エピソード(外伝) 49 ~小谷君視点~
後輩
淡々と終わる総務会。
資料を整理していると、矢田さんが俺の前に立った。
中等部からの先輩で、俺がここに来た理由の一つは彼がいたから。
直接的な理由はこの学校のOBに誘われたからだが、矢田さんがいなければ転校はしていなかっただろう。
「どうかした?」
矢田さんの雰囲気に何かを悟ったのか、俺を制する形で話しかける元野さん。
この辺の空気の読み方はさすがだな。
「単に挨拶をしに来ただけです。自警局は、人材が揃ってるなと思いまして」
「そうかしら」
「3年生に関しては」
若干皮肉めいた口調。
矢田さんが言うように、3年生の人材は豊富の一言。
実務は北川さんや丹下さんに木之本さん。
企画立案は遠野さんや浦田さん。
ガーディアンという実力面においては、玲阿さんと雪野さん。
それらの人間を、元野さんが圧倒的な度量で包み込んでいる。
どこから見ても隙はなく、生徒会内でも最も充実している組織。
明日から彼等が生徒会を統率する事になっても、一切の遅滞は起こらないだろう。
「1年生も2年生も人材豊富よ。ユウやサトミが目立ちすぎるから、気にならないだけで。というかあの子達は、100年に一人出てくるかどうかの存在でしょ。比べる対象がそもそもおかしいわ」
そう言って笑う元野さん。
実際彼女達はそのくらいのレベル。
いくら力持ちでも、地球の重力と戦おうとは思わない。
つまり彼女達は、そういうレベルだ。
「後輩が、何か問題でも」
少しきつめの声で問いただす北川さん。
仕事に厳しい印象が強いけれど、普段から後輩思いな人。
彼女からすれば、聞き捨てならない台詞だったんだろう。
「僕は何も。ただ、3年生に比べればという意味です」
矢田さんからすれば、虎の尻尾でも踏んだような心境か。
ただ彼の真意は、俺にも不明。
わざわざここで言う事ではないし、反論も予想されたはず。
もう少し、違う意味を含んでいると取るべきか。
今日は職員も臨席。
そちらへの、総務局長としてのアピール。
もしくは、何らかの意向を受けた上でのアクション。
さらに考えるなら、3年生達の影響から脱却出来ない俺達への叱責。
深読みしすぎとは思うが、気には留めていこう。
自警局へ戻り、俺に与えられた部屋で矢田さんの話を思い返す。
初めに言った通り、単なる挨拶の延長。
他意は無いと言ってしまえばそれまで。
しかし敢えて口に出すからには、人間意識するしないに関わらず何らかの意図はある。
「……神代さんを呼んで」
「分かりました」
側に控えていた1年生に声を掛け、もう少し考えを深める。
スルーするのは簡単で、別に問題は無い。
ただ、俺がふがいないのも確か。
いや。俺達、か。
気付くと目の前に神代さんが立っていて、何の用かと目で訴えていた。
「悪い。さっきの、矢田さんの話。覚えてる?」
「後輩がどうっていう?あれがどうかしたの」
「どうもしない。どうもしないからこそ、困ってる」
「禅問答でも始めたの?」
正気を疑うような視線に変わった。
それも当然と言えば当然か。
「何か意図があるのかと思ってね」
「単なる嫌みじゃないの。もしくは、職員へのアピール」
普通に考えればそう。
しかし、それだけで流すには行かない問題。
何より、俺自身が。
今の俺は、3年生の背中を追うのでやっと。
だけど彼等は、後2ヶ月もすれば卒業。
追いつくどころか、この学校からいなくなる。
それは仕方のない話で、自分自身のふがいなさを嘆けば良いだけ。
ただふがいなさ故、自警局の仕事が立ちゆかなくなるのは問題。
俺自身が困るのは良いが、周りに迷惑は掛けられない。
残るは2ヶ月。
その間で一気に力を付けるなど無理な話。
だがその無理を承知でやらなければならない。
「……あたし、帰って良いの?」
「ん?ああ、仕事を一つ頼みたい。空いてる会議室を確保するのと、自警局内で有能な1、2年のリストアップ。……元野さん達には内密に」
「何、クーデターでもする気?」
変な所で鋭いな。
リストを受け取り、違うと思われる人間を削除。
能力ではなく、人間性や性格の問題において。
必要なのは能力以上に、本人の気概。
