表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第51話  最終話
582/596

51-6






     51-6




 今日は一足早い、私達だけでの謝恩会。

 こうして集まれるのも、これが最後。

 卒業後に生徒会主催の謝恩会は行われるけど、実家に帰ったりする人もいるだろうから。

「何も持って行かなくて良いの?」

「全部手配してる。後は時間が来たら、移動するだけよ」

 端末を見ながら話すサトミ。

 相変わらず授業は自習。

 今更熱心に教えられても、ちょっと困るけどね。



 その前に、まずはお昼。

 今日はカレーとカレーうどんとカレーピラフ。

 良いんだけど、どうなんだろうかこれは。

「段々始まってきたな」

 妙に嬉しそうにカレーうどんをすするケイ。

 この人は、窮すれば窮するほど楽しそうだな。


 ただ、味は微妙に変えられている。

 カレーはかなりスパイシー。

 うどんはちょっと出汁が入っている。

 ピラフはコンソメ入り。

 カレーはカレーだけどね。

「もういいや」

 カレーうどんを途中で食べ終え、ショウに譲る。

 お腹の余裕はあるが、今日の夜はご馳走。

 出来るだけお腹を空かせておきたい。

「後は、プリンを食べるか」


 幸いプリンはまだ売っており、それを持ってテーブルに戻る。

 相変わらずのコクと滑らかさ。

 これを食べられなくなるのは本当に惜しい。

 それとも大学に、同じプリンがあるのかな。

 無いなら、たまには食べに来よう。




 美味しい物を食べて、非常に幸せな気分。

 廊下は暖房も効いているし、言う事は無い。

「なんか、騒いでるな」

 私達の行く手にある野次馬を指さすショウ。

 彼が見えているのは、おそらくその先。

 この場にいる限りは、身長的にも視力的にも見えそうにない。

「ガーディアンと揉めてるな。あれだろ、前言ってた生徒の自治がどうって連中」

「どうして分かるの」

「一応武装してる。……逃げ出したか」

 なんだ、それ。

 これでは相手にする以前の問題で、一気に馬鹿らしくなってきた。

「向こうが逃げてくんだ。放っておけばいい」

「何がしたいんだろ、あの連中は」

「自己満足に浸りたいだけじゃないのか」

 辛辣に告げるショウ。

 とはいえ実際にその通りとしか言いようのない行動。

 私は、その行動すら見てないが。



 自警局に到着し、虚しさを覚えつつ引き継ぎの書類を整理。

 直属班の後輩達を呼ぶ。

「これからは渡瀬さんの言う事を、良く聞くように。直属班を離れる場合は、御剣君の言う事を聞くように」

「はい」

 素直に返る素直な返事。

 この子達の指導を出来なかったのは心残りだが、私よりも適任な人はもっといるはず。

 むしろその人達に託した方が、彼等にとっては良いのかも知れない。

「留年はしませんよね」

 御剣君並に真剣な顔で尋ねてくる荒子君。

 何しろ中等部での私達を知っている人間。

 思う所は色々あるのだろう。

「しないし、連中も大した事無いみたい。後はよろしく」

「いやー、それを聞いて安心しました」

 何を、どう安心したのよ。

 サトミじゃないけど、1から100まで問い詰めたいな。

「まあ、卒業出来るなら良いじゃない。一度退学になったんですしね」

 人の肩を叩きながら笑う川名さん。

 まあ、笑われても仕方ないんだけどさ。


 北地区の二人は至って真摯な表情。

 そもそも根が真面目で、私も先輩として色々思ってくれているんだろう。

「二人は渡瀬さんの後輩だから、ちゃんと面倒見て上げてね。最近は落ち着いてるけど、ああいう性格だから」

「分かりました」

「必ず」

 こういう返事も素直ときた。 

 というか素直な後輩って、南地区では育たないのかな。

「後は私達に任せて下さいよ」

「そうそう」

 至って余裕の表情で笑う、鳴海君と八田さん。

