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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
クリスマスエピソード
593/596

エピソード EX5   ~1編編・屋神視点編~






     邂逅




 大きな窓から望める熱田神宮。

 大晦日にもなれば、歩道は参拝客でごった返す。

 今更、神も仏もあったものじゃないが。

「何か」

 静かに語りかけてくる小坂。

 元は傭兵で、知り合ったきっかけは殴り合った事。

 下らない話ではあるが、今は補佐役みたいなものだ。

 元傭兵はこいつ以外にもいて、血の気の多い馬鹿も揃っている。

 こいつはその辺をまとめるこつというか、能力を持っている。

「こっちの話だ。来年は俺も卒業だから、後は頼むぞ」

「俺に勤まるかどうか。せいぜい、頑張りますが」

「いいんだよ。馬鹿をまとめてるだけで。今と同じでいい」

 遠巻きにこちらの様子を伺う男女。

 元々ここに巣くってた連中で、強引に入り込んだ俺達を受け入れてくれた奴らでもある。

 やってた事はともかく、外見ほど無茶苦茶ではない。

 無論、誤解されるだけの事をやっていたのだが。

「どうした」

「く、……。三島さんが」

 慌てて言い直す女。

 三島も何も、熊は熊だ。

 連中の後ろから現れる、頭二つ飛び出た男。

 横幅も普通の奴の二倍はあり、大抵の人間が怖がるのも理解出来る。

「お前、怖いんだ。今度から、熊のお面でも被ってこい」

 無言の三島。 

 せめて、頷くなり否定するなりしろ。

「何か用か。俺は忙しいんだ」

「餅でも付くか」

「は?そういう事をやる場所に見えるか」

 くすんだ壁やガラス。汚れた床。

 ゴミはかろうじて落ちてないが、清潔とはお世辞にも言いにくい。

 それでも注意しているので、ここはまだましな方。

 下の階は、足も踏み入れたくない。

「大体、そういうキャラでもないだろ。ここにいる奴らは」

「お前に言っている」

 そう来たか。

 たまに口を開いたら、これだ。

 第一、餅付きってなんだ。



 手際よく返される餅。 

 臼へめがけて杵を振り下ろし、直ぐさま振りかぶる。

 重いし、きりがないし。第一餅付きって。

「おい、もう終わりだ。お前、代われ」 

 目の前にいた、三島とは違う意味での大きな男に杵を渡す。

 でもって、すぐに他の奴に変更する。

 なんか、汗が飛び散りそうだったので。

「あの」

「お前は、餅米運んでろ」

「はぁ」

 丸い背中をさらに丸めて去っていく男。

 せめて、言い返すくらいしろよな。

「脅さないでくれますか」

 笑い気味にたしなめてくる鶴木。

 北地区出身で、今はSDC代表補佐。

 つまりは、三島の腹心だ。

「脅すって、あの体型だぞ。俺なんて、簡単に押しつぶすだろ」

「精神的な事を言ってるんです。ケンカが強い弱いではありません」

「下らん。しかし、ここで餅を付いてどうする。売るのか」

「一部は近所に、後は学内で配る分です。生徒会とか、ガーディアン連合とか。勿論、学校にも納めますよ」

 笑う鶴木。

 それは餅を配る事についてか、学校という点についてかは知らないが。

「ん、もう止めたんですか」 

 木刀を担ぎながらやってくる右働。

 兄貴のように馬鹿でかい訳でも、坊主にしてる訳でもない。 

 小柄ではないがむしろ細身で、顔立ちも柔らかめ。 

 あいつよりも人間が丸く、軽い雰囲気である。

「やってられるか。お前こそやれ」

「お任せを」


 担がれる杵。

 振り下ろされる臼。

 いや。それは臼に落ちた時点で、そう見えた。

 とはいえ力任せに振っている訳ではなく、音としてはむしろ軽め。

 木刀以上に重いはずだが、そんな様子はみじんも感じさせない。

「すごいな。正門へ持って行って、金取るか」

「天満さんみたいな事言わないで下さい。あ、いいところへ」

 無造作に放られる杵。

 悪いバランスでふらふらと揺れながら、宙を舞う。

 三島は柄の部分を難なく掴み、片手で肩に担いだ。

 冗談じゃなく、片手でも付けるんじゃないのか。

