エピソード EX7 ~2年編・無名ガーディアン視点~
クリスマスプレゼント
町に溢れる緑と赤のイルミネーション。
店からはクリスマスソングが切れ間無く流れ、カップル達は仲睦まじげに広い歩道を歩いていく。
ため息は一瞬白く目の前に現れ、冷たい夜風に掻き消される。
私は今年も、一人この時期を過ごす。
「前に出ろ」
いつにない厳しい声を出す代表。
彼に呼ばれた地味な男の子はいきなり腕を引かれ、そのまま床に引き倒された。
今日はガーディアン連合の総合演習。
私も一応はガーディアンとして、この場に参加をしている。
生徒会ガーディアンズに入る勇気もなく、かといって帰宅部で過ごすのも詰まらないと思ったのが連合に入った理由。
大した成果を上げた事はなく、言われたままに動くだけの毎日。
元々横並び感覚の強い、上下の無い組織。
だから、ただ漫然と流されていた。
それに不満も疑問も持たず過ごしてきた。
「いいか。これが駄目な見本だ」
「お、俺は怪我を」
「言い訳は来ていない。下がれ」
「この。今日が満月と思うなよ」
捨て台詞を吐き、代表の蹴りから逃れて集団の中へと消える男の子。
辺りからは笑い声が漏れ、少し空気が和んでいく。
このアットホームさが連合の良さで、私が好きな所でもある。
倒された彼には気の毒だとは思うが。
「オフィスごとに分かれて、練習しろ。そっちのちっこいのは、適当に見て回れ。怒るな、睨むな」
その言葉に景色が揺らぎ、体が熱くなる。
ぼんやりとした、泥の中を緩慢と歩いていたような毎日。
そこに差し込んだ、眩すぎる一筋の光。
基本的な格闘術や捕縛術は体得しているが、レベルは並。
事務処理が得意という訳でもなく、それもやはり人並み程度。
それ以外でも、何か秀でている事はない。
何もかもが普通で、目立たない。
いても良い、いなくても良い。
そのくらいでしかない存在。
視界に映る、小柄な女の子。
小学生と見間違えそうな体型とあどけない顔立ち。
彼女と向かい合ってるのは、彼女の3倍はありそうな大男。
うなりを上げて放たれた張り手を飛び越えた彼女は、大男の肩を蹴って後ろに飛び越えた。
そこで何をやったのか、大男はそのまま後ろに倒れて地響きを立てる。
私は無い才能。
私にはない輝き。
あまりにも眩しく、私には遙か遠い存在。
「眠いのか、お前」
「え」
顔を上げると、そこには警棒を肩に担いだ代表が立っていた。
慌てて謝ろうとするが、彼は軽く手を振りそれを止める。
「別に責めた訳じゃない。だるいなら、帰って寝ろよ。無理して、参加しなくてもいいんだから」
「え、でも」
「固いな、お前。ここの参加だけじゃなくて、連合に関する事は全部義務じゃない。嫌なら休めば良いだけだ。自主って言うだろ。あれだ、あれ」
「代表に関しては、自主ではなく義務の部分もありますが」
長い髪を後ろで束ね、静かに指摘する美少女。
その隣ではセミロングの女の子が、優しそうに微笑んでいる。
「知るか。俺は自由に生きるんだ。せっかくのクリスマスなんだし、無理するな」
「意外に優しいんですね」
「お前達が、俺に厳しすぎるんだ。あいつは何やってる」
「映像を撮ってます。広報用に使うとか」
訓練をする集団の外からカメラを回している大人しそうな男の子。
その足元には、さっき代表に投げ飛ばされた子が座り込んでいる。
「細かいところまで気の回る奴だ。詳細は、お前達とあの馬鹿で詰めろ」
「了解しました」
一礼して去っていく二人の女の子。
代表も私に背を向け、他の子の指導へと向かう。
私は一人取り残される。
周りから聞こえる、楽しそうな笑い声。
それは私の中を通り過ぎ、壁に跳ね返って消えていく。
私の中には、空っぽな心が残るだけで。
訓練後。
寮に戻り、食堂でテイクアウトしたサンドイッチを食べながらニュースを見る。
街同様、話題はクリスマス一色。
