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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第51話  最終話
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     51-8




 翌日。

 お母さんを避けつつ、素早く学校へ登校。

 教室に到着すると、珍しくモトちゃんが先に席へ付いていた。

 この時点であまり良い予感はせず、首をすくめてお伺いを立てる。

「何かあった?」

「私としては心苦しいんだけど」

 差し出される一枚の書類。

 どうやら私に対する処分が書いてある様子。

 まずは深呼吸。

 覚悟を決めて、文字に目を走らせる。


 そして漏れる、小さなため息。

 幸い退学や停学の文字はなく、最悪の事態は免れた。

 そこまでひどい事をやったつもりはないが、何しろこちらは去年の例がある。

「警備?」

「そう、式の警備。抗議して撤回してもらうようにはするけれど」

「良いよ、警備で。最後の最後までガーディアンでも良いじゃない」

「本気?」

「至って」

 思わず見つめ合う私とモトちゃん。

 彼女の気遣いは嬉しいが、それで余計混乱しては元も子もない。

 また警備で良いと言ったのは、半ば本心。

 最後までガーディアンとしての職務と誇りを抱いていたい。

「悪いわね。貧乏くじを引かせたみたいで」

「大丈夫。形としては式に出席出来るんだしね」

「そう言ってもらえると助かるわ」

 モトちゃんがにこりと微笑んだのもつかの間。

 薄い影が背後から迫る。


 そして手が伸び、私が持っていた書類が頭上を越えた。

「警備。これを許す訳」

 角でも生やしそうな顔で書類を睨むサトミ。

 こういう事があるから、抗議はしない方が絶対良い。

「私は平気だから。それにずっと座り続けてるよりは良いかなと思って」

「ユウだけ警備をさせる訳にも行かないでしょ」

 ぺたりと頭に置かれるサトミの手。

 私もその手に自分の両手を重ね、えへへと笑う。

 やっぱり、持つべき者は親友だな。


 そうする内にショウと木之本君も登校。

 二人も付き合うと申し出てくれた。

「ごめんね、わざわざ」

「俺達らしいって事だろ」

「そうそう。最後はみんなで頑張ろう」

 それこそ、拳でも振り上げそうな事を言ってくれる木之本君。

 本当、私は友達に恵まれた。

「おはよう」

 妙に朗らかな調子で現れる浦田君。

 つまりはヒカル。

「もうすぐ卒業だよね」

「その事だけど、私達は警備に回るから」

「それもありだね」

 さらっと言うな、この人は。

 らしいと言えば、らしいんだけど。

「警備だよ、卒業式は」

 返事もしないケイ。

 仕方ないので脇を突き、改めて同じ事を言う。

「警備だからね、卒業式は」

「選択権はないのか」

「友達でしょ」

「誰が」

 それは私も聞いてみたい。




 HRの時間になったが、村井先生の姿は無し。

 代わりに、モトちゃんのお母さんが教壇に立っていた。

「本日村井先生は卒業式の準備で多忙のため、私がHRを行います。……欠席は届け出通り。遅刻は無し。卒業式まで残り2日。心残りがないよう、有意義に時を過ごして下さいね」