 しかしそうやって遊ぶ事はなく、両手で持って実直に餅を付く。

 淡々と、黙々と、延々と。

「本当、面白みに欠ける野郎だな。臼を叩き割るくらい、やってみろ」

「そんな事は、やらん」

 生真面目な返事。

 気付けば餅は付き上がり、湯気の立つそれが木の箱へと移される。

「丸めろとか言うなよ」

「まさか、そこまでは。奥にぜんざいを用意してありますから、食べていって下さい」


 だから、こういうキャラじゃないんだっていうの。

 大体、三島と二人で食べる物でもないだろう。

 異様だぞ、この光景は。

「今年も終わりだな」 

 突然呟いたのが、この台詞。

 基本的に無駄な事は話さないので、何かの意味があるのは間違いない。

「暇か」

「まあな。彼女もいないし、やる事も別にないし。こたつに入って、ミカンでも食べるさ」

「年末の話ではない」

「サンタにでもなりたいのか。お前でかいから、多分似合うぞ」

 げらげら笑うと、冷静に見つめられた。

 それも、多少真剣な眼差しで。

「何となく、言いたい事は分かった。でも、それはお前に任せる」

「どうしてだ」

「知るか。餅だ、餅持ってこい」



 自分で食べる訳ではない。

 年末以外も暇なので、少し動こうと思っただけだ。

「鏡餅ですか」 

 ころころ笑う天満。 

 たまたま一緒にいた中川も、楽しそうに餅を突いている。

「一応、俺が付いた。ありがたく拝め」

「何なら、学校を倒すまで取っておきますか」

 神棚に餅を収める天満。

 そんなのあったのかと思いつつ、椅子に座って足を乗せる。

 何か言いたげな視線が飛んでくるが、このスタイルは止められない。

「今年は、何かいい事あったか?」

「後輩が育ってきてますよ。雪野さん達」

「ああ、あの小さい。相棒に、格好いい男がいただろ」

「玲阿君?あの子は、ちょっと生真面目というか気弱で」

 くすっと笑う中川。

 確か三島に勝ったはずだが、性格的にはまた違うようだ。

 ただあまりふざけた人間でも困るので、その方がむしろ好都合か。

「今のところ、学校とやり合う気はないみたいですけどね」

 いつにない真剣な顔で目を細める天満。

 中川は何も言わず、壁を拳で突いている。

「止めろ」

「屋神さんは、よくやってるじゃないですか。杉下さんも」

「壊しても……。いや、お前は自分で払えるのか」

「無論、予算はがっちり握ってます。その内、私的な口座でも作ろうかな」 

 物騒な事を言いやがって。

 とはいえこっちも、杉下のカードを預かったまま。

 そういう危ない橋を渡らなくても、多少の額なら融通は利く。

 マンションのカードもあるし、悪い商売くらい出来そうだな。

「じゃ、帰る。あまり出歩くとまずい」

「下らない気を遣わなくても。誰も、気にしてませんよ」

「本当。案外、気が小さいんですね」

「言ってろ。じゃあな」



 土産にもらった餅を抱え、教棟の裏へと回る。

 待ち合わせでも、やる事がある訳でもない。

 連れ込まれただけだ。

「金が無いなら、カードだ。それもないなら、盗んでこい」

 面白い事を言う奴だな。

 まあ、仲間が10人もいれば当然か。

 しかし、わざわざ俺に絡むかね。

「……間違いない。こいつだ」

 後ろの方から聞こえるささやき。

 なるほど。

 純粋な恐喝ではなく、傭兵か学校絡みか。

 そうなるとこっちも、大人しくはしてられない。

 すっと前に出て、真上から睨む。

 無言で。ただ冷徹に。

 あっさりと腰を抜かす男。

 仲間はこいつを残し、あっさりと逃げる。

「武器を全部出せ。動いたら、鼻から追っていくぞ」

 泣きそうな顔で脱ぎ捨てられるジャケット。

 ジーンズと靴も。

 追いはぎか、俺は。

「誰か、来てっ。強盗がいるっ」

 冗談、ではなさそうだ。

 こんな事で退学にでもされたら、一生の笑い者になる。

 とにかくここは、逃げるに限る。



 最近のガーディアンは、練度が高いらしい。

 無闇に抵抗しなかったせいもあるが、あっさりと捕まった。 

 でもって、連行された。

 目の前にいるのは、まだあどけない顔をした男。

 1年で、しかも人の良さそうなタイプに見える。

「名前は」

「知らん。課長か……。いや、局長を呼んでこい」