飾り付け、ニュース、デートスポット、プレゼントの傾向。
私には何の関係もない、興味もない。
チャンネルを変えるのも面倒で、流れているから見ているだけの事。
昔は、家族と。
年を重ねるにつれ、友達と過ごす事が増えていった。
今は寮に住み、親とも疎遠な感じ。
友達はみんな、彼氏との予定が入っている。
私は今年も、一人この部屋でクリスマスが過ぎていくのを待つしかない。
世界が幸せに包まれるこの時期を。
一人膝を抱え、冷たい心に震えながら。
翌日。
普段通り学校に登校し、大人しく授業を受ける。
波風の立たない生活。
存在すら曖昧な、この瞬間消えても誰も気付かないような自分。
学校に通う理由なんて、考えた事もない。
自分の生きている意味すらも。
いつしか午前の授業は終わり、友達と一緒に食堂へ行く。
特に考えもせず、定番のランチを頼む。
味にも量にも不満はなく、かといってこれを食べたいと思ってる訳でもない。
主体性のない自分に良くある行動であり、選択。
周りの言われるままに、周りのするままに。
ただ流されていくだけの自分。
それに疑問も不満も、何も思わない日々。
放課後。
いつも同様、自分のオフィスへとやってくる。
上下関係のない連合ではあるが、自然とリーダーシップのある子や目立つ子が上に立つ。
オフィスには一応隊長もいて、ここもその例には漏れない。
そういった能力も気概もない私にとっては、面倒ごとを引き受けてくれるありがたい存在。
押しつけがましくさえなければ、何をしていても関係ない。
「誰か、この書類を自警局に届けて。あ、ごめん。お願い」
たまたま目の前を通りかかった私に差し出される、大きい封筒。
断る理由もないし、私には似合いの仕事だ。
一応はガーディアンであり、肩にはIDも付けている。
逆恨みからか無差別に襲われる可能性もあるので、腰には警棒を提げて自警局へと向かう。
廊下を行き交う大勢の生徒。
授業は終わったが、生徒会や委員会。
クラブ活動はこれから。
壁際に人が集まっているのを見て、輪の後ろからその奥を覗き込む。
彼等が見ていたのは、壁に貼られた綺麗なポスター。
学内で行われる、クリスマスイベントの告知。
夕闇に大きなツリーが浮かび、空には無数の星が瞬いている。
綺麗で、幻想的な。
ただ、私には縁の無い光景。
クリスマスには何の予定もなく、普通の一日と変わりない。
昨日と同じ今日と似た、明日も迎える。
変化のない、単調な毎日。
特別教棟の玄関でIDを見せ、中へと入る。
ここにいるのは選ばれたエリート達ばかり。
私は立ち入る事すら許可のいる、かりそめの存在。
「あっ」
角から出てきた人とぶつかり、封筒を落とす。
それを慌てて拾い上げようとして、相手の指先が手に触れる。
「悪い、全然見てなかった」
床に這っている私を見下ろし、封筒を差し出している男の子。
凛々しい顔立ちの、優しい笑顔。
何も言えないまま封筒を受け取り、ただ頭を下げる。
「自警局へ用事?いや、封筒に書いてあるから」
「え、ええ。届けるだけですけど」
「俺も一緒にいいかな。ちょっと用事があるんだ」
私の答えを待たず、先を歩き出す男の子。
何故かその後を追う自分。
我知らす弾む心を抱えながら。
自警局の受付で書類を提出し、受取証が発行されるのを待つ。
男の子は受付の奥で、綺麗な女の子と話している最中。
どんな用は分からないが、かなり親しげな様子。
私とは違う、選ばれた人達同士。
そう。何もかもが私とは違う。
「お待たせしました」
受取証を手にして、受付を後にする。
用は済んだ。
ここにもう、私の居場所はないのだから。
オフィスに戻り、受取証を渡して部屋の隅に佇む。
ふと蘇る先程の記憶。
名前も知らない、誰かも知らない。
覚えているのは、指が触れ合った感触だけ。
何となく手を握り返し、冷たい指先を暖める。
一瞬明かりが灯ったような、ぬくもりが宿ったような気持ち。
