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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第49話
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     49-10




 結果的に。もしくは当然の事として。

 執務室へ呼び出され、書類の山とDDを見せられる。

「仕事が溜まってます」

 私を見ながら話すサトミ。

 モトちゃんは苦笑しつつ、その山と格闘中である。

「ユウも少し手伝いなさい。それとショウを呼んできて」

「私の役目じゃないと思うけど」

「人出がいないの。誰のせいかしら」

「モトちゃんじゃないの」

「その通りよ」

 言い切ったな、この人。

 それも目の前で。

 いや。最初に言ったのは、私だけどさ。



 執務室内にある別な机を使い、一番上の書類を手に取る。

「……ちょっと、これは廃止にしたはずでしょ」

 私が目にしたのは、備品使用状況書。

 これはどこまで付きまとってくるつもりなのだろうか。

「廃止はしても、事後処理が残ってるの。それはそれで全部抜き出しておいて。処理については、私がやる」

 右手で端末のボタンを操作。左手で文字を書きながら答えるサトミ。

 なんだろう。

 先祖が阿修羅観音像とかだろうか。

「よく左で書けるね」

「訓練次第よ。格闘技でも、両利きの方が何かと有利でしょ」

「そうだけど、私はそこまで器用じゃないからね」

 スイッチしてサウスポーで戦う事も、一応は出来る。

 しかし右の時程スムーズに体は動かず、あくまでも一応というレベル。

 緊急事態や、相手への目くらましの効果を狙う要素が強い。


 などと、余計な事を考えてる場合でも無いか。

 次に出てきた警備の申請書を確認。

 不備がないか、卓上端末で日程と人員をチェック。

「……問題ないね、これは」

「それはモトに回して。もう二三人欲しいわね」

「ケイは」

「丹下ちゃんを手伝ってる」

「木之本君は」

「どこへ行ったのかしら」

 途端に棘のある声を出すサトミ。

 そういえば最近、姿を見ないな。

 とはいえ遊びほうけている姿も想像は出来ず、また本人の性格上それは無理。

 色んな意味で、難儀な性格だな。



「ごめん、遅れた」

 ばたばたと執務室に飛び込んでくる、その木之本君。

 サトミは彼に鋭い視線を投げかけ、しかし何も言わずに作業へ戻った。

「どこか行ってたの?」

「ん。ちょっとね」

「高畑さんの所?」

「いや、そうではないよ」

 曖昧に否定し、仕事に取りかかる木之本君。

 サトミは角を生やしそうな顔で、再び彼へ視線を向けた。

「何か知ってるの?」

「後輩の所へ行ってたんでしょ」

「ああ、そういう意味」

「どういう事、それ。それはどういう事」

 何で二度言うのよ。

 それも、言い方を変えて。

 どうも情緒不安定だな、最近。




 とはいえサトミも、怒りのやり場に困ってるのかも知れない。

 モトちゃんの決定も面白くはないが、かといって後輩の行動にも賛同は出来ない。

 そして木之本君のフォローにも。

 ただどれも必ずしも間違った行動とは言えず、怒りをぶつけるのも筋違い。

 それが不安定さを呼び込んでいるようだ。

「……俺は何をすればいい」

 音もなく執務室に忍び込み、そう告げて来るショウ。

 実際は音くらい立てたかも知れないが、全然意識をしていなかった。

「力仕事をお願い。棚の本を全部出して、紙が挟まってないか確かめて」

「紙ってなんだ?」

「ここを小谷君が使ってたのは、何度も見てるのよ。だとしたら、という話」

「こんな所に隠す物があるとも思えんが」

 そういつつ、分厚い辞典を片っ端から抜き出していくショウ。

 その途端、一枚紙が落ちてきた。

「何?」

「ガーディアン削減に関する要望書。予算局から来てる」

「それは私が隠しておいた。サトミが、また新妻さんに噛み付いても困るから」

 山の向こうから答えるモトちゃん。

 こうなると、ポストが赤いのもサトミのせいになりそうだな。


 どさどさとショウが本を積み上げていくが、不正に関するような物は特にない。

 書類自体は出てくるにしろ、それは必要でない物だったり自警局へのクレーム類。

 不審な領収書は間違っても現れない。

「案外、小谷君の手紙でも出てくると思ったんだけど」

「そういうタイプかな、あいつ」

「もしかしてって話」

 パトロールの報告書をようやく読み終え、確認欄にチェック。

 でもって、書類もDDも全然減らないときた。

「終わらないね、これ」

「本来はもっと、大勢でやるものなのよ」

「……今いない後輩達の仕事って意味?」

「そういう意味。パトロールと警備に関しては、全部見終えた。後は予算と備品のチェック。各局からの報告とクレームは終わったから、もう一息ね」

 どうやらこの子がいれば、大抵の事は片付く様子。