「ふざけないで下さい」

 怒られた。

 でもって、なんか泣けてきた。

「頼むから、3年を連れてきてくれ。……いや、連れてこなくていい」

 ここで知り合いにでも見つかったら、やはり一生の笑い者だ。

 それこそ退学したくなる。

「倒れてた相手からも話は聞いてます。やりすぎとはいえ、あなたの悪いようにはしませんから」

 人を思いやる、優しい言葉。

 世の中、まだまだ捨てた物でもないらしい。

 とはいえそれで、事態が何一つ改善される訳でもない。

 仕方ない。こいつには悪いが、無理矢理逃げるか。

「な、何を」

 何って、立っただけだろう。 

 部屋にいるのは、こいつだけ。

 キーは昔と同じなら、俺のカードでも突破出来る。

「逃げられたって言えばいい。じゃあな」

「じゃあって。ちょっと」

 ドアの前に立ちふさがる男。

 震える足、青い顔。 

 しかし警棒を構え、一歩も引かぬと言う表情を見せている。

 こういう連中が普通にいる、この学校。

 泣きたくなるが、感慨に耽っている場合でもない。

「偉いよ、お前」

 脇を抱えて横へどかせ、カードを近付けてドアを開ける。

 だが予想通り、ドアの左右にもガーディアン。

 まずいどころの話じゃないな。

「う、動くな」

 構えられる警棒。

 囲まれる周囲。

 突破は出来なくもないが、後でかなり恥ずかしい事になりそうだ。

「誰か、ネット持って来てっ」

 おい、冗談だろ。

 こいつら、わざとじゃないだろうな。

「分かった。戻る。戻るから、静かにしてくれ」



 自分から尋問室に戻り、足を机へと乗せる。

 こういう態度を取る状況ではないが、それは今更という話だ。

「名前は」

「河合」

「IDは」

「無くした」 

 自分でそう答え、つい自分で笑う。

 聞く奴が聞けばかなり笑えるんだが、本当に照会し始めた。

 そういう名前の奴は、多分探せばいるだろう。

「全然顔が違うぞ」

「じゃあ、他人なんだろ」

「な、なんだと」

 叩かれる机。

 身を乗り出し、睨んでくる男。

 さっきの可愛い顔をした奴ではなく、うるさそうなタイプ。

 こいつなら、殴っても何も後悔はしない。

「貴様。このまま、ただで済むと思うな」

 なんか、眠くなってきた。 

 餅を付いて、少し疲れたのかも知れない。

 やる事もないし、軽く寝るか。

「お、おいっ。起きろ」

「うるさいな。女とは言わないから、せめてさっきの奴呼んでこい」

「この野郎。人が下手に出てれば、調子に乗りやがって。ガーディアンを舐めるなよ」

 下手、ね。 

 ガーディアンの人材は揃ってると思ったが、そうでもなさそうだ。

 それとも、個人差がありすぎるのか。

「さてと」

 もう一度立ち上がり、一直線にドアへと向かう。

 さっきは多少遠慮もあったが、今は違う。

 いくらやる事がなくても、馬鹿を相手にする程暇じゃない。

「こ、この」

 背中に、何かが当たる感触。

 プロテクターでふさがれてるため、痛みはない。

 何にしろ、馬鹿がやった事を気にする必要もない。



「……と」

 向こうから開くドア。

 入ってきたガーディアン。

 それも、ただの奴ではない。

 ドアの向こうに見える敬礼。

 それに応じ、俺を睨む男。

「出ろ。身柄は、こちらで預かる」

「し、しかし」

「なんだ」

「い、いえ」

 慌てて目をそらす男。

 以前にも増して、迫力が出てきやがったな。

「来い」


 教棟の外に出て、軽く深呼吸する。

 恥を掻いたには掻いたが、こいつなら仕方ない。

 その意図は、ともかくとして。

「助かった」

「馬鹿馬鹿しい。お前、ふざけてるのか」

 冗談ではなく怒ってる塩田。 

 言いたい事は痛い程分かるが、俺も好きで捕まった訳じゃない。

「色々敵が多くてな」

「だから……。いや、何でもない」

 切られる言葉。

 今度もやはり、言いたい事は分かる。

 だがそれは、決して言葉にはならない。

 今更、もう。

「じゃあな」

 返事もしない塩田。

 俺も別に、求めはしない。

 かつては同じ道を歩んでいた。

 でも、今は違う。

 俺が逸れてしまった限り、それが交わる事はない。



