50-7
50-7
チョコの受付もようやく終わり、少し遅れて自警局へ到着。
明らかに何か起きた様子で、受付前に人が溢れかえっている。
「トラブルでも起きてる?」
ショウに尋ねるが返事無し。
魂が抜け出ているようにも見える。
「サトミ、何か見える?」
「演説してるわよ」
「演説?ああ、生徒会長選挙」
そう言われてみると、何となくだが声が届いてきている。
マイクや拡声器を使っていないのと、私がいる場所からはかなり遠くでやっているんだろう。
「ここで演説して良いんだ」
「各局への挨拶兼、といったところでしょうね」
「二人ともいる?」
「二人以外にもいるわよ」
ちょっと醒めた口調になるサトミ。
有力とされるのは、中等部南北地区の元生徒会長二人。
ただ草薙高校の生徒ならば、推薦人の数さえ集めれば立候補は可能。
知名度を上げるため手を挙げる生徒も意外と多い。
「ああいうのって、恥ずかしくないのかな」
「価値観は人それぞれよ」
さらりと突き落とすな、この人も。
「ショウはどう思う?」
返事もないと来たか。
というか、そもそも意識があるのかな。
演説が終わったらしく、受付前にいた人垣が割れてその間を生徒が通り抜けていく。
この辺はおそらく泡沫候補。
いかにもお調子者と言った風情が大半で、ただ敢えて人前に姿を晒す勇気は偉いと思う。
それ以外については、どうかとも思うが。
「普通の選挙って、供託金が必要じゃない。で、票が足りないと没収されるでしょ。そういうペナルティはないの?」
「さっきユウが言った通り、恥ずかしいだけよ。開票結果が公表された時、10票しか集まらなかったらどうする?」
どうするって、推薦人の数は20人。
本来なら20票と自分の1票で、最低21票は集まるはず。
それなのに10票しか集まらなかったら、取りあえずは転校を考える。
「何事も、結構大変なんだね」
「自分で選んだ道よ」
やはり冷ややかな台詞。
ショウは依然として棒立ち。
良いけどね、もう。
泡沫候補が通り過ぎていった後で、ようやく本命の二人が登場する。
正確には帰って行くんだけど、私の印象として。
こちらは周りに取り巻きもいて、かなり華やか。
何より気概が先程の生徒達とは、数段違う。
無論気概だけでは仕方ないけれど、これはおそらく大前提だとも思う。
「こんにちは」
私達を見つけ、挨拶をしてくれる女の子。
こちらも軽く手を挙げ、それに応える。
「調子どう?」
「少しずつですが、手応えを感じつつあります」
「だるまでも用意したら」
「考えておきます」
軽く笑う女の子。
ゆとりも感じられて、それが周りにも伝わり好印象を与える。
良い循環とでも言うのか、良い時は何でも良い方向に回ってくんだろう。
「失礼」
彼女とは対照的に、足早に私達の前を通り過ぎる男の子。
無愛想ではないが、それ程余裕はない様子。
苦戦気味と言われているし、愛想を振りまくタイプにも見えない。
また彼みたいな子が愛想を振りまくのは、むしろ逆効果。
最後まで生真面目さを貫く方が得策だろう。
「……最近予算局の動きが不自然らしいですが」
遠ざかる男の子を横目で捉えつつ尋ねてくる女の子。
総務局所属で、生徒会長に立候補するような子。
情報に関しては、私達より持っているのかも知れない。
「不自然なら自然に戻すだけだよ。そういう事は気にせず、選挙の方に力を入れて」
「はぁ」
もしかして協力を申し出ようとしてくれたのかも知れないが、私の真意は今言った通り。
余計な事に、彼女の力を使って欲しくはない。
またこれは卒業間近の私達から、彼女達への手向け。
最後に出来る事だと思っているから。
女の子は曖昧に頷き、棒立ちになっているショウを見上げた。
「大丈夫、ですか?」
「ああ。この子は問題ない。ちょっと疲れてるだけ」
「だったら、これをどうぞ」
何気に差し出される、綺麗にラッピングされたチョコ。