生徒会での出世や栄達を望むような人間は必要無い。
「あたし、帰っていいかな」
「いいよ。それと、緒方さん呼んできて。内密に」
「何をやるのか知らないけど、あたしは荷担しないからね」
初めに言われた。
仕方ないので、彼女の名前も消しておくか。
悪い笑みを湛えて現れる緒方さん。
そして無言で手を差し出してきた。
「お金はないよ。善意で協力してもらいたい」
「さよなら」
そう告げ、きびすを返す緒方さん。
清々しいな、ここまで来ると。
「元野さん達を越える最後の機会なんだ。頼むよ」
「それって、自殺願望?」
真顔で言われたが、そう言われるだけの相手。
何しろ彼女達は、中央政府とも間接的に戦った存在。
常識的に考えて敵う相手ではなく、何よりその常識が通用しない。
「その手の功名心はないのよね、私。他を当たって」
「やっぱり契約金が必要かな」
「もらって困りはしないわね。でも、今回はパス。相手が悪すぎる」
はかばかしくない返答。
挑む相手が大きすぎるのは、俺も分かっていた事。
ただ、だからこそやり甲斐があるとも言える。
「誰か紹介してくれるかな、有能な人を」
「いないわよ、今は。どうでも良いのなら、いくらでも紹介するけれど」
悪い人買いのような笑顔。
絶対怒られるだろうけど、タイプとしては浦田さんだよな。
悪徳業者の勧誘を断っていると、真田さんが尋ねてきた。
「これ、サインして」
差し出された書類に目を通し、署名欄に記入。
彼女はそれを受け取ると、横目で緒方さんを捉えた。
「悪い顔してるわね」
「どこが」
「浦田さんみたいだから」
それは机も叩くだろう。
俺も疲れてきたので、ラウンジへと移動。
休憩を兼ねて、真田さんにもさっきの話をする。
「無理ね。相手が悪い」
予想通りの答え。
勝てると言われる方が、むしろ不安になる。
「ただ、打倒元野さんっていうのはどう思う?」
「打倒?」
微かに揺らめく表情。
彼女は中等部以来の元野さん達の後輩。
ただ絶対的に従順ではなく、遠野さんにも噛み付いているのを見た事がある。
野心と言わないまでも、彼女達への秘めたる対抗心は持っていてもおかしくはない。
「本気なの、それ」
「打倒は大げさだけど、何かはしてみたい。俺達も、いつまでも先輩の背中を追っていられないよね」
「追って追いつくかしら」
「追いつけ追い越せだよ、心情的には」
さすがに俺も、そう出来ると言い切れるだけの自信はない。
そこに、馬鹿でかいペットボトルを3本抱えた御剣君が通りかかった。
「ちょっと」
「忙しいんだ、俺は。……これを飲む訳じゃないぞ」
「そんな事は言ってない。元野さん達について、ちょっと聞きたい。彼女達を越える方法ってあるかな」
「……少し待ってろ」
ペットボトルを抱えたまま、全速力で掛けていく巨体。
一体、どういう身体的構造になってるんだろうか。
風のような早さで戻って来た彼が抱えているのは、ペットボトルではなくパンフレット。
「ここには寮があって、こっちは草薙高校の系列校だ」
「……俺の質問とこれと、どう関係がある」
「元野さん達を越えたいんだろ」
質問の意味は伝わっている様子。
それと返答。彼の行動は、何一つそぐわないが。
「分かった、分かった。もっとストレートな方を教えてやる。こっちは骨折治療に有名な病院で、こっちは切り傷。火傷はやっぱり中京病院か」
「……意味は分かってるんだよな」
「打倒元野さんだろ。その結果を教えてやってるだけだ」
「打倒とは言ってない」
「それはお前の考えだ。雪野さんの考えじゃない」
誰も、雪野さんとも言ってない。
結局馬鹿でかいペットボトルが追加。
それが半分程飲み干された所で、話が続けられる。
「お前達は、根本的に分かってないんだ。あの人達を」
「前も言ってたわね、そんな事」
「言った通りの結果になっただろ」
勝ち誇ったように緒方さんへ答える御剣君。
あの時は雪野さんの制裁を受け、一週間程度腕を吊っていた。
現場を見ていないがこの男が腕を吊るくらいなので、常人なら骨折かもげているかのどちらかだろう。
「そういう事だ。転校するか、入院するか。好きな方を選べ」
選べるか、そんなもの。