 アパートへ戻り、餅を机に放り投げる。

 多少、殺伐とした心境。

 良い気分も、全部どこかへ吹き飛んだ。

「ちっ」

 冷蔵庫の中は空。

 それ以外に食べる物も無し。

 あまり多くても困るが、無くても辛い。

 とはいえ、大して食欲もない。

「メリー・クリスマス」

 ドアの外から聞こえる、馬鹿げた台詞。

 聞き慣れた声だが、包丁を背に隠してドアに近付く。

「誰だ」

「開ければ分かる」

 それももっともか。

 少しだけドアを開け、足で押して部屋に飛び込む。

 かなり馬鹿げているが、経験上このくらいは警戒したい。

 この時期にドアがないのは、かなり辛いし。

「大げさな。俺だよ、俺」

 ひょこりと顔を出す林。 

 傭兵も、年末年始は休みなのだろうか。

「何しに来た。もう、用はないぞ」

「つれない人だ。女の人とかは?」

「いない」

「らしくないね。これ、お土産」

 手渡される、やたら度数の高そうな中国酒。

 日本生まれで日本育ちの癖して、こういう事にはこだわるな。

「それで、用は」

「伊勢の方にいたんだけど。昔を懐かしむのもいいかと思って」

「学校へ行けよ」

「それはどうかな」

 言葉を濁す林。

 こいつにとっても、あそこは鬼門か。



 男で向かい合い、酒を酌み交わす。

 言いようもなく虚しいな。

「学校は?」

「とりあえず、落ち着いてる。揉める要素が、今のところ無いしな」

「そう。逃げ出した、俺が聞く事でもないけど」

「こっちは、恥ずかしながら残った身さ」

 溶けていく氷。

 音を立て、その間に酒が染みこんでいく。

「冴えないですな」

「悪かったな」

「まあまあ。景気づけに、軽くやりましょう」


 寒い中、外に連れ出される。

 何をやるかと思ったら、爆竹を取り出しやがった。

「おい。日本の正月でも、まだ先だぞ」

「気分だよ、気分」

「騒ぐと人が……」

 人の制止もきかず、爆竹に火を付ける馬鹿。

 何しろ束なので、消すどころか近付く事すら出来ない状況。

「逃げろっ、逃げるんだっ」

 やはり馬鹿げた事を言い、いきなり走り出す林。

 まさか置いていかれる訳にもいかず、慌てて後に追いすがる。

「おいっ」

 逃げながら、爆竹をばらまく林。

 こいつ、俺をここからも追い出させる気か……。



 馬鹿を締め上げ、隠れ家に移る。

「今日は帰れないな」

 人ごとのように呟く馬鹿。

 ただ、おかげで多少は気が紛れた。

 こいつに、その意図があったかどうかはともかく。

「構いませんよ。ここに泊まっても」

 苦い緑茶を出してくる大山。 

 酔い覚ましにはいいが、当然旨い訳もない。

「持つべき者は友だね」

「宿泊費は、格安にしておきます」

「鬼だね」

 同じトーンで呟く林。

 さすがに付き合ってはいられず、こたつに埋まって横たわる。

「ベッドくらいありますが」

「こういうところで寝るのが、気持ちいいんだ」

「私は、構いませんけどね」



 ふと、目が覚めた。 

 照明は落ち、二人の姿もない。

 こたつの上は片付けられていて、お茶のペットボトルだけが置かれている。

 それに口を付け、ため息を付く。

 自分のやってる事、やって来た事が脳裏をよぎる。

 楽しい事ばかりではない。

 辛く、重く。 

 思い出したくないような出来事も。

 夜中に目が覚めれば。

 いや。夜でなくても、思い出す。

 ふとした瞬間。

 かつての名残を見かけた時。

 誰かに会った時。

 自分が逃げてきた道が、目の前に広がっていく。

 俺にとっては、二度と歩けない道が。



 朝。

 すでに林の姿はなく、大山が朝食の準備をしている。

「林君は、もう帰りましたよ」

「あいつは、何しに来たんだ」 

 答えない大山。

 それは誰にも、答えられないだろう。

 学校のすぐそばまで来て。

 俺達にも会って。

 だけど、そこには足を踏み入れない。

 咎める者はいないし、部外者でも入る事は簡単だ。

 自分さえ許せるのなら。

「さてと。俺も帰るか」

「何か、ご用でも」

「ここにいても仕方ないだろ。暇なら、天満と遊んでこい」

「あの人と一緒にいると、疲れるんですけどね」

