エピソード(外伝) 50 ~ユウ視点~
振り返って
「おい、ケンカしてるぞ。俺達も見に行こうぜ」
「良いな、それ」
目の前に見える人垣。
その中から途切れ途切れに聞こえる会話と怒号。
背中のスティックに手を伸ばそうとしたところで、上から頭を押さえられる。
「落ち着けよ、ユウ」
諭すように声を掛けてくるショウ。
何がと思う間もなく、後ろからガーディアンが突入。
人垣は自然と割れ、その中をガーディアンが颯爽と駆けていく。
「意外と早く来たね」
「その辺をパトロールしてたんだろ。後は任せて、俺達は自警局へ戻ろうぜ」
「分かった」
歩き出した背中に聞こえるガーディアンの厳しい声。
ずっと自分がそこにいて当たり前で、何の疑問も持たなかった。
でも今はそれに背を向け歩き出す事に、大きな違和感を感じない。
立場としては、まだガーディアン。
だけど少しずつ、私の中で変わり始めているのかも知れない。
卒業という時を前にして。
自警局へ戻ってその話をした途端、ケイは床に転がり笑い出した。
今更だけど、つくづく失礼だよな。
「そんなにおかしい?」
「1度自重したくらいで、変わった?冗談は良子さん」
今時誰も言わないような台詞。
さっきから笑っているのは彼一人で、ここまで来ると自分の方がおかしいと思う。
「何にしろ、落ち着くのは良い事よ。確かに前よりは安定してきたと思うから」
落ち着いた口調で告げるサトミ。
実験途中の薬品扱いだよな。
「つまりそれだけ、私が大人になったって事でしょ」
「そうかしらね」
そこは曖昧にするサトミ。
色々納得いかないけど、まあいいか。
「モトちゃんはどう思う?」
「あなたって、反動が大きいから怖いのよ。今は落ち着いてても、次の瞬間には飛び跳ねてるじゃない」
「ボールじゃないんだからさ。ねえ、木之本君?」
「え、うん。まあ、今日は何事も無くて良かったよ」
そういう言い方も無いだろうよ。
何を言われようと、今回私が自重したのは確か。
卒業も間近いし、年も年。
さすがに落ち着く時になってきたんだろう。
「あー、お茶が美味しい」
例のソファーに座り、温かいお茶をすすって一息付く。
私のポジションはモトちゃんの私兵みたいな物で、彼女の指示が無ければ基本的暇。
また学内で混乱の予兆が無い今は、余計にゆっくりとしていられる。
「休火山だよな」
衝立を回り込み、わざわざ声を掛けてくるケイ。
自警課課長補佐の割には、案外暇そうだな。
「今すぐ爆発しても良いんだよ」
「そういう事を言ってるんだ。とはいえ、普通なら3年はとっくに引退。落ち着いてて当たり前だろ」
「普通は、でしょ」
「まあ、普通じゃないよな」
人の顔を見ながら話すケイ。
つまり彼が言いたいのは、春先の話。
あれだけの騒動を起こして退学しながら、結局復学。
それなのに早々と引退するのは無理があるという事か。
「混乱させた責任を取れって意味?」
「全部後輩に押しつけるのも酷って意味もある」
「押しつけてはないけど、混乱したのは私達が原因の一端だからね」
「端から端まで、ユウの責任なんだ」
自分の責任はどうなのよ。
脇腹を突いてやろうと思ったが、ここも自重。
そういう所から改めていこう。
「暇なのか」
段ボールを抱えて登場するショウ。
それは間違い無く、こっちの台詞だと思う。
「お菓子?」
「始末書だ、始末書。これは本当に」
「だったら、嘘の始末書はどれなのよ」
棚の上を見るが、すでに例の箱は無し。
いつの間にか回収をしたらしい。
「あれの中身は何だったの?」
「些末な話さ。俺は丹下を手伝ってくるから、ユウはこれの整理を頼む」
さらっと流すケイ。
ショウも大きく頷き、段ボールから始末書を取り出した。
今度もごまかされたけど、一番上に雪野優と書いてあれば私もこちらに意識を向けるしかない。
というか、私達の始末書なのか。
積もりも積もったとは、まさにこの事。
高校3年分。
正確には2年半分の始末書が机の上にうず高く積み上げられる事となる。
「やっぱり、ショウが一番多いね」
「良く見てみろ。ユウと同じだ」
