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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第49話
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49-3






     49-3




 翌日からは授業も開始。

 ただ席には空席が多少あり、欠席している人もいる。

 体調不良などではなく、単に休んでいるだけ。

 後は受験勉強している人もいるんだろう。


 普通に通っていれば、大抵の生徒は規定の出席日数を満たしているはず。

 学校は1月以降も出席を義務づけてはいるが、ペナルティはさほど大きくはない。

 だとすれば休む生徒が出てくるのも当然。

 また大学受験を控えている人は、言い方は悪いけれど学校の授業どころではない。

 以前にも増して、今がいつなのかを感じる状況。

 いつまでも高校生活が続くと思っていたけれど、時は止まる事なく移ろっていく。




 放課後。

 去年まで同様、自警局へとやってくる。

 今では当たり前のようになっているが、ここは生徒会。

 昨年度まで私達と対立してた、とも付け加えられる。

 その意味でも、時の流れを実感する。

 などと、黄昏れている場合でも無いか。


 例のソファーに収まり、規則関連の本と資料をテーブルに積む。

 冬休みの間にある程度は読んでいて、多少なりとも内容は理解しているつもり。

 基本的には、以前の草薙高校の規則と同じ。

 それに多少制約が掛かった程度で。

 だから本来なら、特に問題は無いはず。

 それでも違和感があるのは、やはり運用の問題。

 河合さんは運用に自信があったから管理案導入に賛成したと言うが、今この学校に彼はいない。


 いるのは生徒会長と矢田局長。

 彼等が駄目とは言わないが、多分河合さんとは学校や生徒に対する考え方が違うんだと思う。

 私も河合さんの事に関しては殆ど知らないけれど、彼は中川さんの先輩であり沙紀ちゃん達の先輩にも当たる。

 彼女達は河合さんの流れを組んでいる人達。

 つまりその思想や考え方を理解し、実践しているはず。 

 そして彼女達の考えには、私も賛成。


 ただ生徒会長達はどうかと言えば、幾つもの疑問がある。

 彼等も学校に問題を持ち込もうとしている訳では無い。

 だがやはり、運用の問題。

 優先順位と言おうか。

 何を第一に考えているかが違う気がする。


 私にしろ沙紀ちゃん達にしろ、第一に優先されるのは生徒の事。

 まずはそれがあり、次いで学校や生徒会。

 何も無軌道に生徒の権利を主張するのではなく、我々はどうあるべきかも含めての話。

 当然義務についても考える。


 一方彼等は、おそらくだけど学校の意見や生徒会の立場を優先。

 普通の学校ならそれは当たり前で、疑問の余地すらない考え。

 一般的にも受け入れられている概念。

 他校からの転入生が多い現状においては、その考えが主流になるのも頷ける。

 しかしそれは、他校での話。

 草薙高校本来のあり方とは思えない。




 問題点を幾つか箇条書きにして、自分で目を通す。

 頭の中で漠然と考えるのとは違い、随分大それた事を思っているんだなと自分で気付く。

 この場合は単なる箇条書きだけど、文章化する事の重みが少し理解出来た。

「お仕事ですか」

 にこりと笑い、私の前に座る渡瀬さん。

 以前は落ち着き無く動き回っていた印象もあるが、今は随分おしとやか。

 背も伸びてボディラインも発達し、女の子というより女性という印象が先に立つ。

 本当、時は移ろうな。

 私自身に関しては、虚ろな気持になってくるが。

「生徒会の規則に関して、ちょっと考えてた。駄目とは言わないけど、固いよね」

「高校としては、そうかも知れません。ただ北地区では、これに近い考えもありましたよ」

「原則重視。生徒会や学校の意見が絶対?」

「分かりやすく言えば。私には馴染みませんでしたけどね」

