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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第51話  最終話
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 寮の荷物は運び終わり、自警局もほぼ整理が付いた。

 引き継ぎに関しても同様で、後は卒業式が来るのをのんびり待つだけ。

 やる事が無いと逆に落ち着かないというか、やり残した事がないか考えてしまう。

「後2週間ほどで卒業式ですが、皆さんはまだ高校生です。そういった自覚を持ち、冷静に行動をするように」

 朝のHR。

 私の方を見ながら話す村井先生。

 良いんだけど、結構嫌だな。

「雪野さんは、後で私の所で来るように」

「どうして」

「……来るように」

 だから、理由を先に言ってよね。


 HRが終わった所で教壇へ向かうと、廊下を指さされた。

 仕方なく彼女の後に続き、教室の外へ出る。

 ドアが閉まると私を振り向き、肩に手を置いてきた。

 痛いよ、ちょっと。

「本当に大丈夫よね」

「何がですか」

「前から言ってるでしょ。いきなり結婚とか、子供が出来ましたとか。そういう話」

 まだ言ってるのか。

 何度否定すれば良いのかな、本当に。

「とにかく、そういう予定は一切ありません」

「昔あったのよ。卒業と同時に結婚って。父兄会はやってくるしマスコミもやってくるし。おめでたい話かも知れないけれど、周りは大変なのよ」

 全然人の話を聞いてないな。

 とはいえ高校生が結婚したり子供を産めば、ちょっとした話題になるのは間違いない。

「そんな事より、自分の結婚相手でも探したらどうですか」

「私の事はどうでも良いのよ。それと卒業式に暴れるのは絶対に止めて。それはそれで大変なんだから」

 これも過去に経験がありか。

 意外と波瀾万丈な人生を歩んでるんだな。



 とはいえこちらは、至って平凡な人生を過ごしてきた17年間。

 人様に迷惑を掛けてはいないと思う。

 それ程は。

「何の話だったの」

 大して興味はないが、取りあえず聞きましたみたいな顔をしてくるサトミ。

 そんな彼女へ適当に答えてごまかし、席に付く。

 結婚もあくまで口約束。

 いや。そういう言い方はどうかと思うが、お互いが意思を確認しあっただけ。

 まだ何も決まった訳ではないし、私個人としてはさすがに大学を卒業するまでは結婚しようとも思わない。

 ショウが望むなら別だが、それでも高校生の内は断じてないだろう。

「楽しそうね」

「何が」

「こっちの話。自習自習で退屈ね」

 英文で書かれた科学雑誌をめくりながら呟くサトミ。


 卒業式まであとわずか。

 テストも何もかもが終わっていて、今更授業もなにもない。

 さすがに出席率も落ち、教室にいるのは普段の半分程度。

 余程真面目か余程暇か、過去に何か問題を起こしているか。

 残っている生徒はその辺りに該当すると思う。

 私達は、言うまでも無く後者の典型だ。

「サトミって、この前のテストはどうだったの」

「大した事無いわ」

 ふっと微笑み、胸を反らすサトミ。

 テスト結果に関して自慢をするような子ではないが、今回はそうしたい程の結果だった様子。

 全教科100点とか、多分そういうレベルなんだろうな。

 100点なんて、私は中高合わせても3回しか経験がないが。



 しかし自習だと暇なのは確か。

 刺激を求める訳では無いにしろ、正直やる事が無い。

「まあ、良いか」

 スティックを取り出し、それを専用のクリーナーで磨く。

 これがあったからこそ、私は6年間過ごして来れた。

 目を悪くしてからは以前以上に助けられ、もはや体の一部と言っても良いくらい。

 卒業後にこれを持ち歩く事はあまりないと思うけれど、生涯手放す事は無いだろう。

「それは、いつまで所有するの」

 雑誌を読みながら尋ねてくるサトミ。