しゃがみ込み、始末書の山を横から眺めるショウ。
どうでも良いけど、上から押さないでよね。
「実際の枚数としてはどうなの?」
「ショウ、ユウ、ケイ。ずっと開いて私の順ね」
いつの間にか現れ、くすりと笑うサトミ。
隠蔽工作してる分、この子が絶対有利だよな。
「何か」
「別に。でもエアリアルガーディアンズ全体として考えれば、ここにいる一人一人の始末書でもある訳じゃない」
「そんな訳無いでしょ。雪野優とサインがしてある以上、これはユウの不始末。私には何ら関係が無い事なのよ」
本当、自分の事は棚に上げるよな。
大体純粋に犯罪行為と考えれば、サトミがダントツじゃないの。
「済みません、これにサインを……」
衝立を回り込み、私達と書類を交互に見つめる神代さん。
私とサトミは取っ組み合うのを止め、取りあえずは愛想良く微笑んでみせた。
「これ、全部先輩達の始末書?」
「理不尽な理由で書いた物ばかりよ」
平然と。毅然と言っても良いくらいの態度で言ってのけるサトミ。
これを、案外本気で言ってるから怖いんだ。
「はぁ、そうですか」
それ以外に返す言葉も無いだろうな。
「神代さんって、始末書を書いた事ある?」
「あるけど、せいぜい数枚だよ。普通そうじゃないの?」
逆に尋ねられた。
でもって、普通って一体何なんだ。
「御剣君も結構多いでしょ」
「1年の頃は結構書いてたけど、最近は殆ど無いよ」
「嘘ばっかり」
「本当だって。ほら」
端末を取り出し、リストを見せてくれる神代さん。
今年に入ってから御剣君が書いた始末書の枚数は、まさに数える程。
これはちょっと、嫌な汗が出てきたな。
「偉いな、武士は」
私と違い、素直に褒めるショウ。
苦い顔をしているサトミとも、かなりの違いである。
私達の不穏な空気を察したのか、早々に立ち去る神代さん。
でもって、始末書は残ったままと来た。
「これ、燃やして良いの?」
「俺が許す」
軽く言ってのけるケイ。
冗談のつもりだったんだけど、この子なら平気でやるだろうな。
「燃やした後はどうなるのよ」
「始末書なんて、所詮形式。草薙高校だけで使われてる紙切れに過ぎん。燃やそうが埋めようが、誰も困らん」
「賛成ね、それに」
胸元まで手を挙げ、静かにそう告げるサトミ。
こういう時だけは意見が合うと来た。
さすがにそれは私でも危険だと思うので、取りあえず保留。
大体始末書を燃やすなんて聞いた事が無い。
「……回覧用の書類です。大した内容ではないですが、目を通しておいて下さい」
物静かにそう告げ、始末書を一瞥する真田さん。
何も言わないところが、地味なプレッシャーとしてのし掛かってくる。
「真田さんは、始末書を何枚くらい書いた?」
「数える程度です」
神代さんと同じ答え。
これがつまりは、普通という意味か。
「私達って、そんなにひどいのかな?」
「ガーディアンの規則自体が問題な場合もありますからね」
「そうだよね」
「ただ規則は規則。厳しくても問題でも、それを守るのが普通です」
ばっさり両断してくる真田さん。
少しくらいは遠慮してよね。
ソファーに座り、私達の始末書を読み始める真田さん。
始末書自体は定型文が書いてあるだけだが、その理由を書いた書類が添付されている物もある。
彼女はそちらに興味があるようだ。
「先程も言いましたが、雪野さん達が一方的に悪い訳では無いですからね」
「私は何一つ悪く無いのよ」
「遠野さんは、そういう姿勢が一番の問題なのでは」
「つくづく可愛くないわね」
きつく睨み付けるサトミ。
真田さんは平然とそれを受け流し、次の書類を手に取った。
とはいえ二人にとってこの手のやりとりは、一種のコミュニケーション。
不器用同士の、とも言える。
「こっちに、真田さんって。……なんです、それ」
「始末書よ、ユウの」
「サトミのもあるでしょ」
「これって、ガーディアン全員の分ですよね」
真顔で尋ねてくる緒方さん。
ある意味全員は全員だろうな。
すぐにこれが私達4人分だと悟り、何とも言えない顔をする緒方さん。
ただ彼女は元傭兵。
普通のガーディアンとは違うので、始末書に対する考え方も違うと思う。
