50-2
50-2
月曜日。
家を出ようとした所で、お母さんに呼び止められる。
「これ、帰りに買ってきて」
手渡される、買い物リスト。
小麦粉、フルーツの缶詰、生クリーム。
ケーキだな、これは。
「何かあるの?」
「もうすぐ誕生日でしょ」
「ああ、そういう事」
頭の中で、カレンダーを確認。
言われてみれば、その通りだ。
「作ってくれるのは良いんだけどさ。自分で材料を買う訳?」
「好みの物を買ってくればいいじゃない」
好み、ね。
フルーツはまだしも、小麦粉の好みはあまりないんだけどな。
バスに揺られる事しばし。
結局草薙中学で外に押し出され、戻る気力もなく塀沿いに歩いていく。
その塀の上を器用に歩いていく茶トラの猫。
この上はセンサーがあるはずだが、それも器用に避けているようだ。
「学校に行くの?」
当然返事はなく、ただ耳だけはこちらに向けている。
猫の見本みたいな立ち振る舞いだな。
「最近寒いよね」
やはり返事は無し。
周りにいた生徒が、不審そうにこちらを見てきただけで。
「猫、猫。一人言じゃない」
指を差した途端逃げ出す猫。
それで少しは納得した人もいたようだが、猫と会話とするのもどうかと思われた気もする。
何より、会話が成立していない。
高校側の正門前へと来た所で、例の挨拶が聞こえてくる。
以前の制服着用の時は、最後に彼等と和解が出来た。
ただ今回は少し質が違う。
当時の彼女達は基本的に傭兵。
そして仕事として、また草薙高校への憧れを抱いてあの場にいた。
精神的なゆとりがあったと言うべきか。
対して今ここにいる集団は、転入組もいるだろうが草薙高校の生徒。
加えて職員や教師。
彼等は、信念めいた意識に基づいて行動していると思う。
つまり自分達は絶対に正しく、周りが間違っていると。
そこに余裕はなく、妥協の余地があるようには感じられない。
それでも過去のやりとりがあったせいか、私には近付いてこないし声を張り上げても来ない。
そういう意味での妥協は出来ているようだ。
私も挨拶自体は良いと思うが、強要をされたくないし大きな声を出せば良い物でも無い。
加減をどうにかしてくれれば、もう少し丸く収まる気がする。
逆に言えばそれが出来ないから、彼等も浮いているんだろう。
どうして出来ないかまでは、まだ半分寝ている頭では理解出来そうにない。
教室に着いたところで、買い物リストを確認。
ケーキの材料以外に、チョコとも書いてある。
「ああ、バレンタインディ」
その言葉に、敏感に反応する数名のクラスメート。
そんな怖い目で睨まなくても良いと思うんだけど、かなりナイーブな話題なのは確か。
贈る側にとっても、受け取る側にとっても。
「朝からどうしたの」
黒髪をなびかせ、爽やかに登場するサトミ。
まずはリストを見せて、次にチョコの部分を指で示す。
「チョコレートケーキ?」
今回に関しては、その回答は外れ。
ただそれを指摘すると話が3倍は長引きそうなので、適当に頷いておく。
いや。もしかしてサトミが正解で、私が考え過ぎか。
「それで、バレンタインディの準備はしてる?去年はカカオを買うとか言ってたじゃない」
「市販のチョコを買えば済む話でしょ。プロが作った物を買えばいいのよ」
突然悟ったな。
もしくは、去年で懲りたかだ。
登校してきたモトちゃんにもリストを見せ、バレンタインディについて話を聞く。
「送るの?会いに行くの?」
「送った方が楽は楽なんだけど。それに私も色々忙しいから」
ちょっと醒めた台詞。
ただこれはカムフラージュの可能性もあるので、一概には信用出来ない。
何が信用出来ないのかは知らないが。
次にショウと木之本君がやってくる。
さすがにこの話題は避け、愛想良く笑って二人を出迎える。
「良い事でもあったのか」
「朝は笑顔でしょ」
「初めて聞いたな、そんな話」
私も、今初めてしたよ。
最後にケイが到着。
