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昼休み。
みんなで食堂へ行くと、小谷君に出迎えられた。
彼は冷ややかな視線を注ぐサトミへ一礼して、私には笑顔を向けくる。
「よろしいですか」
良くはないが、ここまでされて断るのも悪い。
やはりサトミの視線を浴びつつ、彼に付いていく。
といっても、厨房のカウンターに並ぶだけ。
隣にはタイミング良く。もしくは悪く、サトミ達。
こちらを見てはいないけど、気配は嫌という程放っている。
「伺いたいんですが。元野さんは何をしたら怒りますか」
「怒らせてどうするの」
「例えばの話です。このままだと、単に俺達のわがままで終わってしまう」
なんか、難儀な話になってきたな。
この時点で、相当迷走している気もするが。
しかし、モトちゃんが怒るか。
彼女も、結局は普通の高校生。
勿論怒る時はある。
ただ何がきっかけかは、正直思い浮かばない。
「人として、悪い事をすれば怒るよね」
「……普通、そうですよね」
答えが当たり前すぎたか。
難しいな、これは。
オムレツを食べつつ、過去の怒られた記憶を辿っていく。
思い出せるのは、怒られたというか注意された事。
それは私の生活態度に関する事で、小谷君が聞きたい内容ではないと思う。
「難しいな、これは」
「まさか、怒らないとか」
「菩薩様じゃないんだしさ。怒る時はあるよ、勿論」
時はあるけど、四六時中爆発する訳でも無い。
無いな、本当に。
「ちょっと思い付かないから、別な人を呼ぶ。……こっち、こっちきて」
露骨に嫌そうな顔をするケイ。
空気を読めと言いたそうにも見える。
それは私も分かってるけど、思い付かないんだから仕方ない。
なにより怒られるなら、私よりもまずこの人だろう。
ため息を付きつつ、チャーハンのお皿を持ちながら移動してくるケイ。
小谷君はそれでも丁寧に頭を下げ、改めて彼に質問をした。
「その時点で子供のわがままだと突っ込みたいけど。モトが怒る事、か。……まあ、思い付かなくもない」
「なんですか」
「人としての道に外れる事。これは怒る」
それは怒るだろう。
誰だって怒る。
ただそう言われてみると、確かにモトちゃんが一番嫌いそうな話。
さすが、その辺のツボは心得てるな。
「済みませんが、もう少し具体的にお願いします」
それこそメモでも取りたそうな小谷君。
ケイは鼻で笑い、指を一本ずつ立て始めた。
「信頼を裏切る、他人を顧みないで行動する、自分の利益だけを考える、他人を貶める。そういう事だよ、大体は。で、どうだった?」
「……参考になりました」
沈んだ声で呟く小谷君。
つまりは今の彼が、それに幾つか該当する。
それでもモトちゃんは、取りあえず表面上は怒ってはいない。
小谷君も、色々考えてはしまうだろう。
「大体怒らせておしまいなんて、浅いよ。打倒元野智美だろう」
「けしかけてどうするのよ。それに打倒なんてしないって」
「つまらんな。それなら結局、子供のわがままだ」
まさに、傷口へ塩をすり込むような発言。
とはいえ、小谷君もそう言われても仕方ない事をやっている訳だけど。
少し沈んだ彼に対し、ケイはさらに話を続けてきた。
「どうして元野智美はリーダーなのか。もしくは、元野グループは形成されているか。なんて、考えた事ある?」
「元野さんの人柄でしょう」
「そうだよ。人柄が良いから、人が集まる。つまり、元野智美を信奉する人間が多い。そうでなくても友好的な人間、信頼を置いている人間は多い。それが何を意味するか」
なんか講義風になってきたな。
良いけどさ。
「元野智美に対する攻撃は、その周りにいる人間が許さない。自分が信奉、もしくは信頼する人間に対しての攻撃だからね。これは元野智美本人の意思とは関係無い。周りにいる人間が、勝手に反応する事だ」
私を見ながら話すケイ。
でもって、全くもってその通りだ。
モトちゃんへの攻撃は、私自身への攻撃よりも不快。
これはサトミも同じ意見のはず。
また仲間とは、そういう物だとも思う。
「違う言い方をすれば、元野智美を守るという概念になる。そういう人間が大勢いれば、彼等は同じ認識を共有した仲間。自然、その結束も強くなる」
「それが元野グループの形成理由ですか」
「その一つ、だね。問題は信奉する人間の意思が強固な点と、結束が強い点。さっきも言ったように、周りが過剰反応。元野智美への攻撃は、私への攻撃と同意義かそれ以上。なんて考える生徒もいる」