 苦笑する大山。

 こいつらの関係はいまいち分からないし、俺が構う事でもない。

「二日酔いですか?」

「さあな。何にしろ、酒でも飲まないとやってられん」

「退学した方が、楽と?」

「胃薬はいらなくなりそうだな。その代わり、林みたいになる」

 そのどちらがいいのか。

 俺には判断出来ないし、したくもない。

「で、今の生徒会長ってどんな奴だ」

「新カリキュラムですからね。有能ですし、人心掌握にも長けてます」

「肝心の人間性は」

「さあ。なかなか尻尾を掴ませない人物でして」

 苦笑する大山。

 こいつにそう言わせるくらいだから、普通ではないんだろう。

「しかし、実際は屋神さんの方が詳しいと思いますが」

 意味ありげな視線。

 少し置かれる間。

 正確には、俺が置いた訳だが。

「雇ったのは、間らしい。その時点で、どうかとも思う」

「なるほど。タイプ的に杉下さんかと想像してたんけどね」

「よく分からん。その会長も、間にしても」

 鼻で笑い、こたつの上のミカンを握る。

 掴み所がないというか、何を考えてるか分からないというか。

 だからこそ、学校相手にあれだけの事が俺達も出来た訳だ。

 能力的には、ごく普通。

 人間的にも。

 しかしあいつが俺達をまとめていたのは事実であり、欠ける者もいなかった。

 俺を除いては。

「気になるなら、お会いになりますか」

「間は、名古屋にいるのか?」

「いえ。もう一人の方です」



 学校近くのファミレス。

 一礼して席に着く、細身の男。 

 物腰は落ち着いていて、一種独特の雰囲気もある。

 伊達に生徒会長は務めてないか。

「悪いな、わざわざ」

「いえ。私も、一度お会いしたいと思ってました」

 お世辞という訳でもない表情。

 ただし、好奇心もある程度は含まれているだろう。

「俺と付き合っても、いい事無いけどな。首になった男だし」

「経緯は間さんから伺ってます。こちらに来たのは彼の勧誘があったからですが、あなたの事も十分考慮に入れました」

「俺は何もしてない。偉いのは、河合なり間さ。それ以外の、辞めていった奴とかな」

 何の見返りもなく、自分から辞めていった奴ら。

 その気持ちに、俺達はどれだけ報いる事が出来たのか。 

 考えるだけで、憂鬱になっていく。

「現状を、どう思われます?」

「俺に聞くな。お前の問題だ」

「聞き方を変えましょう。勝てると思いますか?」

「当たり前だ」

 予断無く、即座に言い切る。

 今は何も出来ないし、する気もない。

 だけどこの気持ちだけは、変わらない。

「では、どうして戻ってこないんですか」

 核心を突く台詞。

 それは今まで、大山達からも何度と無く聞かされた。

 だが、俺が戻る訳にはいかない。

 仮にそれが、下らない意地だとしても。

 ここにいない奴らの事を考えれば、結論は自ずと導き出される。

「元傭兵や問題を抱えている生徒をまとめて下さるのは、確かに大変助かってます。彼らは潜在的に、学内を混乱させる要因ですから。でも」

「それで十分だろ。第一俺は、人を率いる器じゃない」

「去年は、屋神さんがまとめられたのでは」

「河合が辞めたから、仕方なくな。ただ実際は杉下達が動いて、間に責任を押しつけてただけさ。今更でしゃばっても仕方ないし」

 カップをあおり、追加を頼む。

 ゆっくりと、丁寧に注がれるコーヒー。

 揺らめく湯気の向こうに、物言いたげな表情が見える。

「俺からも質問だ。お前は、勝つ気でいるのか」

「無論、と言いたいところですが。人手が不足していまして。屋神さん達の時程は、上手くいかないかも知れません」

「俺達は、ぼろ負けだ。かろうじて、時間を稼いだくらいで。せいぜい、頑張るんだな」


 いつまでも話しても、きりはない。

 俺にはもう、関係のない話。

 関われない事だ。

 あくまでも裏で、多少の手助けをするくらいで。

「いかがでしたか」

 ファミレスを出た途端、背後から声を掛けてくる大山。 

 そちらを振り向かず、歩いたまま答える。

「分からん。ただし、奴が万が一学校側に付いてるなら」

「ご心配なく。その際は、即刻切ります」

「なら、俺から言う事はない」



 元に戻る気分。