 ちらりと覗く、強い意思。

 この辺は昔のままだと、安心をする。


「私も今の規則が駄目とは言わないけどさ。もう少し緩くして欲しいんだよね」

「運用の問題、ですか」

「私はそう思ってる」

「責任者の問題、かも知れません」

 鋭くなる渡瀬さんの顔付き。

 そういえばこの子、矢田局長には妙に厳しかったな。

「矢田局長と、何かあったの?」

「特には。ああいうタイプがあまり好きではないと言うだけです」

「逆に、好きな人っているのかな」

「使いやすいと思ってる人はいるのでは」

 いつになく辛辣な台詞。

 多分この辺は、過去の経験。

 北地区での出来事が関係しているんだろう。



 二人で話し込んでいると、真田さんが衝立の上から顔を覗かせた。

「仕事。教棟の玄関で、生徒が暴れてる。応援に行って」

「分かった」

「……雪野さんは良いんです」

 軽くたしなめられた。

 さすがに私へ、そういう口調では指示しないか。

「今行く。では、また」

 席を立ち、肩を回しながら去っていく渡瀬さん。

 私も行きたい所だが、軽く制された状態。

 それを敢えて振り切るのも、何かと問題だろう。

「私は、本当に行かなくて良いの?」

「雪野さんは仕事を引き続きどうぞ。それに、そこまで大きなトラブルでもありませんから」

「私、本来は現場タイプなんだけどね」

「お気持ちは分かりますけど、そういう時期は過ぎたと思いますよ」

 前に、モトちゃんもこんな事を言ってたな。

 理屈としては分かるけど、これこそ違和感を感じる事。

 ガーディアンとしてのアイデンティティの否定、なんて大げさな事を言いたくなる。




 私の雰囲気から不穏な物を感じたのか、目付きを悪くする真田さん。

「外に出て行きませんよね」

「教棟の玄関?私も、止められてまで行く程元気じゃない」

「変わりましたね」

「私も色々学んでるの」

 体がなまっている気はしないでもないが、これが今の私にとっての自然な形。

 目の前の出来事だけに反応して行動するのは、もう過去の話なんだろう。

「それと、丹下さんがお呼びです」

「何の用」

「内密な話ではないんですか。執務室までお願いしますと仰ってました」

 彼女を介してなので、それ程深刻な話ではないはず。

 とはいえ、内密っぽいのは確か。

 一応、気は引き締めておくか。



 自警課課長執務室を訪ね、沙紀ちゃんに出迎えられる。

 特に重い空気はなく、それに少し安心する。

「大した事では無いんだけど。御剣君がガーディアンのトレーニングをやってるわよね。それについて、少し」

「悪く無いってモトちゃんは言ってたよ」

「そう、問題は無い。むしろ褒めても良いくらい。彼は良くやってる」

 多少含みのある言い方。

 良くやってないと言う人間でもいるのかな。

「ああ、ガーディアンからの不満ではないわよ。厳しいなんて言う人もいるけど、甘いばかりでは指導にならないから」

 ちょっと私には耳の痛い話。

 どうしても私の場合は、甘くなりがちなので。

「それで本題なんだけど。今度生徒会で、ガーディアンの研修が行われるの。自警局以外の人間をね」

「その指導を、御剣君に?七尾君にさせれば?」

「彼は他の仕事が入ってるの。だから、お願い」

 私に指導しろ、という意味ではないだろうな。


「……監視?」

「まあ、ね。御剣君もだけれど、生徒会側も。挑発的な行動を取る生徒が出てくるかも知れない」

「私が挑発に乗ったらどうするの」

 押し黙る沙紀ちゃん。

 どうやらそれも、十分考慮に入れていたようだ。

 結構失礼だな、この人。

「遠野ちゃんと玲阿君も一緒に行ってもらう。それなら良いでしょ」

「良いけどさ。どうして、この時期に」

「考えようによっては色々あるけれど、断る理由も無いの。だから、多少のトラブルなら大目に見る」

「多少、ね」

 その免罪符がどこまで有効かは疑問。

 また彼女にとっての多少と、私にとっての多少が合致するとも限らないので。

「それとも、何か用事でも?」