 いつまでも何も、一生持ち続けると思ったばかりだ。


 ただそれは私の意見。

 もう一人のオーナーの意見ではない。

「大丈夫、だよね」

 慎重に、上目遣いでお伺いを立ててみる。

 真面目な顔でゲームをしていたショウは、何がと言いたげに私を見てきた。

「スティック。私がずっと持ってて良いんだよね」

「ああ。それはユウの物だから」

 ごく普通に答え、私の頭を撫でるショウ。

 私も眼を細め、にこりと頷く。

 猫なら喉を鳴らしてるところだと思う。


 しかしそれも、ショウの意見。

 サトミの意見ではない。

「危険物ではないの、これは」

 スティックへ指を向け、慌てて引っ込めるサトミ。

 感電するとでも思ってるのかな。

 あながち間違いでもないけれど。

「普通に使う分には、ただの棒だよ。ねえ」

「別に、問題無いだろ」

 私からスティックを受け取り、手の中で転がすショウ。

 手首を痛めるのは、これを伸ばした状態で動かす時。

 今なら誰が触っても問題は無い。

「大体、今更どうしたの」

「それ、大学に持ち込む気じゃないでしょうね」

「そういう事ね」


 大学になっても、学内で暴れ回る私の姿を想像している様子。

 それはかなり困るというか、サトミでなくても何か言いたくはなるだろう。

 今までは高校生だからという曖昧な理由で見過ごされてきた事も、大学生になるとそうもいかなくなってくる。

 また年齢的には成人で、法律としては大人と判断される。

 壁に穴を開けました、済みません。

 では済まなくなってくる。

 いや。本当は今でも、済んでないんだけどさ。

「大学に持ち込もうとは思ってないよ。目の調子が悪くならない限りは」

 今の私に取っては武器よりも、杖としての側面が強い。

 手荒に扱っても傷付かないし、手に馴染んでいる。

 歩行用の杖は色々と機能が付いているけれど、このスティックに勝る信頼感はない。

「やっぱり、愛着があるじゃない」

「愛着?棒だぞ」

 即座に突っ込むショウ。

 この手の話になると、とにかく厳しいな。




 突っ込み役が二人になり、さすがに耐えきれなくなったので外へ逃げる。

 本来なら授業中だけど、他のクラスも自習なのか意外と生徒の姿が多い。

 廊下を歩く教師もその辺は黙認しているのか、おざなりに注意しては足早に通り過ぎていく。

「あーあ」

 軽く伸びをして深呼吸。

 取りあえず、ジュースでも買いに……。

 いや。無駄遣いは禁物。

 例えわずかでも、その分は貯金箱へ入れておきたい。

 塵も積もれば山となるではないが、0は1にならなくても1はいつか100になる。

 100になるまでに、どれだけ掛かるかはともかくとして。

「済みません。向こうで男子生徒が暴れてるんですけど」

 申し訳なさそうに話しかけてくる大柄な女の子。

 どうして私にと思ったが、肩にはガーディアンのID。

 何か違うなという気もしつつ、持ち出してきたスティックを抜く。

「暴れてるのは何人くらい?武器は持ってる?」

「20人くらいで、木刀を持ってる人もいました」

 ……それを私にどうしろと。



 とはいえ依頼は依頼。

 そして自分はガーディアン。

 廊下を小走りで駆け抜け、言われた場所の手前で速度を落とす。

 すでに野次馬の山が出来ていて、何が起きているかは分からないが人が集まるような事にはなっているようだ。

「これ、何」

 背伸びして人垣の奥を覗き込んでいる男の子に声を掛けてみる。

 すると、すごい悪い顔をして振り向かれた。

「ひどいね、これは」

「何が」

「卒業記念らしいよ」

 肝心な所は答えない男の子。

 そして野次馬の間からは女の子が一人、また一人と抜けて行く。

 でもってその隙間を、別な女の子がすぐさま埋めていく。

 どうも、あまりろくな事はしてそうにない。



 野次馬の間をすり抜け、前へと移動。

 無理矢理突っ込む程危険な状況では無さそうなのと、今更暴れて目立ちたくないので。