「緒方さんだって、傭兵時代の出来事をカウントしたらこのくらいになるんじゃないの?」
「それは傭兵時代の。でしょ。私は草薙高校に来てからは、数枚しか書いてませんよ」
再び見せられる端末。
確かに彼女も数枚だけ。
今更ながら、ひどい現実を思い知らされた。
「雪野さん達は率先してトラブルに対処してたから枚数も多いのよ」
なにやら嬉しい事を言ってくれる真田さん。
持つべき者は後輩だな、やっぱり。
「だったら元野さんや木之本さんは?」
それには答えない真田さん。
これでは緒方さんが私達を見る目も冷ややかになるというものだ。
彼女達を下がらせ、取りあえずお茶を飲む。
それで落ち着く訳ではないが、落ち着くような努力はしたい。
「つくづくひどいな」
舞い戻って来るなり、ぽつりと呟くケイ。
途中から聞いてたな、この男。
「……多少は認めるけどさ。何も、私一人が駄目な訳でも無いでしょ」
「それもそうだ。とにかく、先輩が悪かったからな」
微妙に矛先を変える発言。
ただ私も、我が身大事。
ここは、彼の考えに乗るとしよう。
「例えば?」
「あれはどうなった。1年の頃、教棟に突き刺したバトン」
「あったね、そんな事」
「高さや費用を考えれば、抜いているとは考えづらいわね」
冷静に告げるサトミ。
バトンを突き刺した行為自体は恰好良かったが、言うなれば器物破損。
そう褒められた事でも無い。
「つまりユウは、そういう伝統を引き継いでるんだよ」
「私一人引き継いだ訳じゃ無いでしょ。自分だって、塩田さんの後輩じゃない」
「俺が、あれの?雪野さんは、時々おかしな事を言う」
自分は、年中言ってるじゃないよ。
こもっているとろくな事が起きないので、自警局をエスケープ。
取りあえず、その教棟へとやってくる。
「……見えないんだけど」
教棟の壁を見上げるが、今の視力では判別が不能。
屋上辺りは、半分ぼやけて見えている。
「普通に刺さってるぞ。俺もちょっとやってみるか」
「やらないわよ」
投げる物を探そうとしたショウの袖を引き、それ以上の行動を止めさせる。
というかこの子が成功したら、自分もやりたくなるので。
「ああいう所行をした奴の後輩がユウ達なんだ。ろくな出来になる訳がない」
鼻で笑い、壁に手を触れるケイ。
言いたい事はある物の、目の前に実例がある状況。
反論しても虚しいだけだ。
「確かにこれは良くないけど、他に何かある?」
「自分に都合が悪い事は、すぐに忘れる。人間って、便利に出来てるよな」
それはむしろ良い事じゃないの。
ケイの先導で辿り付いた先は正門。
特に何という事もなく、猫が植え込みから顔を出しているくらい。
日々ここを通りはするが、思い出す事は何も無い。
「何も無い、なんて言いたそうだな」
「実際無いからね」
「良く見てみろよ。心の目でさ」
最後のは聞き流し、彼が指さした場所。
つまりは地面に視線を向ける。
……少し割れてないか、ここ。
「ユウって何かあると、すぐスティックを振り回すわよね。例えば、正門前とか」
「ああ、そういう事」
「おい、それだけか」
「割ったのは悪いけど、割るだけの理由はあったからね。なんて言うのかな、すごい理不尽な事とか。苛々するような相手とか。とにかくさ……。あーっ」
スティックを背中から抜いたところで、ショウにそれを受け止められる。
確かに、今出す場面でもなかったか。
「落ち着け」
「大丈夫。一瞬我を忘れただけ」
「そういう問題か」
「問題なの。私も悪いけど、相手も悪い。でも、こればかりは仕方ない。我慢が出来ないんだって
一斉に浴びせられる冷たい視線。
分かってるわよ、私だって。
次にやってきたのは武道場。
学内に武道場は幾つかあるが、ここは空手部の練習スペース。
「先生、何か感想はありますか」
「良いフォームだな」
冷や汗を流しそうなショウ。
彼と一部の空手部は犬猿の仲。
良い思い出があったとは、とても言い難い。
「過去の悪行を思い出したか」
「俺が一方的に悪い訳じゃ無いぞ」
「犯人は、大抵そういう事を言う」
私を見ながら話すケイ。
