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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第51話  最終話
581/596

51-5






     51-5




 心機一転。

 かどうかは知らないが、晴れやかな気持ちで学校へ登校。

 何もかもが充実し、知らない人にでも挨拶をしてしまいたくなるくらい。

 しないけどね。


 正門に例の集団はおらず、それこそ今なら彼等の挨拶も受けられる気がする。

 心の余裕は、色々な事に影響をするんだろうな。




 教室に入り、席について筆記用具を並べる。

 自習なのは分かっているけど、これは習慣であり形式。

 大げさな言い方をすれば、儀式のようなもの。

 学校に来ている間は、これを崩す事は無いと思う。

「おはよう」

 私より遅く出てきたので、今登校してくるサトミ。

 特に何かを言われる事は無く、彼女は静かに後ろへ座った。

「やる事も無くて、平和で良いね」

「無くはないけれど、急を要する要件はないのかしら」

 端末でスケジュールを確認しながら答えるサトミ。

 私も頭の中のスケジュール表を確認するが、卒業式や謝恩会以外の予定は特に思い付かない。



 時間を追うごとにモトちゃん達も登校してきて、全員の顔が揃う事となる。

「おはよう」

 なにやら口元で呟き、後ろに座るケイ。

 この人も、最後の最後まで変わらないな。

「たまには朝から元気良くしたら?」

「意味が分からん」

 それは私の台詞だと思う。




 朝のHRが終了したところで、村井先生が私の顔をじっと見てくる。

 最近色々言われていたから、まさかと思うが気付かれた訳では無いと思うが。

「何か」

「卒業式までは大人しくしてなさいよ。あなたも、今更退学したくないでしょ」

「どうして退学前提なんですか」

「前科一犯じゃない」

 そういう言い方は止めてよね。 

 間違えてもないけどさ。


 幸い小言はそれ以上続かず、彼女は首を振って教室を出ていった。

 食事会も玲阿家で行ったから、婚約の件を知る人は私達の家族だけ。

 早く伝えたいとは思うが、やはりそれは今ではないだろう。



 後はまさしくやる事もなく、取りあえず配られた日本史の資料を眺めるだけ。

 日本の歴史は大体2000年弱。

 波瀾万丈な日々が続いてるな。

 などと、一言で片付けられる話では無いけれど。

 それと比較すれば、私の人生などささやかな物。 

 退学も、ちょっとしたハプニングもならない。

 比較対象が大きすぎるけどね。

「さてと」

 草薙大学のパンフレットを取り出し、表紙をめくる。


 学生の自治。

 なんて文言が冒頭から現れる事は無く、普通に大学を紹介する文章が並んでいる。

 4月からここに通うのだけど、これこそ実感が薄い。

 大体自分が大学生なんて、それこそ想像が付きにくい。

 今高校生というのも、最近馴染んできたくらいだ。

「大学の授業はどこでやるのかな」

「経営や経済は八事。それ以外は隣が多いみたいね。体育学部。スポーツ科学部も、豊田から移転させるみたい」

 パンフレットを覗き込みながら答えるサトミ。

 八事ならまだ良いが、豊田に行くのは正直大変だなと思っていたのでそれは助かる。

 とはいえ八事はともかく、隣は一昨年まで自分が通っていた場所もある。 

 中学校も反対側の隣だし、それに関しては代わり映えがしないな。

「私は結局、何年ここに通うのかな」

「変化のない人生も良いじゃない。それとも波瀾万丈な人生が好みなの?」

「そういう訳でも無いけど。ここを離れたのは、去年の前半だけでしょ」

「あちこち渡り歩くよりは楽だと思うわよ」

 この子の場合は変化を求めないと言うより、変化を必要としない生き方であり性格。

 すでに大半の事が確立されており、今更向上のしようのないレベルに到達をしている。