 この辺は、体の小ささが役に立つ。

 全然嬉しくないけどさ。


 実際大して苦労もしないまま、最前列へ到達。

 何というのか、野次馬を強制的に排除しなくて本当に助かった。

「じゃんけん、ほいっ」

「あーっ」

 悲鳴を上げる、上半身裸の男。

 それに驚く間もなくスラックスを脱ぎ捨て、トランクス一枚に成り下がった。

「……これ、何」

「卒業記念に目立ちたいからって、野球拳をするんだって。これが第三回戦」

 ものすごい冷静に説明してくれる、大きなカメラを構えた男の子。

 知り合いでは無さそうだが、この行為自体に興味はあるようだ。

「強制的にやってる訳じゃないよね」

「ああ、自主的らしいよ。中途半端に脱がず、初めから全部脱げばいいのにね」

 それは全然同意出来ないけどな。



 注意をするのも馬鹿らしいので、ここは専門家を呼んでおく。

「俺は忙しいんだ」

「自習中でしょ。それより、これ」

 目の前の騒ぎを指さし、すぐに視線を逸らす。

 この場にいる事自体、虚しさしか沸き上がってこない。

 ケイも特に思う所はなかったようで、表情は変化無し。

 どうでも良いと思ってるのかも知れない。

 私も相当にどうでも良いが、廊下をふさいでる以上かなり迷惑。

 それだけはどうにかしたい。

「何で木刀を持ってる子がいるのかな」

「一応は勝負事。熱くなる馬鹿もいるから、その牽制だろ」

 馬鹿も何も、これに参加してる時点で馬鹿じゃないの。


「とにかく、なんとかして」

「仕方ないな。……対処方法は、数通りある。地獄を見させるか、程々にたしなめるか、軽く注意するか」

「地獄って何」

「この動画をネットワークに上げて、世界中に配信する。大学のネットワーク上でも、毎日流す。消されようが何をしようが、毎日ね」

 淡々と説明するケイ。

 つまりは生き地獄という訳か。


 そのくらいやってもいいと思う反面、羽目を外したくなるのも多少は分かる。

 また物を壊したり誰かを傷付けてはいないので、少しはセーブして欲しい。

「程々って何」

「ステージを変える。正門前でやるとか、駅前でやるとか。熱田署の前でやるとか」

 それと大学での配信とどう違うのかは分からなく、私からすればそれも生き地獄だ。

「軽く注意は、警告するだけ?」

「そこに消火栓があるだろ。あれをぶちまける。スプリンクラーでも良いよ」

 本当に軽く言うな、この人は。

 またそれはそれで、結構な惨事。

 野次馬にも被害が広がり、サトミとモトちゃんの顔がちらちらと思い浮かぶ。

「もう少し、無難なやり方はないの」

「ユウは優しいなー」

 詠嘆されるような事も言ってないんだけどな。



 こそこそと動き出すケイ。

 何をするのかと思ったら、着替えの山に近付いてそれを野次馬の後ろへと放り投げだした。

 野球拳に興じている二人は気付いてないが、それ以外の参加者はすぐに彼を見咎める。

「おい、何してるんだ」

「それはこっちの台詞だ。早くしないと、服を持って行かれるぞ」

「なにっ?」

 血相を変えて野次馬の中に突入する男。

 そこはそこで改めて騒ぎが起き、一層混乱が深まった気もする。

 やがて野球拳をやっていた二人も騒ぎに気付き、上半身裸のまま野次馬の中に消えていった。


「じゃあ、帰ろうか」

「まだ騒いでるじゃない」

「全く。世話の焼ける」

 肩をすくめ、近くにいた野次馬の男の子を呼び寄せるケイ。

 そして一言二言ささやき、青い顔をしているその子を送り出しだ。

「……何言ったの」

「卒業までの間に騒ぎを起こすと、良くて補習。停学とか退学って話もあるらしい」

「当たり前の話じゃない」

「その当たり前が分からなくなってるから面白い」

 面白くはないが、彼の言葉が相当効果的だったのは確か。

 野次馬は潮が引くようにいなくなり、野球拳をやっていたグループも消え失せた。

 でもって置き去りにされた青い靴下が、妙な虚しさを誘う。

「さすがに靴下までは知らんぞ」

「私もそこまで関わりたくはない。何か、すごい時間を無駄に使った気がする」

