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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第50話
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     50-3




 翌日。

 資料を携え、総務局へと向かう。

 規則の改正ではなく、運用の見直し。

 納得いかない部分もあるが、現実的には妥協も必要。

 あまりにも納得がいかなければ、さすがに声を上げるつもりではいる。

「最近何も言わないから、馴染んだと思ってたわ」

 私を見ながら話すサトミ。

 馴染んではいないが、ばたばたしていて忘れていた。

 また卒業が間近になって、やり残していた事を思い出したとも言える。

「絶対的な不満ではないんだけどさ。草薙高校らしさっていうの?それが何か違う気がする」

「前が自由すぎたんでしょ」

 一言で終わらせるサトミ。

 この子はどちらかと言えば、規則が厳格でも良いタイプ。

 つまり現状に不満を抱く理由はさほど無い。

 細かな不備や運用については、また違う意見があると思うが。



 サトミと話している間に、総務局へ到着。

 生徒会長候補の女の子に出迎えられる。

「ご苦労様です」

「選挙活動、しなくて良いの?」

「まだ、告示前なので。来週辺りから、本格化します」

「ポスター貼りなら、100枚くらいは引き受けるよ」

 誰がだという視線を真上から投げかけてくるショウ。

 読まれたな、簡単に。

「ありがとうございます。でも、お気持ちだけで結構ですので。出来るだけ、自分の力を試してみたいですし」

「立派だね。私も、1年の頃はこうだったのかな」

「今はどうなんだ」

 真後ろからの陰気な突っ込み。

 今ですらこの調子。

 2年前がもっとまともだった記憶はまるでない。


「皆さんは、今の規則に不満がおありなんですか」

「おありというか、もっと自由で生徒の自主性や主体性があると思うんだよね。私のイメージとしては。それとも、昔の記憶を美化しすぎてるのかな」

「私が入学した頃は、すでにこの状態だったので。中等部も、似たような物ですし」

「ああ、そうか。なんか、私一人が突っ走ってる気になってきた」

 もしくは古い記憶に幻想を抱きすぎているかだ。



 女の子の案内で会議室に通され、そこで資料を読み直す。

 以前に比べて変わったのは、施設の維持管理は完全に学校へ移行。

 それに携わる生徒はいるが、基本的に学校とそこから依託された会社が管理を行っている。

 アルバイトの斡旋。帰省や自治体の事務処理も同様で、外部への委託か自治体の出向職員が全て行っている。

 生徒活動に直接関わらない権限は、かなりが学校に委譲。

 それに不満はなく、元々そうでも構わないと思っていた。


 問題は、その生徒活動に関わる部分。

 教職員が、不必要に生徒活動に口を挟む事。

 また一部生徒がそれに同調し、馴れ合っている点。

 端的に言えば、昔の管理案を思い出す。


 後は警備員。

 常駐するのは良いが、それが一部生徒寄りな気もする。

 当然、スクールポリスは論外。

 それは生徒の自治制度を、根底から否定する事になる。

「とにかく、あれこれ口を挟まないで欲しいって事よ」

「急に何」

「いや。規則というか、現状の不満。それこそ治安維持以外の権限を学校に委譲しても良いけどさ。やいやい言われるのは、面白く無いと思っただけ」

「そこは譲らないのね」

 苦笑するサトミ。

 とはいえここにいる人達も、その点は同意見だと思う。

 でなければ自警局。ガーディアンをやってはいないだろう。


 多分それは、他の局でも同じ事。

 自分達の仕事に誇りを持ち、それだけは譲れないと思ってるはず。

 だからこそ、草薙高校は生徒の自治で成り立っている。




 やがて会議室に人が揃い、矢田局長が会合の開始を告げる。

「後は細部を詰めるだけで、運用の見直しについては配付された資料をご覧下さい。また規則の改正は、意見があった一部に留めます」

「ただしこれは、現執行部の意見。来期に適応されはするが、その先は次期執行部も関わってくる。我々はこの意見で決議するが、今度選ばれる生徒会長次第では草薙高校も変わっていく。それも含めて、考えて欲しい」