「随分気弱ね」
静かに問いかける真田さん。
この大男もだが、彼女も元野さん達の後輩。
意見の一つや二つはあるだろう。
「お前こそ、東京に行ってから甘くなったな」
「何が」
「根本的に、雪野さん達の事を分かってない。あの人達がどれだけ恐ろしくて、威圧的で、傍若無人かを」
「後ろにいるわよ」
「馬鹿め、その手に乗るか」
そう言ってげらげら笑う御剣君。
でもって、その肩にそっと手が添えられる。
「何か、楽しい事でもあったのかしら」
北欧の氷河から吹き抜ける風のような声。
御剣君はぎこちなく振り向いて、それこそ土下座しかねない勢いで頭を下げた。
「な、何でもありません。お、お茶をどうぞ」
「飲めないわよ、そんなに。それと、この集まりは何?親睦を深めてるのかしら、もしくは、何か意図があるの?」
猫科の獣が獲物を探知した時みたいな顔。
放っておけば露見するのは確実か。
「いや。最近銃が配備されつつあるけど、結局速度が遅いと思って。本物のライフルには敵わないですよね、当たり前ですけど」
「向こうは初速が秒速1000mとかでしょ。エアガンやガスガンとは比較にならないわ」
「レーザーってどうなんですか」
「ショックを与えるだけなら、音波の方が確実よ。秒速300m程度だけれど、弾切れはないし人体への影響も少ない。費用対効果の問題ね」
上手い事ずれていく話。
後は気付かれない内に退散するか。
「参考になりました。俺達は帰るので、失礼します」
「そう。……集まるのは良いけど、不埒な事は考えないようにね」
鋭いな、さすがに。
それと、なんか胃が痛くなってきた。
のんきに集まっていると今回のような事になる。
まずは既成事実を作り、後は勢いで押し進むのみ。
その時点で病院のパンフレットがちらつくけれど、俺にとっても元野さん達にとっても時間は有限。
いつまでも悠長にはしていられない。
適当な会議室を一つ借り、まずは自分の荷物を持ち込む。
すでにメールは送ってあり、参加希望者のメールもちらほら舞い込んできている。
元野さんへの敵意ではなく、越えるというのは意外と魅力的な文句のようだ。
「ここが城?」
値踏みするように会議室を見回す緒方さん。
なんだかんだと言って付いてくるな。
「参加してくれるなら、候補者のリストを作ってくれ」
「万が一の場合はどうするの」
「俺が責任を取るよ」
「頼もしいと言いたいけれど、そんな事を考えてる時点で負けを認めてるんじゃなくて」
なかなかに耳が痛い言葉。
その内、体中が痛くなりそうだ。
ノックされるドア。
応対するためにドアを開けると、受付の女の子が困惑気味に立っていた。
「済みません、雪野室長の私物はどうしましょうか」
「何の話?」
「室長のお部屋を掃除していて、荷物を外に出してしまったんです。どうしましょう」
「元に戻せば済む話じゃないの」
虎の子を巣穴から持ちだした訳でも無いし、その程度で雪野さんも怒りはしないだろう。
……いや、待てよ。
「荷物って、どのくらいある?」
「段ボールで10箱ほど。殆どは、元野局長と遠野補佐の物ですが」
「分かった。俺が処理するから、そのままにしておいて。その間、他の人間は触れないように」
「それは勿論」
何が勿論なのか、ちょっと聞いてみたい気もするな。
まずは打倒元野智美に賛同したメンバーを招集。
雪野さんの部屋に赴き、部屋の外に溢れている荷物を指さす。
「これを、寮に運んで」
「えーっ」
一斉に上がる悲鳴。
確かにこれこそ、虎の子を巣穴から持ち出すような話。
悲鳴の一つも上げたくなるだろう。
「このくらい出来ないようでは、参加する資格はない。出来ない人は、帰ってもらって結構」
これ幸いとばかりに、数名が走り去った。
前途多難だな、これは。
たまたま来ていた研修生も使って荷物を運び込んだところで、当然の呼び出し。
冷や汗どころか、心臓が痛くなった。
これは明らかに、寿命を縮めてるな。
「私は知らないわよ」
会議室の隅で、青い顔をしている緒方さん。
俺も膝を抱えて震えていたいが、始めてしまった物は仕方ない。
後は自分に出来る事をするだけだ。
「真田さんを呼んで。責任は俺が取る」