やはり私を見ながらの発言。
当然その通りなので、私から言う事は無い。
「さらに厄介なのは、その周りにいる人間の質。モトと言えば、ユウとサトミ。これは3人セット。それで、ユウがいればショウが付いてくる。ショウがいれば、木之本君もやってくる。ショウと木之本君がいれば、御剣君が追ってくる」
まるで磁石が連結していくみたいな言い方だな。
ただ私はともかく、それ以外の人は何かに秀でた人達ばかり。
味方ならこれほど頼もしい人達もないが、敵に回ればどうなるかは想像もしたくない。
「生徒会にも支持者は多い。例えば久居さんや矢加部さん。SDCだと黒沢さん。自警局内は言うまでもない。当然ガーディアンも。生徒会は、実質元野智美の影響下にあると言っても良い」
「……続けて下さい」
「昨年度の抗争で停学にはなったけど、退学にはならなかった。それは彼女が、学校から信頼されている証しでもある。学校っていうのは教師一人とか、職員一人じゃない。校長や理事会、職員全体の信頼を得てるって事だよ。そういう存在を相手にしている訳だ、君達は」
それこそ、「がはは」と笑い出しそうなケイ。
しかし今の話は間違ってはいないはず。
本当に、改めてすごいとしか言いようがない。
「で、どうやってモトを怒らせようか。方法はいくらでも思い付く。なんなら、今すぐでも良いよ」
「……止めておきます」
「あ、そう。だったら土下座でもする?」
挑発的に尋ねるケイ。
小谷君はそれには乗らず、トレイを持って去っていった。
「嫌な事言わないでよ」
「子供のわがままに付き合ってられないんだよ。家出した子供じゃないんだから」
「立場としては、似たような物じゃないの」
「さあね」
素っ気なく答え、残りのチャーハンを食べるケイ。
それにしても怒らせる方法か。
私なら、そういう発想自体存在しないけどな。
放課後。
律儀に教室まで出迎えてくる小谷君。
「また来てるじゃない。新しい彼氏?」
くすくす笑う、髪全体にウェーブの掛かったお嬢様風の女の子。
誤解というか、確かに何か言われそうな状況ではあるな。
「自警局の後輩。モトちゃんを倒したいんだって」
「なんのために」
「反抗期じゃないの」
私もその辺はよく分からないし、もしかして本人も分かってないかも知れない。
「打倒雪野優って線は?」
私の耳を揉みながら話す、前髪にウェーブの掛かった優しげな顔立ちの女の子。
そういう事は聞いてないけどな。
「タイプが違うでしょ。正直言って殴り合いになれば、私が絶対勝つよ」
「武器を持ってたら?最近ショットガンみたいなのを、ガーディアンが持ってるじゃない」
「ああ、あれ。目の前ならともかく、少し距離が空けばバッティングセンターと同じだからね。撃ち返すのは簡単だよ」
「つくづく、人智を越えてるわね」
そんな大げさな話なのか。
「でも元野さんは大丈夫なの?変な人が襲ってきたりしない?」
不安げに尋ねてくる、清楚な顔立ちの眼鏡を掛けた子。
さすがにそれは無いだろうし、あったら私が真っ先に阻む。
「大丈夫だとは思うけどね。今回に限らず、普段から警戒してるし」
「それこそ、雪野さんみたいな人が団体で押し寄せてきたらどうするの?」
どうするのって、本人に聞かないでよね。
どうやら私の相手は飽きたらしく、小谷君へと群がる3人。
いや。3人では群がりようもないが、私の印象として。
「雪野さんとどうなりたいの?」
「玲阿君に殺されるわよ」
「殺されるくらいなら、自分が死ぬっ」
何を言ってるんだか。
大体それなら、結局自分が死ぬだけじゃない。
「俺がどうかしたのか」
今頃気付いたとばかりに、のそりと廊下へ現れるショウ。
そして小谷君と目を合わせ、爽やかに挨拶を始めた。
「お前、偉いぞ」
「はい?」
「大勢の人間をまとめて、頑張ってるって聞いたからさ。何より、打倒元野智美が良いと思う。うん。いいな、それ」
勝手に一人で納得し始めた。
案外、鬱積がたまってるのかな。
「だったら、玲阿君も参加してみれば」
「いや。俺はそういう器じゃない。お猪口の裏より小さいんだ、俺は」
何を真顔で言ってるんだ。
騒ぎを聞きつけた訳でも無いが、モトちゃんとサトミも外へと出てくる。
モトちゃんはともかく、サトミは例により冷ややかな態度を崩そうとはしない。
「もう少し、愛想良くしたら」
「どうして」