受付はケイが管理しているが、彼はチョコの分別で忙しい。
何よりこのタイミングで出してくるのは、さすがとしか言いようがない。
「え?」
久し振りに反応を示すショウ。
彼でなかったら、悲鳴の一つでも上げていたかも知れないな。
「疲れた時は、甘い物が良いですからね」
「え、ああ。ありがとう」
そこはそれ。
どうにか笑顔を浮かべて受け取るショウ。
私としては、多少表情が強ばるが。
「では、私はこれで」
「お疲れ様」
「失礼します」
最後に深々と一礼して、自警局を去っていく女の子。
なんだかんだと言って、どこまでも爽やかではあるな。
「いい子だね」
「そうだな」
がりがりとチョコをかじりながら頷くショウ。
尋ねるんじゃなかったな。
受付前に集まっていた生徒達も解散し、私達もようやく自警局の奥へと進む。
特に異変はなく、混乱に乗じて何かあった訳でも無さそう。
人を疑って掛かるのは良くないが、過去が過去。
どうしても、そういう入り方をしてしまう。
「あーあ」
特に意味は無いがため息を付き、例のソファーに座る。
ショウがチョコを受け取っているのにずっと付き合っていたため、さすがに私も疲れた。
今日は出来れば、何事も無く平穏無事に時を過ごしたい。
「寝るつもり」
冷ややかに声を掛けてくるサトミ。
つもりではないが、タオルケットを用意して困る事は無いともう。
「今日はもう、何も無いでしょ」
「有事に備えるのがあなたの仕事でしょ」
「そうだけどさ。今日はもう良いよ」
クッションの位置を直し、ソファーに寝転びタオルケットを被る。
とにかく今は眠りたい気分。
何より、このまま家に帰ると地下鉄を乗り過ごす気がする。
文句を言うのも馬鹿らしいと思ったのか、私の前に座って本を読み始めるサトミ。
人の事は言えないけど、自分も仕事をして無いじゃない。
「何?」
「別に。帰る時間になったら起こして」
この子も返事がないと来た。
私なら、この時点でタオルケットを剥いでるけどさ。
現実と夢の間にある塀をよろよろと歩いているような気分。
それでも体が夢の側へ大きくよろめいたと思った途端、腕を掴まれ現実側に引き戻された。
正確には、サトミに体を揺すられた。
「何?もう帰る時間?」
「5分も寝てないわよ。変なのが受付に来てるから、対応して」
「変なの、ね」
例えは相当に漠然としているが、私を起こす必要がある性質の物。
まずは軽く伸びをして、次にスティックの作動を確認。
ゆっくりと起き上がり、タオルケットをサトミに預ける。
「武器は持ってる?」
「例のショットガン。中に入りたいようね」
「そういうのが、まだいるんだ」
「情勢は色々と複雑なのよ」
そう言いつつ、タオルケットを膝に掛けて文庫本を読むサトミ。
良いんだけど、何かやだな。
とはいえトラブルに対応するのが私の仕事。
ショウもさすがに覚醒し、肩を回しながら私の隣を歩いている。
「何者なんだ、一体」
「何者であれ、排除すれば済む話じゃないの」
「なるほどな」
鼻で笑い、今度はワンツー。
風を切る音が、私の耳にまで届いてくる。
「元気出てきた?」
「戦いになると、気分が違う」
久し振りに聞く、血の気の多い台詞。
余程さっきのがストレスになっているようだ。
それはそれで、男の子達の恨みを買いそうだが。
受付前にはすでにガーディアンが隊列を組んでいて、その先にサトミの言う変なのが集まっている。
傭兵なのか統一感はないが、ショットガンや木刀を所持。
こういう連中は、どうやって学内に持ち込んでくるのかな。
「まあ、それはどうでも良いか」
「何が」
怪訝そうに尋ねてくるショウ。
いきなりどうでも良いでは、彼も疑問以外は抱かないだろう。
「こっちの話。……で、あれは何」
警棒で肩を叩いていた七尾君に声を掛けると、いつもの軽い笑顔を見せられた。
「脅しじゃないのかな。ほら、雪野さん達が借地権の譲渡を拒否したから。俺達は、実力行使も出来るんだぞって」