 とはいえ彼女一人に負担を掛ける訳には行かないし、それは権限の集中にも繋がる。

 今更ながら、こういう問題はつくづく難しいと痛感する。



 乾いた音と、小さな声。

 何がと思って振り向くと、ショウが手紙を手にしていた。

「小谷君の?」

「いや。矢田の名前が書いてる。矢田が書いたんだな」

 サトミの予想とは違う手紙。

 ただ、気にならなくはない。

「どうする、これは」

「宛先と、いつ書かれた物なのかしら」

 端末を操りながら尋ねるサトミ。

 ただ文字を書いている左手は止まっているので、彼女は少し興味を引かれたようだ。


 手紙らしい封筒の裏と表を確認し、首を傾げるショウ。

 宛先は書いてあるかも知れないが、いつ書かれたかを判断するのは難しいだろう。

「宛先は、小谷だな。いつかいたのかは、分かりようがない」

「筆跡を見せて」

「分かるのか」

「数ヶ月単位でなら」

 すごい事をさらりと言い、手紙を受け取るサトミ。

 それでも端末を離さないのは、さすがだな。

「……去年の後半か今年の前半。多分その辺りでしょうね」

「どういう意味?」

「まずは筆跡が、当時の物とよく似てる。どの文字がどうとは、いちいち言わないけれど」

 言いたそうだが、そこはスルーさせてもらう。



 私も手紙を見せてもらい、差出人と宛先を確認する。

 確かに二人の名前が書いてある。

「……どうするの、これ。まさか、勝手には見られないでしょ」

「それはそうね。書いたのはおそらく、今年の初め。その段階では、自警局を小谷君に引き継がせるつもりだったんでしょう。そういう意味の内容だと思う」

 とうとう端末を操作する手が止まるサトミ。

 矢田局長と小谷君は、中等部からの先輩と後輩。

 私達にはない絆も当然あるだろう。

 そしてこの手紙は、その一つの形という訳か。



 小さく手を動かすショウ。

 その手に手紙を持ったままなので、自然全員の注目がそちらへ集まる。

「手紙。届けてくる」

「良いの、届けて?」

「彼宛なんだから、届けない訳には行かないでしょう。ねえ、モト」

「ん?ただサトミの推測から行くと、彼が自警局局長になった後読んで欲しかったんじゃなくて?だとしたら、今の段階で読ませるのはどうかしら」

 サトミとは若干違う意見。

 ただモトちゃんも、止めるつもりは無いようだ。

「渡して、悪くはないんだろ。なんなら、矢田に聞く」

「……それは止めた方が良い」 

 こっちは止められた。

 確かに、あまり空気を読まない行動だとは思う。

「私も行く。ちょっと話を聞いてみたいし」

「余計な真似はしないでよ」

 咎めるような視線を向けてくるサトミ。

 言いたい事は分かるが、彼をこのまま放っておくのも気が引ける。

 何より、書類と向き合うのももう飽きた。

「飽きたなんて言わないでしょうね、まさか」

 本当、何から何まで鋭いな。




 それでも執務室を脱出。

 自警局を出て、教棟も出て、正門も出る。

 向かう先は男子寮。

 彼は生徒会活動を行ってないため、すでにそちらへ帰っているはず。

 どこかへ遊びに言っている可能性もあるが、それなら待てば良いだけだ。


 以前に比べて日没の時間は少し伸び、ただこの時間になれば外は暗い。

 出来るだけ街灯の下を、ゆっくり慎重に歩いていく。

「見えてるのか」

「なんとなくね」

 ショウの腕にすがりながら、意識を集中させる。

 昼間はともかく、夜で歩くのはやはり不安。

 少し距離が離れると、せいぜい輪郭が確認出来るだけ。

 それでも以前に比べれば数段ましで、歩く程度ならなんとでもなる。

「小谷君は、結局何がしたかったのかな」

「分からん。モトの決定も含めて」

「前から否定的だね、それに」

「厳しく処分する必要があるのは分かるけど、だったらもっと前に注意しても良いと思ってな。まあ、だったら俺が止めれば良かったんだが」

 行き着く先は、おそらくここ。


 逆を返せば、そういった私達の後悔を彼女に全て引き受けさせてしまった。

 ショウが反発気味な事を口にするのも、そのせいだろう。

「でも、他の解決方法ってあったのかな。ただ止めるだけだと、小谷君達の不満が残るだけでしょ」

「つくづく俺達は、駄目な先輩だな」 

 深いため息。

 そんな事を今更痛感するとは、私も思わなかった。




 男子寮へ到着し、ショウの案内で小谷君の部屋へと向かう。

 学校はもう終わっているため、廊下を歩く生徒は結構多い。

 逆に彼等からすれば、私達はいつまで学校に残っているのかと思われているだろう。

「あ」

 私達を見て小さな声を出す矢田局長。

 この人が、この時間にいるのはかなり珍しいな。

「……何か、男子寮に用事でも」

 疑問。

 いや。敵意すら感じる表情。

 ただこちらも、そういう反応には敏感。

 自然と腰を低くし、彼を睨み返す。

「ユウ、落ち着け。俺達は、小谷に会いに来ただけだ」

「今更、どういった用件で」

 敵意の理由はそこか。