 大丈夫だとは思うけど、一度確認しておこう。



 という訳で渡瀬さんに来てもらい、来期からの事をお願いする。

「何かあった時は御剣君を連れてきて、全員を指導して」

「分かりました」

「え」

 ぎょっとした顔をする荒子君。

 彼は中等部からの、御剣君の後輩。

 彼の武勇伝を嫌という程目の当たりにしているので、驚くのは当然とも言える。

「俺は全然。本当、真面目にやりますから」

「わ、私だって。御剣さんなんて、あり得ないじゃないですか」

「あり得なくはないと思うけどね」

「それは雪野さんの常識で推し量ってるからですよ」

 怒られた。

 でもって、私は常識がないって言いたいのか。

 まあ、今更指摘されずとも分かってはいたけどね。

「最近様子を見てますけど、みんな良くやってますよ。私があれこれ指示しなくても、自分達で行動出来てますし。雪野さんは、安心して卒業して下さい」

 何とも頼もしい事を言ってくれる渡瀬さん。

 私の知る限り、一番成長したのはこの子かも知れないな。




 渡瀬さんに後を託し、これで私も全てを終えた気分。

 後は貯金箱を持って帰るくらいで、本当にやる事は無くなってきた。

「ユウ、行くわよ」

 貯金箱を抱いていると、サトミが声を掛けてきた。

 時計は夕方を示していて、結構長い間ぼんやりしていた気もする。

「あーあ」

「何」

「いや。もうすぐ卒業だなと思ってね。しみじみしてた」

 リュックに貯金箱をしまい、それを背負って忘れ物がないか確認。

 後は多少筆記用具があるくらいで、タオルケットは敢えて片付けなくても良さそうだ。

「全部終わった」

「随分早いわね。まだ数日あるわよ」

「後は寝て過ごす」

「今までと、どう違うの」

 それは私にも分からない。



 地下鉄で、尹さんのお店へと移動。

 帰宅ラッシュより少し早いためか、車内はかなり空いていて私も椅子に座ってくつろげるくらい。

 気が抜けたのか、このまま目を閉じると眠ってしまいそう。

 あまり油断は出来ないな。

「自警局って、いつまで通うの?」

「正直言えば、もう行く必要はないんじゃなくて。特にユウは」

 書類の束をめくりながら答えるモトちゃん。

 彼女の場合、卒業後も行く必要がありそうだな。

「プロテクターも、返却してるんだよね」

「普通なら、私達はとっくの昔に後を引き継がせてるのよ。卒業間近になってまで活動してるなんて、むしろ恥ずかしいかも知れない」

「毎年それを聞くよ」

「つまり私達は、普通ではない状況に追い込まれていた訳」

 なるほどね。


 中等部の頃も、ここまでではないが遅くまでガーディアンとして活動をしていた記憶がある。

 進退に関わる程の問題は抱えていなかったが、後は任せたと言える程落ち着いた状況でもなかった。

 それから3年。

 自分達で招いた結果であるとは言え、最後の最後まで苦労をしてる。

 私はもう苦労のしようも無いんだけど。




 少し気持ちが内向きになる感覚。 

 良くないなと思いつつ、お店のドアをくぐって店内に入る。

 特に飾り付けがされてる訳では無く、いつもと同じ落ち着いた内装。 

 サトミが絡んでるので、例の折り紙を飾るかと思ってた。

「いらっしゃい。それと、卒業おめでとう」

 にこやかに出迎えてくれる尹さん。

 ちなみにまだ卒業はしていないので、それを受け入れるのはちょっと怖い。

「本当に卒業出来た後で、ありがとうって言います。何しろ、去年の事があるので」

「高校生も大変だ。今日は店中の食材を空にして良いからね」

「大丈夫なんですか?」

「明日は休みにして、在庫を入れ替えようと思ってる」

 ある意味、持ちつ持たれつか。

 比重としては、私達が9割方助けられてるんだけどね。


 すでに料理や飲み物のボトルが並んでいる店内を通り過ぎ、厨房へとやってくる。 

 こちらは調理前の食材が用意されていて、丸太みたいなお肉が機械でスライスされている。