「浅くない?それって」
「本人達は深いと思ってるから、行動するんだよ。ちょっと、試してみようか」
側に控えていた男の子からショットガンを受け取り、警告無しで発砲する七尾君。
彼には武装集団もさすがに動揺し、大げさなくらいに後ずさる。
「当たっても死ぬ訳でもないのに。程度が知れたな」
「話も聞かないの?」
「それは捕まえてから、おいおい聞くよ。今は力を示す時だからね」
「その台詞、待ってたぜ」
大振りのフック。
その風圧で、私の体が吸い込まれそうになる程。
大丈夫かな、本当に。
ただならぬショウの気配を察知してか、左右に割れるガーディアン。
ショウはその間を抜け、武装集団と真正面から向き合う。
「武器を捨てて全員しゃがめ。抵抗するなら、容赦しない」
いきなりの最後通牒。
七尾君と言い彼と言い、とことん容赦がないな。
「お、俺達は」
「武器を置けと言った。5秒だけ数える。その間に置かない奴は、片っ端から叩きのめす」
「ひ、ひるむな」
もしかすると駆け引きや交渉の台詞を想定していたのかも知れないが、その要素は一切無し。
私もスティックを抜き、ショウの隣に並んで突撃の時を待つ。
「5、4、3」
この時点で後ろの方が抜け落ち、武器を捨てて逃げ出していく。
しゃがんではいないが顔は特定しているので、後は外にいるガーディアンや警備員に捕まえてもらえば良いだけ。
私達は残りの連中が、自警局へ侵入するのを阻止するのが仕事。
死守と言い換えても良い。
「2、1、0」
さらに数人が武器を捨て、慌てて床にしゃがみ込む。
仲間からは罵声を浴びているが、それは良い判断。
この場に来たのはともかく、間違った行為ではない。
ゆらりと前に出て、そのまま一気に駆け出すショウ。
私もすぐに後へ続き、ガーディアンが追走する。
「せっ」
振り下ろされた木刀を横から掴み、そのままねじり上げるショウ。
3人くらいの男が巻き込まれ、相手は即混乱状態。
私は彼の動きを妨げないよう、少し距離を置いて警戒。
横を抜けようとする者を牽制しつつ、ショウの動きにも気を配る。
ショウは倒れた男を無理矢理担ぎ上げ、その胴体を持って真っ直ぐ振り下ろした。
人がそんな簡単に動くのかと思うが、私の目の前で動いてるんだから仕方ない。
木刀程固くはないが、重量は数倍。
しかも振り下ろされているのだから受け止めようもなく、さらに何人かが下敷きになる。
戦いと呼ぶには一方的な展開。
ただこの連中が勝手に攻め込んできている以上、こちらはそれを阻止するだけ。
遠慮する謂われは一切ない。
「せっ」
最後に回し蹴りが炸裂し、3人くらい巻き込んでそのまま壁に叩き付けられる。
これを見て戦意を保てる人間もそうそうはおらず、かろうじて残っていた男達も武器を捨てて床にひれ伏す。
「……全員拘束。所持品をチェックして、連行。警察への連絡は、尋問後に」
冷静に指示を出していく七尾君。
ショウは小さく息を付き、肩を大きく回した。
「ちょっと手を抜きすぎたな」
発言が全く意味不明。
人を担ぎ上げて振り回した事は、どう説明するんだろうか。
リーダー格の男を尋問室に放り込み、その話を聞く。
普段はこういうのに付き合わないが、今回は新妻さんとの関係がもしかしてありそう。
だとしたら私も、一応は立ち会いたい。
「ID無し、学籍無し、身元不明。困ったね」
大げさに肩をすくめる七尾君。
その前に座っている男は不敵に笑い、しかし傷が痛むのかすぐに顔をしかめた。
「まあ、名前はどうでも良い。ここに来た目的と、背後関係を聞こうか」
「お前らに話す事は、何も無い」
「困ったね、それは」
にこりと笑い、組んでいた足を振り上げる七尾君。
どうするのかと思う間もなく、それが机へ振り下ろされる。
すさまじい衝撃と轟音。
男は椅子から転げ落ちそうになり、青ざめた顔で七尾君を見上げる。
