは思わなかったけど」

「どうするって。生徒会に持っていって告発すればいいじゃない」

「また揉み消されるのが落ちよ」

「そうかもな。相手は何せ生徒会の幹部だし」

 端正な顔をしかめるサトミとショウ。

 ケイも今度ばかりは、いまいちぱっとしない。

 元々、ぱっとしない顔だけど。

「だからって、放っておいていい訳ないでしょ」

「それはそうだけど、相手は生徒会幹部だよ。前も言った通り立ち向かうのにはそれなりの覚悟が必要なの」

「退学って事?」

「それだけじゃない。俺が、考えているのは局長との直接交渉。これは退学なんて物じゃなく、その身分に危険が及ぶ可能性もある。彼自身退学処分になる問題だし」

 硬い表情のケイ。 

「でも私はやるわよ。分かってるでしょ」

「ああ」

 頷いてはくれたが、その顔に笑顔はない。 

「この判断が正しいかどうかは、私にも分からない。でも……」

「いいのよ、ユウが思った通りにすれば。私達はそれに従うだけ」

「それに、こうでなくちゃ俺達らしくないぜ」

 真剣な顔で私を見つめるサトミとショウ。

 そして今言ったように、私の気持ちは決まっている。

「という訳で。ケイ、作戦よろしく」

「仕方ないな。ここは、パターン通りに攻めればいいと思う。つまり……」

 結局は、ケイとサトミを中心に作戦を練る私達。

 ぬぐい去れない不安と、それを上回るやる気をみなぎらせて。




 誰もいない、放課後の教室。

 辺りの様子を気にしながら、一人の生徒が入っていく。

 ドアは閉められたと同時に、中からロックされる。

 廊下に人気はなく、その生徒の存在に気づいた者もいない。

 カーテンが降ろされた室内は非常に暗く、わずかな先すら闇に埋もれている。

 生徒は足元に気を付けながら、慎重に歩いていった。

 小さな物音に気づき、素早く振り向く生徒。

 目を凝らし、闇の奥を窺う。

「……遅かったですね」

 暗闇の向こうから声を掛けられ、生徒は一瞬身を固めた。

「誰だ?」

 声を掛けた者は、小馬鹿にしたような笑い声を上げる。

「分かってるはずですよ。あなたを呼びだした者だと」

「心音は4つしか拾ってないから、お前らだけのようだな……」 

 胸元から取り出した、小さな機械を調べる生徒。

「そこまで慎重にならなくてもいいと思いますが。この部屋では、音声はおろか電磁場も外には漏れません。ネットワークも遮断してますし、ここでの会話は誰にも聞かれません」