 それこそ学校に通う必要もないくらいで、高校も大学も建物が違うくらいにしか思ってない気もする。

 しかし、大学か。

 ちょっと調査した方が良いのかな。





 ぞろぞろと連れ立って、例のロープを越えて隣の敷地に足を踏み入れる。

 未だに柵も塀もなく、またそれを作る必要も今の段階ではない気がする。

 あくまでも私の考えであって、経営者からすれば予算の問題かも知れないが。

「特に何も変わらないね」

 大学と言っても、ロープ一本をまたいだだけ。

 建物は高校からも見えているし、改めて手を加えた形跡もない。

 またその理由も無いだろう。


 サトミの先導で歩いていくが、見えてくる景色に変化はない。

 それよりも懐かしさ。

 こんな場所もあったなと、見覚えのある建物を見て思い出す。

 忘れるはずもないような場所も記憶の奥に埋もれていて、ちょっと驚くというか感慨が深い。

 それを思い出せた喜びも、同時に味わいつつ。



 やがて現れる、大きな建物。

 昔のJ棟かな、ここは。

 かつてはここにオフィスがあり、また授業の大半はここで受けていた。

 懐かしいの一言では片付けられない感慨が自然と心の中に芽生えてくる。

「何してる」

 真後ろからの、無愛想な声。

 振り向かずとも、誰なのかは自然と分かる。

「見学に来た」

 返事も無しか。

 ただこんな場所でこんなやりとりをすると、本当に昔へ戻った気になってくる。

「今年は退学にならなかったみたいね」

 私の前に回り込み、頭を撫でながらうしゃうしゃ笑う池上さん。

 舞地さんはキャップを深く被り、特に何かを言う訳でもない。

 そんな二人の姿を見るのも、また嬉しい。


 ただ教棟の周りに生徒の姿は殆ど無く、閑散と言った言葉が当てはまる光景。

 よく考えれば、今大学は春休みか。

「二人は何してるの」

「細々と書類を届けにね。ネットワークで済ませれば良いのに」

 結局、大学生になっても紙からは離れられない訳か。

 ここまで来ると、もはや宿命だな。

「二人だけ?」

「ショウ達もいるよ。購買に行くとか言ってた」

「あの子、まだ名古屋にいるのね」

「士官学校へ行くのは卒業後」

 そう答えて、改めて気付かされる。

 卒業をすれば、彼は名古屋から離れてしまうのだと。

 それは今更という話で、寂しさや不安はそれ程実感しないが。



 元々は草薙高校だったので、建物自体は知っているし大体の構造も把握している。

 ただ大学になった後の状況は全く知識が無く、そもそもこの建物が本当に教棟かどうかも定かではない。

「授業は、ここでやってるの?」

「ええ。教室も高校のままで、多分代わり映えがしないと思うわよ」

「私はその方が良いけどね。あれこれ変えられたら、相当混乱する」

 知っている場所なのに違う名前になっていたら、何が何だか分からなくなる。

 知っている場所でも、元々良く分かってないけどね。

「だったら見学に来なくても良かったかな」

「しかし雪ちゃんも4月から大学生って事?」

「何か問題でもある?」

「問題は無いけど、少しは大人っぽい恰好でもしたら」

「それこそ余計におかしい事になると思うよ」

 見た目が子供なのに服装だけ大人では、あまりにもギャップがありすぎる。

 それなら多少笑われようとも、自分の外見にあった服装をした方が良い。


 私達が話してる間も舞地さんはずっと無言。

 でもって視線を追うと、猫が木の下で丸くなっていた。

「まだ煮干しをやってるの?」

「猫がいて困る事は無い」

「それは舞地さんの意見であって、学校の意見じゃないと思うよ。私のお母さんも庭に猫が来るのを嫌がってるからね。粗相をするし、植えてる花の葉をかじるでしょ」

「ふーん」

 そんな事は今知ったという態度。

 元々お嬢様なので、世事には疎いんだろう。

「生活その物が、代わり映えしないんだね」

「今更変わる理由も無い」

「そうかな」