 静かに告げる生徒会長。

 そう言われてしまうと、ここの議論が無意味と思えてくる。

 何を議論しても何を決めても、次の生徒会長に覆される可能性があるのだから。

「それで、何か意見がある方は。……雪野さん」

 矢田局長の指名を受け、手を下げる。

 一部からは悪い雰囲気が伝わって来るけれど、それは今更だ。

「運用の見直しも良いんですけど、学校と癒着してる生徒はどうするんですか。これは規則とか運用以前の問題ですよね」

「倫理規定もありますし、重大な問題があれば当然処分されます。また生徒の自治と言っても、ここは高校。ある程度学校の意見を取り入れるのは、やむを得ません」

 正論、一般論。

 確かにその通りだと思う。

 心情的には、あまり納得出来ないが。


 どうも発言したがってるのは、私だけのよう。

 空気を読めと言われてる気もするが、残された時間は有限。

 卒業した後で後悔したくない。

「それと、警備員の件。導入は構わないけど、威圧的であったり一部生徒の意見を聞きすぎるのはどうかと思います」

「これも、ほぼ同じ解答です。生徒からの苦情も無いですし、問題はないと我々は判断しています」

「生徒の自治である以上、治安の維持は生徒が主体的に行うべきですよね」

「まあ、そうなのでしょうね」

 曖昧な返答。

 彼からすれば、おそらくはどうでもいい話。

 もっと大事な部分が他にあると思っているのだろう。


 そこが相容れない部分。

 噛み合わない理由か。

「分かりました。ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございます。他に意見のある方は……。無いようですので、次の議題に移ります。教育庁の視察チームがまた見えるので、その応対を」

