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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第50話
572/596

50-5






     50-5




 自警局へ戻りながら、新妻さんの事を考える。 

 現在の問題、でもいい。

 どうしてこうなったよりも、今どうするべきか。

 私自身に出来る事は何か。


 ふと視界に入る、生徒会長選のポスター。

 意識するとそれには、かなりの確率で出会う。

「選挙、選挙、選挙。選挙って、公平だよね」

「公平にするための選挙じゃないのか」

「公平って何」

「全然分からん」

 あっさり投げ出すショウ。

 彼も公平が、平等という意味なのは理解しているはず。

 ただ私が何を聞きたかったのかは、分からなかったんだろう。

 何より、本人が分かってないんだから仕方ない。


 だとすれば、もう一人の方に聞いてみよう。

「公平って何?人の名前って言わないでよ」

「オチを取るな。みんなで仲良く、住みよい社会だろ」

「選挙のキャッチフレーズみたいじゃない」

「選挙なら、別に問題ない」

 ケイの言葉になるほどと思いつつ、選挙のポスターの前で足を止める。

 告示日はすでに過ぎていて、今は選挙期間中。

 このポスターは候補者の物では無く、選挙管理委員会の掲示物。

 日時や注意事項が書かれている。

「選挙、公平。後なんだろう」

「知るか」

 それもそうだ。




 自警局に戻っても、受付にはやはりポスター。

 ここには、女の子の写真が若干多めに貼られている気もする。

「選挙活動でもしたいのか」

 壁に拳をぶつけながら尋ねてくるショウ。

 その意味こそ分からないが、首を振って違うと告げる。

「何か分かりそうな気がする。でもって、選挙に関係ある」

「だるまはどうだ?」

「……だるま以外の何か。選挙は公平で、誰でも立候補出来るでしょ。投票も勿論」

「まあ、そうだな。出来ないと、逆に困る」

「そう、それ。困るじゃない。でも、私達は困ってない。どうして?」

「一度話を整理したらどうだ」

 軽く見放された。

 ただ、私の発言が冷静を欠いていたのは確か。


 という訳で、もう少し話が理解出来る人の元を訪ねる。

 局長執務室にいたサトミは私の話を聞くと、ふっと鼻で笑った。

 態度はともかく、私が言いたい事は私以上に分かったようだ。

「そもそも選挙制度は古代ギリシャに遡り、当時は陶器の欠片で投票行動を行っていたの。ただし選挙権は非常に限定されていて、それはいわゆる市民にのみ」

「選挙の歴史は良いんだって」

「当時は直接民主制の形式が強く、ただこれは民意が反映されると同時に政策実行のスピードに欠ける。そこから間接民主制、代議員制度が発生する訳。現在行われている生徒会長選も、その間接民主制ね」

 ようやく繋がる話。

 まだ、本題に入ってない気もするけれど。

「それで、結局なんなの」

「例えば日本でも、第二次大戦前は翼賛選挙が行われていたわ。つまり立候補者を制限し、当時の政権に取って批判的な者は徹底的に排除。形式としては民主的だけど、実情は独裁に近いわね。また特定の国家では、投票行動すら制限されている。政権党へ投票する投票箱と、野党へ投票する投票箱が別になっているの」

「それで?」

 少し間を溜めるサトミ。

 私も机にあったお茶を飲み、サトミに睨まれる。

 良いじゃないよ、一口くらい。


 軽い咳払い。

 サトミは靴音を立てながら、私の前を通り過ぎた。

「では、この学校の生徒会長選挙はどうかしら?選挙権は制限されていないし、投票行動の制限もない。立候補、つまり被選挙権に関しても制限は存在しない。推薦人に関しては、制限とは言えない物ね」