 これ一つ見ても食べきれないと思うが、集まるのは食べ盛りの高校生が数十人。

 むしろ、全然足りないんだろうな。

「お邪魔します」

 するりと厨房に入り、冷蔵庫を確認。

 ここはステーキハウスなので、食材もお肉が中心。

 ただ今回は私達が貸し切っているため、普段とは違う食材も置いてある。

「……ちくわか」

 本来なら、絶対ここにはないだろう食材。

 明らかにショウ用で、色んな意味で泣けてくる。

「これ、天ぷら用ですか?」

「ちくわ料理って、あまりないからね。いっそ、ステーキソースで焼いてみる?」

「どんな味がするんでしょう」

「ちくわ味だと思うよ」

 ポテトサラダを作りながら笑う、恰幅の良い男性。

 ちくわはどこまで言ってもちくわか。

 それはそれで、また私達らしい気もするが。




 フロアの方は、ほぼ全員が揃った様子。

 用事があって遅れる子も、その内やってくるだろう。

 私も厨房で食材を探索してる場合では無く、サトミの手招きに応じてその隣に座る。

「お酒は?」

「パス」

 お茶のペットボトルを引き寄せ、それをグラスに注ぐ。

 婚約しても避けたので、飲むとしたら卒業後の謝恩会かな。

「サトミは飲まないの?」

「飲まないとやってられない体質でもないから」

「どんな体質よ」

「こんな体質でしょ」

 向こう隣に座るモトちゃんの頭に触れるサトミ。

 いたな、そんな体質の人が。

「そこまでひどくはないわよ。……大体揃ったみたいね。では、そろそろ始めますので皆さん席について下さい」

 モトちゃんの言葉に従い、テーブルへと移動する人達。

 私もグラスに手を掛け、少し息を整える。



 静かになるフロア。

 モトちゃんは軽く頭を下げ、テーブルに付いている私達を見渡した。

「卒業間近という事で、生徒会主催の謝恩会とは別にこうして集まってもらいました。3年生は卒業おめでとうございます。1、2年生はこれからよろしくお願いします。今日は無礼講、とまでは行きませんが堅苦しい事無く楽しみましょう。……では、ユウから一言」

「む」

 事前に言われていたため驚きはしないが、避けられるなら避けたかった。

 指名されたからには、避ける訳にも行かないけれど。


 まずは席を立ち、グラスからお茶を一口。

 乾杯はまだだけど、ここは多めに見て欲しい。

「3年間、楽しい高校生活が送れました。それは間違いなく、みんなと一緒に過ごせたからだと思います。この学校に通えて、そしてみんなと出会えて良かったです」

 そう言って頭を下げ、席に座る。

 息を付いた途端の拍手と歓声。 

 短かったけど、あまり変な事は言ってなかったようだ。

「次はサトミ。ちなみに全員指名する時間はないから、ここで終わり」

「……はい」

 テーブルでもひっくり返しそうな顔で立ち上がるサトミ。

 つくづく耐性がないな、この人も。


 再び静まり返るフロア。

 私以上にこういう場面には慣れてないはず。

 大丈夫かなと不安に思いつつ、彼女の顔を下から見つめる。

「ユウが言ったように3年間。長い人だと、6年間一緒に過ごしてきました。良い思い出、辛い思い出、楽しい思い出。色々ありましたが、それらは全部私の糧になっていると思います。どうも、ありがとうございました」

 小さく頭を下げるサトミ。

 誰よりも早く拍手をする私。

 サトミはそれに苦笑しつつ、みんなの拍手を受けながら席に付いた。

「早いわよ」

「良いじゃない。でも、結構普通の事を言ったね」

「取り繕っても仕方ないでしょ」

「確かに」

 変な統計データでも語ると思ってただけに、結構意外な結果。

 それはそれで彼女らしく、最後くらいは見てみたかった気もするが。


「では挨拶も済んだので、今度こそ始めましょうか。みんなグラスを持って……。少し早いけど、卒業おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 重なり合うグラスとグラス。