処置無しだな、この子。
性格だから、今更直しようも無いけれど。
「では、俺はこの辺で」
「あら、もう少しお姉さんと遊んでいきましょうよ」
「それとも、他にいい子でもいるの?」
「今すぐ失せろっ」
もう良いんだってば。
さすがに自警局まで3人は付いてこず、ようやく雰囲気も落ち着いてくる。
ただし後ろにはサトミが控えていて、そのプレッシャーはひしひしと感じるが。
「それで、打倒元野智美は成功しそう?」
「いや。そういう事をする訳では無いんですが」
苦笑気味に否定する小谷君。
確かに、この子は何も言ってなかったな。
「だったら、いつまでこの状態を続ける訳。言い方は悪いけど、落としどころは必要でしょう」
「単純に言うなら、俺達の力を知らしめる事でしょうね」
「どうなったら、知らしめる事になるの」
「それが難しいんですよね。一体、どうした物やら」
なんか、雲を掴むような話になってきたな。
自警局内でサトミ達と別れ、例の会議室へ引きこもる。
昨日のマンガも運び込まれていて、今日は伊勢湾激闘編を読む。
篠島が北米軍に占領され、そこを足がかりに名古屋へ侵略する様子。
対して日本軍は、九鬼水軍が出動。
何時代かよく分からないが、その辺の混沌さが面白い。
「暇なの?」
少し疲れた顔で尋ねてくる神代さん。
また実際、精神的には疲労しているんだろう。
「私はやる事無いからね。少なくとも、この件に関しては」
「あたしだって、好きでやってる訳じゃないよ」
「小谷君も真田さんも、友達でしょ。友達のために力を尽くすのは当たり前じゃない。それで自分が不利益になるとしてもさ」
「その漫画に載ってた台詞?」
怪訝そうに尋ねられた。
まあ、少々恥ずかしい台詞ではあったか。
卓上端末を引き寄せ、リストを確認。
昨日より出席率は悪く、また当初のメンバーからすると2/3くらいになっている。
「弱体化してるね。でも逆に、良く残ってる方か」
「そうかな。去年連合が解体された時、残った人は殆ど脱落しなかったでしょ」
「いや、それは幻想を抱き過ぎじゃないの?」
私も正確な数値を把握はしてないが、参加した後に辞めていった人もいたにはいた。
最後に残った人数が2/3までいかなかったとしても、脱落者はそれなりにいたと思う。
「多分、想像で考え過ぎてるんだって。モトちゃんの事とか、サトミの事とか。それと、自分達を過小評価してるんじゃないの?私からすると、みんな良くやってるよ。もしかして、去年の私達より」
「まさか」
騙されないぞと言いたげな神代さん。
かなり追い込まれてるな、この人も。
彼女を前の席に座らせ、改めて話をする。
「私達が学校と戦ったのを評価してるみたいだけど、あれは冷静に考えると失敗でしょ。学校中を混乱させて、しかも自分達は退学。成果もさほど上がって無くて、今は管理案に近い状態なんだから」
「そうかな」
「そうだよ。あの時の行動が全て無意味だったとは言わないけれど、神代さんが考えるほどすごい事はやってないからね。少なくとも、私は」
ただしこれは、私の意見。
神代さんの考えではない。
去年までは私も、絶対塩田さん達には敵わないと思っていた。
その考えは今でも変わらず、先輩はどこまで行っても先輩。
偉大で、尊敬が出来、どこまでも私達の先を行く。
神代さんもモトちゃん達には、そういう意識を抱いているんだろう。
私に対しては、どうか知らないが。
「自分達に自信を持って行動すれば?この騒ぎも、もう止めてさ」
「止めてどうなるの?」
「モトちゃんに謝れば良いんじゃないかな。私は、それ程迷惑を掛けてるとは思ってないからね」
命令系統の無視はあるが、仕事はしているし職権を乱用している訳でも無い。
自警局としての問題は特になく、人の頭越しに仕事をしているだけ。
それが問題だと言われると、どうしようもないが。
ちらりとドアに視線を向ける神代さん。
彼女には、あそこが自由へ続く道に見えているのかも知れない。
「……いや。私一人で逃げ出しても仕方ない」
逃げ出すという表現自体、かなり追い込まれてるな。
気持ちは分かるけどさ。
「だったら小谷君が諦めるまで待つか、だね。あの子は矢田局長に焚きつけられたって聞いてるけど、具体的には何を言われたの?」
「聞いてる通りだと思うよ。北川さん達が嫌みを言われて、それが小谷に伝わって。その後、小谷が改めて矢田局長に言われたって」
「最後のは知らないな。そこは何?」