「私は大丈夫。スケジュールだけ教えてくれれば、それに合わせて行動する」

「お願い。一応言っておくけど、多分トラブルは織り込み済みよ」

「そうなんだ」

「対自警局かしら、おそらくは。ガーディアンもお客さん相手には暴れられないから、地味にやってくるつもりかも」

 何とも面白く無い話。

 ただそれなら、御剣君一人に任せる訳にも行かないか。



 という訳で、サトミとショウも呼んで改めて話をする。

「そういう事もあるでしょうね。自警局よりも、モト狙いかしら」

 驚きもしなければ、怒りもしないサトミ。

 達観ではなく、風の強い日もあるわねくらいの意識くらいかも知れない。

「どうしてモトちゃんなのよ」

「聞いてるかも知れないけど、あの子は停学処分を受けたのに自警局長でしょ。その辺の嫉妬や恨みを色々買ってるの」

「逆に言えば、停学になった人にも敵わないんじゃない。どうなのよ、それは」

「私に言われても」

 それもそうか。


 ただそれはともかく、モトちゃんに悪意を持つ事だけは許せない。

 例え相手が誰であろうと、それを許容する心は私にはない。

「あまり熱くなるなよ」

「何が」

「今更退学なんて、結構恥ずかしいぞ」

 怖い事を言い出すショウ。

 私もさすがに、多少の自制心はある。

 この時点で退学になったら、目も当てられない所か家を叩き出されて路頭に迷う事間違い無い。

 お父さんはまだしも、お母さんに二度はないだろう。

「大丈夫。私も家を叩き出されたくはないから」

「よく分からんが、落ち着けよ」

 良く分からないなら、言わないでよね。

 分からないから言ってるのかも知れないけどさ。



 まずは研修生のリストを取り寄せ、それを確認。

 不審な人物をサトミに調べてもらう。

「……それ程困るような生徒はいないだろうけど、当然友好的な人達ばかりとも言えないわね」

「拒否出来ないの、こっちから」

「履歴自体に問題は無いし、あくまでも研修だから。ここに所属しない人へ対しては、そう文句も付けられないでしょ」

「まあね」

 とはいえ、裏があると分かっているのに受け入れるのも面白くはない。

 何か、もう一つ手を打ちたい。

「……俺は何もしないぞ」

 黙って壁際に張り付いていたケイが、ここでようやくぽつりと漏らす。

 この辺の勘は鋭いな。


 とはいえ、私もこの件に関してはそう簡単には引き下がれない。

「だったら、放っておくの?」

「何度も言うけど、所詮小物。大体モトが卒業するから仕掛けてくるなんて、初めから腰が引けてるんだよ」

「私は仕掛けてくる事自体が許せないの」

「その辺は大人の度量で受け止めれば」 

 適当な調子で告げるケイ。

 ただそれが出来ないから、私はこうして騒いでいる。

 まだ何もされていないと言われそうだが、されそうなのが分かっているのにじっとしているのは性に合わない。

「私が警告して良いの?」

「良いけれど、一応は御剣君が責任者だから。彼の顔は立ててね」

 困惑気味に諭してくる沙紀ちゃん。

 責任者、か。

 私には、あまり縁の無かった言葉だな。




 という訳で、その責任者を訪ねてみる。

 御剣君は彼に与えられた部屋にいるとの事。

 個室も持ってるとは、初めて知った。

「待遇良いんだね」

「ガーディアンの序列としては、七尾君の次くらいよ」

 私達を先導しながら説明するサトミ。

 昔の私達は、役職も何も無い一介のガーディアン。

 つくづく後輩の出世が眩しいな。

「ここね」

 ドアの前で止まるサトミ。

 インターフォンをショウに押してもらい、少し待つ。

「……慌ててるぞ」

「どうして」

「俺なら逃げ出すかもな」

 しみじみと呟くショウ。


 この場にいるのは、私とサトミとショウ。それにケイ。

 加えてモトちゃんと木之本君も付いてきた。

 彼の先輩が全員押しかけてくれば、確かに精神の安定は保てないか。

「怒る訳じゃないって言って。研修の件で、意見を聞きたいからって」

「……今すぐ開けるらしい」

 ショウの言葉が終わらない内に開くドア。

