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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第7話
59/596

7-5






     7-5




 生徒会の特別教棟を後にして、当てもなく歩く私。

 とはいえ七尾君も一緒なので、このままふらふらしている訳にもいかない。

 それに、ケイの事もあるし。

 さてと、どこへ行こうかな。

「……浮気は駄目じゃない」

「ああっ?」

「冗談でも止めてほしいな。玲阿君に聞かれたら困る」

「あら、ごめんなさい」

 楽しそうに笑ったモトちゃんは、持っていたバインダーで顔を仰いでいる。

 前髪がそよそよと揺れ、ちょっとおかしい。

「それより、ユウ。あなた仕事は」

「早退早退。ねえ、七尾君」

「俺は、今日早番だから」

「フォースは、ローテ制を取ってる物ね。でもガーディアン連合に、早退なんて制度あった?」

 ちらりと送られた眼差しをかわし、さっきのDDを取り出す。

「いいから、これ見て」

「DDじゃない。またおかしなビデオでも、ショウ君から取り上げたの?」

「違うわよ」

 私はさっきからの事を、かいつまんで説明した。 

 それでもって、モトちゃんの追求もごまかした。


「……ケイ君の。少し面白そうね」

「不謹慎だな、随分」

「彼は、心配する必要のない人だもの」

 笑いながらも、その表情には確かな真摯さが感じられる。

 それだけケイを信頼しているのだろう。

「ただユウは優しいから、あんな子のために頑張ってるんだけど」  

「別に、頑張ってはいないわよ。ただ、少し気になってるだけ」

 照れくさいので、ぷいとモトちゃんから顔を逸らす。

 でも人から見ると、そう思われる行動は取っている。

 確かに、あんな子のために。

 まあ、いいや。

 恩を売って、それが駄目なら噂話をネタに何かおごってもらおう。

「どうかした、雪野さん」

「え?」

「いや、薄ら笑い浮かべてたから」

 人の顔を見て、自分こそ薄ら笑いをしている七尾君。 

 失礼な人だな。 

 私もだけど。

「それじゃ、サトミ達と相談しましょうか」

「駄目、それは出来ない」

「……あなた、仕事逃げてきたわね」

 さすがに鋭いモトちゃん。

 私は高い所にある彼女の肩を揉み、今度は愛想笑いを浮かべた。

「お姉さん、お願い。今はちょっと、サトミに会いたくないの。あの子、また怒るから」

「そういう事をしなければいいでしょ。……もう少し右」

「ええ?」

「えーと、サトミのアドレスは」

 脅して来たよ、この子。

 このまま、握りつぶしてやろうか。

 そんなに握力無いけどね。

 というか、モトちゃん背が高いから手が疲れてきた。

 これじゃ肩を揉んでると言うより、おぶさろうとしている子供だ。

 握り潰すより、押し潰したい……。


「馬鹿みたい」

「え?」

「こっちの話。いいから、どうにかして」

「分かった。まずは、その噂がどんなのか確かめないと。ユウのオフィスが駄目なら、どこがいいかしら」

 七尾君は、私達に任せるという顔。

 私は思いつかないので、モトちゃんに任せるという顔。

「ここから近い場所だと、生徒会ガーディアンズのオフィスがあるわね」

「それ、嫌だ」

「大丈夫、映未さん達の所だから。今はいるのかどうか知らないけれど、開いてる部屋くらいは借りられるわ」

 なんでも、自警局長直属隊の待機室だとか。

 そのオフィスは特に彼女達専用という訳ではなく、直属班の人がローテに応じて使用しているとの事。

 沙紀ちゃんも以前直属班にいたから、確かに問題は……。

「ちょっと待って。前の沙紀ちゃんの部下で、私達を襲った人がいたらどうするの」

「ああ、前期の話。それも大丈夫だと思う。少なくとも向こうは、もう敵意を抱いていないって聞いてるから」

 モトちゃんや七尾君もいるし、なんとかするか。

 とにかく、低姿勢でいこう。

 背が低いから、元々そうだと言われそうだけど……。  


 という訳で、直属班待機室へとやってきた私達。

 事前にモトちゃんが連絡してあるので、特に問題なく中へ通してもらえた。

「あなた、雪野さん?」

「ええ、そうです」

「可愛い顔してるじゃない。もっと、怖い感じの子だと思ってた」

「同感」

 和やかに出迎えてくれる直属班の人達。

 そんな事言われて悪い気はしないので、自然と笑顔も浮かんでくる。

「他のメンバーは?彼は違うみたいだし」

 七尾君の袖に付いているフォースのIDを、目ざとくチェックする女の子。

 みんな暇そうにしてた割には、隙らしい物が感じられない。

 さすが直属班と言うべきか。

「色々事情がありまして。挨拶を兼ねて、今度連れてきます」

「お願い。私は、玲阿君に会いたいわね」

「俺は、遠野さん。学年トップの才媛とお近付きになりたい」

「いいな、それ。雪野さんも可愛いし、エアリアルガーディアンズも悪くないぞ」

 妙に盛り上がる彼等。

 勝手に歓迎されるのはいいけど、誰の口からもケイの名前は出てこない。