「変身願望でもあるのか」

 一転突っ込んでくる舞地さん。

 そういう願望はないし変化を望んでいる訳でも無い。

 とはいえ変化しないように過ごしてる訳でも無く、そこは自然な流れに身を任せている。


 婚約にしてもそうで、それに向かって突き進もうとしたつもりはない。

 自然な流れというか、私とショウのお互いの気持ちが一致して重なり合った結果。

 むしろ必然と表現した方が良く、今の状況を変えようと思っての行動ではない。

「何がおかしい」

「どうして」

「ふにゃふにゃ笑ってる」

 人の顔を指さし、鼻で笑う舞地さん。

 どうやら、露骨に顔に出ていたようだ。

 昨日までは平気だったのに、ちょっと意識し始めてるのかな。

「もうすぐ卒業だなと思っただけ。来月からはよろしく」

「誰が」

 おい。

 この人が私の先輩になったのは、一生の不覚だな。

 向こうは向こうで、似たような事を思ってるかも知れないが。




 二人と一緒に、教棟の地下にある購買へとやってくる。

 以前池上さんと一緒に来た場所で、学生もいないのに営業をしてるようだ。

「私、地下ってあまり好きじゃないんだよね。イメージ的に薄暗い」

 当然照明はあるが、窓がない事で圧迫感を感じるのもあるかも知れない。


 雰囲気としては文房具店とコンビニが混在した感じ。

 高校のように駄菓子のスペースが割かれてはおらず、レポート用の用紙や表紙が目立つ位置に置いてある。

 購買の隣にある休憩スペースで、なにやら楽しそうに盛り上がっているショウとケイ。

 何と言っても、男の子同士。

 私とは違う楽しさがあるんだろう。

「何買ったの」

「大学のグッズ」

 テーブルの上に置かれているのは、ピンバッチやネーム入りのノート。 

 こんなの物も売ってるんだ。

「随分風変わりな物を買ってるのね」

 くすりと笑い、ノートを手に取る池上さん。

 この大学に通う人からして、この台詞。

 知名度はあまり無いのか、通ってるからこそ興味がないのだろうか。


「どうしてこれなの?」

「これはここに通えないからな。一応、記念に」

 そう言って、あははと笑うショウ。

 確かに普通であれば、私同様草薙大学へ進学していたはず。

 おそらくはそういう意味の事を言いたいんだろう。

「それにしても難儀な性格ね。軍に進んで何が楽しいの」

「楽しい訳ではないんですが。まあ、昔からそう決めたので」

「決めてた、ね。一途なんだか、何も考えてないんだか」

 さらっと失礼な池上さん。

 私としては一途の方だと思っていて、自分の意志を最後まで貫き通したのは偉いと思う。

 しばらくの間離れ離れになるけれど、私のわがままで彼の意志を曲げて欲しくもない。




 気付けばお昼前。

 学食はやってないらしく、結局高校へと戻ってくる。

 これでは、購買で大学のグッズを買うだけになってしまったな。

「久し振りに来たわね、こっちも」

 食堂を見渡しつつ、感慨深げに呟く池上さん。

 そう言えば彼女を高校側の敷地で見た事は無く、もしかすると1年振りになる訳か。

「舞地さんも懐かしいでしょ」

「洋食」

 誰も、何を食べたいかは聞いてない。



 それでもカウンターで食事を受け取り、二人の分もテーブルへと運ぶ。

 舞地さんはキャップをわずかに上げ、私が持って来たトレイを睨み付けた。

「なんだ、これは」

「エビピラフじゃないの」

 トレイに乗ってるのはエビピラフとコンソメスープ。

 この人も、休み時期のメニューを知らない口か。

「生徒がいない間は、メニューが限定されるんだって。今知ったでしょ」

「和食は」

 どうしてこう、わがままを言うかな。

 ちなみに和食は炊き込みご飯とみそ汁だけ。

 舞地さんはショウが掻き込んでいるそれから目を逸らし、サトミのトレイを指さした。

「それは」

「エビチャーハンですよ。交換します?」

「ピラフとどう違う……。チャーハンとピラフの違いなら、聞きたくない」