「いいか。これは警察の尋問じゃない。俺達が個人的に行ってる質問だ。取り調べのルールも何もない。お前が答えるか、答えずに我慢し続けるか。その二択なんだよ」
「お、お前。う、訴えて」
「そういう事を言う奴には、もう少し厳しい対応が必要だな」
机に置かれる裁縫セット。
それが一体何を意味するのか。
考えたくは無いが、嫌でも想像は付くと思う。
「や、止めろ」
「手縫いが嫌なら、ミシンでも良いぞ。その方が綺麗で早い」
「や、止めて下さいっ。な、何でも言いますから」
「虚偽の発言と分かった時点で、ミシンを持ってくるからな。まずは名前と所属を書いて、誰に指示されたかを細かく書け。今すぐに」
「は、はいっ」
震える字をプリント用紙に埋めていく男。
これで嘘を突き通せるのなら、それはそれですごいと思う。
男は結局仲間と共に警察へ引き渡され、こちらには震えた字の調書が残るだけ。
名前はともかく、所属は少し気になった。
「……傭兵じゃないんだ」
所属は例の、東学。
ただその名前を聞くと、そういう事もあるのかなと納得はする。
過去の経緯や、連中のしつこさを考えると。
「ある意味、連中の主張とは合致するよ。奴らも一応は、生徒の自主運営を謳ってはいる」
皮肉っぽく笑うケイ。
その意味では私達と共通する部分もある訳か。
ただ彼等は己を利するために行動しているとしか思えず、さすがにそこまでは同じだとは思えない。
「弁護士連中も、東学や総学上がりじゃないのかな。意外にいるんだ、左派系には」
「次は東学侵攻か」
にこにこと笑う七尾君。
笑う場面ではないと思うし、そもそも連中の本拠地なんて存在するんだろうか。
今までの発言を聞く限り、組織としては非常に脆弱。
個々が勝手に名前を名乗ってるようなイメージが強く、単なるブランド名みたいな印象がある。
もしかしてどこかに本部はあるのかも知れないが、小さな事務所が一つあるだけの気もする。
「彼はそう仰ってますが」
「本部がどこにあるのかも知らないし、その辺は任せるわ」
興味もないとばかりに一任するサトミ。
確かに相手にとっては不足しか無く、違う意味で雲を掴むような話。
実体のない相手と戦うのは、あまりにも無理がある。
「だったら、それは俺の方で。楽しくなってきたな」
やはりにこにこと笑う七尾君。
楽しくはないと思うが、東学対策も必要。
やる気もあるのだから、ここは彼に任せた方が良いんだろう。
「一人でやるの?」
「相手の規模によるね。とはいえ単独行動の方が楽ではある」
そう答える七尾君。
彼はフリーガーディアンの研修を受けていて、それを考慮するとなる程とは思う。
沢さんもどちらかと言えば単独行動派で、協力を拒む訳ではないが一人の方が活動しやすそうな印象もある。
「沢さんって、今何やってるの?」
「長野の大学に通ってるよ。今頃、雪下ろししてるんじゃないの」
「ふーん」
東京か長野かと言っていたが、そちらを選んだのか。
何故長野なのかは、全く分からないが。
「実行部隊を叩けば、後がやりやすいだろ。という訳で、俺は失礼するよ」
「ご苦労様。報告は、随時よろしく」
「了解」
冗談っぽく敬礼して去っていく七尾君。
サトミは卓上端末を操作し、一人で勝手に頷いた。
もしかして自分で作ったスケジュールの進捗状況に満足しているのかも知れないな。
現状では、外堀はほぼ埋まった状態。
生徒組織は一致団結。
校長達の協力も得られ、地権者もこちら寄り。
そして東学も七尾君が押さえれば、内堀も埋められるだろう。
最後の本丸がどの程度の規模かは、まだ分からないが。
「新妻さんも、そろそろ折れてくれば良いのにな」
「最後まで貫き通す事に意味があると思ってるのかも知れないわね」
「でも状況は読めるでしょう」
「引っ込みがつかなくなっている可能性もあるわ」
苦笑気味に話すサトミ。
つまりはこの間の、小谷君のようにか。