「人生とは、そういうものだ」

 良い事を言ったのかな、今。

 絶対に違うだろうな。



 渡り廊下の自販機コーナーへやってきて、ジュースを買うケイの姿をじっと見る。

「……何が飲みたい?」

「リンゴ炭酸」

「信仰でもしてるのか」

 そういう言い方をされても困るが、私にとってのジュースはこれ。

 またこれに勝る飲み物は、そうそうないと思う。

「我慢してストレスを溜めるより、このくらいなら買った方がましだろ」

「このくらいの積み重ねが、いくらになると思う?」

「それ以上に金を稼げば良いだけだ」

 途端に悪い顔になるケイ。

 それは無視して出てきたリンゴ炭酸に手を伸ばす。


 一口飲んで炭酸とリンゴの酸味に快感を覚えるが、場所が吹きさらしの渡り廊下。

 温かい物にすれば良かったと、すぐに後悔する。

「まだ寒いね」

「秋田よりは温かいだろ」

 ホットミルクを飲みながら答えるケイ。

 さすがにお見通しか、その辺は。

「出席してくれるって言ってくれたよ、サトミのご両親は」

「前よりは軟化してるのかな」

「サトミはどう思う?」

「あれは分からん。意地になってるようで、意外と甘いから」

 苦笑気味な分析。

 また実際その通りで、本人が思ってるほどクールではない。

 それは両親の事に限った話ではなく、何事に対しても。

「あっという間に6年過ぎたね」

「あっという間?」

 途端に声を裏返された。

 しみじみしたつもりで言ったんだけど、彼には全然違う印象を与えたらしい。


 ホットミルクがすぐ空になり、その紙コップを捨てに言ったと思ったらお茶を買って戻って来た。

「雪野さんよ。この6年間、僕は地獄を見てきたんですよ」

「見たのはどうでも良いけど、それが私のせいって言いたいの?」

「私のせい?」

 ペットボトルのお茶を一気飲み。

 という訳には行かなかったらしく、それでも半分くらいはすぐ無くなった。

「あー」

「叫ばないでよ」

「何が」

「もういい」

 私も残りのリンゴ炭酸を飲み干し、紙コップをゴミ箱へ捨てる。

 これ以上ここにいると、何を言われるか分かったものじゃない。

 それこそ、中等部の話まで持ち出されそうだ。

「昔、馬鹿な教師をポールに吊した事があってさ。俺は止めようって言ったんだよ。でも強硬に主張する女が……」

 とにかく今は逃げるとしよう。




 安住の地を探し、学内をふらふらと彷徨う。

 正確には、サトミ達やケイから逃げてるんだけど。

「あ」

 ようやく聞こえるチャイム。

 1時限目が終了し、ただ次の授業も自習だったはず。

 教室に戻ると、またサトミの追求が始まりそうだ。


 他にくつろげる場所はと思い、陸上部の部室へとやってくる。

 私も元陸上部。

 色々と思い入れもあり、私にとっては心の拠り所の一つである。

「どうかしましたか?」

 槍を腰にためて私を出迎える青木さん。

 それは絶対、私の台詞だと思う。

「いや。用は無いんだけど、近くまで来たから。それ、やり投げ用の?」

「ええ。ちょっと倉庫を整理してまして」

「手伝う」

 それ程重い物でも無いが、結構長く一人で持つのは辛そう。

 ただ前も思ったように、これを投擲する理由がよく分からない。

「雪野さんも、こんなの持ってましたよね」

「ああ、スティック。私の場合は振り回すだけで、遠くには投げないけどね。それに肩が弱いから、大して跳ばない」

 塩田さんなら教棟の壁に突き刺さるくらいだが、私は穴を開けるだけでせいぜい。

 あのバトンって、ずっと刺さったままにしておくのかな。



 槍を携え部室へ移動。

 でもって、壁のポスターを剥がしていた黒沢さんに慌てて飛び退かれる。

「私の意思じゃないからね。これをここに運んで、どうするの?」

「……ああ、それはもう捨てるのよ。壊れてるでしょ」

 そう言われて見ると、先が大きく欠けている。

 汚れもかなり目立ち、槍投げの用の槍としては使いづらいだろう。

「ただ捨てるだけ?」

