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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第49話
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     49-9




 元野小谷会談が行われるのは局長執務室。

 もしかすると謝罪と叱責。

 後はお茶を飲んで、一件落着。

 そんな所に落ち着くのかも知れない。

「謝って終わりってオチじゃないんだろうな」

 足を踏みならしながら、ソファーを囲む衝立を睨むケイ。

 揉め事を期待しているとは思わないが、もしそうなら多少拍子抜けなのは否めない。

「どんな結果なら良いの」

「仮にも打倒元野智美を掲げたんだ。だったらやる事は一つだろう。なあ、御剣君」

「え」

 衝立越しに頭が見えた御剣君はぎょっとした顔で振り返り、大きく腕を振った。

「め、滅相もない。大体なってないんですよ、あいつが。なんですか、元野さんに逆らうって」

「御剣君は反対なの?」

「あり得ないでしょう。と言うか、それは許されるんですか。俺だったら、どうなってると思います?」

 そんな勢いよく尋ねられても困る。


 御剣君が反抗的な態度を取ったら、か。

 以前もあったが、あの時は私達と相当に距離を置いていた。

 ただ仮にここまでの事をやれば、私達が何をやるかは言うまでもない。

 混乱が起きる以前に、全ては元に戻っている。

「そういう事なんですよ。分かります?」

 妙に語るな、今日は。

 何がそういう事かも分からないし。

「だって御剣君は、中等部からの付き合いでしょ。だから遠慮がないんだって」

「小谷には遠慮するんですか」

「高等部に入学してからだし、元々所属する組織も違ってるじゃない。それを遠慮しないって事は無いでしょ」

「ふーん」

 不満の塊みたいな顔。

 まさかこの子も何かやるとか言い出さないだろうな。


 じっと睨むと、一歩下がった。

 ただ、こういうのが良くないのかな。

 という訳で、今度はにこりと笑ってみる。

「情緒不安定ですね」

 ……誰のせいだと思ってるんだ。




 仕方ないので例の部屋からマンガを持って来て、続きを読む。

 今日は北方領土奪回戦。

 千島列島沿いに、間宮林蔵の子孫が部隊を率いて行く話。

 本当、何時代なんだろうか。

「最上徳内って誰?」

「江戸時代に、蝦夷地。今の北海道や樺太を探検した人よ。歴史の勉強でもしてるの?」

「いや。間宮林蔵の副官だから」

「……根本的に間違ってるわよ、その本」

 それは私も、読み始めた頃から気付いてる。


 ソ連領に攻め込んだ所で、一旦休憩を取る。

「ソ連って何」

「昔のロシア。社会主義体制を最初に施行した国よ。今の中央アジアの大半も、当時はソ連。共産党の一党独裁で、日本にとってはかつての仮想敵国ね」

 年代設定が少し前なのか。

 もしくは、今もその体制を引きずってるという事か。

 なんにしろ、面白いマンガではある。

「モトちゃん達って、まだ話し合ってるの?」

「それは今から。ユウも来なさい」

「私はこれを読んでた方が良い」

 まだ途中だし、その会談は多分気まずい事になりそう。

 正直に言えば今すぐ帰りたいくらいで、出来るだけ参加はしたくない。

「私達は全員参加なの」

「小谷君を吊し上げるんじゃないでしょうね」

「そういう下品な事はやらないの」 

 切れ長の瞳がケイに向けられるが、彼は肩をすくめるだけ。

 牽制する時点で、そうなる可能性があるんじゃない。




 結局私も執務室へ連れてこられ、机の後ろに立たされる。

「本当に大丈夫?ねちねち小谷君をいじめる場じゃないでしょうね」

「誰、そういう事を言ってるのは」

 ケイへと流れるモトちゃんの視線。

 彼は心外だと言わんばかりに首を振り、壁へ背をもたれた。

「吊し上げではなくて、彼の話を聞くだけ。いつまでも混乱させたままでは良くないでしょ」

「だったらいいけどさ」

「ただ御剣君が言ってたけど、小谷君なら許されるって物でも無いわよ」

 あの子、モトちゃんにまで話を持って行ったのか。

 気持ちは分からなくもないけれどさ。


 何となくもやもやした気持ちを抱えている間に、小谷君達も執務室に入ってくる。

 小谷君と真田さん。そして緒方さん。

 その後ろには、今回の出来事に関わった1、2年が数人控えている。

「今回の件では、色々とご迷惑をお掛けしました」

 まず頭を下げる小谷君。