「彼女も良いけど、渡瀬さんも呼んだら?事務方ばかりで、ガーディアンがいないわよ」
それは俺も気付いていた問題。
ガーディアンは七尾さんや御剣君の傘下。
非常に統制が取れていて、俺が手を突っ込む余地がない。
「彼女は来てくれるかな」
「来るんじゃないの。お菓子でも用意しておいたら」
さながら、雪野さんを相手にするような台詞。
どうかなと思いつつ、一応用意はしておくか。
無愛想な真田さんと連れだって現れる渡瀬さん。
彼女は差し出したマグカップを手に取り、薄く笑って鋭い視線を投げかけてきた。
「止めた方が良いよ」
「何が」
「何もかも。後輩が先輩に逆らって良い事なんて、何も無い」
非常にもっともな一言。
それを言われては、何もかもが終わってしまうような。
「あなた、意外と真面目なのね」
そう言って鼻で笑う緒方さん。
ただ彼女の出身を考えれば当然導かれる答えでもある。
渡瀬さんは、草薙中学北地区出身。
規則と組織を重視する校風で、また彼女の先輩は北川さんや丹下さん。
二人は原理原則派。
俺がやろうとしているのは、明らかに原理原則に反した行為。
彼女が拒否をするのも無理はない。
「分かった。じゃあ、真田さんは?」
「どうしてもと言うのなら」
「どうしても。打倒元野智美だよ」
「……いつから、そんなお題目になったの?」
勢いだとは答えず、リストに彼女の名前も追加する。
「神代さんは?彼女はどうかな」
「それこそ無理でしょ。今頃、逃げてるんじゃなくて」
適当な事を言って、端末で連絡を取る緒方さん。
しかし着信を拒否されたらしく、大きく肩をすくめられる。
「後で捕まえてくるわ」
「積極的なのね」
「契約に忠実なだけよ。仕事は仕事として割り切らないと」
ちょっと気になる台詞ではあるが、それはその通り。
出来れば俺の理念や信念にも賛同して欲しいが。
翌日。
参加希望者の仕事を割り振っていると、無愛想な神代さんが目の前に立った。
流行ってるのかな、こういうのが。
「あたしは絶対嫌だからね」
「そこを曲げて。元野さん達は、もう卒業。こういう事が出来る機会はもう無いんだ」
「無くて良いだろ。それとも、自殺願望でもあるの?」
嫌な事を言うな。
それでも無理やり仕事を与え、自警局のマニュアルを引き寄せる。
自警局の主な仕事は、やはり治安維持。
つまりはガーディアンの統括。
これは自警課の専権事項で、局長でも簡単には口を挟めない部分。
現在の課長は丹下さん。
ガーディアンの運用に俺達が手を出せば、彼女にも迷惑が掛かる。
それは心苦しいが、それをやらない事には始まらない。
もう一つの問題は、今は忘れる事にしよう。
ガーディアンのローテを勝手に組んだところで、自警課から当然の抗議。
言い訳は緒方さんに任せ、次の対応を考える。
いや。俺から連絡するべきか。
「どうしたらいい?」
「今すぐ解散だろ」
素っ気なく返す神代さん。
俺もそうしたいが、それは俺が口にする台詞でもない。
「仕方ない……。済みません、小谷です。……ええ、ガーディアンのローテを。……いや、そういう訳では。……はあ。……はい。……失礼します」
「誰」
「浦田さん。怒られた」
背筋が寒くなったと言い換えても良い。
この人を敵に回したくはなかったが、当然避けては通れない相手。
彼だけ例外にする訳にもいかない。
席を立つ神代さん。
どこへ行くかと思ったら、そのままドアへと歩き出した。
「あたし、帰る。あの人を怒らせて良い事は何も無い」
それは俺も、過去の経験上良く分かっている。
しかし、ただでさえ少ない人出。
有能な人間はさらに限られる。
「もう少しだけ頼むよ。何より、いつまでも先輩達の背中に隠れてても仕方ない」
「隠れてるつもりは無いけどね」
むっとした顔で振り返る神代さん。
ただこれは、おそらく俺達にある共通した認識。
矢田さんが言っていたように、先輩達はあまりにも偉大。
俺達はその影でしか無く彼等が卒業してしまえば、影のままで終わってしまう。
「……大体、何やる気」
「自警局の全権限をここでコントロールする」
「30人もいないのに?」
「元野さん達は、それこそ数人でもやってのけるよ」