 良い事言うな、さすがに。

「それと雪野さん達は、後で私の所へ来るように」

 もう良いって、それは。


 とはいえ逃げる訳にも行かず、HRが終わった所で教壇の周りに集まる。

「卒業式は警備をするらしいけれど、私から学校へ掛け合っても良いのよ」

「いえ。私も一応ガーディアンなので、むしろその方が良いと思います」

「そう。智美も、優ちゃんを助けてあげてね」

「分かってる」

 ぺたぺたと私の頭を触れるモトちゃん。

 殆ど子供扱いだな。

「それと高嶋さん……。ではなくて、村井先生からの伝言。第1講堂で式の予行演習を行っているから、全員来るようにですって」

「横暴だな、あの人は」

「手間の掛かる子程可愛いのよ」

 さらっと怖い事を言わなかったか、今。




 という訳で、第1講堂へと移動。

 中では生徒や職員達が慌ただしく動き回り、拡声器の声が時折壇上から飛んでくる。

 すでに式次第の大きな紙や「卒業式」と書かれた看板も壇上のからつり下がり、準備は着々と進んでいるようだ。

「入って座るだけでしょ。予行演習はそれ程必要でもない気がするけど」

「備えあれば憂いなしとも言うじゃない」

 そう答え、講堂内を見渡すサトミ。

 問題点でも指摘しそうな目付きで。

「来たわね」

 何故かメガホンを持って現れる村井先生。

 それで手の平をぴたぴたと叩き、私を見据えてきた。

「警備に回るらしいけど、くれぐれも自重してよ」

「いつもしてます」

「……どうして警備に回ったのか、考えた事あるの」

 それを言われると答えようがない。



 取りあえずは壇上での予行演習。

 私達全員は首から役割を書いた札が下げられ、職員の指示に従って壇上を歩いて行く。

 ちなみに私は、来賓2。

 何もせず、ただ座って拍手をすれば良いだけ。

 暖房も程よく効いてるし、少し寝るとしよう。

「寝ないでよ」

 振り向き様睨み付けてくるサトミ。

 後ろに目でも付いてるのかな。


 仕方ないので軽く伸び。

 遠野校長の挨拶を聞き流しつつ、観客席側に目を向ける。

 明後日になれば、私の位置は向こう側。

 警備という役目ではある物の、とうとう送り出される側へと回る。

 長かったようで、過ぎてしまえばまるで一瞬の出来事みたい。

 何もかもが昨日のように思い出される。

「……手順としては、以上のようになります。皆さん、お疲れ様でした」

 簡単に締める生徒会長。

 今の時間こそ、まさに一瞬に思えたな。



 予行演習は取りあえず終わり。

 ここからは本業の方を優先させる。

 まずは観客席を囲む外側の通路を小走りで一周。

 不審な点がないかチェック。

「木之本君、変な物は仕掛けてない?」

「今のところは大丈夫だね。天井はどうかな」

「俺が見る」

 壁にワイヤーを掛け、器用に壁を伝って上へと登っていくショウ。

 殆どクモだな。

「どう?」

「照明以外何も無い」

 やはり壁越しに降下してくるショウ。

 それに頷き、最後尾の椅子に座る。

 全体が見渡せ、背後は大きな扉。

 そこから少し離れた所に柱があり、角の部分が死角になっている。

 私が騒ぎを起こすなら、この辺りに位置を取りたい。

「サトミ、ここにガーディアンを重点的に配置。多分、配置はされてるだろうけどね」

「了解」

 端末で連絡を取るサトミ。

 その結果がモトちゃんに報告され、木之本君が端末に入力。

 そんな調子で、講堂のチェックを続けていく。



 完璧とは行かないが、気になる点はほぼ確認。

 後は当日の状況次第で、こうした行動が取り越し苦労になればいいと思いたい。

「多分、何か起きるよ」

 真顔で言い切るヒカル。

 それはさすがに気になり、彼へと視線を向ける。

「どうして分かるの?」

「講堂だけに行動する」

 ちょっとの間、意味が分からなかった。

 ただ分かった途端に、スティックで彼の鳩尾を軽く突いた。

「痛いよ」

「駄洒落を言ってる場合じゃないでしょ。ヒカルも出席するの?」

「一応籍はあるからね。僕も警備に加わるよ」

「体、なまってない?」

「大丈夫、だと思う」