 これで終わり。

 良かった、良かった。

 なんて言いたくなるが、これはあくまでも始まり。

 場の空気は、そんな感じになっている。


 モトちゃんは微かに頷き、机に肘を付いて組んだ指に口元を寄せた。

「それで、どういった話をしたいのかしら」

「今までの謝罪と、今後についてです」

「今後とは?」

 声のトーンを変えずに尋ねるモトちゃん。

 いつに無い威厳と威圧感。

 私なら、このプレッシャーを耐え抜く自信はない。



 ただそれは、私の話。

 小谷君は真正面から彼女の視線を受け止め、微かに微笑んでみせた。

「混乱を招いた事に付いては謝罪しますが、行動自体を反省はしないという事です」

「矛盾しないかしら、それは」

「混乱させるのが目的ではなく、それはたまたま付随してきただけの事ですので」

 悪びれずに答える小谷君。

 サトミが肩を揺らすが、モトちゃんが手を上げてそれを制する。

「そう。だったらあなた達は、何がしたいのかしら。今後についても含めて聞きたいわね」

「今まで通り、自警局としての職務を……」

「それには及ばない。現時刻をもって、自警局の全職務に携わる事を禁じる。同時に全権限と役職を剥奪。荷物は二三日中に片付けて」

「え」

 誰が尋ね返したのかは分からない。

 私か、サトミか。

 それとも、小谷君本人か。


 モトちゃんが言った言葉を整理すれば、小谷君は自警局を解雇。

 そして彼女は落ち着いてこそいるが、冗談を言っている態度ではない。

「ちょっとそれは」

「これは自警局局長としての命令です。生徒会の資格についても剥奪するから、通知にサインをしておいて。はい、ご苦労様でした」

「あの」

 さすがに何かを言いたそうな小谷君。

 彼もここまでの事態は想像してなかっただろうし、後ろにいる子達もそれは同じだろう。

「緒方さん達の処分は、追って伝える。あなたはもう帰って良いわよ。荷物をまとめる時間も必要でしょうから」

「……分かりました。失礼します」

「今までお疲れ様」

 半ばおざなりに見送るモトちゃん。

 虚脱気味の小谷君が部屋を出て行ったところで、彼女は緒方さん達へ視線を向けた。

「今回の件に荷担した生徒は、全員現時刻をもって資格を停止。当然職務に携わる事は禁じる。異議があるのなら、総務局へ申し出るように。その時は、私が受けて立つ」

 静かに、力を込めて宣言するモトちゃん。

 これを聞いて何かを言えそうな人はおらず、全員うなだれて微かな返事がぽつぽつと返ってくる。

「みんなもしばらくは来なくて良いから。はい、お疲れ様でした」




 重苦しい空気に包まれる執務室。

 意外さと気まずさ。

 いたたまれない気持ちが胸を包み込む。

「甘いな、結局は」

 そんな静寂を破るように呟くケイ。

 何がと思って彼を見ると、笑っているというか苦笑気味。

 ただ彼も、この空気を和らげたり茶化したりするつもりではないようだ。

「どういう意味なの、それ」

「小谷君を切った事がさ」

 私には理解しがたい説明。

 しかしサトミはその意味に気付いたらしく、モトちゃんに視線を注ぐ。

「本当なの」

「何が?私は小谷君を追放した。それだけよ」

「その真意を聞いてるの」

「なんだ、真意って。全然分からん」

 私の仲間が、ここに一人。

 というかすぐ分かるようなら、小谷君もあそこまで沈み込みはしなかっただろう。



 私とショウの視線を受け、こちらへと近付いてくるケイ。

 彼はモトちゃんの前まで来ると、その机に置いてある局長のプレートに触れた。

「知ってる?小谷君よりひどい状態になったのに、それが帳消しになった例があるって」

「どんな状態よ、それ」

「もう忘れてるか、さすがに。昨年度、退学になったのって誰」

 顔を見合わせる、私とショウ。

 それなのに私達は、今草薙高校に通っている。

 いや。それどころか、生徒会の幹部にまで上り詰めている。

 確かに、小谷君どころの話ではない。

「……でも、生徒会を首になったんだぞ。そんな簡単に復帰出来るのか?」

「そこは小谷君次第だろ。これを機に生徒会から距離を置くか、自暴自棄になるか。奮起して、改めて生徒会に参加するか」

 言いたい事は分かった。 

 ただ、それは小谷君の気持ちの話。

 またそこまでして彼を辞めさせるのは、あまりにも酷な気がする。


「だから言っただろ、モトは甘いって」

「何が」

「悪い事をした政治家は、どうやって償うと思う?もう一度選挙をして、それに当選すれば罪は帳消し。禊ぎ、なんて言うんだけどさ。日本人は好きなんだよな、そういうの。ねちっこさがない」

