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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第49話
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 例のソファーがある場所へと移動し、棚の上にある貯金箱を確認。

 少しだか、位置がずれてる気もする。

「誰か触った?」

 首を振るサトミとショウ。

 ケイは知らんとばかりに距離を置く。

「……減ってはないか」

 持ち上げてみると、重さは多分変化無し。

 細工された様子もなく、ただ誰かが触ったのは間違いない。

「これを持って行こうとしたのかな」

 だとすれば問題。


 それは理屈ではなく、まさにケイの言う感情の問題。

 私物を置くなと言われても、これは意味合いが根本的に違う。

 現金という事では無く、この貯金箱の持つ意味。

 お金を入れてくれた人の気持ちが。

「減ってないなら良いだろ」

 ぺたりと私の頭に手を置くショウ。

 それもそうかと思い、元の位置に貯金箱を戻す。

 逆に減っていたら、どうなるかという話だが。


 ソファーに座り、まずは一息。

 目を閉じて、気持ちを楽にする。

「寝るのか」

 ショウの突っ込みを気にせず深呼吸。

 少し荒れていた気持ちが落ち着いていく。

「タオルケットがいるのか」

 ……全然落ち着けないな。

 厚意は嬉しいけどさ。


 結局タオルケットは持って来てもらい、膝の上に掛ける。

 暖房は効いているが、あって困る物でも無い。

 それに意識自体は、比較的冷静。

 周りを観察するくらいの余裕はある。

 サトミは角を生やしっぱなしで、ケイは尻尾が生えたような状態。

 沙紀ちゃんは落ち着きがなく、ショウも少し不安げ。

 自分が冷静だからこそ分かる、周囲の態度。

 一歩引いた場所から見るというのは、多分こういう事なんだろう。


 いつもは私が感情的になりすぎ、周りが見えていなかった。

 ただ今回は周りの方が熱くなっているので、私は少し出遅れた心境。

 また感情的になる時期を、私はもう過ぎたのかも知れない。

 大人。

 その表現があってるかどうかはともかく、何らかの成長は遂げたのだろう。


 そう自分の中で納得させ、ソファーへ横になる。

 タオルケットもあるし、後は寝るだけ。

 小谷君の張り切り方かららして、私に仕事が回ってくる事も無いと思う。

「寝てる場合ではないわよ」

 上から押しつぶすように声を掛けてくるサトミ。

 そうかも知れないが、起きていてやる事も無いと思う。

「あなた、このままで済ます気?」

「実害は無いんだし、私は困ってないからね。それに2年生が経験を積むのは、良い事じゃないの」

「独断で行動しても良いと言うの?」

「それは問題だろうけど、間違った事はしてない訳だし」

 小谷君達が今でも活動出来るのは、おそらくそのため。

 勝手な判断はともかく、その行動自体は間違ってはいない。

 そうなると咎めるのも難しく、むしろ文句を付ける方が気後れしてしまう。

 後輩がせっかくやる気になっているのに、邪魔をするなんてと。



 ただそういう考えは、サトミには通用しない様子。 

 また通用していれば、ここまで難儀な性格にもなってないだろう。

「このまま見過ごす気?」

「問題が起きない限りはね。後2ヶ月すれば、この状態が当たり前になるんだから」

「2ヶ月経てば、でしょ。それで、いつ2ヶ月経ったの?」

「経ってないかもね。でもこうしている間に過ぎて行く気もする」

 小谷君達からすれば、そういうつもりもあるんだろう。

 なし崩しとでも言おうか。

 問題が多少あっても続けていけば、やがてそれが普通に思えてくる。

 昨年度の連合解体に伴う、私達の活動みたいに。

 あれは規則違反どころの話ではなく、そう考えると小谷君達のやっている事は可愛い物だ。



 私のやる気の無さを感じ取ったのか、視線を一層鋭くするサトミ。

 ただ私としては、現状がそれ程問題とは思わないのは確か。

 小谷君達の行動は、規則を逸脱はしていないし誰かに迷惑を掛けてもいない。

 考えようによっては、むしろ好ましい部類。