「あの人達は特別だろ」
それは彼女の言う通り。
俺も少し落ち着いた方が良さそうだ。
備品の発注と仕入れはすでに管理下にあり、ガーディアンのシフトもコントロール。
各局との連絡も引き受け、後はガーディアン自体の運用か。
しかし実績のない俺が何を言おうと、シフトはまだしもガーディアンが従うとはさすがに思えない。
「正門前でトラブル発生。他校の生徒がバイクで乗り付けてるみたい」
卓上端末のモニターを指さす緒方さん。
比較的ありがちなトラブル。
学外に付いては警備員の管轄だが、相手が高校生の場合は彼等も手が出しにくい。
「俺が行く」
「……正気?」
はっきり口に出す緒方さん。
真田さんは至って冷ややか、神代さんは関わりたくないと言う顔に見える。
「殴り合いをする訳じゃないからね。帰ってもらうだけだよ」
「それこそ正気なの?」
「俺はいつでも正気だよ」
「今の、雪野さんみたいだったわね」
そういう事は、言って欲しくない。
正門へ到着し、相手を確認。
人数は10名程度。
バイクが正門脇に止まっていて、柄の悪い男達がその周りにたむろっている。
生徒達は通りづらいらしく、正門前はかなりの混雑。
別な門へ迂回出来る生徒は良いが、そうでない生徒の方が多いだろう。
「済みません、状況はどうなってますか」
「何もしていない以上、こちらから手は出せなくてね」
お手上げと言わんばかりに肩をすくめる警備員。
逆に手を出せば、相手に口実を作る事となる。
方法は稚拙でも、それなりの効果はある行動。
とはいえ、手をこまねいている訳にも行きはしない。
警棒を警備員に預け、表情を引き締め男達へと近付く。
当然、恐怖心も不安もある。
だからといって、何もせずに防寒するという選択肢は存在しない。
ここは俺の学校で、そして俺はガーディアンなんだから。
足元に飛んでくる火の点いたタバコ。
なるほどねと思いつつ、それを避けて距離を詰める。
「誰だ、お前」
名乗っても分からないだろうと心の中で突っ込み、それでも一応名前を告げる。
「知るか、お前なんて」
だったら聞くなよ。
この時点で帰りたくなるが、これも仕事。
正門前から離れてもらうよう頼む。
「俺達がどこにいようと勝手だろ。敷地内には入ってないぞ」
「正直言って、生徒が皆さんを怖がってまして。本当、申し訳ありません」
ストレートに告げて、頭を下げる。
しかしそれで自尊心は満たされたのか、男達はまんざらでもないという顔で頷きだした。
連中の目的は不明。
長時間ここにとどまれないのも分かっているはず。
俺は警備員はともかく、血の気の多いガーディアンや格闘家クラブの生徒なら有無を言わさず連中をなぎ倒す。
連中がここに残れるのは、それまでの間。
俺はそうして時間を引き延ばしても良いが、それは結局他力本願。
元野さん達を頼る事と変わりがない。
「とにかく、誠意を見せてくれよ」
「誠意、ですか」
頭を下げと言ってるのでないのは明らか。
こういう連中が求めるのは、手っ取り早く金だろう。
とはいえそれに応じるのは、愚の愚。
当然拒否をして、改めて帰るようにお願いをする。
「誠意を見せないのなら、俺達も帰る訳には行かないな」
「困るんですよ、本当に。色々と」
にこりと笑い、1台のバイクの前に立つ。
何がと言いたげな男達。
笑顔を深め、バイクのタイヤに視線を向ける。
「免許は持ってます?」
「当たり前だろ」
その解答にも色々突っ込みたいが、持ってるのが分かれば十分。
事は半分以上なったと言える。
「人身事故は、免停何日でしたっけ」
「……何の話だ」
「皆さんが動かないなら、俺も動けない。だとすれば、何かのきっかけでバイクが動いた時に俺は轢かれる。目撃者もこれだけいるし、逃げるのは不可能。それはお互いに困るでしょう」
「脅してるのか、てめぇ」
しかし今の台詞は効果的だったらしく、足を動かしてバイクを後ろへ下げる男達。
後は俺がそれを追うだけ。
すぐに連中は車道まで出て、周りの車からクラクションを浴び始めた。
それを無視して居座る度胸はないらしく、陳腐な捨て台詞を残して去っていく男達。
一件落着とは行かないが、取りあえず事態は収拾出来た。