 目立たない人だから、仕方ないか。

「そろそろ、お部屋をお借りしてもよろしいでしょうか」

 みんなの会話が一段落したところで、モトちゃんがそれとなく切り出す。

「ああ。右手の部屋使って。防音で端末もあるから」

「ありがとうございます」

 会釈して歩き出した彼女に、トコトコと付いていく私。

 何だか、ここへ来てよかったと思えてきた。

 生徒会ガーディアンズ、または生徒会へのイメージがかなり良くなったから。

 やっぱりこうして会って、話し合うのが大事なんだ。

 誤解を真実と思い込んでるばかりじゃ、前に進まない。 

 これからは、人を見る目を少し変えるようにしよう。   


 モトちゃんがIDをドアのスロットに入れると、コンソールがおかしな音を立てた。

「誰かいるみたい」

「そんな事、言ってなかったのに」

「元野さん。そこじゃなくて、もう一つ右」

 七尾君の指摘に、顔を右へ向ける私達。

 廊下の突き当たりに、もう一つドアがある。

 大きなロッカーがあったので、見えていなかった。

「は、恥ずかしい」

 珍しく顔を赤らめるモトちゃん。

 大した間違いじゃないけど、だからこそという部分だろう。

 するとそのドアが、突然横へスライドした。

「ここは今使って……」

 ドアを隔てて顔を見合わせる、私と池上さん。

 向こうも、「どうして?」という表情だ。

「雪ちゃん。私は子供の悪戯に付き合ってる暇はないんだけど」

「違うわよ。モトちゃんが、部屋を間違えたの。怒るなら、そっちをやって下さい」

「ああ、そう。いいのよ、智美ちゃんなら」     

 なんだ、それ。

 私は牙を剥いて、池上さんを睨み上げた。

「何、その怖い顔は。しっ、表で遊んでなさい」

 そんな私を、手で追い払おうとする。

 もう、勘弁ならん。

「ちょ、ちょっとっ。水、水撒いてっ」

 かまわず池上さんに掴みかかる私。 

 体格は負けてるけど、組み合ってしまえばこっちの物だ。

 大体、このスタイルはなに。

 くびれてるし、出るところは出てるし、背は高いし。

 あー、ますます怒りがこみ上げてきた。

「ど、どこ触ってるのよっ」

「がーっ」

「吠えてないで、人の話を……」


 部屋の隅まで池上さんを追い込んだら、不意に背後から気配が襲ってきた。

 剣呑な、突き刺さるような氷の刃と例えてもいい。 

 振り向きかけた目線の奥に映る一筋の影。

 それをしゃがみ込んでかわし、そのまま後ろ回し蹴りへと移行する。

「……いきなり入ってきて、何をしてる」

「お互い様でしょ」

 こめかみ寸前で止めた足を降ろす私。 

 脇腹寸前で止まった手を、やはり戻す舞地さん。

「子供は、礼儀を知らなくて困る。こっちは今忙しいんだ」

「だって、池上さんがお腹くびれてて。それにモトちゃんが、変な所にID入れるし」

「雪野、訳が分からん。順序立てて話せ」

 どっしりと椅子に座ったまま、苦笑している名雲さん。

 その隣には、大笑いしてる柳君も。

「忙しいというのは冗談だが、何かあったのかな」

 威厳すら感じさせる、やや低い声。

 落ち着き払った佇まい。 

 知性と冷静さを湛えた眼差しが、私をはっきりと捉える。

「あなたこそ。ここは、直属班のオフィスでしょ」

「私は生徒会長だ。だからここも、私の管轄下にある」

 淀みなく答える生徒会長。

 確かにそうだけど、彼がここにいるのは不自然過ぎる。

 以前はともかく、今舞地さん達は彼のアシスタントスタッフではないのだから。


「彼女達との関係が切れているのに何故、と聞きたいんだろ」

「読むわね。さすがは新カリキュラム」

「元野さん程じゃないさ」

 鋭さをはらんだ視線が、二人の間でかわされる。

「大体今さら隠さなくても、君達はとっくに気付いていただろうし」

「ガーディアンの統廃合に熱心だと聞いてたけど、その辺りが関係あるのか」

 突然、厳しい口調で割って入る七尾君。

 しかし生徒会長は小さく肩をすくめただけで、何も答えようとはしない。

 何となく違和感と疑心めいた雰囲気が室内に漂い、それぞれの視線が交わっていく。


 生徒会長と舞地さん達との関係。

 確かにこれは、以前からそうだと思っていた。

 でも目の前で見せつけられると、少々考えさせられる。

 私達の知らない思惑が、またどこかで動いているとなると。

 ただそれを彼等に質さなかったのも、また事実だ。

 結果を恐れて、都合の良い関係だけであろうとして。

 彼等が背負っているだろう重荷を、知ろうともせずに。

 だから私に、舞地さん達や生徒会長を責める資格はない。

 大切なのは、彼等を信じる事だろう。

 何も語ってくれなくても、何をしようとしているか分からなくても。

 ……いや、信じるではなくて。

 もしかすると、彼等と共に行動する事なのだろうか。

 難しい問題だ。

 それは私達に去年の出来事を語ろうとしない、塩田さん達にも言えるけれど。

 結局は待つしかない。

 そしてその時に判断し、行動するしかない。

 自分自身の信念において……。