 後輩がそうして頑張るのなら、先輩たる私達はそれを見守るべきではないだろうか。

「とにかくこれは」

 サトミが何かを言いかけた所で、神代さんが衝立の向こうから顔を覗かせた。

「……お忙しいですか、今」

「暇よ。仕事が何も無いんだもの」

 ちくりと刺すサトミ。

 神代さんは小さく身を震わせ、それでも衝立を回り込み私達の所へとやってきた。

「済みませんが、これをお願いします」

 テーブルに置かれる書類の束。 

 随分古い資料に見える。

「備品使用状況書です。廃棄するんですけど、他の書類が混じってないか確認して下さい」

「私達にふさわしい仕事ね」

 じわじわと追い詰めるサトミ。

 神代さんは、ぎこちなく笑い後ずさった。

「残りもすぐ持って来ますので」

「ええ。すぐ、お願い」

 いたたまれないとは、多分こういう事を言うんだろう。

 というか神代さんも、こうなると分かってて良く持って来たな。



 彼女を不憫に思ったのか、代わりに書類を取りに行くショウ。

 私達は与えられ仕事。

 備品使用状況書の山から、違う書類を探す作業に移る。

「良いじゃない。簡単な仕事で」

「この程度の仕事しか出来ないと言われてるのよ」

 書類の束を持って、その端を持って滑らせるサトミ。

 書類は一気にめくれていき、その束がテーブルの脇に寄せられる。

 アニメを見るような要領だが、彼女には関係無い物が混ざってないか確認出来ているようだ。

「動体視力みたいなもの?」

「認知と情報処理の系統よ。違う物なら気付くわ」

 次の束を確認していたサトミはすぐに手を止め、今度は一枚ずつ書類をめくりだした。

 彼女が引き抜いたのは、備品の広告用紙。

 違う書類は確かに発見出来た。

 発見出来なくても、あまり困らないと思うが。

「生産性に乏しいわね」

「暇が潰れて結構な事だ」 

 そういう割には書類へ手を伸ばそうともせず、雑誌を読み耽るケイ。


 ただ、やる気を生み出しにくい作業なのは確か。

 もっと言ってしまえば、嫌がらせと取れなくも無い。

「困ったわね、ちょっと」

 一枚一枚慎重に確認しながら書類をめくる沙紀ちゃん。

 生真面目な部分は、こういうところにも現れるな。

「小谷君って、元々ああだった?」

「そうでもないと思う。ただ意識は高かったから、こういう事になっても不思議ではないのかな」

 一度見た書類を、もう一度見直す沙紀ちゃん。

 私の中にはおおよそ無い行動。

 つくづくこういうところに性格が出るな。



 ショウが運んできた残りの分はサトミが大半を片付け、すぐに作業終了。

 不要な書類は、数枚混じっているだけ。

 また見つけなくても、誰も困らないような物ばかり。

 言いたくは無いが、かなり虚しい時間を過ごしたとも言える。

「そろそろ帰るか」

 雑誌を机の上へ置き、席を立つケイ。

 やる事が無いのは確か。

 とはいえ帰るというのも大人げない気はする。

「雑用がしたいのなら、俺は止めないけど」

「帰って何かするの?というか、帰る事に意味はあるの?」

「ここにいても寮にいても大して変わらん。それに、帰ろうとすれば向こうが反応をする」

 狙いはむしろそこか。




 帰りたい訳ではないが、反応は確かめてみたい。

 という訳でケイの後に付いて、受付へと向かう。

 彼の推測通りと言うべきか。

 行く手を遮る数名のガーディアン。

 腰の警棒に手を掛けてはいないが、道をふさがれたのは間違いない。

「まだ、終業時間前ですが」

「だから?」

 素っ気なく返すケイ。

 ガーディアンは、彼が背負っているリュックに視線を向けた。

「帰るおつもりですか」

「用がないんだ。仕事を全部取られた」

「仕事は他にもあると思いますが」

「言い方を変えようが。俺に任せられている仕事を、他の人間が勝手に行っている。だから俺は、自分の仕事が無い」

 非常に分かりやすく告げるケイ。

 ガーディアン達は気まずそうに顔を見合わせるが、しかし道を空けようとはしない。


「まだ終わってませんので」

「困ったな、これは。だったら、俺は何をしたらいい」

「色々とあると思います」

「分かったよ。俺は自警課課長補佐で、ガーディアンの運用を任されている。それに付随して、ガーディアンの規律を糺すのも仕事の一つ。さて、この中にガーディアンはいるかな」