 そこまで説明してもらい、ようやく理解が出来た。

 またモトちゃんの表情を見る限り、その説明は間違ってはいないようだ。

「良かった。小谷君を見捨てたと思った」

「私は何も言ってないわよ」

「あはは」

「笑い事でもない」

 怒られた。

 でも、それもまた嬉しだ。




 小さく手を叩くモトちゃん。

 それに全員の注目が集まったところで、彼女が席を立つ。

「さてと。取りあえずは仕事をしましょうか。サトミは私の手伝い、それと木之本君を呼んで。ケイ君は丹下さんの所へ。それとすぐに出かけるから、ユウ達は準備をしておいて」

 次々に出される指示。

 元に戻った。

 そう言ってしまえば簡単な事で、この程度のブランクなら仕事を始めても違和感はないだろう。

 私の場合は特に。

 小谷君達の件は、どうしても引っかかるが。


 執務室を出て、例のソファーへと移動。

 するとテーブルの上に、一枚の紙が置いてあった。

「今までありがとうございました」

 たったそれだけの文章。

 最後に一言、小谷とある。

「書き置きか、これ」

 苦い顔で呟くショウ。

 モトちゃんの真意はともかく、彼が追放されたのは紛れもない事実。

 今後やる気を出そうとも、今彼がいなくなるのは間違いない。

「どうなんだろうね、この辺は」

「難しいけど、おとがめ無しって訳にも行かないだろ。ここまでやる必要があったかどうかは、俺には分からんが」

 それは私も強く思う。

 さっきはケイの話に感心してしまったが、今考えるとあまりにも厳しい処分。

 万事解決したとは、とてもではないけど言い難い。



 ただそれは、モトちゃんが一番思っている事。

 実際に処分を下したのは彼女。

 また様々な責任は、理由はどうあれ最終的に彼女へと集約される。

 私のように、ただ感情のみで行動して済む立場ではない。

「他の子はどうなの」

「帰ったんじゃないのか」

「色々考えさせられるな。私達がもっとしっかりしてれば、こんな事にはならなかったのかも知れないでしょ」

「ただしっかりしてても、小谷達は逆に乗り越えようとした可能性もある」

 もしそうだとしたら、どうあっても悪い結果しか出て来ない。

 途端に気が滅入ってきたな。




 ソファーに崩れてうつらうつらしていると、肩を揺すられた。

「寝ないで」

「……寝てはいない」

 口元を押さえつつ、我ながら最低の言い訳をする。

 私の肩を揺すっていたのはモトちゃん。

 何か言おうと思ったが、何も思い付かないので言いようがない。

「……起きる、今起きる」

「内局へ行くから、付いて来て。それと、例のマンガは」

「そこの棚。誰から借りたの、あれ」

「買ったのよ。私は全部読んだから、ユウが持って帰るなりして」

「私も一度読めば、もういいんだけどな」

 何より全30巻プラス、外伝10巻。

 読み応えもだし、持って帰るのも結構大変だと思う。

「それに、どうしてあのマンガなの?」

「気持ちを高ぶらせようと思って」

 小声でささやくモトちゃん。

 それは彼女なりの、無理をした証拠。

 当たり前だが、好きで小谷君の処分をした訳では無いのだろう。

 だとすれば、余計に私があれこれ聞く事も無い。




 自警局を出て、モトちゃんと並んで通路を歩く。

 周りからは視線が明らかに向いていて、何かささやいている生徒もいる。

 すでに小谷君の処分は、生徒会内に伝わっているようだ。

「黙らせるか」 

 いつに無く好戦的な態度を見せるショウ。

 モトちゃんは苦笑して、彼に向かって手を振った。

「余計に評判が悪くなる。本当にあなた達って、敵意に敏感よね」

「問題か、それって」

「問題では無いけれど。日常生活には馴染まないかなと思う」

 人を社会に不適格みたいな言い方をするな。

 あながち間違えているとも思えないが。

「我慢とか、そういう事とは無縁よね」

「俺だって我慢くらいはするぞ」