「知りたかったら、聞いてもいいんだぞ」

「いえ。今はいいです」

「そうか」

 優しく微笑む名雲さん。

 私はモトちゃんと一緒に頷き合い、お互いの思いを確かめ合った。

 七尾君はまだ、考え込んでいる様子だけど。

「それで、ここへは何の用事があったんだ」

 先程から冷静な態度を変えない生徒会長が、話題を変えるように促してくれる。

 そういえばそうだ。

「……ケイ。浦田珪の事でちょっと」

「また浦田君?今度はどうしたの」

 妙に嬉しそうな柳君。

 ケイのちょっとした不幸が、彼にとってはたまらない楽しみなのだろう。

 それは私も同感だけど、今回は少々事情が違う。

「あの子に、悪い噂があるらしいの。それを七尾君から聞いて、ここにそのデータが」

 さっき局長に頼んだDDを取り出し、卓上端末にワイヤレスでリンクさせる。

 壁の大型モニターに幾つもの項目が並び、タイトルには「浦田珪に関する個人間の情報」とある。

「適当に見てみよう……。しかしこれは、情報局の許可がいるデータだと思うが」

「矢田局長に頼んだの」

「なるほど。それならお礼を込めて、一度くらい彼を助けて上げるといい」

 意味深な言葉を発する生徒会長。

 新井さんからも聞いた、局長と女の子の揉め事を知っているのだろうか。 

 確かに、受けた恩は返さないとこっちも気分が悪い。

 今後の検討課題としておこう。


「これだ、俺が聞いたのは」

 壁のモニターではなく、卓上端末の画面を指さす七尾君。

 そこには情報源と時刻が併記され、続いて肝心の噂が書かれている。

「奇異な言動から、ドラッグを使用との情報あり。俺が聞いたのも、こういうのだった」

 七尾君の視線を受けた私は、ゆっくりと首を振った。

「あ、あの。これは、私も中等部の頃からある話。あの子、変な事ばかりするから……」

「じゃあ、こっちのは。数名の女生徒を殴打」

「これは事実。そうですよね」

 モトちゃんに振られ、こくりと頷く舞地さん。

「生徒会自警局の金銭を横領。これは?」

 全員知らないという顔。 

 と思ったら。

「それも事実だ」

 笑いを堪えつつ答える生徒会長。

「え、本当に?」

「ただ事後処理してあるから、処分対象にはならない」

「浦田君って、どういう人間なんだ?」

「悪い子だよ、悪い子」

 楽しそうに、七尾君へ笑いかける柳君。

 本当、何してるんだあの子は。

「あ、これも。仲間であったガーディアンのメンバーを裏切り、生徒会へ一時的に参加」

「数学で毎回0点ってのもあるぞ」

「それは赤点ぎりぎりの間違い。0点は、まだ1回か2回でしょ」

「同じだろ」

 名雲さんの突っ込みを無視して、他の項目を見てみる。

「奨学金の不正受給?」

「数学で駄目だから、奨学金が少ないとみんな思ってるのよ。でもその分は、文系の教科で補ってるわ」

「総合成績だと、私より相当いいもんね」


 あれこれ調べては見た物の、どれもが本当だったりもしくは噂の立った理由がはっきりしている物ばかり。

 私としては大内さんが悪い噂を流したと思っていただけに、正直拍子抜けしてしまった。

 いや彼女が流した話もあるんだろうけど、その区別が付かない。

 目立たないのに、変な所で評判が立ってるな。

「結論としては、ろくでもない人間だという事か」

 ため息交じりに宣言する舞地さん。

 他の人も、気だるげに頷いている。

「ったく、あいつよく退学にならないな」

「それこそ、裏工作してるんじゃない。悪い人だから」

「一度、説教しないと駄目ね」

 とは、ワイルドギースの皆さん達。

「頭の中が、どうかしてるのかな」

「普通ではないだろう」

「改めて、思い知ったわ。普通じゃないって」

 七尾君と生徒会長、そしてモトちゃんのコメント。

「済みませんでした……」 

 私は深々と頭を下げ、そんな男の子の代わりに謝った。

 本当、情けないというか悲しいというか。

 今まで身近にいた分、感覚が麻痺してたみたい。

 それとも私まで毒されてるから、気付かないだけだったりして……。


「あーあ。こんな事だったら、世話焼くんじゃなかった」  

「言ったでしょ、あの子には、そういう必要ないって」 

「だけど私は、彼女が何かしたと思ったの。一度は騙されそうになったんだし、少しは心配するわよ」

「一体、誰が浦田君にそんな事をしてるの?」

 当然の質問をしてくる池上さん。

 そういえば、言ってなかった。

「あれ、あの子。前期に、ケイが鼻の頭を叩いた。ほら、池上さん達と一緒にいたじゃない」

「……でも彼女達は、他の学校に行ったはずだけど」

「理由は私も知らない。だけど、あの子が絡んできてるのは確かよ」

 押し黙る池上さん達。 

 私はもう一人事情を知る、生徒会長へと視線を向けた。

「言い訳に聞こえるかもしれないが、彼女達から売り込んできたんだ。そして勝手に生徒会への反抗度を調べると言って、雪野さんが見た行為をして廻った」

「本当に?」

「嘘を言う必要はないだろう。彼女達の行動が役に立ったのは事実だが、ああいった事をしなくてもその手の情報は事足りていた。あえて反感を買ってまでやる必要はない」