「自由って事?」

「それと同時に、それらの権利が絶対的に保証されている。誰もが自由に投票を出来て、自由に立候補出来る。それらを妨げる事は、誰にも出来ない」

 何となく固まってくる考え。

 自由で、それが他人から妨げられない。

 当たり前の事だと思っていたけれど、冷静になってみると結構深い制度。


「……つまり、物理的な力が無くても良いって訳でしょ。自分の意見さえあれば、自由に行動が出来る」

「良く出来ました」

 ようやく、満足げに頷くサトミ。

 私も一人頷き、さらに考えを深める。


 今まではなんだかんだと言っても、学内における勢力が背景に必要だった。

 勢力とは、結局の所物理的な力。

 警備員であったり、学校であったり、もしくはガーディアンやSDC。

 だけど今はそれらが無くても、自分の意見だけで生徒組織のトップに立てる。

 またそれが、現在進行形として実行されている。

 これは私が思うよりも大きな進歩だろう。

「……SDCが、その先例かな」

「当てはまる事例ではわるわね」

 静かに答えるサトミ。


 SDCの代表を遡って見ると、幾つか見えてくる事がある。

 涼代さんは、室内陸上部。

 ただ彼女の場合はイレギュラー的な要素が強いと思うし、本人の人間性で代表になった気がする。

 その代行が三島さんで、彼は拳法部。かつ、学内最強と謳われる程の存在。

 まだ、力を背景にした部分が強い。

 彼の次は、鶴木さん。

 彼女も強いけれど、絶対的な強さではない。

 それよりもカリスマ性。涼代さんに通じる部分が濃い。


 鶴木さんの辺りから徐々に、背景となる組織や強さが薄れている気がする。 

 何より彼女の次が、黒沢さん。

 陸上部で、背景は特になし。

 組織の長としては優秀だろうが、人を力尽くで押さえ込むタイプでは無いしそういう事も出来ないだろう。


 しかしSDCの代表は、各クラブでの互選制。

 選挙制度とは若干異なるため、全てが参考になるとは言えない。

「今のSDC代表は、どうやって決まったの?」

「クラブ間の投票。選ばれたのは格闘系クラブの部長だけれど、それ以外のクラブにも平等に一票づつ配分されている。格闘系クラブも一票、それ以外のクラブも一票ね」

「それって、選挙が出来るようにまでなってるって事?」

「夏休み明けは、それで揉めたわよね。またクラブ生全員とはいかないまでも、少しずつ変化はしているのよ。SDCも生徒会もね」 

 あの頃は選挙をしても、それは一部の声が大きい勢力。 

 力が強いクラブを有利にするだけという判断から、選挙での代表選出を見送っていた。

 それが半年後は、限定的ではあるけれど選挙が実施されている。

 サトミの言う通り、それは確かな進歩。

 気付かない内に、黒沢さん達は少しずつ前に進んでいたんだろう。



 何より私が生徒会に所属しているくらい。 

 これを進歩と呼ぶのはどうかと思うが、変化なのは間違いない。

「……新妻さんは、その現状に不満なのかな」

「規則が不満で吠えてた生徒がいただろ。世の中、色んなのがいる」

 私を真っ直ぐ見ながら話すケイ。

 なるほどねと思うが、私と新妻さんの場合はケースが違うはず。

 私の場合は、自分で言うのもなんだけどより感覚的。

 自分の主観のみで動いてるし、考えている。

 ただ新妻さんが、それこそ短慮で行動しているとは思えない。

「もっと深い意図があるんじゃないの。分かんないけど」

「組織を固めたり団結力を生み出すには、敵があるとやりやすい。それを演出したいのかも」

「なんのために」

 その問いには答えない。


 だけど私にも、そこまで導かれればさすがに分かる。

 彼女が敢えて敵を作る理由。

 自分が敵となる理由。

 そうする事で団結力を生み出し、草薙高校をよりよい方向へ導くためだ。


 とはいえそれは独りよがりの、身勝手な考え。

 彼女の犠牲に成り立った、擬似的な結束だと思う。

 誰かが損をして得た幸せに、どんな価値があるのだろうか。

「そういうのは、私は我慢出来ないんだけどね」

「どういう事が」

 額を押さえつつ尋ねてくるサトミ。

 また始まったと言いたそうにも見える。

「新妻さんの好きにはさせないって事。自分だけ犠牲になってみんなを助けるみたいな話は、もう飽きた」

 それとなく視線を逸らすショウと木之本君。

 この辺は、その典型なタイプだからな。

「立派だなと言いたいが、アイディアはあるのか」

 静かに突っ込んでくるケイ。

 この人も同類だが、動揺はしないタイプ。

 でもって、突っ込みも鋭いときた。

「アイディアはみんなで出せばいいでしょう。私は、指針を示しただけよ」

「偉いよ、本当に」

 遠い目をされても困るんだけどね。




 さらに問題は、新妻さん個人の暴走では無い点。

 いや。暴走は言い過ぎかも知れないが、私の印象として。

「学校の職員や、弁護士が出てきたからね。あれはなんだろう」

「生徒か借地権を持ってるんだから、学校としては面白く無いでしょう」 

 そう答えるモトちゃん。

 ちなみに名義は彼女になっているため、批判や非難は彼女に集まるようになっている。

「借地権を譲渡はしないの?」

「それ自体は構わないし、いっそ無償でも問題ない」

「無償は問題だろ」

「それよりも重要なのは」 

 ケイの突っ込みを無視して話を続けるモトちゃん。

 それが賢明だと思う。

「草薙グループ。つまり高嶋家から、借地権を譲渡するよう申し出はされてない事。申し出てるのは、それ以外の訳が分からない人間。学校の関係者ではあるけれど、その人達が借地権をどう利用するかは不明だから」