「それが外れやすいって事。確かにショウ君は抑制が効いてる方だけど、それが外れる時もあるでしょ。普通の人間は、それが外れないの」

 軽くたしなめられるショウ。

 だとすると私はどうなのかという話。

 ここは黙っておくとしよう。



 やがて内局へと到着。

 例の3人組の姿もなく、受付を簡単に通過する。

 ここは教育が行き届いているのか好奇心に満ちた視線を向けられる事は無く、いつも通りの穏やかな空気。

 重さも張り詰めた感じもなく、ただ一定の規律は守られている。

「気持ち良いよね、ここの雰囲気は」

「俺にはよく分からんな」

 この人も、結構空気を読まないな。


 執務室へ入ると、そこには久居さんだけでなく新妻さんも待っていた。

 仲良いのかな、この二人。

 それとも、二人が揃うような理由があるかだ。

 まずは簡単に仕事の打ち合わせ。

 警備や備品の納入に関する話が、少し交わされる。

「そういえば、小谷君はどうしてるの」

 当然とも言える質問。

 これはモトちゃんも分かっていたらしく、普通の調子で受け答える。

「生徒会を辞めてもらった。あれだけの騒ぎを起こしたんだから」

「自警局内の混乱って、前は言ってなかった?」

「混乱は自警局内でも、何をやろうと自由ではないから。仕方ないわね、これは」

 これといった感情を表さないモトちゃん。

 久居さんも深く突っ込んでは来ず、話はこれで終わる。

 二人の間では。



 新妻さんは耳元の髪をかき上げ、請求書とモトちゃんへと突きつけた。

「彼が色々発注した分。これはどうするの。よく分からない装備も含まれてるけれど」

 それらを買うなら、彼を認める。

 買わないなら、認めない。

 そこまで単純な話でも無いとは思うが、少し試されるような場面。

 モトちゃんは請求書の束に目を通し、肩をすくめた。

「本人に聞いてみる?」

「いないんでしょ」

「だったら、有効性は確かめようがないわね。取りあえず、保留で」

 何とも曖昧な判断。

 ただ保留である以上、支払いはなされない。

 しかし予算局は業者にお金を払うはずで、新妻さんにとっては最悪な結果。

 目付きが悪くなるのも仕方ない。

「遠野さんもひどいけれど、あなたも相当ね」

「サトミに比べれば、全然。私はそろそろ帰るけど、他に用事はあったかしら」

「彼を処分して、来期はどうするの?」

「取りあえず、エリちゃん。浦田永理ちゃんに頼むわ。元々代行を勤めてもらうつもりだったし、能力としては問題ない」

「人材が揃ってて、結構な話ね」

 大げさに肩をすくめる新妻さん。


 とはいえその人材も、今回の件で大半が処分を受けた。

 周りが思っているほど、という気が今はする。

「話は終わったみたいね。警備の件は、また連絡する。それと、備品の支払いもよろしく」

 軽く手を上げてドアへと歩いていくモトちゃん。

 私とショウもその後に続き、鋭い目で睨んでいる新妻さんから逃げる。

 彼女に会う度、恨みを買っている気がするな。




 執務室の外へ出て、大きく深呼吸。

 どうもあの人は苦手というか、相性が悪い。

 向こうは向こうで、同じ事を言ってる気もするが。

「備品って、何を買ったんだ」

「最新のプロテクターや装備品ね。軍が使ってる物を簡素化したバージョンらしくて、ほぼ仕入れ値で買ってる」

「良い仕事したのにな」

「それはそれ、これはこれよ」

 ショウの言葉を、あっさりとはねつけるモトちゃん。


 結果が良ければそれで良いのか。

 それとも、経過も込みで大切なのか。

 今回の件は、経過も大切だったんだろう。

 彼に悪意が無い分、ショウが異議を申し立てたくなるのも分かるが。

「大体甘えてるのよ。何をしても許される、見逃される。最後に謝ればいい。それで世の中済むと思う?」

 誰に言ってるのよ。

 というか、こっちを見ないでよ。



 サトミならここでもう一盛り上がりする所だが、そこはさすがに自重するモトちゃん。