「君は来期から自警局の局長らしいけれど、今のままで大丈夫ですかとか。そういう趣旨だったと思う」
大丈夫も何も、問題は一つもない。
ケイが言ったように疑える要素もあるが、矢田局長は小谷君の先輩。
そういう会話が合っても、別に不思議ではない。
「矢田局長は、何か意図があったのかな」
「さあ。私はそこにいたんだけど、普通の激励だったと思うよ。小谷がどう思ったかは知らないけどね」
「ふーん。一度確かめてみよう」
部屋の外に出て、通路に椅子を置いて本を読んでいたサトミに声を掛ける。
というかこの子は、何をしてるんだ。
「総務局に行く。付いて来て」
「急に何」
「矢田局長が、小谷君に何を言ったか知りたい。その真意を」
「面倒見がいいのね」
ぺたりと私の頭に手を置くサトミ。
そんな物かなと思いつつ、頭に手を置いた理由は何なのかとも思う。
「ショウは、それとケイ」
「ショウは、段ボールを積み上げてたわよ。ケイは知らない」
「どうして、いつも段ボールなの」
「前世と関係があるのかしら」
段ボールとの縁って、どんな前世なのよ。
3人を伴い、もしくは私がお供になって総務局へと向かう。
相手が相手。
本来なら会いたくはないが、今回は真意を是非とも確かめたい。
そのためなら、私の感情はこの際脇へ置いておけばいい。
「……殴り込みじゃないだろうな」
慎重に、下の方から尋ねてくるショウ。
私も、さすがにそこまで短慮には走らない。
「小谷君が矢田局長に何か言われて、こうなった気がする。北川さん達の話は、その前振りに過ぎないと思う」
「その真意を確かめるのか。で、確かめてどうする」
難しい事を聞くな。
それは私も考え中というか、相手の返答次第。
あまりふざけた話なら、短慮に走る可能性もある。
やがて総務局へ到着。
受付で名前を告げ、アポを取る。
昔なら、ここで門前払い。
その後は、短慮に走っていた事も思い出す。
「いや。短慮じゃないよ。正しい事なんだって」
「……急に何」
怪訝そうに振り返るサトミ。
どうやら、知らない間に声が出ていたらしい。
「昔は生徒会の受付を、無理矢理通過してたでしょ。でもあれは、ちゃんとした理由があったって言いたかったの」
「そんな事もあったわね。……今、無理矢理通る訳ではありませんので」
怯え気味の受付の女の子へ笑いかけるサトミ。
でもって私には睨むと来た。
「だってさ。昔の事を考えてみてよ。連合ってだけで、いきなり拒否だよ。いきなり拒否」
「二回言わないで。大体、今更何を言ってるの」
「色々と思い出してね。別に昔の方が良かったとは言わないけど。なんだろう、この気持ち。なんだと思う?」
「知りません」
怒られた。
確かに、あまり賢い質問ではなかったな。
結局アポは簡単に取れたらしく、案内をしようと申し出る受付の子。
サトミがそれを断り、すたすたと歩き出す。
露骨にほっとするな、この子達も。
「評判悪いのかな、私達」
「達?」
声を裏返さないでよね。
「達でしょ、やっぱり。それとも、自分は絶対的に評価されてると思う?特に生徒会で」
「それは、その。考え方が相容れない人もいるじゃない」
「本当、最低だな」
笑い気味に呟くケイ。
最低という表現はともかく、結局の所私達が浮いているのは確か。
周囲の視線は冷ややかであったり、怯え気味であったり。
好意的な人もいるが、それ程歓迎されているようにも思えない。
「やっぱり、実績が物を言うんだよ。モトが信頼されているように、俺達も違う意味で信頼されてる。ああ、また暴れに来たなって」
「暴れないわよ、私は」
「世間の印象って話だよ。モトが今更マンガを読んでも、遊んでいるとは思わない。でもってユウが今更大人しくしても、誰も信用をしない」
つくづく失礼だな。
思わず、なるほどと言いそうにはなったが。
局長執務室前に到着し、監視カメラを睨み付ける。
カメラは悪く無いが、これと理解し合う事は一生無いと思う。
理解し合う人も、あまりいないと思うが。
「開いたよ」
おそらく内部からの操作で開くドア。
私はそれ程積極的に入りたくはないので、ショウを前に押し立てる。
「小谷のために来たんだろ」
「それは、それ。これはこれ。話は、ショウがして」
「仕方ないな。……昔は、良くこういうところに閉じこめられたな」
二つめのドアに手を触れ、感慨深げに呟くショウ。
本当私達の思い出は、ろくな物が無いな。