「理事長……。じゃなくて校長先生は、どうして申し出てこないの?」

「それも含めて、生徒で頑張ってみればと思ってるのかも知れない。それに現在借地権は、殆ど無償に近い額で借りている。それが高嶋家に移れば、あの地権者は金額を吊り上げてくるでしょうからね。金銭的な面だけなら、今のままの方が良い」

「地権者に聞いてみたら。どうしますかって」

 それにはいい顔をしないみんな。

 私もあの人に会いたくはないけれど、会う理由はあると思う。

 会いたくはないけどね。




 サトミはペンを持つと、プリントを裏返してそこに名前を書き上げた。

「校長と地権者。まずこの二人を抑えなさい」

「……仕事してくれる?」

 頭を押さえながら指摘するモトちゃん。

 それはもっともすぎて、反論のしようもないな。

 但しそう思ったのは私だけで、サトミは机に手を付きモトちゃんへ視線を向けた。

「今は非常時。それにもう仕事は1、2年生に任せるべきでしょ」

「まあね」

「だとすれば、今呼べば良いだけじゃない」

「……全く。……私だけど。……いや、執務室の方に来て」

 ため息混じりに通話をするモトちゃん。

 サトミはその間に、いつも通りスケジュール表を作っている。

 というかいつも作ってるけど、これはこの子以外誰が気にしてるのかな。


 そうする内に、エリちゃんが苦笑気味に現れる。

「お仕事があると伺いましたが」

「サトミ達が仕事しないから、後をお願い。緒方さん達を使っても良い」

「局長代理、という事でよろしいですか」

「よろしいわよ。それと、お茶をお願い」

 もう一度ため息。

 そしてソファーへ移動するモトちゃん。

 ちょっと疲れてるみたいだな。

 誰が疲れさせたかは、ともかくとして。


 という訳でモトちゃんの後ろに回り、肩を揉む。

 揉もうとしたけど、高くて止めた。

 真っ直ぐ私の腕を伸ばすと、そこがモトちゃんの背中。

 腕を持ち上げる時点で、何かが根本的に違う。

「背、伸びた?」

「さすがに止まってるわよ。ユウはどうなの」

「まだ伸びてるんじゃないの」

「そんな訳無いでしょ」

 机の方から聞こえてくる突っ込み。

 どうして代わりに答えるのよ。

 その通りなんだけどさ。


 私も疲れたのでソファーに座り、お茶を飲む。

 会うのは、校長と地権者。

 地権者はともかく、校長先生は学内にいるはず。

 こちらも会いたくはないが、まだ敷居は低い。

「校長にはすぐ会えるの?」

「今、アポを取る。……10分だけなら大丈夫ですって」

 すぐに返る返事。

 それに頷き、スティックを持って立ち上がる。

「行ってくる、付いて来て」

 それに応えるサトミとショウ。

 壁際で気配を消そうとしているケイは、ショウが襟首を引っ張り引きずっていく。

 やはりこのメンバー。

 この顔が揃うだけで、自然に気分が高まってくる。

 卒業間近な、この時期でも。

 それとも間近だからこそ、だろうか。




 教職員用のフロアへ移動し、最上階を目指す。

 さすがに生徒会長選のポスターは殆ど見当たらず、掲示物のエリアに広報みたいなのが貼ってあるだけ。

 ここで、廊下一面に貼られても困るけど。

「会うのは良いけど、怒られないかな」

「日頃の行動によるわね」

 人の事は棚に上げて返してくるサトミ。

 それにしても、日頃の行いか。

 昨日の事ですら、思い返したくもないな。


 若干気を滅入らせつつ、校長室へ到着。

 監視カメラを睨みながら、中へと入る。

 室内は以前の理事長室と、大差は無い印象。

 何度も尋ねてはいないのでそれ程記憶も無いが、机の後ろにある壁は全面のガラス窓。

 壁際には本棚や、品の良い家具。

 大企業の重役が使うような雰囲気の部屋で、草薙高校の校長が使うにふさわしいとも言える。

 贅沢をしろとは言わないが、校長先生の使う部屋があまり質素でも物悲しいので。

「会いたいって、何か用?留年したいとか言わないでね」

 始めから、強烈に釘を刺してくるな。

 それはむしろ逆で、留年とか退学は絶対に止めてくれと頼みたいくらいだ。

「そうではなく、東側の借地権についてです。現在その権利を譲渡して欲しいという申し出が、一部職員から出ていまして。それに校長は、どの程度関与していますか。高嶋家、草薙グループとして」