それは体温が上がったせいか、あの時の記憶のせいか。
「今、大丈夫?」
声を掛けられ、現実へと戻る。
顔を上げると隊長が、オフィスの入り口を指さしていた。
隊長と言っても同い年で、その肩書きに気後れして敬語を使ってしまう自分がいる。
「少し、彼を手伝って」
「はぁ」
そこに立っているのは、大人しそうな男の子。
腰にウエストポーチを提げ、バインダーを抱えている。
「たまってる書類を整理してくれない?」
「私でよければ」
断る理由もないし、他に用事も無い。
言われたままに従うのが、私の仕事だ。
オフィスの隅にある事務用の机で、男の子と向き合い書類を整理する。
彼はデータを卓上端末に打ち込み、私は処理が済んだ書類をチェックして廃棄処分用の段ボールへ入れていく。
「済みません、気が利かなくて」
彼の作業スピードについて行けず、処理済みの書類が積み重ねられていく。
ペースとしては早くないが、それにすら付いていけない自分。
この程度の事もこなせない自分に、自己嫌悪が募っていく。
「僕こそ済みません。単調な作業を押しつけてしまって」
逆に謝られてしまい、こちらが恐縮してしまう。
人の良い笑顔と、親しみやすい態度。
私には、あまりにも眩しい存在。
「お客様がみえてますが」
「え、僕に?」
「こんにちは。これもお願い」
彼の目の前に積まれるDD。
その肩に触れて明るく微笑んだのは、シャギーの入った髪型の綺麗な女性。
胸元のIDには、局長の文字が見て取れる。
「急ぎなんだけど、頼める?企業からもらった物の余剰分」
「データだけ、彼女達に送りますね。具体的な指示は」
「各局に、バランス良く振り分けて。勿論、連合に優先権があると考えていいわ」
「助かります。こっちが終わったら、すぐ取り掛かりますね」
誰だかは知らないが、相手は生徒会の幹部。
そんな人から仕事を頼まれるような人であり、しかし今の仕事より大切なそちらを先に処理しようとはしない。
「それは、あなたの判断で。じゃ、お願いね」
「分かりました」
「あー、忙しい」
バタバタと足音を立ててオフィスを出て行く女性。
男の子はDDをウェストポーチにしまい、卓上端末へと向き直った。
「あ、あの。仕事は」
「済みません。すぐ終わらせますから」
「そ、その。今頼まれた分は?」
「他の人も手伝ってくれますから。僕の今の仕事は、この書類を片付ける事ですし」
疑問の余地もないといった口調。
決して目立つようなタイプではないけど、彼は信頼をされ自分の信念を持って行動している。
そう。私とはまるで違って。
さらにペースを落として書類を片付けていると、再び客が来たと告げられた。
「え、私に?」
「男の子」
意味ありげに笑う女の子。
まさかと思いつつ入り口に視線を向けると、そこには角でぶつかった男の子の姿があった。
「少し、休憩しましょうか。僕、お茶飲んでますね」
「は、はい」
彼の気遣いにも気付かず、手を振っている男の子の元へと向かう。
どうして、何故。
沸き起こる疑問と、熱くなる指先。
答えが出る間もなく、笑顔で言葉が掛けられる。
「受付で聞いてさ。時間、良い?」
「え、それは」
部屋の隅でお茶を飲んでいる、さっきの男の子。
周りには人が集まり、少しくらい私がいなくても誰も気付かない。
そんな言い訳を思い付き、微かに頷く。
「ラウンジに行こうか」
今までの短くささやかな人生には出会わなかった、接点すらなかった存在。
そんな人が私の前に座り、積極的に話しかけてくれる。
「クリスマス、予定ある?」
言っている意味が分からず、思わず彼を強く見返す。
「クリスマス。予定、ある?」
同じ言葉を繰り返す彼。
その意味が分からず、ただ首を振るだけの自分。
甘い、とろけるような笑み。
彼はテーブルに置いていた私の手を掴み、優しい声でささやいた。
「だったら、少し出かけない?知り合いのバンドが、ライブハウスに出るんだよ」