 そう言われると、こっちもそうかなと思ってしまう。

 でも、いまいち釈然としない。 

 何せこっちは顔を蹴られそうになってるし、ケイは騙されかけてるから。


「今の話を補足すると、あいつらは一応俺達の知り合いでな。といっても、仲間でも無いんだが」

「どういう意味です?」

「前も言ったように、俺達は「渡り鳥」なんて名乗ってる。そして自分達で決めたルール「裏切らない、信頼する、助け合う」これに従って行動している」

「彼女達は、その枠に捉えられず行動すると」

 モトちゃんの推測に、苦笑して頷く名雲さん。

「僕は、あんまり好きじゃない。確かに綺麗だし能力もあるけれど、やり方が気にくわない」

「ああいう生き方もあるのよ。私達だって、他人から見れば同じような物だわ」

「だけど池上さん。僕達はそういう見方を……」

 熱く語りかけた柳君は、上げていた拳をゆっくりと自分の手の中に収めた。

「あいつらもそう悪い連中じゃない。恨みを買うと承知で、ああいった真似をしてるのだから」

「真理依さんはそう言うけど、よくないのはよくない」

 あくまでも譲らない柳君。

 私もそう思う。

 この辺りの子供っぽい感情は、どうしてもなくせない。 

 理性で感情を抑えられないと言い換えてもいい。


「柳は子供だからな。で、浦田にちょっかいかけてるのは誰なんだ」

「大内って名乗ってた。大きな目で、人を見下した感じの子」

「あの子か。確かに彼女だけは、最後まで怒ってたものね。ねちっこい性格だし」

「でも、どうして今さら戻ってきたんでしょう」

 ぽつりと洩らすモトちゃん。

 恨みを抱いているのはともかく、それはそうだ。

 何カ月も経って、急に思い出したという訳でもないだろうし。

「……一言、いいかな」

「何か知ってるの」

「学内の事に関しては、それなりに情報が入ってくる」

 薄く笑い、きっちりとセットされた髪を撫でる生徒会長。

 そうやって上手く間を作ったところで、おもむろに切り出した。

「これも噂に過ぎないが、学校と接触しているらしい。A棟へ入っていくのを見たという情報が、何件か入っている」

 A棟とは、教職員、自治体、出資企業、理事達用の教棟。

 勿論一般生徒も立ち入る事はあるし、そこへの出入り自体は怪しくないが。 

「それも彼女の情報操作かもしれないが、疑い出せばきりがない」 

「あなた生徒会長なんでしょ。何か聞いてないの?」

「去年のいざこざと関係あると思う。それ以上の詳しい情報は、さすがに伝わってきていない」

 またその話か。

 一体塩田さんは、何をしたんだ。

 今回は、ケイも少しは絡んでるんだけど。

「すると彼女の目的は学校との交渉で、ケイ君への復讐はそのおまけですか」

「推測としては、そうなるだろう。ただ、それは本人に聞いてみないと」

「おまけで悪い噂を流してるとは。暇な人だな」

 鼻を鳴らして、下らない噂の項目を見ている七尾君。

 「中等部でのトラブル、教師への監禁及び暴行」というのもある。

 それは事実で、また私達も関係してる事だ。

 あの教師は、結局クビになったっけ……。

 いや、感慨に耽ってる場合じゃない。

 私はすかさず画面を消した。

「どうしたの、雪野さん」

「い、いや。こんなのいつまでも見てたって。ねえ」

「その通り」

 共犯だったモトちゃんも、こそっとDDを抜き取る。 

 過去は綺麗な思い出だけでいい。

 停学の思い出なんて、消してしまいたい。 

 でもあの時は、決して悪い気分ではなかった。

 若気の至りという事で、その辺りは許してもらおう。


「その大内さんに関しては、生徒会でも監視体制を取っておく。舞地さん達も、よろしく」

「ああ」

「元野さんも、塩田代表へそう伝えておいて」

「分かりました」

「七尾君はフォースの代表と、予算編成局へ、学校の動向をチェックするようにと」

「分かった」

 簡潔に指示を出し、まだ仕事があるといって部屋を出ていく生徒会長。

 たかが噂のために。 

 さらにいうなら、生徒会を辞めたケイに対してそこまでやってくれる。

 何を考えてるのかは全く分からないけど、こういう時は頼りになる人だ。

「いい人ね、生徒会長って」

「腹の底が見えないのが、俺はどうも」

 さっきもそうだけど、七尾君はお気に召さないようだ。

 嫌っているというより、訳の分からなさが引っ掛かるのだろう。

「あいつ、意外と浦田の事気に入ってるんだぜ」

「そうなんですか、名雲さん」

「僕も、一緒にいるのを何度か見た事ある。怪しい関係かも」

 大笑いする柳君。

 自分だって、ケイと一緒にいるじゃない。

 どっちにしろ、釣り合わない組み合わせだと思う。

「生徒会長が気に入ってるのは、彼の知性の部分よ。その意味では、似た者同士だから」

「映未が、元野や遠野を好きなように?」

「あん。私の一番は、いつでも真理依じゃない。やきもち焼かないの」

 ふざけた事を言って、舞地さんにじゃれつく池上さん。

「いい年して、何してるんですか」

「智美ちゃん、そういう言い方は止めて。それとも、私達に嫉妬した?」