 道をふさいでいるのは、全員ガーディアン。

 腰の警棒を見れば、それは明らか。

 つまりケイの管轄下にある。

「俺に意見したいなら、正式な書類を持ってきてくれ。それと全員、IDを提出。今から仕事を与える」

「え」

「北門と正門と西門を見回って、30分後に報告。それが済んだら、もう一度。拒否するなら、それは自警局への反抗と見なす」

 淡々とした口調で告げるケイ。 

 ガーディアン達は顔色を変え、一歩前へと踏み出した。

「文句があるなら今聞く」

「横暴じゃないですか、そんな」

「随分な口を聞くな。上下関係を持ち出したくはないが、組織を維持するためにはそれも必要だ。従うか、この場を去るか。選べ」


 徐々にきつくなる口調。

 ガーディアン達の雰囲気も悪くなり、腰の警棒に手を掛ける者も現れる。

「大して強くもない癖にいきがって。なんて思われてるかな、俺は」

 そう言って一人笑い、突然彼等に背を向けるケイ。

 何をするかと思ったら椅子を一つ担いできて、いきなりそれを投げつけた。


 悲鳴が上がる間もなく距離を詰め、ローから肘。

 一番近くにいたガーディアンは、声すら上げず床に倒れた。

「それで、何か言いたい奴は」

 返事は返らず、受付前は耳が痛くなる程に静まり返る。

 ケイは反応が一切ないのを確かめ、改めて椅子を担ぎ上げた。

「門を見回りたい奴は、今すぐ走れ」

「は、はいっ」

 金切り声を上げて走り去るガーディアン達。

 久し振りに見たな、こういうのも。

 止めない時点で、私も同罪だが。



 空気としては最悪。

 受付を通る必要がある生徒達は、私達を大きく避けて移動。

 目を合わすどころか、こちらを見ようともしない。

「何がしたかったの」

「規律を糺しただけだよ」

 平然と答えるケイ。

 しかしどう考えても規律を乱したのは彼の方。

 少なくとも今の行為は、良い影響を生み出さないだろう。

「向こうがその気なら、こっちもそれ相応の態度を示すって事さ」

「今みたいな?」

「何事も甘くは無いんだよ。むしろ、このくらいで日和られたら困る」

 無茶な行動に走った割には、非常に冷静な態度。

 感情に任せて椅子を投げたのではなく、彼なりに考えての行動らしい。

 椅子を投げる時点で、どうかとも思うが。


 つまり小谷君達はそういう人間を相手にする訳で、かなり大変。

 無論彼も、そこは分かっているはずだとしても。

 ただ一歩引いて見ていると、その行動はやはり最悪。

 無軌道で破滅的としか言いようがない。

 また今まで自分がその先頭に立ってきたかと思うと、ぞっとする。

「どうかしたのか」

「いや、全然。私達は無茶苦茶だなと思っただけ」

「そうでもないぞ」

 私の肩に触れて、にこりと笑うショウ。

 椅子を人に投げつけ、そうでもない。か。

 やはり色々と、問題がありそうだ。




 話を聞きつけたのか。

 それとも事前に来る事が決まっていたのか。

 小谷君がこちらへ向かって歩いてきた。

 その後ろには真田さんと緒方さん。

 他にも1、2年生がちらほらと見える。

「何があったんですか」 

 張り詰めた空気の中、落ち着いた口調で尋ねてくる小谷君。

 ケイは床を指さし、鼻で笑った。

「道をふさがれたから、どいてもらった」

「椅子が飛んだと聞いてます」

「ロケットが火星まで飛ぶんだ。椅子が飛んでも、大して不思議じゃない」

 相当に馬鹿にした答え。

 小谷君は薄く微笑み、それに応えた。

「何分、穏便にお願いします」

「俺はいつでも穏やかだよ」

「穏やかに椅子を投げるんですか」

「はは」

 今度は爽やかに笑ってみせるケイ。

 空気は張り詰める一方。

 私ならここで逃げ出すか、さすがに謝る。


 しかし小谷君は、淡々とした態度を崩さない。

 彼の意図ややり方はともかく、この姿勢は立派だと思う。

「とにかく、あまり無茶な事はしないようお願いします」

「以後気を付けるよ」

「それと今日はお帰りですか」

「仕事が無いんでね。ここに残っていても仕方ない」

 先程と似たような台詞。

 受付前に再び走る緊張。

 ただ小谷君は道をふさぐ真似はせず、薄く微笑むだけである。

「終業時間は、まだ来ていませんが」

「やる事が無いんだよ。与えられた仕事も終わった」

「困りましたね」

「本当、俺もつくづく困ってる」

 あくまでも静かに交わされる会話。

 この場で聞いていると、刃物を相手に向かって投げ合っているような気もするが。