例により無言で席に付き、そのまま机に伏せて動かなくなった。
「たまには朝から元気にしてみたら?笑顔を振りまいてさ」
これも例により返事無し。
それにしても、何がそこまで眠いんだろうか。
「いっそ、学校に寝泊まりすれば?」
「それで、何が解決する」
それもそうか。
思いつきで話す物じゃないな。
「一応は起きてるね」
「座ってるだろ」
前言は撤回しておこう。
HRが終わった所で、村井先生に廊下へ呼び出される。
「何もしてませんよ」
「そうじゃなくて。あなた、もうすぐ誕生日でしょ」
「ええ。それがなにか」
村井家。
つまりは高嶋財閥として、私に何かくれるのかな。
まず無いか。
「今何才?」
「17才。ただ、2月で18ですよ」
「結婚するって聞いたんだけど」
誰から、どうやって、どういう風に。
もう頭が痛い所の話じゃない。
「法律上は確かに18から結婚は出来るけど、まさか誕生日と同時に入籍するつもり?」
「その前に、誰から聞いたんですか」
「風の噂で」
そんな訳あるか。
とはいえ周りは大騒ぎしていないので、それ程広まってはいない噂。
限定した人達だけが知っているんだろう。
軽く深呼吸。
壁を叩き、ストレスを一旦逃がす。
「結婚する予定は無いですし、そういう事を口外した覚えもありません」
「本当ね?頼むわよ、高校生で結婚なんて」
「何か困るんですか」
「体面よ、体面。世の中、高校生夫婦を認めるほど寛容ではないの。大体その時、誰が矢面に立つと思う?」
誰って、それは結婚した二人。
後は、監督責任者。
例えば担任なら、その候補の一人だろう。
「卒業した後なら、結婚しようと子供を産もうと構わないから」
「いや。どちらもないですから」
「本当に?」
妙にねちっこいな。
それと本当にと聞かれると、少し困る。
「大体、私より先に結婚するって何事よ」
知らないわよ、そんな事まで。
結局1時限目の先生が来るまで詰問を受け、すっかり疲れきった。
一体、誰が情報を流したのかな。
とは聞いて回るのは、当然ながら逆効果。
自分で喧伝する事になる。
「あーあ」
古文の教科書を読みつつ、ついため息。
また光源氏だよ、これが。
「そもそもこの人は、誰と結婚してるの」
「葵の上が正妻と言われてるけれど、早くに死去しているのよね。だとすれば身分からいって、女三宮でしょ」
「身分って何よ、身分って」
「あなた、そういうところは敏感ね」
後ろから私の頭を撫でるサトミ。
敏感というか、納得いかないだけ。
そもそも一夫多妻の時点で、かなりどうかと思う。
加えて、奥さんのランク付けが身分と来た日には。
百歩譲って一夫多妻制を認めるとしても、そこは平等にしてほしい。
もしくは、愛情の深さで決めて欲しい。
「紫の上の立場はどうなるの」
「その苦悶も含めての、源氏物語よ」
「つまんない話だな」
「たまにすごいわね、あなた」
相当に呆れられた。
歴史的名著には、当然ながら苦情を述べてはいけないようだ。
むにゃむにゃした気持ちを抱えたまま、お昼休み。
刺激を求め、辛そうな物を食べてみる。
と言っても辛い物は苦手なので、気持ち辛い物を。
注文したのはカレーライス。
今日は少し冒険をして、中辛。
人によっては気にもしないレベルだろうけれど、私は甘口でも良いくらい。
味覚も何もかもがお子様なのよ。
「カレーか」
「食べたいの?」
「いや。特にそういう訳でもない」
山盛りのナポリタンをがつがつと食べ進めるショウ。
そういえばこの子は、どういう意見を持ってるのかな。
「聞きたいんだけど、一夫多妻制ってどう思う?」
「意味が分からん」
それもそうだ。
何より、ナポリタンを食べてる時に聞く事では無い。
でも、聞くけどね。
「いや。そのままの意味。どう思う?」
「あまり馴染まないんじゃないのか」
「そうだよね」
それを聞いて少し安心。
分かっていたけれど、確かめたい事だってある。