 文章を読み上げていく矢田局長。

 もはやそれに興味はなく、気持ちが抜けた状態。


 冷静に考えれみてば、分かる話。

 私達が意気込んでいたのは、夏休み明け。

 それから半年。

 ショウではないけれど、生徒は今の状態に慣れてしまった。

 また転入生達にとっては、これが普通。

 元の学校に比べると、むしろ規則が緩いくらい。

 ことさら騒ぎ立てる理由は無く、私達は単なる過激論者に過ぎないのだろう。


 私も他の事にかまけすぎ、規則についてあまり意識を向けていなかった。

 まだなんとかなる。まだ間に合うと思い続けて。

 それがこの様。

 後悔先に立たずではないが、時の流れを今更ながら実感した。

「清掃活動については生徒が主体となって行い、コスト削減を……。新妻さん、何か」

「コスト削減は大歓迎なんだけれど。浮いたはずの予算が、計算と一致しないのよね」

「そういう事は無いと思いますが」

「データベース上では、でしょ。表の数値は、とも言える」

 いつもの眠そうな雰囲気ではなく、鋭い眼光で矢田局長を睨む新妻さん。

 空気が張り詰め、これには会議室にいる全員が集中をする。

「不正が行われていると仰りたいんですか」

「そう思う?」

「今の話を聞く限りは。ただ証拠がなければ、単なる不穏当な発言に過ぎません」

「証拠があったら、不正なのよね。ちょっとしたスキャンダル。しかもこの時期に」

 不正の追及がしたいのか、単に状況を混乱させたいのか。

 いまいち意図が読めない態度。

 それは矢田局長も同じらしく、生徒会長と小声でささやき合っている。


 小さくなる机。

 そこに置かれる一枚のDD。

 新妻さんはそれを指差し、薄く微笑んだ。

「それは?」

「なんだと思う?」

「何かと聞いています」

「せっかちね。本当、何が入ってるのかしら。取りあえず、私の質問は以上。話を続けて下さい」

 笑顔で促す新妻さん。

 矢田局長は生徒会長と何かを言い合い、憮然とした態度で残りの文章を読み始めた。



 だれたまま終わる会合。

 生徒会長達が出ていったと同時に、新妻さんの元へ数名の生徒が走る。

 今の話やDDの中身に関してだろうが、それには答えなかったらしく彼等はすぐに戻っていく。

 私の話もすっかり忘れられ、単に空回りしただけ。

 それもまた、自分らしいと言えるが。

「あの女、やりやがったな」

 硬い表情で新妻さんを見つめるケイ。

 彼女の意図は私には不明だが、彼にはまた違う事が見えているようだ。

「何か意味があるの?」

「生徒会の混乱と、主導権の確保さ」

「もうすぐ卒業じゃない」

「だから余計に。資料の引き継ぎや役職の引き継ぎ、次期生徒会長選出。3年は引退。色々と条件は揃ってる」

 指を折るケイ。

 確かにその事自体が混乱とも呼べる状況ではある。

「混乱させて主導権を握って、何やるの」

「考えられるのは、次期執行部への影響力確保。新妻さん本人か、予算局かは分からないけど。もしくは、生徒会解体だな」

「それこそ、なんの意味があるの」

「生徒の自治。その、究極のスタイルさ」



 生徒会のない学校。

 生徒会自体に権限が無いのなら、それは大した変化をもたらさない。

 ただ草薙高校は、生徒会の権限が強大。

 その生徒会が無くなれば、相当の混乱が予想される。

「混乱するだけじゃないの、結局」

「だからこそ生徒の自主性が試される。そして、新しい生徒をとりまとめる組織が必要になる。生徒の自治だろ、まさに」

「どうでも良いけど、それは誰が得をするのよ」

「損得じゃない。生徒の自治をどう捉えるか。後は性格の問題さ」

 今の話は、彼の推測。

 憶測と言っても良いだろう。

 ただ違っていると言えるだけの根拠も、私にはない。

 また彼女は、生徒の自治に関しては私達より過激な発想だったはず。

 そうなると、ケイの話も頷ける部分はある。

 気にはしておいた方が良さそうだ。




 会議室を出たところで、モトちゃんの端末に着信。

 彼女が通話に出ると、その表情がわずかに硬くなった。

「……いえ、そういうつもりはないわよ。……ええ、では」

 通話を終え、肩をすくめるモトちゃん。

 今の今。

 相手が誰かは、私でも想像は付く。

「新妻さん?」

「ええ。協力してくれないかと言われたけれど、断った。ケイ君の言う通り、意見が過激すぎる。生徒会解体も、あながち間違いでは無さそうね」

「だから解体して、誰が得するの」

「損得より、信念の問題でしょ」

 モトちゃんに代わって答えるサトミ。

 この子が好みそうな話ではあるな。

 新妻さんのやりたい事は、ともかくとして。


 そういう訳で、周囲を警戒。

 モトちゃんが言うように、これだと生徒会内も決して安全な場所ではなくなっていく。

 後は新妻さんが、具体的に何をやり始めるか。

 また、どこまで本気なのかも重要だ。

「……いえ、そういうつもりはないわよ。……ええ、また」

 再びモトちゃんの端末に着信。