 伸びをした途端、ぽきりと音を立てる彼の背中。

 あまり大丈夫では無さそうだ。


 その間ケイは、講堂内を一人で歩き続けている。

 問題行動を起こす人間の心理や行動の分析に関しては、彼の右に出る者はいない。

 すでに頭の中で、全ての状況に対するシミュレーションと現段階で出来る対処法を考えてるんだろう。

「結構真面目なのね」

 メガホンで肩を叩きながら声を掛けてくる村井先生。

 結構って言われても困るんだけどな。

「向いてるのかしら、あなた達って」

「一応6年やってますからね。自然と慣れます」

「騒ぎに慣れるのも、どうかとは思うんだけど。まあいいわ。食堂で何か食べてきなさい」

 渡される食堂の食事引換券。

 ただフリーメニューのポイントはまだ余ってるし、何しろ最近のメニューがメニュー。

 素直に喜びづらいところだな。




 食堂に到着し、スペシャルランチをオーダー。

 ここは食堂は食堂でも、職員専用の食堂。

 良く見るとチケットにも、そう書いてあった。

 幸か不幸か、牛乳尽くしのメニューを食べなくて済みそうだ。


 メニューは生徒のそれとはかなり違い、明らかに量より質。

 おかわり自由、なんて文字はどこにもない。

 ショウからすれば、あり得ないシステムだろう。

「まあ、普通だね」

 スペシャルと銘打たれているだけに期待値を勝手に高めてしまったが、出てきたのは普通の洋食。

 蟹クリームコロッケと小さなハンバーグ。

 そしてサラダにスープ。

 それとも余程すごい食材でも使ってあるのかな。

「……まあ、普通か」

 美味しいには美味しいが、やはりスペシャルという程ではない。

 生徒用の食堂と味は変わらず、量が少ない分お得感も薄い。

「どうぞ」

 若い女性のウェイトレスさんが運んできたのは、大きなパフェ。

 グラスの上にはフルーツが山盛りで、中央にはプリンが鎮座。

 これを見て、なるほどねと思う。


 大人。特に男性がパフェを頼むのは結構抵抗がある。

 ただデザートして付いてくるのなら「仕方ない」なんて言い訳が可能。

 誰もが分かっていても、そこは暗黙の了解という訳だろう。

「半分も食べれば良いかな」

 長いスプーンで表面の生クリームをすくい、さくらんぼを頬張る。

 まだ一口食べただけだが、この見た目に圧倒されてどうもお腹が一杯になってきた。

「食べないの」

「底の方のアイスを、少し食べたいくらい」

「贅沢な話ね」

 箸で器用に生クリームをすくい取っていくサトミ。

 その隣からはモトちゃんも箸を伸ばし、みるみる間に表面のフルーツが消えて無くなった。

 私はこれ以上付いて行けず、運ばれてきた紅茶をのんびりと飲む。


 美味しい食事とさざめく笑い声。 

 ゆったりと流れる時。

 この先は何の予定も無く、後は卒業式を待つだけ。

 こんな日が訪れるとは思ってもみなかった。




 食事を終えて自警局へやってくると、受付に小谷君が待っていた。

 立っていたではなく、明らかに待っていた。

 彼の視線は真っ直ぐモトちゃんへと向けられているから。

「生徒会の資格試験をパスしましたので、改めて自警局入りを希望します」

「分かった。次期会長には話しておくから、執務室を使うように。今すぐに」

「分かりました」

 一礼してブースの奥へと向かう小谷君。

 あまりにも簡単なやりとり。

 ただ実際には、彼を次期局長に指名し後を引き継がせたというかなり重要な出来事。

 こうなるとは誰もが予想していただろうけど、ここまで簡単に済ませるとは思っても見なかった。

「書類はどうなってるの」

「全部済ませてある。後は現会長と次期会長がそれにサインするだけ」

「手回しが良いのね」

「あなたには負けるわ」

 そうサトミに答え、ジャケットのポケットから局長のIDを取り出すモトちゃん。

 彼女はそれを受付の女の子に渡し、ガーディアンのIDも添えた。

「私はこれで引退、と」

「まだ早いわよ」

「遅いくらいなの。じゃ、後はよろしく」

 にこりと笑い、受付にもたれるモトちゃん。

 私もにこりと笑いたいが、まだ警備が残っている。 