 ストレートに尋ねるサトミ。

 校長先生もそれは知らなかったらしく、口元を押さえて机の上にある卓上端末を操作した。

「……そういう報告は、受けていないわね」

「では、彼等の独断でしょうか。その集団には、弁護士や司法書士を名乗る者も同行していました」

「ちょっと待って。待ちなさいよ。その場を動かないで」

 それって、そういう意味なのか。



 慌ただしく連絡を取り出す校長先生。

 幸い警備員が室内になだれ込む事は無く、それは通話だけで終わった模様。 

 私達をどうこうするつもりはないようだ。今のところは。

「譲渡は、してないのよね」

「その理由がありませんから。ただ草薙グループから譲渡の申し出があれば、我々は無償での提供も検討しています」

「そうなると莫大な借地代を請求されるのよ。今は地権者の気まぐれで、格安に抑えられてるけど」

 ケイ達が事前に推測したのと同じ答え。

 ただ逆に言うと、現状では自警局。モトちゃんがその代理。

 つまり学校は、モトちゃんの口座に借地代を振り込んでいるはず。

 莫大とされる金額の代わりがいくらなのか、知りたいけど知りたくないな。

「ちなみに我々は卒業後も、借地権は保有し続けるつもりです。その際は生徒ではなく、地権者として対応する事になりますが」

「情実は通じないという意味?」

「今程、学校の影響を受けないのは確かでしょう」

 静かに答えるサトミ。

 校長先生は改めて口元を押さえ、机の後ろを往復しだした。



 モトちゃんの口座に振り込んでる額は、正規の借地代よりは安いはず。

 それは大きなメリットだが、卒業後は今程モトちゃんへの影響力を行使出来ない。

 モトちゃんが、今年から借地代は2倍にしますと言えば2倍になってしまう。

 そして単なる卒業生となった彼女には、学校の圧力も通じない。

 そうなるとモトちゃんを信用して今の状態を続けるか、借地権を譲ってもらう代わりに莫大な借地代を地権者に払うかだ。

「……譲渡はしてくれるのかしら」

「ご希望でしたら、書類をお作りします」

「ちょっと待って、お祖父様に伺ってみる」

 彼女の言うお祖父様とは、草薙グループの創設者。

 つまりはこの学校のオーナーである。


「……ええ、分かりました。……はい。……いえ、それはこちらで。……分かりました。……では、失礼します」

 スムーズに終わる会話。

 よく分からないが、彼女達の間では同意が得られたようだ。

「借地権の譲渡は、無理には求めなくて良いと仰ってた」

「贈与税や固定資産税も絡んできますからね。では?」

「その代わり、草薙高校に対してのみ契約を結ぶようにと。つまり借地権はあなた達が保有したままで、ただそれは私達しか借りられない」

「独占契約となれば、今まで通りとは参りませんが」

 在庫を全部買い占めた業者みたいな立場なのかな、今の私達は。

 というか、これは生徒と校長先生の会話なんだろうか。



 二人の議論に草薙高校の弁護士と司法書士が呼ばれ、そこに加わる。

 私は権利自体はどうでも良く、学校が安定すれば良いだけ。

 ただ校長先生側とは上手く行きそうなので、それは一安心である。

「何してるの」

 ソファーに座りチョコの包装紙で鶴を折っていると、村井先生に見下ろされていた。

 それは多分、私の台詞だと思う。

「私は、校長の妹。つまりは高嶋家の一員。一応こういう場にも顔を出すのよ」

「会話に加わらないんですか」

「興味があれば、キータイプの教師なんてやってないわ。大体あなた達、借地代を何に使ってるの?贅沢をしてるようには見えないけど」

 私達を、まじまじと見つめる村井先生。


 継ぎの当たった制服を着てはいないが、生活自体は至って質素。

 普通の高校生と大差無いと思う。

「基金を作る計画はあります。例えば、元野奨学基金とか」

「何それ」

「親から資金援助を得られない寮生に対してとか、高校生とはいえ金があって困る事は無いですからね」

 本当かどうか分からないが、そんな事を言い出すケイ。

 村井先生は疑わしそうに彼を見つめ、口座情報を開示するよう要求した。

「俺が管理してる訳では無いので。それに、思ってる程はもらってませんよ」

「つくづく、高校生のやる事では無いわね」

「そういう事を求められる学校なんでしょう」 

 適当に答え、チョコを頬張るケイ。


 確かにこの学校では、生徒に求められる事が特殊。

 普通の高校ではあり得ない事まで、生徒が取り仕切っている。

 それは例えば就職に対しては有利に働くが、本来高校生のあるべき姿とは言い難い。