 どうやら、似たような話を聞かされたようだ。

「今度は、矢田君。新妻さんに協力しないよう、釘を刺されたわ」

「それこそ、生徒会長が解任すれば済む話じゃないの」

「予算局は独立組織に近いから、そう簡単にはいかないのよ。それと下手に止めさせると、シンボリックな存在になって余計厄介になる」

 苦笑気味に話すモトちゃん。

 途端にきな臭くなってきたな。




 自警局へ到着した所で、ようやく一安心。

 一応不審な人間がいないかを確かめてはおく。

「大丈夫そうだね」

「襲ってくる事は無いと思うけれど、個人的な接触はあるかも知れない。ただ自警局として生徒会を解体する意図は無いから、そのつもりで」

 これは私達への意思表明。

 誘いに乗るなという事だ。

「それを自警局の総意として捉えて良いのかしら」

 敢えて念を押すサトミ。

 モトちゃんは軽く頷き、執務室へと歩いていった。

「そういう訳だから、軽挙妄動に走らないように」

「分かってる」

 サトミの背中を押して、彼女も執務室へと歩かせる。

「今の話を聞いてた?」

「聞いてたよ。いいから、仕事して。私は私で考えてるから」

「新妻さんからの連絡は、必ず私かモトに報告する事。それ以外でも、不審な接触は全て」

「分かってる」

 強引にサトミを押し切り、振り返る彼女を手で押し返す。

 実務的な事は彼女達に任せ、私は自分に出来る事をしよう。



 新妻さんの真意は分からないが、私は自警局所属。

 生徒会に不満はあるにしろ、解体して済む話ではないと思う。 

 それは無用な混乱を招くだけの、単なる自己満足に過ぎない。

「解体しても意味が無いって思ってるだろ」

 にやにやと笑うケイ。

 考えてる事は分かってるぞと言いたげに。

「何が」

「少し前の話だけど、そういう人がいたなと思って」

「……あれは事情が違うでしょ」

「立場が違えば、考え方も違う。それに比べれば、生徒会解体なんて可愛い話だ」

 鼻で笑うケイ。


 彼が言いたいのは、昨年度の話。

 私達が取った行動は、結局学校自体の解体に近い。

 確かにそれと比較すれば、生徒会解体は規模が小さい。

 あくまでも、それと比較すれば。

「どのみち、今解体する理由は無いだろ」

「君は真面目だね」

「真面目かどうかは関係無い。ユウが言ってるように、解体して誰が得をする」

「去年も思ったんじゃないか、大勢の人間が。この混乱は、誰が得をするんだって」 

 ちくちくと責めるケイ。

 ショウは口を閉ざし、反論を避けた。


 つまりは、自分の身に降りかかってようやく気付く。

 事の重大さ、自分の身勝手さも。

「結構難しいね、この問題」

「自分は自分、敵は敵だ」

「どうして敵なのよ」

「自分を攻撃する相手は、全部敵。だろ」

「まあ、な」

 曖昧な表情で認めるショウ。

 敵という表現は、納得してないようだが。

「どちらにしろ、卒業すれば終わり。それだけの事さ」

「本当に解体されたらどうするの」

「ならないように頑張るだけだろ。たまには正義の味方も悪く無い」

 正義の味方、ね。

 表現はともかく、今回は確かにそんなポジションになりそう。

 また攻めるのではなく、守る側に。

 後は新妻さんの出方次第か。




 いつものようにソファーへ座り、スティックの整備。 

 新妻さんが物理的な攻撃をしてくるとは思わないが、絶対にないとは言い切れない。

 また学内が混乱すれば不測の事態も考えられる。

 私に出来る事は少ないけれど、自分に出来る事は全力でやっておきたい。

「ユウ、SDCに行ってきて」

 衝立から顔を覗かせるサトミ。

 そして大きめの封筒が手渡される。

「新妻さんの件。SDCにも、手を伸ばされる可能性があるから」

「サトミは、新妻さんの意見に反対なの?」

「反対というより、私も一応は生徒会の一員だから。自分の身を守るのは当然でしょ」

「そういう事」

 彼女はどちらかと言えば、保守的な性格。

 変化も望まないし、オーソドックスな考えを好む。

 それからすると、生徒会解体には賛成出来ないか。

「誰か賛成する人はいるのかな」

「幹部の椅子を約束されれば、そちらへ走る人もいるでしょうね。口約束なら、いくらでも出来るから」

 辛辣に告げるサトミ。

 新妻さんの考えとは別に、混乱するのは避けられないようだ。



 私一人ではあれなので、ショウを伴いSDCを目指す。

 後は神代さんと真田さん。

 これからは、彼女達の時代。

 私は彼女達の護衛くらいの気持ちでいる。

「先輩は、解体に賛成じゃないの」

「……どうして」

「いや、なんとなく」

 何となくと言われても困る。

 というか、私はどんな風に見られてるのかな。

「生徒会に不満はあるけど、解体しろとまでは思ってないよ。それに自分の立場を危うくするだけでしょ、そんなの。なにより私自身が、生徒会のメンバーなんだから」

「ふーん」

 あまり納得していない神代さん。

 私はそこまで破滅型か、混乱をもたらす存在と思われてるようだ。