 そして笑顔と笑顔。

 拍手と笑い声。

 フロアは幸せで包まれ、心はぬくもりで包まれる。



 ちまちまシーザーズサラダをつついていると、グラスを持ったケイが近付いて来た。

「間違えてるだろ」

「何が」

「3年間は通って無い」

 突っ込まれるとと思ったよ、そこは。

 私も3年間で無いのは分かっていたし、サトミも同じだと思う。

 ただ2年半なんて言うと、色々ややこしい。

 だから3年と大ざっぱにまとめた訳だ。

「細かい事は良いの。というか、自分も何か喋ってよ」

「そういう事には向いてない」

 素っ気なく返してくるケイ。

 とはいえ人前で話すのを苦にするタイプでも無いので、話せと言えば話すんだろうな。

 結構まともな事も。

 日頃の行動はともかく、そういう事は器用にこなす人だから。


「それよりあなた、卒業式は来るんでしょうね」

 グラス越しにケイを睨むサトミ。

 来るも来ないも、卒業生は全員出席。

 いや。違う。

「学校外生徒だから、関係無いって事?」

「まさか、そんな。僕は誰よりも草薙高校を誇りに思ってますよ」

 どうにも虚ろな笑い方。

 図星を付かれたらしい。

「逃げるつもりなら、前日から講堂に監禁するわよ」

「俺は、ああいう行事は好きじゃないんだ」

「形式も時には大切なの。逃げたら覚悟しなさいよ」

 最後にもう一睨みして、後輩の所へ歩いて行くサトミ。

 親切心なのか何なのか、全く意味が不明だな。



 そんな彼女を見送り、ため息を付いて席に付くケイ。

 私は憂鬱な気分とはほど遠く、コーンサラダをスプーンで食べる。

 美味しい物が食べられて、温かくて、みんな楽しそうで。

 何でもない事かも知れないけれど、これが私に取っての幸せ。

 今はただ、この緩やかな空気に浸っていたい。

「卒業、おめでとうございます」

 気の早い事を言ってくる緒方さん。

 それとも、早く卒業して欲しいって気持ちの表れかな。

「緒方さんは、ずっとここに残るの?」

「今更傭兵も渡り鳥も無いですからね。そういう生活の仕方を忘れました」

「元々こういう生活が合ってたんじゃないの」

「そうかも知れません」

 苦笑してグラスをあおる緒方さん。

 どこか棘があるのは相変わらずだけど、以前に比べればかなり素直になったと思う。

 これは草薙高校にいたからというより、周りの影響かも知れないな。

「4月から頑張ってね」

「雪野さんはどうなんです」

「私はごく平凡に過ごす。勉強して、もう少し体を鍛えて、お金を貯めて。普通の大学生として生きていく」

「今までがひどかったですからね」

 そういう事は、思っていても口にしないで欲しい。




 ちまちまソーセージをかじっていると、バットを担いだ尹さんが現れた。

 その後ろからは、Tシャツにスパッツ姿の御剣君。

 何をやるのかは、何となく想像が付かなくもない。

 やる理由はともかくとして。

「ここより演目を開始したいと思います」

 淡々と告げる真田さん。 

 だから、誰がこれをやりたがるのよ。

「初めは尹さんによる、バット折り。バット折り?」

 自分で聞かないでよね。

 大体この人達のやる事だから、普通の折り方はしないんだろうな。


 尹さんは担いでいたバットを御剣君に投げ、彼はそれで床を軽く叩いた。

 するとフロアには、乾いた木の音が綺麗に響く。

 つまりは、折れていないとのアピールだろう。

「せっ」

 バッターのようにバットを振りかぶる御剣君。

 尹さんはジャケットを脱ぎ捨て、足を広く開いて腰を落とした。

「せやっ」

 躊躇無く振り切られるバット。

 どこからか上がる悲鳴。