さすがに閉じこめられる事は無く、二つめのドアはすぐに空いた。
執務室には矢田局長だけでなく、久居内局局長。
そして新妻予算局局長。
後はその部下らしい人が数名いて、なにやら話し合っている。
かなり迷惑だな、私達も。
「忙しかったのか」
「いえ。ちょっとした打ち合わせです」
「何、殴り込み?」
気だるそうに尋ねてくる新妻さん。
それに対してサトミは薄く微笑み、彼女を牽制した。
「そう言えば、ガーディアンの削減はどうなったの」
「私達が卒業すれば、1/3は削減出来るわよ」
「それ以外のガーディアンを私は尋ねてるの。大体自警局がどれだけの予算を使ってるか分かってる?ガーディアンは確かに必須の存在だけれど、無尽蔵にお金は沸いてこないのよ」
「だったら、独自財源を作っても良いのかしら」
「……それは絶対に止めて下さい」
相当に困った声で制止する矢田局長。
財源が独自になれば、生徒会からの独立にもつながる。
つまり生徒会のコントロールを離れる訳で、それはガーディアンが学内の混乱要因にもなりかねない。
「そういう事。今後も、自警局への支援をよろしくね」
「……覚えてなさいよ」
すごい目付きでサトミを睨む新妻さん。
この二人、打ち合わせでもしてるのか。
話が途切れたところで、一歩前に出るショウ。
矢田局長も、彼に視線を向けて姿勢を正す。
「どういったご用件でしょうか」
「小谷の事だ。お前に何か言われて暴走したとも聞いてる」
「……特に、けしかけるような事は言ってないつもりですが」
表情は硬いが、嘘を言っているようにも見えない。
あくまでも、私の印象としては。
「具体的には、何を言った」
「来期からは小谷君が局長なのですから、頑張って下さい。という事を。特に深い意味はありません」
「あいつはどう答えた?」
「頑張りますとだけ。彼がそれをどう受け止めたかまでは分かりかねます」
困惑気味の返事。
もしその言葉通りの会話だとしたら、そう答える以外に無いだろう。
少し下がって聞いていたサトミも、私と似たような反応。
結局は小谷君一人の暴走で終わってしまう。
「小谷君って、来期の局長?」
笑い気味に尋ねてくる久居さん。
ショウがそれに頷いたのを確かめ、彼女は「なるほど」と呟いた。
「この前、挨拶に来てたわよ。真面目そうで、ただそれ程堅物でもない感じで。印象としては良い雰囲気だったけれど」
「今はちょっと、空回りしてる」
「自警局は3年生がすごすぎるものね。後輩としては、少し無理をしたくなるんじゃなくて」
私達へ注がれる視線。
こうなると私達の存在自体が問題になってしまう。
「みんなの頭越しに行動するのはともかく、その気概は立派よね。元野さんも、彼の行動は黙認してるんでしょ」
「ああ」
「だったら問題ないじゃない」
簡単に結論づけられた。
人ごとだからと言うのもあるし、多少やり過ぎている事以外は実際問題は無い。
私も外部の人間なら、こう答えるかも知れない。
ただここには内部の人間もいて、それを気にするタイプの人もいる。
「頭越しに行動するのは事自体、大問題なのよ。秩序を維持するのも、生徒会としての仕事でしょ」
「そうなんだけれど。私が彼の立場でも、とても行動は起こせないから」
「気概さえ持っていれば、行動はしなくて構わないでしょ」
「うーん。新妻さんはどう思う?」
話を振る久居さん。
新妻さんは小首を傾げ、上目遣いでサトミを見つめた。
「行動に難があるのは認めるけれど、やる気を見せるのは良い事でしょ。悪い事をしてる訳でも無いんだから」
「秩序を乱してる点はどう考えてるの」
「私も詳しくはないけれど、昔のあなた達は今回どころの話ではなかったんでしょ。その時、秩序はどうだったの」
「私達が秩序を維持し、回復してきたのよ」
言い切ったな、この人。
でもって、絶対違うだろうな。
分かったのは、みんな小谷君に同情的で理解を示している事。
それと、矢田局長に悪意が無い点。
こうなると、落としどころがさらに難しくなってくる。
「話は分かった。どうやら、俺達が解決する問題みたいだ。どうも、ありがとう」
一人納得し、結論づけ、頭を下げるショウ。
これには新妻さんも久居さんも顔を赤くして、何となく熱っぽい視線を彼へと向ける。
良いんだけど、ちょっと嫌だな。
それと、舌を鳴らしてるのは誰よ。
「浦田君は、何か意見はないの?」
笑い気味に話を振る久居さん。
ケイは肩をすくめ、ソファーに座っている彼女達に視線を向けた。