 間が良いのか、それとも悪いのか。

 珍しく、矢田局長が自警局を訪ねてきた。

 そこにこの空気。

 彼が途中で足を止めるのも仕方ない。

「……何か、問題でも」

「何も。俺達は帰るから、後はよろしく」

「まだ終業時間では無いと思いますが」

「やる事が無いんだよ。勿論他の仕事をやっても良いけど、怒られると困る」

 冗談っぽく告げ、矢田局長の隣を抜けるケイ。

 彼は何かを矢田局長にささやき、振り返りもせずに自警局を出て行った。

 また椅子こそ投げないが、やる事が無いのは私達も同様。

 結局彼の後を追う事になる。

 苦い顔をしている矢田局長の隣を通って。


 廊下の途中で待っていたケイに追いつき、何を話したか尋ねてみる。

「小谷君を注意してくれと言っただけだよ」

「お前が言うな」

 静かに突っ込むショウ。

 それは私も同感だ。

「帰ってどうするの?まだ時間は早いけど」

 腕時計を指さして困った顔をする沙紀ちゃん。

 授業自体は終わっているので、時間としてはそこそこ。

 帰って困る事は無い。

「高校生らしく、遊んで帰ろうか」 

 深刻さの欠片もない事を言い出すケイ。

 とはいえ、このまま家に帰りたい心境でないのも確かだが。




 駅前のゲームセンターに立ち寄る私達。

 最新機種はちょっとついて行けないので、馴染みがあるゲーム。

 もしくは、操作法が分かっているゲームを探す。

「無いね、あまり」

 ゲーム自体はどれだけでもあるが、古いゲームは本当に数えるほど。

 とはいえ、それは当然の流れ。

 いつまでも、昔のゲームが幅を利かせている訳が無い。

「時は流れてるんだね」

「……何の話だ」

 さすがにぎょっとして私を振り返るショウ。

 確かに、ゲームセンターで悟る事でも無かったか。


 結局ゲームをやっているのはケイだけ。

 プレイしているのは、カードを使った対戦ゲーム。

 これは器用さが関係無く、どちらかと言えば知略が重要。

 意外と彼も勝ち進んでいる。

「それって、負けるとカードが没収されるの?」

「そんな怖いルール、誰もやらないだろ」

 笑いながらカードで前衛を組み立てていくケイ。 

 確かにそれではリスクを負い過ぎか。

「でもさ、多少はリスクがないと面白く無いでしょ」

「筐体を介さないか、同じゲームセンター内でならそういう事もある。お互いが同意してるなら」

「その方が真剣にならない?」

「真剣にはなるけど、後味は悪い」

 なるほどね。

 色々参考になるな、これは。



 5人目でケイが負け、ゲームは終了。

 それでもそこそこの成果はあったらしく、珍しく人の良い笑顔で戻って来た。

「レベルでも上がったの?」

「それに近い。とはいえこのカードゲームも、その内無くなる。入れ代わりが激しいんだ、この辺は」

「それでもやるの?」

「あり続ける限りは、やり続ける。俺はやり抜くよ、最後まで」

 妙に言い切ったな。

 一瞬良い事を言ったとも思ったけど、結局はゲームをするかしないか。

 あまり意味のある話でも無かった気がする。




 結局ケイが楽しんだだけで、ゲームセンターを後にする。

 それでもまだ終業時間前。

 まだ家には帰らず、ハンバーガー屋さんへとやってくる。

 ここからはショウが楽しむ時間。

 私は控えめに、フィッシュバーガーとポテトのセットをオーダーする。

「それ、何」

 ショウが運んできたセットメニューに視線を向ける沙紀ちゃん。

 右手がダブルバーガーのセット。

 左手が、メンチカツバーガーのセット。

 しかもどちらもラージサイズ。

 でもってどちらも自分の前に置き、交互に食べ始めると来た。

「それで大丈夫なの?」

「ああ、結構控えてる」

「へぇ」

 さすがに平坦な声で返事を返す沙紀ちゃん。

 間違いなく、彼女の予想を超えた返事だったな。


 とはいえ体型が体型。

 また一日の運動量が普通ではないため、基礎代謝だけで成人男性の倍くらいはあるはず。

 私達からすれば食べ過ぎでも、彼からすれば適性に近いのだろう。

 栄養については、かなり疑問が残るけれど。

「今日は、ぱっとしない一日だったね」

「ぱでもぷでも、どうでも良いよ。明日は、何をやっていじめようかな」

 悪い顔で笑い出すケイ。

 悪意を持ってやってないのは何となく分かるが、端から見れば悪意しか感じない行為ばかり。

 本当、こういうのは好きだよな。

「まだ何かやるの?」

「向こうが済みませんと言ってくるまでは」