「それなら、まだいいんだけどさ。本当に、私利私欲で行動してる訳では無いんだよね」
「その方がむしろ楽よ。今すぐ鎮圧して終わりだわ」
「新妻さんはその方が本望なんて思ってるかも。こういう場合は、得てしてヒロイックになりやすい」
冷ややかに告げるケイ。
言い方は多少気になるが、分かるには分かる話。
追い込まれれば追い込まれる程、方向性がずれやすい。
だとすれば、余計に早く手を打ちたい。
「やっぱり、今すぐ行った方が良いんじゃないの」
「学校としての傷は浅くて済むけど、新妻さんの面子は丸つぶれよ」
「彼女が完全に追い込まれるよりはましでしょ」
スティックを背中のアタッチメントに装着。
ゴーグルを首に掛け、グローブを確認。
制服の上からインナーのプロテクターに触れ、不具合がない事を確かめる。
「落ち着きなさい」
「後で考える。ショウ、付いてきて」
「おう」
彼は特に何も用意せず、着の身着のまま。
存在自体が反則なので、これ以上の武装は必要無いとも言える。
まずは生徒会の配置図で、予算局の場所を確認。
私がいるのは自警局なので、目と鼻の先。
ただ彼女は、この前の建物にいる可能性もある。
いや。むしろそちらの可能性が高いだろうか。
「御剣君を呼んで」
「どうするの」
「予算局を見てきてもらう。私は、この前の建物に行ってくる」
「殴り合っても、何も解決しないわよ」
「襲われた時に対処するだけ。何も攻め込む訳じゃない」
周りから一斉に突き刺さる、醒めきった視線。
つくづく信用が無いというか、私の実績を物語るな。
そうする内に、御剣君が到着。
簡潔に説明をして、予算局へ行くようにお願いをする。
「分かりました。雪野さんの部下を連れてきますよ。ただ、そっちは良いんですか」
「二人だと危ないかな」
「多いくらいだと思いますけどね」
何か失礼な事を言われた気もするが、それはスルーしてつれていく子を考える。
「じゃあ、渡瀬さん。3人いれば問題なしでしょ」
「俺は向こうで何をすれば良いんですか」
「様子を見るだけで良い。ただ不穏な動きがあったら、逐一サトミに伝えて。場合によっては、ガーディアンを呼んで予算局を封鎖する」
「ちょっと」
「治安の維持は自警局の仕事でしょ。何より新妻さんを暴走させるのは、絶対に止めたいから」
彼女には彼女の考えがあり、サトミ達が言うように面子もあるだろう。
ただここでやり過ぎれば、去年の私達の二の舞。
この時期に来て退学なんて、誰一人良い思いはしない。
いくら彼女が信念に基づいて行動していようと、それは私が許さない。
準備は整い、全員の顔が私達の前に揃う。
「話は聞いてると思うけど、予算局の暴走。新妻さんの暴走か。それを押さえる。襲撃された場合は、各個撃破。問題があれば、逐一サトミに報告。ただし、あくまでもガーディアンとして行動をする事」
「ごほん」
後ろから聞こえる咳払い。
それは放っておいて、こめかみに指を添える。
渡瀬さん達も私に敬礼を返し、にやりと笑う。
「弁護士か司法書士が出てきたら、すぐにサトミへ連絡。対応は全部彼女に任せて」
「あなた、後で話があるわよ」
「後で聞く。とにかく、悠長にやってるからいつも失敗する」
「慌てすぎて失敗するの間違いでしょ」
どうにも刺々しいな。
自業自得なんだけどさ。
とにかくブリーフィングは終了。
御剣君にはすぐに出発してもらい、その間私は学内の地図を確認する。
「今回の場合は逃げようもないし、大丈夫だよね」
「問題はむしろ、私達の行動自体でしょ。新妻さんの説得はともかく、ガーディアンを私的に動かしてるんだから」
「私的ではないでしょう。権限が無いからと言って、放って良い問題でも無いんだし」
「だからといって……。ユウにお客さん」
「忙しいのに、誰」
尋ねる間もなく現れる矢田局長。
これには自然と私も身構える。
どうしてきたのかは、改めて尋ねるまでも無さそう。