「手際が良いね、君」
笑い気味に声を掛けてくる警備員。
警棒を返してもらい、首を振って手の平の汗を拭う。
「大した事は無いですよ」
「たまに、相手を殴り倒す生徒もいるからね。台風みたいな子がいるだろ」
それには答えず、曖昧に笑って正門をくぐる。
ようやくガーディアンが到着したが、今は何も言う気になれない程疲れてしまった。
雪野さんは、良く一人でああいう連中と向き合えるな。
会議室に戻るが、緊張からの緩和で何もする気になれない。
する必要が無いと突っ込まれるにしろ、これでは打倒元野智美どころか本来の仕事すら果たしていない。
「……状況は」
「なべて世は事も無し」
静かに答える真田さん。
よく分からないが、今のところ問題は無いようだ。
「元野さん達の行動は?」
「マンガ読んでた」
「……その真意は?」
「本人に聞いてみたら」
それが出来ないから、ここで尋ねてるんだ。
外にいても疲れて、戻って来ても疲れて。
身も心も安まる暇がないな。
仕方なくラウンジへ向かい、お茶を買って椅子に座る。
先輩達を越えるどころか、日々すり減っていく自分を実感するだけ。
得る物は何も無く、最後には疲労感だけで構成される俺が出来上がるのかも知れない。
「大丈夫?」
爽やかに笑い、俺の前に座る丹下さん。
思わず姿勢を正し、彼女に苦笑される。
「落ち着いて。それと、仕事はどう?」
「まあ、なんとか」
俺自身はすり減っているが、自警局としても生徒会としても支障が無いようにはしているつもり。
逆に支障があるようなら、あの集まりは即刻解散だ。
「やる気があるのね」
「空回りです」
「でも、先輩に盾付くのはどうかしら」
当然のお言葉。
彼女は先輩後輩という立場を、より重視する性格。
俺の行動を黙認はしても、それ程納得はしていないのだろう。
とはいえ彼女にも譲れない物があるように、俺にだって譲れない物はある。
先輩達を越え、その影から脱却する。
いつまでも、彼等に全てを委ねている訳にはいかない。
「私から見ても、小谷君達は頑張ってると思うわよ。今回の件もだけど、普段から」
「それでも結局は、先輩達に頼ってるだけです。俺達だけでは、全然」
「そうかな。ちょっと自分を過小評価しすぎじゃない?」
たしなめられた。
つまり、自己分析が出来てないという訳か。
「確かに元野さんや優ちゃん達はすごいけど、あの子達は例外でしょ」
「でも、先輩は先輩です。すごいからと言って、見上げているばかりでは仕方ありません」
「なるほど」
笑われた。
ちょっと、青い事を言い過ぎたか。
少し和む空気。
この流れに乗って、相談をとも思った時。
好事魔多しというべきか。
影がすっと顔に落ちた。
「思春期って、どんな気分?」
嫌な入り方をしてくる浦田さん。
大体それは、自分だって同じだろう。
「俺は良いけど、程々にしておいた方が良いぞ。誰もが悠長に、小谷君達を見守ってる訳じゃない」
「だからといって、先輩達に追従してればいいんですか」
「他のやり方もあるだろって事。大体やるのなら、徹底的にやらないと。とにかく相手が相手。中途半端な事をすれば、自滅する」
そう言って、肩を揺する浦田さん。
それって、自分がそうさせると宣言していると取ればいいのかな。
俺の顔に不安の色が滲み出ていたのか、浦田さんは半笑い気味で手を振った。
「俺は構わないって言ってるだろ。ただ、引き際は見極めた方が良い」
「転校か入院って話ですか?」
「鋭いね」
「いや。御剣君がそう言ってたので」
「あれは過剰なほど怯えてるからな。ただ、それも間違ってはいない。誰も、虎の群れに戦いを挑みたいとは思わないだろ。本来は単独行動の虎が、統率されて行動してるんだ。そもそも、人間の挑む相手じゃない」
それは彼の言う通り。
とはいえ虎だろうとグリズリーだろうと、怯えるばかりでも仕方ない。
「本当に大丈夫かしら」
困った顔でため息を付く丹下さん。
本当に優しいな、この人は。
隣で肩を揺すっている人とは違って。
時間が経過するにつれ、会議室から人がいなくなる。
当たり前と言えば当たり前。
俺の考えに賛同はしているが、自分から参加した者は0。