「では、聞かないで下さい」

 むっとしてチャーハンを頬張るサトミ。

 こうなると、どっちもどっちだな。



 昨日同様、盛り上がりに欠ける食事。

 まずくはないんだけど、せめてもう一品あると助かりはする。

「ご馳走様。真理依、帰るわよ」

「ピラフってなんだ」

「もういいわよ。じゃ、みんなによろしくね」

 私とサトミの頭を撫で、うしゃうしゃ笑いながら去っていく池上さん。

 舞地さんは空になった皿を睨み付け、彼女の後を追っていった。

 というか、結局全部食べたんじゃない。

「いまいち、見学の意味が無かったね。やっぱり八事に行けば良かったのかな」

「それもどうかしら」

 八事行きにはいまいち否定的なサトミ。

 お兄さんに会いたくないと言うより、彼の行動を目にしたくないのかも知れない。

「謝恩会というか、集まりはいつやるの。卒業後はショウも忙しいだろうから、あまり余裕が無いよね」

「無い訳でもないが、悠長にしてはいられないと思う」

「それなら明日か明後日は。尹さんとみんなには連絡をしておくから、ユウは何を話すか考えておきなさい」

 なんだ、それ。

 小話でも話せって言うのか。


 とはいえ主役は間違いなく3年生。

 モトちゃんは勿論として、私も一言求められる可能性はある。

「何かネタはないの。元になる原稿とか」

「難しく考えなくても良いのよ。自分の気持ちを素直に話せば」

「だったら、サトミが話せば良いじゃない」

「……済みません。遠野ですが。ええ、先日の件に付いて。……はい、人数は30名程度で」

 露骨に逃げたな、この女。

 私が喋った後は、絶対この子を指名してやろう。




 それでもサトミが忙しくなり始めたので、後は彼女に任せて私達は自警局へとやってくる。

 ここでもやる事は無いが、サトミの隣にいてもやる事は無いだろうから。

「明日みたいね」

 受付に背をもたれ苦笑するモトちゃん。

 彼女には、すでに連絡が来てたのか。

「卒業式後でも良かったんだけど、みんなも予定があるかなと思って」

「まあ、良いんじゃない。会費はどうなった?」

「全部サトミに預けてる。今の所、足りないとは聞いてないけどね」

 尹さんならその足りない分も好意で補ってくれるだろうが、あまり甘えすぎるのも良くはない。

 最悪、貯金箱基金に手を出すつもりではいるが。


 ただそれよりも先に、使い込める資金はある。

「お金、用意してよ」

「無から有は作り出せないんだ。元手の資金がないと」

「そこはどうにかしてよ」

「仕方ない。最後の最後まで、俺はみんなのために働くな」

 聞き捨てならない事を言いつつ、カードを差し出してくるケイ。

 とはいえここで突っ込んでは話が先に進まないので、一応笑ってカードを受け取る。

「悪いお金じゃないよね」

「どうやって儲けたかなんて、お金には書いてない。悪いお金も良いお金も無いよ」

 なんだか嫌だけど、背に腹は代えられない。

 取りあえずサトミに連絡をして、資金が増えた事を告げる。

「あるだけ頂戴って」

「全額サトミの口座に振り込めばいいよ。俺の善意を」

「本当に変なお金じゃないでしょうね」

「いつも言うように、そこは俺という人間を信用してもらうしかない」

 究極に難しい事を言い出すな、この人は。




 とはいえケイが言うように、お金はお金。

 しかもデータ化された数値なので、良いも悪いも分かりはしない。

「こっちはこれで良しと。ああ、後は花壇。ちょっと言ってくる」

「慌ただしい女だな」

「卒業まで、もう一週間なんだよ。悠長にしてる場合じゃないんだよ」

「だからこそ、余裕を持って行動するんだろ」

 珍しく良い事を言ってきた。

 もしかして、天変地異の前触れかな。



 外に出るが幸い雪が降ってくる事もなく、気持ちの良い快晴。

 彼の言動も、そこまでの影響力は無いようだ。

 あっても困るけどさ。


 園芸部の前は、相変わらず綺麗な花が咲いている。