カレーを彼に譲り、後はサラダで満足。
幸せは身近な所にあるんだと実感する。
放課後。
良い気分のまま自警局へ到着。
例のソファーに収まり、周りを何となく見渡す。
私物がいくつかあり、多すぎるとは思わないがそれなりの量。
執務室の件もあるし、そろそろ持って帰った方が良いのかも知れない。
「この辺か」
軽めの物をリュックに収め、少しずつ整理。
重い物。本などはショウに任すか、ここに置いていこう。
「これはどうしようかな」
全巻揃った、例の仮想戦記マンガ。
すでに読破したので、私はもう用は無い。
持ち帰るのも面倒だし、これは置いていく事にしよう。
整理と雑巾掛けを並行して行っていると、神代さんが顔を覗かせた。
「……何してるの」
少し不安げな表情。
私がいなくなるとでも思ってくれたのかも知れない。
「片付けてる。このマンガは置いていくけどね」
「どこか行くの?」
「もうすぐ卒業でしょ。最後に全部持って行くのは大変だから、ちょっとずつ持って帰る」
「ふーん」
納得したような、していないような表情。
彼女はマンガに目を止めると、それを数冊抜き出した。
「元野さんも読んでたけど、これは面白いの?」
「荒唐無稽ってサトミは言ってたよ。ただ、マンガだからね。そう考えれば面白い」
逆に真面目に歴史を考証するタイプなら、受け入れにくい内容。
この子も真面目な性格なので、拒否反応を示すかも知れない。
「全部持っていって良いよ。これからは、自警局の物だから」
「他に残す物は無いの?」
ため息混じりに指摘された。
確かに、マンガはなかったな。
それはともかくとして、私物の整理は続ける。
ただ、置いていく物か。
重い物くらいにしか考えて無かったけど、もう少し何か別な物でも良いのかな。
「例えば文房具とか」
文房具は家にもあるし、置いていって困る物でも無い。
私にとっても、自警局にとっても。
「タオルもいる?」
「それは、絶対持って帰って」
明確に拒否する神代さん。
私が寝る時に使ってるとか思ってないだろうな。
使ってるだけどさ。
「でも、普通に戻って来てるね。神代さん」
「あたしは、好きで小谷に荷担した訳じゃないんだよ。気付いたら、巻き込まれてた」
「それはそれでどうなの?」
「いや。そう言われると困るけど」
難しい顔で文房具を紙袋に入れていく神代さん。
確かに、あまり良い質問ではなかったか。
「小谷君はどうしてる?」
「勉強してるらしいよ」
ちょっと素っ気ない態度。
彼女からすれば迷惑を被っただけで、それ程良い感情を抱けないのかも知れない。
少し空気が重くなったところで、今度は緒方さんが現れる。
「片付けてるんですか」
「欲しい物があれば持って行って良いよ。貯金箱以外は」
「めぼしい物は無いですね」
悪かったな、それは。
実際、本当に大した物はないけどさ。
「小谷君と最近会った?」
「ええ。今度の試験を受けるので、要項と願書が欲しいって」
「頑張ってるんだね」
「まあ、そうなのかな」
神代さん程ではないが、距離のある返事。
やはり、それ程良い感情は抱いてないようだ。
「小谷君が悪いって思ってる?」
「そこまでは言いませんけどね。私は神代さんと違って、ある程度は自分の意思で彼と行動を共にした訳ですから」
「そうなの」
「ただ自分自身で、色々見誤ったと思ってるだけです。傭兵としての勘が鈍ってるのかも知れませんね」
苦笑気味に笑う緒方さん。
傭兵と言っても、彼女がそうして過ごしていたのはもう2年近く前の話。
勘が鈍るのも当たり前か。
「サインお願いします」
私が片付けてる事には一切触れない真田さん。
差し出された書類にサインをして、タオルを彼女に向ける。
「寝てる時に使っていた物なら、絶対いりません」
明確な拒絶。
これに関しては、仕方ないが。
「その腕章、何」
右腕に巻かれた「研修中」の腕章。