「それ以外に、どうしろと?」

 怪訝そうに尋ね返す黒沢さん。

 それには返事のしようが無いけれど、今までお世話になった物。

 ちょっと切ないというか、寂しい気がする。

 私は初めて見るんだけどさ。


「槍供養なんて、聞いた事無いわよ」

 後ろから私の頭に手を置くニャン。

 付き合いが長いだけに、その辺はお見通しか。

「スパイクはどうしてる?」

「捨てるでしょ。惜しいけど」

「ふーん」

 黒沢さんと青木さんに視線を向けるが、似たような態度。

 捨てるのは当たり前で、それ以外の行動をする方がおかしいようだ。


 私はどうしても物に愛着を持つというか、固執してしまう。

 それが物をため込む理由でもあり、捨てられない理由。

 また卒業間近なので、多少感傷的になっているのかも知れない。

「あーあ」

 椅子に座り、テーブルに顔を伏せてため息を付く。

 一気に疲れたな、意味もなく。

「欲しいなら持って帰っても良いんですよ」

 地味に怖い事を言ってくる青木さん。

 厚意でも困るし、悪意だともっと困る。

「いや。そこまでは求めてない」

「だったら、どうしてそういう事を言う訳。ゴミは捨てて然るべきでしょ」 

 声を張って言い切る黒沢さん。

 良い事を言ったような気もするけど、当たり前の事しか言ってない。




 このままだと槍を押しつけられそうなので、部室を退散。

 迷い猫のように、どんどん遠くへ追いやられていくな。

「次はどこに行くの」

 私の横を歩きながら尋ねてくるニャン。

 明らかに暇そうだな、この子。

「授業は良いの?」

「自習自習の連続でしょ。だから部室の整理をしてたのよ」

「なるほどね」

 考える事は皆同じか。

 私は、ただ逃げているだけにしろ。

「それで、ユウユウは行く当てがあるの?」

「特にはない。ただ教室に戻ると、サトミがうるさい」

「変わらないわね、その辺は」

 くすくすと笑うニャン。

 多分良い意味でと言いたいんだろうけど、私に取って良い事は特にない。

 それはサトミの台詞かも知れないが。



 気付くと園芸部の部室前へ移動。

 やはり花壇には花が咲き誇り、いつもと変わらない穏やかな雰囲気を味わえる。

「今日は、いないか」

「知り合いでもいるの?」

「最近知り合ってね。卒業後に、色々育ててもらうよう頼んでる」

「たまに意味不明ね。……この時期でもたくさん咲いてるじゃない」

 ちょっと引っかかる事を言いつつ、花壇の前に腰を下ろすニャン。

 確かに春間近とはいえ、まだ寒い時期。

 これだけ花が咲いているのは、学内を探してもあまりないと思う。

「それを聞いたら、時期を考えて色々な花を育ててるんだって」

「立派な人ね」

 感心したように頷いたニャンは、足元に寄って来た猫の頭を軽く撫でた。

「猫って、こういうところを荒らさない?」

「猫も生きてるんだよって言ってた」

「それは見れば分かるじゃない」

 ちょっと意味が通じなかったか。




 やがてお昼休み。

 サトミ達を避けるため、いつもとは違う食堂で食事を取る。

「警戒し過ぎでしょ」

「それはサトミの本性を知らないからだって」

「ここにいたのね」 

 隣のテーブルから、にこりと笑うサトミ。

 明らかに私より先に座っていて、しかもキャップにコート。

 変装しないでよね、もう。

「渡り廊下の自販機コーナー、陸上部、園芸部。そこから近い食堂で、いつもと同じ位置のテーブル。そして現在の混雑状況」

 どうやら、私の行動をプロファイリングしているよう。

 とにかく機嫌良く話しているので、私は大人しくオムライスを食べるとしよう。

「聡美ちゃんも飽きないわね」

 くすくすと笑うニャン。

 本当、それは私も良く思う。

「間違いを正すのは当然の事でしょ。車が走っていないからといって、赤信号を渡るのは許されるかしら。法的、倫理的にそれは許されないでしょ。例外を一つ認めれば、次の例外が認められる。なし崩しに何もかもが許される事は、断じてあってならないのよ」