 春が近いせいか花の数も増え始め、見ているだけで心が浮き立ってくる。

「こんにちは」

 じょうろで水をあげながら微笑む女の子。 

 私も微笑み返し、その花壇を指さす。

「朝顔の事、お願い」

「確かに。もう、卒業なんですね」

 しみじみとした顔で空を見上げる女の子。


 彼女と出会ったのは、丁度去年の今くらい。

 時折こうして会話を交わすだけで、それも数えられるほど。

 それでも彼女との関係は深く、強いと私は思ってる。

 付き合いの長さもだけど、お互いの気持ちと言うんだろうか。

 私と彼女の場合は、その顕著な例だと思う。




 彼女と別れ、緑に色付き始めた木々の間を抜けながら教棟へ戻る。

 ここをこうして歩くのも、後一週間。

 何もかもが思い出に……。


 感慨に浸り始めていた私の前に現れる、数名の男子生徒。

 単に移動をしてる訳では無さそうで、明らかに私へ用がある様子。

 それも、あまりいい用事では無いようだ。


 背中に手を伸ばし、スティックを確認。

 無くても良いが、あって困る物では無い。

「雪野さん、ですよね」

「何か用」

 スティックを手に取り、足場を確認。

 前に注意を引きつけて後ろからという可能性もあり、全方位に意識を向ける。

 見た感じ手こずりそうな相手はおらず、仮に10人で掛かってこられようと同じ事。

 油断はしないが、この程度の相手に負けるようならガーディアンを名乗ってはいない。

「もうすぐ卒業らしいじゃないですか。去年退学してますし、無理は出来ませんよね」

 私に何か頼みたいのか、それとも脅したいのか。

 もしくは、袋叩きにしたいのか。

 そのどれも聞くつもりはないが、周りからあれこれ言われているので取りあえずは自重。

 勝手に話させておく。


「ガーディアンだ自警局だ。随分偉いそうですね」

「それがどうかしたの」

 否定するのも馬鹿らしく、もっと言ってしまえばこのやりとりすら馬鹿らしい。

 とにかく早く結論を言えと突っ込みたくもなる。

「あまり調子に乗るなって事ですよ。生徒の自治です、生徒の自治。ガーディアンがでかい顔をするなって」

 なるほどね。

 これこそ突っ込みどころはいくらでもあるが、この連中も私の反論を聞きたい訳では無いだろう。

「我々が改革をして上げますから、皆さんはそれを見ていて下さい」

「改革」

「そう。改革。あなた達には出来ない事を、俺達がやってみせますから」

 笑い声を上げて私の隣を通り過ぎる男達。

 何か仕掛けてくるかと思ったが、今そのつもりはない様子。

 その背中が遠ざかるのを確認して、大きく息を付く。


 後を追って全員なぎ倒すのは簡単。

 とはいえ大人しくしろと言われたばかり。

 また迂闊に行動すれば、処分の対象。 

 連中も、それを踏まえた上での発言のはず。

 取りあえず、自警局へ戻るとするか。




「あー」

 受付で天井を見上げ、思わず声を出す。

 通り過ぎていく人や受付の子がこっちを見てくるが、気にせず叫ぶ。

「あー」

 はたかれる頭。

 構わず天井を見上げ、声を上げ続ける。

「あーっ」

「もういいわよ」

 とうとう口を押さえてくるサトミ。

 これではさすがに声の出しようが無く、ただ不満は内側に鬱積するばかり。

 腕をばたつかせ、怒りを全力でアピールする。

「子供なの、あなたは。ショウ、ショウを呼んできて」

「俺がどうした」

「ちょっとユウを押さえて」

 ため息混じりに私から離れるサトミ。

 代わってショウが私の両腕を後ろから掴み、足を絡めてきた。

 そこまで本格的にやらなくても良いと思うんだけどな。


 ショウに拘束されたまま奥へ引きずられ、結局局長執務室に放り込まれる。

 実際に投げられた訳では無いが、精神的に。

「ショウ君、放してあげて。事情は分かってるから」

「暴れるなよ」

 首を撫でながら離れていくショウ。

 人を暴れ馬みたいな扱いにしないでよね。