「で、でも。私なんて」
「こうして出会ったのも、運命なんじゃないかな。って台詞はどう?」
視線を伏せてはにかむ彼。
私は何も答えられず、だけど小さく頷いた。
夢のような展開。
だけどこれは現実。
この胸のときめきも。
この手のぬくもりも。
何もかもが。
「ちょっと、悪い」
端末を取り出し、話し始める彼。
楽しそうに、心の底から嬉しそうに。
潜めた声。
だけど聞こえる、相手の容姿を褒める言葉。
ただの冗談だと自分に言い聞かせ、離された手のぬくもりにすがる。
今は端末を握っている、彼のぬくもりに。
「じゃ、また連絡する」
「え」
「またね」
あっさりと、何の余韻も残さず去っていく彼。
喧噪と笑い声のさざめくラウンジに残される自分。
指先は冷え、心は虚ろになっていく。
いや。そんなはずはない。
私はもう、今までの自分とは違う。
どこにでもいる、無価値な存在ではないはずだ。
人に求められ、それに応えられるだけの人間。
そう。
私は、薄暗い闇で膝を抱える必要は無いんだから。
翌日。
端末で、年末のスケジュールを確認する。
学校はもうすぐ終わりで、自然とガーディアンの業務も終了。
来年までカレンダーは空欄が続く。
ただ一日を除いては。
「楽しそうだけど、クリスマスに予定でも?」
「え、いえ。全然」
突然声を掛けられ、慌てて端末をしまう。
隊長は軽く私の頭を撫でて、壁に貼られた今日のスケジュール表を指さした。
「悪いけど、パトロールお願い。予定してた子が休んじゃって」
「あ、はい。今準備します」
インナーのプレテクターは装着済み。
レガースとアームガードを付けて、腰には警棒のフォルダーを提げる。
「浮かれ気分の子もいるだろうから、みんな気を付けて」
準備をしている他の子にもそう声を掛け、自分も警棒を腰に提げる隊長。
「じゃ、行くわよ。残った子は、留守番をよろしく」
暖房の入った暖かな廊下。
友達同士で集まり話し込んでいる生徒達。
窓からは穏やかな西日が差し込み、彼等を暖かな赤い色へ染めている。
冬の夕暮れ。
わずかにしかない貴重な時。
それを共に過ごせる事の幸せを、彼等のどれだけが気付いているだろうか。
そんな事には、何の価値も見いださないのだろうか。
「全員散開」
不意に固い口調でそう告げる隊長。
言葉を理解するより先に、自分が配置されたポジションの動きを取る。
視線を前に向けると、赤い顔をした男女が数名廊下の中央で踊っていた。
ストリートパフォーマンスを気取るには緩慢な動きで、かつ統一感はない。
「一足早いクリスマスか」
苦笑気味に呟く誰か。
床に転がっている、クリスマスデザインのシャンパンボトル。
なるほどと思いつつ、どうしてここでとも思う。
ただし彼等からすれば、ここでしか駄目で今でしか駄目なのかも知れない。
高校生の今だから。
クリスマスの時期だから。
何故か知らないけど、今しか出来ない。
今やらなければ、後で必ず後悔する。
根拠も何もない、漠然としすぎた理由。
多分誰の心にもあるはずの、人には言えない混沌とした胸の奥。
酔っぱらった彼等を全員医療部へ運び、ベッドに横たわったままの姿を眺める。
少し羽目を外した、後で振り返れば笑い話になるような思い出。
学内での飲酒は厳禁だが、事件性が無ければ停学にすらならない。
多分私には真似出来ない、やっても似合わないような事。
「パトロールに戻るわよ。全く、今から浮かれてどうするのよ」
吐き捨てるように呟き、医療部を出ていく隊長。
それに同意の声が幾つか上がり、失笑が漏れる。
同時に、彼等への共感も少し。
「そこ、ゴミ捨てない」
スナック菓子の袋を捨てようとしていた、柄の悪そうな大男を呼び止める隊長。
その仲間達が反応するより早くガーディアン達が彼等を囲み、無言で威圧する。
私も当然、その中の一人に混じってはいるが。
「ゴ、ゴミくらい」