 実質的には引退していても、IDを渡すのはまだ先だろう。



 例のソファーに収まり、スティックを磨く。

 相変わらず傷一つ付いておらず、まだもう少しだけ頑張ってもらいたい。

 またこのスティックもほぼ6年間使い続け、何かと助けてもらった。

 本当に感謝しないといけないな。

「それ、何なの」

 テーブルに置いたアタッチメントを指さすモトちゃん。

 普段は制服の背中に付けている物で、こうして見る事はあまりない。

「スティックを留める道具。いつも背中に背負ってる時は、これに付けてる」

「ゴムみたいね」

「だから背をもたれても、変形して痛くない」

 それでいてスティックはきちんとホールド。

 体型上背負うしかなかった私にとっては、これにもお世話になりっぱなし。

 そうしてこれらを使うのも、あと2日か。




 虚脱感ではないが、少し気を抜きソファーに横たわる。

 モトちゃん同様、私も殆ど引退しているようなもの。

 トラブルがあっても出動要請は掛からず、私抜きでの構成がされているはず。

 先日のように目の前で起きるならともかく、遠くの教棟で起きたトラブルに対応する事はもう無い。

「終わったね」

「何が?」

「ガーディアンの仕事が。卒業式の警備はあるけど、もうやる事がない」

「ショウ君達は?姿を見ないわよ」

 そう言われると、先程から見かけていない。

 ただあのこの場合は雑用に狩り出されるので、その辺で段ボールでも運んでいるんだろう。

「あっという間に6年過ぎたね」

「次の6年は?」

「次?……大学が4年だから。もう社会人になってるか」

 理想としてはRASレイアン・スピリッツのインストラクターになっている事。

 またその頃には、もうショウと結婚しているはず。

 まさかとは思うけど、子供がいたりして。

「はは、馬鹿馬鹿」

「何が」

「……いや、自分が」

 モトちゃんの視線を浴びつつ立ち上がり、リュックを背負う。

「もう帰る。後は卒業式に備えて、大人しくしてる」

「お疲れ様」




 家へと帰り、今度は部屋の整理。

 こちらもある程度は片付けられていて、ただ一応残しておいた教科書や参考書を段ボールへ詰めていく。

 授業はすでに自習。

 筆記用具すら使っておらず、これらを使う事はもう無いだろう。

 卒業後は捨てても良いけれど、やはり多少の愛着があるためそれには忍びがたい。

「後は何だろう」

 大学へ向けての準備と言いたいが、何を準備すればいいのかが分からない。

 教科書は講義が始まった後。

 それ以外に何が必要かは良く分からず、また取り立てて必要な物があるとも思えない。

「結局、やる事も無いか」

 教科書の入った段ボールを押し入れへしまい、仕事は終了。

 後は机の上を拭き、壁へ掛けた制服の埃を払う。

 これを着るのもあと2日。

 言って見れば高校生としての象徴。

 当然卒業しても着る事は出来るけれど、今着るのとは感覚も意味も全然違う。

 なんだか少し、切なくなってくるな。



 一人でいると沈み込むため、階段を降りてリビングに入る。

「暇なら庭の掃除して」

 掃除機を掛けながら、庭を指さすお母さん。

 外は寒そうだけど、沈み込んでいるよりはましか。

「そろそろ春だし、花が咲きそうだね」

「木が無くなって広くなったから、今年は野菜でも植えようかしら」

「モトちゃんの家の前。あそこで野菜を育っても良いってさ」

「自給自足が出来そうね。なんだか楽しくなってきた」

 鼻歌交じりに掃除機を掛けていくお母さん。

 卒業や木が無くなった事に切なさを覚えていたけれど、それも考え方一つか。

 ちょっと参考になった。

 お母さんに、そのつもりがあったとは思えないけれど。



 庭に降りるとあちこちにつぼみが見え、中にはそこから綺麗な色を覗かせている物もある。

 また背の高い木が無くなった事で空が広く、木の抜けた場所には名前も知らない草がうっすらと生え始めている。

 季節は巡り、命は紡がれる。

 みたいな事だろうか。

「なー」

 塀の上からこちらを見ている黒い猫。