「生徒会として問題視しないのなら、放っておいても良いと思いますよ。サトミの言う秩序は多少乱れるにしろ、悪意でやってる訳でも無い。良い予行演習と考えれば、むしろ小谷君を褒めたいですね」
「元野さんに対する反乱とは考えないの?」
「そういう態度を見せたら、その時考えます。俺以外の人間もね」
何気なく答えるケイ。
俺以外とは、つまりはここにいる人間。
私とサトミとショウの事。
私達が彼の行動を黙認しているのは、自警局にとって不利益になっていないから。
そして、モトちゃんに対する悪意がないから。
仮にそれが垣間見えるようであれば、ケイが言う通り私達も行動を移す。
それは秩序の回復以前の問題。
私達が秩序を乱す側になろうと、彼を止める。
「彼はそういうプレッシャーとも戦ってる訳ね。ちょっと同情するわ」
「俺達はいつでも後輩に優しいですよ。ここにいるみんなと同じで」
「どうかしら。私達を追い越すのは簡単だけど、あなた達を追い越すのって多分無理でしょ」
私に関してはすでに追い越されているだろうが、サトミやモトちゃんを追い越すのは相当に困難。
一生敵わないなんて思ってる人も多いと思う。
小谷君は、そんな人の後に局長へ就任。
当然比較もされれば、彼女以上の成果を示さないと評価もされにくい。
かといって仕事を投げ出せば、彼女にも申し訳が立たない。
改めて考えると、小谷君へのプレッシャーは相当だな。
「小谷君って、大変なんだね」
「今更何よ。大体あなた達、そういった部分をフォローしてきたの?」
詰問に近い調子で尋ねてくる新妻さん。
それには私達全員が視線を逸らす。
後輩の面倒を見てきた記憶は殆ど無く、そういた事はモトちゃんや木之本君達任せ。
特に小谷君は何でも無難にこなしていたので、意識すらしていなかった。
「何もしてないって顔ね。そういうのを、自業自得って言うのよ」
「そこまでひどくはないと思うけど」
「この件に関しては、その小谷君は悪く無い。日頃からあなた達がフォローして、彼の不満も読み取って、良い方向へ導いてれば良かったのよ。先輩としての自覚を持ちなさい。自覚を」
説教調で攻めてくる新妻さん。
もしくは、サトミをやり込めるのが楽しくて仕方ないのかも知れない。
どちらにしろ言っている事はもっともで、こちらは頭を低くしてそれを聞くしかないんだけど。
文句の一つでも言おうと思ったんだけど、逆にたしなめられた。
本当、何をやってるのかって話だな。
執務室を出てとぼとぼ歩いていると、矢田局長が私達を呼び止めた。
「小谷君は、そんなに困った事をしてますか」
「そうでもないぞ。俺は問題ないと思ってるし、モトもそのつもりだろ。……まあ、多少目に余る部分もあるが」
サトミの視線を気にしつつ、言葉を追加するショウ。
矢田局長は口元を押さえ、彼を見上げた。
「どうしてもと言うのなら、僕から注意しますが」
「それには及ばないわ」
素早く遮るサトミ。
ふと垣間見える、先輩としての表情。
人は誰しも変わっていくけれど、彼女がこんな態度を示す日が来るとは思わなかった。
昔は自分の事だけが大切みたいな態度が強く、その後もせいぜい私達を気にするくらい。
それが今は後輩の事で気に病み、感情を露わにするくらい。
本人は否定するだろうが、彼女もこの6年間で大きく成長したんだろう。
「……では、彼の事はお任せします」
「ええ。それとこの件は自警局内の問題だから、生徒会としては不問にしておいて」
「分かりました。ただ自警局内で収められないような状況になれば、こちらとしても対応はします」
「その時は好きにして構わない。彼は、あなたの後輩でもあるんだから」
柔らかく微笑むサトミ。
矢田局長もそれに微笑み返し、一礼して執務室へと戻っていった。
「……何よ」
「いや、別に。なんにしろ、小谷君も良い先輩に恵まれと思っただけ」
くすりと笑い、サトミの肩に軽く触れる。
この人も、なんだかんだと言ってやっぱり良い先輩だ。
自警局へ戻り、受付の女の子に話を聞く。
状況は今のところ変化無し。
小谷君達は、相変わらず部屋にこもっているとの事。
「まあ、仕方ないか。モトちゃんは?」
「掃除をしてらっしゃいました」
「あの子も結構落ち着かないな」
なんて言っていると、真横をモップが通過。
モトちゃんが、黙々と床を磨いていた。
何もしないのは良くないと思うけど、こういう真似も止めて欲しい。