 尹さんは胴を薙ぐように振り抜かれたバットへ跳び後ろ蹴りを叩き込み、真っ二つにへし折った。

 これは御剣君がバットを完全にホールドし、しかもフルスイングで振り抜いた故。

 彼が躊躇すれば、自分も怪我をしたしバットも折れていないだろう。

「……以上、バット折りでした」

 おざなりな拍手と適当な歓声。

 意味が分からないし、誰が得をするんだこれは。

「俺もやるか」

 シャツの袖をまくりながら立ち上がるショウ。

 その袖を私が引いて、彼を座らせる。

「怪我したらどうするのよ。もっと楽しい事したら?」

「負ける訳に行かないだろ」

「どういう判断基準があるのか知らないけどさ。危ない事はしなくて良いんだって」

「次は、雪野さんお願いします」

 おい。


 バットをへし折るつもりはないし、下手な事をするとショウが余計に燃え上がる。

 色んな意味で難しいな。

「この前は天井に手形を着けましたけど。今日は何をしましょうか」

「これはどうなの」

 スティックを伸ばし、それを回しながら私も右回転。

 正面を向いたところで左肘に当て、そのまま肩を伝わせ右手で掴む。


 先程とは違い、かなりの盛り上がり。

 大した事はやってないけど、やっぱりこういう軽い方が受けると思う。

「さすがですね。あまり騒いでいても何ですから、次の方で最後にしましょう。……では、遠野さんお願いします」

「それは無理でしょ」

 小声で呟いた途端、睨まれた。

 声は届いてないはずなのに、良く分かったな。



 それでも髪をかき上げ、颯爽と登場するサトミ。

 瓦割りをするつもりは無いようだけど、大丈夫かな。

「では、何をして下さいますか」

「突然の指名だから、特に用意はしてないけれど。……尹さん、新品のトランプはありますか?」

「レジに子供用のトランプが売ってるよ。それを使ってくれればいい」

「では、お願いします」

 すぐにトランプを運んでくる渡瀬さん。

 サトミは彼女に礼を言い、私が座っているテーブルにそれを広げるよう指示をした。

「表を向けて、適当に広げていって」

「手品ですか」

「もっと簡単な事よ。……良いわよ、裏返して」

 手際よく裏返されていくトランプ。

 この時点で、彼女と付き合いが長い子は想像が付いただろう。


 サトミは大きいスケッチブックを持って来てもらい、それを綺麗に分割し始めた。

 13列が4列。

 つまり、トランプの枚数分。

「モト、書いていって」

「サトミには簡単すぎる気もするけれど。……スペードのA」

 スペードの絵が描かれた1の欄に丸を打つモトちゃん。 

 サトミは黙って、広げられたトランプの中央部分を一枚めくった。


 カードは当然、スペードのA。

 私達からすれば、当たり前過ぎる光景。 

 ただ彼女と身近に接していない子からすれば、種を探したくなるだろう。

「私、私が言っても良いですか」

 手を上げる渡瀬さん。

 サトミは余裕の表情で頷き、グラスに口を付けた。

「ダイヤの9をお願いします」

 その欄に丸を打つモトちゃん。

 サトミは迷う事無く、左端のカードを一枚めくる。

 やはりカードはダイヤの9。

 9と6でミスする確率を考えたんだろうけど、それを間違えるくらいなら彼女は遠野聡美と呼ばれいない。



 結局3回やっても、彼女は全て正解。

 最後は3つ分のトランプを混ぜて順番にスペードのAからハートの13までめくり、全員の大喝采を浴びる事となる。

 彼女の事を知っていると思ってた私達も、改めてそのすごさを思い知った次第だ。

「すごいね」

「カードをめくっただけよ」

 ごく自然に答え、席に付くサトミ。

 実際彼女にとっては、そのくらいの難度。