 この子達も厳しい都会の生活を息抜き、命を紡いでいる。

 大変なんだろうな、色々と。

「もうすぐ春だし、過ごしやすくなるね」

 返事もせずに去っていく黒猫。

 されても困るけど、もう少し付き合ってくれても良いじゃない。


 なんて思ってると、その後ろから小さな黒猫が後を追っていった。

 もしかすると、今の猫の子供。

 まさに命が紡がれている事の証。

 少し胸が熱くなる。

「おいで」

「ふー」

 怒られた。

 この先も、猫は出入り禁止にした方が良さそうだ。




 ゴミを少し拾い、水を撒いて掃除は終了。

 雑草を抜こうとも思ったけど、それも一つの命。

 ちょっと今は、する気になれなかった。

 明日は平気でやるとしても。

「何してるの」

「式に着ていくスーツ。どれにしようかと思って」

 姿見の前でスーツを合わせるお母さん。

 ちょっと汗が出てきたな。

「あのさ。話があるんだけど」

「退学になったとか言わないでよ」

 鏡越しに見てくるお母さん。

 さすがにそこまで怖い話では無い。

「そうじゃなくて。当日、私は警備する事になったから」

「どうして」

「まあ、色々と個人的な事情が」

「……そこは突っ込まないけれど、卒業は出来るのね」

「間違いない」

 私が頷くとお母さんはため息を付き、頭に手を置いてきた。

「最後の最後まで、気を揉ませるわね」

「大丈夫。悪い事をした訳じゃない、はずだと信じてる」

「何よ、それ。とにかく無事に卒業出来れば、それで良いわ。去年はどうなるかと思ってたから」

 これは一生言われるだろうな。

 私自身、あの時は冷や汗どころではなかったから。



 告白も終了。

 後は本当に式を待つだけ。

 自分が色々片付けたり周りが慌ただしくなってくると、さすがに自分でも卒業を実感し出す。

 何があっても明後日には卒業式。

 仮に出席出来なくても、高校自体は強制的に卒業させられる。

 いや。させられるは無いけれど、それはすでに確定事項。

 明後日の昼まで寝過ごせば、勝手に私は卒業生となる。

 そこまで寝ないけどね。

「取りあえず、一休みしよう」

 ベッドに寝転び、タオルケットを被って目を閉じる。

 後は夜まで寝てても良いし、のんびりテレビを観ても良い。

 少し前までなら、まだ午後の授業を受けている時間。

 それが今は、自宅で昼寝。

 何をやってるのかと思う一方、こういう過ごし方も悪くはない。




 その後はご飯を食べてお風呂に入って、再び就寝。

 1日寝てたような物で、その代わり朝の目覚めは快調。

 走るように外へ出て、学校へ登校。

 知り合いの子に挨拶をしつつ、教室へとやってくる。 

 ここへ来るのは今日と明日の2日だけ。

 そして黒板には、「本日大掃除。HR無し」とある。


 なるほどと思いつつ上着を脱いで、袖をまくる。

 毎日掃除はしているため基本的には綺麗だが、3年間お世話になった場所。 

 大掃除をしてここを去っても、罰は当たらないだろう。

 道具は後ろのロッカーにあるが、もう少し本格的な物があっても良いのかな。


 教室を飛び出し、職員室へ到着。

 目が合った教師に声を掛ける。

「掃除道具ってどこで借りられます?」

「生徒会がやってないかな。僕は知らないよ」

「生徒会、ですか」

「この学校は、何でも生徒会がやるからね。その内授業も生徒がやるんじゃないの」

 そう言って、笑いながら去っていく男性教師。

 それは良いけど、仮にそうなったら自分は失業するんじゃないの。



 という訳でとって返し、内局へと到着。

 誰もいない受付で棒立ちとなる。

 良く考えなくても、まだ授業も始まっていない時間。

 誰もいなくて当然だ。

 なんて思ってた所に、端末へ着信。

 予想通り、サトミから。

「……いや。今は内局。……分かった。……だから、分かったって。はい、はい」

 話が長くなる前に通話を切り、廊下を引き返す。

 何もしてない内から疲れてきたな。


 教室へ戻ると、すでに掃除道具は一式揃っていた。

 本当、虚しいどころの話では無い。

「少し寝る」