 そして御剣君が、青い顔で立っている。 

 こういう態度が、本当に誤解を招くんだ。

「今言ったように、怒る訳じゃないから。研修について、少し話を聞きたいだけ」

「何か問題でもありましたか」

「あったら困るって話。モトちゃんに何かしようって生徒がいたら困るから」

「ああ、そういう話」

 ようやく合点がいったという顔。

 ただその視線は私やモトちゃんよりも、サトミやケイに向けられがち。

 気持ちは分からなくもない。



 立ち話もなんなので。

 などと私が言う事でも無いが、全員部屋の中に入って改めて説明をする。

 広さや調度品は、私に与えられた部屋とほぼ同じ。 

 つまりは待遇や地位が同列と考えて良いんだろう。

「雪野さん、どうかしましたか」

「個室なんて、すごいなと思って」

「俺はいらないって言ったんですが」

「檻だよ、檻。色んな意味での」

 肩を揺すって笑うケイ。

 それは御剣君を制するための物であると同時に、外部との不用意な接触を避けるという意味か。

 元々地雷か手榴弾みたいなタイプ。

 その判断は間違ってないと思う。


 とはいえ今は、部屋の話をしている場合でもないか。

「研修の件。何か問題は無い?」

「今のところは、特に。露骨に不審なら、俺の方でどうにかしますし」

「露骨に不審じゃなかったら」

「どうしようもないでしょう」

 小さく手を上げる御剣君。

 まさしくお手上げという訳か。

 繊細なタイプでは無く、腹芸も不得手。

 細かな事をやるには向いていない人。

 それは仕方ないし、私も人の事を言えた義理ではない。

「研修については、私も付き合うから」

「え」 

 声を裏返して、視線を彷徨わせる御剣君。

 いつも思うけど、本当に失礼だよな。

「私が何か問題なの」

「い、いえ。雪野さんの手を患わせる事でも無いと思いまして」

「だったら、一人でどうにか出来るの?」

「雪野さんはどうなんです」

 難しい事を言ってくるな。


 私も感情は先走っているが、具体的にどうこうと言われたら返事に困る。

 だからこそ、ここで騒いでいるんだけど。

「サトミとショウも付いてくるから大丈夫」

「仕事はいいんですか」

「これに優先される仕事はないでしょ」

「そんなものですかね」

 あまり納得をしていない顔。

 言いたい事は色々あるが、それに突っ込んでいたらきりがない。

 私自身、多少無茶なのは分かっているんだから。

「それで研修は何するの」

「見学と同じような物よ。ちょっとガーディアンの体験をしてもらうだけ」

 壁に飾られていた警棒を手にして、軽く振るモトちゃん。

 いまいち様になって無く、警棒に振り回されているようにも見える。

「モトちゃんも研修を受けたら」

「あのね。とにかく、多少の事は我慢して。ユウの気持ちは嬉しいけど、私は何を言われても別に気にしないから」

「私は気にするの。御剣君も同じでしょ」

「え?ええ、まあ」

 固い動きで頷く御剣君。

 まるで、私が脅したみたいだな。



 そんな彼の肩にそっと触れ、優しく微笑む木之本君。

「あまり気にしなくて良いよ。御剣君は、普段通りしててくれれば」

「はぁ」

「大丈夫。自分のやりたいようにすれば、それでね」

 何とも理解のある台詞。 

 そして、いかにも先輩といった態度。

 御剣君も笑顔を柔らかくする訳で、つくづく自分はなんなのかと思ってしまう。

「雪野さんも程々にね」

「私も加減は心得てる」

「だと良いんだけど」

 御剣君への態度とはおおよそかけ離れてるな。

 今更という気もしないでもないが。




 仕事があるようなので、私達は彼に別れを告げて部屋を出る。

「忙しいんだね、あの子」

「私も、暇ではないわよ」

 苦笑気味に私の頭を撫でるモトちゃん。

 それもそうで、暇なのは私くらいだろうか。

「ただ、もう少し後輩を信じて良いのかも知れないわね」

「後輩は信じてるけど、これはまた別な問題でしょ」

「それも含めて。意外と御剣君も、上手に対処するかも知れないわよ」