 とはいえ普通の高校にはない刺激もあれば、仕事に対しての対価。

 つまりは報酬が発生する。

 それもまた、草薙高校の魅力。

 他校では味わえない良さとも言える。

「卒業したら、物足りなく感じるのかな」

「……留年するつもり?」

 びくりと身を震わせる村井先生。 

 姉妹揃って、果てしなく失礼だな。




 サトミ達の議論も一段落付いた模様。

 お互いに同意が得られたらしく、ぎこちないながらも握手が交わされる。

「地権者には、私から連絡しておく。交渉は、あなた達がお願い」

「分かりました。ユウ、戻るわよ」

「結局どうなったの?」

「今まで通り。私達は借地権を有し、学校はそれに見合うだけの金額を支払う。それにこれは、自治への担保でもあるわ」

 静かに告げるサトミ。

 校長先生の目付きが一瞬悪くなるが、それはサトミもあまり変わらない。

「脅しかよ」

 ケイの突っ込みにサトミは鼻を鳴らし、小脇に抱えていた大きな封筒を指先で触れた。

「それも込みでの契約よ。ですよね、校長先生」

「現役の生徒が借地権を所有し続けるのもどうかと思っただけよ。あなた、場合によってはこれを後輩に譲ろうとしてたんでしょ」

「さて。取りあえず、来年度の契約は終わりましたので。また次回もお願いします」




 執務室を出たところで、村井先生が追いかけてくる。

「ちょっと聞きたいんだけど。借地権があれば、何をしても良いの?」

「何もという訳ではありませんが、建物を建てるくらいは問題ありませんよ。土地を返却する場合には、処理をしてもらいますが。何かご希望でも?」

「全然、何も」

「タイムカプセルを掘り返すくらいでしたら、いつでもご自由に」

「ちょっと」

 サトミの手首を前から握りしめる村井先生。

 何を慌ててるんだか、この人は。

「……見てないでしょうね」

「そもそも、埋めたんですか?」

「全然、何も」

 そう言い残し、すぐに校長室へと戻っていった。

「何が埋まってるの?」

「夢だろ」

 ぽつりと呟くショウ。

 たまに怖い事言うな、この人も。




 自警局へ戻り、封筒をモトちゃんへ渡すサトミ。

 モトちゃんはそこから書類を取り出し、目を通し始めた。

「今後の管理は誰がするの」

「私に任せてもらえば良いわ」

「それはそれでどうかとも思うけど、取りあえずお願い」

「引っかかる言い方ね」

 少し角を出すサトミ。 

 モトちゃんは冗談だと告げて、封筒を彼女に戻した。

「後はお願い。エリちゃん、状況は?」

「今のところ、大きなトラブルは発生してませんね。こちらは問題ありません」

「そういう訳だから、サトミは引き続きそちらをお願い」

 やはり全体を取り仕切るのはモトちゃん。

 逆にこの人がいなければ、何も始まらない。


 という訳で私達は場所を移し、私の執務室で話し合う。

「まずは学内の協力を得て、次に地権者との協議。この件に関わっている人物の特定と情報収集。最後に新妻さんを思いとどまらせる」

「何を」

「敵を作って学内をまとめる。そんな自己犠牲に走る事をよ」

 醒めた口調で告げるサトミ。

 これにはやはり、ショウが視線を逸らす。

「そうして何かを得たとしても、満足するのは本人だけでしょ」

「そうかな」

「意見でもあるの?」

「何も無い」

 あっさり撤退するショウ。

 これもまた、卒業まで揺るがぬ光景か。



 特定や情報収集は他の人に任せ、私は協力を募る方へ回る。

「ユウは、SDCをお願い。趣旨はやはり、予算局に組みしない事。学校からの圧力に屈しない事。生徒組織が協力し合い、自治を貫く事」

「分かった。私一人で良いかな」

「危険がないと判断出来るなら」

 私を見ながら話すサトミ。

 どういう状況を想定しているのか知らないが、ショウか御剣君でも襲ってこない限りは問題ない。

「大丈夫だと思う」

「分かった。何かあったら、連絡を入れて。ケイは職員の身元を洗って」

「どうして俺が」

「カジノの貸しが、まだ有効でしょ」

 よく分からない話を持ち出すサトミ。

 それでも思い当たる節があるのか、ケイはむっとしつつ卓上端末を一つ手元に引き寄せた。

「私も出かけるから、ショウは護衛をお願い。木之本君は、引き続きモトのサポート。永理は二人の言う事を聞いて、普段通りに自警局を運営するように」

 次々と指示を出すサトミ。

 こうなると、遠野自警局長になってくる。

 元々前に出たがるタイプでは無いが、今回は何か期する所があるんだろう。




 対して私は、気楽に一人で行動。