こんな物があったのも初めて知ったし、付けている人も初めて見た。
「ペナルティです。先日の件で」
先日というのは、おそらく小谷君の件。
彼女は積極的に荷担したようなので、処分がより重いようだ。
「小谷君の事、恨んでる?」
「それはありません。単に私が判断を誤っただけですから」
「その時は、誤ってないと思ってたの?」
「一応は。だから、彼に協力しました」
さほど後悔はしていないようだが、今の状況も受け入れてはいない様子。
ちょっと後を引いたのかな、この件は。
「ぱっとしないね、どうにも」
「世の中、そんな物です。何もかもがハッピーエンドを迎えるなど、あり得ませんから」
また醒めた事を言い出したな。
とはいえそれも一理あるだけに、私からは何も言いようがない。
後輩達が去ると私物は半分以上が片付き、残りは本ばかり。
後は私にとって必要な物ばかりで、これならいつでもここを立ち去れる。
「……何、これは」
ソファーの周りを見るなり、そう呟くサトミ。
そして私を振り返り、また先走ったと言いたそうな目で見つめてくる。
「遅いよりは良いでしょ。どちらにしろ片付ける必要はあるんだから」
「そういう事をすると、全体が浮き足立つでしょ。少しは大きく構えなさい」
「性格的にちょっとね。それと、本は置いていくから」
「本」
それは興味があったらしく、棚の上に並んでいる本棚をチェックし始めるサトミ。
一冊一冊に指が触れられるが、彼女の眼鏡に適った物は無かったらしく手に取られる本は一冊もない。
「マンガはどうしたの」
「神代さん達が持って行った。読みたかった?」
「あれを、私が?まさか」
声を出して大笑いされた。
そんなにおかしな事を言ったつもりはなかったけど、彼女からすれば涙を流しそうなくらい愉快だったようだ。
「私が、あれを?どうして?」
もう良いんだって。
これは残していったティーセットで、サトミと二人お茶を飲む。
こういう事をしているから、私物がたまっていくのかも知れないな。
「サトミはまだ整理しないの?」
「この前の件で殆ど寮に運び込んだから。むしろ、寮を片付けたいわ」
肩をすくめるサトミ。
寮か。
私もそっちは手つかずだな。
「退寮って、卒業後だよね」
「一応は。それでもある程度は片付けておかないと、色々面倒よ」
「私はそれ程荷物を置いてないから、大丈夫だと思う」
寮に関しても、半分以上はサトミやモトちゃんの私物のはず。
私の荷物は、タオルや着替えくらいだろう。
「タオル、いる?」
「冗談言わないで」
身を引かなくても良いだろうよ。
どうにも不評なので、タオルはリュックへ戻す。
なんか面白く無いな。
「サトミは持ち帰らないの」
「ここにはそれ程残ってないし、私もある程度は置いていくから」
「困るような物は無い?」
「私も困らないし、受け取る人も困らない。むしろ、困る人がいたら見てみたいわ」
本当、こういう自信がどこから湧いてくるのか不思議だな。
でもってヘブライ語の英訳辞書を残していって、「何かあった時に使えばいいわ」なんて言い出しそうだから怖い。
「何?」
「いや、別に。今日は早く終わるかな」
「予定でもあるの」
「買い物が少し」
急ぎの用でもないが、誕生日にケーキがないのは少し寂しい。
市販のケーキでも良いけれど、せっかくお母さんが作ってくれるならそれを食べてみたいし。
テーブルを綺麗に拭いていると、段ボールを抱えたショウがのそりと現れた。
「これ、置いてくれ」
「今、片付けてる所なんだけど」
「大事な物らしいんだ」
らしい、か。
また曖昧をしてくれるな。
「開けて良いの?」
「ああ」
そう言って、テーブルの上に置いた段ボールを開けるショウ。
サトミは私の後ろから、目だけを出して覗き込んでいる。
人を盾にするとは、良い性格してるな。
私も、ショウの背中に隠れてるけどさ。
別段爆発もしなければ、刺激臭が漂う事も無い。