ここは黙秘権を行使するとしよう。
次はサトミの番と思った所で、背を向けて歩き出された。
「ちょっと」
「いつまでも遊んでいる訳には行かないでしょ。私は自警局へ戻るわ」
「サトミの悪行三昧はどうするの」
「私は常に、正しい事しかしてないわ」
それは、逃げながら言う台詞なのか。
などと言う間もなく去っていくサトミ。
こういうところは、全然変わらないよな。
「サトミが帰ったなら仕方ない。引き続き、雪野優反省会と行くか」
「行かないわよ。その前に、浦田珪反省会はどうなったの」
「常に正しい事ばかりしてるとは言わんが、証拠が残るような真似もしてない」
「お前が一番悪いんだ、お前が」
弾劾するように指をさすショウ。
たださっきから騒いでたせいか、空手部がさすがに様子を窺いに来た。
伺うかな、こうなると。
「あ、あの。何かありましたか」
「俺、悪く無いよな」
低い声で糺すショウ。
それが最悪だって言うの。。
「え、ああ。特には」
見た感じ、ショウと揉めた空手部とは違う様子。
脅した時点で、何もかも破綻しているが。
「ほら見ろ、俺は全然悪く無い。真っ白な履歴のまま、俺はこの学校を卒業する」
「はぁ」
意味が分からないと言いたげな、道着姿の男の子。
余計なトラブルを呼び寄せる可能性もあるし、まずはこの場から立ち去るのが懸命だろう。
取りあえずグラウンドまで撤退。
ではなく、移動。
空手部が追ってきていないのを確認し、大きく息を付く。
「止めてよね、もう」
「大抵の場合、俺から手を出す訳じゃ無いぞ」
「大抵の場合は、でしょ」
「侮辱を受ければ、当然それを濯ぐだけの事はする。これは人間としての、矜恃の問題だ」
高らかに言ってのけるショウ。
側を通りかかったソフト部の女の子が頬を赤くしているが、話の真意はそこまで感心するような事でも無いと思う。
「まあ、良いか。ここでは、何も悪い事はしてないしね」
「なんですって」
真後ろから掛かる、甲高い声。
感極まったと言い換えても良い。
振り返ると、予想通りの黒沢さん。
陸上部は引退したんじゃなかったのか、この人。
「最近デスクワークが多かったから、少し走らせてもらってるのよ」
私の考えを読んだのか、自分から説明してくれた。
隣にいるニャンと青木さんもジャージ姿。
こういうのを見ると、私も混ぜてもらいたくなる。
「ちょっと着替えてくる」
「どうして」
「女に理由を聞かないで」
「たまに言ってるけど、その台詞は何か意味があるのか」
ぽつりと呟くショウ。
それは私も知りたいところだ。
ジャージに着替え終え、グランドへと舞い戻る。
「来たわね」
にやりと笑い、私を出迎えるニャン。
私もにやりと笑いたい所だが、最近はトレーニングを怠り気味。
今彼女に挑むのは得策ではない。
「ニャンとは、春になったら。今やったら負ける」
「ずっと負けてるじゃない」
「次は勝つのよ」
「時々すごいですね」
淡々と呟く青木さん。
呆れているのは分かっているが、それを認めては全てが終わる。
もう終わってるって気もするけどね。
「幅跳び、幅跳びやろう」
ニャンは短距離、黒沢さんはハードル。青木さんは高跳び。
幅跳びは全員専門外。
またこれなら、正直私の得意分野である。
「ハンディがいるだろ、さすがに」
にやりと笑いながら私達を見渡すケイ。
さっきのニャンとは全然違う雰囲気で。
これには全員同意。
私は助走を大きく減らされ、かなり前からのスタートと沙汰が決まった。
とはいえ結局は瞬発力。
下手に助走が長いよりも良いくらいだ。
「……おかしいわね」
首を傾げながら戻ってくる黒沢さん。
それ程悪い記録ではなかったが、まあ普通。
青木さんも同様で、予想の範囲内である。
「やっ」
綺麗なフォームから踏み切るニャン。
助走のスピードは申し分無く、2人よりは遠くに到達。
そこそこの距離は出た。
あくまでも、そこそこは。
「笑止」
戻って来たニャンにそう呟き、軽くストレッチ。
彼女は私の鼻を指で押し、それに応えてきた。
「大体跳躍系って、ユウユウに有利なのよね」
「もう遅い」