来るのも自由、去るのも自由。
仕事はきつく、周りからは疎まれ、ここから出る事もままならない。
それでも残るのは、かなりの変わり者かお人好しだろう。
「あたし、帰って良いかな」
ため息混じりに呟く神代さん。
彼女も強引に参加された一人。
ここに留めておくのは酷だろう。
「良いよ。今までご苦労様」
「あ-、助かった」
特に名残惜しさも見せずに、一直線でドアへと向かう神代さん。
泣けてくるな、本当に。
しかし彼女が外へ出て行こうとした所で、ドアが開いて小柄な少女が飛び込んできた。
「……何、あれ」
すかさず戻って来て、俺の襟を掴み上げる神代さん。
殺意をぶつけられるのは、正直あまり楽しくない。
「雪野さんだよ。俺達だけは頼りないから、ちょっと助けてもらう」
「どうしてあの人なの」
「比較的、俺達に好意的だからね」
全面的にではないが、一応の理解は示してくれている。
またガーディアンが殆どいない以上、外部からの攻撃を考えると防御の態勢は整えるべき。
その点彼女が一人いれば、ここの安全はほぼ確保される。
精神的にも、物理的にも。
ただ、そう思ったのは俺だけのよう。
神代さんだけでなく、他のメンバーも一気に平静さを失った。
諸刃の剣とは、まさにこの事だな。
「雪野さんはのんびりしてて下さい」
「仕事はしなくて良いの?」
「ええ。いて下さるだけで助かります」
これで彼女は何もしないと、周りにもアピール。
冷静さを取り戻させる。
実際やる事も無いので、大人しくしている雪野さん。
こうしている限りは、可愛らしい女の子。
俺の心も少し和む。
「予算が無いけれど」
静かに告げて来る真田さん。
一難去ってまた一難。
俺の裁量で動かせる予算は限られた物。
とはいえ予算が無ければ、一気に手詰まりだ。
「自警局の予算に手を付けるのは?」
「危険じゃなくて」
やはり静かに告げる真田さん。
これは場合によっては、業務上横領。
刑事罰にまで問われかねない。
「予算って、何に必要?ガーディアンの手当は、通常通り自警局から出てると思うけど」
「それが滞ってる。だから、誰かが出すしかないわね」
「誰か、か」
策謀めいた事を感じてしまうが、それで物事が解決する訳もない。
一応自警局の予算を確認。
予算局から通常通りの額が振り込まれており、残金も余っている。
滞っている理由は不明だが、これを使えば問題は解決。
真田さんが言うように、かなり危険な方法だが。
ガーディアンを勝手に運用するのは、学内での違反。
俺のわがままで通る話。
しかし資金に手を付けるとなれば、これは刑事罰が絡んでくる。
「逮捕覚悟で使うつもり?」
「そこまでの度胸はないよ。覚悟もね」
多分そこが、元野さん達と俺の差。
埋められない差だろう。
彼女達は正しいと思えば、法律に触れようが罰せられようがそれを遂行する。
そして、成し遂げる。
だが俺にはそこまでの覚悟も実行出来るだけの能力もない。
結局俺は小物で、彼女達を越える事は出来そうにない。
「……どうして滞ってるのかな」
「私達を試してるのかもしれない」
「なるほどね。緒方さんを呼んで」
まずは情報を収集。
状況と相手の意図を確かめ、自分に出来る最善の方法を模索しよう。
彼女達には及ばなくとも、俺にも出来る事はあるはず。
そうでなければ、こうして反旗を翻した意味すらない。
半笑いの緒方さんが俺の前に来て、雪野さんへと視線を向けた。
「どうするの、あの人」
そっちの話か。
とにかくいて困る人ではなく、今は予算の件を優先する。
「予算?自警局内部じゃなくて、外部から操作されてるみたいね。銀行が絡んでるって話よ」
「口座の凍結なんて、簡単な話じゃないだろ」
「そこは知らないわ。問題があるなら元野さん達が抗議してるだろうから、自警局としては問題ないみたい。それか、私達が試されてるかね」
真田さんと同じ意見。
ますます追い込まれてきたな、これは。
「そっちの予算を無理に引き出すと、やはり刑事罰かな」
「凍結されてるなら、ちょっと危ないでしょ。私達に、それを引き出す権限が無い以上余計に」
「ハッキングして引き出す事は?」