 彼は小谷君の先輩。

 言いたい事の一つや二つはあるだろう。

 とはいえ、何から何まで聞くつもりもないが。


「手紙を見つけたから、届けに来ただけだ。お前からの手紙」

「見つけたんですか」

 それ自体には驚かない矢田局長。

 むしろ今まで見つけていなかった事に疑問があるくらいの表情である。

「これは届けるし、会いにも行く。それは問題ないだろ」

「ご自由に。ただ今回の処分が正しいとは、僕は思ってませんから」

「見解の相違だな。俺はモトを信じてるし、小谷の暴走を止める機会はいつでもあった。それを傍観してたのは俺達全員で、モト一人が悪い訳でも無い」

 私達に言っていたのとは違う説明。

 あれはより本音というか、不満を含めた話。

 心情的に近い人へ聞かせる内容だったのかも知れない。


 矢田局長はその話を聞いて押し黙り、ただ悪い目付きを止めようとはしない。

「話がないなら、俺達は行くからな。それとこの件は、もう決まった事だ。文句があるのなら、もっと前に行動しなかった自分自身を悔やめ」

「それが自警局としての意見ですか」

「小谷の先輩としての意見だ」

 そう言い残し、早足で立ち去るショウ。

 私もすぐに彼の後を追い、矢田局長とすれ違う。

 その彼から感じ取れる苛立ちや怒り。


 ただしそれらは、ショウも言ったように自分で招いた事。

 全てが私達の責任ではなく、大半は小谷君本人の行動が問題。

 とはいえ私達に求める機会があったのは確か。

 矢田局長も含めて。

 彼の怒りは、もしかして自分自身へも向けられているのかも知れない。




 早足で歩いていたショウに追いすがり、その隣に並んで彼を見上げる。

「怒ってる?」

「怒ってはいない。自分自身以外には」

「結構気にしてるんだね」

「自分のふがいなさを後悔してるだけさ」

 そう言い、鼻で笑うショウ。

 この件は、誰にも良い影響を及ぼしてないな。

 私も含めて。

「……と、ここか」

 ドアの前を通り過ぎ、すぐに後ずさるショウ。

 彼は端末で連絡を取ると、ドアが開いて小谷君が顔を出してきた。


 多少意外そうな顔をされたが、憔悴してる訳でも無さそう。

 この前の帰り際があまりに落ち込んでいたから、これには少し安心する。

「俺に何か」

「手紙だ。矢田から、お前宛。今書いた物じゃなくて、なんて言うのかな」

「……ああ、分かりました。俺が自警局の局長にでもなった時、見るような類でしょう」

 苦笑しつつ受け取る小谷君。

 さすがにその辺の理解は早い。


 渡して終わりと思ったが、小谷君が目の前で手紙を読み始めたので一応それを待つ。

「今となっては、という話ですね」

「何が」

「これからも自警局をよろしくといった内容です」

 自嘲気味な笑み。

 皮肉で言っている訳では無いと思うが、そう聞こえてしまうのは仕方ない。

「今回は、色々ご迷惑をお掛けしました。どうも、周りが見えてなかったようです」

「モトちゃんの処分は、厳しすぎる気もするけどね。これからは、どうするつもり?」

「もうすぐ資格試験があるので、それが受験出来るなら挑戦してみます」

 ごく自然に答えられた。


 彼はいつまでも落ち込んではいない。

 しっかりと前を見て、もしかするとモトちゃんの真意も読み取って、自分の進むべき道を歩もうとしている。

 これではショウも私も、ため息を付く訳だ。

「……なんですか」

「いや。お前は成長してるなと思っただけだ。俺達は、ふがいないけどな」

「そう言われると、かなり困るんですが。俺以外の子は、どうなりました?」

「一時的に資格を停止にされただけだ。すぐに復帰する」

「それを聞いて安心しました。さすがに、俺からは連絡が取りづらくて」

 寂しげに笑う小谷君。

 発起人は彼で、本人達の意思はともかく責任はどうしても彼に回ってくる。

 当たり前だが、今回の件で一番責任を感じているのは彼だろう。

 次はモトちゃんか。


「……矢田局長が怒ってたけど、何か話した?」

「謝られました。自分がふがいないばかりにと。……まあ、これはいいか」

「何が」

「いや。……ちょっと言いづらいんですけどね。軽く元野さん批判というか、雪野さん達批判というか。自警局に預けて失敗した。総務局に呼べば良かったと」

 それにはさすがにむっとするが、今回に限っていえばそれ程間違ってはいない考え。

 実際小谷君は生徒会を除籍されてしまい、私達はそれを止める事が出来なかったんだから。

 とはいえ、批判されて楽しい理由は何も無いが。

「落ち着いて下さい。それ程直接的に批判した訳ではないですから」

「だけどさ。……モトちゃんは別に、悪意でやってる訳じゃないからね」

「分かってますよ、俺も」

 爽やかに笑う小谷君。

 この笑顔が見られただけで一安心。

 少し救われた気になった。


「資格試験にパスしたらどうするんだ」

 ショウの質問に小谷君は頭を掻きつつ、視線を少し下げた。

「俺が言うのもなんですけど、一応自警局を希望しますよ」

「本気か」