でもってショウはすぐにふたを閉じ、段ボールを抱えて逃げ出そうとした。
「なんだったの?」
「あ、危ない。危険物。取扱注意だった」
「薬品?」
「ん?ああ、薬品。すぐに死ぬ」
何をしたら、どう死ぬのよ。
露骨に怪しいというか、薬品でないのは確か。
確かめてみたいが、開けたらヘビが出てきたらちょっと困る。
すたすたと早足で自警局内を歩くショウ。
その後を、ぴたりと付けて追いかけていく。
「もう一度開けて」
「近付くな、危ないぞ」
「だったら、どうして持って来たの」
「気の迷いだ」
何を言ってるんだか。
しかし彼の一歩は、私の二歩くらい。
早く歩かれると、こちらは小走りになってしまう。
「力尽くでも止めるよ」
「どうしてそこまでこだわる」
「見せてくれれば、すぐに済む」
「ふーん」
足を止めるショウ。
これはと思い慎重に近付いたところで、途端に走り出した。
ただその程度は予想の範囲内。
彼以上の加速を見せて、壁を蹴り宙を舞う。
その頭上を越えて床へ降り立ち、段ボールと彼の行く手に立ちふさがる。
「見せてよ」
「駄目だ」
「なんで」
「絶対後悔する」
やっぱりヘビかな。
でも、どうしてヘビなんだ。
「動物?それとも虫?」
「ヘビ、ヘビ。ニシキヘビ」
そんな訳あるか。
段ボールへ手を伸ばすと見せかけ、足元へタックル。
まずはテイクダウンを取って、じっくり攻める。
「相変わらず、楽しそうね」
突然声を掛けられ、つんのめる私。
さすがに自分が床へ転がる事は無く、足を開いてどうにか持ちこたえる。
振り向いた先にいたのは、茶髪の綺麗な女の子。
知性的で、強い意思を感じる眼差し。
「小牧、さん」
「久し振り。ケンカでもしてるの?」
「ケンカはしてないけどね」
「そう。この学校も、雰囲気が良くなったわね」
懐かしそうに廊下を見渡す小牧さん。
そう言えば、学校を訪れるような手紙を前もらったな。
それで一つ思い出した。
「海苔、海苔って何」
「海苔?」
「手紙と一緒に、海苔を贈ってきたでしょ。あれの意味」
「私のセンスじゃないわよ。添夏が持って来たから、それを一緒に贈っただけ。意味はないわよ」
また懐かしい名前が出てきたな。
それ程、楽しい気分にはなれない名前だが。
「みんなはどこに?」
「ああ、生徒会の自警局」
「出世したのね。それで、あなた達は?」
私も自警局と言っても、信じてもらえなさそう。
取りあえず適当に笑い、この場をごまかす。
「私はちょっと用事があるから、自警局へ行ってみて。今日はみんな揃ってると思う」
「分かった。じゃあ、また後で」
「ええ」
笑顔で立ち去る小牧さん。
久し振りの嬉しい出来事。
1年近く会っていなかったけれど、こうして顔を合わせるとその時間が一気に繋がった気分。
当時の気持ちや感覚が蘇ってくる。
「ちょっと嬉しいね」
「そうだな」
「それで、箱の中身はなんなの」
「まだ覚えてたのか」
だったら、私の鼻先にある物はなんなのよ。
私達も自警局へと戻り、小牧さんとの再会を喜ぶ。
ショウは結局段ボールを持ち帰り、高い棚の上へと置いた。
私が届かないと思ってるんだろうな。
実際、届かないけどさ。
「昔のメンバーがここに移籍した訳ね」
そう言って、私達を見渡す小牧さん。
それは指摘通りで、旧連合の幹部がスライドした恰好。
退学や停学になった割には、かなりの待遇を受けていると思う。
「傭兵は、もう殆どいない?」
「全くではないけれど、昔のようには目立たない。時代が変わったのよ」
笑い気味に答えるモトちゃん。
確かに今は力尽くで何かを成し遂げようとする人はおらず、そういう雰囲気でもない。
時代は言い過ぎにしろ、それだけ時は移ったという事か。
緒方さん達の案内で生徒会の見学に行く小牧さん。
それを見送りショウを問い詰めようとしたところで、ケイが呟く。
「彼女、何しに来たの」