 昼間だが、酒が飲みたくなるような。

 さすがにそこまではせず、ゲーセンに入って憂さを晴らす。

 よくある、キックマシーン。

 ストレスを発散させるには都合良く、その分数値も跳ね上がる。

 数発ローを叩き込んだところで、足が痛くなった。

 かなりムキになっていたようだ。

「うるさいな、この野郎」

 後ろから聞こえる声。

 知り合いの冗談ではなく、また俺へ向けられてるらしい。

 構わずもう一発叩き込み、ゆっくりと振り返る。

 いたのは柄の悪そうな男女が数人。

 昨日の連中は雇われだろうが、こっちは本物か。

 とはいえ相手にするのも馬鹿馬鹿しく、背を向けてさっさと逃げる。

 殴って気が晴れるのは一瞬。

 その後には、今以上の重い気分が待っている。

「ちっ。その顔、二度と見せるなよ」

「格好悪いー」

「所詮、俺達にかなう訳無いっていうの」

 言いたいように言わせておき、店を出かけて思い留まる。

 さっきの連中が動き出し、俺とは反対側へと歩いていった。

 その先にいるのは、やたらに大きな男とやたらに小さい女。

 奇妙な取り合わせだが、また妙にしっくりきてる。

 何より無邪気に笑い、楽しそうだ。

 今の俺とは正反対の、ささやかでも幸せな時を過ごす。

 そこに絡む馬鹿。

 女連れと思い、いい金づると判断したのか。

 しかし反応したのは、女の方。

 人の顔の辺りまで飛び上がり、その真横に飛び後ろ蹴りを放った。

 恐怖か風圧か、後ろへひっくり返る馬鹿連中。

 当然すぐに逃げ出し、カップルは何事もなかったように楽しんでいる。



 多少軽くなる気分。

 人間、我慢ばかりしても仕方ないか。

 という訳にはいかず、結局は自重するしかない。

 自分の立場を考えれば、余計に。

「どうかしましたか」

 静かに語りかけてくる小坂。

 心境が揺れている、とは答えずに首を振って窓の外を眺める。

 学校を囲む塀と、街並み。

 その先に見える、熱田神宮。

 俺に、それを見下ろす価値があるのかどうか。

「ここにいて、いいんですか」

「いちゃ悪いのか」

「いえ。予定があるのかと思いまして」

 予定も何も、今の俺にはやる事なんて無い。

 この旧クラブハウスに来て、日がな外を眺めるだけで。

 あるとしたら、ろくでもない事だけだ。 

 誰かと揉めるか、それを押さえるかの。

「今日が何の日か知ってますか」

 前も聞いたような台詞。 

 ここでようやく、意味に気付く。

「お前こそ、どうなんだ」

「適当に、知り合いと遊びますよ。でも、屋神さんは予定があると思って」

 苦笑気味な指摘。

 それ程遊んでいる訳ではないが、そういう時期もあるにはあった。

「別にない。一人でこたつに入って、ミカンでも食べるさ」

「らしくないですね」

「なんだ、らしいって。まあ、せいぜい楽しんでろ」



 アパートの駐輪場。

 若干古ぼけたアメリカンタイプのバイク。

 手入れはしているが、物自体が古いのは仕方ない。

「いや。こっちか」

 青のレーサーレプリカ。

 乗り心地はともかく、早さは段違い。

 ハンドグリップのヒーターを入れ、ジャケットの襟元をふさぐ。

 こんな事をしても、暖かいのは初めだけなんだが。


 案の定、震えが止まらない。

 真横を通り過ぎる大きなトレーラー。

 その風にあおられ、側道にまで飛び出そうになる。

 鼻は出てくるし、手首は痛いし。 

 これ以上走ると、さすがに危ない。

 すぐにサービスエリアへ入り、お茶を飲む。

 暖かくなるのは、ほんの一瞬。

 震えはなかなか収まらない。

 目の前を行き過ぎる、ライダーズジャケットを着た集団。

 俺とバイクへ、交互に向けられる視線。

 とはいえ挑発的なそれではなく、仲間を見るようなもの。

 この寒いのに、馬鹿だなと。

 無論、お互いに。

 バイクに乗る集団。

 整然とした隊列。

 周囲に威圧感を与える事はなく、颯爽とこの場を去っていく。

 ふと燃える何か。 

 紙コップをゴミ箱へ捨て、ヘルメットと手袋を装着する。


 すぐに集団の後ろへと追いつく。

 とはいえかなりの早さで、法定速度はかなり超えている。

 割れるバイクの隊列。

 ただ、先頭はそのまま。