「生徒の自治がどうって話をされたんでしょ。ここにも来たから」

「あれは何。何あれは」

「言い方を変えなくても良いと思うけど。それと正直言えば、あの手の手合いは結構多いのよ。こういう時期は特にね」

 私とは違い、怒るでもなく冷静に説明するモトちゃん。

 サトミも至って落ち着いているので、どうやら年中行事らしい。

「だからって、ああいうのをのさばらせておいて良いの?」

「言ったでしょ、良くあるって。誰も相手にしないし、何の影響力もない。卒業生をからかって遊んでるだけよ」

「それを許すと?」

「……誰か、お茶持って来て。優のグラスには、氷を入れて」



 私にではなく、モトちゃんの前にグラスを置く真田さん。

 まあ、間違った判断ではないと思う。

 私もグラスを渡され、氷をかじりながらお茶を飲む。

「何」

「まだ、冬ですよ」

「私の中は、もう夏になってる」

「さすがですね」

 何がさすがか知らないし、首を振るのは止めて欲しい。

「とにかく、ああいう手合いは我慢出来ないの」

「その台詞、今まで何回言った?」

「何度でも言う。ああいう手合いは」

「分かったから。今更退学はないけれど、変な真似をしたら卒業式に出席出来ない可能性もあるのよ。そんな手合いのために出席出来ないのはつまらないでしょ」

 説得力のある事を言ってくるモトちゃん。

 ただそれは理屈。

 私の感情とは相反する。


 もう一つ氷をかじろうと思ったが、寒くて止めた。

 私の中は夏でも、現実は冬。

 いくら暖房が効いていても、そうそう食べられる物でも無い。

「ケイ、どうにかしてよ」

「ああいうのは自滅タイプ。放っておけば、勝手に消える。だた、ユウには手を出さないと思ってたんだけどな」

「どうして」

「そうやって、後先考えずに激高するから。モトが言ったように、手が出せないと思ってるからちょっかいを掛けてくる。普通の3年生ならそう判断する」

 私の顔を見つめながら話すケイ。

 これには反論のしようもなく、苛立ちが募るだけ。

 どちらにしろ、何一つ解決には結びつかない。

「目に余るようなら排除しても良いけど、手を出すのも馬鹿らしい。自制心を高める機会だと思えば良いだろ」

「絶対に無理」

「つくづく暴れ馬だな」

 軽いため息。

 でもって、そのまま壁際にいって端末をいじり始めた。


 こうして見ていると、苛立っているのは私一人。

 つまり、私がおかしいような気分になってくる。

「本当にああいう連中を許して良いの?」

「許してはいない。ただ、相手にする必要もないだけ」

「余計に調子づくかも知れないじゃない」

「度が過ぎるようなら、私も対策を考える。取りあえず今は口で言ってるだけだから、放っておきなさい」

「納得いかないな」

 ちらっと視線を動かすが、真田さんはすぐに顔を背けてしまった。

 勘が鋭いな、どうにも。

「どう思う、ああいうのは」

「問題はあるでしょうが、皆さんの仰る通り無視すれば良いと思いますよ。相手にするだけの価値もありません」

「不快に思えても?」

「だからこそ、余計にです。関わり合うだけ無駄じゃないですか」

 随分達観した意見。

 しかし私はそこまで悟れず、今こうしてる間でも叫び出しそう。


 何より不快なのは、生徒の自治を標榜した点。

 連中の主張はそれを自分達に都合良く解釈。いや、利用しているだけ。

 私達が守ろうとした生徒の自治とは全く別であり、まるでそれを穢された気にすらなってくる。

「だったらいっそ、留年しろよ。そうすれば、思う存分暴れられる」

「あ?」

「例えばの話。もう1年高校生活を味わうのも悪く無いだろ」

 端末を見ながら話すケイ。

 悪く無いどころか、悪い事ばかり。

 そしてこれには、真田さんの顔色が一瞬にして変わる。

「冗談ですよね」

「留年する訳無いじゃない。私は単位も何もかも満たしてて、今週通えばもう卒業なの。留年しても、4月からやる事が無いんだって。それこそ、1年間図書館で自習みたい話だよ」