「頼まれてますし、何より途中で逃げ出す訳には行きませんからね」

「偉いぞ、お前」

 どすんと彼の背中を叩くショウ。

 青春ドラマでも、もう少し優しく叩くと思うけどな。

「痛いんですが」

「ああ、悪い。それに関しては、俺に任せろ。根回しはしておく」

「……失礼を承知で伺いますけど、そういう事って出来るんですか?」

 非常に当然の質問。

 彼に根回しとか腹芸とか、裏工作とか。

 そういう事は全くもって無理。

 むしろやられる方で、自分から仕掛ける側では絶対にない。


 しかしショウは胸を張り、もう一度小谷君の背中を叩いた。

「俺に任せろ」

「はぁ」

 何とも不安げな表情。

 そして、すがるような視線を私に向けてくる。

 本当、何を任せればいいのか私も不安になってくる。




 男子寮を後にし、再び学校へと戻ってくる私達。

 そしてショウが向かったのは、生徒会長執務室。

 で、何が根回しだって。

「……私も忙しいが、一応話は聞こう」

「小谷がもう一度、生徒会に参加を希望してる。もし試験に受かったら、ある程度は要望を聞いてやってくれ」

「それは自警局としての意見かな」

「俺個人の頼みだ」

 言い切ったよ、この人は。

 恰好良いには恰好良いだろう。 

 生徒会長の後ろに控えた女子生徒達は、赤い顔で彼を見つめてるし。

 賢い発言かどうかは、相当に疑問が残るが。

「……後輩思いなのは分かったが、私も3月には卒業。来期の事までは、それ程関与出来ない」

「来期の生徒会長は誰だ。会いに行く」

「……誰か、お茶を。それも大量に」


 運ばれてきたファミリーサイズのペットボトルを半分くらい空にするショウ。

 ここまで来ると、もう何も言いたくないな。

「次の生徒会長は」

「選挙がまだ終わってない。それと、候補者は一人や二人ではない」

 机の上に置かれる候補者のリスト。 

 泡沫候補も含め、総勢20名程度。

「……この子」

 私が見つけたのは、南地区の生徒会長だった女の子。

 以前は生徒会活動から距離を置いていたはずだが、どうやら彼女も復帰をするようだ。

「この子も当選しそう?」

「シンパが多いし、事前に話をした限りでは受け答えもしっかりしてる。有力なのは間違いない」

「他は、誰」

「対抗が、北地区で生徒会長を務めていた男。この二人が争うと言われている」

 そう言って、鋭い視線をショウに向ける生徒会長。

 余計な事はするなと、釘を刺しているつもりだろう。


 ただそういう事が通用しない人間も、中にはいる。

 例えば、私の目の前でその視線を跳ね返している男の子とか。

「この二人に話せば良いんだな」

「話すのは構わない。ただ、圧力は掛けないでくれ。それと、君達以外の人間も連れて行くように」

「信用出来ないのか、俺達が」

「廊下を虎が歩いていて、誰がその側を通りたがる」

 非常に分かりやすい例え。

 虎に悪意はなくても、じゃれつかれれば人間など一瞬で終わり。

 悪意があれば、気付く前に終わっている。



 候補のリストを持って廊下を歩くショウ。

 すると目の前に、半笑いの男が立ちふさがった。

「後輩思いの先輩がいるって聞いたけど」

「急ぐぞ」

 ケイの軽口に付き合わず、彼を抱えるようにして歩き出すショウ。

 虎に例えたのも、あながち間違いでは無さそうだ。

「どうでも良いけど、脅すなよ。ただでさえ、俺達は評判が悪いんだ」

「頼むだけだ」

「それで、何を持って行く」

 相当に悪くなる表情。

 本当、こういう話は好きだよな。

「賄賂でも贈るの?」

「人間、物をもらって悪い気はしないだろ」

「どっちも、そういうタイプじゃないでしょ」

「それで相手の性格も考えも分かる。俺、鯛焼きが食べたいんだよな」

 何を言ってるんだか。




 それでも律儀に学外へ鯛焼きを買いに行き、走って戻ってくるショウ。

「カスタードは?」

「何が」

 すごい普通に尋ね返された。

 良いじゃないよ、少しくらいは希望を出したって。

 ちなみに彼が買ってきたのは、餡ばかり。

 もしかすると、それしか売っていない店だったのかも知れない。

 それこそ、どうでも良いけどね。

「鯛焼きは良いけど、どこに行くと会えるの」

「エリートは総務局と、相場が決まってる」

 なるほど。

 とはいえ私も今は生徒会の一員であり、昔に比べると彼等寄り。

 その辺は、多少複雑なところもある。



 生徒会内を移動し、総務局へ到着。

 受付で止められる事も無く、総務局内のブースを歩いていく。

 張り詰めた空気と静寂。

 緩んだ部分が少なく、正直肩がこりそうな場所。

 緩みきっても問題だが、ここまで堅苦しいのもどうかとは思う。

「これって、矢田局長の影響?」

「それもあるし、所属してる人間の意識もある。私達はエリート、一般の生徒のように遊んではいられないんです。えへんって」

 さすがに小声で説明するケイ。

 あくまでも彼の推測ではあるが、すれ違う生徒を見る限り当たらずとも遠からずか。