 ハンドサインで礼を告げ、その間に入っていく。

 収まる正面からの風圧。

 速度は今まで以上。

 彼らに引っ張られるようにして、高速をひた走る。



 ヘルメットのモニターに現れる、インターチェンジの表示。

 正面にも大きな標識が現れる。 

 それを指さし、少し左へ寄る。

 すっと割れるバイクの列。

 その間をすり抜け、インターチェンジへ入る道へ車線を変える。

 一気に加速する集団。 

 彼らに向かい、もう一度ハンドサインをする。

 一斉に返ってくるハンドサイン。

 すぐに見えなくなる姿。

 こちらもカーブに差し掛かり、彼らから遠ざかる。

 言葉も、挨拶すらもない。

 一瞬のつながり。

 だけど確かに、心へ残る。



 暮れ始める空。 

 ナビを頼りに、海岸沿いを走っていく。 

 赤く染まる海。

 広い海岸線に、寄せては返す大きな波。

 寒さは相変わらず。

 さながら、世界中で一人きりになった分。

 そして海を見ているためか、寂寥感なんて言葉が思い浮かぶ。

 ナビへ視線を落とし、言われるままに右折する。

 住宅街を抜け、市街地の手前で一旦止まる。

 勢いに任せ来たのはいい。

 しかし、どの面下げて行くって言うんだ。

 今から、名古屋まで戻るか。

 ナビの表示は、二通り。

 目的地までは5分と掛からない。

 名古屋までは、今と同じ時間が掛かる。 

 それも、悪くはないか。

「何してるの」

 不意に掛けられる声。

 澄み切った、深い森の奥から吹き抜けてくる風のような。

 新妻はくすっと笑い、抱えていた紙袋を抱え直した。

 事前に話した訳でもないのに、都合良く現れるな。

 俺の行動くらい、軽くお見通しという訳か。

「たまには、お前の顔を見てもいいかと思ってな」

「クリスマス・イブなのに、暇なのね」

「お前は、どうなんだ」

「凪さんは、名古屋よ。塩田君へ会いに。多少疎遠になってるみたいだから、この先は知らないけど」

「怖い事言うな」

 二人して少し笑う。

 赤く染まる西の空。

 東はすでに、闇の中に溶け込んでいる。

 冷たさを増す風。

 漂ってくる、切なげな香りの潮風。

「乗れよ」 

 ジャケットを肩に羽織らせ、エンジンを掛ける。

 すると新妻は、無言で前のシートにまたがった。

「おい」

「これでも上手いのよ。三島君から、聞いてない?」

「知るか。後ろから抱きつくぞ」

「振り落とされてもいいなら、ご自由に」

 急加速するバイク。

 冗談抜きで振り落とされそうになり、慌ててシートにしがみつく。

「この馬鹿が」

「何か言った?」

「いや。お前は綺麗だなって」

「今頃気付いた?」 

 ふざけた事を言い、市街地に向かう新妻。

 どこへ行くのかは知らないし、知りたくもない。

 何か、もうどうでもよくなった……。



 翌日。鼻をすすりつつ、学校へとやってくる。

 昨日から、すでに冬休み。

 学校に来る必要はない。

 俺が、普通の生徒なら。

 普段は授業に出ている訳ではない。

 それなのに、休みになっても学校へ来る。

 我ながら、さすがに馬鹿らしい。

「僕も、一応忙しいんだけどね」

「お前の都合なんか聞いてない。探せ」

「自分でやってもいいんじゃないかな」

 鼻で笑い、端末を振る沢。

 小さくなる警告音。

 沢はそこでボタンを操作し、小さく頷いた。

「今のは、古いタイプの監視カメラ。それ以外は、無いみたいだね」

「取っても取っても、出てくるな」

「一ついくらで契約してるんだろう」 

 楽しそうな笑顔。

 まさか、こいつが請け負って自分で探してるんじゃないだろうな。


 一通りフロアをチェックして、年末の大掃除を終える。

 本当の掃除もしたいところだが、そういう事をやりたがる奴は誰もいない。

 というか、今ここには俺達しかいない。

「じゃ、僕はこれで」

「ああ」

「元気ないね。薬ならあるよ」

「俺はまだ、死にたくない」

 沢を追い払い、玄関の前でしゃがむ。

 もう何もしたくない心境。

 このまま年を越しても、気付かないんじゃないだろうか。   

「何をしてる」

 まさに真上からの声。

 背後に太陽を背負い、逆光の中に浮かぶ三島。