そう答え様、すぐに地面を蹴って走り出す。
踏み切る地点は、すぐ目の前。
助走も何も無いような距離だが、こちらは走り出せば即トップスピード。
踏み切るタイミングは、日々階段やら手すりやらで体得済み。
それこそハードルの上を踏み切り地点にしても良いくらいだ。
「てやっ」
勢いよく跳躍し、後は空中で姿勢を制御。
空気抵抗を減らしつつ、バランスを維持。
着地した時点が測定場所なので、後ろへ倒れては距離が稼げない。
多少無様でも前に倒れた方が良く、出来るだけ意識を前へと向ける。
「っと」
気持が前に行きすぎ、砂場が顔の前に現れる。
顔から付く理由は1つもないので、さらに体重を前に掛けて軽く手を下に出す。
ここと思った感覚で砂場に手を付き、なおも回転。
天地を再度逆転させ、最後は両足で着地。
9.75くらいはもらえたと思う。
幅跳びだけどね。
測定結果も、まずまずの物。
100m走も良いが、幅跳びも結構面白いな。
「雪野優、優勝」
1人で高らかに告げ、周囲の冷ややかな視線を浴びる。
自分で言う事でないのは分かっているが、勝ちは勝ち。
卑下する理由は1つもない。
「何がしたいんだ」
陰気な声で告げて来るケイ。
それは私も知りたいが、答えは誰も知らないだろう。
結局グランドも追放。
確かに、我ながら大人げなかったとは思う。
「大人げないぞ」
わざわざ口に出してくれる玲阿君。
分かってるんだって、私にも。
「よーし、引き続き雪野優反省会と行くか」
「行かないんだって。大体私だって、悪い事ばかりしてる訳じゃないよ」
「だったら、良い事は何やった」
「何って、それは自分で語る事じゃないからさ」
これは結構本音というか、本当の気持ち。
自画自賛をしても仕方ないし、自分が良いと思っても相手にとっては迷惑な事もある。
だからそれを主張しても意味がない。
「良い言い訳だな」
「自分こそ、良い事をした試しはあるの?」
「さてと、そろそろ自警局へ戻るか。遊んでると、サトミがうるさい」
結局答えないと来た。
自警局へ戻るが、特に用事は無し。
例のソファーへ収まる事となる。
「……あの箱、何が入ってるの」
「始末書だ」
雑誌を読みながら即答するケイ。
答えをあらかじめ用意していたとも言える。
「何でも真実が良い事とは限らないだろ」
「どういう意味」
「箱を開けました。中から悪魔が出てきました。でも、開けなければ悪魔は出てこない。だったら、開けるか開けないか」
「悪魔って、あんなに小さいの?」
「小悪魔って言うくらいだから、小さいのもいるだろ」
そういう事なのか?
「ごめん、ちょっと良いかな」
衝立の向こうから顔を出してくる木之本君。
この人の場合、悪行とは一切無縁。
振り返っても、後悔する事なんて無いんだろうな。
「何か仕事?」
「商品券がたくさん出てきてね。多分運営企画局の物だろうけど、どうしたらいいかと思って」
「それは困ったな」
魂を見つけた悪魔みたいな顔をするケイ。
木之本君は、絶対この子に相談した訳ではないだろう。
「浦田君、これは言うなればお金だからね」
「何も使い込む訳じゃ無い。俺がそんな真似をすると思う?」
「思うよ」
真顔で答える木之本君。
こういうところはらしいよな。
「それは失敬。とにかく、現物を見せてもらおうか」
この人も、全然ひるまないよな。
大きめの封筒から出てきたのは、確かに結構な量の商品券。
量があれば額もかさみ、家が建てられるとは言わないが車は買えるくらいはあると思う。
「仕方ないわね、全く」
いつの間にか現れ、商品券を数え出すサトミ。
これでは、周囲の評判も悪くなる訳だ。
「結局、こういうのが良くないんだよ。私達が悪く思われる原因なんだよ」
「まだ何もしてないだろ。それに今更評判が悪くなっても、全然困らん。ショウ、取りあえずピザ買ってこい」
「買わないんだ。これは天満さん名義で、学校に寄付すればいいだろ」
さすが善人は言う事が違う。
私としてはピザを買った後でも良いとは思うが。
結局木之本君が商品券を回収。
改めて、これの処理について尋ねられる。