 やがて、SDCに到着。

 正面玄関にいる大男に、モトちゃんの使いだという旨を告げる。

 止められる事はなく、あっさりと通過。 

 不審な点も、特にない。

「警戒しすぎかな」

「SDCは独自性が強いですからね。生徒会が解体されようと混乱しようと、関心がないのかも知れません」

 冷静に分析する真田さん。

 なるほどと思いつつ、それでも周囲に意識を向けて通路を歩く。

 襲われた後で後悔するくらいなら、今が無駄に終わった方が良い。



 やってきたのは執務室ではなく、小さな会議室。

 そこにいたのは黒沢さんと青木さん。

 書類やら卓上端末は置いてあるので、どうやらここで仕事をしているようだ。

「執務室は?」

「次期代表に使ってもらってる」

「代替わりしてるんだ、もう」

「普通は後期の時点で、3年生は引退でしょ。今がどうかしてるのよ」

 苦笑して書類の山を指さす黒沢さん。

 それもそうかと思いながら、封筒を渡す。

「モトちゃんから」

「ありがとう……。解体、ね。解体するメリットと、その後をどう考えてるのかしら」

「さあ。ただ過激な人らしいから、とにかく突っ走りたいんじゃないの」

「へぇ」

 同時に私を見てくる黒沢さんと青木さん。

 どうやら、かなりの誤解があるようだ。


 書類に目を通した二人は小さく頷き合い、それを私に戻してきた。

「今言ったように、次期代表はもう決まってるの。これについては、その子にも見せて」

「解体に賛成しますって言われたら、どうするの?」

「それは私も困るけれど、その子の判断なら説得するしかない」

 丸投げされた心境。

 実際、丸投げされてるんだけどさ。




 という訳で、今度は執務室に。

 中に入ると、小柄な女の子が椅子に座っていた。

「こんにちは」

 笑顔で出迎えてくれる女の子。

 実践系剣術部で良く出会う、木刀を二本持ってる子。

 この子が代表だったのか。

「ああ。私は違いますよ。ちょっと署名をしてるだけです」

「そうなの」

「もうすぐ来ます」

 振り向くとドアが開き、大男が現れた。

 いかにも格闘系、SDCといった雰囲気。

 どうやら再び主流は、そちらに移ったようだ。

「……あの、何か不都合でもありましたか」

 露骨に警戒する大男。

 ここまで来ると、もう笑う以外に無いな。

「お願いをしに来ただけ。予算局から何か言われても、動揺しないようにって。その先どうするかは、自由だと思うけどね」

 モトちゃんから預かった書類を渡し、一歩下がる。

 体格だけならショウ以上。

 普通に腕を振られただけで、私など軽く宙に舞うだろう。



 書類に目を通すSDC次期代表。

 その目付きが少し鋭くなり、私へと流れてくる。

「なんですか、これ」

「生徒会の解体?それは私も知りたい」

「誰が得をするんでしょうね」

「混乱した方が嬉しい人は多いと思うよ。性質の悪い連中は特に」

 一般の生徒はともかく、混乱に乗じて勢力を伸ばそうと目論む者はいるはず。

 それを防ぐのはガーディアンの仕事ではないが、草薙高校の生徒としては防ぐのが義務だろう。

「我々に、どうしろと」

「混乱させないようにして欲しい、だけかな。予算局が何をやりたいのかよく分からないし、正直言えばそちらに協力する事を止める権利もないしね」

「良いんですか、それで」

「今言ったように、止める権利は無いから。勿論、混乱に荷担するのならそれ相応の対応はするけれど」

 一応警告はするが、まだ何も起きていない状態。

 もしかして私達が浮き足立つのを見越して、新妻さんはああいう発言をしたのかも知れない。


「分かりました。我々としても、生徒会を解体するメリットはないですからね。予算局の動向には、気を付けておきます」

「お願い」

 これで仕事は終わり。

 ただあくまでもお願いをするだけで、強制力はない。

 彼等がどう行動するかは、結局の所彼等次第。

 こうして事前に手を打つ事自体は出来るが、その出来る事自体は限られる。



 執務室を出たところで、女の子も一緒に付いてくる。

「仕事はいいの?」

「ああ。そうじゃなくて、トロフィーを依託するための署名です」

「トロフィー。大会で優勝とかしたの?」

「一応」

 静かに肯定する女の子。

 体格は私ほどではないが、小柄な方。

 それが木刀で殴り合う試合に出て優勝するとは、この子も相当な実力と度胸の持ち主だな。

「また荒れるんですか」

「そうならないように手を打ってるつもりだけどね。それを押さえつけようすれば、力尽くになりそうな気もする」

「すると今は、雪野さん達が体制側なんですね」

 彼女に深い意図は無かったはず。

 ただそれは、指摘されて気付く事実。

 以前は明らかに、反体制派。

 学校の枠組みを覆そうと行動をしてきた。


 でも今は、その逆。

 生徒会という体制を維持しようと行動をし、何より私自身が生徒会所属。