 特技と呼べる程の事でも無いんだろう。


 ただこういう、自分の能力を見せ物的に使うのはあまり好まなかったはず。

 その意味においては成長したというか、考え方が変わったように思える。

 みんなを楽しませるために、少し自分を押し殺すとでも言おうか。

 昔のサトミなら、指名された時点で逃げ出していたかも知れない。

「みんな大人になったね」

「急に何」

「いや、色々と」

 私はすっかり年を取った気分。

 縁側でお茶をすすりながら昔を懐かしむ老人が、こんな気持ちなのだろうか。




 運ばれてくる食事は次から次へと食べ進められ、飲み物も追加されては消えていく。

 すごい量だと感心すると共に、ちょっとお金が心配になってきた。

「大丈夫なの、支払いは?」

「前払いで済ませてある」

 ワインのボトルを箸で引き寄せようとするモトちゃん。

 しかしボトルが重いので少しも動きはせず、それでも箸で引き寄せようとするのを止めはしない。

「行儀悪いよ」

「酒は飲んでも飲まれるな」 

 それは他人に飲まれるなって意味か。

 この人の場合、お酒になると人格が少し変わってくるな。

「でも、これだけの量だよ。本当に足りるの?」

「後片付けとかは、後輩がやるよう申し出たんですって。その分も含めて、割り引いてくれてる」

「へぇ」

「素直で良い子達ばかりじゃない」

 そう言って眼を細めるモトちゃん。

 箸を動かしてなかったら、もう少し感動したんだけどな。



 なるほど思っていると、視界に一枚の絵が映った。

 淡い水彩画で、これは名古屋港だろうか。

 港に小さな船が浮かんでいて、それが海上橋の下をくぐろうとしている。

「これ、高畑さんの絵?」

「食費の、足しにと思いまして」

 すごい事を言ってくれるな、この人も。

 絵のタッチや繊細さは昔と変わらず、ノスタルジックな雰囲気と暖かさが同居してる絵。

 これは努力もあるが、やはり生まれ持った才能。

 私が真似て書いても、どうしても軽くなる。

「雪野さんも、どうですか」

「私は止めとく。所詮子供だましだから」

「画廊の人、たまに言ってますよ。ポストカードを、書いて欲しいって」

「それなら、考えておく」

 書く事自体は好きだし、ポストカードにするなら多少なりとも謝礼は出るはず。

 そのお金を結婚の資金に回す事だって出来る。

「卒業後は、画家になるの?」

「一応、そのつもりです。雪野さんは?」

「私は格闘技のインストラクター。子供に色々教えたい」

「人に教えるのって、難しそうですね。私は、絶対無理、です」

 さらっと、気にしている事を言われてしまった。

 これだけの絵が描ける人でさえ、難しいと言ってしまう。

 では私程度の才能では、一体どうなってしまうんだろうか。

「私、向いてると思う?」

「子供っぽいところもありますし、気が合うのでは」

「そういう問題かな」

「全然違うかも知れません」

 おい。

 つくづく私の後輩は、私に対して厳しいな。




 盛り上がるみんなの熱気に少し疲れ、一度外に出て冷たい空気に身をさらす。

 火照った顔が一気に冷え、ただ広がる街の明かりはぼんやりとしか見えはしない。

 建物一軒一軒の形は全く掴めず、道行く人もおぼろげにその輪郭が掴める程度。

 以前は明かりが無いような場所でもはっきり物が見えていて、その事を気にも留めていなかった。

 視力が回復するのは数年後で、またそのレベルまで良くなる保証は全くない。

 この視力とは、この先もゆっくり付き合って行くしかない。

「大丈夫、雪野さん?」

「え」

 玄関先で棒立ちになってる私に声を掛けてくる木之本君。