 笑いを含んだ答え。

 その後ろの席には、3人の生徒が俯き加減で腰を掛けている。

 何か言い返そうとした生徒は呻き声を上げ、手で顔を遮った。

 室内の明かりが、突然ついたのだ。

 強烈な照明に照らされた生徒は、眩んだ目を閉じその場に立ち尽くす。

 しばらくして目が慣れてきたのか、生徒は苛立たしげな表情を浮かべ周りを見渡した。

「こちらです」

 背後から声を掛けられ、慌てて振り向く。

「用件を言え」

「あら、意外とせっかちですね。まずはご挨拶とも思ったのですが」


 私は指を動かしながら、口許をゆっくりと抑えた。

 局長は射殺す様な視線を向け、距離を詰めてくる。

「早く用件を言わないか」

「はいはい」

 わざとらしく身を翻し、局長の背後に回って位置を変える。

 それとは対照的に腰を下ろしているショウ、ケイ、サトミの3人は、身動き一つしない。

「分かりました……。これ、見覚えがありますよね」

 ポケットから例のテープを取り出す。

 局長は鼻を鳴らし、テープを指差した。

「ガーディアンを襲った連中の会話は消えたはずだ。それが今更、何になる」

「さあ」

 テープを機械に入れ、再生する。

 会話部分が流れ出すと、局長の顔が一変した。

 驚きとも恐怖とも怒りともつかない表情を浮かべ、体を震わし始める。


<……おい、いくぞ>

<まだ一人動いてんだ。先行っててくれないか、ひひっ>

<素早く済ませろ、素早く。そろそろ来る頃だ>

<ああ、すぐ済むから。何、何人こようとこいつらと同じさ。だろ……>

<名前を呼ぶな!オラッ!>

<す、すまない>

<まあいい。俺は先に行くから、お前もすぐに来い>

<あ、ああ>



「色々試してみたら、前に録った部分が元に戻ったんですよ。これどう思います?」

 テープを取り出して、それを振ってみる。

 すると局長は床を蹴り、意外とも思える身軽さで私との間合いを詰めた。

「あっ?」

 あっけなく彼の手に落ち、床へ叩き付けられるテープ。

 それは簡単に砕け散り、残骸が辺りに散乱する

「これでどうだ。君が何を言おうと、証拠がない限り生徒会は動かん」

 優位に立ったと見るや、嫌な笑みを浮かべこちらに近づいてくる。

 私は表情を変えず、ゆっくりと後ずさる。

「例えコピーがあろうと同じ事だ。テープ自体既に証拠から抹消されている。その声が例え誰に似ていようと、何の価値にもならない」

「そうかしら?」

「何?」

 意味ありげな私の笑みを見て、表情を曇らせる局長。

「例えば報道部にテープを持ち込んだらどう?生徒会の証拠にはならなくても、ゴシップネタには十分よ」

「報道部は生徒会の管轄下にある。君の話などに、耳も貸さない」

「じゃあ、対抗する予算編成局……、フォースは?生徒会を追い落とす絶好の物として、高額で買い取ってくれるかも」

 今度は局長が、意味ありげな笑みを見せる。

「彼らも買い取らない。仮に買い取っても、そのテープが表に出る事は絶対にない」

「あなた達と共犯だから?」

「想像に任せる」

 明らかに肯定と取れる口調で語る局長。

 彼はゆとりを取り戻し、落ち着いた仕草で近くの机に腰掛けた。

「じゃあ、このテープはどうするつもり?」

「君達が持っていても仕方無いものだ。とはいえそれを持っていると、何をしでかすか分からない。エアリアルガーディアンの名と実績は、俺でも知っている」

「という事は」

「俺が買い取ろう。そちらの言い値で」

 自分のペースで話が進行していくのに満足している様子の顔。

 また現に、そうなっている。

「本気で言ってるの」

「仮にそのテープを公表すれば、名誉毀損と証拠偽造で退学申請を出すだけだ。いくら君達でも、それ程の覚悟はないだろう。ここは俺に従うしかない」

「舐められたものね」

「だが君は、テープを渡す」

 局長がゆっくりと近づいてくる。

 後ずさる私。

 座っている3人は、動く気配がない。

「もう後はない。さあ」

 幾つの意味を含んだ言葉。

 壁に詰まった私に手が伸びてくる。

 その手には端末が握られ、電子マネーの操作画面が表示されている。

「好きな額を入れろ。予算編成局ほどではないが、生徒会にもそれなりの資金はある」

「あなた個人のために、生徒会のお金を使っていいの?横領じゃない」

「君が考えている以上に、俺には裁量権がある。とにかく数字を入れろ」

 私の視線が端末に落ちたのを確認した局長は、もう片方の手を伸ばした。

「……その前に、会話を録音した物は全て渡してもらおうか」

「そう来ると思って、全部持ってきてある」

「話が早い。もしコピーを隠し持っているのが分かったら、こちらも考えがある」

「分かってるわ」

 オリジナルのテープとコピーのDDを取り出し、全てを差し出す。

 満足げな笑みを浮かべた局長は、壊したテープも拾い上げそれもしまった。

「さあ、金額を入れろ」

「ええ」

 震える手で、数字を打ち込む。

 高校生が手にするには、あまりにも大きい金額を。