 私を見ながら話すモトちゃん。

 つまり、私は上手に対処しないって事かな。

 それに関しては、嫌と言う程思い当たるが。

「ケイ君はどう思う?」

「さっきも言ったように、騒ぐ程の相手じゃない。魚の小骨と同じだよ」

「それはそれで面倒じゃないの?」

「気付けば喉から抜けて、後で思い出す事もない。それをペンチで抜こうとするから、問題が起きる」

 誰が抜こうとしているかは言うまでもない。

 とはいえそれで引き下がるくらいなら、私はここまで話を大きくしていない。

 とにかく、モトちゃんを悪く言う人間。

 悪意を持つ人間は許せない。

 ただその一点に尽きる。




 私にもやる事は色々あったはずだが、怒りで全てが吹き飛んだ。

 短気は損気とは、本当に良く言った。

 などと、納得している場合でも無い。

「先輩、これ読んでおいて」

 ソファーに座って唸っていたら、神代さんが小冊子を持って来た。

 タイトルは、卒業に伴う各引き継ぎについてと書いてある。

 内容は自警局にとどまらず、寮の明け渡しににも及ぶ。

「……せかしている訳じゃないよ。3年生には、全員に配ってるから」

「今やれる事ってある?」

「何か借りているなら、リストを作っておけば?期限前に慌てなくて済むと思う」

「それって、備品使用状況書?」

 廃止したと思ったら、ここで顔を覗かせてきた。

 いや。それが本来の存在理由で、悪い話ではない。

 私はあまり関わりたくないが。


 幸い段ボールの山を探す必要はなく、データベースで確認するだけ。

 というかこれがあるなら、ますます備品使用状況書の存在意義が分からない。

「私物はプロテクターくらいかな。後は私の執務室だけど、あそこはサトミとモトちゃんが私物を置いてる。二人に文句を言っておいて」

「誰が」

「神代さんが、サトミとモトちゃんに」

「冗談でしょ」

 本気で困った顔をする神代さん。

 私には厳しいのに、あの二人には敏感だな。

「モトちゃんは忙しいから、サトミを呼ぼうか」

「遠野さんも忙しいと思うよ」

「だったら、プロを呼ぶ。部屋は片付けた方が良さそうだし」

「プロって誰」

 それは語るまでもない。



 手際よく段ボールを組み立て、本を詰めていくショウ。

 すぐに段ボールの山がドアの前に出来上がり、見ていて気持ちがいいくらい。

 さすがにプロは一味違う。

「選別しなくて良いの?」

 不安そうに尋ねてくる神代さん。

 した方が良いのは、さすがに私も分かっている。

 とはいえ一つ一つ立ち止まっていたら、いつまで経っても片付かない。

 部屋の明け渡しまで3ヶ月あるとはいえ……。

「卒業式って、3月の下旬?」

「上旬じゃないの」

 ショウが積み上げていく段ボールを見上げながら答える神代さん。

 上旬だったら、3ヶ月ではなく残り2ヶ月。

 少し焦りが生じてきた。

「引き出しも開けて」

「え」

「その中も整理する」

「私はやらないよ」

 神代さんは大きく後ろに下がり、壁に背中を付いて首を振った。

 これが多分、私達に対する一般的な印象なんだろう。

 もしくはサトミに対して、かな。



 仕方ないので私が引き出しを開け、中身を全部取り出す。

 大事そうな資料、筆記用具、ガーディアンのマニュアル、本。

 ハンドクリームやリップなんて物も入っている。

「これは段ボールに詰めづらいか」

「全部積んだぞ」

 そう報告してくるショウ。

 全部詰め終わったと言って欲しかったが、積み上げたのは間違いない。

 という訳でポケットからジャーキーを取り出し、彼へ渡す。

「段ボールに、中身が何か書いておいて」

「いつ運ぶんだ、これ」

「サトミとモトちゃん次第だね」

「まだ早いって言われるだろうな」

 分かってて、それでも積み上げたのか。

 色んな意味ですごいとしか良いいようがない。



 どちらにしろ私達だけで判断が付かず、結局サトミを呼ぶ。

「……まだ1月よ」

 ショウが予想した通りの反応。

 視線は鋭くなる一方。