「ショウ、代わってよ。モトちゃん、もっと他の事して」
「掃除も大切でしょ」
「局長がやる仕事ではないと思うよ」
「ユウに言われた」
何も、そこまで意外そうな顔をしなくても良いじゃない。
モップはショウに代わってもらい、私は雑巾。
サトミにも一つ渡す。
「取りあえず、受付からやっていこう」
「私が掃除をする理由はあるの?」
「先輩としての範を示すって、いつも言ってるじゃない」
まずは受付のカウンターを拭き、受付の子に睨まれる。
「掃除掃除。すぐ終わる」
「いつもしてますから」
「あ、そう」
いきなりつまずいた。
先輩としての範どころじゃないな。
「カウンターの裏は?」
「毎日磨いてます。それよりいらないパンフレットや広報誌がたまってるので、そちらの処分をお願いします」
なんだろうな、先輩って。
それでもいらない書類を段ボールに詰め、台車へ載せる。
ますます、何をやってるのか分からなくなってきたが。
「あなた、それをどうするつもり?」
「捨てるか、再利用するかだね。小さく切って、メモ用紙にする?」
「そこまで自警局の財政は逼迫してないわよ。全部捨てて」
再利用はあっさり却下。
せっかくだから、他のゴミも探すとするか。
「卒業前だし、いらない物は全部捨てていこう。他に何か、ゴミはある?」
「捨てて下さるなら、すぐに集めますが」
「お願い。御剣君を使っても良いから」
「分かりました」
すぐに連絡を取る受付の女の子。
何か言いたそうなサトミは気にせず、台車の上に座る。
「寮の荷物も、持って帰らないとね」
「まだ早いでしょ」
「いや。やり始めると、ついつい突っ走る……。小谷君も、もしかしてこういう心境だったのかな」
「執務室の、私物の話?無くも無いでしょうね」
消極的に認めるサトミ。
こういういくつかの出来事が積み重なり、その結果が今の行動。
特別なきっかけがあった訳では無いのかも知れない。
それが分かった所で、なんの解決にもならないが。
「悪意はないと思うよ、やっぱり」
「悪意がないからといって、結果が悪ければ同じでしょう」
「そうだけどさ。私達も反省する点はあるんじゃないの」
「反省?誰が?どうして?具体的な理由を挙げてみて」
矢継ぎ早に責め立ててくるサトミ。
そう言われると私も困るが、何も問題がないとは言えないと思う。
卒業間近に悟る事でも無いけれど。
やがてゴミの山が受付前に出来上がり、受付の女の子に白い目で睨まれる。
「大丈夫。片付けるから」
「思いつきで行動してません?」
「結果が良ければ良いんだって」
さっきのサトミと言っている事は反対だが、意味としては同じになってしまった。
やはり結果だけでなく、経緯も大切だ。
本当、今更ながら悟ってしまった。
「これ、運ぶのか」
モップを担ぎながら戻ってくるショウ。
そんな彼に頷き、モップはサトミに渡して後を頼む。
「これ捨ててくるから、後をお願い。それと小谷君の件は、よく考えておいてよ」
「何を考えるの」
「どうしてこうなったのか。本当に私達に問題は無いか。これからどうするか」
「へぇ」
よく分からないけど、感心された。
私が多少なりとも論理だった事を言ったのが意外だったようだ。
「とにかく、後をお願い。ショウ、それ運んで」
「小谷が、また何かやったのか?」
「全然。これは私がやった事。思いつきで行動しても良くないと分かった」
「反省するのは良い事だ」
しみじみ呟かれた。
この人は今までそういう目線で、私を見てたのかな。
台車を押し、ゴミの集積センターまでやってくる。
押してるのはショウだけど、気分的にね。
「まだ寒いね」
「一番寒い時期だろ。でも、後は温かくなるだけだ」
楽観的な事を言いながら、分別したゴミを指定の場所へ運び出すショウ。
私も軽めの紙袋を手に取り、焼却炉の前へと持って行く。
「……何してるの?」
「え」
紙袋を頭の上まで持ち上げ、焼却炉へ放り込んでいる七尾君。
捨ててるのはゴミみたいだけど、行動自体はあまり尋常とは思えない。
「風間さんじゃないけど、俺も紙袋は好きじゃなくてね」
「始末書とか?」
「俺も、そこまで悪い事はしないよ。大体、紙袋が一杯になるほどは書いてない」
軽く笑われた。
私も笑い、少しため息。
私達の場合は紙袋一杯どころか、そこからはみ出すだろう。
ゴミを全て捨て終え、台車を押しながら教棟へと戻る。
七尾君は至って普段通り。
軽い調子ではあるが、それが非常に安定している。