「私達に会いにじゃないの」
「何か意図があるとか」
つくづく、人の裏を読みたがるな。
純粋に会いに来たと言っても信じなそうで、ただ指摘されると何故とは思う。
「大して難しくは無い」
腕を組んで言い切るモトちゃん。
それには私もケイも、彼女へと視線を向ける。
「もうすぐ卒業。彼女も3年生。残りわずかな時間を大切に使おうと思ったんでしょ」
「そんなものかね」
肩をすくめるケイ。
彼にそういう感慨は、あまり無さそうだ。
取りあえずは、一旦解散。
私は台になるような物を探す。
「えーと、椅子で良いのか」
「ユウ、付いて来て」
書類を顔の前で振るモトちゃん。
護衛の仕事か。
「サトミ、あの段ボールが無くならないように監視しておいて」
「中身はなんなの」
「ショウが言うには危険物だって」
「危険物を置かないでよ。ケイ、すぐに降ろして」
「それは俺の仕事だな」
淡々と嫌みを言って、椅子を持ってくるケイ。
ショウの姿はどこにもなく、もしかしてすり替えたんじゃないだろうな。
椅子に乗り、段ボールに手を掛けるケイ。
彼はそこで中身を確認し、すぐにふたを閉じた。
「別に危なくはない。始末書だ、始末書」
「誰の」
「色んな人の。プライベートな部分だから、見ない方が良い」
そんな事を言われたら、私も手が出しにくい。
他人の物でも、自分の物でも。
モトちゃんの隣に並んで歩きながら、ケイの台詞を思い返す。
「あれって、本当に始末書?」
「仮に違うとして、何か問題なの?」
「ショウが露骨に焦ってたから」
「自分の始末書が束になって現れたんじゃなくて」
「そうかも知れないけどさ。そもそも、あれは誰から受け取ったんだろう」
謎は尽きないが、私の推理力ではすぐに限界。
ひらめくどころか、勝手に迷宮入りになってしまう。
「小牧さんの件は?」
「単純に、懐かしさだけでしょ。仮に何か意図があっても、彼女一人で出来る事は限られてる」
「それもそうか。私も一度、名古屋港高校に行ってみようかな」
楽しい訪問にはなりそうにないが、あの学校もやはり私の母校。
せめて、一度だけでも訪れてみたい。
もしかすると小牧さんも、そんな心境で訪ねてきたのかも知れない。
到着したのは外局。
受付にいる人も通路を歩いている人も、全員見とれてしまうほどの美形。
私がなんだか、浮いた存在に思える程の。
「容姿の基準があるって聞いたけど、本当?」
「外局はそうみたいね」
肩をすくめるモトちゃん。
私もそれを真似して、二人で苦笑する。
何よりこれだけ美形を揃えられたら、対抗しようという意識すら芽生えてこない。
「局長自ら届け物か」
例により柔らかい物腰で現れる五月君。
出来れば距離を取りたいが、今は仕事。
モトちゃんから離れず、彼も含めて周囲を警戒する。
「大切な書類なの。後で総務局に提出してね」
「……引き継ぎか。君は誰を推薦した?」
「小谷君」
「いないじゃん」
思わず突っ込み、二人に見つめられる。
だけど、彼がいないのは事実。
どうしていないかと言えば、モトちゃんが除籍したから。
それでも彼を推薦しているのだから、私だって言いたくはなる。
「彼が資格試験をパスして、まだやる気があるならの話。それに私は推薦するだけで、次期生徒会長が拒否すればそれまでなの」
「他に誰かいる?いや。いるだろうけど、やる気があって適性のある人が」
「エリちゃんくらいかしら。後の子は、帯に短したすきに長しなんてところね」
確かに他の子は、一長一短。
その点小谷君はトータルでバランスが取れていて、視野も広い。
今回の一件がなければすんなり彼に決まっており、その事は彼も理解していたはず。
それでもああいう事をするんだから、やる気も気概も十分にあるんだろう。
「人材が豊富で結構な事だ」
「ここだって、人材豊富じゃない。美男美女が揃ってるし」
「外見と内面はまた違う。綺麗だからといって優秀とは限らないだろ」