「正確には、天満さんの物でも無いからね。寄付はちょっと違うと思うんだ」
「そこはそれ、これはこれさ。この手の類は、企業がパンフレットとか資料の下に忍び込ませてるんだよ。領収書も無いし、向こうも経費としては計上してない金だ。使い込んでも、誰も困らん」
「僕は困るよ」
「真面目な事だ。それなら手っ取り早く、全部燃やそうか。証拠も何もかも消える」
さらりと言ってのけるケイ。
木之本君が始めに指摘した通り、これはお金と同じような物。
それを燃やすなんて、私からはまず出てこない発想だ。
「燃やすなら寄付するよ、僕名義で」
「使うのは駄目なの?」
「浦田君が言ったように、誰かが困る物ではないんだけどね。個人的な理由で買い物をしても良いとは思わない」
「理由があれば良いんだよね」
「無理に見つけなくても良いよ」
木之本君の突っ込みを聞き流し、使い道を思案。
全然思い浮かばないな、当たり前だけど。
そうしている間に時間が過ぎ、気付けば終業時間。
仕事らしい仕事は何もしなかったが、こちらはすでに半分リタイア。
またガーディアンの性質を考えれば、暇な方が良いとも言える。
なんて言い訳を考えておこう。
「寒いね」
コートの前を押さえながら正門をくぐり、吹きすさぶ風と寒さに身を縮める。
寒さのピークは過ぎたが、朝晩はまだまだ極寒。
良くも悪くも体脂肪が無いので、寒さは人一倍堪える。
「冬だからな」
そういう割には、全然寒そうには見えないショウ。
上着は薄いブルゾンだけで、鍛え方というか根本的な何かが違うんだろう。
サトミ達は引き継ぎがあると言って、自警局に居残り。
のんきに帰っているのは、そういうのに縁がない私とショウだけ。
もしかしたら縁はあるのかも知れないが、誰かが上手くやってくれてるんだろう。
多分。
「さっきの商品券、結局寄付するのかな」
「それが一番無難だろ。名義を天満さんにするのがまずいなら、匿名でも良いし」
「何か、使い道があると思うんだよね」
「壊した備品の補填か」
それは自分の願望じゃないの。
翌日。
やはり寒さに身を縮めながら正門をくぐり、とぼとぼと教棟へと向かう。
気分的に落ち込んでいる訳では無いが、こう寒いと元気溌剌とは行きそうにない。
「わっ」
下を向いていたせいか、見たくもない物を見た。
つまりは、私が壊した地面のひび割れを。
ショウではないが、この補修費に充ててくれないかな。
教室に着き、バッグを置いたところでため息も付く。
今まで何気に正門前の道を歩いてきたのに、いざ気にし出すと自然に目に入ってくる。
誰だ、悪行なんて言い出したのは。
「私、良い事もしてるよね」
登校してきたサトミに話を振るが、返事無し。
私には無関係、なんて顔にも見える。
「ちょっと」
「悔い改めなさい」
シスターか、この子は。
そうこうする間にお昼休み。
悩みがあろうと考え事をしていようと、お昼になればお腹は空く。
「わっ」
再び叫び、後ろへ飛び退く。
でもって、ショウに抱きすくめられる。
「どうした」
「わ、割れてる」
「生卵でもあったのか」
何言ってるんだ、この人。
私もだけどさ。
割れているのは地面と壁。
私が割ったとは限らないが、違うとも言いづらい。
やっぱり、ここの補修に使って欲しいよな。
「少しは反省したかしら」
「仮にこれを割ったのが私でも、サトミの罪が消えた訳じゃ無いでしょ」
「私がどんな罪を犯したと言いたいの?」
「色々不正を働いたり、数値を改竄してるんじゃないの」
「証拠がない限り、それは無いのと同じ事なのよ」
「ケイもそんな事言ってたけどね」
悪魔を見てもこんな顔はしないって表情をしてくれた。
前言撤回。
悩みがあると、多少は食欲が落ちる。
「肉を食え、肉を」
がつがつとかつ丼を頬張りながら突っ込んでくるショウ。
それを軽く聞き流し、私はにゅうめんをすする。
「いやいや、良い傾向だよ。雪野さんは、今までの生き方を悔い改めてるんだよ」
「そんな大げさな話じゃないけどね。気にし出すと、結構色々気になる事はある」
「だったら今日も引き続き、雪野優反省会と行くか」