 教棟を出て、SDCの本部へとやってくる。

 正面玄関には、いつも通りの大男。

 何もモデルみたいな子を置けとは言わないけど、この存在は圧迫感というか印象が絶対悪い。

「中に入りたいんだけど」

 言われる前にIDを提示。

 余計な揉め事を、始めから避ける。

 入る入らないで揉める事自体、今考えるとどうかとも思うが。

「う、伺っております。どうぞ」

 大きく、玄関の遙か彼方までどいていく大男達。

 もう良いけどね、今更。


 建物の内部は、かなりの慌ただしい雰囲気。

 大きな荷物を抱えた生徒が行き来し、頭の上を時折ボールが飛んでいったりする。

「何、これ」

「3年生が隠していた……。保管していた荷物を片付けてるんです」

 そう言って走り去る、ネットを抱えた男の子。

 ネットを隠しておいて、後で何に使うつもりだったんだろうか。

 とはいえため込む習性は、私も同様。

 ここまでの騒ぎはともかく、その気持ちはよく分かる。


 ただそういう喧噪も、部室のあるフロアだけ。

 代表執務室のあるフロアはいつも通りの静けさ。

 それこそ靴音が響いて廊下の端に届くくらいである。


 ドアの前に立つと、勝手に向こうからドアが開く。

 システム自体は自動だが、普段はロックしているはず。

 監視カメラを睨みつつ、ドアをくぐって中に入る。

 カメラは悪く無いんだろうけど、とにかくこれとは相容れないな。



 室内にはいつものメンバー。

 黒沢さんと青木さん。

 そしてニャンがいた。

 言うなれば、陸上部の仲間が。

 私はわずかな間しか在籍していないけれど、陸上部も私の居場所の一つ。

 あそこで過ごした時の事は、今でもこの胸に焼き付いている。

「予算局の件は報告を受けてるけど。前、話しに来たでしょ」

 資料を読みながら尋ねてくる黒沢さん。

 また余計な揉め事を持ち込まないか警戒しているようにも見える。

「もう少し突っ込んだ話。予算局には協力しないで」

「前は、対応は任せると言ってなかった?」

「事情が変わった」

「予算局を潰す訳?」

 随分飛躍した発想。

 もしくは、私がそういう目で見られているかだ。


「潰しはしないし、予算局と戦う訳でもない。相手は職員。どうも、雰囲気が悪い」

「予算局と職員が結託してるの?」

「多分ね。新妻さんは違う意図があるみたいだけど」

 ここで、サトミやケイの推測を説明。

 彼女達も、なるほどという顔をする。

「それは、確実なのね」

「職員の方は。新妻さんは、まだちょっと分からない。でも、私利私欲で行動するタイプには見えないんだよね」

 これは私の主観。

 それこそ曖昧であまり信用は出来ないが、たまには私の意見を言っても良いだろう。


 改めて資料を読む黒沢さんと青木さん。

 私はその間する事が無いので、机の上を眺めたりする。

「はは」

 真っ先に目が行くのは、陸上部の集合写真。

 私が在籍していた頃の写真で、ニャンの隣にヘアバンドをした私が写っている。

「そんなに面白い?」

「私が写ってるからね」

「あはは」

 一斉に爆笑する黒沢さん達。

 そこまで笑う事でも無いと思う思う。


 机の上に面白い物は無いので、壁際を捜索。

 こちらにはトロフィーや盾が幾つも並び、当然ニャンのトロフィーも飾られている。

「アジア選手権・女子100m走・1位。ふーん」

 私も出てみたいとは思うけど、予選だけで力尽きる。

 決勝まで、一気にシードしてくれないかな。

「まあ、私に勝てないようではね」

 人の頭を撫でながら、トロフィーを指さすニャン。

 言ってくれるな、この人は。

「今は、たまたま勝てないだけよ。暖かくなったら、今年は本格的にトレーニングするからね。これからは、月一で勝負する」

「笑止」

 不敵な笑みを浮かべるニャン。

 だけどその余裕も、今日までだ。

 という事にしておこう。


 ちなみににゃんの実力は、国内に敵無し。

 アジアでもほぼ無敗。

 ヨーロッパまで行くときついけれど、入賞は確実。

 壁は高いな、果てしなく。

「諦めた?」

「まさか。むしろ燃えてきた。新しいスパイク、作っておいて」

「私に言わないでよね」

 苦笑して頭を撫でてくるニャン。 

 確かに、戦いを挑む相手に言う台詞ではなかったな。



 それでもスパイクは手配完了。

 大学進学後は、陸上関係の講義も受講しよう。

「……話は分かったわ。SDCとしては、予算局の提案を断れば良い訳ね」