私の無軌道な行動に、文句を言いたいらしい。
「無用な混乱は避けるようにと、常々言っているはずですが」
「だったら新妻さんを放っておいて良いの?」
「予算局に対しては、生徒会としても手を打っています」
「その効果が現れるのはいつ。新妻さんが追い込まれて、退学した後では遅いんだよ」
新妻さんはその覚悟があって行動していて、またそれが狙いなのかも知れない。
悪意を一身に受け、学内をより一層団結させるために。
不安定さのある現状に置いては、有効な手段の一つ。
でもそれは彼女の犠牲に成り立っていて、誰もが幸せになる訳ではない。
小異を捨て、より大きな視野に立って行動をすればいい。
そんな声が聞こえてきそうなのも事実。
ただ、何が小さくて何が大きいかなんて結局の所は主観。
私に取っては学内の団結も新妻さんも同価値で、同じだけの存在感を持つ。
「とにかく私は、新妻さんに会いに行く」
「混乱の収拾は誰が行うんですか。それにこれは、元野さんの最優秀生徒選考にも関わってきますよ」
そんな事は任せると言いたいが、モトちゃんの件はさすがにどうでも良いとは言い切れない。
しかしサトミが軽く手を振り、気にするなと言う顔をする。
彼女の意思は、モトちゃんの意思。
だとすれば、私を妨げる物は何も無い。
「選考に漏れたら謝る。収拾はサトミ達に任せる。私は新妻さんを説得する。他に話は」
「その理屈が通用するとでも?」
「するしないは関係無い。私は目の前で起きている問題を見過ごすなんて、我慢出来ないの」
「ユウ、予算局に新妻さんはいないそうよ」
「分かった」
イヤホンを耳に装着し、真っ直ぐドアへと向かう。
私の行動が、冷静に考えれば妥当で無いのは分かっている。
もっと時間を掛ければ、穏便に解決する事もあるだろう。
ただそれは、新妻さんが犠牲になる確率を高めるだけ。
時を無駄に過ごすだけでしかない。
「雪野さん」
「小谷君の時は傍観して後悔した。今更迷っても仕方ない」
「今度も後悔しますよ」
「それは後で考える」
生徒会のブースと一般区画の境界線。
名古屋港高校の子が書いたポスターを眺めつつ、その境界線の外に出る。
新妻さんがいるだろう建物までの地図を頭の中で再確認。
大した妨害は受けないと思うが、弁護士達が出て来られたら厄介か。
「俺達が退学するってオチじゃないだろうな」
私に追いつき様、怖い事を言ってくるショウ。
そこまでの覚悟はさすがに無く、自然と歩く速度も遅くなる。
「大丈夫でしょ。というか、退学って何よ」
「俺達の行動次第ではって事さ」
「穏便に済ませれば良いんじゃないの」
「出来るのか、そんな真似」
ダンプカーを運転する子供を見るような顔。
私も似たような心境ではあるが。
多少気持を落ち込ませつつ、正面玄関を抜けて教棟の外に出る。
風は依然として冷たく、暦は春でも季節は冬。
そらは晴れているがどこか重く、ショウの言葉がのし掛かる。
「大丈夫だって」
「何だ、急に」
「いや、色々と。えーと、こっちか」
事前に地図を確かめたため、さすがに今回は迷わない。
結局学内の配置がよく分からないまま卒業しそうだな。
「新妻さんにとっては迷惑なのかな」
「その可能性もあるだろうが、放っておく訳にもいかないだろ。彼女だけに負担を強いて、俺達だけ卒業するのは論外だ」
気持ちよく言い切るショウ。
いかにも彼らしい、私がずっと好きだった彼は今でもそこにいる。
「はは」
「叩くなよ。……情報が漏れてるのか」
「矢田局長が来るくらいだから、知ってる人は知ってるんじゃないの」
教棟の陰から出てくる数名の警備員。
学内をパトロールしている可能性もあるが、それにしては重装備。
不要な混乱を避けるためには、大人しくやり過ごすか逃げた方が良い。
「どうする?」
「やましい事はしてないんだし、堂々と行くだけさ」
「それって、格好いい台詞だった?」
「違うかな」