 椅子に座り、机に顔を伏せて目を閉じる。

 さすがにしばらくは何もしたくない。

「ユウは天井、ショウは窓の外。ケイは床のワックス掛け。始めなさい」

 もう、ため息も漏れないよ。



 仕方ないので脚立を持って来てもらい、その上に立ってスティックの先に雑巾を掛ける。

 後は力を入れて拭いていくだけだ。

「ちゃんと、支えててよ」

「私達を信じて」

「信じる者は救われる」

「救いようがないわね」

 脚立を押さえながら盛り上がる3人組。

 大丈夫かな、本当に。


 ショウが下なら私ごと脚立の移動も可能だが、さすがに今は危険。

 一旦降りては脚立を移動で、また登るの繰り返し。

 それでも腕がつり始めた頃に、どうにか天井を拭き終わり事が出来た。

 この後は出来れば何もしたくなく、椅子に座って腕を揉む。

「後は廊下ね」

「それは任せる。私は休む」

 リュックを漁り、冷却スプレーを腕に吹きかける。

 筋肉痛にはならないと思うけど、卒業式前に張り切りすぎたな。

「ゴミ、どうする」

 何故か段ボールを抱えながら尋ねてくるショウ。

 そもそも、どこに段ボールがあったんだろうか。



 どうするもこうするも捨てる以外には無く、彼について焼却所へとやってくる。

 今日は3年生の全クラスで掃除をやっているためか、焼却炉前は長蛇の列。

 そのぬくもりを求めて、猫も妙に集まっている。

「ここに来るのも、もう最後だね」

「名残惜しいのか」

「良く分からない」

 二人して笑い、少しずつ前へと進んでいく。

 そしてまた、彼と共に時を過ごすのも後わずか。

 それは紛れもなく、名残惜しい。




 教室に戻ると掃除は全て完了。

 教壇には村井先生生がいて、私達に座るよう促してくる。

「少し早いけど、今日はこれで終わります。明日の卒業式には遅れないで来るように。それと風邪を引かないよう、温かくして眠るように。では、さようなら」

「さようなら」

 綺麗に唱和して解散するクラスメート達。

 私もリュックを背負い、すぐに屈んで机の中を確かめる。

 忘れ物は何も無く、中は全くの空。

 それこそ、チリ一つ入ってない。

「ちょっと切ないね」

「そのくらいが丁度いいでしょ」

 くすりと笑い、ドアへ向かって歩き出すモトちゃん。

 そんな物かなと思いつつ、私も彼女の後を追う。




 他のクラスも早く終わったようで、廊下は生徒で一杯。

 とはいえトラブルも何も無く、至って平和で穏やか。

 私がずっと望んでいた姿がここにあった。

 6年間通い続けてようやく。

「ちょっと切ないね」

「さっきも言ったでしょ。どうかしたの?」

「いや。別に」

 勝手に盛り上がっていても仕方なく、何となく目元に手を触れる。

 泣いている訳では無く、半ば癖のような物。

「ああ。病院行かないと」

「ショウ、付いていって」

 サトミの言葉に頷き、肩へ触れるショウ。

 その手を取って歩く程不安定ではないが、眼鏡を掛けて万全を期す。

「また明日」

「ええ、また明日」




 いつもの第三日赤にやってきて、受付を済ませ眼科の前で待つ。

 時間帯が良かったのがすぐに名前が呼ばれ、診察室の中へ。

 まずは簡単な問診。

 そして目にライトが当てられ、例により採血。

 CT検査も受け、検査結果が示される。

「特に変化はありませんね」

 淡々と告げる医師。

 つまり悪くはなってないが、極端に良くもなってはいない。

 とはいえ症状が完全に消える事は一生無いらしく、この先は緩やかな回復と老化が交差するだけ。

 もう少し視力が回復する事はあっても、昔の状態に戻りはしない。

「この調子なら、次は半年後くらいでも結構ですよ」

「ありがとうございます」

「気長に付き合って、後はストレスを溜めない事。その辺は大丈夫でですか?」

「ええ、今のところは」

 後は卒業して、大学の入学に備えるだけ。

 新しい事を始める不安はあるが、ストレスと言う程ではないと思う。

「これからも、何かあればすぐ病院へ来るようにして下さい。今日はこれで良いですよ」

「ありがとうございます」