「言ってこなかったら?」

「卒業までが、毎日お祭りだ」

 改めての笑顔。

 そんなに楽しいのかな、この状況が。


「ショウはどう?」

「小谷も自分がどういう立場にあるかは分かってるんだろ。だったら俺達は、それを受け止めるだけじゃないのか」

「ふーん」

 随分大人の、理解ある台詞。

 それには私も、ただ感心するしかない。

「もっとひどい事をされたら?」

「腕を切り落とすとか、そういう訳でもないだろ。十分に受け流せる」

 随分極端な事を言い出したな。

 とはいえこの人は自分に対する攻撃へは耐性が並外れて強いので、今もそよ風程度にしか感じていないんだろう。


 問題はやはりサトミ。

 あの子は爪の先みたいな事でも、富士山くらいの勢いで反応しだす。

 ただそれは、外部の人間に対して。

 身内にも厳しさは見せるが、それはむしろ甘えの部類。

 そこに来て小谷君の反抗。

 彼女からすればショックの方が大きくて、どうして良いのか戸惑っているのかも知れない。


 もう一人は沙紀ちゃん。

 いつもはもっと落ち着いているのに、今回はかなり過敏。

 小谷君達を焚きつけたと思い込んでいるようで、ただそれがここまで反応する物かとも思う。

「沙紀ちゃんって、他に何かあるの?小谷君達の件で」

「何って?」

「いや。妙に気にしているから」

「やっぱり後輩は、先輩に従うべきじゃない?」

 生真面目な返答。

 なるほどとも、私にはない発想だなとも思う。


 私達も無論先輩は敬うが、基本的には横の関係で成り立っている。

 またケイが以前言っていたように、例え先輩であろうと理不尽な振る舞いは糺す。

 そう塩田さん達から教わってきたし、実践もしてきた。

 先輩後輩である以前に、お互いは独立した個人。

 その意識を、少なくとも私は強く持つ。

「だからその先輩に逆らう後輩には、制裁を加えるんだよ」

 シェイクのストローを抜いて、それでポテトをつつくケイ。

 行動の意味は分からなかったが、彼は普段の冷静さを失ってはいない。

 何より、この人が動揺する事はあるんだろうか。




 自宅へ帰り、お風呂に入って一段落。 

 リビングでソファーに座り、お茶を飲みながらテレビを見る。

「お母さんは、先輩っていた?」

「あまり縁がなかったわね。部活に入ってなかったし、大学もサークル活動なんてやってなかったから」

「ふーん」

 遺伝という訳では無いが、親子代々先輩後輩の関係には馴染みが薄いようだ。

「やっぱり先輩の命令は絶対なのかな」

「単に年上か年下かだけでしょ。大体あなた達高校生なんて、私から見れば全員一緒よ」

 それもそうか。

 体感的に一学年違うだけで天と地ほどの差をイメージするが、高校生ともなると見た目は大体同じ。

 3年生が「1年生です」と名乗っても、それが普通に通ってしまう。

「私って良い先輩なのかな」

「優が?先輩?どうして」

「どうしてって、私は今3年生だよ。そうすれば、必然的に先輩になる」

「あなたって、そういうタイプじゃないと思ってた」

 さすがに娘の事は良く分かってるな。




 翌日。

 バスを降りて正門に向かうと、その脇に小谷君が立っていた。

 朝に出会った記憶は殆ど無く、彼の意図が働いているのは間違いない。

「おはよう」

「おはようございます」

 挨拶だけして通り過ぎようとするが、彼も一緒になって歩き出した。

 サトミやケイならともかく、私に何か用でもあるんだろうか。



 特に会話もないまま教室に到着。

 筆記用具を並べていると、ようやく小谷君が口を開いた。

「我々に協力してもらえませんか」

「協力?サトミ達に反抗しろって言うの?」

「後輩のためと思って」

 昨日の、私とお母さんの話でも聞いていたのかな。

 そういう言われ方をすると気持ちは揺らぐが、今まで考えても見なかった発想。

 何より、私がそうするべき理由が無い。

 まさに、「後輩のために」という部分以外は。


 また何が「後輩のため」なのかも不明。

 言ってみれば、小谷君が大人しくしていれば平穏な日常が続いていた。 

 それを敢えて乱したのは彼の責任で、私がそれに荷担する理由が無い。

「悪いけど、私が協力する理由が思い付かない」

「先輩、ですよね」

「一応ね。ただ小谷君のやってる事が正しいとは言えないし、心情的には私もサトミやケイ寄りだからね。先輩の言う事が絶対ではないけど、敬意は払って然るべきでしょ。大体サトミ達を怒らせて、どんなメリットがある?」