 彼が辿り着いた先は、総務局総務課。

 人の出入りがかなり激しく、ここは活気めいた物も多少は感じられる。

「忙しそうだね、なんか」

「いわゆる生徒会長付の総務課長。総務局長よりも、立ち振る舞いようによっては権限を行使出来る」

「ふーん。それって、何か良い事あるの?」

「分からんなら良いよ」

 虚しそうに笑われた。

 私も、草薙高校における生徒会長の権限くらいは分かっている。

 聞きたかったのは、その権限を私的に使って何か得をするのかという意味。

 そういう質問自体が、子供だと言われそうではあるが。



 受付のカウンターに立ち寄って、声を掛けるケイ。

 しばし待てとの事で、ソファーに座る。

 目を患って以来、待つのはそれ程苦痛には感じなくなった。 

 勿論楽しい訳ではないにしろ、その気になれば明日の朝まででも過ごす事は出来る。

 待たないに越した事は無いけどね。


「お待たせしました」

 颯爽と現れる長い黒髪の女の子。

 爽やかな笑顔と柔らかい物腰。

 中等部であった頃より、ゆったりとした雰囲気になっている気がする。

「ごめんなさい。忙しいところ」

「いえ。それで、どういったご用件でしょうか」

「鯛焼き、いる?」

「はぁ」

 笑顔を浮かべ、小首を傾げ。

 それでも一応は鯛焼きを受け取る女の子。

 とはいえ、これが普通の態度だろうな。


 取りあえず受付前で鯛焼きを頬張る私達。 

 どうして食べてるかは、私も全然分かってない。

「一つ、頼みがあるんだが」

 鯛焼きを食べ終え、急に真面目なトーンで話し出すショウ。

 女の子は尻尾をかじりつつ、彼に視線を向ける。

「自警局に小谷って生徒がいるんだが」

「知ってますよ。2年生の方ですよね」

「ああ。あいつは今生徒会から除籍されてるんだが、試験を受けて戻ってくる。その際は、都合の付く限りで良いからあいつの希望を聞いて欲しい」

「……自警局への復帰を願い出てる訳ですね。分かりました」 

 すぐにショウの意図や小谷君の意図を読み取る女の子。

 それだけではなく、どうして自分に頼んだかまでも理解している様子。

 出来る人って、本当にいるんだな。


 とにかくこれで用件は済んだ。

 後は彼女が生徒会長になるのを祈るだけだ。

「ご用件は、これだけですか?」

「いや。もう一人に会うつもり。北地区の、元生徒会長」

「そちらは止めた方が良いというか、多分難しいですよ。原理原則派ですから」

「固いって事?」

「真面目なのは悪く無いですけどね」

 やんわりとした批判。 

 もしくは、私達への警告か。

 とはいえここで引き下がる訳にも行きはしない。

「ありがとう。でも、せっかくここまで来たからね。やれる事はやっておきたい」

「分かりました。では私は、失礼します」

「ありがとう。助かった」

「いえ。それでは」 

 ぺこりと頭を下げ、私達の前から立ち去る女の子。

 爽やかな風がふっと吹き抜けていった感じで、胸の中は充足感で満たされる。

「次は面倒だぞ。言ってみれば、リトル矢田だ」 

 嫌な事をさらりと言ってくれるケイ。

 とはいえ私も、今更引き下がる訳には行かない。

 例えそれが、自分自身への下らない縛りだとしてもだ。



 待つ事、さらにしばし。

 北地区の元生徒会長だった男の子が現れる。

 ショウが鯛焼きを差し出すも、反応無し。

 無駄な時間を過ごしていると言いたげな表情。

 とはいえそれはその通りで、彼が気分を害しても仕方はない。

「……小谷って知ってるかな、自警局の」

「生徒会を除籍になった方ですよね、それが」

 ストレートな返答。 

 間違えた答えでは無いが、多少疑問が残る返しでもある。

「そいつは、生徒会に復帰する意志を示している。もし復帰したら、出来るだけ要望を聞いて欲しい」

「それは復帰後に考える事ですし、個人の要望をいちいち聞いてもいられません」

「気に留めておいてくれという程度だ。叶えてくれる必要はない」

 男の子の返事に、生真面目な答えを返すショウ。

 私は多少苛々してきたので、後は彼に任せたい。


「お話は以上ですか」

「そうだ。時間を取らせて悪かった」

「自業自得。そういう人間を考慮するつもりは、私はないですけどね」

「そうか」

 苦笑して彼に頭を下げるショウ。

 本当人が良いと言うか、なんというか。

 私なら、スティックを床に突き立ててる所だと思う。

「仕事があるので、帰って良いですか」

「ああ、悪い」

「では失礼します」

 足早に立ち去る男の子。

 ショウは黙ってその背中を見送り、私は取りあえず壁を拳で叩く。

 女の子の忠告を、大人しく聞いていれば良かったな。

「……今の子にも頼む必要はあったの?むしろ逆効果だった気もするよ」

「候補の人間性は分かっただろ」

「女の子に肩入れしろって事?」

「それも良いし、仮に彼女が当選しなくても味方が出来たのは間違いない。規則も規律も大事だけど、組織でもっと大切なのは人同士のつながり。それを分かってるよ、あの子は」