「行かないわよ。大体、遠野聡美反省会が先でしょ」
「それもそうだ」
あっさり請け合うケイ。
しかしサトミは素知らぬ顔でチャーハンを食べていると来た。
なんか、私1人割を食ってる気分だな。
という訳で、昼食後は購買へ移動。
ふ菓子を買う。
「へへ」
一口食べて、気分が回復。
気持が軽くなった。
「あなた、本当にそれが好きね」
「安いし、もたれないし、味として飽きないから」
「それって、ユウ以外の子は食べてるの?」
「ずっと売ってるくらいだから、根強い人気はあると思うよ」
プリンとか夏場のアイスみたいな主力ではないが、愛好者は私以外にも必ずいるはず。
鯉じゃなくてね。
ふ菓子も食べて、エネルギー充填。
ようやく気力が回復してきた。
「反省するべきは反省する。でも、もう済んだ事じゃない」
「良いのか、それで」
小声で突っ込んでくるケイ。
それを無視して、次のお菓子を物色。
チョコバーかな、やっぱり。
「ぎゃーっ」
突然の悲鳴。
痴漢かと思ったが、それにしては珍妙な叫び声。
虫じゃないだろうな、まさか。
「ショウ、見てきてよ」
「俺が?」
「変質者かも知れないでしょ。それか、虫」
「同等なのか、それ」
私の中では同等。もしくは、それ以下だ。
勿論、変質者の方がね。
「どうして俺を見る」
じろりと睨み返すケイ。
いや。なんとなく。
人混みを掻き分け、叫び声の上がった場所へ進むショウ。
私達はその後を付いて行き、一応は周囲を警戒する。
「罠じゃないよね」
「私達が来ると決まってはいないんだし、その可能性は薄いんじゃなくて」
「ただ、良い予感はしないんだよね。こういう事の後に、大抵悪い事が起きる」
その行き着く先が、ケイの言う悪行。
つまり今は、そこへ向かって歩いている訳だ。
とはいえそれを恐れて引き返す選択肢などあり得ず、誰かが困っているのなら突き進むだけ。
例え悪行を積み重ねようと、非難をされようとだ。
「そうだよ、そうなんだよ」
「……何、急に」
「いや。やっぱり私は悪く無い。いや。悪い時もあるけど、間違ってはない」
「ふーん」
軽く流された。
確かに、今ので全てを理解するのは無理があるか。
「これか」
人垣の前に出たショウがそう呟き、肩がすっと下がる。
気を抜いたようにも見える。
「やっぱり、虫?」
「毛むくじゃらは毛むくじゃらだ」
「……ああ、そういう事」
ショウの背中しか見えていないが、意味は何となく理解出来た。
虫じゃないけど、毛むくじゃらかと言う事は。
「虎猫ではなく、斑虎というのかしら」
生真面目な声で推察するサトミ。
種類はともかく、猫は猫。
またこの毛むくじゃらが人混みの中で足元を撫でれば、叫び声の一つも挙げたくなるだろう。
「あまり綺麗じゃないし、野良かな。……おいで」
床にしゃがんで手を伸ばすが、近付く気配は無し。
むしろ睨まれるときた。
「あなたって猫が好きな割には、あまり好かれてないわね」
「同種と思われてるんだろ」
鼻で笑うケイ。
そこは私も否定のしようが無いな。
「来い」
ショウがそう一声掛けた途端、床を蹴って彼の胸元に飛び込む猫。
雌だな、これ。
「結局猫も顔だ。顔で判断しやがるんだ」
ケイの呟きに、何故か頷く周りの男子生徒。
嫌な所で共感を得ないでよね。
「それで、こいつはどうする」
「外に出せばいいだけだろ。猫の面倒まで見てられん」
「そこを曲げて」
何を頼んでるんだ、この人は。
猫を伴ってやってきたのは、郊外の動物シェルター。
施設の建物には大きく「Uアニマルセンター」なんて書かれている。
いい加減、この名前は変えてくれないかな。
「済みません、預かって欲しいんですけど」
「分かりました。では、こちらに記入を」
猫の受け渡しはショウに任せ、書類の記載はサトミに任せる。
久し振りに来たけど、相変わらず良い雰囲気の施設だな。
「……分かった」
「おい」
速攻で突っ込んでくるケイ。
さっきまで暇そうにしてたのに、この辺は鋭いな。
「駄目、もう決めた」
「落ち着け。俺、倍にする方法を知ってるんだ」