「怒らせるつもりはないんですが。では、また来ます」

 早足で教室を出ていく小谷君。

 それと入れ替わるようにして、サトミが教師に入ってくる。

「……何か話してたの?」

 私を疑るような視線。

 もしかして、これが狙いだったのかな。


 ただ、私を引き込んでどんな得があるのかという話。

 彼等を護衛する事は可能だが、サトミやケイもそういう真似はしないはず。

 だとすれば、私がする事は何も無い。

「協力してくれって頼まれただけ。スカウト」

「誰を、誰が。どういう理由で」

 言うと思ったよ、もう。



 来る人来る人みんなに、今の話を繰り返すサトミ。

 そんなに私の引き抜きは意外なのか。

「アイディアとしては悪く無いでしょ。やっぱりシンボリックな存在だから」

 なにやら好意的な意見を言ってくれるモトちゃん。

 ただ役に立つから、という意見でないのも確か。

 実際私も、何が出来るか想像すら出来ない。

「小谷達に協力するのか」

 それもありだろう、みたいな顔のショウ。

 この人こそ、前から彼等に理解を示してるな。

「する理由が無い。向こうに行ってやる事も無いし」

「スパイしてきなさい、スパイを」

 真顔で変な事を言う人は放っておこう。




 授業が終わると、端末に着信。

 廊下に出てきてくれとある。

 サトミの視線が厳しいけれど、私も一応は先輩。

 話だけは聞いてあげたい。


 今度は真田さんも参加。

 地味にプレッシャーを与えてくる。

「考えて下さいましたか」

「みんなにも話したけど、私が協力しても大して役に立たないって結論を得た」

「それは遠野さんの意見。私の意見ではありません」

 反対するのはサトミだけだと読んだ上での意見。

 実際、そうなんだけどね。

「だったら聞くけど、私に何を求めてるの」

「そこにいて下さるだけで結構です」

 こうなると、モトちゃんのシンボリック説が浮上する。

 もしくは、お飾り。

 御輿かな。

「必要とされるのは嬉しいんだけど、それって私じゃなくても良いんでしょ。対外的に目立つ人なら」

「そういう訳でもないんですが」

「私にしか出来ないとか必要とされてるとか、そういう話ではないんだけど。ただそこにいればいい。なんて言われても、結構困るんだよね」

 困るというのは、精神的な部分。

 座っているだけで良いなら、そんな楽な事は無い。


 チャイムが鳴り、サトミがドアから手だけを出して手招きする。

 幽霊じゃないんだからさ。

「また来ます」

「返事は変わらないと思うよ」

「失礼します」 

 一礼して、軽い足取りで去っていく小谷君。

 誠意は感じられるな、なんにしろ。

 無言で去っていた真田さんはともかくとして。



 次の休憩時間にも現れる小谷君。 

 今度は緒方さんも参加。

 二人は後ろに控えるだけで、話すのは小谷君。

 内容は今までと変わらず、参加して欲しいの一点張り。

 しかしそれは、サトミ達への裏切り行為。

 明確な理由が無い限り、私が彼等に協力する事は出来ない。

「困りましたね」

「ショウを貸そうか。あの子の方が、まだ役に立つよ。荷物を運んだり、段ボールに物を詰めたり。高い物も簡単に取れる」

「雑用をする人はいますので」

 さらりとかわす小谷君。

 というか彼は、普段そんな雑用ばかりやってたのか。

 後でちょっとねぎらってあげたいな。

「とにかく、私は協力出来ない」

「では、また後で」

 やはり爽やかに去っていく小谷君。


 しかし話をするのが当たり前の空気になっていて、彼が私に会いに来るのもごく自然に思えてくる。

「良い営業マンになれそうね」

 いつの間にか廊下に出てきて、彼の背中をじっと見つめるサトミ。

 そういえば、そんな話を聞いた事がある。