 ほほと笑うお姉さん。

 ははと笑うモトちゃん。

 その間も舞地さんは、無愛想な顔で池上さんに揺らされている。

「さてと、俺もそろそろ帰ろうかな」

「あら、お姉さんと遊んでいきましょうよ」

「いや、色々忙しいので」

 席を立つや、そそくさと部屋を出ていく七尾君。 

「愛想無い子ね。真理依といい勝負だわ」

「女の子に興味がないんだろ」

 素っ気ない口調で、舞地さんが怖い事を言う。

 面白くも嫌な話だ。


「しかし、大内か。あいつこそ、暇な奴だな」

「殴られたのが、余程気にくわなかったのよ。男の子を顎で使うのが普通だと思ってた子だもの」

「浦田の一発で目が醒めたって?悪い方に」

 笑いかけた名雲さんに、柳君が歩み寄る。

「……僕が、大内さんを黙らせようか」

「柳。むきになるな」

「だけど、このまま放っておいていいと思う?彼女の性格は、名雲さんも知ってるでしょ」

「あいつがしつこいのは知ってる。ただ、浦田を恨む気持も分かる」

 強く見つめ合う二人。

 柳君はため息交じりに視線を外し、そのまま机へ腰掛けた。

「大内さん一人なら、僕も放っておくよ。でもディフェンスラインや、この学校ともつながってるっていうじゃない。いくら浦田君でも、危な過ぎる」

「落ち着け、司。いざとなれば私も動く。それに浦田本人は、何も言ってきていない」

「でも元野さんじゃないけど、彼は人に助けを求める性格じゃないから」

 可愛らしい顔が微かに曇り、指先が苛立たしげに机を叩く。

 唇を噛みしめ、こみ上げる感情を必死で抑えているのが分かる。

 それは私も、内心抱いている感情だから。

 柳君はそれを素直に表し、私はケイとの付き合いの長さだけ堪えている。

「あいつが殴られたとか、そこまではまだ行ってない。それに俺達だけじゃなくて、白鳥もそれとなくチェックしてくれてる」

「さつき、か。あの子がいるなら、少しは安心かな」

 安堵感のある笑顔を浮かべる池上さん。

 舞地さんもまた、珍しく穏やかに微笑んでいる。

「騒ぐだけ騒いで、大内もすぐ飽きるだろ」

「だと、いいけどね」

 あくまでも否定的なニュアンスを残す柳君。

 それは私も同じだ。

 しかし今の時点で、何かする訳にも行かない。

 結局は、相手の出方を見る事しか。

 このもどかしさが、一体いつまで続くのだろうか……。



 しばらくして私は、柳君のアパートへとやってきていた。

 モトちゃんは舞地さんと一緒に、池上さんのアパートで例の詩をまた作るとか。

「名雲さん、それは右の棚」

「細かいんだよ、お前。どこでもいいだろ」

 鼻を鳴らして、読み終わった雑誌をラックへ戻す名雲さん。

 几帳面な性格らしく、シックな雰囲気の室内は綺麗に整頓されている。

 また名雲さんの部屋同様、物があまり置いてない。

 「渡り鳥」と称して全国を廻っていたので、物を持てない生活だったのだろう。

 でも、池上さんや舞地さんの部屋は物に溢れてたな。

 生活じゃなくて、性格の違いだろうか。

 男の子と女の子の違い、かもしれない。

「雪野さんを部屋に入れたって知れたら、玲阿君に怒られそう」

「そ、そんな訳ないって。別に私は、ショウとその、あの。否定はしないけど、でもだけど」

「子供じゃないんだから。それにもう付き合ってると、みんな思ってるよ」

 私は飲みかけてたオレンジジュースをむせ返し、顔に付いたそれをティッシュで拭き取った。

「あ、あのね。そりゃいつも一緒にはいるけど。だからって、サトミやケイもいるじゃない」

「理屈ではな。だったら今度は、お前達の噂を情報局からもらってくるか」

 名雲さんの指摘に、ティッシュで顔を覆ったまま固まる。

「冗談だ。しかし、どうしてそこまで奥手かね。おまえらの仲間で付き合ってる奴って、誰がいる?」

「サトミがヒカル、ケイのお兄さんと。後は木之本君。それ以外だと、塩田さんが先輩と」

 他には……、思い付かない。

 いない事はないけど、名雲さん達が知ってる人達ではちょっと。


「だけど、浦田君が丹下さんと付き合ってるでしょ」

「柳、それは丹下に悪い」

「そうかな。僕は悪くないと思うよ」

 確かに柳君はいいだろう。

 でも沙紀ちゃんはどうだ。

 そして周りの私達はどうだ。

 あんな子に、沙紀ちゃんを……。

 断じて、許せんっ。

「ど、どうした」

「別に」

 派手に置いたグラスを離し、手に付いたオレンジジュースを舐め取る。

 拭けばいいんだけど、もったいないから。

 みっともないから、という言葉は気にしない。

「俺達も、人の事は言ってられないけどな」

「もてそうなのに、二人とも」

「俺は駄目さ。全然寄ってこない」

「昔の名雲さん、怖かったもんね。今でも少し、その名残があるし」

「お前もだろ」

 どっと笑う二人。

 男の子っぽい笑顔が、どちらも可愛い。

「舞地さんは、前付き合ってたんでしょ」

「あれはそうとも言えるし、違うとも言える」

「会いに行けば、それで済むと思うんだけど。僕は」

 確かに。

 国内なら、大抵の場所は日帰りで戻ってこられる。