 規則改正や運用見直しと言っても、現体制を覆そうとするほどの行動は起こしていない。

「体制側、か。その方が、普通なんだよね」

「反体制側と言えば、ゲリラですから」

 そんな言い方をされても困るんだけどな。




 SDCからの帰り道。

 女の子の指摘について考えながら歩いていく。

 体制、反体制。

 私の居場所。立ち位置の変化。

 連合は体制側ではあったけれど、精神的には反体制的な要素が強かった。

 学校や生徒会におもねらず、一方的に服従もしない。

 でも今考えると、それはかなり身勝手な考え。

 厄介な存在とも言える。

 もし今連合が存在し私が自警局所属のままなら、彼等を面倒な存在と思うかも知れない。

「行き止まりだぞ」

「何が」

 顔を上げると、教棟の壁と向かい合っていた。

 すぐ側に玄関があるので袋小路に迷い込んだ訳では無いが、行き止まりなのは間違いない。

「さっきの話か」

「まあね。体制側で問題は無いんだけど、違和感を感じて」

「3年生で、先輩で、卒業で、体制側。違和感ばかりだな」

 そう言って苦笑するショウ。

 確かにこの半年は、違和感の連続。


 ショウが指摘した事もそうだし、学校の変貌も。

 それに付いていくのがやっとで、自分が草薙高校の生徒だという実感が薄れていた気もする。

 とはいえかつての私達がそれ程まともだったかと言えば、難しい所。

 何より退学になったくらいで、あまり振り返りたい過去ばかりでもない。

「難しいな」

「とにかく、中に入ったらどうだ」

 確かに、壁と向き合ってる場合でも無いか。



 とはいえ中に入って解決する問題でもなく。

 せいぜい、寒いのが温かくなった程度。

 自分の考えの浅さを知ると言うか、浅はかな行動を取り続けてきたツケが回ってきた気もする。

「私達は、これで良かったのかな」

「そういう究極な話に持って行かれても困る」

 それもそうか。

 こうして極端に走るのも、私の良くないところだな。


 自警局へ向かってゆっくり歩いていくと、ショウが足を止めた。

「どうかした?」

「囲まれたかな」

 明日は雨だな、くらいの口調。

 彼からすれば、その程度の事。

 私は完全に気を抜いていて、それにすら気付いていなかった。

「どうも最近、感覚が鈍ってる。こういうのに対応出来なくなってるんだよね」

「悪い事でも無いだろ。日常生活で、周りを囲まれる事なんて無いんだし」

「それは世間一般の日常でしょ」

「だったらユウの日常って、なんだよ」

 笑われた。 

 敵に囲まれる前提の日常は、あまり日常とは呼べないか。

「何がそんなにおかしいの」

 無愛想に尋ねてくる神代さん。

 それもそうか。



 などと悠長に考えている場合でも無く、周囲を確認。

 左右は壁なので、つまりは前後をふさがれたという意味。

 見ると武器を持った男達が、こちらへと近付いて来ている。

「私達に何の用かな。新妻さん絡みとか」

「分からん。来るなら倒す。それだけだ」

「恰好良いの、それって」

「それこそ、分からん」

 二人して笑う私達。

 おおよそ緊張感に欠ける態度だが、これこそが私達の日常。

 6年間、共に歩んできた道だと思う。


 いつしか相手との距離も詰まり、お互いの顔が見えるくらいに近付いて来た。

 人の事は言えないが、あまり品の良い雰囲気ではない連中。

 結局の所、第一印象が大事だとしみじみ思う。

「雪野さんですね」

 一応は敬語。

 野犬が言葉を覚えました、みたいな気になってくるが。

「何か用?」

「新妻が、是非お会いしたいとの事です」 

 新妻さんの使い、か。


 分かりましたと答えるには、あまりにも不自然な相手。

 彼女とこの連中の接点がおおよそ結びつかず、私を呼び出すならもっと他の方法もある。

「新妻さんの使いっていう証拠は」

「これを」

 見せられる、予算局のID。

 ただ見たのは良いが、それが本物かどうか。

 何より、新妻さんの使いかどうかを判断する材料にはならなかった。

 一番使えないのは、どうやら私だな。

「本人に確認する」

「それは控えて下さいとの事です」

 少し上ずる声。

 控える理由を聞くのも馬鹿らしいか。

「仮に使いだとして、この人数はなんなの」

「楽しく無い話になると思いまして。手荒な真似をしてでもお連れするようにと」

「この人数で?」

「多すぎましたか」

 苦笑する男。


 私とショウも、顔を見合わせ思わず笑う。

 多分彼等の方が、常識的な考えの持ち主なんだろう。

「本人に確認を取ってから付いていく。それと武器はしまって。大体それ、所持許可を得てるの?」

「付いてくれば、こちらも余計な真似をしなくて済むんですがね」

「無理矢理連れて行くのなら、早くしたほうが良いよ。武器を持って集まってれば、すぐにガーディアンがやってくる」

 その言葉に動揺する男達。

 具体的な作戦も何も無しか。

 とはいえ人数はそれなりに揃っているので、脅せば付いてくるくらいに思っていたのかも知れない。