見つめ合って、くすくすと笑い合う私達。
緊張感がないというか、そうする間に警備員が私達の側を通り過ぎていった。
どうやら取り越し苦労。
勝手に考え過ぎていたようだ。
「大丈夫みたいだね」
「世の中こんなものだろ」
「だといいんだけど」
一応振り返り、警備員が後ろから襲ってこないかを確認。
向こうはこちらを見てもおらず、生け垣から顔を出している猫を指さしている。
緊張感がないのはお互い様か。
特に妨害も受けず、例の建物前へ到着。
玄関前には警備員が数名立っていて、全員ショットガンを所持。
監視カメラも当然備わっていて、真正面から行けば見つかるどころの話ではない。
「堂々と行くの?」
「それ以外に道はない」
「本当かな」
それはそれで感心する部分はあるが、あまり賢くない気もする。
とはいえ壁伝いに上ろうと、セキュリティに見つかるのは間違いない。
だとすればこそこそ隠れず、彼の言う通り真正面から行くべきか。
「入れてくれるよね」
「堂々と行くだけだ」
それはもう良いんだって。
それでもショウの考えに沿って、真正面から玄関へ近付いていく。
警備員もすぐに私達に意識を向け、それとなく構え出す。
「落ち着け」
振り向くと、ケイがパーカーのポケットに両手を入れて立っていた。
とはいえ止めるつもりはないらしく、視線を微かに右へと向ける。
「何」
「警備員が動くから、その隙に入れば良い」
「どういう事」
「すぐに分かる」
またそれか。
しかし実際に大して待つ事もなく、警備員の顔色が変わりだした。
理由は、建物のすぐ右隣から煙が上がっているから。
右側へ回り込めば、もしかして炎も見えるかも知れない。
「建物に入るのが目的で、警備員と揉める必要はないだろ」
「放火はどうなのよ」
「自然発火だよ。空気が乾燥してるからな」
平然と言ってのけたな、この人は。
とはいえ警備員が一斉に動き出したのも、また事実。
さすがに間近で起きた火事へ、落ち着いていられる人もそうはいないようだ。
「今だ、今」
後ろを押されるようにして正面玄関に突入。
カメラがすぐに動き出すが、こちらを向ききる前にスティックを投擲して動きを止める。
後は落ちてくるスティックを回収し、ショウ達の後に続いて玄関を駆け抜けるだけだ。
走ったせいで多少息が荒くなり、受付にいた女の子にまじまじと見つめられる。
「新妻さん、いますか」
「え、ええ。どういったご用件でしょうか」
「大切な話です」
「アポイントはお取りでしょうか」
非常に当然と言える質問。
ただ、ここでまごついていては警備員が集まってくる。
また受付にもカメラの映像配信されているはずで、私達の不審振りにもいずれ気付くだおる。
「雪野で取ってると思います」
真上から私を見下ろすショウ。
大丈夫だっていうの、今回に関しては。
「……承っております。新妻は現在会議中ですので、しばらくお待ち下さい」
「いや。会議室の前で待たせてもらいます。場所だけ教えて下さい」
「あ、はい」
端末に配信されてくる見取り図。
その中で最上階の一角が、赤く縁取られる。
「どうもありがとうございました」
とにかく長居は禁物。
それこそ逃げるようにして、受付前から走り去る。
例により階段を上る私達。
利便性から言えばエレベーターだが、檻に入るような物。
この状況では、あまり賢い選択肢ではない。
「アポイントなんて、いつ取ったんだ」
「サトミじゃないの、多分」
「つくづく悪いな」
「なりふりを構ってる場合じゃないでしょ」
少し息が上がってきたけれど、まだウォーミングアップといった所。
戦うだけの体力は、十分に温存してある。
「まだか」
膝に手を付きながら尋ねてくるケイ。
この子は、とてもこの後戦えそうにないな。
「最上階だからね。でも、そろそろかな」
上を見上げると、手すりがあまり見えなくなってきた。
逆に下を見ると手すりばかりで、良くもこれだけ上ってきたなと自分でも感心する。