 それとも、意地になってるだけなのか。

「じゃあ、池上さんは?」

「あいつこそ……。いや、付き合ってた訳じゃない」

「そうだけど、微妙だね」

 意味深な言葉を発する二人。

 というか、分かりにくい。

「何、それ。詳しく教えてよ」

「駄目だ、池上に怒られる。あいつの過去は、闇に葬られてるから」

 笑い掛けた柳君が、不意に視線を伏せる。


「……ずっと一緒にいると、僕は思ってたんだけど」

「あいつが自分で去ってたんだ。止める権利は、誰にもないさ」

「そうかな」

 ぽつりと洩らす柳君。

 自然と私達の視線は、彼へと向けられる。

「僕や真理依さんはともかく、名雲さんにはその権利があったんじゃない?」

「俺は、あいつの意志を優先しただけだ」

「それに名雲さん以上に、池上さんは……。止める権利じゃなくて、止めるべきだったと思ってる」

 強い、厳しさすら感じる口調。

 彼の顔が男の子から、瞬間男へと変わる。    

「止められなかったら、付いていってもかまわなかった。今さら言っても、遅いけど」

「済んだ話さ。別に死に別れた訳でもないんだし、会いたければいつでも会える」

 二人にとって「死に別れた」という言葉は、何よりも強い意味を持つ。

 名雲さんはお父さんを、柳君は両親を失っているから。

 「会いたければ、いつでも会える」か。

 私には言えない、言っても軽く響く言葉。 

 彼等だからこそ言える、一つの真理かもしれない。


「少し前まで、俺達と一緒に行動してた奴がいたんだ」

 ぽつりと、どこか寂しげな顔で洩らす名雲さん。

 柳君はもっと寂しげに、チョコスティックをかじっている。

「付きず離れずでそいつとはやってて、俺としては柳よりも付き合いが長かった」

 彼の肩を軽く触れ、小さく吐息を付く。

「俺もずっと一緒いると思ってたんだが、ある時そいつが別行動を取ってな。その仕事を終えて戻ってきたら、俺達と別れるって言ってきた」

 苦笑か苦渋か、名雲さんの口元が緩む。

 私はオレンジジュースで喉を湿らせ、訥々と語られる言葉を待った。

「さっき言ったように、止める権利は俺達にはない。本人が言い出せば、それで終わりさ」

「……あの人だけが池上さんを、映未って呼べるのに。それなのに」

 柳君は固めた拳を震わせて、そのまま膝に押し付けた。

 さっきのケイの話の時と同じように、まるで自分の事のように。

「こいつも昔は、映未さんって呼んでたんだ。でもその男と池上の関係に気付いてからは、池上さんさ」

「舞地さんを真理依さんって呼ぶのは?」

「あいつに倒された事に、敬意を払ってるんだよ」

 意外な言葉が、軽い調子で語られる。

 舞地さんは、柳君に勝ったのか。

 実力では勿論、彼の方が上に決まっている。 

 でも勝ったのは、舞地さんだという。

 何となく、分かる気がしないでもない。


「祐蔵さん、って呼ばないの?それとも、名雲さんが負けたの?」

「弟に負ける兄貴じゃないさ。でも、名前で呼ばれるのは照れくさいんだ」

「そうかな。名雲さんを祐蔵君て呼べるのも……」

「黙れ」

 飛んできたピーナッツを裏拳で跳ね返す柳君。

 名雲さんは素早く二撃目を放ち、その口を封じた。

「お前こそ、司さんだろ」

「何それ」

「舞地は年下だから司と呼ぶだけで、深い意味はないんだ。でも司さんってのはな……」

「名雲さんっ」

 今度は殻付きのピーナッツが唸りを上げて飛んでいった。

 間一髪でそれをかわす名雲さん。 

 でも壁で弾けたピーナッツが、パラパラと掛かる。

「あー、部屋が汚れた」

「おい、俺に掛かったのはどうなんだ」

「どうでもいいよ、そんなの」

 柳君はおかしそうに笑い、部屋の隅にあるホウキを手に取った。

「掃除機じゃないの?」

「雪野さん、掃除はホウキじゃないと。掃除機も勿論使うけど、基本はホウキ」

 確信を持って語られた。

 もしかしてこの子、ハタキも使いそうだな。

 というか名雲さんが、それで自分を払ってた……。



 そんな恋愛話はともかく、次の日になっても胸の中には若干の不安が残っていた。

 憂鬱と言うのだろうか。

 気が滅入ってくる。

 重い、何もやりたくない気分。

「……はぁ」

「ため息ついてないで、きりきりやりなさい」 

 妙に長い定規で、机を叩くサトミ。

 どこから持ってきたんだ、そんなの。

「報告書は昨日書いたじゃない」

「昨日は昨日、今日は今日。毎日書くんです」

「こういうの、私向いてないのよ」

「ユウ。私は、あなたが憎くてやってるんじゃないの。あなたのためを思って、心を鬼にして」

 言ってる側から、薄い微笑みを浮かべるサトミ。

 要は、楽しいからやってるんだろう。

 心が鬼じゃなくて、鬼なんだ。

 ヘチマ女に鬼女。

 ヘチマ鬼、でもいい。

 または、鬼ヘチマ。

 何がいいのかは、知らないけど。


「ぼーっとしない」

「あ、はい」

 ぺちぺちと机が叩かれ、私はすぐ端末と向き合った。

 今報告書を書き終わったのに、今度は何。

 えーと。

 学外施設における警備の留意点とその改善方法について、考察を述べよ?