 神代さんも壁を向いて、直立不動になる訳だ。

「後2ヶ月しかないんだよ。卒業式は3月上旬だから」

「何を焦ってるの」

 それは自分でも分かっていない。 

 などと答えられる訳はなく、机の上にあるカレンダーを指さしその事だけを主張する。

「神代さんのアイディア、これは?」

「め、滅相もない。断じてあり得ない、それは」

 壁を向いたまま答える神代さん。

 誰と話してるんだ、誰と。

「大体、本は仕分けたの?」

「雪野先輩が、何でも良いから突っ込めって」

「だと思った。……荷物はこのままで良いから、一度掃除して。隅から隅まで、綺麗にね」

 幸い雷は落ちずに済んだ。

 そう思ったのは私だけで、神代さんは頭の上をかすめた心境かも知れないが。




 掃除機とモップと雑巾。

 おおよそガーディアンの仕事ではないが、掃除は簡単な物をたまにする程度。

 また掃除をして困る理由は何も無い。

「私達が卒業した後は、誰がここを使うのかな」

「チィじゃないの」

「ああ、渡瀬さん。神代さんは?」

「あたしは、個室がもらえるほど偉くない」

 モップ掛けをしながら答える神代さん。

 私も部屋をもらえるほど偉くはないはずだったし、この部屋も結局はモトちゃん達の私物置き場。

 渡瀬さんも、ここを積極的に利用するとは思えない。

「神代さんは、来期どうなるの」

「さあ、特に聞いてない」

「今のままって事は無いんだよね」

「今のままで良いんだけどね」

 いまいち積極性に欠ける台詞。

 とはいえそれは、私も同じ。

 言い方は悪いが、望んで今の地位にいる訳ではない。

 出世欲が乏しいと言うより、自分にそこまでの能力があるとは思えないので。

 神代さんは見た目とは裏腹に謙虚なタイプなので、変に役職が付くと却って良くないのかも知れない。

 その辺は、モトちゃん達も考えているとは思うが。



 サトミの監視を受けつつ、掃除が終了。

 見違える程とは行かないまでも、かなりすっきりとした印象。

 ドアの前に物を集めたせいもあるけどね。

「ご苦労様。それと、緒方さんと真田さんを呼んできて」

「今すぐ」 

 風を切るように部屋を飛び出ていく神代さん。

 虎の檻に閉じこめられた心境だったのかも知れないな。

「二人にも何かさせるの?」

「ユウの話の続きよ。来期はどうするか」

 椅子に座り、机に肘を突いて指を組むサトミ。

 そこに口元を添えたところで、神代さん達が恐縮気味に入ってくる。


 黙ったまま彼女の前に整列する3人。

 圧迫面接って、こんな雰囲気なんだろうか。

「楽にして」

 分かりましたと言ってだらけたら、槍でも飛んできそうな雰囲気。

 全員直立不動のまま、次の台詞を待つ。

「ユウが神代さんに少し話したんだけれど、来期について意見を聞きたいの。何か要望とか、希望がある人は」

 すっと手を上げる真田さん。

 この中では一番サトミに近い立場。

 意見ではないが、この手の空気も比較的慣れている。

「これは面接ですか」

「それに近いと考えてもらって結構。全ての希望は通らないけれど、嫌だと思う仕事に就ける事はない」

「私は、渉外担当になりたいんですが」

 ちょっと意外な希望。

 サトミは微かに顎を引き、上目遣いで彼女を見つめた。

「理由は?」

「自分にそういう部分が欠けていると思いまして」

「分かった。絶対とは言えないけれど、希望は考慮させてもらう。ただ次期自警局長の意向もあるから、それも踏まえておいて」

「分かりました」 

 一礼する真田さん。

 一番始めに、厄介ごとから解放されたという顔にも見える。



 それを悟ったのか、同時に手を上げる二人。

 しかし一瞬神代さんが早く、彼女が先に指名される。

「あたしは、今のままで良いんですが」

「理由は」

 一瞬身を震わす神代さん。

 発言を間違えたと思ったのかも知れない。

「勘違いしないでね。あなたはすでに局長の補佐もしているから、現状維持でもなんの問題もないの。ただそれ以外に違う仕事をしたいとか、もっと上を目指したいというのならと考えただけ」