 まずこまめに顔を出して覚えてもらい、初めは世間話から。

 数度通った所で徐々に仕事の話へ移行するという。

 私からすれば面倒でたまらず、出会ってすぐに本題へ入りたくなる。

「でも、どうして私なんだろう。自分でも知らない能力でもあるのかな」

「誰しも、時には幻想を見たがるものよ」

 さらっと失礼だな、この人も。




 昼休み。

 食堂でカウンターの列に並んでいると、後ろに小谷君が付いて来た。

「考え直して頂けましたか」

「頂けない。私よりモトちゃんに頼んでみたら?それか、木之本君」

「あのお二人は、立場がありますからね。……雪野さんを軽んじている訳ではありませんよ」

 軽く予防線を張られた。

 良い突っ込みどころだったんだけどな。


 テーブルにトレイを運ぶと、正面に小谷君が収まった。

 右隣が真田さん。

 左隣が緒方さん。

 サトミ達は隣のテーブルに集まりだし、この構図自体ちょっと問題な気もする。

「私、隣に行きたいんだけど」

「たまには良いじゃないですか。デザート、プリンでよかったですか」

「物に釣られるタイプでも無いんだけどね」

 それでもプリンは頂き、サトミにすごい目で睨まれる。

 良いじゃないよ、くれる物はもらったって。



 食事を進めながら交わされる世間話。

 普段の延長。

 以前と変わらぬ光景と言おうか。

 ずっとこうしていたいと思うが、ただそれは叶わない話。

 彼等に協力するしないではなく、私はあと2ヶ月で卒業だから。

 願おうと祈ろうと、時の流れは止められない。

 この平穏な時間も、また。


 トレイをカウンターへ戻し、お茶を飲んで一息付く。

 まだ時間はあるし、購買でも行こうかな。

 そう思って廊下へ向かうと、小谷君達も付いて来た。

 いっそ走って逃げたくなるくらいの心境だ。




 混み合っている購買で、駄菓子をチェック。

 色々ある中から、やはりふ菓子に手を伸ばす。

 プリンを食べたばかりだし、このシンプルさはいつ食べても心が安まる。

「好きですね、ふ菓子」

「あっさりしてるし、お腹にもたれない。それに安い」

「良い事ばかりとも限りませんよ」

 ふ菓子を一つ手に取り、それを顔の前で振り始める小谷君。

 なんだろう、ふ菓子について語る気なのかな。

 それは聞きたくもあるけど、聞きたくないが。


「世の中、楽しい事。自分にとって良い事ばかりではないですよね」

 そういう話か。

 まあ、ふ菓子について語る事もあまりないとは思うが。

「雪野さんも、そう思いませんか」

「それとふ菓子と、何か関係あるの?」

「ふ菓子は関係無いですが、今の俺達とは関係があります。ふ菓子は忘れて下さい」

 だったら、ふ菓子を持たないでよね。

 良いけどさ、この際は。

「耳障りの良い言葉、当たり障りのない対応、都合のいい報告。それでは仕方ないでしょう」

「今の自警局がそうだって?さすがに違うでしょ」

「勿論、自警局は規律が保たれています。ただ規律は乱れる物ですし、相手によって対応も変わります。いつでも誰に対しても同じ態度で臨み、変化のない対応がされる。それが正しいあり方だとは思いませんか」

「まあ、そうかもね」

 それについて否定する要素はなく、私も一応は同意する。

 小谷君は満足げに頷き、混み合っている購買から離れるよう促してきた。

 私はもう少しいたいんだけど、仕方ないか。



 結局ふ菓子を買って、購買から離れた廊下の隅へと移動。

 そこでふ菓子を食べながら、小谷君の話を聞く。

「もしくは個人による、運用の違い。これは絶対に無くすべきではないでしょうか。誰がその仕事に携わろうと、行う事は同じ。人によって違いがあってはならないと思います。無論能力の差はありますが」