 そんなの分かったら、誰も苦労しない。

 下らないレポートだ。

「早く、書いて」

「時間を頂戴。私は、長考するタイプなの」

「棋士みたいな事言わないで。それにこれは自警局へ提出するんじゃなくて、私からの宿題よ」

「だ、だったら意味無いじゃない。やめ、やめー……」

 立ち上がろうとしたら、鼻先に定規が突き付けられた。 

 射殺すような視線も付けて。

 定規が段々下がってきて、顎が下からしゃくられる。

「やめ、やめっ」

「なら、真面目にやる?」

「ひゃ、ひゃってる」 

 顎が上がってるので、言葉にならない。

 それが面白いらしく、口に手を当てお上品に笑うサトミ。

 許せんな、この女。

 いや、鬼ヘチマ。


「不満そうね」

「ひょ、ひょんなふぉとない」

「はっきり喋って」

 喋れるかっ。

 ショウに救いを求めようと視線を彷徨わせたら、洗剤を使って床をモップ掛けしてた。

 これもサトミの指導による物だ。

 リーダーは私なのに、まるでクーデターじゃない。

 仕方ない。

 ここは雌伏の時として、しばらくは野に下っておこう。

 でも、そのままずっと下りっぱなしだったら。

 というか、今もいつもと同じ?

 リーダーって何?

 誰が、リーダー?