「今くらいが、自分の身の丈に合っていると思うので。正直、特別何かがやりたいとも思ってませんし」

 素直な告白。

 サトミはやはり微かに頷き、それに応えた。

「分かりました。ただし3年生になれば、あなたが主導権を取って行動する事も増える。その事は覚えておいて」

「は、はい」

「では、緒方さん」

 最後に指名される緒方さん。

 ある意味外れだな、これは。


 緒方さんは舌を鳴らしそうな顔で神代さんを睨み、小さくため息を付いた。

「私も現状維持です。元々過ぎた立場だと思ってますし」

「それは能力的に?それとも傭兵として?」

「どちらもですね。本来はこうして人前に出るようなタイプでも無いし、表に出るのもそれ程好きではないので」

「ただ、それでは済まないのが世の中なのよね」

 微かに緩む目元。

 良い手札が揃ったディーラーみたいな顔にも見える。

「いや、本当に。私は高望みしませんから」

「能力に問題がないのは、今まで見てきて分かっている。取りあえず、現状では自警課課長を内定してるから」

「誰が」

「緒方さんが」

 明確に逃げ道をふさぐサトミ。


 ただそれこそ意外というか、無くはないけどどうしてとも思う人事ではある。

「本来なら渡瀬さんを当てたいんだけど、彼女は直属班を率いてもらいたいから。あなたには、そちらは無理でしょ」

「ええ、まあ」

「神代さんもガーディアンを率いるのは難しいだろうし、真田さんも同様。加えて彼女は、希望がある。それに適性を考えれば、あなたが浮かび上がるという訳」

「私も、ガーディアンとしては並ですが」

 恐縮気味に語る緒方さん。 

 サトミは組んでいた指を解き、背もたれに身を任せて背筋を伸ばした。

「現場に立つ訳ではなくて、自警課課長はガーディアンの運用が主な仕事。ガーディアンとしての資質が問われるのなら、私やモトは真っ先に失格よ」

「はぁ」

「どうしても無理と思うのなら、拒否するのは構わない。勿論緒方さんが引き受けてもらうのがベストだけど、別な候補も私達も考えているから」

 意外に優しいな。

 というか今まで私に、こういう態度を見せた事があっただろうか。




 3人が帰ったところで、白紙のプリントに今の件を書き記すサトミ。

 当然彼女の勝手な意見ではなく、モトちゃん達と相談した上での話。

 あくまでも、それを伝えただけだろう。

「緒方さんが自警課課長だと、他の子はどうなるの」

「モトや北川さん達の試案は、こんなところね」

 机の上に唯一あった卓上端末に表示される、来期の執行部。


 局長    小谷

 総務課課長 浦田永理

 自警課課長 緒方

 A棟隊長  御剣

 直属班隊長 渡瀬

 局長補佐  真田 神代



 という具合。

 真田さんは渉外担当を希望したので、少しこれとは異なるか。

「エリちゃんが総務課課長なんだ。でも、生徒会長はどうするの。前立候補させるかもって言ってたでしょ」

「本人が望めば、そういう選択肢もあるわよ。ただあの子が生徒会長になったら、それこそ権力の集中でしょ。自警局出身の生徒会長になるんだから」

「問題なの、それは」

「生徒会に対して、自警局は原則として意見をしないようにしているの。全く言わない訳では無くて、生徒会としての権限を行使しないというのかしら。勿論、例外はあるわよ」

 私をまじまじと見ながら話すサトミ。

 自分だって、例外その2じゃない。


 となると、私の直接の後継者は渡瀬さん。

 これは何となく予想が付くというか、分からなくもない。

 彼女は大勢を率いるより、そういうこじんまりした方が合ってる気がするから。

 本人が違うと言えば、それまでだけどね。



「ユウは何か、意見でもある?」

「特に無いよ。エリちゃんが意外だなと思うくらいで」

「出来が良ければ、自然と浮かび上がるのよ」

「それで嫉妬されるって事?」

「そういう面は否定出来ないわね」

 苦笑気味に答えるサトミ。

 嫉妬をされる事に関しては、この人は多分物心ついた頃から今までずっと経験していると思う。

 むしろそれが他人の、自分に対する感情だと思ってるかも知れない。


「大体、嫉妬してどうかなるの?何も解決しないでしょ」

「誰もがそんな、脳天気じゃないんだよ」

 陰気に指摘してくるケイ。

 別に脳天気ではないんだけどな。

「こういう奴らは、悪い感情しか持ってないの。特にモトなんて、馬鹿連中にとっては最悪の存在だね」

「何が」

「停学しているのも認めて、自分に足りない所があるのも理解してる。それでも自分に出来る限りの事はやっていきますので、皆さんよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げるケイ。 