「小谷君の件、どう思う?」
「やる気があって良いんじゃないの。ちょっと俺には真似出来ないけど」
少々意外な答え。
彼ならああいう事を好むというか、積極的にやるくらいに思っていた。
「一応俺も、北地区出身でね。先輩は絶対、後輩は服従。その表現は大げさにしろ、規則からの逸脱は好ましくない。良い悪いじゃなくて、精神的に受け付けづらい。3年間、そうして生きてきたから」
「七尾君なら、小谷君はとっくに止めてる?」
「素振りを見せた時点で注意はしてるよ。まあ、こうだね」
自分の首へ主刀を添える仕草。
それが何を意味するかはよく分からないが、言いたい事は伝わった。
そうなると、止めない私達が問題。
この状況を招き、放置していた責任がより大きくなる。
七尾君の考えを借りるならば。
「私達が甘いのかな」
「厳しければ良いとも思わないけどね。焚きつけたのは、北川さんや丹下さんだし」
「そうだけど。先輩と後輩の関係はどうなの?」
「人それぞれじゃないの。俺達はそれを絶対的な物と考え過ぎるからね。だからどうしても厳しくなるし、後輩の行動に口を挟みたくなる。それが必ず良いとは限らない」
教棟に入り、大きく息を付く七尾君。
普段こういう話は彼としないだけに、色々と参考になる。
これもまた、今更か。
「良いんじゃないの。俺の背中を見ろ、みたいな育て方も」
「俺の事か」
「玲阿君にしろ、雪野さんにしろ、行動で示してきたんだろ」
「そうだったか?」
私に視線を向けてくるショウ。
そう言われると返事に困るというか、多分そこまで考えてはいない。
小谷君は、それも含めて行動で示してきたと言いたいのだろうか。
「何が良くて間違ってるかは、この件に関しては正答はないと思うよ。最悪、小谷君を殴り飛ばして終わらせればいい」
軽く笑い、手を振って去っていく七尾君。
最悪な終わり方ではあるだろうが、場合によってはそうするべき。
それこそ先輩としては。
無論、そうならない終わり方を見つけるつもりではいるが。
自警局へ戻り、台車をしまってソファーに座る。
まずはお茶。
しかしペットボトルが無く、お湯を沸かすところから始めなければならない。
大げさな言い方をすれば、手間が掛かる。
手間の積み重ねで成り立っているとでも言おうか。
買えば美味しいお茶は手に入るが、自分で作る事も出来る。
後輩がお茶とは言わないまでも、ちょっと考えさせられた。
「難しいね、先輩というのも」
「威厳は無いだろうな、少なくとも」
鼻で笑い、貯金箱に小銭を入れるショウ。
確かに私達はそういうタイプでは無く、上下よりも横の関係で成り立ってきた。
ただそれも誇りというか、自慢の一つ。
そこまで否定をするつもりはない。
「それと、みんな色々考えてるんだね」
「ユウも考えてるんだろ」
「私は丸く収めようとばかり考え過ぎてる。七尾君みたいに、多少厳しくした方が良いのかな」
「慣れない事はしない方が良いぞ」
笑い気味に指摘された。
確かにそれは、失敗する最たる原因か。
空のマグカップを睨んでいると、書類を抱えたサトミが怪訝そうにこちらを見てきた。
「何してるの、あなた」
「いや。色々難しいなと思って」
「また悩み始めてないでしょうね」
ちょっと不安そうな表情。
私がこのモードに入るのは良くない兆候と思っているようだ。
「大丈夫。それ程深刻には思い悩んでない」
「だったらいいけれど。それと小谷君が、モトと話し合いをしたいって」
「謝るのかな」
「決闘を申し込むのかも知れないわよ」
適当に言って、書類の束を机に置くサトミ。
卒業式の資料か、これは。
「まだ早くない?」
「遅いよりは良いでしょ」
「大体、卒業は出来るんだよね」
「怖い事言わないで」
肩を押さえ、表情を強ばらせるサトミ。
単に成績だけならサトミは何も問題は無い。
私もそこまでひどくはない。
とはいえ私も彼女も、一度退学になった身。
この辺に関しては、どうしても敏感になってしまう。
「今考えると、退学になったのは相当失敗だったよね」
「過去を振り返っても仕方ないでしょ。そうじゃない?」
「ん、俺か。まあ、退学は退学で良い経験と思えばいい」
満面の笑みで、さらりと言ってのけるショウ。
それにはこちらも、つい微笑み返してしまう。
「……たまにすごいわね、ユウ並みに」
褒めてるのか、それ。
笑っていないところを見ると、どちらとも取れないが。