「では、力尽くでと参りますが」

「新妻さんの使いじゃなかったの」

「本気で言ってるのか」

「まさか。始めから、全然信じてなかった」

 そう答え、スティックを抜いて低く構える。


 絶好調とは言わないが、体調に問題は無し。

 何より周りを囲まれているなら、調子が悪くても戦う以外に無い。

 神代さんと真田さんを振り返り、覚悟の程を確認。

 多少緊張気味ではあるが、臆してはいない。

「二人は大丈夫として。さて、どうしよう」

「一気に突破してみるか」

「むごくないの、それは」

「集団で人を襲うような連中だ。容赦する理由が無い」

「なるほどね」

 勢いよく走り出すショウ。

 私もスティックを持ったまま、その後をすぐに追う。

「ちょ、ちょっと」

「すぐ終わるから、後を付いてきて」



 突発的な行動に慌てる男達。

 後ろの連中も必至で追いかけてくるが、そちらは完全に出遅れ。

 前の通路をふさいでいた連中も、ようやく武器を構えた所。

 攻撃に移る気構えも準備も出来ていないようだ。



 丁度正面にいた男へ、ショウが肩からタックル。

 持ちこたえたと思ったのもつかの間、膝が鳩尾にめり込み浮いた顔に肘が叩き込まれる。

「と、取り押さえろっ」

 殺到してくる男達と武器の間を一気に駆け抜けるショウ。

 私もその後ろに付き、男達の姿を置き去りにする。


「死ねっ」 

 かなり先にいた仲間がどうにか反応をし、木刀を振り下ろす。

 ショウは構わず走り、私が下からスティックで凪ぐ。

 木刀の束を軽く捉え、遮断機のように上がったところで突破。

 後はもう、誰もいない廊下が続くだけだ。



 ある程度走った所で、周りに生徒が増え始める。

 敵意を持つ生徒では無く、ごく普通の人達が。

 今まで誰もいなかったのは逆に何か細工をされたと見るべきか。

「突然蹴らないでよ」

「先手必勝だ」

「始末書じゃないの、これは」

「報告しなければ良いだけだろ。誰も見てないんだし」

 本当に、それで済むのかな。




 自警局に付いた所で、仁王立ちしているサトミに出迎えられる。

 地獄の門番が、もしかするとこんな感じかも知れない。

 そして後ろからは、息を切らした神代さんと真田さんの鋭い視線。

 いたたまれないとは、まさにこの状況の事だろう。

「久し振りに、活躍したみたいね」

「書類は届けたよ」

 軽くとぼけるが効果無し。

 サトミは、予想通り始末書を二枚ちらつかせてきた。

「自分から殴りかかったでしょ」

「殴られるまで待てっていうのか。あれは正当防衛で、規則には反しない」

「反しなくても始末書なのよ。争乱を起こしたのは、間違いないんだから」

 結局始末書を受け取り、二人でため息。 

 自分達が悪く無いとは完全に言い切れないだけに、どうにもすっきりしない。


 それでも定型文を埋め、最後に署名を入れる。

 書いてしまえば、それで終わり。

 処分としては軽いと思う。

 納得をした訳でもないが。

「だけどさ。武器を持った連中に前後をふさがれたんだよ。多少は手荒な真似はするでしょう」

「だから始末書で済ませたんじゃない。相手は誰なの」

「一気に突破したから、全然分からない。というか、こっちが知りたいわよ」

「単なる嫌がらせなのか、予算局の件と関係あるのか。こちらの動揺を誘っているのか。その連中は何か言ってた?」

 サトミの質問を受け、記憶を辿る。

「新妻さんの命令を受けたみたいな事を言ってたけど、どう見てもそういうタイプじゃなかった」

「本人に確認するわ。……遠野だけど、今日の予定は?……いえ、それなら結構。……ガーディアン削減のデータを送るタイミングをね。……ええ、ではそのように」

 私が襲われかけた事は説明せずに終わるサトミ。

 この反応を見る限り、私を呼び出そうとはしていないようだ。


 何より呼ぶだけなら、こうして端末を使った方が早いし楽。

 大勢で取り囲んで連れて行く理由は無い。

「ユウの事は、何も言っていない。本人は知らないのか、関与をごまかしているのか。どちらにしろ、その連中がろくでもないのは分かったわね」

「だから私達の判断は間違えてないんだって」

「その議論は、またいずれ」

 いずれって、もうすぐ卒業じゃないよ。



 ただ、それを言うなら卒業前に始末書。

 あまり褒められた話でも無い。

「結局なんなの、あの連中は」

「敵が多すぎて分からないわね。ただ学内の治安を乱そうとするのなら、それに対処するべきでしょう。ガーディアンのパトロールを強化して、情報網を増やすわ」

「新妻さんは関与してるのかな」

「さあ。していてもしていなくても、私達は今の状況に対処していけば良いだけよ」

 なるほどとも思うが、それはあくまでも対症療法。

 事前に混乱を防ぐ訳ではない。

 ガーディアンの性質上、仕方ない事ではあるが。

「まあいいや。規則の運用見直しは?」

「その内骨子が届く。何もかも順調よ」

 サトミのスケジュールには違わぬよう、物事が進んでいる様子。