 色んな意味で、この件は突っ込まない方が良さそうだ。

「小谷は、退学になる訳では無いんだよな」

 なおも突っ込むショウ。

 良いんだけど、ちょっとやだな。

「そこまでの権限はないし、そういう要望も学校には出してない」

 静かに答えるモトちゃん。

 話はそこで終わりと思ったら、ショウはなおも質問を続けた。

「小谷は別に、悪い事はしてないだろ」

「……正座する?」

 一転しての低い声。

 ショウは表情を強ばらせ、数歩後ずさった。


 軽く咳払いをするモトちゃん。

 そしてショウを改めて手招きし、彼の胸元を指さした。

「さっきも言った通り、ガーディアン連合の頃ならそれでも済んだの。……本当は済まないのよ」

「え、ああ。分かってる」

「生徒会のみならず、組織は秩序と規律で成り立ってる。みんながやりたい事を、好き勝手に始めたらどうなると思う?」

 だから、私を見ないでって。

「特に彼は、次期局長候補。自分の安易な考えだけで混乱を招いたり、周囲の人を巻き込むなんて言語道断なの」

「だったら、どうして注意しなかったんだ」

「手取り足取り教えた方が良い子と、自分で気付ける子。色んなタイプが世の中にはいるの。勿論いるわよ、言っても言っても分からない子は」

 もう良いって、私は見なくても。

「とにかくそういう訳。これは私の責任でもあるし、彼を見てきた3年生全員の責任でもある。そこも分かってる?」

「分かってると思う、多分」

「全く。一度全員、禅寺にでも預けようかしら」

 真顔で言わないでよね。




 自警局へと戻り、モトちゃんにお茶とお菓子を出す。

 機嫌が悪い時は、これが一番。

 少なくとも、私はね。

「誰か肩揉んで、肩。神代さんは?」

「帰ったでしょ」

「ああ、そうか」

 仕方ないので私が後ろに周り、肩を揉む。 

 始めから私がやらなかったのは、身長差から。

 肩が高いんだって、私の腕の位置に対してさ。

「仕事はどうしたの」

 インカムを手に持ちながら現れるサトミ。

 モトちゃんはお茶を飲んで、彼女から渡された資料に目を通した。

「……問題があったら修正しようと思ったけど、何も無さそうね」

「今のところは」

 小声で認めるサトミ。

 つまり小谷君は、なんの問題もなく仕事をこなしていた訳か。

 ますます困ったというか、いたたまれなくなってくる。


 ただそれは、私の気持ち。

 モトちゃんはゆったりとした雰囲気で、お茶を楽しんでいる。

「この場所良いわね。ユウが居着くのも分かる」

「……執務室に詰めて。仕事はあそこの方が、絶対にはかどるわ」

「確かにくつろぐのは、私の仕事でもないか。いなくなった子の穴は、どうなってる?」

「出向している生徒を呼び戻して、それ以外は仕事を振り分けたわよ。後はモトが、執務室に戻るだけ」

 そこにこだわるサトミ。

 もしくは、それが当たり前かだ。




 結局サトミに引っ張られて執務室へ向かうモトちゃん。

 それと入れ替わるようにして、沙紀ちゃんが訪れた。

「元野さんは?ここにいるって聞いたけど」

「執務室に戻った。すれ違わなかった?」

「そう。……怒ってる、やっぱり?」

「いや、全然。普通だったよ」

 少なくとも表面上、感情の変化は見られなかった。

 私は他人の内面や感情を全て理解出来はしないので、あまり当てにはならないが。

「小谷君達の件は決定なのかしら」

「今更冗談でしたって言うタイプでも無いと思う」 

 こちらに関しては確信がある。

 そういった意味では揺らがないし、意見を翻すとは思えない。

 今回に関しては、あまり歓迎は出来ないが。



 今度は沙紀ちゃんがソファーに座り、マグカップに手を伸ばす。

 良いけどね、この際。

「どうしよう、私」

「小谷君の件?沙紀ちゃんが、そこまで気にしなくても良いと思うんだけど」

「だって私も彼に声を掛けたし、見過ごしてきた責任はあるでしょ」