「可能は可能よ。ただ、そうして引き出したお金を使う意味は?って聞きたいけど」
耳の痛い台詞。
不正に入手したお金であれ、お金はお金。
とはいえ今は、手法その物も問われている。
何でもやれば良い訳では無く、だとすれば無理矢理予算を引き落とすのは論外だ。
「ガーディアンの状況は?」
「今週分の振り込みが明日。明日までに何とかすれば、問題は起きない」
静かに告げる真田さん。
緒方さんは我関せずといった態度。
確かにこれでは、俺も関わりたいとは思わない。
「緒方さんは、予算局へ。真田さんは自警局内の予算が使えないか確認して」
「誰の嫌がらせかしら」
「もしくは、最後通牒かも知れない」
ぽつりと呟く真田さん。
つまりここが引き際。
お前達はもう詰んだと言われた状況。
予算の執行は俺達の手に余り、白旗を上げやすくなった。
ここで引いても、周りからは仕方ないと言われるだろう。
逆に言えば、救いの手だ。
甘く緩い罠とも言える。
「神代さん。出かけるから、後は頼む」
「どうしてあたしが」
「悪いね」
「謝れとは言ってない。どうしてあたしがって聞いてるんだよ」
それはもっともだ。
受付を過ぎ、通路を抜けて執務室に到着。
カメラで見られていたのか、ドアがすぐに開く。
ためらう理由は無く、中へと入る。
「予算、どうなってますか」
単刀直入に尋ね、机に手を付く。
矢田さんは机から顔を上げ、俺を見据えた。
「限界でしょう、そろそろ」
「救いの手、ですか。俺に白旗を上げろと」
「これ以上続ける意味こそなんですか」
無いだろうな。俺の意地以外は。
「逆に、ここで止める理由はなんですか」
「賛同者は少なく、今も抜け落ちてる状態。それに、誰もが君達を黙認してる訳ではありません」
「俺のわがままでしかないと」
「端的に言えば」
これ以上はない明確な指摘。
そう言われてしまえば、話は終わり。
俺から言う事も無くなってしまう。
またそれを否定するだけの要素があるかと言えば、正直心許ない。
俺が一人で突っ走り、周りを巻き込んでいるだけ。
熱病に浮かされて行動しているのと大差無く、病気が治れば元に戻る。
もしくは、倒れるかだ。
「お気持ちは嬉しいですが、もう少し自分の力を試してみたいんです」
「もう十分でしょう。認めて無い人はいないと思いますよ」
「元野さん達はどうでしょうか」
「彼女達を、あまり信用しない方が良い」
怜悧な表情で指摘する矢田さん。
彼女達が信頼に足る人間なのは、俺もこの2年間で体感してきた。
ただ矢田さんは、俺とは違う意味で言っているようだ。
「どういう事です」
「今が引き際だとしか言えません。僕は君の先輩だけど、生徒会を統括する立場にもある。そういう話です」
漠然とした、少し読みにくい説明。
何がと思う間もなく、端末に着信が入る。
「……元野さんからです」
「遅かったようですね」
「何がですか」
「すぐに分かりますよ」
あっさりと生徒会を除籍。
自警局のブースを出たところで、矢田さんの言っていた意味が理解出来た。
俺は引き際を見誤り、元野さん達を信用し過ぎた。
甘えすぎた、とでも言おうか。
彼女は俺の先輩であると共に、自警局の長。
いつまでも、甘い顔はしていられないという事だ。
とはいえ、絶望をしている時間はない。
首を切られたなら、再度挑むまで。
改めて生徒会の資格試験を受ければ良いだけの事。
俺が下がる理由は無い。
何度地に這おうと、そこに彼女達がいる限り。
俺が諦める事は無い。
了
エピソード 49 あとがき
本編のあとがきでも書きましたが、彼等後輩は全般的に苦しい立場。
上が偉大過ぎ、かつ良くも悪くも成果を残しています。
となると生半可な事で彼等を越えるのは難しく、多少の無茶が必要に。
その結果が今回の結末であり、見誤った部分でもあります。
ただ小谷君自体はトータルバランスの取れた、優秀な人間。
特別何かに秀でてる訳では無く、何でもそつなくこなすタイプ。
また視野も広く、基本冷静。
高等部からの転入組でもあるため、外部の意見にも理解があります。
生徒会を除名になりましたが、意気込みはまだある様子。
彼もまた、これからの人間なのでしょう。