「くらい何よ」
「い、いえ。ゴミ箱を探します」
「当たり前でしょ。それと、そこの空き缶も拾っていって。途中で捨てたら、背骨折るわよ」
物騒な事を言い捨て、颯爽と背を向ける隊長。
それを合図に他のガーディアンも彼女を追い、後には呆然と立ち尽くす男達が取り残される。
オフィスへ戻ると、隊長の先輩という女性が訪れていた。
穏やかな笑顔の、ふくよかなイメージの女性。
北地区からの知り合いで、今はF棟の副隊長と聞く。
「先輩は、クリスマスの予定とかあります?」
「日本人は、仏様を拝んでればいいのよ」
両手を合わせ、窓に向かって南無南無と拝む女性。
その方向には、多分熱田神宮があるはずだ。
「クリスマスと言えば、その時期を狙って女の子を誘う馬鹿連中がいるらしいわよ。ほら、多少なりとも焦るじゃない。クリスマス時期は」
「両方とも分かってる訳ではなく?」
「まあ、分かっているというか暗黙の了解なんだろうけど。性質の悪い連中もいるみたいだから、もし見かけたら注意して」
「分かりました」
オフィスの片隅で、古い書類の仕分けをする。
もうすぐクリスマス。
新しい服を買いに行こうか。アクセサリーは何を付けたら良いだろう。
少しくらい化粧でも。
ふと胸をよぎる暗い陰。
そんなに浮かれていて良いのかと、胸の奥で誰かがささやく。
お前はそんなに幸せなのかと。
そう。私は幸せで、クリスマスにはそのピークを向かえる事になっている。
何も不安になる事はない。
ただの噂話など気にしても仕方ない。
「あ」
メールの着信。
送り主は彼。
内容は「クリスマス、楽しみにしてる」との一言。
私の心を晴れさせる、きらめくような言葉。
そっと端末をポケットへしまい、心の中で繰り返す。
私は幸せ。幸せなんだと。
メールのやり取りが数度。
偶然会って、挨拶程度の会話が数度。
クリスマスは明日。
湧き立つ気持とは裏腹に、心の奥のささやきはより大きくなっている。
そんな時はメールを見て、不安を打ち消す。
彼からの何通ものメール。
クリスマスを楽しみ、クリスマスが待ち遠しい。
ただ、それだけの内容。
その事以外には何も触れない、一行で終わるようなメール。
端末をしまい、解体した警棒にグリースを塗る。
大して使う機会も無いが、いざという時に伸びなければ困るのは自分。
勿論いざという時が来ないに越した事は無い。
「スタンガン内蔵のタイプもあるわよ。実費だけど」
目の前に置かれる、警棒のカタログ。
鎮圧目的としてはかなり有効で、また緊急時に限ればスタンガンの使用も認められる。
ただし購入はほぼ実費なのと、私はそこまでの度胸は無いので通常の警棒で済ませている。
しかし隊長は迷わずスタンガンの下に赤いペンで丸を打ち、「私の」と言って端末で注文を始めた。
「クリスマスプレゼントよ。私から、私への」
「警棒が、ですか」
「悪い」
冗談っぽく笑い、組み立て終わった私の警棒を手に取る隊長。
私が持ってもただの棒だが、彼女が手にすれば闇を引き裂く光にも生まれ変わる。
手にしているだけで様になり、それに違和感を感じない。
「あなた、クリスマスは?」
「え、えと。ちょっと、予定が」
「そう。楽しんできてね」
軽く私の頭を撫でて去っていく隊長。
私はこう答えられる。
「予定がある」と。
クリスマスは、一人ではないと。
大丈夫。私は大丈夫。
不安なんて感じる理由はどこにも無い。
クリスマスは、誰もが幸せになれる日。
私にも、その順番がようやく回ってきただけの事。
単に幸せに慣れていないだけの、漠然とした不安に過ぎない。
「済みません。これ、持って来たんですが」
決して大きくは無い私よりも低い位置にある顔。
愛らしい、思わず抱きしめてしまいたくなるような笑顔。
彼女は紙袋を差し出し、クリスマスの飾り付けだと教えてくれた。
「運営企画局から回ってきて、オフィス内を適当に飾るようにとか。一応お正月用もあるので、よかったらそっちを使っても」