「難儀な性格ね」

 ぎっとニャンを睨むサトミ。


 対してニャンはどちらかと言えば淡泊な方。

 固執しないし、こだわりとかもあまりない。

 今を受け入れるというか、その場の空気に浸る方。

 ただ短距離走には並々ならぬこだわりを見せているので、それ以外には関心が薄くなるのかも知れない。

「グラタン食べなくて良いの?それに他の子は?」

「どうせ、ここまで来るのは私くらいよ」

 拗ねなくても良いじゃないよ。

 本当、難儀な性格だよな。




 食事を終え、今度は3人で移動。

 やはり特に行く当てはなく、学内をさまよい歩く事となる。

 とはいえ一緒にいるのが学内随一の美少女かつ天才少女。

 加えてオリンピック指定強化選手。

 一人でも目を引く存在なのに、それが二人合わさると注目の度合いも違ってくる。


 とはいえそれは二人に対して。

 私など、視線が頭の上を素通りだ。

 それはそれで助かるけどね。

「猫ちゃんは、何学部に進むの」

「スポーツ科学部。一日走ってても良いんだって」

 屈託なく笑うニャン。

 一日というのは大げさだが、かなりの時間を練習に割けるという訳か。

 私は体力的に無理だし、そもそも飽きる。

「ユウユウとの差を、さらに広げないといけないしね」

「笑止」

 腰に手を当てて笑うが、笑っているのは私だけ。 

 サトミは冷ややかな視線を注ぐときた。

「その自信は、どこから来るの?」

「小学校の頃は、私の方が早い時もあったのよ」

「いつの話、それ」

 小学生の頃じゃないかな、多分。


 しかし無謀と言われようとも、これだけは絶対に譲れない。

 親友として、ライバルとして。

 私の目標はニャンであり、彼女を倒す事もそれに含まれる。




 気付くと教室の前へと到着。

 人の意識というのは恐ろしいな。

「ニャンは、教室に戻らなくて良いの?」

「良くないかもね」

 適当に答え、中へ入っていくニャン。

 彼女はスポーツ特待生を集めたクラスにいるので、元々授業には出ない方。

 何も遊んでいる訳では無く、試合は平日にもあるしニャンに至っては海外遠征もある。

 それでは授業に出ている余裕など無く、そういう生徒を集めたクラスが編成されている。

 聞いた事は無いが、バスケ部の木村君も多分その手のクラスにいると思う。

「ユウは入らないの」

「気が進まないな」

「さっきの話、もう少し続けましょうか」

 だから、気が進まないって言ったじゃないよ。



 教室に戻るとニャンがモトちゃん達と楽しそうに話し始め出し、私もその輪に加わろうとする。

 しかしすぐにサトミに腕を掴まれ、教室の後ろへと連れて行かれた。

「何よ。スティックは手放さないわよ」

「だったら違う話をしましょうか。貯金、いくら貯まったの」

 唐突に話が飛ぶな。

 良いけどさ、この際は。


 中を見た訳では無いが、自分が入れたのと重みで多少の見当は付けている。

「多分、このくらい」

 ポケットから出したレシートの裏に金額を書き込み、サトミに差し出す。

 彼女はそれを見ると、頷きもせずにレシートを差し戻してきた。

「足りるの、それで」

「足りるも足りないも、目標額は別にないからね」

 貯金を始めたのは勢いというか、行きがかり上。

 多く貯まるに越した事は無いにしろ、決まった額を想定はしていない。

「資産運用は」

「そういうのは苦手なの」

 運用の仕方によっては倍になるかも知れないが、次の瞬間全額無くなっていては元も子もない。

 それならタンスの奥にしまい込み、少しずつ積み立てた方が精神的にも安らぎを得られる。



「……考え方を変えましょうか」

「何を」

「一度、一人暮らしをしてみたら?」

 机の上に置かれるカード。

 光沢のあるゴールドで、地名と番号が書いてある。

「マンションのキーよ」

「サトミが借りるっていう?モトちゃんも住むんでしょ」

「それとは別な部屋。二部屋もいらなかったんだけど、そういう事なら仕方ない物ね」

 なにが仕方ないのか知らないし、二つも借りられる物なのか?