「自分こそ落ち着いてよ。……木之本君?いや、寄付は寄付だけどちょっと違う」
待つ事しばし、苦笑しつつ施設の受付へと現れる木之本君。
その後ろからやってきたモトちゃんは、もう少し穏やかに笑っているが。
「良いのかな、こういう使い方で」
「良いよ。何かあったら、私が責任を持つから」
頼もしい事を言い、木之本君から商品券の束を受け取るモトちゃん。
それは私の手へと収まり、職員へと渡される。
「いや。これはありがたいです。十分な運営資金はあるのですが、色々と難しい部分もありまして」
「今後も何かあったら、草薙高校の自警局という場所へ連絡して下さい。資金その他の面で、ご相談に乗れると思いますので」
「ありがとうございます。犬達も猫達も、草薙高校へ足を向けて眠れませんね」
そういう問題なのかな。
でもって、私を睨んでる猫がいるのはどうなんだ。
ショウが運転する車内で、改めてため息。
自分のために使うのもどうかとは思うが、犬や猫達のために使うのも似たような物。
これはまた叩かれるだろうな。
「ユウらしくて良いと思うぞ」
笑いながらそういってくれるショウ。
バックミラーに映るサトミも、似たような笑顔。
ケイは露骨に顔をしかめているが。
「分かってるよ、私も。だけど、犬や猫はお金を稼げないでしょ。アニマルセラピーとかも、莫大な利益を生み出す訳じゃ無いし」
「だからって、犬や猫に使うのか。あいつらは、恩を仇で返すような輩だぞ」
「何よ、それ。大体、見返りを求めて行動しても仕方ないじゃない」
これは今回に限った話では無く。
また、ガーディアンとして過ごしてきた私に育まれた意識。
それが時には妙な自己犠牲となり、または非難の対象となる。
自分でも分かってはいるし、反省もする。
だけどそれが間違っているとは思えない。
思いたくない、のかも知れない。
それは私だけでなく、私達を否定する事だから。
サトミやモトちゃん達。
塩田さんや屋神さん達先輩。
真田さんやエリちゃん達後輩。
私のような行動は、何も私1人だけが行っていた訳ではない。
程度の差こそあれ、私達に共通した意識。
自分のためだけ無く、自らを省みず誰かのために力を尽くすのは。
その事を。
そしてそれを貫いてきた私の仲間を、私は誇りに思う。
ある公園の植え込み。
そこのわずかな切れ間をすり抜け、森の中へと足を踏み入れる。
周りに立ち並ぶ、背の高い木々。
自然と落ち着いて行く心。
足元の枯れ葉からは下草が伸び始め、春の訪れが実感出来る。
不意に周りの木々が途切れ、広場と呼ぶ程でもないささやかな空間が現れる。
ずっと前から忘れられた散策路の行き先。
今は誰も訪れる者の無い、切り取られたような静寂の場所。
そしてここの光景は、私にとっての原風景。
一人きりでいる時の自分と重なっている。
ベンチに腰を下ろし、バスケットと水筒を置いてダウンジャケットを膝に掛ける。
冷たい風は広場を囲む木々に弱められ、木漏れ日が優しく降り注ぐ。
幾つかの出来事、幾つもの感情、幾つもの思い。
それらが思い出されては溶けていき、心の中に薄く重なっていく。
卒業前の今も、私の心の糧として。
了
エピソード 50 あとがき
タイトル通り、過去を若干振り返る内容。
後はユウの信念。
ガーディアンとしての思念でしょうか。
自らの行動を反省はするけれど、後悔はしない。みたいな。
ただ。
個別に振り返れば、結構ひどい行動も多くありまして。
彼女達以外の視点からすれば、間違い無く悪行。
そう指摘されてもおかしくはありません。
この辺は個別の正義論になるため、何が正しいとは言えないんですが。
また最後に訪れた場所は、本編において2度登場した広場。
彼女が述べているように、静である時のユウと重なる場所。
原風景。心に描いた心象風景に近いんでしょう。
そうして心安らげる場所があるのは良い事ですよ。
ただそういう場所というだけで、ストーリーとしては何もありません。
敢えて登場させている理由としては、「普段は飛び跳ねているけれど、こういう部分もまた彼女の本質」みたいな事を言いたかったので。