「それを言うなら、3年生全員にあるでしょ。勿論、私にも」

 そう。

 これは決して人ごとではなく、また沙紀ちゃんのうろたえっぷりも同様。

 私が妙に醒めていて、一歩引いてたのも良くなかったのかも知れない。

 もっと早い段階で彼を叱るか、無理矢理にでも介入していればこういう結果には至らなかった。

 もしくは、そう思いたい。


 お茶でも買いに行こうと思って立ち上がったところで、貯金箱が視界に入る。

 無駄遣いは良くないか。

「ストレスが貯まるな、これ」

「何の話?」

「貯金箱。お茶を買うお金がもったいないと思ってたけど、作ったり家から持ってくると外に出ないからストレスがたまる」

「疲れてるんじゃないのか」

 怪訝そうな顔をして私と貯金箱を見比べるショウ。

 その内、私がこれを抱えて買い物をし始めると思ったのかも知れない。

「大丈夫。それと、使い込まない」

「だったら、お茶くらい良いだろ」

「そういう甘さが駄目なんだと思う。甘いんだよ、やっぱり。私達は」

「繋がってるのか、その話」

 そこは私も分からない。



 沙紀ちゃんが帰っていくと、今度は北川さん。

 どこかで列でも作ってないだろうな。

「元野さんは?」

「執務室に戻ったよ。至って普通」

 聞かれる事は同じと思い、先に返事をする。

 北川さんは生返事でそれに応え、私とショウをじっと見てきた。

「……何もしないわよね」

「どうして」

「小谷君が辞めさせられて、自暴自棄になるとか」

 色々と誤解があるし、言葉の使い方も間違ってる気がする。

 それと、自暴自棄になった事はない。

「私達も、至って普通。少なくとも、暴れはしない」

「後輩でしょ、小谷君は」

「私よりも北川さんでしょ。あの子は元々自警局で、私達はガーディアン連合だから」

「心情的な話よ。それを何とも思わないの?」

 なんだか責められているような気分。

 この調子だと、暴れないと駄目みたいになってくるな。


「私達は何もしないし、心情的には思う事もあるけど今更仕方ない」

「本当に大丈夫ね。……あの子は、御剣君。彼は何もしない?」

「そっちの方が大丈夫でしょ。でも、一応聞いてみるか」

 端末で彼をコール。

 声の調子は至って普通。

 すぐに来るとの返事が戻って来た。


 待つ事しばし。

 普段通りの態度を見せる御剣君がやってくる。

 彼は今回の件には荷担していないので、処分もなければ叱責もない。

 今までにない、珍しいパターンとも言える。

「何か」

 北川さんがいる事に反応し、少し身構え気味の御剣君。

 彼に落ち着くよう伝え、今回の件に付いて尋ねてみる。

「それは自業自得ですよ。考えられないですよ、元野さんに逆らうなんて。あって良い訳がない。そもそも、今までが甘すぎたんです。俺が同じ事をやったら、どうなってました?」

「前も言ってたね、それ」

「どうなったと思います?」

 何で二回聞くのよ。

 良いけどさ、もう。


 彼が今回のように、私達へ反抗的な態度を見せたらどうなるか。

 これはもう、深く考えるまでもない。

「まあ、許さないでしょうね」

「他のみんなは許しても、俺は許さんぞ」

 意見の一致を見る、私とショウ。

 またそれは御剣君も同じだったらしく、ほら見た事かという顔をする。

「これが現実ですよ。だから甘いんですよ、小谷にしろ他の連中にしろ。全然見誤ってます。根本的に分かってないんですよ。雪野さん達の恐ろしさを」

 おい、そういう言い方は無いだろう。

 大体どうして、モトちゃんから私の名前に変わってるのよ



 私の視線に何を感じ取ったのか、少し下がる御剣君。

 そんな彼に、北川さんが質問をする。

「あなたはそういう理由で、今回の件に荷担しなかったの?」

「それもありますけど、今自分達が好き勝手に行動する理由はありました?後二ヶ月待てば、嫌でも小谷達が自警局を引っ張る訳ですよ。予行演習か何か知らないけど、今ってなんですか」