「たまに家から離れて、ここに住みなさい」

 命令された。


 とはいえ、サトミの言う事にも一理ある。

 今までは寮に住む事もあったが、食事も出れば洗濯もしてくれた。

 自分でやるのは部屋の掃除くらいで、いわゆる一人住まいとは違うと思う。

「一人で住むのは、色々参考になると思うわよ」

「そうかな。私のお母さんは、殆ど一人で住んだ事無いんだって。でも、普通に主婦をやってるからね」

「やって損はないでしょ」

 人の話を聞いてよね。




 結局カードを押しつけられ、マンションの地図も渡される。

「ありがとうって言いたいんだけどさ。家具はどうするの。貯金では全然足りないよ」

「選り好みしなければ、企業が幾つか提供してくれるわ。マンションの名義を私にしておけばね」

「何をしたら、そうなるの?」

「真面目に生きてれば、どうとでもなるのよ」

 事も無げに答えるサトミ。

 私も一応真面目に生きてるつもりだが、そういう事は一切ない。

 正直、マンションをもらっても困るけどね。

「今度の休みにでも見に行こうかな」

「それよりも、大学の下見は?」

「何度か言った事はあるよ。大体、下見って必要?」

 一転鋭くなる目付き。

 獲物を見つけた鷲って、こんな雰囲気かな。

「あなたが今後4年間通う場所よ。そして今度の進路が決定するかも知れない場所なのよ」

「通うのはともかく、進路はSDCのインストラクターだからね」

「……明日、予定を開けておきなさい」

 どうして怒るのよ。

 でもって、何もかもが意味不明だな。




 チャイムが鳴り、ようやくサトミから解放される。

「ユウユウ。私、陸上部に戻るから」

 ドアの手前で手を振っているニャン。

 私も手を振り、彼女を見送る。

 打倒ニャンのために、改めて短距離のトレーニングを始めよう。

 これは大学での目標としても良いし、少し計画が建てれた気もする。


 その後も自習が続き、あっという間に午前の授業が終了。

 でもって、午後の授業はないと来た。

「大学は、今日行けば良いんじゃないの」

「私の都合が悪いのよ」

 そういう割には、ゆったりと筆記用具を片付けているサトミ。 

 この子の都合よりも、大学の都合。

 もしくは大学にいる、お兄さんの都合かな。

「ユウ、帰るわよ」

 すでにリュックを背負っているモトちゃん。

 ぐずぐずしているのは、むしろサトミの方か。




 お昼なので食堂に行こうと思ったら、ケイに呼び止められた。

「やってるでしょ、食堂は」

「何が出てくると思う?」

 薄い笑みを浮かべるケイ。

 何が出てくるかは知らないが、美味しい物が出てくるんじゃないの。

「玲阿君、言ってやれよ。この時期の食堂を」

「……外で食べるのも、たまには良いだろ」

 婉曲に食堂を否定するショウ。

 意味は分からないが、そこまで言われて食べる理由も別にない。



 という訳で、学校近くのピザ屋さんへやってくる。

 お昼で終わりとあって、いつも以上の混雑振り。

 店内で食べるのはどう見ても不可能。

 すでに出来ているピザを、幾つかテイクアウトする。

「どこで食べる?」

 ショウや私の家までは歩いていける距離ではなく、ピザを抱えてバスに乗るのもどうかと思う。

 とはいえ寮はすでに荷物を運び出し終え、テーブルもない状態。

 食べるだけならそれでも良いが、相当に味気ない。

「マンションは?」

「まだ荷物を運んでないわよ」

「そっちじゃない方」

「ああ、そういう事」

 すぐに分かってくれるサトミ。

 私も存在自体殆ど忘れていて、さっきの話がなければ出て来なかったと思う。




 私達が訪れたのはサトミが借りるマンションではなく、もっと前から借りている場所。

 所有権が誰にあるのかは分からないが、カードキーは預かっているので。

 つまり、屋神さんに託されたマンションにやってきた。

「久し振りだね、ここも」

 訪れたのは、ほぼ1年振り。

 使う用事がないので、本当に存在を忘れていた。

 贅沢な話ではあるが、寮があるなら無理にここを利用する必要もない。

 また私的な利用がためらわれたのも、利用しなかった理由の一つだろう。

 今回も私的な利用ではあるが、そこは容赦してもらいたい。


 テーブルにピザを置き、買ってきた紙コップにお茶やジュースを注ぐ。

 室内は、私達が前回使った時と全く同じ。

 自動的に換気がされるため空気の淀みもホコリもなく、さながら時が止まっていたような感覚にすら襲われる。