「お願い。どうも、ろくでもない連中が絡んでるみたい。新妻さんも、それは分かってると思うんだけどな」

「それだけ、学校の事を大切に考えてるんでしょう」

 伏し目がちに語る青木さん。

 そうして生徒を煽り、一致団結させ、問題と思われる人物を放逐するのが新妻さんの考え。

 ただそれは彼女が思ってるように、新妻さんの自己犠牲において成り立つ。

 尊い行為にも思えるが、誰かを犠牲にして得る成果が本当に立派な物とは思えない。

「とにかくさ。我慢出来ないわよ」

「……急に、何」

「いや、深い意味は無い。ただ、自分さえ犠牲になればって考えが、納得出来なくてね」

「そういうの、好きでしょ」

 私を見ながら話す黒沢さん。

 好きではないし、今言ったように出来れば避けたい。

 ただ過去、そういう行動を取ってきたのも確か。

 どうにも痛い所を突かれたな。




 SDCから移動し、今度は外局へとやってくる。

 逃げた訳ではなく、時間は有限。

 のんびりしている間に、予算局や職員が働きかけに来る可能性もあるので。


 事前に連絡があるのか、スムーズに局長執務室へと到着。

 五月君と向かい合う事となる。

 出来れば向かい合いたくはないが、背に腹は代えられない。

「新妻さんの真意が君達の想像通りだとして。それを妨げるのは、彼女の真意ではないとも思うよ」

 辛辣に告げる五月君。

 ただ真意ではないとしても、それが正しいとは思わない。

 どちらにしろ、これは主観のぶつかり合い。

 だとしたら、私も自分の考えを押し通すまでだ。

「私も新妻さんが犠牲になるのは真意ではない。だとすれば、彼女の計画通りにはさせられない。当然職員は排除する」

「簡単に言うね。将棋の駒を動かす訳じゃないよ」

「難しくても何でも、こういう下らない真似は私の在籍中には絶対させないの。許せないんだって」

「机を叩かれても困る」

 困惑気味に身を引く五月君。

 面倒な事を申し出られたと思ってるのかも知れない。


「協力してくれないなら、それでいい。ただ最低限、中立の立場でお願い」

「敵に回ったら?」

「言うまでもないでしょ」

 今宣言した通り、私の在籍中に不埒な真似は断じて許さない。

 それは相手が誰でも関係無いし、例外はない。

 行く手に立ちふさがるなら取り除く。

 独善的と言われても、甘んじてその批判を受けるだけ。

 私は自分の正しいと思った事を貫くだけだ。

「随分好戦的だね。それがまかり通ると思ってる?」

「通らなかったら、通すまででしょ。私は自分が正しいと思ってるから、その通りに行動してる」

「違ってたらどうする。後でやり直しはきかないよ」

「傍観して後悔するよりはましなの。とにかく私は下がらないし、立ちふさがるなら排除する。ただそれだけ」

 好戦的と言われた通りの態度を示す。

 結局私の進む道はここにあるのだから。

 無論ここで暴れる訳では無いが。


 五月君は醒めた目で私を見つめ、口元に手を添えた。

「君達にも予算局にも、職員にも義理はないけどね。話を聞く限り、理は君達にありそうだ」

「協力してくれるの」

「まあね。ただ、力押しというのは好きではない。前言わなかったかな」

「聞いたかもね」

 ここで研修していた頃は、力を示すなと強く言われていた。

 実際その通りに行動し、若干なりとも成果を上げたと思う。

 とはいえそれが通用する相手としない相手がある。

 いくら話し合いが大事でも、武器を持って迫ってくる相手には力を示す以外に無い。

「僕は僕のやり方で、職員に対応させてもらう」

「方法は任せる。私は、私のやり方を押し通す」

「君がどんな人生を歩んできたか知りたいね。どうしたら、そういう発想になる?」

 そこまで荒んだ人生だとは思わないが、倒し倒されの日々だったのは間違いない。

 話し合うどころか、気付いたら木刀が振り下ろされているなんてざら。

 その中で自分を守り意見を通すには、力あるのみ。

 賢い方法とは思わないけれど、それが私の置かれてきた現実だから。


「改めて、ここで研修を受けた方が良さそうだね」

「自分も一度自警局で研修を受けてみたら、考え方が変わると思うよ。ガーディアンとして現場に出れば、話し合いだけでは片付かない問題があるって分かる」

「立場が違うと視点も違うか。僕には不向きだから止めておこう。そもそも発想も住む世界も違いすぎる」

 明確に拒否する五月君。

 この考えは、モトちゃんとの明確な違い。

 彼女も争いは嫌うけれど、力の行使自体をためらいはしない。

 話し合いで解決出来ない自体を、私達は嫌と言う程経験してきた。