「ありがとうございます」
少女は朗らかに笑うと、オフィスの誰かからクッキーをもらい大切そうにポケットの中へとしまった。
見た目や行動は子供そのもの。
だけどその存在感は、誰よりも輝いている。
彼女がそばに来れば誰もが笑顔を浮かべ、そこには華やいだ輪が生まれる。
外観的な可愛らしさだけではない、その人が持つ人間としての魅力。
私には、決して備わっていないもの。
「じゃ、私はこれで」
最後にもう一度笑顔を振りまき、オフィスを出て行く少女。
彼女が去った後もその余韻は残り、オフィス内は明るい雰囲気に包まれている。
幸せという意味を、多分彼女は知っているだろう。
言葉では説明出来無い漠然とした概念だけど、彼女はそれを日々経験している。
そんな毎日を送っている。
幸せで、恵まれた毎日を。
誰からもうらやまれる、光に包まれた道を歩いている。
私のように頼りない光が周りを淡く照らすだけの、薄い闇に包まれた道とは違って。
彼女はいくつもの才能を持ち、何もかもを兼ね備え、充実した日々を過ごしている。
私とは違う。
いや。違っていた。
今は私も充実した日々を送っている。
クリスマスの予定。
人並みの、当たり前のイベントを私も経験する事が出来る。
そう。私の周りは、もう闇には閉ざされていはいない。
行く手には、まばゆいばかりの輝きが待っている。
不安を感じる必要など、何も無い。
何も、無い。
クリスマス・イブ。
時計を見てはため息を付き、端末を見てはため息を付く。
刻々と過ぎていく時間。
メールも通話も何も無い。
待ち合わせ場所は、神宮駅前。
予定時間にはやや早いので、それも当然ではあるんだけれど。
事故でもあったのか、急な予定でも入ったのか。
一瞬もたげる暗い考え。
それをすぐに打ち消し、近くの売店でホットミルクを買う。
冷たい風に吹かれ続け冷えた体を温める魔法の飲み物。
自然と心も安らぎ、重苦しさからも開放される。
大丈夫。彼は来る。
来て欲しい。
来て。
「こんばんは」
頭上に聞こえる声。
気付けば周りを同年代くらいの男女に囲まれ、愛想の良い笑顔が迫ってきた。
「大丈夫、心配しないで。こいつ、こいつの知り合い。ほら、これ」
明るい笑顔の似合う男の子が見せてきたのは、端末に映る彼の顔写真。
ここにはいない人の顔。
「俺も暇だし、君も暇。だったら、一緒にどう?……という台詞を言うらしい」
「え、でも。それは」
「あいつは来ないよ。他の女と、栄の高級フレンチをご堪能だから。金持ちは良いね」
一斉に起きる笑い声。
私も口だけで笑い、コートの上から胸を押さえる。
そんな事は無い。
何が無いのか。
隊長達の会話を聞くまでも無く、気付いていた。
騙されているんだと。
初めから分かっていた。
私が幸せになるなんて事はないと。
口元から漏れる笑い声。
それに虚しさと虚脱感が付きまとうのは仕方ない。
幸せな気分に浸りきる事も出来ず。
不幸の陰ばかりを追い求めて、そんな自分に良い事がある訳は無い。
人を見上げ、ただそれをうらやみ、だけど何もしない日々。
単調で、昨日も今日も、明日も変わらない毎日。
これからもそれが繰り返される。
その事を改めて認識した。ただそれだけの話。
私には幸せになるし資格も権利も何も無い。
今日も一人、誰もいない部屋で膝を抱えているのが似合っている。
「ごめん、遅れた。……メリー・クリスマスって雰囲気じゃないわね」
聞きなれた声。
見慣れた顔。
赤いハーフコートを羽織った隊長は、私の顔を見ると目を丸くして慌てて後ろへ飛び退った。
「な、なに。ほ、他に誰がいるの。どうしてここが」
「え」
「あれ、違う?誰か、事情が分かる人は」
低い、他の者を圧倒する威厳に満ちた声。
すると私に声を掛けてきた男の子が、遠慮がちに手を上げた。
「発言、よろしいですか」
「許す」