「そのつもりなんですか?」

 おい。

 大体今更留年するなら、退学した方がよほどまし。

 でもってどちらを選ぼうとお母さんの雷が落ちてくるのは間違いなく、当然どちらを選ぶ訳もない。



 頭を冷やすべく購買に行こうとしたら、神代さんが前に躍り出てきた。

「留年するって本気?」

 誰だ、情報を漏らしたのは。

 でもって、どうしてこまで真剣な顔なんだ。

「する訳がない。他の子にも言っておいて。私は無事に卒業して、4月から大学生になる」

「絶対だよね」

 いっそ、指切りでもすればいいのかな。

 緒方さんは壁から顔を半分だけ出してこちらの様子を窺い、目が合うや一瞬にして姿を消した。

 止めてよね、もう。 


 彼女とは対照的に、満面の笑みでやってくる渡瀬さん。

 色んな意味で、笑い事ではないと思うんだけどな。

「万が一そうなっても大丈夫ですよ」

 何が、どう大丈夫なのよ。

 少なくとも私は、何一つ大丈夫じゃないわよ。

「絶対留年しないし、そうなるような真似もしない。もし私を留年させたくないなら、そのおかしな連中を神代さんがどうにかしてよ」

「私が留年したら、どう責任取ってくれるの」

 逆に怒られた。

 大体、どうして留年前提なのよ。




 自警局を飛び出て購買へ向かう途中。

 私に気付き、苦笑している小谷君と目が合った。

「……何か不穏な雰囲気はありますが」

 さすがに、露骨な表現は避ける小谷君。

 言ってる内容自体は同じだけどね。

 というか、不穏って何。

「留年しないし、する気も無い。ただ怒っただけ」

「この手の手合いは結構多いんです。場合によっては俺が排除しますから」

「小谷君に迷惑が掛かるでしょ」

「雪野さんが留年しても困りますからね。いや、そういう意味ではなくて」 

 苦笑気味に手を振り、頭を掻き出した。

 つまりは私のために、という意味。

 つくづく、私は後輩に恵まれてるな。

 私を見るや、背を向けて走り出そうとした人はともかくとして。



 そんな私達の側を足早に通り過ぎようとした御剣君を呼び止め、彼にも説明をする。

「私は留年しないし、絶対に卒業する。いっそ卒業式まで学校に来ないって手もあるしね」

「是非そうして下さい」

 大きな体で懇願しないでよね。

 放っておくと、その内土下座でもしそうだな。

「それか、御剣君がどうにかして」

「俺の前に、そういう奴は現れないんですよね。情報が分かれば、今すぐにでも締め上げてきますが」

「締め上げても困るんだけどさ。結局私が我慢すればいいのかな」

「出来るんですか?」

 失礼だな、この子。

 そう思われるだけの行動を、日頃からしてるのは確かだとしても。


 こうなると、下手に指示を出すのも厄介。

 とはいえ自分で動くと、周りからの指摘が矢のように飛んでくる。

「御剣君も、取りあえず自重して」

「は?」

 そんなに目を丸くするような事を言ったのかな。

 言ったんだろうな、間違いなく。

「自分の事を棚に上げて。とか思ったでしょ」

「分かってるんですか」

「……あのね。下手に行動すると御剣君にも迷惑が掛かるだろうから、何もしなくていい。つまりは今週一杯無視すれば済む話だからね」

「雪野さんが良いならそれで。俺としてはあまり納得出来ませんが」

 むっとしつつ頷く御剣君。

 こういう感性。考え方は私と同じ。

 結局私達は先輩であり後輩なんだとつくづく思う。


「小谷君も、何もしなくて良いよ。その連中が、周りに迷惑を掛けない限りは」

「分かりました。それでも身元は確かめておきますね」

「ありがとう。だけどこれは、私が気を使わないといけない事かな」

「世知辛い世の中になりましたね」

 冗談っぽく告げる小谷君。

 思うままに行動していた昔と比べれば、確かにその通り。

 とはいえこれが現実。

 むしろ当たり前なのかも知れない。




 自警局へ舞い戻り、受付で警戒されつつ奥へと進む。

 もう落ち着いたって言うの。

「大丈夫ですか」 

 くすくす笑いつつ、お茶のペットボトルを差し出してくるエリちゃん。

 それを受け取って一口飲み、大きく息を付く。

「どうにか。人間、冷静が一番だね」

 受付から聞こえる、何かを落としたような音。

 遠回しに失礼だな。

「御剣君に会ったから、この件に関しては保留って言っておいた。ただ小谷君は、一応身元は調べるって」

「いざという時は、さすがに対処する必要がありますからね。とはいえ実際は元野さんが言うように、関わり合うだけ馬鹿らしいですよ。こうして振り回される事自体も」

「それは分かるけどさ」

 分かるけれど、連中が不快な事実が消える事は無い。

 関わるだけ無駄と理解してるからこそ、それに煩わされる事が一層不快。