 ショウに送ってもらい、家へと到着。

 玄関先で彼と別れの挨拶をする。

「ご飯は良いの?」

「家で用事があるんだ」

「食事会みたいなもの?まあ、明日は卒業式だしね」

「そんな所かな。また明日」

「今日はありがとう。またね」

 夕闇の中に溶けていく彼の姿。

 その背中が見えなくなるまで彼を見送り、冷え込んできた風に身を震わせて家の中へと駆け込んでいく。


 家の中は暖房が効いて温かく、ただ胸の中の切なさは変わらない。

 さすがに後を追いかける程、切羽詰まってはい無いけれど。

「どうかした」

 菜箸片手に、キッチンから顔を覗かせるお母さん。

 確かに、玄関で棒立ちになってる場合でも無いか。

「何でもない。今日は早く寝る」

「昨日も早く寝たじゃない」

 それもそうだ。

 どうにも行動が浅く、簡単になってきてる。

 ただそれも、卒業式のため。

 でもって、なんだか都合の良い言葉に思えてきた。




 食事を済ませてお風呂に入ると、後は本当に寝るだけ。

 明日着ていく分のシャツや靴下などは全部用意してあり、それ以外に必要な物は無い。

 スティックと、空のリュックを持って行くくらいか。

「まだ早いか」

 普段なら、もしかして学校にいるような時間。

 昨日はつい眠ってしまったけれど、今はそこまで眠くはない。

「えー、天気予報はと」

 新聞の予報は晴れ。

 端末で見ても晴れ。

 名古屋は比較的暖かで過ごしやすいとなっている。

「段々春が近付いてるね」

「結構な話じゃない」

 テレビのチャンネルを変えながら答えるお母さん。

 そちらの天気予報でも、明日は晴れ。

 気持ちの良い晴天がしばらく続くとなっている。


「それにしても、もう卒業なんだね」

 遠い目をして庭の方に目を向けるお父さん。 

 部屋を一つはさみ、その先は窓にカーテン。

 ここからは何も見えないけれど、お父さんには白樺やドングリの木が映ってるのかもしれない。

「……家を出るとか言わないよね」

「多分4年間、ここにいると思うよ。八事にしろ熱田にしろ、ここから通った方が楽だから」

「そう」

 ほっとした顔でお茶のグラスに口を付けるお父さん。

 その表情に、お父さんの愛情をひしひしと感じて嬉しくなる。

「中学校の頃、寮に住むって聞いた時は寂しかったよ。あの時は、まだ本当に子供だったから」

「そうかな。……まあ、そうかな」

 自分で疑問を持ちながら、自分で納得してしまった。

 寮に住み始めたのは中二の頃。

 年齢的にも精神的にも、確かにまだ子供だった。

 今が大人とは言えないけれど、お父さんの感慨以上の危うさもあっただろう。

 それもまた、懐かしい思い出か。




 少し眠くなったので部屋へ戻り、ベッドに潜り込んで端末の目覚ましをセット。

 最悪寝過ごしても、サトミから連絡が入るだろう。

「制服、シャツ、靴下、下着。スティック」

 明日の準備を改めて確認。

 忘れ物はなく、極端な事を言えば私自身が学校に到着すればそれで問題無い。


 机の本棚にあった教科書はすでに片付けた後。

 今は大きな空白が出来ていて、それが埋まるのはまだしばらく先の事。

 卒業を、改めて意識し始める。


 壁際の本棚からアルバムを持って来て、ベッドの上でそれをめくる。

 時期としては、大体高校入学した頃から。

 写真を見る度にその頃の出来事が思い出され、つい笑顔が浮かぶ。

 この間のように思っていた事も、半年前だったり1年前だったり。 

 中等部の頃だったりする。

 懐かしいと一言で片付けるにはあまりにも多く、素敵な思い出ばかり。

 それもサトミ達と一緒だったからこその。

 アルバムを見ながら彼女達に感謝をし、部屋の明かりを落とす。




 アルバムを枕元に置き、目を閉じて寝返りを打つ。

 意識は薄れ、蘇った記憶も少しずつ遠ざかる。

 明日は卒業式。

 これもまた、私の中でかけがえのない思い出になるはずだ。





   







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