 手にはカメラ、首からもカメラ。

 何をやってるのかな、この人は。

「建物を、外からも撮しておこうと思って」

「好きだね、そういうの」

「僕としては楽しいよ」

 そう言って、町並みをカメラに収める木之本君。

 変わらないな、この人も。


 ただ私達と付き合う事で、色々と被害や迷惑を被ってきたはず。

 それも自分とは関係無い場面で。

 その事を損と思わない性格だからこそ、みんなに慕われ頼られている。

 私もそんな風になりたいけど、100%無理だろう。

「ん?どうかした?」

「いや。私も木之本君みたいに頼られる人間になりたいなって。でも、無理だなと思った」

「僕は気を使いすぎてるだけだよ」

「私は使わない過ぎなのかな」

 何となく吹き抜ける冷たい風。

 確かにこの台詞では、木之本君も返事がしづらいか。

「やっぱり私は、空気が読めないな」

「そうは思わないんだけど。僕は雪野さんみたいになれないんだし、それはお互い様じゃないのかな」

「私みたいな生き方に憧れる?」

「え?」

 カメラを落としそうにならなくても良いと思う。

 つくづく、今日の夜風は冷たいな。




 お店へ戻り、まずは温かいお茶を飲む。

 それ程食べたはずではないんだけど、結構お腹が一杯。

 気が高まって、意識が空腹に向いてないのかも知れない。

「何にしろ、卒業出来て良かったわよ」

 ワインのボトルを撫でながら笑うモトちゃん。

 面白い事は言ってないと思うが、彼女にとっては面白いんだろう。

「本当、去年はどうなるかと思ったんだから。ユウ達は退学になる。私は自警局を任される。周りからはやいやい言われる。どう思う?」

 知らないわよ。

 というか、絡まないでよね。

「もう済んだ話じゃない」

 ニンジンスティックをかじりながら、平然と答えるサトミ。

 本当に反省とか自分を省みるとか、そういう事の無い子だな。

「大体あなたは人の話を聞かないし、独善的だし、自分がいつも正しいと思ってるでしょ」

「酔ってるの?」

「酔ってるわよ」

 言い切ったな、この人。

 お説教が私へ飛び火する前に、この場を立ち去るとするか。



 残念ながらそうは行かず、腕を掴まれ肩を抱かれた。

「最近は少し大人しいけれど、基本的に行動が早すぎるの。まず考えて、少し待って、それから行動しなさい」

「取りあえず、近いよ」

「親友じゃない、親友」

 人の頭を叩き、また笑うモトちゃん。

 相当日頃の鬱積がたまっているようだ。

 誰が溜めさせているかは、ともかくとして。

「だけどモトちゃんだって、問題がない訳じゃないでしょ」

「私は、後ろ指をさされるような事はしてないわよ」

 私だって、してないっていうの。


 タイミング良く。

 もしくは悪く、目の前を通り抜けようとするケイ。

 その彼を呼び止め、モトちゃんを指さす。

「モトちゃんの悪い点って思い付く?」

「まあ、無くも無い」

 盛り上がった席。

 断るのも興が冷めるとでも思ったのか、そう答えるケイ。

 私は正直思い付かなかったので、この先は彼に任せてみる。


「例えば?」

「なんて言うのかな。私は全部分かってて、だけどあなた達に取りあえず任せてみます。みんな、私の手の平の上で踊りなさい。なんて所がある」

 さすが鋭いな、この人は。

 それは決して悪い事とは思わないんだけど、そういう言い方をされると悪いような気もしてくる。

「他には?」

「度量が大きいとも言うんだけどさ。正直「こいつとは一緒にやりたくない」ってタイプの奴もいるだろ。そういう奴でも平気で受け入れる。だからモトの側にいると、その手の嫌な手合いとも付き合う必要が出てくる」