「これでいい。後は、お互いこれ以降の関わりは無しで通せばいい」

「分かったわ」

 局長はきびすを返し、ドアへ向かった。

 そしておもむろに時計を見る。

「……俺がここに来て、約20分。そろそろ部下が来る頃だ。俺を恐喝しようとした生徒を捕まえに。つまり、君達を」

「あ、あなた、だましたのっ?」

 慌てる私を鼻で笑い、局長はテープを詰めたセカンドバックを振った。

「全てはここにある。今更どうしようと、誰も君達の話など聞かない。寮の部屋とオフィスは、俺の部下を使ってすぐに調べる。もしコピーを隠していても無駄だと思え」

「部下って言うのは自警局のじゃなくて、あなたがガーディアン襲撃に雇ったぼんくら連中でしょ。とっくに退学させたのに、まだ使う気なのね」

「察しがいいな。だが、明日には学校ともおさらばだ。今言ったぼんくらを入学させ過ぎたから、君達のような生徒がいなくなるのは残念だが」

 局長は冷酷な笑顔を見せ、もう一度時計を見た。

「もうすぐ俺の部下が来る。これは正規の方だが」

「……世の中そう甘くないわよ」

「負け惜しみか。この学校では力のある者が正義なんだ

。君達がもう少し利口だったら、俺の部下に加えてたところだがな」

「どうせ私達は馬鹿ですよ」

「特におかしな奴が、一人いると聞いたが」

 座っている生徒の一人がむっとするが、何も言わない。

「……この部屋は、本当に君達だけだろうな」 

「私達4人しかいないわ。心音で確かめたでしょ」

「まあいい。他校への推薦状くらいなら書いてもかまわないぞ。君達のおかげで計画はうまく運んだのだからな」

「それはどうも。でも、それを書いてる余裕はあるかしら?」

「何だと」

 局長が表情を変えた途端、照明が全て落ちる。

 私はその前に素早く身を翻し、目をふさいだ。

 これで少しは、目が慣れる。



 体を机にぶつけながら、ドアに向かう局長。

 キーを解除しようとするが、一向に開く気配がない。

「俺を閉じこめても無駄だぞ。すぐに部下が来る。そいつらの道具を使えば、ここは簡単に開く」

「あなたの声が聞こえればね。この部屋が完全防音だというのを忘れたの。勿論電波も漏れないから、外への連絡手段はないわ」

「……分かった、退学申請は出さない。金も払う。だから、ここから出してくれ」

 あくまでも落ち着いたままの彼。

 その内心までは、分かる訳もないが。

 気配を消し、そんな局長の背後に回る。

「じゃあ、言ってもらおうかしら。今回の計画が、生徒会ガーディアンズとフォースの自作自演というのは本当なの?」

「何の話だ」

「私の仲間が連絡して、あなたの部下はとっくに引き返している。助けは永遠に来ないのよ」

「……分かった。俺とフォースの幹部が中心になって、計画を……」

 淡々と語る局長。

 彼が語り始めたその内容は、ケイが推測した物と殆ど同じであった。

 あまりにも語り過ぎる気が、しないでもないが。


「じゃ、最後にもう一つ。計画を立てたのは誰なの?あなた達は実行犯に過ぎないんじゃなくて?」

「立案も計画の遂行も、俺達でやった。誰も関与していない」

「言ったでしょ、助けはこないって。それに、ここでの会話は私達しか聞いていないわ」

「分かった。実は……」

 小さな呻き声がして、机が倒れる音が響く。

「明かり付けてっ」

 先程よりかなり弱い明かりがつく。

 素早く駆け寄り、様子を見ると。

 俯せに局長が、床に倒れていた。

 気絶しただけのようだけど、しかし誰が……。


「お手柄でしたね」

 拍手と共に、澄んだ綺麗な声が聞こえてくる。

 振り向けば、スカートをはいた生徒会副会長が手を叩いている。

 おまけに意外と綺麗な足が、その下から顔をのぞかせている。

「彼の処分はこちらで考えます。生徒会がどこまで事件に関係しているか、私が責任を持って調べましょう。また予算編成局……、フォースについても同様です」

「お願いします」

 女装姿の副会長に、深々と頭を下げる私。

「私にも監督不行届で何らかの処分が下ると思いますが、あなた達に掛けたご迷惑はその程度で済まされるとも思えません。申し訳ありませんでした」

 そして副会長も、私達に頭を下げる。

 沈痛という言葉が、そのまま当てはまるように。

 どこかで見た光景。

 そう、あの時の塩田さんと同じ。

「いえ、私達は自分の考えに基づいて行動しただけです。副会長が謝られる必要はありませんから」

 私の言葉を聞いた副会長はもう一度頭を下げ、女装姿のままキーが解除されたドアから出ていった。

 その副会長と入れ替わるようにして、局長の部下に工作していたサトミが入ってくる。

 つまり今までの一部始終は、全て副会長の目の前で繰り広げられたのだ。


 本来なら入れ替わっていたのなんてすぐに分かるのだが、真っ暗だったところに急に強い照明を当てたため、局長は目が眩んではっきりと姿が見えなかったのだ。