 苦笑気味に解説するケイ。

 そんな物かなと、壁を叩きながら思う。

 久々に、頭の奥まで熱くなった。




 早足で総務局内を歩いていると、前から矢田局長がやってきた。

 彼は局長なので、いて当然。

 部外者は私達の方である。

「威嚇するなよ」

 私の頭に手を置くショウ。

 自分でそのつもりはないけど、さっきの感情がまだ多少残っている。


 私は用も何もないし、向こうも敢えて声を掛けてはこなさそう。

 空気は張り詰めているが、特に何事も無くすれ違う。

 そう思った所に、彼等の中から一人私達の行く手を遮る者が現れた。

 出てきたのは、先程の男の子。

 スティックに手を伸ばしそうになるが、それはかろうじて自重する。

「今度は、そっちに言いたい事がありそうだな」

 静かに尋ねるショウ。

 彼は鼻で笑い、私達の後ろで横を向いていたケイに視線を向けた。

「あなたが、浦田さんですよね」

「俺がどうかした?」

「学校外生徒で、過去にも処分歴あり。どうなんですか、それは」

「素行が悪くてね。日々反省してるよ」

 適当な受け答え。

 単なる嫌みではなく、もしかすると矢田局長達へのアピール。

 自分は元野グループにも真正面から渡り合います、くらいのつもりかも知れない。


 ただその危険性を察知したのか、さすがに矢田局長が駆け寄って来る。

「お互い、その辺で。早くお帰り下さい」

「それは失礼」

 反論せず、男の子の横を通りようとするケイ。

 しかしその動きに合わせ、彼が前に出る。

「……矢田君、困るよ」

「分かってます。君も、自重するように。彼等を挑発してどうするんですか」

「事実を述べてるだけでしょう。昨年度の混乱は、結局彼等が原因。制度導入を阻んだ結果。そういう秩序を乱す存在を、僕は許せないんです」

「せっかく矢田君が止めてくれたのに、引き際って知らないのかな」

 足を踏みならし始めるケイ。

 矢田局長も困惑した顔で、男の子の肩に手を置いた。

「なんですか」

「彼等は彼等で、自分達の職務を果たしています。それに昨年度の出来事も、学校としては不問に付してます」

「だから、なんですか?生徒会に所属する以上、秩序の維持と規律を保つのは当然でしょう。いるじゃないですか。一人で勝手に張り切って、周りを巻き込んで消えてくような奴が……」