 自然とケイに集まるみんなの視線。

 言い得て妙だな、これは。

「俺の事じゃないからな」

 自覚もあると来た。


 ここまでの話を聞いていても、モトちゃんは至って静か。

 まさに度量が大きいところを見せつけている。

「そのくらい?」

「まだあるよ。そうだな、気付いたら名雲さんと付き合ってた。何だそれって突っ込みたくなったよ、あの時は」

 何となく悪くなるモトちゃんの目付き。

 これは、かなりナイーブな部分に触れたようだ。

「それだけ?」

「後は、見たまま」

「何が」

「酒癖が悪い」

 飛んでいく箸。

 ケイはそれをどうにかわし、グラスを握りしめているモトちゃんを指さした。

「言った通りだろ」

「覚えてなさいよ」

「自分が明日まで覚えてたら、俺もその時考える」

 鼻で笑い、背を向けて去っていくケイ。

 こんな会話が聞けるのも、こういう場だからこそ。

 モトちゃんの気分はともかく、私としては楽しくて仕方ない。




 やがてみんなの会話も減り始め、席の移動も減っていく。

 時間もかなり遅くなり、そろそろ終わりといった雰囲気か。

「モト、この辺で終わりにしたら」

「もう飲まないわよ」

「……この集まりを、終わりにしたら」

 一応言い直すサトミ。

 モトちゃんはお茶のグラスを一気にあおり、席を立って手を叩いた。


 自然と彼女に注目する私達。

 それを確認したところで、モトちゃんが軽く頭を下げた。

「ではそろそろ終わりにしようと思います。続きはまた、卒業式後の謝恩会で楽しみましょう。本日は皆さん、どうもありがとうございました」

 拍手をするモトちゃん。

 私達もそれに合わせ、フロア全体が温かい拍手で包まれていく。


 その拍手が徐々に小さくなり始め、一人また一人と席を立つ。

 上着が持ってこられ、食器の片付ける音がしたり挨拶が聞こえたり。

 少しずつ人が減り、さっきまでの喧噪が嘘のような静けさが訪れる。

「終わったね」

「私達は、まだこれからですよ」

 笑いながらシャツの袖をまくり、食器を重ねて行く渡瀬さん。

 そう言えば、後輩は後片付けがあるとか言ってたな。


 手伝いを申し出るのもさすがに無粋。

 ここは後輩に任せるとしよう。

「後はお願い」

「分かりました」

「また、明日」

「お疲れ様でした。お休みなさい」




 コートの前を強く重ね、吹きすさぶ風から身を守る。

 春が近いと言っても、夜はまだ冬その物。

 我慢出来る度合いを超えている。

「地下鉄、バス。どっちが良いのかな」 

 端末で帰宅ルートを確認。

 本数が多いのは地下鉄だけど、家の近くまでいくのはバス。 

 ただ本数は限られていて、ちょっと今はタイミングが悪い。

「ユウはタクシーで帰りなさい。危ないでしょ」

「一応見えてはいるよ」

「何が」

 後ろから聞こえる声。 

 どうやら、標識に話しかけていたらしい。

 ただこれは視力よりも、眠気の問題。

 騒いだ後に気を抜いたから、意識が薄れてしまったようだ。


 目の前に滑り込んでくるタクシー。

 半ばそれに押し込まれ、勝手に行き先が告げられる。

「また明日」

 挨拶もそこそこに出発するタクシー。

 乗っているのは私だけ。

 みんなはこの後どうするのかなと思いつつ、目を閉じてシートに身を任せる。




 起こされるより先に目を開けると、それに合わせるようにタクシーが停止。

 運転手さんから到着を告げられる。

 料金はサトミが前払いしてくれていたようで、後はお礼を言って降りるだけ。

 降りた先の目の前には、見慣れた我が家の玄関。

 何となく振り返るが、タクシーは走り去った後。

 街灯に照らされた道路や近所の家が、ぼんやりと見えている。


「ただいま」

 ドアをくぐり、階段を上って部屋へと入る。

 取りあえず上着を脱ぎ、ベッドサイドに座り少し目を閉じる。

 まださっきまでの騒ぎが、遠くで起きてるような気分。

 でも部屋の中は静まり返り、時折外から車の走る音が聞こえるくらい。

 それも意識すればという程度。

 自分は一人ここにいる。

 そんな感覚を強く感じる。


 すでにリビングの明かりは消えていて、廊下に薄い明かりが灯っているだけ。

 壁伝いに廊下を歩き、脱衣所で服を脱ぐ。

「はぁ」

 何となく漏れるため息。

 体をさすりながら浴室へ入り、すぐにシャワーを浴びる。

 今日一日の疲れが洗い流されていく。とまでは行かないが、高ぶっていた気持ちが少し収まる感じ。

 しばらく頭からシャワーを浴び、前髪から滴り落ちる水滴をぼんやり眺める。


 体を洗って浴槽に浸かり、目を閉じて息を付く。

 気が緩んだのか、一層の眠気が訪れる。

 さすがにこれは良くなく、顔を立ていてすぐにお風呂から出る。

「はぁ」

 もう一度ため息。

 高揚感が薄れた分、疲れが一気に出てきたようだ。



 忍び足で廊下を歩き、階段を上って部屋へと戻る。

 端末の着信をチェックし、急を要する物は無いと確認。

 そのまま布団に忍び込み、もう一度息を付いて目を閉じる。

 学校へ行くのも後3日。

 その後は卒業式で、全てが終わる。

 実感があるのか無いのか、今の自分には分かりづらい。



 ゆっくりと薄れていく意識。

 浮かんでは消える、今日の記憶。 

 その中に過去の記憶が入り交じり、その境界が曖昧になる。

 後3日。

 それだけは強く意識しながら。




   







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