「サトミは綺麗だし、優秀だよ」
「そういうケースは、ごく希だ」
確かににサトミレベルともなれば、同じようなタイプを見たのは秀邦さんくらい。
とはいえ、あの人はサトミのお兄さんか。
外局からの帰り。
自分の小ささを改めて実感する。
体格ではなく、能力的な面において。
運動に関してはそこそこ自信はあるが、決定的に体力が欠けている。
自警局の仕事もあまり出来てはおらず、役立たずと言わないまでも優秀とは程遠い。
卒業間近に悟る事でも無いが。
「到着と。ご苦労様」
「生徒会内だから、危険はないんじゃないの」
「そういう考え方もあるわね」
今の答えからすると、モトちゃんは違う考え方をしている事になる。
受付前で再度警戒。
ここはガーディアンが常駐しているし、それ以外のガーディアンも当然出入りする。
だとすれば、ここの外。
自警局以外の話か。
「何かあったの?」
「ユウ達がいないと、たまにね。危害は加えられないけど」
「だったら、必ず誰か付けてよ」
「少し出かけるだけの時もあるし、お供をつれて歩くのもちょっとね」
苦笑するモトちゃん。
確かにぞろぞろ人を引き連れて歩くタイプでは無く、それこそお茶を買いに行くのに護衛を頼むのも気が引けるとは思う。
執務室まで着いていき、モトちゃんのスケジュールを確認。
意外と外出する機会もあるし、また近い距離なら一人で行った方が早いし気楽。
私やショウなら気兼ねなく呼べるだろうが、それ以外の子を呼ぶのは少し抵抗があるかも知れない。
「これかは出来るだけ私かショウを呼んで。それか御剣君か渡瀬さん」
「分かった。それと、これ」
差し出される佃煮の瓶。
間違いなく小牧さんだろうな。
「あの子の実家、海苔屋さん?」
「さあ。それに、もう帰るって言ってたわよ」
「来たばかりじゃない」
「今まで行った学校を全部回るんですって。傭兵も大変ね」
佃煮の瓶を眺めながら呟くモトちゃん。
そういう話を聞くと、海苔を贈ってきた意味が少し分かる気もする。
言うなれば、挨拶回り。
お中元やお歳暮ではないが、それに近い感覚かも知れない。
という訳で、元傭兵である緒方さんを呼んでみる。
「挨拶回り?どうして」
「小牧さんは、そうやって通った学校を回るんだって」
「もう一度訪れられる学校なら良いでしょうけどね」
苦い顔で答える緒方さん。
つまり、訪ねられない学校もあるという訳か。
良い思い出や良い出会いばかりなら、再訪も勿論楽しい。
ただ必ずしも、そんな思い出ばかりとは限らない。
名古屋港高校が、まさにそれ。
良い思い出もあるが、苦い思い出もある。
もう一度訪ねて挨拶しに行くのは、さすがに抵抗がある。
「小牧さんは敵を作りにくいタイプだから、そういう事も出来るんですよ」
「緒方さんは、敵ばかりなの?」
「そういう言い方をされても困りますけどね。常に友好的な関係ばかり築いてるとも限りませんから」
佃煮を眺めながら話す緒方さん。
この子の場合は、敵が多い気もするな。
「どうかしましたか」
「佃煮、持って行って」
「どうして私が」
「誰でも良いから、この学校で世話になった人に渡して」
「そういう流用はどうなのよ」
苦笑気味に突っ込むモトちゃん。
それもそうかと思ったけど、挨拶するのは悪く無い話。
私も卒業前に、少し考えておこう。
一仕事終えた気になってくつろいでいると、サトミが書類の束を持って執務室に現れた。
それは見ない事にして、他の佃煮を眺めていく。
「仕事よ」
「配達なら、ショウにお願い。私はしばらく、モトちゃんに張り付く」
「規則の改正は無理だけれど、運用の見直しについては考慮すると学校から解答があった。それについての意見をとりまとめるようにとも言われてる」
「ああ、それか」
おそらくこれが、卒業前に残ってる最後の案件。
規則の改正は今更難しく、となると妥協点がそこか。