 首を抱え込んでの払い腰。

 体重を掛けて床に倒し、腕を後ろに回して指錠。

 足にも拘束用のバンドを縛り、身動きを取れなくさせるケイ。

 そして俯せになっている男の子の首に足を乗せ、そこに力を込め始めた。

「俺が一番嫌いなのは、口先だけで秩序や規律を唱える奴だ。失敗しようが成功しようが、何もやってない奴に文句を言う権利も資格もない。黙ってろ、このガキ」

「ぼ、僕は」

「黙れと言ったんだ、俺は」

 首にめり込むかかと。

 呻き声が大きくなった所で、ショウと矢田局長が二人を引き離す。


「落ち着け」

「浦田君、やりすぎです」

「どこが。……おい、俺の前で同じ事をもう一度言ってみろ。手足がもげるくらいで済むと思うなよ」

 カウンターにあったカッターを手にして、それを投げつけるケイ。

 刃は出ていなかったが効果は絶大で、男の子は一瞬にして身を丸めて手を体の奥へと隠した。

「もう止めて下さい。彼も反省をしています」

「反省しても、言った事は元には戻らん。俺はお前を許さないからな。自宅でも寮でも、一生震えて暮らせ」

 低い声で警告するケイ。

 男の子は聞いているのかいないのか、体を丸めてひたすらに震えるだけである。

「今日はもう帰って下さい。彼には、僕からも注意をしておきます」

「ちっ」

 矢田君の手を振り払い、足早に立ち去るケイ。

 私もショウもここに残る理由は無く、床にうずくまっている男の子を放っておいて彼を追う。


 正直言えば、ケイを止める機会はいくらでもあった。

 ただ彼の行動が私の考えと合致していたから、止めなかっただけで。

 これは小谷君の時とは違うが、私にも非がある話。

 ショウにも、そして矢田局長にも。


 ケイではなく、彼を止める事も出来たはず。

 だけど矢田局長は、小谷君の先輩。

 その思いが、消極的な態度。

 ケイの行動を、肯定する事になったのもかも知れない。

 もしくは、私がそう思いたいだけかも知れないが。




 自警局へ戻り、サトミとモトちゃんの出迎えを受ける。

「それで?」

 冷ややかな声を出すサトミ。

 ケイは薄ら笑いを浮かべ、自分から正座をした。

 本当この人の土下座とか正座って、良くも悪くも誠意がないよな。

「僕も大人げなかったですよ」

「……僕って言わないで。それと、当然クレームが来てる」

 それは来るだろうな。

 私でも、同じ立場ならクレームを入れる。

 とはいえ、今回ばかりはケイを責めるつもりはないが。

「あれは、向こうが悪いんだって。そもそも態度が初めからケンカ腰で、最後には小谷君をなじるような事まで言ってきたんだよ。それを黙って聞けばいいの?」

「気持ちは分かるけれど、世の中は我慢が必要なの。小谷君は、ここを追放された時暴れた?叫んだ?何もせずに帰って行ったでしょ。それで、何がどうしたの?」

 軽く足を踏みならすサトミ。

 これには返事のしようもなく、自らの不明を恥じるばかり。

 つくづく小谷君は偉かったんだなと思う。


「まあ、落ち着け」

 ケイでもないし、私でも無い。

 当然モトちゃんでもないし、サトミの訳もない。

 誰が言ったと思ったら、ショウの口が動いていた。

「……何が」

 こういう場では基本的に大人しくしているだけに、少し警戒気味のサトミ。 

 ただ彼はあまり空気を読まない方なので、それ程深い意味は無かったのかも知れない。

「大した意味はない。ただ、今更ケイを怒っても仕方ないだろ。済んだ事だ」

「随分立派な意見ね。それで、この先どうするつもり?」

「特に何も無いが、先輩が受付前で正座しているのも良い事ではないとは思う」

 非常に常識的な意見。

 彼が言う通り、受付を通っていく生徒はみんな見て見ぬ振りをするか引き返す。

 どう考えても、好印象は与えていないだろう。



 難しい顔をして、それでもケイを立たせるサトミ。

 ショウは軽く彼の背中を叩き、頭を押さえて下げさせた。

「ほら、反省してる」