 副会長が座っていた場所はかなり照明を落としてあり、逆に局長には強い照明を当て続けていた。

 これでは、座っている人の顔なんて見えようがない。

 完全防音で各電磁波をカット。

 それでいて室内には、人が入り込めない。

 局長を安心させる場所を抑えるのは大変だったが、その価値はあった。

 心音は男でも女でも同じだから、副会長とサトミが入れ替わっても分からなかったのだ。

 局長も、自分の目で確認すればよかったんだよ。

 何でも機械に頼ればいい訳でもない。


 ちなみに私の台詞は、全てケイとサトミがあらかじめ考えたもの。

 局長から証言を得て副会長に聞かせるのが目的だったので、行き当たりばったりの質問では駄目だと二人が言い出したためだ。

 局長がこう言ったら、こう返す。こうきたら、こう……。

 詰め将棋のように質問を構成していって、それに対する局長の回答を想定していく。

 また質問を構成していくという、ひたすらそれの繰り返し。

 3日くらい殆ど寝ずに稽古して、なおかつ台詞を考えたから、さすがにばてた。

 今回の作戦ではいかに局長を誘導していくかがポイントだったけど、とりあえずはうまくいったと思う。 


 どうして私が交渉役になったかと言えば、それなりに訳がある。

 もっとも相応しいはずのサトミは、局長の部下を抑える役目を買って出てパス。

 本当は恥ずかしいから嫌だったと、後で聞かされた。

 次の候補ショウは、副会長の護衛が必要だという理由でこれもパス。

 彼は今回照明担当である。

 この人も、結構恥ずかしがりなんだよ。

 ケイの場合は、余計な事を言いかねないという全員のもっともな反対によりパス。

 本人もやる気はなかったみたいだけど。

 だから彼は、企画立案及び演出である。


「演劇部にでも入るか」

 からかい気味に笑うシショウ。

 だけど私は、それ程素直に喜べない。

「どうかした?」

「……ケイ。さっき局長が何か言おうとしたら、突然気絶したでしょ。誰に口をふさがれたのかと思って」

「黒幕を尋ねた時ね」

「俺達以外には、副会長しかいなかったはずだが。あの人はずっと俺の横にいたし、何もしてない」

 みんなの顔が一気に曇る。

 だが、次の一言がそれを変えた。

「俺がやった」

 事も無げに言い放つケイ。

「な、何でっ」

「お、おまえなっ」

 血相を変えて突っかかる私とショウ。

 彼は焦る様子もなく、平然とした態度で腕を組んだ。

「もしあそこで、本当に誰かの名前が出たらまずいと思って。今の俺達では、この程度で止めるのが無難だよ」

 そう言って下を向くケイ。

 でも俯いたその顔には、悔しさと無念さが入り交じっている。

「そうね。何か確信や証拠がある訳でもないし」

 サトミの言葉が、静かな室内に響く。

 確かに今の私達に、これ以上誰か追求するほどの力は無い。


 でも、私は疑わない。

 誰もが何の憂いもなく、学校生活を送れる日が来る事を。

 私達は、そのためにガーディアンをやってきたのだから。

 今までも、そしてこれからも……。




 1週間後。

 自警局局長とフォース幹部の退学が発表された。

 また生徒会とフォース幹部数名の停学と謹慎も、同時に発表された。

 ガーディアン連合からは生徒会とフォースの幹部がいつの間にかいなくなり、すぐに塩田さんが復帰。

 執行部は平謝りであったという。

 両陣営に吸収されていた人達も、ガーディアン連合へ戻ってきた。

 そんなどさくさにまぎれて、私達も連合への復帰を果たした。



「暖かい……」

 窓際に椅子を寄せ、日溜まりの中でお茶をすするケイ。

「お前、いくつだよ」

「早生まれだから、来年までは15」

 下らないケイの答えに苦笑したショウは、自分も椅子を窓際に寄せた。

「おじいちゃんじゃないんだから」

 私の呟きに頷いたサトミが、わずかに顎を逸らして艶やかな黒髪をなでつける。

 照明に照らされる髪。

 その光が辺りに散り、彼女を輝かせて見せる。

「私も伸ばそうかな」

 耳までしかない、薄く茶色が掛かったショートカットを引っ張る。

 これでは、色気がね。

「面倒よ。髪を洗う時とか、朝とか」

「乾かないし、寝癖直すのも面倒だしな」

「俺なんてタオルで拭けばすぐ乾くし、寝癖もあんまり付かない」

 長髪組と短髪組で会話を交わす私達。



 オフィスの片隅には、古ぼけてへこみの目立つロッカーが置いてある。

 その中には今回の騒動を解決した成果を讃えるとして、生徒会から送られた感謝状がほこりを被っている。

 生徒会ガーディアンズとフォースから正式に渡された、幹部として招聘するという書類と共に。

 その反対側には机があり、鍵の掛かった引き出しが付いている。

 その中にはガーディアンの許可証や、IDなどが入っている。

 私に「ありがとう」と言ってくれた男の子の、お礼の手紙と共に……。




  

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