 関係ない事で頭を働かせていると、サトミが顔を覗き込んできた。

 さっきよりは穏やかな顔なので、へへっと笑い返す。

 それが哀れに思えたのか、少し優しい感じで肩に手が置かれる。

 あくまでも、少しね。

「難しく考えないで、思い付いた事をメモ程度に書いていけばいいの。話をまとめるのは、その後でいいから」

「思い付かないから、苦労してるのよ」 

 学外施設での警備。

 例えば、運動部の試合の警備か。

 人が多いし、応援している生徒は熱狂的になる。

 燃え上がる。

 分かった。

「……雪野さん」

「何よ」

「ジュースの自販機が近くにある所で警備する。面白いわね」

 真上から見下ろすサトミ。

 切れ長の澄んだ瞳が、刃のような輝きで突き刺さってくる。

「ひ、人多いとこっちも疲れて、喉が渇くじゃない。だから」

「あなたは、何年ガーディアンをやってるの」

 ほとほと呆れたという感じで、長いため息を付かれた。 

 ついでに見捨ててくれると、もっと助かる。

 そんな訳はなく、怖い顔がすぐこちらへと向いてくる。


「これが出来ないと、学校に泊まってもらうから」

「えー?」

「大丈夫、私も泊まる。徹夜覚悟よ、今日は」

 燃え上がるサトミ嬢。

 それに徹夜って、一体。

 あっ。

 部屋の隅に目をやると、コーヒーの入ったペットボトルが行列を作ってた。

「昨日、ショウが作ったの。あれだけ飲めば、目も冴えるわ」

「だ、だって。あれ、美味しくない」

 悲しそうな顔でショウが振り向いたけど、まずいのはまずい。

「飲みたくなければ頑張って。さあ」

 定規を振り上げ、ビシリと端末を指し示す。

 頬は紅潮して、瞳は爛々と輝いている。

 酔ってるな、この子。

 勿論、自分に。


「さてと、パトロール行ってくる」

 それまでずっと本を読んでたケイが、ふらふらとドアへ歩いていく。

 いたんだ、そういえば。

「ユウも来て」

「え?」

「駄目よ。この子は、レポートがまだ終わってないもの」

 きっと睨み付けるサトミ。

 しかしケイは気にした様子もなく、ポケットから取り出した書類を軽く振った。

「丹下。つまりI棟Dブロック隊長から、今週は各ガーディアンズのリーダーや班長がパトロールに同行するよう通達が来てる」

「私は聞いてないわ」

「俺は聞いている。ほら」

 手招きするケイ。

 サトミは疑わしげな視線を送ってきたけれど、ここで外へ出ないとどうなるか分からない。

 私はすかさず彼の元へ駆け寄った。

「ケイ。丹下ちゃんに確認取るわよ」

「どうぞ。じゃ、行ってきます」

 いい加減に手を振る男の子。  

 よく分からないけど、取りあえず付いていこう。



「通達は無い?」 

 こくりと頷くケイ。

 でも、サトミを騙して申し訳ないという顔ではない。

 普段通りの少し無愛想で、冷静な表情。

「私は助かったけど、でもいいのかな」

「戻る戻らないは、ユウの自由だよ。ただ、根を詰めてもしょうがないって事」

「レポート、か。あんなの出来ないって」

「サトミは自分の感覚で、ユウにやらせてる部分があるから。天才少女と同じにされたら、誰でも困る」

 鼻で笑い、猫背の背中を揺らす。

「何なら、代わりに書こうか」

「……やめる。やっぱり、自分でやらないと」 

 少しだけの笑顔。

 でも優しく暖かな、私を見守ってくれる笑顔。

 いつもこうなら、私も心配はしないのに。

 鼻で笑う方が本質なんだろう。

 それはそれで、また面白いけど。


「最近、誰かに悪口とか言われない?」

「いつも言われてる」

 なるほど。

 質問が持って廻り過ぎた。

「大内さんが、ケイの悪い噂流してるかも知れないって」

「ふーん。そう言われてみれば、嫌な目付きで見てくる人が多いかな」

 別に困ってはない様子。

 他人の評判を気にしない人だから。

 でも、ちょっと安心した。

 分かっていても、やっぱり聞かないとね。

「それにしても。あの子は、何をそう怒ってんの」

「鼻叩かれたからでしょ」

「向こうが先に殴ってきたのに?恐ろしい逆恨み女だな。怨女でもいい」

 何がいいんだか。


「今はいいけど、その内実力行使に出るかもよ」

「勝手に出ればいいさ。それ以前に、どうしてこの学校にいるのか知りたいね」 

「生徒会長が言うには、学校と接触してるって」

「なる。取りあえず、頭に入れておこう」

 小さく何度か頷き、思案の表情を見せる。

 こうしていると、普通の真面目な男の子だ。

 頭の中で、何を考えているかは別にして。

「しかし、ここは暇ですな。俺達を狙ってくる奴以外は、暴れる連中が滅多にいない」

「それが普通でしょ。他のブロックの生徒は、血の気が多過ぎるのよ」

「思春期特有のやり場のない感情が、行き場を求めて暴発してるんだろ。ただここの生徒は俺達がたまに暴れる事で、軽いカタルシスを感じてるのかも」

 冗談めいた口調。

 ただそこには、聞くべき内容も含まれていた。

 さらっとこういう言葉が出るのは、日頃から色々と考えているためだろう。

 私のように、場当たり的な生き方をしていない。

 先の先を読んで、それをさらに検討する性格。

 そして、能力。

 またそれを隠すとまではいかなくても、他人へはあまり見せない。

 この人が生徒会を辞めなかったら、どこかの局の課長くらいにはなってるかも知れない。

 それをこんな所で、暇そうにしている。

 もう終わってしまった話だけれど、今からでも考え直せばいいのに。

 彼が私達から離れていくのは寂しい。

 でもその実力を眠らせておくのも、また寂しいし悔しい。

 塩田さんに頼んで、せめてガーディアン連合の役職にでも付けてもらおうかな。


 自分なりに考え込んでいると、視界に影が差した。

 まだ廊下の突き当たりにはいってないはずなのに。

 顔を上げ、その理由を確かめる。

「何か、用」

 目の前に立っている数名の男。

 あまりいい表情ではない。

 はっきり言えば、気にくわない。

「浦田珪、だな」

「名前を聞く時は、自分が名乗ったら」

 素っ気なく答えるケイ。

 男達は気にした素振りもなく、それとなく私達を囲み始めた。

 こっちはふざけるなとばかり、素早く走って包囲から逃れる。

「ちっ。まあいい。用があるのは、お前だ」

「俺は、浦田光だけど」

 すっとぼけた事を言って、IDをちらつかせている。

 そこには確かに「浦田光」の文字が。

「お、おい」

「い、いや。俺は浦田珪と聞いてた」

「ちょっと、待てよ」

 何やらこそこそと話し合う男達。

 ケイは鼻を鳴らして、その脇をさっさと通り過ぎた。

「ま、待て。まだ終わってない」

「だから俺は、浦田光なの。浦田珪は、この間退学したんだよ。何度も間違えられて、こっちも困ってたんだ」

「し、しかし」

「その男に用があるなら、生徒会か学校の事務局に行って来て。まだ在籍データは残ってると思う」

 顔を見合わせ、バタバタと駆け出す男達。

 ケイは振り返りもせずに、私の隣へと並んだ。

「そんなID、どこで手にいれたの」

「あいつの、中等部でのID。こういう事もあると思って、最近持ち歩いてる」

 嘲りすら感じない、醒めた表情。

 彼等の存在すら、念頭に無い様子だ。

「でも、やっぱり実力行使に来たわね。これから、大丈夫?」

「危なくなれば、警察にでも行く。俺は、マンガのヒーローじゃないんで」

 いつも通りの、冷静で落ち着いた態度。

 暇そうな表情とは裏腹に、視線はそれとなく周囲を観察している。

 この調子なら問題無さそうだ。



 勿論不安はあるけど、心配し出したらきりがない。

 大丈夫だと、思っておこう。

 私は胸の中にある消えない不安を拭うように、そっと手を添えた。 

 この先何もないように願いつつ。

 きっと無駄になるだろうけど。

 だけど少なくとも、もう怪我をしないように。

 直りきっていない脇腹を気にする彼の背中を見つめながら、私はそう思った。









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