 五月君の言う事は、私にとっては理想。

 ただ、あまり現実ではない。

「職員や予算局には同調しないよう、外局内に通達を出しておこう。ただ個人的に賛同する人間にまで規制は掛けられない」

「それは大丈夫。私も倒す相手の名前や身元を、いちいち確かめない」

「戦国武将だね、さながら」

 皮肉っぽい揶揄。

 言いたい事は分かるが、敵に遠慮する理由も無ければ余裕も無い。

 それが私にとっての現実だから。




 半ば強引に外局との同意を取り付け、次に内局へとやってくる。

 ここでも連絡が入っているらしく、すぐに局長執務室へと案内される。

「借地権、ね。確かに問題だろうけど、生徒が権利を保有してるのもどうなのかしら」

「卒業後は生徒でなくなるし、草薙流グループへの譲渡も考えてる」

「後は現時点での収入をどうしてるか。個人的な流用をしてないとは思うけれど、そこは向こうも突いてくるでしょ」

 五月君とは違う切り口での質問をしてくる久居さん。

 相手が好戦的だとこちらもやりやすいが、理詰めで来られるとちょっと困る。

「収入は一元的に管理してて、学校の弁護士や税理士もチェックしてるらしいよ。個人的な流用は知らないけど、せいぜいお菓子を買うとかその程度だと思う」

「随分小さな話になってきたわね。ただ内局としても、無用な混乱を望みはしないわ」

 にこりと笑う久居さん。

 これは協力してくれると考えて良いのだろうか。

「ただし、自警局のみで突出しない事。あまり自警局の色が強くなりすぎれば、今後の学校運営にも大きな影響が出る」

 思わず、なるほどと言いたくなる指摘。

 これがサトミの言う、自警局は生徒会活動に深く関与しない理由に繋がってくる訳か。


 実際ガーディアンは学内における、最大で最強の組織。

 それが発言権を持ち始めたら、生徒の自治も何もかもが吹き飛ぶ。

 久居さんの懸念は、そこにあるんだろう。

「自警局として前に出すぎるつもりはないよ。それに他の局が協力してくれるなら、むしろ下がっても良い」

「だったら、黒沢さん達と話し合って統一の声明を出すわね。そうすれば自警局主導の色合いも薄まるでしょ」

「ありがとう。私達もガーディアンを無闇に動かすつもりはないけどね」

「そうだと助かるわ。とにかく、混乱はしないに限るから」

 その内、私達自体が混乱の元と言われそうな雰囲気。

 分かってはいたけど、外部の受けは良くないな。

「ただ矢面に立つのは結局雪野さん達でしょ。本当に大丈夫なの?」

「問題ないよ。来るなら立ち向かう。ただそれだけ」

「つくづく損な立場にいるわね」

 しみじみとした口調。

 そんなに同情されるような事をしてるとは思わないが、それこそ私の主観。

 外から見ると、また違う感想があるようだ。

 これでは新妻さんの事を、あれこれと言ってられないな。




 自警局へ戻り、それぞれの反応を報告。

 サトミは小さく頷き、いつの間にか用意されているホワイトボードに丸を打ち出した。

「SDC、外局、内局は賛同。自警局も当然。生徒会長と情報局には、モトから話を通してもらう」

「良いの?」

「ユウがどうしてもと言うのなら構わないけど」

 ペンを振りながら尋ねてくるサトミ。

 当然是が非でもという訳は無く、一も二もなく彼女達にお願いする。

「文化系クラブも今押さえつつあるから、後は地権者ね。これは週末にでも頼みに行くわ」

「また変な事になるの?」

 ケイに集まる全員の視線。

 彼が悪い訳では無いが、前回会った時のイメージが悪い。

 ああいう得体の知れない人間は出来るだけ避けたいのが、人としての本心だ。

「俺だって、会いたい相手じゃないぞ。何か得する訳でも無いんだし」

「お土産は、また持ってくの?」

「それはまた考えるよ。とにかく向こうの機嫌を良くしないと始まらないんだから」

 なんだか、接待みたいな話になってきたな。



 学内にしろ地権者にしろ、気が進まない部分は多い。

 それでも私に出来る事があるのなら、それをするだけだ。

 新妻さんの件だけではなく、これは私達の問題でもあるから。

 そして私が学校のために何か出来るのも、おそらくこれが最後だと思う。




 私の力は微力でも、全力を尽くしてこの学校のために尽くしたい。

 この学校に残る後輩のために。

 そして、今まで育んでくれた恩義に報いるためにも。 













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