「来るんじゃなかった」
しみじみ呟くケイ。
それは私も、少しは思う。
ようやく最上階に到達。
私も少し息が上がり、歩きながら呼吸を整える。
「会議室は良いとして、本人だけをどうやって呼び出そうか」
「さっきと同じ手を使えば良い」
喘ぎならライターを取り出すケイ。
ただそれに火を点ける事はせず、壁際にあった非常ベルを無造作に押した。
「ちょっと」
「外で火が点いたんだ。連中も過敏になってる」
「すぐに警備員が殺到するだろ」
「だから、来る前に移動するんだよ。走るんだよ」
自分で言って、自分でため息を付いていては世話がない。
血相を変えた警備員や職員とすれ違いながら廊下を移動。
会議室はすぐそこで、丁度部屋を出てくる新妻さんの姿が見えた。
「避難するのかな」
「火事なのに会議をする馬鹿もそうはいないだろ。……そっちは危ないらしいですよ」
何が危ないかも言わずに声を掛けるケイ。
しかし今は全てに敏感になっているのか、新妻さん達は一斉にこちらを振り向き駆けだしてきた。
「……あなた達」
本来いるべきではない私達を見て、表情を険しくする新妻さん。
そしてこの騒動の原因を悟ったのか、視線はケイへと向けられる。
「話をしたいだけだよ」
「何の話」
「俺じゃない」
一歩下がるケイ。
ショウは始めから私の後ろに控えていて、自然と私が前に出る恰好となる。
「どういう事」
「生徒組織も学校も、借地権については譲渡しない事で同意を得た。十分団結してる」
「それで」
「新妻さんが犠牲になって、学校を改めてまとめる必要はない。だから、この件はもうお終いにして」
ストレートに告げると、新妻さんは面食らったような顔をして口元を押さえた。
「何、それ」
「誰かの犠牲で成り立つ事なんて、誰も歓迎しないって言いたいの」
「私が自分を犠牲にしてるって言いたいの?」
「違うの?」
返事はすぐに返らず、ただその視線は私へと真っ直ぐに向けられる。
「とにかくもう終わった。事後処理はあるにしろ、これ以上の進展はない。絶対にね」
「私が、そんな善人に見える?」
「そこまでは知らない。ただ、自分を犠牲にしてるようには見える」
「買いかぶりすぎでしょ」
失笑気味に笑う新妻さん。
すでに私達の側には誰もおらず、火災を告げる警報が鳴り響くだけである。
新妻さんは壁に背をもたれ、刺すような視線を私に向けてきた。
「私利私欲で行動してたら、どうするつもり」
「それはその時考える。ただ、この件はもう終わった。これ以上何かする必要無いし、させるつもりもない」
「それはあなた達がリスクを追うだけじゃないの」
「新妻さん一人が背負うよりはましでしょ」
「どう違うのよ」
そう突っ込まれると少し困るが、私も自分を犠牲にするつもりはさらさらない。
「あなた達も処分されるかも知れないのよ。こんな騒ぎを起こせば」
「大丈夫」
「どうして」
「仲間を信じてるから」
私の無軌道な行動は、みんな慣れている。
だからという訳では無いが、それをきっと手助けしてくれるはず。
私が私利私欲で行動していない限りは、必ず。
「仲間、ね」
「それがどうかした?」
「私の仲間は、どこにいるのかなと思って」
「ここにいるじゃない」
胸を張ってそう告げ、彼女の手を取る。
新妻さんがどう思おうと、少なくとも私はそう思ってる。
だとすれば私達は仲間であり、友達。
そんな彼女を助けるのに理由はいらない。
「恥ずかしくないの」
「何が」
「もう良いわ。……私は処分されるだろうけど、確かに潮時みたいね」
静かに告げ、頼りなく笑う新妻さん。
これ以上は何もしないと考えて良いのだろう。
「ありがとう」
「礼を言われる事でも無いわよ。それに結局、私の空回りだったんだから」
「そういう時もある。だからみんなで支え合えば良いんじゃない」
「その台詞、恥ずかしくないの」
それは少し感じつつある。