 逆に尋ねる御剣君。

 少なくとも彼は、小谷君達の行動に懐疑的。

 ただこれは、モトちゃんとの距離も関係していると思う。


 彼は中等部からずっと私達の下に付いていて、私達が何を考えどう行動するかは嫌というほど知っている。

 今回のような場合、どうなるかも特に。

 だとすればモトちゃんを越えるとか、そういう意識すら無いのかも知れない。 

 ショウに対しては反抗的だった時もあるが、彼等は兄弟みたいなような物。

 つまりは兄弟喧嘩の範疇でしかない。

「だったらあなたは、この件に関して異議を申し立てたり行動を起こしはしないのね」

「冗談じゃないですよ。そんな訳あるはずがない。本当、止めて下さい」

 それこそ土下座でもしそうな勢いで否定する御剣君。

 これはこれでどうなんだ。




 御剣君が小さくなっているところに、また沙紀ちゃんがやってくる。

 今度はケイと北川さんも伴って

「御剣君、どうかしたの?」

「俺は全然。もう、全然」

「何よ、それ。沙紀ちゃんこそ、どうかした?」

「いや。仕事は小谷君が全部終わらせてたから、ちょっと休憩」

 申し訳なさそうに笑う沙紀ちゃん。

 確かにそれは、結構きつい話だな。

「で、御剣君は小谷君達の仇討ちをするつもり?」

「……冗談でも止めて下さいよ」

 真っ青な顔でケイにすがろうとする御剣君。

 本当、私達って一体どう思われてるのかな。


「……浦田君。まさか、あなたが焚きつけてないでしょうね」

「それこそ、まさか。俺は一切干渉してませんよ。2年生が自主的に行動し、結果を見誤った。ただ、それだけの話でしかない」

 北川さんの質問に、落ち着いて答えるケイ。

 またそれは、御剣君の答えともほぼ一致。

 つまり南地区では共通の概念とも言える。


 その辺を違う方向へ誤解し、私達を警戒する沙紀ちゃんと北川さん。

 これは性格よりも、やはり地区の違い。

 過ごしてきた環境が影響していると思う。

「沙紀ちゃん達は、先輩に反抗しようと思わなかったの?風間さん達に」

「全然」

「まさか」 

 即座に否定する二人。

 そういう考えを抱く事自体悪だと言いそうである。

「でも理不尽だったり、間違えてる時もあるでしょ。先輩が」

「意見くらいは言うだろうけど。ねえ」

「それを糺すのは、後輩の役割ではないでしょう」

 やはり意見の一致を見る二人。

 これでは私達と話が合わない訳だ。



 私達も先輩に対しての敬意は抱いている。

 とはいえ、それはそれ。 

 意見が違えばそれを戦わせるし、時には意義も唱える。

 間違ってると思えば、従わない事も。

 私達はそういう環境で育ってきたので、それが当たり前。

 むしろ自然だと思っていた。

 だからこそ今回のモトちゃんが取った行動は、厳しいというか私にとっても意外だった。


 彼が処分されるのなら、私達は過去何度処分されたか分からない。

 とはいえ昔はガーディアン連合という、非常に規則が緩い組織に属していた。

 それこそ規則はあって無いような物。 

 処分の判断は個人に委ねられる部分が大きく、それで助かってきたとも言える。

 また塩田さんや物部さん達はそれ程ひどい先輩ではなく、反旗を翻すに至らなかった。

 彼等からすれば、出会った頃から反旗を翻していたと指摘されそうだが。


「俺は、帰っても良いですか?」

 申し訳なさそうに申し出る御剣君。

 私は彼に用は無く、ここで彼を追求するのも見当違いだろう。

「良いよ。それで、小谷君達はどうしてるの?」

「さあ、そこまでは。大体こうなる事は、ある程度分かってたでしょう。初めから」

 そう言い残して去っていく御剣君。

 となると分かってなかったのは、私や小谷君達だけか。

 本当見誤ったというか、気を抜きすぎてたな。




 なおも何か言いたそうな沙紀ちゃんと北川さん。

 私は何も言いたくないので、例のマンガを引き寄せる。

 戦いはいよいよ佳境。 

 今回はシベリアでの、ジンギスカンと源義経の子孫同士の戦い。

 草原で騎馬軍団が激突するという、やはり少し変わった戦闘。

 面白いけどね。

「小谷君は、放っておくの?」

 険しい表情で詰め寄ってくる北川さん。


 私もそこに関しては、言いたい事はいくらでもある。

 自分の甘さ、ふがいなさ、情けなさ。

 彼の将来、今までの功績、後輩としての存在。

 それらを踏まえれば、ここでマンガを読んでいる場合では無い。

 ただ、あのモトちゃんが敢えて処分までして彼を追放した。

 彼女が短慮に走る訳は無く、ケイが言うように意味があっての事。

 逆に感情のみで処分しているのなら、私だって考えはある。

「雪野さん?」

「何もしないとは言わないけど、モトちゃんがそう決めたのなら仕方ない」

「元野さんが間違える事もあるでしょう」

「あるだろうね」

 それは私も素直に認める。


 彼女も一人の人間。

 間違いもすれば、感情で行動する時もある。

 しかし今回はそうでないと思っているからこそ、今は何もしていない。

「北川さんは、モトちゃんに尋ねてみた?」

「聞いたわよ。でも、処分は覆さないと言われた。確かに、彼の行動に行き過ぎな面はあった。ただ、ここまでの処分は必要だったの?」

「そう判断したんでしょ。これはあまり言いたくなかったけど、小谷君を止めるチャンスはずっとあった訳じゃない。だけど私達は、その間何もしてこなかった。だったら、今更騒いでも仕方ないと思ってる」