 非常に嫌な循環になっている。

「優さん、何か予定はありますか」

「何も無いよ。ずっと暇」

「ちょっと見てもらいたい物があるんですけど」

 いつに無い重い表情で語るエリちゃん。

 何か、怖い物じゃないだろうな。



 エリちゃんに連れてこられたのは、狭い資料室。

 段ボールや本が山積みされていて、変に歩くと震動で倒れてきそうな恐怖を覚えるくらい。

 どうもこういう場所は好きじゃないな。

「これ、なんですが」

 床にぽつんと置かれた段ボールを指さすエリちゃん。

 かなり開けたくないな、これは。

「怖い物?」

「ある意味怖いです」

「だったら、止める」

 敢えて開ける理由は一つもなく、出来ればこのまま帰りたいくらい。

 それか燃やすかだ。

「取りあえず、見て下さい」

「ネズミ?それともお化け?」

「何の話をしてるんですか?」

「怖いんでしょ」

 噛み合わない会話。

 どちらにしろこの雰囲気では開けるしか無く、軍手を借りて段ボールのふたを素早く開ける。


 慌てて飛び退くが、コウモリの大群が飛び出てくる事は幸い無かった。

 そんな訳は無いと分かっていても、怖い時はそのくらいの想像をするんだって。

「見て下さい」

「……書類だね」

 ただ備品使用状況書ではなく、領収書の類が目立つ。

 何処かで見たような。

 それも、今と同じような時期に。

「ああ、分かった。これ、天満さん達から渡された」

 彼女達が爆弾と呼んでいた、過去の不正についての資料。

 去年の騒動ではこれを使う事は無く、結局力尽くで事態を収束させた。

 それにしてもまだあったのか、これ。

「どうして見つけたの?」

「元野さんが、ここを整理するようにと」

 苦笑気味に答えるエリちゃん。

 つまりはこの資料を引き継げという意味か。


 私に話を振られても正直困るが、解決方法は薄々勘付いている。

「モトちゃんから何か受け取ってる?サトミかケイからも」

「大きめの封筒を数通」

「それも中に入れて、ガムテープでふたを閉じればいい。後は分かるような場所に置いて、部屋の鍵を閉めて終わり」

「終わり、ですか」

「終わり。多分これは、使わない事に意味があると思うよ。手元に置いておく事にね」

 使い方によっては相当有効だろうし、影響力もあるはず。

 ただ影響力が大きすぎ、こちらに被害が及ぶ場合もある。

 それなら保管だけしておき、万が一の保険と考えればいい。 

 いざという時にはこれを頼る。

 そう思えれば、結構無理は利く物だ。

 何よりこういう物を使う事自体、私はあまり好きではない。


 段ボールを棚の上に置き、部屋の鍵を掛けて片付けは終了。

 モトちゃんの意図はまた別にあるとしても、それは彼女の意志。

 無理にエリちゃんが従う必要はないし、私もそこまで彼女に負担を掛けたくはない。

「済みません。ご迷惑をお掛けして」

「いや。私は平気なんだけど、これはモトちゃんが悪いんじゃないの。いっそこの資料を全部捨てるなり燃やせばいいじゃない。あるから頼ろうとしたり、面倒な気分になるんだから」

「はぁ」

「使い方も難しいんだし、無い方が良いんだって」

「良くはないのよ」

 頭に置かれる手の平。

 振り向くと、モトちゃんとサトミが仁王立ちしていた。


「だってこんなの無くても良いでしょ。それか書類は警察なり検察に送れば良いじゃない」

「時効を迎えてる資料も多いの。それに変な人間の手に渡れば、そこで利用されるだけよ」

「だったら燃やせば」

「燃やしません。私やエリちゃんが使わなくても、もっと後の代で誰かが必要となるかも知れないでしょ。もしかして、ユウの子供が入学してきた時とか」 

 遠い話をしてくるな、この人は。

 大体今仮に子供が生まれても、ここに通い出すのは15年後。

 さすがにその時、ここにある資料が役立つとは思えない。

「後輩に面倒を押しつけるみたいで、私は納得いかないんだけどね」

「優さんって、本当に後輩思いですよね」

 くすっと笑いながらそんな事を言い出すエリちゃん。

 ただ自分では自覚はなく、過大評価されている気がする。 

 むしろ甘いというか、威厳がないと思う時は良くあるが。



 それでもエリちゃんの言うように後輩の事を気に掛けるのは、卒業間近なのも関係しているだろう。

 卒業してしまえば後は彼女達に任せるしか無く、私はそれを見守るだけ。

 手出しどころか、何が起きているのか知る機会すら薄れてしまう。

 だからこそ少しでも後輩の負担を減らし、ここを去っていきたい。

 それを後輩思いと感じてくれるのは、恥ずかしくもあり嬉しくもある。












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