「お前が余計な事言うから。この寒い中、わざわざ高速に乗ってだな」

「それは、お前の都合だ」

 この野郎、真顔で言いやがって。

 しかし怒る気力もなく、ため息をついて立ち上がる。

「行くぞ」

「どこへだ」

「知らん。今度は、お前が付き合え」



 エレベーターへの電源供給は、昨日から止められている。

 学校の職員も大半が休んでいるため、文句を付けようもない。

「この、この」

 壁を叩きつつ、階段をよろよろと上がる。

 三島は黙々と付いてくる。

「ここか、屋上は」

 堅いドア。

 キーはあるが、電子キーではなく鍵穴にキーを差すタイプ。

 どうも、開かずの扉になっているようだ。

「この、この」

 前蹴りをかまし、きしんだところで肩から突っ込む。

 あっさりと開くドア。

 なんか歪んだようにも見えるが、気のせいだ。



 直ぐさま吹き抜ける、冷たい冬の風。

 静岡は、どうやらこっちより暖かいらしい。

 いつも俺がいるのは、このもう少し下。

 それでもかなりの高さなのだが、今はさらに遠くまで眺める事が出来る。

「富士山でも見えるんじゃないのか」

「無理だろ」

 真顔で否定する三島。

 当たり前の事、真剣に言うな。

「あーあ」

 手すりを飛び越え、腰からワイヤーを伸ばしてフックする。

 でもって、三島を手招きする。

「来い」

「何のために」

「理由なんて必要あるか」

「馬鹿が」

 お前に言われたくない。



 真冬に、屋上からぶら下がる。

 それも年も押し迫った、この時期に。

 三島じゃないが、馬鹿以外の何者でもないな。

「うー、寒い」

 肩を押さえ、その場で何度か足踏みをする。

 建物からわずかにせり出した、ひさしのような場所。

 三島と並べば、少し狭く感じるくらいの。

「よし。彫るぞ」

「何を」

「名前だ、名前」

 どこで手に入れたかも忘れたナイフを取り出し、建設時期の書かれたプレートに突き立てる。

 どうやらこの建物が出来たのは、戦後すぐらしい。

 だからどうという事もなく、その横に俺の名前が刻まれるだけだ。

「馬鹿馬鹿しい」

 文句を言いつつ、やはり名前を刻む三島。

 翳ってくる空。

 赤く染まる建物。 

 学校も、街も、熱田神宮も。

 無論、俺達も。

「大体よ。どうしてお前は、静岡に行かなかったんだ」

「お前は、今までどうして行かなかった」

 あっさりと反論され、口をつぐむ。 

 今更あいつに会えた義理じゃないし、会う理由もない。

 新妻を守り消えなかった俺には。

「冴えないな」

「知るか。この野郎」

 軽く三島を突き飛ばし、下へ落とす。

 しかし叫び声も上げず、ワイヤーで器用に降りていく。

「あーあ」

 こっちも飛び降り、三島の後を追う。

 あれ。ワイヤーがない。

「っと」

 慌ててしがみつき、二人してぶら下がる。

 相当の重さにも耐えきれるはず。

 はずというか、耐えないと困るだろ。

 そう思った途端、聞き慣れない音がする。

「わっ」

「おっ」

 二人して叫び、地面めがけて落ちていく。


 丁度今日は、クリスマス。

 天使が空から、舞い降りる時期。

 馬鹿が落ちる時期ではないだろう。






                            了














     エピソード x5 あとがき




 第10話での、クリスマスの話。

 屋神の視点になっています。

 第12話で新妻が「嬉しかった」とか言っていたのは、おそらくこの事なんでしょう。


 この辺りの人間関係は色々複雑なんですが、書くときりがないので。

 それこそ、分岐のストーリーになるくらいです。

 北米にいる河合ルートもありますし。

 その後の彼らとか、本当にきりがありません……。


 しかし、この人も意外と気苦労が絶えないようです。

 立場が立場ですから、仕方ないんですが。

 逆に言えば、それだけの事をやったという訳でして。

 それがクリスマスになっても、こういう事をやる羽目になるんでしょう。

 それはそれで、楽しそうですけどね。

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