「ここは、どうすれば良いのかな」

 シーフードピザの耳をかじりながら、テーブルに置いたカードキーを指さす。

 私達はもう卒業。

 またここを利用する理由も無いし、必要もない。

 以前もそうだが、正直もてあますといった心境だ。


 フライドポテトをかじってたモトちゃんは小首を傾げ、ケイへ視線を向けた。

「屋神さんに返却すれば良いのかしら」

「それが無難じゃないのかな。あの男がここをどうやって手に入れたのか知らないけど、所有権は向こうにあるんだろうから」

「……そうよね。どうやって手に入れたんだろう」

 声を潜めて呟くモトちゃん。

 何となく静まり返る室内。


 サトミもマンションを提供されはしたが、それは彼女の能力に応じた対価。

 何もせずに、空から降ってきた訳では無い。

 屋神さんも優秀らしいが、サトミに及ぶまでとは聞いてない。

 それなのに彼は、所有権自体を保有している。

 しかもマンションはここだけではなく、複数にのぼる。

 この話題は、あまり突っ込まない方が良さそうだ。


 そこでふと、先程の会話を思い出す。

「明日大学に行くついでに、屋神さんへ返せば良いんじゃないの」

「都合良くいるかしら」

「ああ、二つあるか」

 草薙大学は、元々八事に存在。

 ただ今年度からは、高校の隣にも新設された。

 正確には、以前の高校の敷地に設立されている。

「下見はどっちに行くつもりだったの」

「隣」

 そこは明言するサトミ。

 八事でも良いと思うが、そちらは是が非でも避けたいようだ。



 食事を終えたところで、室内を掃除。

 散らかってはいないしホコリもないが、気持ち的に。

 またここには色々助けられていて、何もせずには立ち去りがたい。

「大体片付いたわね」

 雑巾を洗面所ですすぐモトちゃん。

 それに頷き、私も手を洗う。

 元々汚れている訳ではなく、手分けをすれば作業はすぐに終わる。

 名残惜しさではないが、少しの切なさを覚えなくもない。


 殆ど使っていないこのマンションですら、この気持ち。

 高校を卒業する時はどうなのかと、ちょっと心配になってしまう。

「どうかした?」

「いや。卒業式に泣くかなと思って」

「泣けばいいじゃない」

 至って気楽に言い放つモトちゃん。

 それはそうなんだけど、泣いたら泣いたで気恥ずかしい。

「大体、中等部でもわんわん泣いたでしょ」

「犬じゃないんだからさ」

 とはいえ泣いたのは事実。

 泣いたどころか、号泣した記憶がある。


 小学校の頃は泣くも何も無く、むしろ中等部への期待に胸を膨らませていた。

 それに別れも何も無くて、そのまま全員がエスカレーター式に進学。

 単に通う場所が変わるだけという印象のため、感慨が薄かったのだと思う。

 中等部から高校の時も、エスカレーター式なのは同じ。

 ただ小等部の頃よりも、感受性が高まっていたのは確か。

 より感情的になったとも言える。



 荷物を持ち、全員で部屋を出てて鍵を閉める。

 今後、このマンションに来る事はもう無いかも知れない。

 それを思うと、また少し胸が切なくなる。

 どうも情緒不安定になってきてるな。

「眼鏡掛けるの?」

「ちょっとね」

 体調に不安はないが、精神的には不安定。

 だとしたら、少しでも予防をしておきたい。

 眼鏡自体に予防効果はないが、これこそ気持ちの問題だ。

「大丈夫?」

 不安そうに私を見てくるサトミ。

 モトちゃんとの会話を聞いていたのかも知れないな。

「ちょっと考え過ぎただけ。それに何かあったら、もう見えてないからね」

「最近はどうなの」

「全く問題無い」

 年末に病院で検査を受けた後は病院にも行っていないし、不調も来していない。

 ただ卒業前にもう一度行くようにお母さんがうるさいので、念のために行くつもりではいるが。


 それでも3年生になってからは、不調を感じた事は一度もない。

 暗い場所では視力が著しく低下するが、突発的に目が見えなくなる事は一切なかった。

 一度草薙高校を離れて気楽に過ごせたのも、もしかしたら良かったのかも知れない。

「ああ、そうか。名古屋港高校にも、一度行く」

「予定が目白押しね」

 そう呟き端末に何か入力しているサトミ。

 まさかと思うけど、人のスケジュールを作成してないだろうな。






   






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