「なんだ、それ。いや、その。あれ。女の子を紹介してくれるって言うからさ」
「斡旋業者にでも頼んだ訳。ふーん」
何度と無く頷き、何か言いかけた私を目線で制する隊長。
お互い、思い浮かんだ顔は同じだと思う。
「業者って。仲を取り持つだけだって、俺はそう聞いたぞ」
「本当に?」
「え、違う?」
顔を見合わせる隊長と男の子。
彼はやがてやるせないため息を付き、友達の肩にすがって動かなくなった。
「世の中、そんなに甘い話がある訳無いでしょ。いくら取られた?」
「大した額じゃない。俺のショックに比べれば」
「クリスマスなのに冴えないわね」
大笑いして、そばにいた男の子の肩を叩く隊長。
学校ではあまり見ないくだけた態度。
そして私と目が合い、咳払いをして姿勢を正す。
「その、なによ。あれ。その子も騙されたんだし、ご飯くらいおごってあげたら」
「え、俺が」
「他に、誰かいる?」
目の前で勝手に進む話。
それに焦りも戸惑いも無く、ただ醒めた心で彼等のやり取りを眺める。
同情をされてまで付き合ってもらっても仕方ないし、私にだって少しとはいえプライドくらいは存在する。
情けを掛けられて、そうですかと喜べる程素直でもない。
この寒さ同様、私の心も凍てついている。
「わっ」
「きゃっ」
辺りから一斉に上がる悲鳴。
私も慌てて後ずさり、その原因をすぐに悟る。
大笑いして、警棒を肩に担いでいる隊長。
その警棒の先端からほとばしる青い火花。
「なにしてるんですか」
「クリスマスキャンドルよ。文句を言う人間は、全員これで締める」
「そんな事」
「それとも、不幸自慢が好き?私は一人膝を抱えて、寂しく過ごすのがお似合いとか」
自分の肩を抱き大げさに震える隊長。
図星を突かれ、思わず口ごもる自分。
「それもいいけどね。年に1回くらい馬鹿騒ぎしても罰は当たらないと思うわよ」
「でも、私は」
「文句を言う奴は締めると言った。それとも、薄幸の美少女を気取るタイプ?」
「私は何も」
咄嗟に手が腰へ伸びるが、そこには何の手ごたえも無い。
コートの生地と、彼に渡そうとしたプレゼントの感触が伝わるだけで。
「そう、ですね。クリスマスですからね」
「その通り。今日は全部男のおごり。文句を言う奴は締める」
「こ、この。大体スタンガンを持ち歩くなんて、犯罪じゃ」
鈍い音と激しい火花。
それに続く誰かの悲鳴と笑い声。
駅前に集まっている人が全員振り返る程の、少し度を過ぎた羽目の外し方。
学校にいれば、拘束の対象になってもおかしくは無いほどの。
そんな輪の中に私もいて、一緒に笑っている。
何がおかしいのかは分からない。
だけど、不幸の陰を探す事はもう必要ない。
意味も無く、理由も無く。
今はこうして笑っていられる。
木枯らしが吹きすさぶ中、ぬくもりに触れる事が出来る。
それが例え、今日一日の出来事だとしても。
このぬくもりは本物で、私はそれを嬉しく思っているのだから。
不幸を気取り、悲しみにくれるのは明日からにすれば良い。
今日はクリスマス・イブ。
誰もが幸せになれる日。
私の元に届いた、ささやかなクリスマスプレゼント。
了
エピソード X7 あとがき
厭世的な女の子とスクールガーディアンズの一人コラボ。
極端なバッドエンドかハッピーエンドにしようかとも思いましたが、このくらいが私にはお似合いのようです。
彼女はユウ達に憧れる、普通の女の子。
本編がユウ視点で語れるためそのすごさはあまり強調されませんが、彼女達に憧れ敬意を抱く人は結構います。
本人達、特にユウやショウはあまり自覚してませんけどね。
で、クリスマス。
世間的には浮かれ気分な時期ですが、こういう人も結構いるんだと思います。
私は駄目で、誰からも相手にされなくて、一人ぼっちで。と。
大抵は自分自身の思い込みで、世界はその人にも開かれてると思うんですけどね。
少しのきっかけ、勇気次第で。