「ちょっと話が読めないんだけど」

「勝手に規則の解釈を変えるとか、自分の考えのみで行動するとか。そういう話です」

 耳が痛いな、これは。

 でもって、多分私達には相当当てはまるんだろうな。


 その私を前にして、ここまで行ってみせる小谷君。

 さすがというか、彼の覚悟という物が伝わっては来る。

「つまり、誰がやっても同じ結果。誰が相手でも同じ対応。そういう画一的なシステムが理想って事?」

「端的に言えば」

「分かるけど、人がやってる以上無理でしょ。一人一人の考えは絶対に違うし、微妙な差も生まれてくる。私は独自の解釈というか、多様な解釈はあって良いと思うよ」

「それは出来る人の考え。上からの意見です」

 たしなめられた。 

 ただ、私が上にいるとはいまいち思えないんだけど。

「言いたい事は少し分かった。そういう意見もあるなってくらいには」

 さっき言ったように、私は多様な価値観。考えがあって然るべきだと思う。

 無論組織としては小谷君の発想が正しいが、それは私に馴染まない考え。

 正直今ですら少し窮屈に感じるくらい。


 私が曲がりなりにもガーディアンを続けてこられたのは、やはり連合に所属していたから。

 その組織は、良く言えば自由。

 悪く言えばルーズ。

 規則は当然存在したが、解釈はかなりの幅があった。

 だからこそ私達も在籍してこられたし、それに不満を感じなかった。

 またそれに対して、生徒会と対立した事もしばしば。

 そして今は、生徒会自警局の話。

 私が馴染まないのも無理はない。

「やっぱり、ショウを頼った方が良いよ。あの子なら、間違いなく協力してくれる」

「俺達には、雪野さんが必要なんです」

「私はそう思えないんだけどね」

 もしくは、敢えて私を指名する何らかの意図があるかだ。


 つまり私を必要としているのではなく、私をサトミ達から引き離す。

 もしくは、私を手元に置く何らかの理由が。 

 そう考えると、少し興味は湧いてくる。

 冷静だからこそ出てくる考え。

 私も、多少なりには成長をしたようだ。

「……何もしないよ」

「いて下されば、それで結構です。勿論、意見を求めはしますが」

「大して役に立たないし、サトミ達とは直接戦わないからね」

「構いません」

 手を差し出してくる小谷君。

 握手の習慣は無いんだけれど、一応その手を握りお互いの意思を疎通させる。


 何を思ったのか、突然手を引く小谷君。

 顔色は、悪いの一言に尽きる。

「どうかしたの」

「い、いや。握り潰されるかと思って」

 ……誰が、誰を必要としてるって?

 これは、もう少し突っ込んだ方が良さそうだな。

「私の待遇は」

「え?」

「待遇。わざわざそちら側に付くんだから、何も無いって事は無いでしょう」

「ああ、そういう意味ですか。何らかのお礼は考えてますし、こちらにいる間は人を付けます。欲しい物があれば、手に入る範囲で対応します」

「それは私を特別扱いするって事?今までの話と矛盾するしてるけど」

 ぎこちない笑顔を浮かべ、言葉を途切らせる小谷君。

 やはり何か、裏があるか。


「まあ、良いけどね。取りあえず、お茶とお菓子。それとサトミ達に、付け届けをしておいて」

「分かりました」

「後はタオルケットとクッション」

「手配します」 

 それこそ、もう用意してます。みたいな顔。

 良いけどね、別に。




 小谷君と別れて教室に戻ると、満面の笑みを湛えたサトミに出迎えられた。

「契約金はいくら?」

 まるで話を聞いてたような質問。

 本当、こういうところは鋭いな。

「どうしてもって言うし、何か意図がありそうだったから。それに私が向こうにいても、困らないでしょ」

「随分、後輩思いなのね」

「あの子達が悪い事をするなら、それを止めるくらいは出来ると思う。それに一応、必要とはされてる」

 どういう意味での必要かはさだかではないが、ああ熱心に誘われれば私の気持ちも多少は揺らぐ。

 小谷君の意図とは別に、私もそれなりに甘いようだ。

「敵か」

 にやりと笑うケイ。

 こちらも薄く微笑み、スティックを抜いて彼に先端を向ける。

「私はそのつもりはないんだけど、宣戦布告なら受けて立つよ」

「冗談だ、冗談。本当、冗談だよ」

 にやにやとしながらスティックを避けるケイ。

 取りあえずこの男だけは、敵と判断しておこう。


 大してショウは、いつも通り。

 元々小谷君達には同情的だったので、むしろ良かったと思ってるのかも知れない。

「私の判断で決めたけど、よかったかな」

「俺は良いと思うぞ。小谷の思惑は知らんが、それを見守るのも先輩の役目だからな」

 後ろから聞こえる舌打ち。

 絶対に制裁だな、これは。

「じゃあ、こっちの事はよろしく」

「ああ」

 爽やかに微笑み、私の手にそっと触れるショウ。

 私も少し指を絡め、頷いてみせる。


 彼等の思惑。

 これからの展開。

 それはショウが言うように、定かではない。

 だけどそれを受け止めるのも、先輩としての度量。

 私もそういう事をするべき時期が来ているのだろう。

 それとも、出来るようになったと誇るべきだろうか。












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