 どうやら、モトちゃんの心情を真似したらしい。

「だったら問題ないじゃない」

「つまり、そういう余裕が余計に苛つく」

「何、それ」

「言っただろ、悪い感情しかないって。相手が大物過ぎて自分が太刀打ち出来ないと分かってるから、苛立ちだけが募る」

 さながら、その人達の心を覗いたような発言。

 ただその手の事に関しては詳しいので、概ね間違ってはいないだろう。


 とはいえ、結局は全てが逆恨み。

 何一つ納得出来る点は無い。

「そういうのを放置して置いて良いの?」

「内心で何を思おうとそれは自由だろ。憲法でも思想信条の自由は保障されてる」

「されてて良いの?」

「それを変えたいなら、国会で2/3の議員を集める必要がある」

 誰も憲法改正については聞いてない。

 確かに考えまで規制するのは常軌を逸しているが、何を考えようと自由というのもどうかと思う。

 特にこういうネガティブな事に関しては。



 しかし、熱くなっているのは私一人。

 周りはみんな、そんな事もあるだろうという顔。

 ある意味悟っているんだろう。

 私とは違って。

 別に自分が、煩悩まみれとは思わないけどね。

「面白く無いな」

「世の中、自分の思い通りには行かない物よ」

「だけどさ。悪意を向けられて楽しいはずもないでしょ」

「それも含めて」

 さらりと流すサトミ。

 とはいえこの人も、自分はともかくモトちゃんに敵意を向けられていい気持ちはしないだろう。

「まあ、いいか。基本的に、御剣君に任せれば良いんだよね」

「ええ。ただ、彼が暴走しそうなら止めて。当然、ユウが暴走するのは論外よ」

「分かってる」

「私が付いているから、大丈夫だろうけど」

 つくづく、自分の事は棚に上げるよな。



 もう一度ケイを呼び、改めて話を聞く。

「サトミはああ言ってるけど、本当に大丈夫?小物と言っても、窮鼠猫を噛むとか言うじゃない」

「雑草と同じで、摘んでも摘んでもきりがない。こっちは横綱相撲を取れば良いんだよ」

「そういう連中って、何考えてるの」

「何も考えて無いから、こういう事をする。正直根絶やしにするのは簡単だけど、何事も加減が必要だから」

 何とも面白く無い話。

 ケイが言うように後から後から湧いてくるため、対応のしようが無いのも確か。

 だからこそ余計に深いというか、苛立ちが募る。

「御剣君の件は?」

「最近安定してるらしい。と、俺は聞いてるけど」

「私もそう聞いてる。あの子もさすがに、落ち着く時期でしょ」

 何故か私を見ながら話すサトミ。

 私だって落ち着いているっていうの。



 という訳で、もう一度御剣君を訪ねてみる。

「俺、何かしましたか」

「そうじゃない。今度の研修。大丈夫?」

「スケジュールも決まってますし、特に問題点は無いと思いますよ。変な意図を持ってる奴もいるらしいですけど、所詮小物でしょう」

 ケイと同じ意見。

 こんな台詞を聞くと、彼も成長したんだなとつくづく思う。

「随分立派になったね」

「……なんですか、急に」

「昔に比べて落ち着きが出てきたと、ユウは言ってるのよ。最近、無闇に暴れないでしょ」

「元々、意味もなく暴れてはいませんよ」

 サトミの言葉に反論する御剣君。

 その言葉にサトミの表情が微かに険しくなる。


「本当に、大丈夫かしら」

「相手にもよるでしょう。無闇に挑発されたら、そういつまでも我慢は出来ませんよ」

「規則を決めましょう。5回までは、罵倒されても我慢する。ただし相手がその意図を気付いて4回で止めた場合は、その限りではない。直接的な攻撃は、怪我をしない限りは原則として反撃しない。これは、3回までとする。良いかしら」

「基準はよく分かりませんけど、要は我慢をすれば良いんでしょう」

「気にするな、気にするな。たまにはやりたいようにやれ」

 無責任に煽るケイ。

 サトミの目付きが一層鋭くなるが、ケイは気にせず御剣君の肩を叩いた。

「大丈夫。俺達は3月で全員いなくなる。後2ヶ月我慢すれば良いだけだ」

「……隣から様子を見に来る可能性もあるんですよね」

「毎日見に来る訳じゃない。これからは、君達の時代だよ」

 陳腐な台詞を言って、一人で笑うケイ。

 この男、完全に楽しんでるな。



 ただ彼の表現はともかく、言っている事自体は間違いない。

 私達は彼等に関与出来ないし、またするべきでもない。

 後はその話を伝え聞き、彼等を見守るだけで。

「確かに、ケイの言う通りかもね。一度好きにやってみたら」

「何言ってるの、あなた」

「後輩を信じようって事。サトミは信じてないの」

「私は誰よりも信じてるわよ」

 本当、自分の事は常に良く言う傾向にあるな。

「とにかく、そういう訳だから。好き勝手にやれとは言わないけど、大体は任せる」

「後で怒りません?」

「普通にやってくれれば大丈夫。当然、やりすぎは良くないよ」

「それは勿論」

 言質は得たという顔。

 かなり釘を刺したし、みんなが認めるように彼も昔に比べて成長をした。

 私達も彼等を見守る時期に来ているだろう。













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