「だから私達は、身内に甘いって言われてるのよ」

「こいつは学校外生徒で、処分のしようもない。せいぜい丸坊主にするとか、グラウンドを100周させるとか。そのくらいかな」

「おいっ」

 床に向かって叫ぶケイ。

 サトミはそれもあまり面白くはないと思ったのか、首を振って一歩下がった。


 そうなると相対的に、モトちゃんが前に出る事となる。

「今回は私達も色々と反省した。色々とね」

 小谷君の名は出さず、淡々と告げるモトちゃん。 

 彼女は弱い部分を見せはしない。

 内心で何を思っていようとも、組織の長としての強い姿を貫き通す。

「その事を、全員よく考えるように。私からは以上」

 最後に聞こえる微かなため息。

 それに全てが象徴されている気もする。



 少し重い空気で受付にとどまる私達。

 そこに、気まずそうな顔をした沙紀ちゃんがやってきた。

「ちょっと良いかしら?」

「良いよ。どうかした?」

「いや。総務局で暴れたって聞いて。それも、北地区の子を相手に」

「私じゃなくて、ケイがね」

 そういえばあの子は、沙紀ちゃんの後輩だったはず。

 今回の彼女は、色々と気苦労が絶えないな。

「ごめんなさい。ちょっと固いというか、融通が利かないタイプなの」

「もう済んだ事だからね」

「でも他人を挑発するなんて、そういう事はしないと思ってたのに」

 困惑気味に小首を傾げる沙紀ちゃん。


 ここに来てようやく少し見えてくる。

 もしかすると彼は沙紀ちゃんに憧れていて、その彼女と仲が良いケイに対抗心を抱いたのかも知れない。

 私の勝手な推測で、単にケイが気にくわなかっただけかも知れないが。




 モトちゃんが言うように、今回は反省する事ばかり。

 見通しも行動も考えも、何もかもが甘すぎた。

 全て自分達に責任がある訳ではないけれど、それを防ぐ事が出来た可能性があったのも確か。

 その事は、胸に刻んでおかなければならない。

 自分達のふがいなさ。

 小谷君達の気概や頑張りも。




 私達は駄目な先輩で、後輩に迷惑を掛けてばかり。

 今回は、それが如実に表れた結果となった。 

 私が彼等に出来る事はもう限られているけれど、それでも私達はまだ先輩と呼ばれる立場にいる。

 だから、せめてそう呼ばれるだけの事はしてあげたい。








                  第49話 終わり










     第49話 あとがき




小谷君反乱編でした。

反乱にまでは至りませんでしたけどね、結局は。


作中で述べられているように、ユウ達先輩の力と影響力が大きすぎ。

それでは自分達がふがいなさすぎると思って小谷君は決起した訳ですが、力及ばず。

ただ彼は悪意を持って行動した訳では無く、越えるべき存在に挑んだだけ。

本当、頑張ったんですけどね。

相手が悪すぎました。


また彼の事は、矢田局長も気に掛けていた様子。

矢田局長からすれば、小谷君は直系の後輩。

本来は手元に置きたい存在なんですが、小谷君自体は草薙高校への入学が別系統(杉下からのスカウト)。

その辺の経緯から、少なくとも矢田局長からは精神的に巣立ったんでしょう。


とはいえこの先輩越えは、ある意味ユウ達も果たせなかった事。

彼女達の先輩は、塩田、大山、沢。天満、中川。

北地区だと、風間、阿川、峰山、小泉。石井、山下、土居。鶴木、右動弟。

傭兵組は、舞地、池上、名雲。伊達。白鳥、伊藤。

蒼々たるメンバーで、ユウ達も太刀打ち出来るかどうか怪しいところ。

さらにその上は。屋神や河合達。

風成や流衣。秀邦と続く訳で、上を見上げればきりがありません。

そうして、草薙高校の歴史が紡がれても行くんですけどね。


という訳で、次が第50話。

そしてその次第51話がラスト。

スクールガーディアンズにおけるラストとなります。




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