 これは北川さんに対してだけの台詞で無く、自分にも向けられている。

 彼が私に声を掛けてきた時点で違うアクションを取れば、ここまでの事態にはならなかったかも知れない。

 それでも私は何もせず、楽観的に物事を見ていた。

 結局は甘えていたんだろう。

 誰かが何とかする。

 時の流れで、物事が片付くなどと。



 重くなる空気。

 私もそれを嫌い、再びマンガに視線を落とす。

 しかしこうなると内容は頭に入らず、意識が乱れるだけ。

 面白いなどとは、とても言っていられない。

「……ああ、そうか」

 席を立ってお茶を買いに行こうとするが、貯金箱が目に入る。

 これでは外の空気も味わいに行けず、ストレスがまた溜まる。


 取りあえずマグカップのお茶を飲み、少しでも気持ちを和らげる。

 とはいえお茶を飲んだだけで気分は切り替わらず、苛々した気分は癒されそうにない。

「結局この件は、私達全員に責任があるって事でしょ」

 申し訳なさそうに呟く沙紀ちゃん。

 あまり責任を感じられても困るけど、全員にあるというのは確か。

 彼女にもあるしショウにもあるし、私にもある。

 誰かを責めれば済む話でも無いし、今嘆いても仕方ない。

 すでに起きてしまった事であり、それを元に戻すのは不可能。

 後悔先に立たずではないが、時を遡る事は出来ない。




 北川さんも諦めたのか。

 それとも自分の中で何かを考えたのか、沙紀ちゃんを伴って戻っていった。

 私もマンガを読み直す気にはなれず、ソファーに横たわって天井を見上げる。

 責任、か。

 責任はあっても、それを取っていたかどうかも疑問。

 見過ごして、後悔して、逃げているだけ。

 これでは先輩もなにもない。

「……何もしないだろうな」

「え、どうして」

「何となく、そんな雰囲気が出てた」

 半笑いで呟くショウ。

 エスパーだな、まるで。

 もしくは、余程感情が前に出ていたか。

「何もしないし、出来る事が無いからね。誰か悪い人がいてその人を倒せば良いならともかく、悪いのは私達自身でしょ」

「それもそうだ」

「好きだな、そういう自虐的なの」

 陰気に呟くケイ。

 この人は、まだ残ってたのか。


 自虐的と言われると困るが、自分を責めてるのは確か。

 それで自分をごまかしていると言われても仕方ない。

「今回の件は、珍しく御剣君が一番正しい。全員甘かったんだよ」

「だけど小谷の心情も分かるんだろ」

「分かりはするけど、引き際もある。とはいえ、物わかりが良すぎてもつまらない。難しいな、色々と」

 人ごとのように話すケイ。

 実際人ごとで、彼も今回の件に関しては始めから距離を置いている。

 またこうなる事を、ある程度は予想もしてたのだろう。

 言ってみれば、子供の火遊びを見ているような心境。

 それを傍観する私達も込みで。

「小谷はどうするんだ」

「慰めるのは簡単だし、フォローするのも構わない。ただどちらも、何を今更って話だろ」

「だからって、放っておくのか」

「神代さん達は巻き込まれた恰好だから、フォローしても良い。でも小谷君は、自分の意志で行動した。そこは一線を引かないとまずい」 

 あくまでも彼を突き放すケイ。

 またそれは、彼の言う通り。

 私達に出来る事はあまりなく、またその機会をかなり前に逸したと言える。



「……あれ、誰もいませんね。北川さん達、どこにいったのかな」

 ぱたぱたと駆け寄ってきて、私達を見渡すエリちゃん。

 彼女も今回の件から距離を置いていた一人。

 小谷君も彼女には声を掛けたはずで、その判断は賢明だと言える。

「エリちゃんは、小谷君の誘いに乗らなかったの?」

「ええ。さすがに破綻するのが見えてましたので」

「破綻」

「元野さんに逆らってる訳ですからね。彼女は優しいですけど、無意味に甘やかすタイプでは無いですから」

 かなり辛辣な台詞。

 正直、耳が痛いとしか言いようがない。

「北川さん達は、さっき帰っていった。モトちゃんの所かも知れない」

「分かりました」

 少し感じるプレッシャー。

 もしかすると、私達が小谷君をまた甘やかすと思われたのかも知れない。


「処分は重いですけど、そうなるだけの行動を取った訳ですから。誰が何と言おうと、私は元野さんを支持します」

「……そうだね。私達が、甘すぎたのかも知れない。なんか、勘違いしてたのかな。それとも結局私達は、生徒会に馴染んでなかったのかな」

「そう言われると、私も困るんですが」

 確かにこれでは、彼女を責めているような感じ。

 つくづく駄目だな、私も。



 忙しいのか、すぐに駆け足で去っていくエリちゃん。

 小谷君達がいない以上、その負担はかなりの部分が彼女に掛かってくるはず。

 また彼女までいなくなれば、自警局は相当に混乱したはず。

 もしかしてそこまで見越して、小谷君達に荷担しなかったのかも知れない。 

 先輩からの誘いを断り、先を見越して。

 またその事で、誰かに何かを言われる可能性は十分にある。

 親しくしていた人達の仲間に加わらなかった事。

 それこそ上手く立ち回り、自分だけ生き残ったような形になった事。


 だけどそれでも彼女は、ここにいる。

 自分を見失わず、強く自分を律している。

 私はその足元にすら及んでいないだろう。

「つくづく駄目だね、私達は」

「反面教師だ、反面教師」

 適当に呟き、マンガに手を伸ばすケイ。

 ただ彼もそれ程没頭していくようには見えず、単にページをめくっているだけのよう。


 結局誰も得をせず、ただ気まずさが残るだけの結果。

 光明も見えては来ず、私の思い描いていた卒業前の光景とはおおよそかけ離れている。

 とはいえこれも、自分の行動が招いた結果。

 傍観していた事も含めてだ。













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