 だからこそ、この余裕。

 逆にスケジュールからずれていけば、どうなるかという話でもある。




 その後は何事も無く、やがて終業時間を迎える。

 またサトミの言うように、起きた事に対処するのがガーディアン。

 それがガーディアンとしての限界であり、枷と言おうか。

 無軌道に何でも出来るのであれば、それは単なる武装集団と変わらない。

 そう考えると、連合解体後の私達はそのままか。

 改めて、自分達の行動のひどさを思い知るな。

「どうかしたの」

「いや。連合解体後の私達は、何を考えて行動してたのかと思って」

「確かにあれは、常軌を逸していたわね」

 荷物をまとめながら静かに答えるサトミ。

 冷静に言われると、ますますあの時の行動が際立ってくる。

 逆に今それに似た集団がいたら、私はどう対応するんだろうか。




 帰りに自宅側のスーパーに寄り、頼まれていた買い物をする。

 といっても、買うのは私の誕生日ケーキの材料。

 ここはお母さんの言う通り、好みに走らせてもらおう。

「甘さ控えめ。これいいな」

 フルーツの缶詰をかごに入れ、次にデコレーション用のチョコレート。

 これも甘さ控えめ、カロリーオフ。

 ダイエットをしている訳ではないが、あまり甘すぎても食べられない。

 程々な甘さというか、少し控えめなくらいが私の好み。

 味が無くても困るけどね。

「俺も、作り方を覚えるか」

 突然すごい事を言い出すショウ。

 急に、何に目覚めたんだろうか。

「どうかしたの?」

「いや。その方が安上がりだと思って。寄宿舎の部屋には、キッチンもあるらしい」

「一応断っておくけど、ケーキはオーブンが必要だよ。多分個室の部屋には無いと思うけど」

「難しい食べ物だな」

 そういう言い方をされても困るが、確かに作るのは難しい。

 何よりインスタントコーヒーも作れないような人には、ちょっと難易度が高いと思う。



 ただこうして会話を交わせるのも、あとわずか。

 2ヶ月もすれば、私達は卒業。

 彼も士官学校の寄宿舎へ引っ越し、会う事もままならなくなる。

 今という時は止まらず、過ぎ去っていくだけ。

 それは当たり前の事で、だけどずっと意識もしていなかった。

 意識したところで時が止まる事も無いのだが。

「悩みでもあるのか」

「いや。別に。取りあえず、こんな物で良いかな」

「それでも結構買っただろ。俺はケーキを侮ってたな」

 まさかと思うがこの人、ケーキに尊敬の念を抱いてないだろうな。




 ショウに送ってもらい、自宅に到着。

 買ってきた荷物をキッチンへと運び込む。

「あら、いらっしゃい。木はどうなってる?」

「普通に育ってるよ。木之本が言うには、しっかり根付いてるって」

「案外どこでも育つのね」

 ふふんと鼻を鳴らし、私が買ってきた物をチェックするお母さん。

 お母さんは、あの木にそれ程の思い入れはないようだ。

「見に行かないの?」

「育ってるのが分かったなら、それで十分でしょ。花が咲いたりする物でも無いんだし」

「愛情の問題だよ」

「木に、愛情。……外では言わない方が良いわよ」

 これが親の言う事か。



 お父さんの同意を求めたかったが、今日は出張。

 ドングリ愛好家なら、また違う事を言ってくれたはずなのに。

「遠くに行ったら、色々と気になるでしょ」

「木の話、よね」

「……そうだけどさ」

 指摘されて、さすがに私も我に返る。

 学校のでの件を引きずってしまったのか、多少考え過ぎていた気もする。

「そんな事より、卒業は大丈夫でしょうね」

「何度も聞かれるけど、大丈夫だって。今卒業出来なかったら、私こそ困る」

 退学は論外だし、留年して学校に残る勇気はとてもない。

 学校でも散々卒業の事を言っておいてもう1年通うなんて、想像しただけで汗が噴き出てきそうになる。

「荷物も片付けてるし、後は卒業を待つだけ。それより、入学式ってスーツなの?」

「普通はスーツよね。違う恰好をしていたら、相当に浮くわよ」

「お母さんのスーツで良いのかな。買うのももったいないし」

 何より、私に合うサイズのスーツがそうそう売っているとも思えない。

 だったら流用した方が楽。

 デザインなどは、この際目をつぶるとしよう。


「ショウ君はどうなの。入学式って言うのかしら。それは」

「ああ、俺は制服。もう家に届いてる」

「一人で大丈夫なの?」

「先輩もいるし、自炊する訳でもないから」

 朗らかに答えるショウ。

 向こうには名雲さんがいるので、その点では私も安心。

 面倒見の良い先輩だし、彼とも仲が良かったので寂しい思いや辛い思いはせずに済むだろう。



 それにしても1年前は、こんな話をするなど思ってもみなかった。

 だけどこれは現実で、今の私達にとっての日常。

 時は確かに流れ、止まる事は無い。











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