「とにかく、もう少し緩くして。やいやい言わないように」
「どの規則のどの条項に対しての意見なの。緩くとはどの程度、何を基準にして?具体的な例を挙げてみて」
だから、やいやい言わないでよ。
白紙のプリントとペン。
例により、箇条書きをさせられる。
「えーと、あれ。正門の挨拶。あれの根拠とやってる理由」
「あなた、あれにこだわるわね」
「挨拶は良いけど、強要はされたくない。他の事も結局は、そこに行き着くと思う」
「生徒の自治という観点からすれば、そうかしら」
「それと、教師の横暴。頭ごなしに怒る権限はあるのか聞きたい」
この時点でもはや私はペンを持っておらず、サトミがプリントに文字を埋めていく。
結構楽だな、このパターンは。
「モトは何か無い?」
「一部生徒組織のみに、権限の集中が認められる点の改善」
「一部とは」
「取りあえずは、曖昧にしておいて」
「総務局に権限が集中ね」
曖昧って言ったじゃないよ、今。
箇条書きのリストがある程度完成。
ただ読んでみると不満というか、単なる苦情のような気もしてくる。
「運用の見直しにしろ、変えられるの?」
「年度末に見直しをして、来期から適用するように聞いてる。後は学校次第。それと生徒会長次第ね」
「生徒会長か。これって、結構なポイント?」
「生徒の代表だから、意味合いとしては小さくない」
佃煮を眺めながら答えるモトちゃん。
いまいち説得力に欠ける光景だな。
「有力な候補はあの二人でしょ。どっちが勝つのかな」
「女の子の方が有利な情勢ではあるけれど、現執行部は北地区の子を推してる。生徒会関係の組織票は見込まれるわね」
「それこそ規則に抵触しないの?」
「倫理的にはともかく、禁じる規則はないと思うわよ」
肩をすくめるサトミ。
心情的には、やはり南地区の女の子。
それは規則の運用だけでなく、人間的な面に関しても。
また南地区という点でも、思い入れをしたくなる。
「私達も組織的に行動すれば良いんじゃないの」
「なんて言ってるけれど、元野さん」
「ユウの気持ちも分かるわよ。ただやり過ぎると、生徒会対自警局になる。ただでさえ対立しているんだから、多少は控えないと」
「だったら生徒会長選挙に頼らないで、直接運用の見直しを求めれば良いんでしょ。規則改正の会合っていつやってるの?」
「ユウが知らない間に、着実に。出席するのは構わないけれど、あなたは苦手でしょ」
私の鼻先に指を持ってくるサトミ。
あの手の会合を楽しいと思った事は無く、以前出席した時も良い思いはしなかった。
だからこそ今まで参加せずに済ませていて、ただこうなると話は別。
卒業間近で、お尻に火が点いたとも言える。
「もう一度は参加する。学校が見直すと言ってるんだから、私も何か言いたい」
「くれぐれも自重してね。会合は明日だから、覚えといて」
「分かった」
執務室を出て、ソファーへ移動。
何を話すか、少し考える。
具体的な事はともかく、求めたいのは規則の緩和。
上からの一方的な押しつけは、とにかく止めて欲しい。
「明日、規則改正の会合に出るから」
「好きだな、それ」
段ボールの山と格闘しながら答えるショウ。
というか、いつの間に運び込んだのよ。
「これは何」
「運営企画局の残り物らしい。だったらユウの物だろうって意見になった」
何が、だったらなんだ。
この際、もう良いけどさ。
「ショウは規則の、どの点が不満?」
「不満か。今のに慣れたのかな。いまいち思い付かん」
「なるほどね」
人間、良くも悪くも慣れる生き物。
長い事いればショウのようになるし、新入生ならこれが普通と思うだろう。
極端に問題な点は確かになく、以前の管理案に比べれば雲泥の差。
とはいえ今の規則が絶対的に優れているとも思わない。
悪い箇所は随時見直し、少しずつ手を加えていく。
今はまだそれを出来る余地がある時期だと思う。
私達が卒業間近という事も含めて。




